その日は雨だった。
一人の少女が、傘も差さず雨に打たれていた。
会場を背にして、ただその場で、空を見上げていた。
涙を、雨でごまかすように。
「ねぇ、どうしたの?」
一人の少女が話しかけた。
白糸台の制服を着た女子。
彼女も、傘を差していなかった。
ザザ……
ザザザ……
音…がする。
雨の音。
違う。
この音は。
―――
―――
―――
【プレゼント・デイ】
【プレゼント・タイム】
◆
インターハイ5日目
「試合終了―――!白糸台高校、新道寺女子、準決勝進出決定です!」
実況席に福与恒子の声がこだまする。
全国大会二回戦、圧倒的実力を見せつけた白糸台高校、そしてそれにくらいついた新道寺女子が準決勝に駒を進めた。
「しかし、圧倒的です!二軍でも県代表クラスと言われている白糸台ですが、このチーム『白虎』は別格の一軍!……ところで小鍛治プロ。このチーム白虎、去年は『虎姫』じゃありませんでした?」
「五人中三人が男子になったから『姫』から改名したってのもあるけど【副将】かつ部長を勤めている子の異名が白虎で、そこから…ってこれ前にも説明したよ!?」
「確か『白根虎之助選手』でしたっけ?相当中二じゃないですか?そのセンス」
「ちょ…ちょっと失礼だよっ」
―――
―――
―――
「お疲れ様です!!!」
廊下の両サイドに整列し、準決勝進出を決定した後のインタビューを終えた宮永照と、白虎を迎えたのは『白服』だった。
『鷲巣』亡き後、共生は関西共武会に乗っ取られた。
鷲巣の側近であった鈴木や岡本などを除き、殆どの者は関西共武会に吸収された。鈴木達は『白服』を脱ぎ、現在は『黒服』として天江衣に仕えている。
共生を乗っ取った関西共武会は白糸台高校に手を付けた。その代打ちであった白根虎之助、通称、白虎はそれ相応の地位を獲得したのだった。
白虎は途中で照と別れ、白糸台の控室とは別の部屋に入った。
そこには、一人の男子生徒がいた。
「ここまでよく頑張ったな。臨海のD・D、そして、桜輪会高津組の信頼を得て、臨海高校の副将につけた。あとは本番だけだ」
白虎は彼に声をかけ、そして彼は応えた。
「ええ。確かにここまで大変でした。D・Dの目的は先鋒戦と大将戦の結果しかありません。次鋒から副将はその繋ぎでしか無い。しかし、信頼できるレベルの能力は必要です。元々臨海高校の生徒で実力もある次鋒の鉄壁君以外、D・D軍…彼の子供たちで埋められる枠でしたが、なんとか入れました。また、僕と同じような目的で、中堅にイレギュラーが入ったせいで、結局『D・D軍』はヴィヴィアンだけとなりましたが…」
「中堅って『フランケン』か…。まあ『そいつ』のことはいい。問題はアンタだ。助けたいんだろ?あの娘を」
「はい……。約束は守ってくれますよね。『白虎』さん」
「勿論だ、ケイ……いや……」
―――氷のK
◆
インターハイ6日目
―――午後……5時……43分………『満潮』……
「満潮……満潮だから……リーチだッ!」
「それロンです当さん、24000」
自信満々に切った彼の牌を玄はロンした。タンヤオドラ7の親倍。
『満潮』という流れを掴んだと思い込んでいた彼、
「何ぃぃーッ?何でそっちにそんなにドラが固まってるんだよ!?」
大げさなリアクションを取る彼に対し、穏乃はくすりと笑い、言った。
「それが玄さんだからね。それより、さっきから『満潮』って繰り返し言ってますけど、それ何かの呪文ですか?」
先日、鶴賀、風越との練習の際、個人戦に登録していない阿知賀の彼女達は、個人戦オンリーの者達とは練習することが出来る、ということを教えられた。
その翌日、彼女達と繋がりのあった荒川憩の協力もあり、個人戦オンリーの者だけではなく、彼女の知り合い達とも練習することが出来た。当大介もその一人である。当大介は三箇牧の生徒であり、荒川憩と同じく、個人戦では全国出場を決めた者である。
「彼ねー。この前そこの雀荘で見かけた白糸台の子のマネしてるんよー」
「こら言うな!」
憩が言うに、その白糸台の生徒とは、団体戦で次鋒を勤めている
仕上がった彼は、決まってその時を『満潮』と言い、そこから津波のように大きな、かつ防ぎようのない和了を連続するそうだ。
白糸台高校で恐ろしいのは、やはり先鋒の宮永照であるが、彼女が殺しきらなかった分を、彼がシャットアウトする。それが今年の白糸台高校である。中堅以降は、まだ公式戦に姿を現していない。
「あー思い出しました!確かその時決まって時計見ますよね、その人」
白糸台の『顔』が宮永照だったのもあり、穏乃が思い出すのに少し時間はかかったが、しかし彼も驚異的であるのは確かだった。
宮永照にも匹敵する驚異の連荘、高火力そして、圧倒的流れ。それが彼、積倉手数である。
「しかしそれにしても……あの失礼ですが、当さんは本当に個人戦で全国行き決めたんですか?」
憧は引き笑いの表情を含めて聞いた。
「憧ちゃん、ちょっと失礼だよ」
「でも玄さん。さっきからずっとこの人ラスだよ」
「そうだぞ!失礼だぞ!」
「でも彼ねー、去年の個人戦男子で五位だったんよー」と憩が言った。
「本当ですかー?」
疑いの目を当に向ける憧。
「ふん!次から目に物を言わせてやらあ!」
「あ、副将戦始まる」
話題を変えるように灼が言った。全国大会二回戦、第3試合、その副将戦が始まろうとしていた。皆は手を止め、モニターに目を向けた。
「ちょっ…おい!」
「ごめんなさい当さん、見させてください!」
頭を下げる玄。誠実な彼女に魅かれたのか、見惚れたのか、当はしぶしぶ引き下がった。
(あの人は…)
灼は清澄の副将を見た。
(やっぱり……どこかで見たことがある、ような)
モニターに映る彼を見るのはこれで二度目。一度目は地区大会決勝の録画。
(あの後姿……)
彼女は知っている。どこかで見た、彼の後姿。
そしてその時
「チー…」
彼は哭いた。モニター越しにも関わらず、その哭きは灼の心に響いた。
彼は哭く、また哭く。そのたびに、灼は心を、トン、トン、トンと叩かれる。
彼女は胸を押さえた。過去が、音を立てて近づいてくる。
「カン」
そして、その哭きで、強くその心は叩かれた。
(そうだ……思い出した……あの背中……あの人は……)
鷺森灼は幼いころ、玄の父親をはじめとする大人たちと打っていた。
だがたまに、その旅館にいかにもやくざの風貌をした大人たちも打ちに来きていた。
玄の父は灼に言い聞かせる。あの人たちとは打ってはいけない、と。
灼は言い返す。あの子は打っている、と。
彼女は、自分と歳が同じくらいの、その男の子を差して言った。
大人たちは言う。あの人は特別だ、と。
人。子ではない。大人たちは、その男の子を子供ではなく大人として扱っていた。
灼は襖の隙間からその男の子を見る。見えたのは、その子の背中。
その小さい背中は、冷たい色をしているのに、熱く、まるで青い焔だった。
大人たち、それも怖い大人たちを前にして、その男の子は一歩も引かない。
彼の『哭き』は、哭くたびに灼の心を刺激した。心臓が波打ち、焔の如く熱くなる。血液が熱湯にでも変質したのか、その熱は全身を巡り、そして彼女は高揚した。
大人たちに対して彼は言う。
―――あンた、背中が煤けてるぜ……
灼にその言葉の意味は解らなかった。だが、その言葉、彼の存在は、彼女の心に深く刻み込まれた。
その男の子の名は…
(竜……竜司……竜司君だ………)
灼は、思い出した。
灼が、小学生になるころには、もう彼が旅館に来ることは無かった。
大人たちに『飼われていた』彼は、自分の足で外に出た。
玄の父は言う。
彼は、誰のものでもない。
灼はその言葉を思い出す。
だが、何故彼はそこにいるのか。
訊きたい。
灼がここに居る理由。それは赤土晴絵のため。
しかし今、新たな理由が生まれた。
決勝の舞台で彼と打つ。
偽りなき彼の麻雀。偽りなき彼の言葉。
決勝の舞台へ上がらなくては、それらを知ることは出来ない。そう彼女は感じた。
◆
【清澄高校控室】
「……喉乾いてきたわ。それにしても京太郎君遅いわねー……」
副将戦が終了し、次の対局を控えるアカギがその部屋を出た後、彼女は買い出しに行っている須賀の帰りを待たず、自動販売機の所に足を運んだ。
・・・・・・
「・・・え?……もしかして、お兄ちゃん?……」
自販機の横に、白糸台の制服を着た男子が居た。
優等生が多いであろう白糸台高校であるが、彼の外見はその真逆、制服の前のボタンは全て外しており、煙草まで吸っており、そしてやさぐれた表情、いかにも不良な風貌だった。
「……久しぶりだな、久……。まさかこんな形で再開するとはな……。あとその言い方やめろ」
『上埜』という苗字を捨て、彼女が得た新しい苗字『竹井』。
それは『彼』のものであった。
◆
とある雀荘にて
「あのさ、ほんとにあれ傀?調整する必要ないんじゃないの?」
「確かにそうかもねヴィヴィ。私も『アレ』があの『人鬼』には思えないね。だが、『あの通り』なら、だ。彼らはね、自分の本質すら上手に隠せるからね。だから、舐めてかかると痛い目をみるよ」
「ふん。この私をこんなちんけな大会に出して…本当は傀とかテルテルとかと戦わせるのが目的じゃないでしょ?本当の目的を教えなさいよ。どーせ、まだ顔も見せてない『大将』が関係してるんでしょ?」
「ふふ。隠しても無駄か。……その通りだよ」
「この大会でね、私は決めようと思っている」
―――私の【最高傑作】を
「だから、頑張るんだよ。ヴィヴィ。傀を『超えて』自分の価値を証明するんだね」
「は?何それ。ちょーやる気でないんですけど、それ」
◆
―――記憶なんて、ただの記録
―――嫌な記録なんて、書き換えてしまえばいい
その日は雨だった。
一人の少女が、傘も差さずに雨に打たれていた。
会場を背にして、ただその場で、空を見上げていた。
涙を、雨でごまかすように。
「ねぇ、どうしたの?」
一人の少女が話しかけた。
白糸台の制服を着た女子。
彼女も、傘を差していなかった。
「なんか、雨に打たれたい気分なんや……」
末原は答えた。
「負けちゃったの?」
その女子は訊いた。
「あんたストレートやな…そうや……。私の所為で、みんなの大会、終わってしまったわ……」
「悔しい?」
「悔しいな」
「悲しい?」
「悲しいな」
「忘れたい?」
「忘れれるものなら、忘れたいな」
「じゃあ、消しちゃおうか」
「え?」
「記憶なんて、ただの記録」
「嫌な記録なんて、書き換えてしまえばいい」
「あんた、何いうとるの?」
「もう一度聞くよ。もし、仮に記憶を書き換えることが出来て、あなたにとって都合のいい記憶にすることが出来るなら、あなたはそうしたい?」
「………そうやな………。いい話やけど……それは遠慮したいな」
「どうして?」
「それを、嫌な思い出を含めて、私やからな。それに、私には責任がある。責任を放棄するんは、私のプライドが許さへん。忘れることなんて、出来へん」
「そう…」
「そんなもんや、人生」
「ふふっ。そうだね」
「何か、ありがとな。本当のこと言うと、私、逃げたくなったんや。でも、あんたに言われて、なんかそれちゃうな、って思えた」
「お礼なんて、いいよ」
「だけど、なんであんた……傘忘れたん?」
「私も、雨に濡れたかったから」
「あんたも、もしかして」
「ううん。違うよ。気分……」
「そっか……まあそんな気分もあるわな…」
「うん」
「それにしても、あんた変わった髪形しとるな」
「そう?他にも変わった人、いるよ?」
「あんたも負けとらん」
「ふふっ。ありがとう」
「ははは…」
「ねぇ、友達にならない?」
「なんや急に。そんなこと、なろう言うてなるもんでもないと思うけど、まあええよ」
「ふふっ、そうだね。ねぇ、名前、教えて」
「恭子や。末原、恭子」
「キョウコ、ちゃん?懐かしい感じ……」
「同じ名前の友達がおったん?」
「昔ね。でも嫌われちゃった」
「そうか、嫌なこと思い出させて、悪かったな」
「ううん。気にしないで」
「で、あんたの名前は?」
「私は、玲音。岩倉、玲音……」
雨があがった