アカギ、傀、竜が清澄高校麻雀部に入部したそうです   作:叶芽

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#24 竜と虎 その2

 

 

 

 

 

後半戦 東4局 親 ヴィヴィアン ドラ {⑦}

 

 

照(白糸台)      108900

傀(清澄)       70100

玄(阿知賀)      54400

ヴィヴィアン(臨海)  166600

 

 

 

 

 

 

(御無礼…?)

 

 

 

 次のカウントは【2】。

 ヴィヴィアンがそのカウントを宣言する前、傀は言った。

 御無礼。その言葉を聞いて生き延びたものはいない。そう言い伝えられている。それは麻雀と言うゲームの中で、という意味でもあれば、本当の命という意味の場合もある。

 ヴィヴィアンもそのことはD・Dから聞かされている。

 彼女は待っていた。その言葉を。その言葉の先に立ち、D・Dに自分を認めさせる。

 そのはずだった。

 今、彼女にはこれまでに感じたことの無い感情が訪れている。

 不安。

 カウントは進んでいる。だが、その手の形は彼女の望む形ではなくなっている。

 崩壊の兆し。それに合わせられたかの如くの、傀の言葉。

 そして、配牌。

 

東家 ヴィヴィアン 手牌

 

{二三四①②③⑤⑥77789北}

 

 

 平凡。貧弱。覇気も無い。

 手だけ見ればこの上ない高速配牌。北切りダブりーの手。次巡{④}、{⑦}のどちらかをツモり、上がる。カウント通りである。

 しかし、これは彼女の親番。本来なら、打点を含め、最高形の形が訪れたはずである。

 さらに加えて、この局のドラは{⑦}。そのドラが、配牌に一枚も無い。

 

(何……?コレ…・・・ナンナノ?……)

 

 対面の男の不敵な微笑み。それは強がり?ブラフ?信じがたい現象が起きている。この現象が偶然で、傀は偶然を利用して、プレッシャーをかけているにすぎないのか。ヴィヴィアンは思考を巡らす。

 

(ありえない…)

 

 ありえない、とは、彼女がこの状況に『押されている』ということである。彼女は否定した。それがどうした、と。

 これは、自分が望んだことである。傀が何かを仕掛けてきたというのなら、それを見てやってもいい。絶対の自信、カウントダウンを敗れるものか。せいぜい足掻くがいい。それが彼女の結論だった。

 

 第一打{北}。彼女は堂々と生牌を切った。

 だが、切った瞬間、彼女の直感は、牌を曲げるのを躊躇った。

 

「ポン…」

 

 傀が鳴いた。

 

(やば…リーチ掛け損なった…)

 

西家 傀 手牌

 

??????????  ポン {北横北北} 打 {七}

 

「カウントが戻りました。残り【2】です」

 

 嘲笑うかのような一言。しかも切った牌は【{七}】。明らかなる挑発だった。

 

「だからナンナノ?『その程度』のことは、宮永照も散々やった。そのどれもが失敗に終わった。無意味よ。カウントは止まらないわ」

 

 照も彼女と同様の考えだった。

 

(確かに、ヴィヴィアンの言う通り。鳴きが入ってもカウントは進む。私が出来たことは、彼女のツモ牌の種類を変えて、手を安く出来たり、出来なかったり、というだけ。まして今回のカウントは【2】だ。傀はそれをわかっているの?)

 

 しかし、ヴィヴィアンは次のツモで言葉を失った。

 

 引いてきたのは、{④}でも{⑦}でもない。風牌の、{東}。

 

(え?……)

 

 彼女の思考は数秒停止した。目を疑った。現実を疑った。

 

(これは…何?……何故、{⑦}をツモら無いの?私のツモ山には『あったはず』なのに……)

 

 カウントダウンの性質上、鳴きが入ろうとも、彼女が有効牌を必ずツモるようになっている。ずらされて、{⑦}が他に行ったとしても、{④}の方をツモったであろう。

 だが、彼女がツモったのは{東}。字牌。まして、カウントは【2】なのだ。ここであがり牌をツモらないのは、彼女のカウントダウンの性質上『あり得ない』こと。

 

「どうしました?早く切ってもらえますか?時の刻みは貴女だけの物ではありません」

 

 『知っている』かのような、傀の挑発。

 ヴィヴィアンは牌を強打した。普段の彼女らしくもない行為。

 

「ポン」

 

 傀はまた鳴いた。

 

西家 傀 手牌

 

??????? ポン {東横東東} ポン {北横北北} 打 {七}

 

 

「カウントが戻りました。残り【2】です」

 

 

 挑発は続く。またも切った牌は、{七}。

 次のヴィヴィアンのツモは、{西}。怒りと、混乱との狭間の彼女は、またもツモ切りを選択してしまう。

 

「カン」

 

 今度は大明槓。そしてまたも打{七}。

 

西家 傀 手牌

 

???? カン {西西横西西} ポン {東横東東} ポン {北横北北} 打 {七}

 

 

「カウントが戻りました。残り【2】です」

 

 

(大明槓……私も試みた……でもなぜ傀はこうも上手く……)

 

 彼が起こしている状況に、照は嫉妬した。だが次の瞬間、考えを訂正することになった。

 新ドラ表示牌、{③}。つまり、新ドラは{④}筒だった。

 彼女は気付く。

 

 (まさか……)

 

 彼女は、対面を見た。

 これまで、一度も和了を見せなかった、彼女を。

 

(戻ってきたの?……阿知賀…『松実玄』!)

 

 照の推察はシンプルだった。

 松実玄のドラの支配は、カウントダウンよりも上。

 カウントが止まることは無いはずだが、ドラをツモることは無い。

 今回、{④}、{⑦}がドラになっている。

 玄は傀の下家。傀がヴィヴィアンから鳴けば、次のツモは玄。玄が、ヴィヴィアンの全ての有効牌を喰っている。

 全てのドラは、玄に集まる。

 それが今起きている現象。

 

(傀は、何もやっていなかった。ただ、阿知賀…松実玄の力が戻ってくるのを、ただ待っていただけだった!?)

 

 ヴィヴィアンのツモ番。そのツモにより、彼女の中の不安は、怒りを呑みこんだ。

 引いてきたのは {南}。四喜和の残りの牌。

 ここまで来ると、もうこれはあたり牌にしか見えない。

 

(切れない…)

 

 覇気、気迫、度胸。ヴィヴィアンにはそれらが不安により全て消え去っていた。

 残ったのは、仮初めのプライドと、逃げる足。それは『兎』のように野性の勘によるものでは無い。

 理。

 理による逃走。

 役満には振り込めない。

 直感により自分はリーチを自重できた。それが今生きた。

 彼女の思考に一瞬入り込んだ魔物。

 だが、その心の動きこそ、人鬼が最も欲しがる獲物。

 

 彼女の選択は{9}

 

「カン」

 傀は{9}を大明槓した。

 

「は?」

 

 そして

 

「もう一つ、カン」

 今度は{北}を加槓。連槓。新ドラは{④}。

 

「御無礼ツモりました。24000。臨海高校の責任払いです」

 

 新ドラは{⑦}。

 

西家 傀 手牌

 

{1} ポン {東横東東} カン {99横99} カン {西西横西西} カン {北横北(横北)北} ツモ {1}

 

混一色、混老頭、トイトイ、三槓子、東、西、嶺上開花

 

 

 カウントダウンは崩壊した。

(そんな……これが……傀……。デイヴにさえ『従わなかった』男……デイヴを『拒絶した』男……)

 

 彼女は今でも信じることが出来ていなかった。

 D・Dに優性と認められながらも、『最も優秀』と称されながらも、傀はD・Dにはつかなかった。彼女には信じられなかった。自分ですら、未だ『最高』とは言われていないのだ。

 そんな者に…自分が劣る…。認めたくなかった。

 彼女の中で、何かが折れる音がした。

 

「御無礼。嶺上開花。8000。臨海高校の責任払いです」

 

 そして、御無礼の嵐が始まる。

 

(『嶺上開花』……『この私の前』で……それは、『咲』のもの……)

 

 二連続の嶺上開花。

 自分に出来なかったことを安々とこなすと同時に、彼女が最も愛した者を象徴する和了を見せつけたのだ。最後の親を流された以上に、それは許しがたいことだった。

 槓、嶺上ツモを含む和了は傀の親になっても続いた。三連続、四連続。

 

南2局一本場終了

 

照(白糸台)     102800

傀(清澄)      132400

玄(阿知賀)     48300

ヴィヴィアン(臨海) 116500

 

 

 

(これは…もう『異能』の領域……)

 

 間接照魔鏡は相手の全てを観ることが出来るわけでは無い。

 擬似的に相手の異能を推し量り、場の支配に繋げる。直接照魔鏡と違い、その場の支配は比較的脆く、ヴィヴィアンのカウントダウンに支配を許してしまう結果となってしまった。

 今、この場にヴィヴィアンの支配は存在しないが、その代わりに傀の流れが支配している。今の照では、この流れを止めることは出来ないだろう。

 

(やはり、『使わなくてはならない』…)

 

 彼女が直接照魔鏡を展開しなかったのは、それが通じない傀とヴィヴィアンが居たためである。照魔鏡は、場の全員に使用しなくてはその支配が発動することは無い。場を支配するためには、間接照魔鏡を使用するしかなかった。(そもそもこんな使い方はこれまでしたことがない)

 今、力を失っているヴィヴィアンに対しては使うことが出来た。

 今のヴィヴィアンには何もない『空』の状態。異能も、禍々しさも消え去っている。

 問題は、傀だ。傀を『観る』ことさえできれば、照魔鏡の支配は完成し、残りの局で逆転も可能かもしれない。

 

(でも……もし『割れてしまったら』……)

 

 彼女がこれまでに経験した照魔鏡が割れる条件は二通り。

 一つは、照魔鏡が捉えきることが出来ないほどの強大な異能を『発揮』している者を観た場合。

 もう一つは、複数、それも数十の異能を持っている者を観た場合である。

 彼女はそれを、竜と、そして熊倉トシと打った時に経験した。

 

(傀は…熊倉さんと同じタイプ……。あるいは戒能さんに近い…。照魔鏡で観ることが出来ない…)

 

 割れてしまった場合。しかも傀が親のこの場面で割れてしまった場合。誰も何もすることが出来ない状況になる。そう照は思ったのだ。ヴィヴィアンは死んでいる。玄はドラが集まるようにはなっているが、この状況を打開するほどには至っていない。

 

「御無礼ツモりました。8200オール」

 

南2局二本場終了

 

照(白糸台)      94600

傀(清澄)       157000

玄(阿知賀)      40100

ヴィヴィアン(臨海)  108300

 

 

 

 考えているうちに状況は進む。

 

 

(このままでは………)

 

 

 

 

 

 

 ドラは戻ってきてくれた。でも、それだけじゃ準決勝の時と変わらない。

 すごい人が、宮永さんから、清澄の男子になっただけ。

 

「カン」

 

 清澄の子が、またカンをした。

 違和感はあった。

 福路さんは、清澄の先鋒は自分の打ち方に近い時が多いって言っていた。勿論、打ち方はころころ変わるみたいだけど、他の人から聞いた話でも、過去の牌符でも、あんな打ち方はこれまでに無かった。臨海高校のヴィヴィアンさんからの三倍満くらい、かな。らしい打ち方と言えば。

 カンと言えば、清澄の副将とか、風越の宮永咲さんとかが思い浮かぶ。

 あんなに牌が集まるのはすごい。やっぱり、私のドラのように、それがあの人たちのルールなんだろう。

 清澄の彼も、彼のルールなのかな。

 でも、そんな感じがしない。

 何かが違う。

 

 それに、さっきから胸が熱い。

 ドラが集まってから、というわけじゃなくて、あの子がカンをするたびに熱くなる。

 あの子とは、初対面のはず。でも、対局前、あの子は言った。「お久しぶりです」って。

 思い出せない。

 

 あの子のカンには意味があるのか。

 私は考えた。

 カンをすれば、ドラが増える。私にドラが集まることを知っているなら、カンはしない方が良い。でも、する。私のこの胸の鼓動と何か関係があるの?それともそれは考えすぎ?わからない。

 変化があるとすればなんだろう。

 私は王牌を観た。熱気が、あそこに集まっている感じがする。

 これまでも、それは有った。でもそれ以上のが、あそこにはある。

 

 もしかして、裏ドラ?

 

 地の底の、竜…。

 

 私は裏ドラが乗ったことは無いし、裏ドラが集まる、なんてことも無かった。

 でも、お母さんは乗せていた。裏ドラ、槓裏を含めた牌も、お母さんに集まっていた。

 お母さん。

 清澄……。

 

 もしかして……あの子は。

 

 

 

 

 

南2局三本場 親 傀 ドラ {1} 新ドラ {四}

 

 

「リーチ!」

 

(阿知賀が…張った?)

 

 これまで一度もあがることの出来なかった彼女からのリーチ。照は驚愕した。間接照魔鏡とはいえ、自分ですら聴牌も出来ない状況下で、玄は張ったのだから。

 

「ここまで…長かった…」

「え?」

 

 彼のその呟きは小さく、他はよく聞き取ることが出来なかった。

 

南家 玄 手牌

 

{四五六⑤⑥⑦1114567}

 

(お母さんなら、この形でリーチする……)

 

 玄はこれまで、この形でリーチすることは無かった。後に赤ドラをツモったり、新ドラが増えることによって切れない牌が増えることを怖れていたからだ。

 ドラを切ってしまうと、暫くドラが戻ってくることは無い。

 玄が意識したのは母。

 彼女の母はかつて麻雀教室を開いていた。その中の生徒の一人に、もしかしたら傀が居たかもしれない。

 

(あの子は、私の中のお母さんに会いに来たのかもしれない)

 

 そう考えてのリーチ。

 傀は玄に、母のように打ってほしいと思っているのだろうか。だから何度もカンをし、玄に裏ドラを意識させたのだろうか。

 

(お母さんは、ドラを『切ってしまう』なんてことは無かった。絶対に…)

 

 裏目を引くことは無い。リーチ後に和了牌以外のドラをツモることも無い。それが、彼女の母。母のように打つなら…。

 

 

「ツモ!一発です!」

 

南家 玄 手牌

 

{四五六⑤⑥⑦1114567} ツモ {7}

 

(そんな……本当にツモるなんて……)

 

 

 

 彼女は裏ドラに手を近づけた。

 

 

 

 ドクン…

 

 その時、何かが強く胸を打った。

 

(やっぱり)

 

 地に眠っていた竜が動き出した。

 

(お母さんが…来てくれた……)

 

 裏ドラ表示牌一枚目。{6}。ドラは{7}。

 二枚目……。{9}。つまりドラは{1}。

 

 

 

 竜は、地を割った。

 

 

「リーチ、一発ツモ、ドラ9。6000・12000は、6300・12300です!」

 

 

 

南2局三本場終了

 

照(白糸台)       88300

傀(清澄)        144700

玄(阿知賀)       65000

ヴィヴィアン(臨海)   102000

 

 

(何が……起きた……?彼女に何が起きた?)

 

 聴牌だけでは無い。和了も見せた。照の予想だにしない状況がそこにあった。

 

(これまでの松実玄じゃない…。そこに居るのは……いったい誰?)

 

 彼女は照魔鏡を再度展開しようかと考えたが、躊躇いがあった。

 仮に松実玄、彼女がこれまでの彼女のまま傀を超えたというのなら問題は無い。『観る』ことは出来るし、『観る』必要もない。

 だが、彼女がこれまでの彼女と違い、別人となっているなら、その別人は傀の異能、性質を超える別人となっているなら。

 そう考えた彼女は、照魔鏡の展開を保留した。

 

(後は、傀を『観る』だけでいいと思っていたのに……)

 

 

 

 南3局 親 玄  ドラ {⑤}

 

 その局、玄は鳴いた。対面の照からオタ風の{北}をポン。

 

(この手…。お母さんなら、こう打つ)

 

 彼女の母は、基本、リーチよりも鳴くことの方が多かった。字牌が配牌で二つ以上あれば、オタ風でも鳴く。端から見れば素人。そういう印象を与える打ち手だった。

 これは、反面教師的意味合いもあり、生徒たちには、自分のように打たないように、と教えていた。

 

(でも、お母さんは勝っちゃうんだよね。それも麻雀って教えるために。結局、それをマネしちゃう子も沢山いたし)

 

 彼女の母は常に矛盾を含んでいた。

 自分は教師に向かない打ち方しかできないということを知りながら、教えたがる。

 ドラを大切に、と教えながらも、自分はドラを粗末にするような打ち方をする。

 彼女はドラを切ることが出来ない。それは娘の玄とは違い、切ったらドラが来なくなるというものでは無く、本当に切ることが出来ないのだ。肉体がいうことを聞かない。ドラを切ろうとすると、見えない何かに手を止められる。それが彼女だった。

 だから彼女は、ドラを切らざるを得ない状況に自分を追い込もうとする。

 手を狭くする鳴きや、ドラの裸単騎で受けることもあれば、悪形でリーチをかけたりする。

 だが、ドラを切ることになる前に局は彼女の和了で終了する。それが彼女、松実玄の母であった。

 

 

「チー」

 

 玄は今度は北家の傀から{⑧}をチーした。

 

東家 玄 手牌

 

 

???????  チー {横⑧⑦⑨} ポン {北横北北}

 

 

「ポン!」

 

 今度はヴィヴィアンから{三}を鳴いた。

 

東家 玄 手牌

 

????  チー {横⑧⑦⑨} ポン {三三横三} ポン {北横北北}

 

 

 見え見えの役無し。だが

 

 玄は北を加槓。

 

「ツモ!嶺上開花ドラ5。6000オールです」

 

東家 玄 手牌

 

{[⑤]234} チー {横⑧⑦⑨} ポン {三三横三} カン {北横北(横北)北}  ツモ {[⑤]}

 

新ドラ{⑨}

 

 

(早い!……しかも何?あの形…)

 

 その局は6巡も進まずに決着した。あまりの早さに、誰も追いつくことは出来なかった。

 前局とは打って変わって、手を狭める、松実玄らしくない打ち回し。

 

 

 

―――

――――

 

南3局一本場 親 玄 ドラ {五}

 

「ツモ!4100オールです」

 

 

{[五]}  チー {横三二四} チー {横645} ポン {2横22}  暗槓 {■⑧⑧■} ツモ {五}

 

 新ドラ {6}

 タンヤオ ドラ4

 

 

 

(やはり、別人…?)

 

 照には予感があった。このままでは、阿知賀の独壇場になってしまう。

 自分が、止めなくてはならない。

 そのためには、やはり照魔鏡を展開する必要がある。

 だが、傀や玄を『観る』ことが出来るのか、その不安のため、彼女は動けないでいた。

 

(え?)

 

 彼女は傀を見た。彼の表情に、変化があった。

 

(何であんな顔を…)

 

 その表情は、戦う者の顔では無かった。だが『空』になったヴィヴィアンとも違う。

 穏やかで、何かの目標をもう達成したかのような、あるいは何かを諦めたかのような、柔かな表情。

 気迫もない。圧力のかけらも無い。

 

 (思い返してみれば、阿知賀に牌を一番喰わせているのは彼。もしかしたら、今なら……いけるかも…)

 賭けではあった。複数の異能所持者を観た場合、強力な異能者と違って『発揮』していなくとも鏡は割れる。

 だが、やはり、それは鏡の許容量を超えたから起こる現象なのである。

 今の傀の力なら、鏡の許容量を超えないかもしれない。照はそれに賭けた。

 

 彼の背後に、鏡が現れる。そこに映るのは、彼の心の奥底。彼の過去。そして、彼の想い。

 全ては淀みなく行われ、照は傀を『観る』ことに成功した。

 

(何てこと……あの人は……勝つつもりなんて端から無い!)

 

 彼女は、傀の想いに触れた。

 傀は、松実玄に、彼女の母を見出していた。

 傀は、彼女から麻雀を教わったのだ。

 もう一度会いたい。その一心で臨んだのがこの試合だった。

 

(松実先生?…。『観る』のを躊躇う必要なんて無かった!)

 

 彼女は拳を震わせる。

 後、一人を観ることで状況は完成する。

 

 阿知賀。松実玄。

 

 

 

 

 

 

 

 さっきから体が重い。だるい。眩暈もする。

 それが何故なのか、わからない。

 頭を壁にぶつけて、血が出ていたはずなのに、血が無くなってて、痛みも無くなってて、さっきから、わけがわからない。

 これは、やっぱり夢なのか、それとも現実なのか。

 唯一の頼りが、咲がくれたこの布。

 鉢巻のようになっていて、『虎』にふさわしいかも。

 私は、今この時を現実と思いたい。

 咲が、私のことを好きと言ってくれたのだ。夢で終わらせたくない。

 仮に夢だとしても、まだ、醒めないでくれ。

 

 

 後は、阿知賀、松実玄を観るだけとなった。

 でも『今の彼女』を『観る』ことが出来るのか。『割れるかもしれない』。

 タイプとしては、清澄の竜に近い。

 私はかつて、彼と打ったことがある。

 

 中学二年の春。私は家を出た。もう、何もかもが嫌だった。

 私は雀荘を渡り歩き、生活した。家族がくれた『照魔鏡』のおかげで、ずっと勝ち続けることが出来た。

 そして、やくざに目をつけられた。組の代打ちにならないか、と。

 声をかけた組は関西共武会。

 私は表では学生、裏では代打ちとして生きることになった。

 成績が他の代打ちより比較的良かったということで、家政婦、執事付きの立派な家も与えられた。

 代打ちとして一年が過ぎ、中三になる頃、一つの事件が起こった。

 本宮春樹の襲撃である。

 そもそも、本宮春樹は桜道会を裏切った『こちら側』の人間だったはずだけど、何を思ってか、単身で共武会の首領、海東武の屋敷に襲撃してきた。

 その時、海東は竜と卓を囲っていた。その場で行われていたのは勝負と言う物ではなく、単なる座興。曰く、竜はエサであり、彼を近くに置いていれば、敵は、雑魚は引きつけられるように集まってくるそうだ。私にはよくわからなかった。

 私もその場にいた。私は竜の上家にいた。その対局で勝つ必要は無かったが、私はこれまでどの相手に対しても照魔鏡を使っていた。彼も例外では無かった。

 そして、鏡は割れた。その対局中、私は一回も上がることは出来なかったどころか、心身にこれまで経験したことのない負荷が加わった。何とか対局を乗り越えることは出来たけど、その後、三日ほど寝込んだ。初めての経験だった。

 対局直後に倒れたのが良かったのか、私は本宮の銃口の的にならずにすんだ、と言うことを幹部の人から聞いた。

 竜が居てくれたから、私は助かった。

 海東も言っていたことだけど、彼は運を授けてくれる者…だったのかな。

 

 

―――

――――

 

 

 

 これから、私は玄に対して鏡を使う。

 もう他に選択肢は無い。

 

 私は頭に巻いている布を巻きなおした。

 咲…私に力をくれ……。

 

 

 

 

―――背中が煤けているよ……

 

 

 私は咲の言葉を思い出した。

 

 確かこの言葉は、竜もあの時言っていた言葉。

 他人に授ける運など持たぬ。

 運も、力も、他人に授けるものでは無い。授かるものでもない。

 己は、悲しいまでに、己のために生きるもの。

 か……。

 

 何故、咲がその言葉を使ったのか。

 確か、咲は副将で竜と打っていたな。合宿もしていたそうだし。

 もしかしたら、その時…。

 これは、この勝負が終わったら訊かなきゃな…。

 

 お姉ちゃんとして…。

 

 

 咲…。

 確かに咲は私の敵だった。

 でも、それは仕方がなかったこと。

 悲しいまでに、自分のために生きた。それだけなんだ。

 でも、私はお前が好きだ。

 お前が生まれた時から、ずっと。

 理由なんて無い。

 血筋だとか、家族だとか、そんなことはどうでもいい。

 やっぱり、私はお前のお姉ちゃんでいたい。

 

 

 さあ、行こうか。松実玄。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は照魔鏡を展開した。

 予想通り、否、予想以上の圧力、熱気が彼女を襲った。

 

(これが……松実玄?準決勝の時とは、桁が違う!)

 

 鏡が、焼かれる。

 その熱さ、痛さが照に返ってくる。

 圧倒的熱量。

 まるですべてを焼き尽くす、太陽のような。

 

(くっ……!)

 

 彼女は卓にしがみつき耐えた。堪えた。叫びたいであろう声も殺した。

 

(まるで……準決勝の千里山みたい…)

 

 彼女は自嘲を込めた笑みをこぼす。

 

(でも……)

 

 意識も朦朧とする中、彼女には一つだけのプライドがあった。

 

(私は宮永『照』だ!あなた如きの炎に、負けるはずがない!)

 

 彼女は心の中で叫んだ。

 玄を睨み付けた。

 そして、観えた。

 たどり着いた。

 彼女の中の『竜』を……

 

 

 

 

 

 

―――

――――

 

「ツモ!8000オールは、8200オールです!」

 

 そして、玄はまたもツモ和了った。

 

 

 

南3局二本場終了

 

 

照(白糸台)      70000

傀(清澄)       126400

玄(阿知賀)      119900

ヴィヴィアン(臨海)  83700

 

 

 

 

 

(観えた。……)

 

 彼女が観えたもの。それは『竜』。

 かつて彼女が観た『竜』と同じだった。

 

(なるほど……だとすれば、さっきからの『鳴き』にも納得いく……)

 

 

 松実玄。

 彼女は、清澄の『竜』の姉だった。

 

 

(松実……傀……竜……D・D………これで線が繋がった……。そして……)

 

 

 風。

 

 かつての風とは比べものにならない、疾く、強く、大きな風が、彼女の右腕で暴れていた。

 

(勝った……)

 

 彼女は確信した。

 力が漲る。

 さっきまでのだるさは消え、まるで生まれ変わったかのようであった。

 

 

 

南3局三本場 親 玄 ドラ  {白}

 

 

西家 照 配牌

 

{①②②②③⑤南発中39一四}

 

 

(配牌は悪い。でも、この局は必ずあがる)

 

 松実玄は裏ドラ、槓裏を含むドラまで支配する。他家の手は必然的にめちゃくちゃになり、聴牌速度は下がる。加えて言うなら、今の玄は『鳴き』もするのだ。

 その状況下であがるためにはやはり、照魔鏡の支配しか無い。

 異能を解析し、その隙間を通ることの出来る照魔鏡しか。

 

 彼女の自信の通り、7巡目たっても誰も鳴きもしなければ、あがりも無かった。

 照魔鏡の効果はあった。

 準決勝と同様、玄からドラが消えるということは無いが、照のツモ牌、支配は正確だった。

 彼女の手牌は縦に、そして一色に伸びた。

 

西家 照 手牌

 

{①①①②②②②③③③③④⑤}

 

 彼女がテンパイした同巡のこと、傀から和了牌の{①}が切られた。

 

(腑抜けたあなたなら、出ると思った。でも、12000で終わらせるわけがない)

 

「カン」

 

 彼女は{①}を鳴いた。嶺上牌は{④}。当然の如く彼女はあがらない。

 

「カン」

 

 今度は{②}を暗槓。嶺上牌はまたも{④}。彼女は続ける。

 

「カン」

 

 {③}の暗槓。

 

 巨大な嵐が、卓上に舞い降りた。

 

「ツモ……清一、トイトイ、三暗刻、三槓子、嶺上開花……24000は、24900……」

 

西家 照 手牌

 

{④④④⑤} 大明カン {①①①横①} 暗カン {■②②■} 暗カン {■③③■} ツモ {⑤}

 

 その和了は三倍満。大明槓、連槓からの和了ため、傀の責任払いとなった。

 責任払いと言う形ではあるが、今大会初の、傀の振り込みともとれる。

 

(傀が…責任払い?)

 

 自分にすら振り込むことが無かった傀が、差し込みでもなく『劣性』に振り込む。それも三倍満という巨大な点数に対して。ヴィヴィアンは言葉を失った。

 

(『劣性』が……どいつもこいつも何で?何でこんなことが起きるの?)

 

 

 

南3局三本場終了

 

 

照(白糸台)     94900

傀(清澄)      101500

玄(阿知賀)     119900

ヴィヴァン(臨海)  83700

 

 

 

(これじゃ……デイヴに……)

 

 

 震えた。初めて震えた。自分が、捨てられてしまうという恐怖が、彼女にはあった。

 

 

(このまま、オーラスも取る)

 

 一方、照は意気込んだ。

 

 

 その時

 

 

 

 

「『松実先生』の連荘を止めることが出来たのは、やはりあなたが先でしたか」

 

 

 

 

「え?」

 牌を卓に戻すその時、傀が口を開いた。

 彼女は、彼を見た。

 

(戻っている?)

 

 そこに居たのは、勝負師の表情。諦めも、達成感もその表情には無かった。

 ギラリと光る鋭い眼光。不敵に歪む口元。

 人鬼そのものだった。

 

(まさか……まさかまさかまさか・・・)

 

 

 『してやられた』

 

 照はそう思わざるを得なかった。

 

(まさか……奴は…『私すら』利用したのか?この私が、鏡で玄を観ることを見越して、あえて自分をさらけ出した……というの?)

 

 積み上げてきた自信。確信。それらさえも、一瞬にして破壊する。

 それが、傀だった。

 

 

 

 

 

「では、オーラスを始めましょうか」

 

 

 

 

 

 人鬼が、笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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