「ツモ。1000オールです」
和の好調は続いた。今のアガリは6巡。電光石火の疾さだった。
南二局終了時
傀 50700
原村 16200
加治木 16100
桃子 17000
(調子いいっすねオッパイさん)
南二局一本場(親原村) ドラ {7}
八巡目 西家 桃子 手牌
{一三四六③④⑦⑧467西西} ツモ {北}
(私の流れも悪い…。でも、早く流さなきゃまたオッパイさんの流れっす。でも…)
南家 加治木 手牌
{二三五六七23477788}
(もう先輩とは付き合って10年(私時空換算で)…。先輩の手は透けて視えるっすよ。ドラ暗刻の高い手っすけど、今こそ差し込む時っす。下家の清澄はもう私は視えていない。対面のオッパイさんはまだ張ってなさそうだし、頭跳ねの心配は無いっす)
桃子は手牌から{一}を切った。加治木は手牌を倒し、発声した。
しかし
「頭跳ねです」
「え?」
北家 傀 手牌
{一六六七七九九北北白白中中} ロン {一}
混一色 七対子 8000(8300)
東横の点数は10000を割った。
「視え……たんすっか?今の一萬……」
「ええ」
傀は応えた。
(清澄のサングラスに続いて、この人もっすか……。そろそろ……自信なくしそうっす…)
「もも…」
加治木は肩を落とした桃子の名を呼んだ。
「先輩?」
「大丈夫か?」
その言葉は柔かな表情から放たれた。東横は一瞬涙ぐんだが、すぐにそれを払い、思いっきり返事をした。その後加治木は視点を傀に切り替え、言った。
「『敗者』を変えでもしたか?傀」
「先輩?どうしたんすか」
加治木は続けた。
「久から聞いたぞ。卓に着いた時には敗者を見抜いているらしいな。ついさっきまでは明らかに敗者は原村和さんだった。だがそれは切り替わった。今度はもも。貴様の麻雀は、弱者を狩る…弱い者虐めのようなものだったのか?少し…がっかりだな」
「いえ……。『敗者』は…あなたか…自分です…」
傀は微笑み、答えた。
(『ヒサ』…って誰っすか?先輩)
桃子には嫌な予感がしていた。だが、今訊くべきかどうか躊躇した。答えを訊くのが、怖かったのだ。
南三局(親加治木)ドラ {2}
九巡目 東家 加治木手牌
{③④[⑤]⑥⑥⑥⑧⑧西西西白白} ツモ {西}
(ふっ……あなたか自分か…か。ずいぶんと買い被ってくれるじゃないか。私を)
加治木は{西}をツモ入れ暗カン。嶺上牌は{⑥}、それも続いてカンした。嶺上牌は{発}、新ドラは二枚とも{発}なった。
「こういうことでいいかな?傀……」
そう言って、加治木は{[⑤]}を切った。
「!?先輩?」
東横が驚いたのは、彼女がテンパイを外したことや、赤牌を落としたことではない。その{[⑤]}が、自分のアタリ牌であったことである。
南家 東横 手牌
{一二三五六七③④66} ポン {発横発発}
彼女は役牌を鳴いて早い段階で安いテンパイを取れた。加治木の親番ではあるが、彼女が望めばいつでも差し込まれる体制を作ってはいた。しかし、現在その手はカンドラが乗り役牌ドラ6の大物手となった。当然、もう東横にこの局アガる気などなかった。だが、加治木の打{[⑤]}は面子からの抜き打ち。自分への差し込みであることを東横も気づいていた。
「先輩……それって」
「もしアタリだったら…アガってくれるか?モモ…」
表情も、声もがあまりにも優しく、東横は応じるしかできなかった。赤牌を含み役牌ドラ7の倍満。加治木の点数は残り100となった。
南三局終了時
傀 59000
原村 16200
加治木 100
桃子 24700
「これで…正真正銘…誰が見ても……『敗者』は目に見えたな。私か…貴様だ。傀」
「では、オーラスです」
狂気。彼女の行為は狂気の沙汰だった。原村と傀を除き、その光景を見た東横、宮永、片岡は息を呑んだ。寒気もした。彼女の鋭い瞳は、獲物を射程内にとらえた肉食生物の何かであった。
逆転には役満の直撃、あるいは自分と桃子の連荘を数回経ての彼女のアガリしかなかった。彼女は後者の方を傀がさせてくれるとは思っていなかった。チャンスは一回。この一局のみだろうと予感していた。
理論的に選んだ選択などでは無い。直感が彼女を走らせた。人鬼を打つためには、自分もその舞台に立たなくてはならない。がけっぷちの彼女の点数状況こそ、まさにその舞台だと彼女は信じたのだ。
ある者は語る。麻雀の強さとは、失ったものの多さに比例すると。
傀はこれまで人生でどれだけのものを失ったのか、加治木にそれを知る術はない。だが少なくとも、加治木は傀ほど何かを失って生きてきたわけでは無いこともわかっている。
彼女の選択は、まさに意地そのものだった。失ってきたものの多さで圧倒的『優位』に立つ傀に少しでも喰らいつかんとする意地以外の何ものでもなかった。
南四局(親東横) ドラ{六}
北家 加治木 配牌
{一五八⑥⑦⑨459西北白発}
(なかなか……いい配牌じゃないか)
やけになったわけではなかった。そもそも、彼女の辞書に諦めるなどという字は無く概念すらなかった。この配牌は、くせ者、捻くれ者の類である彼女にとって都合のいい、自分が自分であると思える配牌だった。
彼女の6回のツモは{9}、{一}、{白}、{中}、{発}、{発}。打牌は{⑥}、{⑦}、{⑨}、{5}、{4}、{北}。連続有効牌をツモり、捨て牌は萬子の混一を臭わせた。当然混一程度では逆転に至らない。
北家 加治木 手牌
{一一五八99西白白発発発中}
だが手牌は大三元。役満を予感させるものとなっていた。
しかし、次巡、そして次巡は{4}、{5}ツモと彼女は無駄ヅモを繰り返した。
(索子を持っていた方が早かったかな…。だが)
九巡目から彼女は盛り返した。{一}、{中}、{⑥}、{中}。四枚中三枚の有効牌。そして四暗刻、大三元の形が完成した。
北家 加治木 手牌
{一一一99白白発発発中中中}
(オカルトが随分とハマってくれるものだな…。今はこのオカルトを楽しもう…)
次巡、傀は{9}を捨てた。加治木のアタリ牌であるが当然アガれない。トイトイ三暗刻混老頭小三元の倍満止まり。逆転には至らない。
(バカなことをしなければ、これで逆転…と上家の原村さんならそう思うだろうな…。だが、この『流れ』はあの失点なくてはたどり着けなかった…。そう信じたい)
北家 加治木 手牌
{一一一99白白発発発中中中} ツモ {白}
(役満の重複有りなら……アガってもいいんだがな)
加治木は{9}を切った。大会のルールに則った対局であるため、当然役満の重複は認めてない。
次巡、傀から{白}が切られる。
(さて……この白は鳴くべきだろうか。仮に嶺上牌が{9}なら責任払い。まるで清澄の『竜』のようだが、それが私の麻雀に起きるだろうか。いや……違うな…)
同巡加治木は{中}をツモった。
(さて……確認してやろうか)
彼女は{中}を暗カンし、嶺上牌は{二}となった。新ドラは{四}。彼女は{9}索を切り、再びテンパイした。
(この{二}が奴のアタリ牌だとしたら…ずいぶんと舐めた『打{白}』じゃないか…傀。挑発しているのか?私はそんな軽い女ではないぞ)
南家 傀 手牌
{一三四五六六六③④⑤34[5]}
傀は微かに笑った。
15巡目、傀は{五}をツモり打{一}。待ちを変えた。{一}、{二}待ちから、{二}、{五}、{四}、{七}待ちへ。当然のようにこの打{一}も加治木はスル―した。
「リーチ」
同巡、意外な人物からのリーチがかかった。原村和である。
(邪魔を……するな。お前はもう取り戻したのだろう。その手も逆転手ではなく、自分の麻雀であるが故の手。そんな手で、私と傀の間に入るな……)
否。彼女の手はそんな手ではなく、逆転手であった。
西家 和 手牌
{七八九九南南南西西西北北北}
一発や裏が絡めば十分トップに返り咲ける形。彼女もまだ『勝利も』諦めていなかった。
そして同巡加治木のツモ番。まるで彼女を試しているかのように、彼女のツモ牌は{発}となった。
(観てやろうじゃないか)
嶺上牌は{四}。新ドラはまたも{四}。
(奴のさっきの手出し。待ちを変えたか?)
彼女は現物の{一}を切り、{二}、{三}待ちから、{三}待ちへと形を変えた。
北家 加治木 手牌
{一一二四白白白} 暗カン {■発発■} 暗カン {■中中■}
16巡目、傀は{六}ツモる。そして打{五}。待ちは事実上{三}のみであり、原村のテンパイが傀の待ちを減らした形となった。
南家 傀 手牌
{三四五六六六六③④⑤34[5]}
同巡加治木は{四}をツモり、打{一}。待ちは変わらず{三}待ち。表示牌に二枚使われているため。事実上一枚しかない{三}である。
北家 加治木 手牌
{一二四四白白白} 暗カン {■発発■} 暗カン {■中中■}
17巡目、カンが二つ入っているため傀の最後のツモである。傀は『何か』をツモり、そっと{四}を河に置いた。また、微かに笑った。
(その牌が通れば助かる…まさかそうは思っていないよな?)
「ポン」
加治木は初めて傀から鳴いた。そして加治木は白を切り大三元を捨てた。
北家 加治木 手牌
{一二白白} ポン {四横四四} 暗カン {■発発■} 暗カン {■中中■}
(大三元は無いが、混一小三元ドラ6、それにホウテイで数え……)
悪い予感はあった。だがこのポンは彼女の意地に近かった。ここで{一}や{二}を切らなかったのは、{一}待ちは当然フリテンであり、{二}の残りは東横の手牌にあることを感覚で知っていたためである。彼女視点で希望があるのは{三}のみであった。彼女は最後まで喰らいついた。
『御無礼』
南家 傀 手牌
{三五六六六六七③④⑤34[5]} ツモ {三}
タンヤオ ツモ ハイテイ ドラ 4 赤1 4000・8000
南四局終了時
傀 75000
原村 12200
加治木 -3900
桃子 16700
「
「まったく……つれないじゃないか、傀。挑発しておいて」
「そちらこそ」
加治木はため息をつき手牌を手前に倒したが、その表情は穏やかだった。
「どうだ?もう一回戦…」
「私はもう結構です。ありがとうございました」
「あ…原村さん待って…」
和は席を立ち、別の対局を観にいった。宮永や片岡もそれについて行った。
「わ……私は先輩の後ろでみてるっす…」
桃子は震え気味の声で答えた。
「まったく……貴様も嫌われたものだな」
「そのようですね」
「じゃ、私入っちゃおうかなー?」
そこには浴衣の袖をまくった久がいた。
「久?」
(ヒサ…って…清澄の部長さんっすか?なんで先輩、名前で……)
「先輩……この人は…?」
「ああ…。久とは合宿前も結構会っていてな……今では……」
「へー」
東横は遮るように声を漏らした。表情はひきつっている。
「なんだ?もも、なぜ目を細める」
(つぶすっす…)
「やぱり私も入るっす!」
「モモ?」
「では…始めましょう」
賽がまた振られた。