アカギ、傀、竜が清澄高校麻雀部に入部したそうです   作:叶芽

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#23 竜と虎 その1

………

 

 

 

「それ…ロンよ。…君…。三暗刻、ドラ8。24000で飛びね。…君」

 

 

 

……

 

 

 

「まだまだね…。…君……」

 

 

 

……先…生………

 

 

 

 

「もっともっと強くなって、私を楽しませて……」

 

 

 

……先生………

 

 

 

 

「私は、いつまでも待っているから……」

 

 

 

 

……松実先生………

 

 

 

―――そして、いつかみんなで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 インターハイ最終日。全国大会決勝。

 様々な思惑が混在したその大会も今日、最後を迎えることになる。

 その舞台に、四校が集う。

 白糸台高校、臨海高校、阿知賀女子、そして、清澄高校。

 それぞれの先鋒が舞台に上がる。

 

 白糸台は副将以降、臨海は次鋒以降、これまでの試合に姿を現していない。激戦とされるインターハイの歴史において、類を見ない異常なる事実。誰もが注目した。

 これから始まる先鋒戦。現インターハイチャンピン、宮永照。不可思議な打ち回しと、圧倒的爆発力を見せつけた傀。そして、その彼を準決勝で下した、ヴィヴィアン。これまでの流れから、この先鋒戦で終わってしまうのではないか、と各所から期待、あるいは不安の声が上がった。

 その要因となったのが、阿知賀女子である。

 Aブロックの準決勝は、中堅戦、千里山のセーラが白糸台の竹井に振り込み続け、飛び、そして終了した。阿知賀女子のその時の点数が新道寺を上回っていた、ということで決勝に駒を進めた。

 圧倒的力量、記録を残している他の三校と比べて、彼女達は劣っている。そう見られている。

 この先鋒戦は、宮永照とヴィヴィアンの対決になるであろう、というのが、大多数の見解であった。予想された結末は、どちらが阿知賀女子を飛ばすか…。

 

 だが、彼女達は負けに来たわけでは無い。

 舞台に進めるその足に、恐怖はあれど、それに屈し、逃げる気配など無かった。

 彼女達は、志半ばで散った敗者の上に立っている。逃げることなど許されない。逃げる意思など毛頭ない。

 松実玄は思い出す。命を削ってチームのために打った、園城寺怜のことを。彼女の体を心配したあまり、自分の麻雀が打てなかった、江口セーラのことを。思うように追い上げることが出来ず、三着に終わってしまった新道寺のことを。

 ドラは、まだ来ない。準決勝の彼女の唯一の和了。その際に、彼女はドラを切った。彼女はわかっていた。それがどんな意味を持つのかと言うことを。もしかしたら、この二回の半荘でもドラは来ないかもしれない。

 それでも、進む。

 

 その舞台には、宮永照が居る。傀が居る。

 

「お久しぶりですね。玄さん」

 

 傀が、彼女に対して言った。思いもしなかった人物から、思いもしない一言だった。

 

「え?…すみません、どこかでお会いしたことがありましたか?」

 玄は返した。

「無理も、ありませんね…」

 わかっていたかのように、彼は微かに笑った。玄は首を傾げた。

 

 

「場決め、終わったー?」

 

 そして、ヴィヴィアンが最後に加わった。

 場決めが終了し、先鋒戦が始まる。

 前半戦の席順は、タチ親が傀、そしてヴィヴィアン、照、玄となった。

 

「御所望通り、完全に『ゼロ』にして来てあげたわよ。『兎』が何の意味か全く分かんなかったけど、これで勝てば文句は無いわよね?」

 

 Bブロック準決勝、ヴィヴィアンは傀に言われた。「ゼロから仕上げていけないようでは『兎』にすら勝てない」と。彼女は試合前に調整し、完全なる状態で試合に臨んだ。その事を、傀は笑ったのだ。

 

 傀はただ微笑むだけで、言葉を返すことはしなかった。ヴィヴィアンは、フンと鼻を鳴らし、配牌を取った。

 

(ドラは、やっぱり来ない)

 

 配牌にドラが来ることなど当たり前だった玄だったが、その手牌にドラは無い。しかも5シャンテン。勝負できる手ではなく、滑り出しは好調、となる筈もなかった。

 

(わかっていた。こうなることは…)

 

 準決勝終了後、彼女は決勝のために、何度も仲間たちと打った。だが、ドラが来ることは一度もなく、周りの者にドラが拡散してしまう始末だった。

 

(でも、私は待っているから!)

 

 折れない。折れてはならない。この大会は、この半荘は、自分だけのものでは無いのだ。

 

「ツモ。500・1000」

 

 東一局、あがったのは南家、ヴィヴィアン。

 

南家 ヴィヴィアン 手牌

 

{七七七⑤⑥⑦⑦⑦23477} ツモ {7} 

 

 十五巡目と比較的後半の巡目でのあがりであり、彼女は何度もあがれる形を崩し、この形であがった。

 ヴィヴィアンは照を見た。

「東一局は、『見』なんだって?でも、あなたに観えるかしら?」

「……」

 

 相手の本質を見抜く『照魔鏡』。その発動のため、彼女は東一局は見にまわることが多い。彼女の爆発は、東二局から始まるはずだった。だが

 

「ツモ、2000オール」

 

 牌を倒したのはヴィヴィアン。赤牌含みのまたも『七並べ』。

 ヴィヴィアンには彼女にそれを発動させない自信があった。この卓には、禍々しい『本質』を持つ自分と、本質すら変幻自在な者がいる。

 宮永照は敵ではない。あくまで、敵は傀。準決勝、これっぽっちも何もしなかった傀。傀に本気を出させ、そして潰す。それが彼女の目的。

「見抜けるわけないよねー。失敗作に」

「……ッ」

 失敗作。その言葉に彼女は一瞬反応した。ヴィヴィアンは挑発を続けた。

「知ってるわよ。『あなた達姉妹のこと』は。あの子はすごいみたいね、『あなたと違って』」

「……」

「勝負途中です。お静かに」

 注意を入れたのは傀。ヴィヴィアンは舌打ちをし、賽のボタンを押した。

 

 

―――失敗作

 

 

「ロンです。2600は2900」

 

 傀に振り込む。見抜けない。読めない。

 

 

―――失敗作…

 

 

 声が聞こえる。

 

「ロン。5200ー」

 

 ヴィヴィアンに振り込む。見抜けない。読めない。

 

 

 

―――咲は…

 

 

 

 

「ツモりました。1000・2000です」

 

 傀にツモられる。支配できない。追いつけない。

 

 

 

―――母さんは…

 

 

 

「ロン、8000」

 

 ヴィヴィアンに振り込む。見抜けない。読めない。支配できない。追いつけない。

 

 

―――

 

 

 何故。

 

 

―――

 

 

 

 

 私は………。

 

 

 失敗作なの?

 

 

 

 デイヴィット・デイヴィス。彼は父のトラウマだった。

 大学時代、父は彼と同じ研究室にいた。運動神経、頭脳、カリスマ性、どの分野においても彼は群を抜いていた。女という女は彼の下についた。当時、父の片思いだった女性も彼の所へ行き、子供を作った。

 父は彼を超えたかった。しかし、何時しかそれも出来ないと悟った。

 自分では超えることは出来ない。なら、自分の息子、娘なら…。そう父は思った。そうして生まれてきたのが、私だった。

 だが、彼はその上を行った。彼が作った、あるいは見出した子供たちは、そのどれもが優秀だった。劣性の者ですら、某国の大統領や大物政治家になれるほどだった。私は、彼はおろかその子供たちにも劣る能力だということになる。

 咲は優秀だった。優性だった。6歳になるころには、その才能を開花させていた。母さんの血は、きっとあの子の方が濃いのかもしれない。

 ある日、鏡が視えるようになった。対局中、相手の背後に視える。それは相手の背中を映したものじゃなかった。相手の心の奥の底の、絵にし難い、言葉にし難い、『本質』というものだった。私はそれを言葉でなく心で理解した。

 私は父を観た。咲を観た。母を見た。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 ヴィヴィアン、傀。あなた達の本質は確かに『照魔鏡』では直接とらえきることは出来ない。だが、あなた『達』のルーツ…デイヴィット・デイヴィスについてなら別。死ぬほど父から教えられたから。

 『ルーツ』をとらえることが出来れば、あなた達を『観る』ことは出来る。

 

 私は、失敗作なんかじゃない。

 

 

 

 

 

 

前半戦 南2局 親 ヴィヴィアン ドラ{⑦}

 

 

傀(清澄 一年)        103900

ヴィヴィアン(臨海 一年)   120200

照(白糸台 三年)       80400

玄(阿知賀 二年)       95500

 

 

 

(ん…)

 

 ヴィヴィアンは空気の変化を感じ取った。流れが、通常のものでは無い。誰かが『風』を起こしている。

 照、宮永照だ。ヴィヴィアンは彼女を見た。そしてその視線を右手に下ろした。彼女の右手は小刻みに震えていた。『風』の発生源はそこだった。

 

(まさか…)

 

 流れに、淀みを感じる。嫌な予感はまず手牌に訪れ、そしてツモに、そして結果へと続いた。

 

「ツモ。1000・2000」

 

 

西家 照         {四[五]六八八八⑤⑥67888} ツモ {④}

 

南家 ヴィヴィアン    {一一二三七七⑤⑥⑦⑦⑦77}

 

 

(これは)

 

 玄は知っていた。この流れを知っていた。ここから、彼女の連荘が始まることを。

 

 

南3局 親 照 ドラ {7}

 

 

「ツモ、2600オール」

 

 

東家 照         {一二三七八九⑤⑥⑦⑧⑨西西} ツモ {⑦} (リーチ一発)

 

北家 ヴィヴィアン    {八七七九⑤⑦⑧167発発発}    

 

 

 二連続。

 

(この流れ。まさか『照魔鏡』が発動した?私や、傀の『本質』をとらえることが出来たというの?それとも偶然?)

 

 

南3局一本場 親 照 ドラ {8}

 

 

「ツモ。4100オール」

 

東家 照         {二二四四七七①⑦⑦7799} ツモ {①} (リーチ一発)

 

北家 ヴィヴィアン    {五五七④⑤⑥4445688}

        

 

 ヴィヴィアンは表情にこそ出さなかったが、その『異常事態』には驚いた。

 

 (【7】までも、吸い込まれている……不快ね……)

 

 

南3局二本場 親 照 ドラ {①}

 

 

 照は拳を震わせた。彼女のツモ動作の様はまるで何かを殴るようで、その形相は一瞬鬼のように変わり、虎のように他を威圧した。

 

 

「ツモ。8200オール」

 

 

東家 照         {四四四四五六七七①①⑦⑦⑦} ツモ {①} (リーチ一発)

 

北家 ヴィヴィアン    {七七⑦17777西北白発中}

 

 

(『暴虎』……ね……。気に食わない……こいつも…)

 

 それはBブロック準決勝、ヴィヴィアンが経験したプレッシャーに近いものだった。傀から発せられた威圧。それをD・Dは暴虎と例えた。

 宮永照もまた、『暴虎』を纏いし者であった。

 

 

(でも……)

 

 

 

前半戦 南3局二本場終了

 

 

傀(清澄)       88000

ヴィヴィアン(臨海)  103300

照(白糸台)      129100

玄(阿知賀)      79600

 

 

 

「ふーん……意外だわ。あなたがここまで出来るなんて」

「………」

 ヴィヴィアンは笑っていた。

 

「でもね。言ったわよね。『ゼロからでも仕上げる』って。あなたがどれだけ暴れても『スタート』させちゃうから。あたしは」

 

 

 

 照が賽のボタンを押す瞬間、彼女はそっと呟いた。

 

 

 

 

 

「カウントダウン」

 

 

 

 

 

 

 

 

南3局 二本場 親 照 ドラ {発}

 

 

 『カウントダウン』…。

 

 私は照魔鏡でそれがどのような現象をもたらすのかを観ている。『直接』観れた、と言うわけではなかったため、完全な理解というものじゃないけど。

 それは『七並べ』による運の圧迫、その反動を経て、ヴィヴィアンが完全に仕上がった状態で発動される現象。数字は和了巡を意味し、7からスタートし、カウントは0に向かっていく。これまでの彼女の試合の傾向から、その打点は高い。高火力のツモ和了を7、8連続もあがられた場合、半荘二回では逆転不能などころか、誰かが飛んでしまうケースも生まれる。そういう現象。

 

 

照 配牌(親)

 

 

{一一二三九①29白白発発発中}

 

 ドラ3…。この局はトリプル以上が『私の麻雀』。小三元、混一、チャンタを含んだ形か、大三元が最終形。

 でも、ヴィヴィアンのカウントダウンが他に和了を許したケースは一度もなく、『照魔鏡』もそう言っている。

 普通に打っていてはならない。第一打はドラの{発}を選択した。準決勝でも千里山対策としてやった、ツモをずらす為の伏線。

 同巡、下家の阿知賀から出された{一}を叩いた。打{2}。

 正直叩きたい牌では無かった。門前は消え、トリプルの条件は厳しくなる上、{発}を切っている所為で最終的にフリテンになる可能性も出てくる。出来るなら、先に{発}を鳴きたかった。

 だが、これでヴィヴィアンのツモは傀に流れる。カウントダウン故、局の決着は早い巡目で訪れる。ずらせるうちにずらさなくては。

 ヴィヴィアンの第一打は{西}。手出し。

 私のツモは{一}。打{①}。 {一二三九9白白発発中} ポン {一一横一} 

 ヴィヴィアン第二打、{南}。手出し。

 次のツモが{中}。打{9}。  {一二三九白白発発中中} ポン {一一横一} 

 ヴィヴィアン第三打、{北}。ツモ切り

 そして私は{白}をツモって{九}切り。張った。

 

東家 照 手牌

 

{一二三白白白発発中中} ポン {一一横一}

 

 ヴィヴィアンのカウントダウンの際、リー棒が出ることが多い。恐らく、ヴィヴィアンよりも先に張ったということになる。

 だが、{発}を切ってしまっており、フリテン。出アガリは出来ない。そもそも、これは倍満止まりであり、三倍満以上では無い。

 しかしそれでも、ツモをずらした効果はあるように見える。彼女の第三打はツモ切りで、『カウントダウン』なのに、手を進めれていない時を作った。

 照魔鏡は、彼女のカウントダウンよりも上なのか。

 ヴィヴィアンの第四打もツモ切り。{①}。私は{二}をツモり{三}を切った。あとは{発}を叩ければトイトイを含めて三倍満。まさかこんなにもあっさり攻略できるものなのか。

 

 父を狂わせた男、デイヴィット・デイヴィスの娘。ヴィヴィアン。

 あなたに勝てば証明できる。父に認めさせることが出来る。私は劣性じゃない。劣性はあなただ。あなたこそ、失敗作…。

 

 

「リチ」

 

 

 彼女は『宣言通り』リーチをかけてきた。私がシャンテンを戻した同巡、そして次巡彼女は手出し、つまり手を進め、六枚目の牌を曲げた。リー棒が置かれた。まるでそれが当然かのように、動きに淀みは無く、表情は平然としている。

 だが

 

「ポン」

 

 対面の傀が{発}を切った。協力に感謝する。

 私は三倍満、もしくは大三元が確定した。彼女の一発ツモは阿知賀に流れ、私は元々のヴィヴィアンのツモを喰い取れもした。これなら…

 

「カウントダウンは決まっている。いくらあがいても、いくらずらしても無駄よ」

「…ッ!」

 

 淡々とした説明。まるで私がしたことが何のダメージにもなっていないかのように。

 

「ツモ…。1300・2600の三本付け」

 

北家 ヴィヴィアン 手牌

 

{三四五五六七⑤⑥⑦⑦567} ツモ {④} 裏無し

 

「テルテルタイム終了ね」

 

 彼女は微笑んだ。

 しかし、効果が無かったとは思えない。彼女の本質は『7』。彼女は{⑦}をツモりたかったはず。そうすれば、三色、一発も含めて跳満。最後の私の鳴きが、彼女の手を安くした、はず…。

 形も、待ちの数が少ない。7の数が多ければ……例えば

 

{五六七⑤⑥⑦⑦⑦56777} ツモ{⑦}

 

 この形が彼女の『本質』のはずだ。最初の私の鳴きで、崩れたんだ…。

 そうだ。

 負けていない。

 次こそは

 

 

「『次こそは』なんて考えた?」

「え?」

 

 寒気。冷たい空気が、首筋の肌に刺さった。

 

 

………

 

 

「ツモ。8000・16000。…前半戦終了ね」

 

西家 ヴィヴィアン 手牌

 

{[五]六七[⑤]⑥⑦⑦⑦[5]6777} ツモ {⑦} ドラ {⑦}

 

 

前半戦終了

 

 

傀(清澄)      78400

ヴィヴィアン(臨海) 141400

照(白糸台)     118200

玄(阿知賀)     62000

 

 

 

 

 ずらしもした。抗いもした。打点の制限も無いから、前局よりも自由に動けた。なのに…何故?

 

 ただの一撃。

 だがその一撃が私の脳裏に二つの文字を焼き付けた。

 絶望…。

 焼印のように……消せない。剥がせない……。

 

 あ……あぁ……。 

 見たくない。

 知りたくない。

 

 信じたくない……。

 

 

 

 ………。

 

「ちょっと点棒!」

 

「あっ…」

 

 

 私は放心していた。

 

 

 

 

 

 

 私は対局室を最後に出た。立ち上がるのが、遅れたの。普段はこんなこと有る筈がない。あってはならない。

 私は廊下の長椅子に腰かけた。

 そしたら音がした。

 

 

 

 

 カタカタ…・・・

 

 

 何?…何の音?…

 

 

 カタカタ…・・・

 

 

 震えている?

 

 

 この私が?

 

 私は……ここまで登りつめた。

 

 

 認めさせるために。

 

 

 だから努力してきた。自分の力を磨いてきた。自分を研究し、他人を研究し、そして勝ち続けてきた。

 そしてインターハイチャンピオンになった。それでも足りない。

 

 もっともっと、上に行かなくては。ヴィヴィアンなど、所詮は通過点に過ぎない。そのはずだ。そうなるはずだ。勝たなくては、ヴィヴィアンに勝たなくては。

 

 駄目だ……。勝てない……。震えている……。

 この手が、勝てないと私に語っている。

 

 勝てない。絶対に勝てない。逃げろ、逃げろ。

 お前はやっぱり失敗作だったんだよ。宮永照。

 劣性だ。クズだ。ゴミだ。掃溜めだ。

 これまでは運が良かっただけだ。ずっと弱い奴と戦っていただけだ。その弱い奴らにすら、運だけで勝っていたんだ。

 お前は偶然一位になったんだ。

 努力?

 技を磨く?

 何を馬鹿なことを言っている。

 麻雀は運のゲームだろ?

 運のゲームで一位になって王者?チャンピオン?笑わせるな。

 クズでも一位になってしまうのがこのゲームの面白い所じゃないか。

 良かったな。優越感に浸れて。

 チャンピオンごっこは楽しかったか?宮永照。

 

 

 私はその時何かを叫んでいたのかもしれない。

 

 

 私は壁を殴った。

 

 もう一度殴った。

 

 更にもう一度殴った。血が出た。

 

 頭を叩きつけた。

 

 何度も何度も

 

 私は失敗作だ。死ね。

 

 壁に血が付いた。

 

 繰り返していたら、ふっと意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

・・・

・・・・

 

・・・

 

 

・・・

 

 そういえば、試合前に読んでいた本…。なんだっけ。

 まだ途中だっけ。

 

 そうだ…。次の人生はあの主人公のように生きよう。聾唖者のフリをして生きる。

 そうすれば、人が言うほど失敗作じゃないて、自分で確信できる。だって、フリをしているだけなんだから。

 私は出来る。出来ないフリをしているだけ。

 みんな私の本当の実力を見抜けないんだ。馬鹿どもが。

 私は見抜ける。私には鏡があるからな…・・・。

 

 

 

 はは……

 

 違うか……

 

 

 全然違う。

 その鏡は、父さんや、母さん、咲がくれたものだったけ。

 

 

 

―――

 

 

 

 

「お姉ちゃん!!」

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

「お姉ちゃん!」

 

 

 

 ……誰?

 

 

「お姉ちゃん起きて!」

 

 

 目を、開きたくない。このまま、別の世界へ行きたい。

 

 

 

 

 でも、声が聴こえる……

 

 

 

「お姉ちゃん!」

 

 

 咲………

 

 

 そこに、咲がいた。

 私は長椅子に横になっていた。頭には、布。

 咲の上着が少し破れている。咲が、止血してくれたのか。

 

「お姉ちゃん!」

「咲……」

「良かった……。今お医者さん呼んだから……」

 彼女は泣いている。私の手を握ってくれているその手は、震えている。

 

「どうして……ここに」

「お姉ちゃんに、どうしても伝えたいことがあって……前半戦が終わった後、急いでここに来たけど、お姉ちゃんは……倒れてて……」

「そうか……」

「お姉ちゃん……大丈夫?」

「あ……ああ……何とか・・・・。でも、これじゃあ失格。私はみんなに酷いことをしてしまった……」

「でも、お姉ちゃんの命も大切だよ……」

 

「・・・・・・私の……命なんて……」

 

 

「……お姉ちゃん…なんであんなことしたの……?」

 

「みて、いたの……」

 

「うん・・・。声が、聴こえて。お姉ちゃん壁に頭打ちつけて、そして倒れて……」

 

 咲の声は震えていて、ますます泣いていた。

 

「咲……。私は……失敗作だった。失敗作だったんだ……」

「……」

「強がっていただけ。私は、ヴィヴィアンにも、お前にも劣る人間だった。共武会の力であの家を離れることは出来けど……結局何一つ変えることが出来なかった」

「お姉ちゃん……」

「ん?」

 

 咲は涙を拭って、深く呼吸して、そしてまっすぐな眼を、私に向けた。その表情は、毅然としていた。

 

「私は、それを言いに来たの……」

 

 咲は続けた。

 

 

「お姉ちゃん……。いや……宮永照さん……。背中が煤けてるよ」

「咲…?」

 

「使い方、違うかな…?でも、その言葉がぴったりな感じがした。今のあなたには、一人の部員も背負えない……」

「………」

 

「私は、宮永照の妹でいることを、ここでやめる。いや……やめます」

「え?」

「お姉ちゃん、いや。宮永照さんの言う通り、私達家族の関係の修復は、もう出来ない…。私は、それから目を背けていた。真実から、目を背けていた」

「……」

「だから、宮永照さんを、家に戻ってきてもらうように言うことは、もうしませんし、望みもしません」

「咲……」

「ですが、それでも言わせてください!」

「………」

 

「私はあなたが……宮永照さんのことが、好きです。大好きです。インターハイチャンピオン。王者宮永照。私は、あなたのようになりたい」

 

 私は聞き入った。想像も、夢にも思わなかったことを、咲が言った。

 

 何故だろう。心臓が波打つ。鼓動が、早くなる。

 

 力が湧いてくる。高揚しているのか。私は。

 

 

 私は起きあがった。

 

「あ、お姉……ちが、照さん!安静にしていないと!」

 

 私は時計を見た。時間は、まだ間に合う。後……一分……。

 

「そうだね………私はチャンピオンだ……チャンピオンが、逃げるわけにはいかない……」

 

「でも……その血じゃ、行っても!」

 

「わかっている。それでも私は行く!止めないで!咲……」

 

 

 私は歩を進めた。

 

 ふらふらする。ポタポタと血が落ちる。でも、進む。

 

 

―――

――――

 

ザザザ……

 

 

ザザザ………

 

 

―――

――――

 

 

 

「そうだよ…。ここで終わっちゃ駄目だよ。宮永さん」

 

 

 

 

 

 私の進む先に、一人の女子が居た。白糸台の制服。

 大将の、岩倉玲音だ。

 

「玲音……何故ここに居る」

 

「安心して。救急車はまだ来ないし、失格にもならないから、舞台に上がって、そして打って。宮永さん」

 

「何を言っているかわからないけど、どの道、私は行く。そこをどいて」

「ちょっと待って」

 

 彼女の手が私の額に触れた。

 

「!?」

 

 血が、消えた?

 

「視えなくしただけだから。血が目に入ると面倒でしょ?怖いなら、この数分の出来事の記憶を消してもいいけど……」

 

 何を・・・・・・言っている?

 

「あ・・・私の記憶だけ消せばいいか。必死になれば、血のことも忘れるだろうし。あ、痛覚も切っちゃえばいいか。なんでもない。頑張って。終わったら、ふらふらになってるかもだけど、それに合わせて救急車呼んでおくから。じゃあね」

 

「おい玲音!」

 

 ・・・・・・

 

ザザ……

 

ザザザ……

 

 

 ・・・・・・

 

 

「お姉ちゃ……照さん……誰と、話していたの?」

 

「………いや………なんでもない……。でも、行くよ。咲……」

 

「わかった。もう止めない……。頑張ってください!宮永照さん!!」

 

 

 私は、会場に向かった。

 

 そうだ。私は進む。咲……。応援してくれている、お前のために。

 たとえ他の者に罵られようとも、お前が、お前だけは私を応援してくれるんだ。

 だから……頑張らないとな……。

 

 

 

 

 

 会場には一分ほど遅刻したが、大会の規定で、五分までの遅刻は失格にならないことになっている。

 場決めは既に終わっていた。私は空いた席に座った。

 起家だった。下家に傀、対面に阿知賀、上家にヴィヴィアン。

 

 

「逃げ出しだかと思っちゃったじゃん」

 

 ん?

 

「よろしくお願いします」

 

 阿知賀が頭を下げた。どういうこと?

 

「ねえ……早くボタン押してよ」

 

 試合を、始めていいのか?

 私は手を額に当てた。

 

 血が……消えている。痛みも……ない……。

 さっきまでのことは、夢だった……?

 いや、違う。

 私はボタンを押した。賽が回る。

 

「ハチマキでもして、気合を入れてきたの?」

 

 この布は、咲がくれたものだ。現実。夢じゃない。

 わからない。解らないが……。続ける。続けることが出来る。

 なら、やるだけだ…。

 

 

 

 

後半戦 東一局 親 照 ドラ {⑤}

 

 

「【5】……」

 

 カウントダウンは継続する。そのことは知っている…。でもどう防ぐ?どう凌ぐ?

 私は、もう父に認めてもらうために打つわけじゃ無い。咲の、応援してくれる咲のために打つ。勝つ。絶対に勝つ。

 

東家 照 配牌

 

{二三六①①⑨⑨13西北北白中}

 

 この配牌…どう打つ?

 

「ポン」

 

 私は北家、ヴィヴィアンの第一打、{①}を鳴いた。何もしない場合負けるのが必然。何かはする。

 今思えば、阿知賀がドラを支配していないのが痛い。彼女の支配が生きていればヴィヴィアンの打点は少しは下がったはず。カウントダウンを打ち切った後、七局以内に逆転する、というルートもあったかもしれない。後悔しても仕方のないことだけど。

 

東家 照 手牌

 

{二三⑨⑨13北北白中} ポン {横①①①}

 

 同巡、南家の傀が{⑨}を切った。私は叩いた。積倉なら、意味を持って鳴けるのだろう。私には出来ない。

 一瞬、ヴィヴィアンの方の空気が変わった気がした。

 対局中、歪むはずがないと思っていた彼女の表情が、ほんの一瞬歪んだ。

 ツモが戻ったのだから、ヴィヴィアン自身の手は変わらないはずだが。

 

東家 照 手牌

 

{二三1北北白中} ポン {横①①①} ポン {⑨⑨横⑨}

 

 

 とにかく動いて、その中で打開策を考えなくては。

 私に、竹井ほどの状況把握能力があれば、相手にわざと鳴かせる、と言うことも出来るのだけど、局の序盤の段階では私にはそれは出来ない。でも、嘆いても仕方がない。

 

 北家、ヴィヴィアン…打{白}。

 残り4。

 同巡、私は{北}をツモる。打{白}。形は見えてきたが、チャンタ。このままではスピード負けの予感しかしない。

 

東家 照 手牌

 

{二三1北北北中} ポン {横①①①} ポン {⑨⑨横⑨}

 

 ヴィヴィアン、打{八}。残り3。

 同巡、{東}をツモり、打{1}。無駄ヅモがあってほしくない局面で、痛い。

 

東家 照 手牌

 

{二三東北北北中} ポン {横①①①} ポン {⑨⑨横⑨}

 

 ヴィヴィアン、打{東}。残り2。次にリーチが来る。

 一方私は{②}をツモ。打{東}。

 

「リーチ」

 

 ヴィヴィアン。{7}を切ってリーチ。

 

 ……{7}を切って……?ヴィヴィアンが?

 本質と……違う…気がする…何か、変化が起きているのか?

 

 私は{二}をツモり打{中}。

 

 

東家 照 手牌

 

{二二三②北北北} ポン {横①①①} ポン {⑨⑨横⑨} 

 

 私の打牌後、またも空気の変化を感じた。下家、傀の方からだ。

 彼は、微かに笑った。

 切られた牌は{二}。私は鳴き、{②}を残し聴牌。追いついた。{②}筒を残した理由は、好みの問題だ。正確な打ち方以上に、私はこの牌を残したかった。

 

 そして傀のツモ番。

 切った牌は{北}。手出し。

 

「カン!」

 

 思考より先に手が動いた。嶺上牌に手を伸ばした瞬間。私は感じた。

 

 これは……。

 

 

 咲だ。

 

 

 嶺上牌は{①}。

 

 「カン!」

 

 咲だ。咲の力だ。

 

 ……いや……違うな……

 

 ツモった牌は{④}。

 四つの団子……。お父さんと、お母さんと、私と、咲……。

 

 私は捨てた。もう、あの頃には戻れない。

 でも、咲は居てくれる。私も私として居ることが出来る。

 

 

「チー」

 

 傀が、その{④}を鳴いた。ヴィヴィアンの表情が、また歪んだ。

 

 

「ツモ…」

 

北家 ヴィヴィアン 手牌

 

{2233444666発発発} ツモ {1}

 

 結局ヴィヴィアンのツモあがり。カンドラは{九}と{中}で乗っていない。しかし、裏ドラ、カン裏次第では十分数え役満もありうる手。だったが

 

 乗ってない。彼女のあがりは3000・6000で止まった。

 ヴィヴィアンが大きく表情を変えたわけでは無い。だが、違っていた。これまでとは明らかに違う。これは、彼女の想定外だ。

 傀…。ここで来るのか……。違う…偶然だ。聴牌に向けて手を進めただけだ。

 傀は何もしていない。出来ていない。間接的ではあるが、奴を『観て』はいる。

 彼独自の『不可解な動き』は一度もしていない。そう感じる。

 

 そして、咲…。お前は私のようになりたいと言ったけど、私は、咲のようになれるのかな…。

 鳴きによってツモをずらすだけではヴィヴィアンには追いつけない。でも『大明カン』だけは違う。

 ヴィヴィアンのカウントダウンは通常の山の支配が前提だけど、王牌は支配外かもしれない。これは、間接照魔鏡では知ることの出来なかったこと。

 暗カン、加カンも効果が無いとは言えないけど、ツモずらしと追加ドローを同時に行えるのは大明カンだけ。嶺上牌が有効牌なら、ヴィヴィアンのカウントダウンの先を行けるかもしれない。

 

「確かに……咲ちゃんなら『それ』で追いつこうとしていたかもね。ま、どの道、追いつかなかったとは思うけど。まして、あなたは劣化品。あの子のようには出来るはずもないわ」

 

 喋り過ぎだよ。ヴィヴィアン……。声に震えがあったわけじゃないけど、解る。

 打開策は『これ』…。

 

 

「【4】……」

 

 4…。7や6ならこれも出来たかもしれない……。

 彼女の言う通り。私は咲じゃ無い。

 でも、他に選択肢は無い……。

 

 

「ツモ。……2000・4000」

 

 うまく……出来ない。

 

 ヴィヴィアンの打点が、低くなっているというのに。

 ヴィヴィアンの中の何かが、崩れ始めているというのに。

 

「【3】・・・・」

 

 全然、カン出来ない。

 いや、これが、麻雀というものなのかな……。

 

 

「ツモ・・・・・・。1300・2600………」

 

 

後半戦 東3局終了 

 

 

照(白糸台)      108900

傀(清澄)       70100

玄(阿知賀)      54400

ヴィヴィアン(臨海)   166600

 

 

 

 

 だが、何?この空気。『誰』が『何』をしている。

 

 まさか……

 

 

 東4局 親 ヴィヴィアン ドラ {四}

 

 ヴィヴィアンが賽のボタンを押し、賽の目が出た。対7。

 

 

 その時、『彼』が口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――【御無礼】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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