アカギ、傀、竜が清澄高校麻雀部に入部したそうです   作:叶芽

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#25 竜と虎 その3 -子供達へ-

 

 

【竜について】

 

 

 清澄高校副将、竜。本名、松実竜司は、松実玄が生まれた翌年、彼女の母親と別の男との間に生まれた。

 その男は竜と呼ばれ、彼の麻雀を観た者は、必ず彼に魅了された。当時プロだった玄の母もその一人であった。

 彼女は小鍛治健冶が現れる前までは、歴代唯一の国内無敗雀士だった。彼女には自信があった。その自信がある日、彼女を『裏』に足を運ばせた。竜とは、そこで会った。

 彼女にはすでに夫がいる。だが、理性より感情が優先していた。ただそれだけのことである。

 竜司が生まれた翌年、竜は姿を消した。彼女の前から、というだけでなく、まるでこの世から姿を消したかのように、あらゆる所に彼の姿は無かった。

 桜道会甲斐組初代組長、甲斐正三は組の力の全力を注いで竜の捜索をしたが、それでも行方を知ることは出来なかった。

 甲斐正三は確信した。竜は、自分の分身、竜司を生み出したあと、その役目を終えたが故に、その姿を消したのだと。竜司は、竜の生まれ変わりだ、と。

 甲斐は彼女から竜司を引きはがした。

 竜司はその苗字を甲斐とされ、桜道会甲斐組の代打ちとして育てられた。

 彼女の旅館は、組同士の『決め』の麻雀によく使われ、竜司も大人たち相手に打つことがたびたびあった。だが、彼女が竜司に会うことは許されなかった。

 彼女には夫も、娘たちもいる。この上ない生活を、幸せを手に入れているはずである。家族との関係を考えれば、竜司は彼女の下を離れた方がいい。そのこともわかっている。だが、彼女は竜司のことを忘れることが出来なかった。

 彼女から竜司が去って6年が過ぎた。彼女の生活は幸せそのもののはずだった。

 プロを引退した後、麻雀教室を開いた。矛盾をはらむ彼女の麻雀故に、彼女は優秀な教師というわけでは無かったが、その人柄は生徒には人気だった。多くの生徒に愛され、娘達に愛され、夫に愛されていた。だが、彼女は満たされなかった。竜がどこにもいないのである。

 拭え切れない悲しみ、切なさは日に日に彼女の身体を蝕んでいった。体調を崩し、麻雀教室が休みになる日も少なくは無かった。

 そんなある日、彼女の下にデイヴィット・デイヴィスが、一人の男の子を連れて訪ねてきた。

 彼は言った。この子に麻雀を教えてやってほしい、と。

 

 

 

 

 

【傀について】

 

 

 

 彼がどこで、誰から生まれたのかは誰も知らない。

 とある国のとある貧民街で売り出されていた6歳の彼を、D・Dが引き取ったところから彼の物語がスタートする。

 一目で優性とわかる程の輝きを持っていたと、というのがD・Dが彼を買い取った理由である。

 彼に名前は無かった。上着の胸についていたロゴが【K】だったということで、D・Dは彼を『ケイ』と呼ぶことにした。

 他の優性の子供たちとは桁が違う優秀さを持っていたケイを、D・Dは自ら教育した。言語、計算、スポーツ、心理。あらゆるジャンルでケイは桁違いの成績を出した。

 そして、残されたカテゴリ、【運】という項目において彼を測るため、彼に様々なギャンブルを教えた。それらにおいても、ケイは問題なく合格点を叩きだした。

 D・Dは最後に、自分自身ですら攻略出来ていない分野、【麻雀】を彼に教えることにした。

 彼は、それだけは自分で教えることはしなかった。自分より強い雀士がいたからである。

 『松実露子』。

 D・Dに初めて『敗北』を教えた女性である。

 

 

 ―――

 ――――

 

 

 ケイは彼女の下で麻雀を教わることになった。

 彼女は、ケイに竜司の姿を重ねた。纏っている『もの』が、似ていたのだ。

 彼は竜でも竜司でもない。それはわかっていた。だが、彼女は実の息子に麻雀を教えるように彼に接した。竜司が自分の所にいたら、どう教えていたか。そう思ったら、彼女は踊る心を止めることが出来なかった。

 優しく教えてみた。厳しく教えてもみた。距離を置いていた他の生徒とは違う。その姿には、熱意があった。

 空洞が満たされていく。まるで水を得た魚のように、死んでいた彼女の心は蘇った。

 彼とだけは本気で打った。一度も勝たせなかった。彼に、竜のように強くなってほしかった。

 彼女には夢が出来た。

 いつか、自分と、竜と、竜司と、ケイの四人で打つ。

 そこが、自分の人生の完結なのだと、彼女は確信した。

 彼女は待った。竜と竜司の帰りを。

 いつか帰ってくる。そう彼女は信じた。

 

 

 彼女は、待った。

 

 

 その命が終わるまで。

 

 

 彼女の魂は一度再生した。だが崩れた身体は、元に戻ることが無かった。

 丁度その頃、道を失っていた赤土晴絵に、麻雀教室の後を頼み、彼女はこの世を去った。

 

 

 

 

 その後、D・Dはケイを連れて帰りに来た。だが、ケイはD・Dの下に行くことを拒み、行方を眩ました。

 以後、彼は様々な場所、特に高レートの雀荘に姿を現すようになった。

 彼の悪魔的な打ち筋を見たある老人は彼に対してこう言った。

 

「『ケイと呼ばれています』だ?…てめぇは傀だよ。人に鬼と書いて傀!……昔そう呼ばれていた奴がいたが、いつの間にか見なくなっちまった。てめぇはその再来だよ!畜生め!」

 

 

 

 

 それがいつしか、彼の『名前』となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先鋒戦 

後半 

オーラス 親 ヴィヴィアン ドラ {③}

 

 

照(白糸台)       94900

傀(清澄)        101500

玄(阿知賀)       119900

ヴィヴィアン(臨海)   83700

 

 

 

 

(これでは…デイヴに捨てられる……無能だって……失敗作だって……そんなの…)

 

 負けるのが怖い。負けたらヒドイ事が待っている。イジメが待っている。きっとみんなはイジメるだろう。これまでひどいことを言ってきたし、してきた。

 痛いのは嫌。熱いのは嫌。寒いのも嫌。捨てられるのは嫌。一人になるのは嫌。

 彼女の脳内で渦巻く負の思考。

 やがてそれは増大し、彼女の認識を黒で埋め尽くした。

 

(・・・ふざけるな……)

 

 しかし、その時。黒の中から声がした。

 その声は、自分であった。

 もう一人の自分。

 畏れによって閉じ込められていた、魔、そのものである自分。

 今の彼女を見て、その魔は怒りによって目覚めた。

 

(……殺してやる。その程度で怯える貴様など、『私』では無い!)

 

 その対象は、傀では無い。照でも無い。玄でも無い。

 その対象は、負抜けている自分自身。

 『彼女』は、彼女の首を絞めた。

 

(死ね。死ね!死ね!!死ね!!!)

 

 自分自身を殺し、乗っ取る。

 彼女は絞め続けた。

 

(嫌!痛いのは嫌!死ぬのは嫌!)

 

 彼女も『彼女』の首を絞めた。

 殺されたくないから、殺す。彼女の手はそう動いた。

 

 互いが互いの首を絞めた。

 殺し合った。

 続けた。

 どちらかが消えるまで、互いはそれをやめるようとはしなかった。

 

 

 

―――

――――

 

 

「あの……」

 

 松実玄が声をかけた。

 ヴィヴィアンは数十秒間、瞳を閉じていた。

 

「あの…臨海さん……」

 

 もう一度声をかけた。彼女は眼を開いた。そして言った。

 

「ごめん。寝てたわ」

「え?」

 

 邪気も、怯えも消えた表情。

 まるで対局開始時の彼女に戻ったかのようである。

 

(ヴィヴィアン……さっきまでと雰囲気が違う?)

 

 照にとって、ヴィヴィアンの変貌はただただ不気味だった。

 照魔鏡が完全に展開したとはいえ、オーラス前の傀の一言も合わせて、不安が募る一方だった。

 

(でも、問題は…無い…はず……)

 

南家 照 手牌

 

{九⑤⑥⑧東東南西北北発発中}

 

 

(四喜和……もしくは字一色…か。これなら、あがれる)

 

 前局三倍満をあがった。彼女がこの局あがる役は、もう役満しかない。

 配牌に固まる字牌。彼女はその手を見て安堵した。支配は継続している。

 

 だがその安心は一瞬で崩れ去った。

 

「【7】」

 

「え?」

 

 照は声を出さずにはいられなかった。

 あり得ないはずの者から、あり得ないはずの一言が発せられたのである。

 

(そんな…。ヴィヴィアンは、『死んだはず』なのに…。復活なんて、あり得ない)

 

 照の推察は大方当っている。

 ヴィヴィアンの配牌は

 

東家 ヴィヴィアン 配牌

 

{三七七八九⑦112377東北}

 

 という形であり、『この面子の中では』あがりには遠い。

 照魔鏡を発動させてる照は勿論、玄にすら追いつけないであろう。

 これは、これまで彼女がしてきた『仕上がった』カウントダウンでは無い。

 『魔』によるものでもない。

 『今の彼女自身』の執念のカウントダウンである。

 必ずあがる。何が何でもあがる。そういう意思。

 

 だが、照を引かせるには十分すぎる執念であった。

 清んだ表情から放たれた宣言は、照にとっては『あの』カウントダウンの再来である。

 悪夢が、じわじわと蘇る。

 ヴィヴィアンはゆっくりとした動作で、この手牌から東を切った。

 

「…ッ!…ポンッ!」

 

南家 照 手牌

 

{九⑤⑥⑧南西北北発発中} ポン {横東東東} 打 {九}

 

 反射。

 反射だった。思考よりも先に口が、手が動いてしまった。

 

(しまっ……)

 

 牌をさらした後で、彼女は気付いた。

 照魔鏡展開中、『最もしてはいけない行為』をしてしまったのだ。

 傀も、ヴィヴィアンも玄も『解析』された。未来を予知し、改変する事の出来るものはここには居ない。

 故に、現在のこの面子で照魔鏡の支配を攻略することは不可能である。

 だが、それは『照が余計なことをしなかった場合だ』。

 照の『ツモ』は、傀に流れた。

 これは単なるツモの順番が変わった、というものでは無い。

 『支配』が移動したことを意味する。

 

「恐怖は、そう簡単に拭えるものではありません」

 

 傀が答える。

 

(これも計算尽く!?)

 

 『心理』『流れ』。

 攻略不可能の異能の力は、人間の、シンプルな哲学によって攻略された。

 

(どこまで『悪魔』なの。この人は…。これじゃ…あの人が阿知賀より先に聴牌し、あがる…あがってしまう……)

 

 後悔する間もなく、状況は進む。

 次巡、そして次巡、彼女は無駄ヅモを繰り返す。

 彼女にはわかっていた。彼女の欲しい牌、{南}と{西}は、傀に流れている。

 そしてさらに次巡、ようやく、彼女にとってようやく有効牌をツモる。{中}である。

 

南家 照 手牌

 

{⑤⑥⑧南西北北発発中} ポン {横東東東} ツモ {中} 打 {⑧}

 

 同巡、傀から{発}が切られる。照は鳴く。打{⑥}。

 傀の番がまた来る。{中}が切られる。照は鳴く。打{⑤}。

 

南家 照 手牌

 

{南西北北} ポン {横東東東} ポン {発発横発} ポン {中中横中}

 

 

 彼女は念じた。

 『流れ』が戻ってくるよう願った。

 だが、一度自分から手放したものが、そう簡単に帰ってくるはずも無かった。

 傀のツモはそれだけ増えている。

 

(くッ……身体の重さが……戻ってきた……さっき、回復したのに……)

 

 この時、彼女は{南}や{西}を落とす選択肢もあった。支配が移ったというのなら、縛りも、もう無いはずである。聴牌も出来る。だが、それでは8000点。上手くいって二着。それでは意味がない。この試合で、彼女が妥協する理由はどこにもないのだ。

 

({北}は…{北}はどこ…咲…)

 

 彼女の息は荒かった。意識も朦朧とし始めた。

 だが{北}は死んでいる。ヴィヴィアンの執念が、彼女の最後の{北}を殺した。

 

東家 ヴィヴィアン 手牌

 

{七七⑦⑦1123377北北}

 

 これまでの少ないツモで、彼女は七対子のキー牌、{⑦}、{北}、{3}をピンポイントでツモった。彼女の執念がテンパイに実を結んだ。リーチをかけなかったのは、この手をこれで終わらせたくなかった彼女の意思があったからである。

 

(ちびちびの連荘で逆転なんてかっこ悪いじゃない。一撃で決めるわ。この手は四暗刻まで行かせる!残りは{七}、{⑦}、{7}。【7】までの残りツモ3回。間に合う)

 

 だが、

 

 

「リーチ」

 

 人鬼からの先制が入った。

 

(来た…)

 

 全員が身構えた。人鬼の待ちは…なんだ。

 

 

西家 傀  手牌

 

{④④④④⑤⑥4南南南西西西}

 

捨て牌

 

{8九八発中横⑥}

 

 

 

 打中の時点で、傀は聴牌していた。{③}、{⑥}待ち。

 {南}、{西}、混一、三暗刻、リーチを含めれば倍満もあり、逆転できる手であった。

 だが彼はそれを捨て、{4}単騎のリーチをかけた。

 

 その理由は、阿知賀、松実玄の手牌にあった。

 

北家 玄 手牌

 

{①①②②③③③[⑤][⑤]4[5]55}

 

 傀がリーチをかけた同巡、この形に彼女は{5}をツモってきていた。

 

 ドラは{③}。また現在の彼女は、裏ドラ、槓ドラ、槓裏を含む牌までも集める。

 彼女はそれを感覚で知っている。何が『潜在ドラ』なのかを。

 この手では{①}、{②}、{5}が潜在ドラであり、ドラで無いものは{4}のみである。

 傀の狙いは、その{4}である。一発を含めての跳満の直撃。それによるまくり。

 彼女は{4}に手をかけた。この時点で、照魔鏡の支配が玄の母の支配を超えたことが証明された。

 

(わかる……。{4}を切って、次巡、{①}をツモって、{5}を暗槓…。それから嶺上開花で{②}をツモって…決着……お母さんなら……こう打つ……)

 

 その時、何かが玄の手を止めた。

 

(え?)

 

 何者かの、『手』がそこにあった。

 細い、女性の手。玄の背後から伸びている。

 玄の視線はその手を辿り、その主を見つけた。

 玄は、母を見た。

 

(お母さん!?……なんで……、どうしてここに……?)

 

 幻覚か、妄想か。真実はわからない。

 だが、母は玄に語りかけた。

 

 

―――もう……いいのよ。私の麻雀なんかしなくても。玄は、玄の麻雀をしなさい。

 

 

(え……?でも、清澄の子は、きっとお母さんに会いに来て……お母さんはすごく強くて………)

 

 

―――ケイ君は……もう私を超えていたのよ…とっくの昔にね……。

 

(ケイ、君……もしかしてあの子が?)

 

―――だからもういいの……。玄は……玄なら何を切る……?

 

(私は……)

 

 玄はあらためて手牌を見た。

 

 

{①①②②③③③[⑤][⑤]4[5]555}

 

 

 自分なら…何を切るか。

 

 

 玄は{③}に手をかけた。

 

 

―――玄なら…それを切るのね……

 

 

(うん…これが、前に向かう牌…。私は、もう自分から別れを決めることを…恐れない)

 

 

―――

――――

 

 

「リーチ!」

 

 

 松実玄のリーチ。

 

 その牌は{③}。ドラ。

 

 

(そして……一点でも多く取る!…だって、団体戦だから!)

 

 

 

―――そう。それでいいのよ…。玄。そこに居るのは私じゃない。あなたなのだから。

 

 

 

 傀は目を見開いた。自分の予想を超えた牌が、そこにある。

 声を出したわけでは無い、表情を大きく変化させたわけでは無い。

 だが

 

(傀が…驚愕している?)

 

 照、そしてヴィヴィアンは気付いた。

 松実玄のドラ切り。

 この状況は、傀の想定外の事態。そうとしか思えなかった。

 

(まさか……この流れ…)

 

 

 全国大会決勝。先鋒戦。

 その場所を制したのは、ヴィヴィアンでも、宮永照でも、傀でもない。

 

 それは……

 

 

 

―――

――――

 

 

「ツモ…。3000・6000。終了ですね」

 

 

西家 傀 手牌

 

{④④④④⑤⑥4南南南西西西} ツモ  {4}

 

 

 

 その声に、『御無礼』は無かった。

 

 

「裏ドラはめくらないの?」

 

 ヴィヴィアンが訊いた。

 

「どうぞ。ご確認したければ」

「嫌よ、めんどくさい。玄ちゃん。めくってくれる?」

「あ……はい……」

 

 その牌は{⑨}。つまり、ドラは{①}。ドラは乗らず、点数の変動は無かった。

 

 

 

 

 

先鋒戦終了

 

 

 

照(白糸台)      91900

傀(清澄)       114500

玄(阿知賀)      115900

ヴィヴィアン(臨海)  77700

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

 

 まず最初に席を立ち、礼をしたのは玄だった。

 

「あの……こんなこと言ってはいけないかもなんですが、あの……楽しかったです…。あの、ありがとうございました!」

 

「そりゃ、一位なら楽しいわよ。私はラスよ?ふざけないで」

(それにしても、77700点…。こんな【スリーセブン】があるなんてね)

 

「あ…あうぅ……ご、ごめんなさい……」

 

「いえ……こちらこそ、ありがとうございました。楽しい対局でした」

 

(え?)

 

 ヴィヴィアンは彼の表情を見て、引いた。

 一瞬ではあったが、それは普段見せているニヒルな、不敵な微笑みというものではなかった。純粋で、無垢で、穏やかな笑顔がそこにあった。

 

(傀が…あんな顔をするの?)

 

「あの……清澄さん…もしかして、ケイ……君、ですか?」

 

「昔……そう呼ばれていましたね」

 

(デイヴが付けた名前ね)

 

「あ、やっぱり……登録の名前と違ってて、それに全然変わっていましたから気付きませんでした。すみませんでした」

 

「いいえ。お気になさらずに。では、また機会があれば」

 

 そう言って、傀は席を立った。その時、彼は視線を宮永照の方に落とした。

 

「白糸台さん?」

 

 傀の声に、照は反応が無かった。

 照は、ゆっくりと横に傾いて、そして倒れた。

 彼女は、頭から大量の血を流していた。

 先ほどまで、綺麗そのものだった卓も、血で汚れていた。

 

「これは…」

「ちょっとなにこれ!?何が起きてるの?」

「救急車!誰か救急車を!」

 

 玄が叫ぶ。

 

 数秒もしないうちに、救急隊が舞台に駆けつけてきた。

 

「え?早ッ!」

 

「倒れてどれくらいになります?」

 救急隊の一人が訊いた。

「え?……ついさっきですが……」

 玄が返した。

「『さっき』とは時間的にどれくらいですか?」

「え?」

「彼女が倒れて現在29秒です」

 テンパる彼女に代わって傀が答えた。

「どういうことだ?連絡があったのは10分前だぞ」

「だが、出血量がひどい。早く処置をしないと」

 

 救急隊は、彼女の頭に巻かれていた布を取り、新しい止血に取り掛かろうとした。

 その時。

 

「この布は……捨てないでくれ」

 

 照の意識が回復した。彼女は布を外した救急隊の腕を掴んで、そう言った。

 止血処置後、救急隊はその布を彼女に返し、ストレッチャーに乗せた。

 

「お姉ちゃん!」

 

 その時、咲が駆け付けていた。

 ストレッチャーで運ばれる照に、咲は走ってついて行った。

 

「咲……お前には……色々と話したいことが……」

 寄り添う咲に対し、照が言った。

「お姉ちゃん、今は喋ったらダメ!」

「そうだ……咲……。私は、お前のお姉ちゃん……が…・・いい……」

「うん!……うん!……」

 照の傍で、ただただ咲は涙を流し、頷く。

「お姉ちゃんで……いさせてくれ……」

「わかった……わかったから……お姉ちゃんもう…喋らないで……」

「お前が……大好きだ………」

 

 その言葉を聞いた瞬間、咲はその場に立ちつくした。

 初めに訪れたのは衝撃。

 言ってくれるはずもない者から、言ってくれるはずもない言葉。

 大好き。

 次に訪れたのは、止めようのない涙。

 既に流れている古い涙を、後ろから押し出すように、滝のように流れた。

 彼女はその場に座り込み。廊下には彼女の嗚咽が響いた。

 

 

 

「お姉ちゃん……ありがとう………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【臨海高校控室】

 

 

「とんだ災難に巻き込まれたなヴィヴィ」

「うん…。ちょっとびっくりしちゃった。辺りの景色が一気に変わるんだもん」

「確かにそう……」

 

――

―――

 

ザザ……

 

 

ザザザ……

 

―――

――――

 

「ん……(今の感覚…書き換えられたかな…)」

「どうしたのデイヴ」

「いや、なんでもない……」

「で、結局私は失敗作ってことかしら。あの四人の中でラスだったしね」

「いや、どうやら私の誤算だった。『マツミ』の娘があそこまでとは思わなかった」

「でも、傀にもテルテルにも負けたわ」

「点数だけならな。だが、内容は負けていない。宮永照も傀も、最後の最後でミスをしたしね。対してお前はオーラス、自力であそこまで仕上げた。立派だよ」

「あら優しいこと。結果こそ全て、だと思っていたわ」

「私はそんなに小さい人間かね」

「でも、大将はどうかしらね。たぶん私よりいい成績を残すんじゃないの?」

「実はね。その大将についてなんだが、私は彼を息子に加えるつもりはないんだよ」

「え?」

「お前を煽るために彼を使わせてもらったが、彼は誰にも従わない。傀のようにね。今回の大会に参加してくれたのも、赤木しげると打つことを餌にしてようやく、といったところだ。全てが終われば、彼は私の下を去るだろうね」

「デイヴでも止めることは出来ないの」

「止めるという話以前に、彼は私より強い」

「!?」

「私に初めて『絶望』を教えてくれたよ。麻雀でね」

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの廊下。傀は次鋒の染谷とすれ違った。

 

「トップで渡せずにすみませんでした」

「そう思うならもうちょいしんみりな顔せえよ。そんな満足したような顔で言うとったら……いや……まあ気にしなさんな。そうゆうこともあるもんじゃけ」

 彼女は彼の方をポンと叩いた。

「染谷先輩」

「なんじゃ?」

「『松実宥』は手強いですよ。気を付けてください」

「めずらしいのぉ。お前さんが助言するなんて。まあ……任せときんさい!」

 

 染谷は先に進み、傀も歩を進めた。

 その先に、竜が居た。

 

「珍しいですね。あなたもここに来るとは」

 

「あンたに一つだけ言っておく。あそこに居たのは俺のおふくろでは無い。松実玄だ。あンたの敗因はそれをはき違えたことだ」

 

「ふっ……そのようですね」

 

「………楽しめたか?」

 

「…ええ……」

 

 二人はそれ以上言葉を交わさなかった。

 だが二人の顔は、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台の清掃と、卓の不調により試合時間は30分ほど繰り下がることになった。

 だが、その原因については、当事者以外、誰も思い出すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ましたとき、そこは病室だった。

 隣のベッドから、聞き覚えのある声がする。

 カーテンをめくると、そこには、千里山の園城寺怜が寝ていた。大将だった清水谷竜華もいた。

 

「お、目が覚めたかぁ新人さん」

 怜が、気の抜けた声で、茶化すように言ってきた。

 

「あなたは、千里山の…」

「準決勝では先を取られたが、ここではうちが先輩やでぇ。覚悟しいやぁ」

「ちょっと怜…あかんて。病人やで」

「うちだって病人やん」

「すみません。こんな変な子で」

「竜華、変な子ってなんや」

「あの…大丈夫ですので…そんな、気を使われなくても…」

「あれ、結構イメージと違うな…どういうことや竜華…」

「うちに聞かんといてぇな」

「あの……えっと……どんなイメージを…」

「もっとなぁ、がーっていう感じの期待していたんよ。で、それに負けんようにとうちも…」

「ふふふっ……あははっ…・」

「なんや、壊れたんか?」

「いや、ごめんなさい。私、そんな風に見られてたんだ…」

「あ、気に障ったら、ごめんな」

「ううん。いいの」

「ところで、その握りしめてる布なんなん?血がべったり染み込んでるけど、なんか喧嘩でもしたんか?」

「……うん……これはね………」

 

 

 

 

 

 

 私の、大切な宝物。

 

 

 

 

 その後、私は途中だったあの本を最後まで読んだ。

 あの少年も、妹のことが好きだった。

 読み終えて、私は救われた気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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