アカギ、傀、竜が清澄高校麻雀部に入部したそうです   作:叶芽

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#28『インターハイ』 その1

 

 私の両親は、私が幼いころ既に亡くなっていて、私の面倒は祖父がみていた。

 祖父は代打ちとしてかなり有名な人で、東と西に分かれての裏の大会、東西戦の東側の主将でもあった。

 私が竹ちゃんを知ったのは3年前の春、その東西戦で。竹ちゃんも東側だった。

 そしてアカギ君のことも、あの時初めて知った。

 東西戦の最終戦は、インハイの団体戦に近いルールで行われて、二対二の半荘5回形式。祖父が先鋒、竹ちゃんとアカギ君は大将。

 結果は東側の勝利。かなり一方的な内容だった。私は見ているだけだったけど、仮に私が入るというハンデを加えたとしても、たぶん勝っていた。それくらい。

 その時のアカギ君の打ち回しはとても印象的で、その『悪待ち』を真似してみたら、とても自分に馴染んだ。その打ち方は、インターミドル個人戦で結構良い効果が出て、地区大会ではあったけど、このまま全国に行ける感触はあった。

 でも三回戦の途中、祖父の死の知らせが入った。今思えば、美穂子には悪かったとも思う。けど、私にとって祖父はそれ程の存在だった。私の唯一の育て親だったから。

 祖父は関西共武会によって殺された。当時の首領は、海東武。

 祖父は遺言を残していた。その遺言の中に、私のことが含まれていた。竹ちゃんに、私の面倒を見るようにという内容。

 私の性は竹井に変わり、それまでの私の経歴は全て書き換えられ、上埜久という人間はその身体と名前だけを残して、死んだ。通っていた中学校に関しては転校ということになっている。上埜という性はそれほどまでに大きい。

 

 普段そんな面倒は引き受けないであろう性格の竹ちゃんだったけど、祖父の存在が大きかったのか、それとも死んだ人間の願いだったからなのか、私を傍に置いてくれた。形としては、妹の私が勝手について来ているというもので、周りにもそう言っていた。私はそれで構わなかったから否定しなかった。

 竹ちゃんの生活は基本ホテルを転々とする生活。生活費は雀荘で稼ぐ。勝ち過ぎず、致命傷を与える前に逃がしてやって、回復を待ってまた少し勝つ。私は竹ちゃんのようには勝てなかったけど、近くのカプセルホテルに泊まる程度の稼ぎは出来た。負けが込んだ時は、竹ちゃんが貸してくれた。ちゃんと返した。

 そういった生活に慣れてきた頃、フランケンに出会った。その日から、たぶん私の人生は加速したんだと思う。行った雀荘という雀荘から尽く出禁を喰らって、街に留まれる期間は格段に短くなった。日本中を旅することになって、それはまさに旅打ちだった。

 その旅打ちの中で色んな人に出会い、色んな事が起こった。ワニ蔵やエトちゃん、靖子に安永さんらのような裏にも通じてるプロ雀士、そして、傀君や竜君と知り合いになったのもちょうどその頃。

 

 レネゲの麻雀大会を終えた後、私達は別れた。あのまま引退した竹ちゃんについていくことも出来たけど、私も私の道を歩みたいとその時思った。

 きっかけは街頭ディスプレイに映った麻雀の試合。春季大会。『団体戦』。裏ではなく表。多くの人の目に映り、ノーレート、言い訳の訊かない場所。私は、その場所で全国を目指したい。三年前、私は東西戦に参加できなかった。もしあの時私も参加していたら、一体どんな感動が待っているんだろう。そう思ったらもう足が動いていた。

 私は故郷の長野に帰り、全てをそこから始めた。レネゲの件で沢山の金は手に入ったけど、竹ちゃん達程ではなかったし、新しい部屋やら家具やらで殆ど吹っ飛んだ。風越や龍門渕に行く資金も無くて、選択したのは清澄。

 約一年間学生生活を送っていなかったからの反動なのか、学生生活が物凄く楽しかった。人との繋がりを楽しんでいたら、いつの間にか学生議会長になっていた。それくらいに。

 でも麻雀部の方はからっきしで、もともと廃部寸前だったのもあるし、県内には風越をはじめとする強豪校の存在もあって、入りたがる人も少なかった。仮に入っても長続きする人は少なかった。まこが入って来てくれた時は、本当に嬉しかった。

 私は学生生活を送りながら、休日、空いた時間を見つけては日本中の多くの雀荘を巡った。校内に居ないなら、校外。勿論無謀なことはわかっていた。雀荘に姿を見せる学生は昔に比べたら増えたにはしても、その比率が高い訳では無いし、高校生となるとさらに幅が狭くなる。加えて、転入手続やら何やらの面倒を越えなくてはならない。でも私は、やれるだけのことをやりたかった。

 三年の春、最後の年。傀君と竜君が来てくれた。誘ってはみたけど、一番来ないと思っていた二人。次に京太郎君。これは風越の原村さんの存在が大きかったかも。街頭ディスプレイに映るインターミドルチャンピオン、彼女に一目惚れして麻雀を始めたって言っていたし。

 そしてアカギ君。京太郎君がカモ仲間に出来ないかと勘違いしての勧誘、という形だったけど、彼とは三年ぶり、東西戦以来だった。全国の雀荘、多くの賭場を廻っても、彼と会うことは無かった。清澄に入学していることも気付かなくて、もしかしたら普段は鶴賀のモモちゃんに近い存在なのかも。

 

 私の目的は、三年目にしてようやくスタートラインに立てた。

 そこからは、何もかもが楽しい、幸せの日々だった。この大会が終わったら、もう死んでもいいって思えるくらいに。

 でも今ここに、私の想像を超える、夢にも思わなかった状況が存在した。

 インターハイ決勝、中堅戦…。

 竹ちゃんと、フランケンと打つ…。

 

 

次鋒戦終了

 

阿知賀 143000

白糸台 109300

清澄  75200

臨海  72500

 

 

 

 

 次鋒戦を終えた後、僕と積倉は控室に戻らず、喫茶店に足を運んだ。彼からはいくつか訊きたいことがあったからだ。彼もそれに応じてくれた。

 

「まぁ…とにかくお疲れ様ですね…」

「ええ…まぁ…」

 

 悪夢は後半戦、東三局3本場から東四局1本場まで。その全ての局で松実宥は緑一色を和了った。

 僕は昔テレビで見た『氷のK』の対局を思い出した。彼女の作りだした状況は、彼女達の母『氷のK』の作りだしていた『それ』そのものだった。

 彼女が役満を和了する一方で、こちらの手は凍り付いていた。積倉が言うには、白糸台のレギュラー候補に大星淡という一年がいるのだが、彼女の『絶対安全圏』に近い支配だったそうだ。

 東四局、そんな支配の中でも僕らは鳴かせまいと牌を絞っていた。しかし彼女は暗槓から手を進め、今度は四暗刻、四槓子含みの緑一色。

 そして一本場、全てが凍りついた天和含みの緑一色。役満の重複有りだったらとっくに勝負は決まっていた。

 おそらく、僕の人生が仮に100倍に増えたって、訪れることのない経験だ。積倉だってそうだろう。それほどまでに、あの半荘は僕らにとって忘れられないものとなった。

 力が尽きた、という考え方はオカルトだろうけど、松実宥が三度目の役満を和了った次局以降、場は平らになり、彼女は一度も和了らなかった。残りの局は僕と清澄の和了り合いという形で、彼女からも直撃は奪えた。

 でも、あの時は恐ろしかった…。とにかく恐ろしかった…。

 

「でもまぁ…中堅戦に関しては、あまり点差は関係ないんですけどね」

 僕はその言葉の意味を訊ねた。

「そうですね…。でもそのためには、まずこの『大会』のことについて話さなくてはなりません…」

 

 彼は語りだした。この大会の『裏』の姿…その知りえる限りを。

 そして僕はその話の全てを聞いた後、頭の中で整理した。

 重要なことは、3点。

 ・この大会において『個人戦』と『団体戦』では大きく違う。

 ・この大会で大きな『賭け』が行われている。

 ・この大会は『実験場』である。

 

 まず、麻雀界において個人戦と団体戦では注目度が天と地ほどの差がある。積倉が言うには、個人戦はおまけ程度のイベントで、団体戦こそ真の個人戦であるそうだ。

 団体戦に関しては様々な現象が発生する。学年による平均聴牌速度の違い、新道寺の鶴姫コンビのような団体戦専用異能者の現出など、注目度の高さは、そういった例も存在することが大きい。また、個人戦に比べ圧倒的に試合数が少ないのも、異能者を排出するシステムの一環だそうだ。

 

 異能者排出システムという大きな意味を持つ団体戦は、大きな意味を持つ故に、賭けの対象にもされる。野球賭博などが問題視された事件が昔あったが、それとは額の桁が違う。決勝の舞台で交わされる金額が億単位などざらだ。

 組同士の『決め』というのを麻雀でする場合、『代打ち』を立てて行われるのが殆どだそうだ。しかし、年々代打ちは減っていく傾向にあり、その『決め』を麻雀で行うことが困難になって来ていた、というのがこの麻雀賭博の背景にあるらしい。

 そのシステムを作ったのが、江藤という人物。江藤曰く、インターハイは日本で一番の高レート雀荘だそうだ。

 狂っている。そうでなくても、この大会には『触れたくもないゴチャゴチャでややこしいもの』が渦巻いているというのに…。

 

 この大会には異能者探し以外の『実験』の要素も存在する。この大会には未知の領域というものがあり、積倉が個人戦に出ない理由にも繋がっていた。

 彼が個人戦に出ないのは、『個人戦に出なかった選手は団体戦においての高成績繋がるのではないか』という推論の検証対象に彼が選ばれたためだ。個人戦に出たい気持ちもあったが、興味深い内容でもあったため、彼は応じたそうだ。具体的にわかっていたわけじゃないけど、そういったようなことが行われているのではないか、とは僕も思っていた。こっちのD・Dも『同じようなこと』をしている様子だったし。

 しかし、実際それを証明したのは阿知賀女子だったように思える。彼女達は一人も個人戦に出ていない。

 これから中堅戦が始まるが、次鋒戦の段階で、もうそう思えてしまうくらい、あの松実姉妹は異常だったのだ。

 

 その中堅戦、積倉は点差は関係ないと言っていたが、それには二つの意味がある。

 一つは、白糸台の中堅、竹井の実力がそれほどまでに高いという意味。

 もう一つは、その竹井と、こっちの中堅、フランケンにとってこの中堅戦が、完全なる個人戦になっているという意味である。

 

 本当に…触れたくもないゴチャゴチャで、ややこしい…

 

 

 

 

 

 

 引退していた竹井が勝負の舞台に戻って来ていた。

 レネゲでの勝つと負けるの狭間から生還した彼にとって、全ての日常は退屈でしかなかったのかもしれない。

 江藤の松坂潰し。竹井はその勝負に江藤の敵側、松坂側の代打ちとして参加した。

 松坂は莫大な資産を持つ一方でギャンブル狂である。その松坂の資産を根こそぎ奪う、というのが江藤の目的。

 名義上ではあるが松坂には千夏という娘がいる。彼女は旅打ちをしていたフランケンに出会い、彼の麻雀の強さを知る。そして千夏は、家族をかえりみない松坂を破滅させることを決心する。江藤と利害が一致した千夏は、フランケンを代打ちとして、江藤サイドで勝負に参加した。

 各々が50億を賭けた勝負。東風で一位だった者に1億を与えるという試合をひたすら繰り返す。そして誰かがパンクするまで続けるという内容。

 圧倒的強運、そして天性の感覚を持つフランケンであったが、竹井は他の二つの勢力を既に味方につけており、彼を包囲することで追い詰めた。一位を取らなくては金を得ることは出来ず、失っていく一方となってしまう勝負内容。1位を逃し続けたフランケンサイドは、全ての金を失った。

 しかし、千夏は自分の命を1億で売り、勝負の続行を申し出た。松坂サイドはそれを呑もうとはしなかったが、最終的にその勝負を受けることになった。D・Dの介入によって。

 松坂が千夏を名義上の娘、としているのには理由がある。それは血統の優秀さ故である。正確には彼女の実の父、現在議員である門脇大作の優秀さを買った。松坂は既に結婚していた門脇を選挙に当選させるために離婚させ、由緒正しい家柄の女性と結婚させた。一方松坂は、彼の妻を騒がせないために、その彼女と結婚をし、その娘、千夏と共に引き取った。

 D・Dから見れば門脇など劣性に過ぎない。しかし、千夏は紛うこと無き優性だった。優性が殻に閉じ込められていることを良しとしなかったD・Dは、その最後の1億勝負を買い、そしてインハイの決勝、その中堅戦をその舞台とした。関西共武会、白糸台サイドにも話をつけ、竹井を白糸台に潜り込ませたのは、彼の力であった。

 最後の1億勝負。フランケンが負ければ千夏は松坂、門脇の元に戻り、自由を失う。しかし勝てば、自由なれるということをD・Dに約束された。

 フランケンは受けざるを得なかった。竹井も不本意ながら受けざるを得なかった。D・Dの持つ『権力』に関しては、それだけ絶大なものだったのだ。

 

 照と積倉の活躍もあって、地区大会終了まで退屈の日々を過ごしていた竹井だったが、新聞で清澄の全国出場を決めたことを知り、驚愕した。その主将が久であり、アカギと、傀と、竜をメンバーに加えていたのだ。

 トーナメントのオーダーが発表され、清澄とは逆サイドであることを知ったが、彼は清澄が決勝まで来る確信があった。偶然にも、久は中堅。フランケンに勝つためには、三人で囲むしかない。一人では勝算が皆無であることを知っていた竹井であったが、『そこ』に活路を見出した。

 準決勝、インハイで初めて彼に出番が回ってきた。彼にとって『最後の一人』を選ぶチャンスはここしかなかった。千里山では無い。新道寺でも無い。『最後の一人』は阿知賀、新子憧だった。彼女が、もっとも利用しやすい打ち手だった。

 『松実姉妹』の潜在能力、恐ろしさは当然竹井も知っており、阿知賀を残すのにはリスクがあったが、まず第一に、新子憧がフランケン攻略には不可欠だった。

 条件を確定するために、彼は点数を調整し、そして千里山の江口セーラを飛ばし、阿知賀を決勝の舞台に進めた。

 

 そして、舞台は彼の望む通りに完成した。

 

 

 

 メンバーの元に戻った宥であったが、その表情は固かった。

 自分はやれるだけのことをした。納得もした。その実感はあるが、他のメンバーのことを想うと、晴れ晴れとした気持にはなれなかった。みんなは、『アレをどう思ったのか』。その不安があった。

 メンバーの前に立つ。メンバーの目を見る。怖いと思われているだろうか。恐ろしいと思われているのだろうか。自分は、化け物と思われているかもしれない。その恐怖があった。

 しかし

「宥姉おつかれーッ!大トップじゃん!」

 真っ先に抱きついてきたのは憧、そして玄、そしてみんな。

 誰も、自分のことを化け物だなんて言わない。賞賛の言葉、温かい言葉が聴こえてくる。

 一生懸命打つ者を、誰が蔑むだろうか、怖れるだろうか。

 松実宥はただただ真剣に打った。彼女達は、しっかりとその姿が見えていたのだ。

 そう…

 ここが、これが阿知賀女子なのだ。彼女はそう実感した。

 そしてその実感と共に、涙が溢れてきた。

 

 

 

 

 

「安永プロ!?帰ったんじゃ?」

 解説室に再び姿を現した彼に、恒子は驚きの声をあげた。

「誰が帰るかよ。一人で先鋒戦の牌譜を検討していただけだ」

「仕事中ですよ~」

 彼女はからかう。

「うるせえ。ちゃんと次鋒戦は見ていたからな」

「いや、解説に来てくださいよそこは」

「それで…納得はしたのですか?」

 健夜が訊いた。

「まぁな…」

 安永は健夜の目を見た。その目は、何かが違っていた。

「まさかお前…」

「はい?」

「いや…なんでもない…」

 安永は追及を止めたが、健夜の目は、明らかに違っていた。

 その目には、何か目的があった。普段の、比較的力が無いように見える彼女の目では無く、意思を宿していた。

(まさか…しかしもうこいつは劉の所を離れたはず……)

 安永の不安は、こうである。

 

―――小鍛治健夜は傀と打ちたがっている

 

 もしそうなら、止めるべきだろうか。

 しかし、彼女の『事情』を知る彼は、あえて『そうだったとしても』止めるべきではないのかもしれないとも思っていた。

 小鍛治健夜は…知る必要があるのだ。

 いつかは『それ』を。

 

 

 

 

―――

――――

―――――

 

 中堅戦試合直前、健夜は一人化粧室に来ていた。

 

 

 

「あの…久しぶりです…健夜です……」

 

 

 

 

「すみません……劉さん……今晩、打てる人を一人用意できますか……」

 

 

 

 

「はい……。今晩、私は傀君と打ちます……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日…たぶんフランケンが負ける…

 

 

 

 私は…どうしたい?

 

 

 

 私だって……フランケンが負けるのは見てみたい…

 麻雀の神様が本当にいるのかを知りたい。

 

 

 

 けど…ここはインハイ…

 一生に一度のお祭り……

 私だけの勝負じゃない…

 清澄のみんな…戦ってくれたみんな…

 みんなの気持ちを背負った勝負…

 

 

 

 でも……それでも私は……

 

 

 

 私にとってフランケンは…あまりにも大きすぎる……

 

 

 

 

 

 

「久ちゃんですか!?お久しぶりです!」

 

 フランケンは、対戦相手校をわざわざチェックする人間では無いため、久がその舞台に来ていることを、その時に知った。レネゲでの麻雀大会以来であり、役二年半ぶり。彼はそれを懐かしもうとしたが

 

「久しぶりね、フランケン」

 彼女の返答は淡白であった。

「え…」

 あまりにもあっさりした返答に彼は困惑した。

「ど…どうしたですか久ちゃん…。すごく、変わってしまったです」

 彼にとって久の態度は考えられないものだった。普段から明るく、そして気さくに振る舞っていた彼女はそこにはいなかった。

「今日は『敵』なのよ?馴れ馴れしくは出来ないわ。それに、そんな余裕、フランケンには無いんじゃないの?」

「うっ…」

 彼は言葉を返すことが出来なかった。

 それが事実であるのもあったが、それ以上に、彼女が冷たかったからである。彼女が纏っている空気は、何者も寄せ付けないかのような圧力と、冷たさがあった。

 

 これから行われる半荘二回。各々が座る場所は既に確定していた。

 インハイにおける場決めは、あらかじめ卓に置かれた四枚の風牌を各々が引き、そして債で決められる。フランケンは高確率で…というよりほぼ確実に起家を引く。起家自体を決めるのは座った後ではあるのだが、フランケンにとって東が起家を示しているかのごとく、彼は東を引いてしまうのだ。後は久が南を引き、竹井が西を引けば確定である。フランケンが場にいる以上、債はあってないようなもの。

 阿知賀女子に関しては、メンバーとの会話等の後に対局室に来るため、彼女より早く舞台に来ることは容易い。

 場決め用の牌は、舞台設置の準備をする人間が行う。竹井は既にその者を買い取っており、竹井、及び久は、場決め用の牌の並びを事前に知っている。

 東…タチ親のフランケンから、久、竹井、憧の順。久が竹井に喰わせやすく、竹井が憧に喰わせやすい。この並びは、竹井にとってベストの配置であり、これにより、フランケンに対する包囲網に近い状態を完成させることが出来る。

 

 場決めを終えた対局者は、既に卓に着いていた。

 

「おれが起家です」

 

 フランケンが起家マークを設置する。

 その卓には重々しい空気と…インハイに似つかわしくない『違和感』が流れていた。

 

(何?この空気…)

 

 阿知賀女子中堅…新子憧。唯一の『部外者』である彼女は、席に着いた時からその空気を感じ取っていた。

 

「本当にいいのかフランケン」

 

 竹井がフランケンに対して語りかけた。

 

「別におれは千夏の命が欲しいわけじゃない…ただおまえに『まいった』と言わせたいだけだ。ただし勝負を始めれば、おまえ達がどうなっても、そんなことは知らないぜ…」

「竹ちゃん…おれは情けないです…ちーちゃんを救う方法がわからんですよ…麻雀以外は…」

 彼は続ける。

「おれは今まで麻雀で勝つことによって生きてきたです…そしてこれからもそれ以外の生き方はできんです…おれには他のことはできんです……おれには麻雀しかないですから……だから……やるしかないです……」

 

 憧は彼らが何の話をしているのか全く分からなかった。

 彼らには彼らの何らかの因縁があるのかだろうか。しかし、彼女は切り替えた。彼らがどんな関係だろうと…自分のやることはたった一つ。『チームに貢献する』。ただそれだけである。

(玄と宥姉がくれたこの点棒…。大事にしたい…そして、灼さんとしずに繋げる)

 

 松実宥の麻雀は、憧にとっても怖ろしいものであった。というより、あれに恐怖しなかったものは、阿知賀の中にはいなかった。

 だが同時に憧はこうも思った。宥は自分達以上に、あの現象に恐怖しているのではないか。宥を温かく迎えた背景には、彼女のそういった考えがあった。

 彼女は真っ先に宥に抱きついた。

 準決勝の時も、次鋒戦を終えた宥に対し彼女は抱きついた。頑張った宥に対する賞賛と、抱きつくことで運が貰えるという、オカルト。だが、今回はもう一つ意味がある。宥がどんな存在になっても、自分達だけは味方…という意味が込められていた。

 

 彼女にとって、この中堅戦は負けたくないものであった。

 勿論、チームの意思を背負った試合であるというのが第一ではあるが、準決勝の中堅戦、その試合が彼女にとって屈辱的であったからだ。

 江口セーラに対する直撃の連続、という一方的な半荘の中、自分は何もやらせてもらえなかった。自動的に決勝進出が決まり、まるでそれは…『自分達はいつでも倒せる』と言われていたかのように、彼女は感じたのだ。

 

 

 この中堅戦においては、団体戦であると同時に、完全なる個人戦が展開される。

 半荘二回通しで、フランケンは区間一位を取らなくてはならない。逆に竹井は、その区間においてフランケンに一位を取らせなければ勝ちである。フランケンが敗北すれば、千夏は松岡、門脇の元に帰ることになるが、それは死を意味する。千夏の実の父、門脇が『千夏の自殺』をこの勝負を受ける条件にしたのからだ。

 千夏が戻ったとしても、松坂の家から逃げ出さないという保証はなく、また、門脇にとって千夏は邪魔な存在でしかなく、死んでくれることが最も望ましかった。殺すわけにはいかないので、千夏には遺書を書かせ、敗北したら薬を飲んで自殺することを約束させた。

 フランケンにとって、この半荘二回は、絶対に負けることが許されないものだった。

 

 そしてその勝負が、これから始まる。

 

中堅戦開始

 

フランケン(タチ親)・(三年)  72500  (0)

久・(三年)          75200  (0)

竹井・(三年)         109300  (0)

憧・(一年)          143000  (0)

 

※()内は区間における収支

 

 

 

「ダブルリーチです!!」

 

 中堅戦前半戦。

 その始まりはフランケンのダブリ―からスタートした。

 

(は…早っ!)

 大きなモーションから、力強く牌を叩きつけたリーチでもあり、そもそもダブルリーチでもあり、その時憧は声をあげそうになった。

 

「ツモです!…ダブリ―ツモタンヤオ、オモウラ…」

「6000オールだろ」

 フランケンが指折りしながら点数計算をしている中、竹井はその解答を先に言った。

「まだ東1局だ。要するにトップを取らせなければいいんだろ」

 表情一つ変えず語る竹井を見て、憧はさらに場の異常さを感じた。しかし、その異常さは次局以降、さらに加速する。

 

東1局(親 フランケン)終了時

 

フランケン  90500  (18000)

久      69200  (-6000)

竹井     103300  (-6000)

憧      137000  (-6000)

 

 

東1局一本場 親 フランケン ドラ {⑨}

 

 

「リーチです!」

 

 二連続ダブリ―は無いまでも、6巡目での早い段階でのリーチ。

 

東家 フランケン 手牌

 

{一二三四五六七八北北北発発}

 

「相変わらずねフランケン。聴牌したらリーチ…リー棒が無駄になるわよ」

「一発でツモってみせるです…」

 

南家 久 手牌

 

{二三四六①②③⑦⑧⑨69中} ツモ {中}

 

 久は手を進めようとせず、{中}をツモ切った。勿論、降りではない。

 

「ポン」

 

 鳴いたのは竹井。

 

西家 竹井 手牌

 

{一一二三四⑦⑧666} ポン {横中中中}

 

 次巡。フランケンは和了れず、ツモ切り。

 久の番が回ってきた。ツモって来たのは {九}。

(これがアタリね。相変わらず、本当に一発で…しかも『高め』をツモるんだから…)

 彼女はその手からドラの{⑨}を落とした。

 

「ロン。2000は2300」

 

 牌を倒したのは竹井。行われたのは、完全な差し込みである。

 

「こ…これはーっ!?清澄の竹井選手!面子から落として振り込んだぞー!これはいったいどういうことだーっ!?」

 実況の恒子も『分かっている』が、一応わからないフリをし、その答えを解説に求めた。

「ここまであらかさまですと、さすがに差し込みと思われますね」

 健夜はそのこと自体には大して驚かず、淡々と返した。

「え?小鍛治プロ…そういうこと言っちゃっていいの?」

「いや…さすがにここでプロがすっとぼけるわけにもいかねぇだろ」

 同じく解説の安永が答えた。

「今、イカサマの解析班が動いているはずです。通しのサインがわかれば、清澄と白糸台は失格になるでしょう」

 だが、試合を止めることは出来ないし、イカサマを解読できない以上は、清澄も白糸台も失格にすることは出来ない。

「まぁ問題は、そのサインが解析できるかどうかだが…」

「無理でしょうね。純粋な『読み』による差し込みという結論になると思います」

 健夜は即答した。

 三人とも白糸台の竹井のことは知っているし、清澄の久のことも知っている。二人の間で交わされるサインを解析することは、ほぼ不可能であることも当然知っていた。

 通しのサインは言葉に出したり、音を出したり、指で示し合ったりしなくても可能である。視線、ツモ牌の置く位置、打牌テンポ、飲み物の配置、それらを複合させるだけでも相当の数のサインを送ることが出来る。それらの動きは、麻雀を打つうえで『無くてはならない動き』であり、カメラを前にしても堂々と出来るものである。しかも彼らは局ごとに暗号のタイプを切り替えるため、ますます解析は困難なものになる。

 繰り広げられるサインの内容は、待ちの牌や欲しい牌だけではない。他家の手牌状況から、自分達が行おうとする内容など、細かい意思も伝えられる。

 旅打ちの中、フランケンがスタンドプレーで動くため、竹井と久にとっては、それらのサインは必要なものであった。

 そしてそのサインが今、フランケンに牙を向いている。

 

東2局、ドラは{1}。5巡。フランケンはまたもリーチをかける。

 

北家 フランケン 手牌

 

{111344[5]688中中中}

 

 しかし、竹井が憧から3900の直撃を奪うという形で終了する。

「リーチです!」

 東3局も同様。彼はまたもリーチをかける。4巡目。

 

西家 フランケン 手牌

 

{二三四②③③④④⑧⑧234} ドラ {④}

 

(ちょっとどういうこと?なんでそんなに毎局毎局、しかもそんなに早い訳?)

 フランケンの異常な聴牌速度の早さに憧は驚愕した。だが、異常事態はやはりそれだけではない。

「ポン」

 竹井は久からオタ風の{西}を鳴く。それ以降、憧は有効牌を引き続け、3巡のうちにイーシャンテン。決め手は竹井の打{七}。聴牌を手にした。

 

南家 憧 手牌

 

{三四[五]②②⑥⑦⑧67} チー {横七六八}

 

「つ…ツモ…」

 

 まるで魔法にでもかかったかのように、次巡にはツモ和了。1000・2000。

(やはり…『分かりやすい』)

 彼女の麻雀は竹井でなくても、その性質を掴むのは容易い。アガリへの最速を基本とする、現代的な麻雀。喰い三色、喰い一通も早あがりの手段とした打ち回し。

 『利用方法』はとてつもなくシンプル。欲しい牌を喰わせればいい。そうすれば勝手にアガリに向かってくれる。まっすぐ向かってくれるものだから、その手牌構成、行動パターンは竹井には透けて見えるに等しかった。

 東4局も『同様』。

 

南家 フランケン 手牌

 

{一二三七八九①②③1299}

 

 フランケンがリーチをかけるも、竹井も久も憧が欲しい牌を喰わせる。彼女は鳴く。彼女が新子憧であるが故に、鳴くしかない。

「ロ…ロン……11600」

 フランケンからの直撃。

 

{④[⑤]⑥3477} チー {横三二四} ポン {⑧横⑧⑧} ロン {2}

 

ドラ {7}

 

東4局(親 憧)終了時

 

フランケン   73900(1400)

久       65900(-9300)

竹井      109500(200)

憧       150700(7700)

 

 

(何…なんなの?これ…)

 不気味でしかなかった。異様でしかなかった。現在自分達はトップ。この和了で二位との差は約4万。なのに平然としている白糸台と清澄。自分達などいつでも抜かせると思っているのか。それとも、まったく別の意図があるのか。憧にはわからなかった。

 

「これって阿知賀も協力してるのでしょうか」

 恒子が解説に質問を投げかけ、そして健夜が答えた。

「違うでしょうね。純粋にあがりに向かう彼女を、白糸台と清澄が利用しているように感じます」

「だが、これであの二校を失格にするのが困難になったな。阿知賀とあいつらの間にはサインが存在しない。『通し』というイカサマの存在を立証することが不可能に近くなった」

「阿知賀との間で差し込み的行為がされた以上、阿知賀との間でのサインの存在も明らかにしなくてはなりませんからね」

 

東4局1本場 親 憧 ドラ {一}

 

5巡目 西家 久 手牌

 

{五④④④⑤⑥⑦⑧38999} ツモ {三}

 

捨て牌

 

{北発①二}

 

 言うまでも無く、その局もフランケンは既にリーチをかけおり、言うまでも無く、竹井は喰いずらしをしている。

 

南家 フランケン 手牌

 

{六六八八東東東発発発白白白}

 

 4巡目、彼女がドラそば{二}を切っているのは、竹井の指示によるものである。

(これじゃ{一}を引いてきたら裏目じゃない。でも、今の竹ちゃんの集中力なら、たぶんこれは正しい。『流れ』通りならきっと、次巡私は{一}萬を引く)

 全てはその通りであり、次巡彼女は{一}を引き、裏目。さらに次巡に{四}を引き、久は打{⑧}でリーチを選択。『全て』竹井の指示によるものである。

(この捨て牌なら、阿知賀が一発で振り込む。竹ちゃんにはそこまで読めている)

 

7巡目 東家 憧 手牌

 

{一二二二六七八⑥⑦5678} ツモ {[5]}

 

(『また』…聴牌させられた…って感じ。それにしても何なの?この人たち聴牌早すぎでしょ!)

 

 インハイ団体戦の性質上、三年の平均聴牌速度は一年と比べると早い、ということは赤土から聞かされてはいたが、彼らの速度は想定以上の早さだった。さらに、もし彼女が『フランケンの手牌』を毎局見ていたら、さらに戦慄していたであろう。

 憧の視点では、久の捨て牌を含めると{二}が四枚見えており、{一}が竹井の捨て牌に二枚見えている。前に進むために切る彼女の{一}は、比較的安全な部類に入る牌である。

 彼女は、彼女であるが故に{一}を切った。

「リー…」

「通らないな」

 遮ったのは久。一発。裏ドラも{一}だったため、その手は12300となった。

「うっ…」

 憧は表情を歪ませる。

(悪いな阿知賀…。今のお前は、『銀行』としては優秀すぎる)

 圧倒的トップなら、基本的には降りも選択に入れるべきである。しかし、他家の圧倒的聴牌速度の早さが、彼女の選択を制限している。今あがらなくては、今前に進まなくては、次はもう聴牌すら出来ないかもしれない。その不安が彼女の足を前に進ませる。

 南1、南2において彼女の混乱は加速し、フランケンのリーチよりも早く竹井に振り込む。竹井の手は、久と『憧』の協力によって最速のルートを通っていた。

 

「今度こそアガるです!リーチ!」

 

西家 フランケン手牌

 

{一二三三三四四[五]五六七八九} ドラ {五}

 

 何度も、何度も彼はリーチをかける。

「フランケン。毎局かけていたらリー棒勿体ないわよ。どうせ、役あるんでしょ?」

 久が言う。

「そんな事はわかっとるですよ久ちゃん。だけどおれはリーチする以外は麻雀では勝てんです。そんな事をしたら麻雀の神様に怒られるです」

(麻雀の…神様…。それが本当にいるのか、それに人が抗うことが出来るのか。それを知りたいから、私は竹ちゃんに協力している…。私の…そしてみんなの青春を犠牲にしてでも…。チャンスはきっと…この時にしか無いのだから)

 その局、憧が久に満貫を振り込む形で彼のリーチは不発に終わった。

 そして前半戦オーラス。親は憧。ドラは{三}

 

8巡目 北家 竹井 手牌

 

{三三四五五①②②③③444} ツモ {①}

 

(ドラが来ているってことは、フランケンは『それ以上』の手か。この{4}は当りだが、残念だったなフランケン)

 

南家 フランケン 手牌

 

{4[5]55666南南南発発発} (リーチ済み)

 

「リーチ」

 竹井はドラの{三}を切り、リーチ宣言をした。

「ち…チー…」

 下家の憧は反応した。

 

東家 憧 手牌

 

{一二四五六八九⑦⑦⑧白中中}

 ↓

{四五六八九⑦⑦⑧白中中} チー {横三一二} 打 {白}

 

(二軒リーチ…普通なら降り…。でも、聴牌の可能性があるうちは攻めないと、いつ聴牌できなくなるかわからない)

 

「ポン」

 憧の打、{白}を叩いたのは久。

(阿知賀から{白}をあふれさせる為のドラ切り。二盃口の手だったのに。まぁ、向かってたらフランケンに当たりだけど)

 

西家 久 手牌

 

{一二三四②③④④⑤⑥⑦} ポン {白横白白}

 

(そしてこのポン『も』無かったらきっとフランケンはツモる。残りのあがり牌、{3}4枚、{5}1枚、{6}1枚…固まってる。だから)

 彼女は手牌から{二}を選択した。

(これでシャットアウト)

「ロン…5200。前半戦終了だな」

 

北家 竹井 手牌

 

{三四五五①①②②③③444} ロン {二}

 

 

前半戦終了

 

フランケン  70900(-1600)

久      83000(7800)

竹井     123100(13800)

憧      123000(-20000)

 

 

 

 

 

 

「どういうこと?何で三人でフランケンを囲めるの?これは、インハイでしょ?」

 臨海高校控室。千夏は疑問を投げかけた。

 松坂の麻雀ルームで行われた50億の対局では、竹井の戦略によって3対1の状況を作りだされていた。故にフランケンは思うように和了ることが出来なかった。だが、このインハイが単なる高校麻雀選手権であるなら、あそこまであからさまな3対1になることはめったにない。インハイ王者宮永照ならともかく、フランケンは初出場であり、中堅戦開始時ではトップは阿知賀だったのだ。

「もう既に、清澄も阿知賀も、竹井の駒なのだろうね。彼にはそれを出来る。しかし【Level7】があそこまで追い詰められるのが見れるとはね」

 疑問に答えたのはD・D。

 50億の勝負において、もともと包囲されるのは竹井側だった。それが、松坂を貶めるための江藤の戦略だったからだ。しかし、竹井の能力の優秀さは、その状況をひっくり返した。鳳龍会磯野のエゴ、レネゲの一件で江藤に恨みを持っていた増本興業を利用し、包囲網のキーとなる打ち手の田村とスポンサーの江藤を勝負の場から降ろした。今現在、フランケンたちにスポンサーは存在しない。

 竹井は、勝てる舞台を作る天才だった。

「しかし、本当にこのまま我々が勝ってしまっていいんですか?この後に大勝負が控えているのでしょう?」

 D・Dに問いを投げ変えたのは松坂。その後ろには門脇、そして鳳龍会の磯野もいる。

「構わないよ。それより、君たちは白糸台側の方の人間だけど、こっちに居てもいいのかね?」

「我々の勝負はインハイとは関係ありませんから。それより、千夏が逃げ出さないか、それの方が心配なのです。あなたを信用していないわけではないのですがね」

 門脇がそう言った。

 彼らが口にした大勝負。それは、桜輪会と共武会の戦争。極道の縄張り争いに関連する対局。

 だが、松坂、門脇、磯野の三人はその勝負の真の目的を知らない。『名簿』のことを知ったのなら、彼らは『こんなこと』などしていなかっただろう。桜輪会・高津組組長、高津は無知なる彼らを見て、静かに笑った。

 この部屋に漂う空気は、本来あるべき空気では無い。鉄壁保はこの空気が嫌だった。嫌だったからこそ、彼はこの場所に留まらず、積倉と共に会場を出たのは、そういう理由だ。

 

 

 控室に戻った憧に、阿知賀のメンバーは労いの言葉をかけるも、憧は俯いたままだった。ここまでの彼女の失点は前半戦だけで20000点。リードを作ってくれた玄と宥に、そして控えている灼や穏乃に会わせる顔がなかった。

「まだまだ大丈夫だよ」

 そう言葉をかけられても、そうだね、頑張ろうとは返せない。通常の対局における失点20000点ならそうも返せたであろう。だが、この前半戦、彼女には自分が操り人形になっているのではないかという自覚があった。そのことをメンバーに語ると共にこうも言った。

「どうしていいかわからない」

 彼女の不安はメンバーに伝わっている。彼女以上に、あの場の異常さにはメンバーも気付いていたからだ。だが、返す言葉が見つからなかった。

「このままじゃ、9割9分このままだろうね」

 晴絵が口を開いた。この中堅戦、事前に取れる対策は清澄の『悪待ち』のみである。(憧のミスによって東4局1本場に刺さってはいたが)。臨海のフランケンに関しては公式データがまったく存在せず、白糸台の竹井に関してはAブロック準決勝のみ。

 晴絵もフランケンと竹井については、直接対決は無いがその存在は知っていた。しかし竹井に関しては特徴的な異能を所持してるわけでもなく、フランケンに関しては一人ではどうしようもなく戦術的対策の取りようも無かったため、憧には特に指示はしなかった。しかも、竹井が清澄と組むことなんて考えもしなかった。

「でも…このままでもいい」

「え?」

 晴絵は竹井達の目的について憧に話した。その真意まではわからないが、少なくとも臨海のフランケンを三人で抑え込もうとしているということを。そして、抑えられたフランケンの手牌は、毎局毎局化け物じみていたことを。

「確かにそんな感じはしていたけど、このままって…」

「悔しいかもしれないけど、向こうの目的が臨海を抑えるということである以上、うちが中堅戦後ラスになるってことはまず無い。憧はいつも通り打って、灼に繋ぐ。おそらく、それがベストのルートになる」

 人形のまま終わってくれ。

 憧には晴絵の言葉はそうとしか聞えなかった。団体戦決勝。その最後の舞台で自分がする麻雀が、人形のような麻雀。憧には、それは耐え難いことだった。

「ごめん…ハルエ……それ、出来ない……」

 震える声で、憧は返答した。

「……うん。その通り。そんなことは、出来るわけがない」

 晴絵はその解答を予想していた。

「なら…やることは一つ。なんでもいいから違うことをする。同じことをしていたら同じようにやられる。それしかない」

 彼女は心の中で自嘲した。この土壇場でこの程度のことしか言えない自分は、教育者失格だ、と。

「違うこと……うん……やってみる!」

 決意を固め、彼女は控室を後にした。

 

 控室を出て対局室に向かう憧の前に、江口セーラがいた。

(江口さん…準決勝、白糸台に飛ばされた…)

「その…なんていうか……」

 何かを言いたげにしていたが、はっきりとしない彼女に、憧は言った。

「江口さんのかたき……とってくるから…」

 その言葉にはっとした彼女は、固まった。その横を憧は通る。

 セーラは振り返り、彼女の背中に向かって、言った。

「勝ってくれ!…お…応援してるから…」

 震える身体を抑えて、声を張った。その言葉は彼女に届き、憧は半分だけ振り返り、親指を立てて応えた。

 

 

 対局室を出てすぐの廊下。久を待っていたのはまこ一人であった。

「まこ…」

「わしは…お前さんについてきただけじゃ。今更お前さんがどうしようと、わしは構わん」

 久は言葉を返せなかった。

「じゃが、わしらをここまで連れてきてくれたもんたちの想い…それよりも大切なものじゃろうか…」

 久はまこに目を合わせることが出来なかった。

「なにより……お前はそれで後悔は無いんか?」

 久は沈黙を続ける。

 彼女は俯いたまま、数分が過ぎた。

 そして、久は口をやっと開いた。

「まこ……ごめん」

 彼女は反転し、対局室に戻った。

「馬鹿…。こんな時まで、悪い方にとらんでもええじゃろ…」

 まこはその背中に、小さく囁いた。

 

(それでも…それでも私は、神様が負けるのが見たい……)

 

 それが彼女の選択だった。

 

 

 

 

後半戦も席順は変わらず。起家も変わらずフランケンとなった。

 

後半戦

 

タチ親・フランケン  70900(-1600)

久          83000(7800)

竹井         123100(13800)

憧          123000(-20000)

 

東1局 親 フランケン ドラ {9}

 

東家 フランケン 配牌

 

{1122357789999中}

 

 

 これが配牌。フランケンに押し寄せてくる流れ。和了れ、和了れと何ものかが語りかけてくるかのよう。

(だが…俺はそれを超える…。どんな手段を使ってでも)

 フランケン、打、{中}。

「ポン」

 竹井はフランケンの牌を鳴いた

(この勝負は今までの…これまでフランケンのして来ていた勝負とは違う。お前は今、自分の命よりも大切なものを賭けてしまった。今までは負けても金で済んだ。だが今度はそれでは済まない。そんな中、自分のフォームを崩さずに打つことが出来るか…)

 

 次巡、東家 フランケン 手牌

 

{1122357789999} ツモ {8}

 

「リーチです!」

 

 彼は{5}索を強く叩きつけた。

(もう喰いとっても有効牌をツモってくるか…恐れ入ったよ…だが)

「へえ…それが通るんだ、フランケン」

 同巡、久は手牌から{[5]}を切った。

「チー」

 竹井はそれを鳴く。

 

西家 竹井 手牌

 

??????? ポン {中横中中} チー {横[5]46} 

 

 さらに同巡、憧の切ったオタ風の{北}を久は鳴いた。フランケンにツモらせまいとするかの如く。フランケンは嗚咽を漏らす。

(ただ、退屈だっただけかもしれない…。だが、引退していたあの頃、俺はあの浜辺の町でお前を負かすと決めた。金を巻き上げるってことじゃない…お前の麻雀を負かすって事だ)

 

 次巡も同様。久はフランケンの番を飛ばすために、同時に竹井のツモを増やすために今度は竹井から鳴く。

 そして、ようやくフランケンの番が回ってくる。フランケンのツモは、{1}。だが

「追いついたぜフランケン。ロンだ」

 

西家 竹井 手牌

 

{三四[五]1333} ポン {中横中中} チー {横[5]46} ロン {1}

 

「3900」

 

 フランケンの残りの親番二回のうち、その一回が終わった。

 

東2局 親 久 ドラ {東}

 

8巡目 北家 フランケン手牌

 

{③④[⑤]⑥東東東南南西北北北} ツモ {南}

 

 手が落ちる気配無く、またも役満の聴牌。しかし、フランケンは{③}、{⑥}切り聴牌を躊躇した。小考の末、打、{西}。しかもリーチをかけなかった。

「それが通るのかフランケン。助かったよ」

 同巡、竹井は{西}を切り、聴牌。竹井は久にサインを送る。この局はもう喰う必要はない、と。

 竹井の予言通り、次巡にフランケンは{西}をツモっていた。小四喜に受けていれば一発でのツモ上がりであった。その局は久が竹井のタンピンの2000点に差し込み、終了。

「なぜリーチをしなかった。麻雀の神様に怒られるんじゃなかったのか。西単騎リーチなら、少なくとも俺は降りてアガれなかった」

「どうしてもアガらねばならんです…アガらなければちーちゃんが死んでしまうです…」

 フランケンが震えている。これほどまでに怯えている彼を、竹井も久も見たことが無かった程、今の彼は小さかった。

(人は対戦相手に負けるのではない。様々な状況の中で自分のフォームを崩して負けてゆくのだ)

 フランケンのフォームはここに来て崩れた。竹井はそれを確信した。

 

南2局終了時

 

フランケン     66000(-6500)

久         81000(5800)

竹井        130000(20700)

憧         123000(-20000)

 

 

東3局 親 竹井 ドラ {南}

 

西家 フランケン 配牌

 

{一三六①③⑨59西北北発中}

 

(そして敗者とは、自分のフォームを崩し、クズ配牌とダメヅモの中で、何のチャンスもないまま、ただ絶望のままに負けていく者のことだ)

 フォームを崩したフランケンに待っていた配牌の有様は、竹井の哲学においては必然だった。

(フランケン…俺から言わせればお前こそ麻雀の神様そのものだよ…麻雀打ちとして完璧だ…)

 竹井はただ退屈だった。彼はあの退屈な日々の中で、麻雀の神様にケンカを売りたくなった。ただそれだけだった。

 フランケンの第一ツモは{三}。そして打{5}。

「麻雀は配牌だけではないです…あきらめんです」

(国士ね…)

(ついに配牌が腐ったか…。だがまだ勝つことを諦めない。さすがだよフランケン…)

 

東家 竹井 手牌

 

{[五]六八①①②③③④2348}

 

(だが前局手を曲げたことが響いたな。その分俺の手が軽くなったぜ)

 

 フランケンの河に中張牌が並ぶ。

 {6}、{⑤}、{八}、{五}…全てツモ切り。

 

「フランケン…あなた国士なんか狙ったことあった?」

 久が言った。

 

5巡目 北家 久 手牌

 

{五六七七③④⑤⑥⑥⑦⑧56} ツモ {7} 打 {③}

 

「一度は経験してみてもいいかもね…国士の配牌に中張牌のツモ…どうやってもアガれない局があるってことを…」

 久、聴牌。{四}、{七}待ち。その牌はまだ竹井には無い。

 

南家 憧 手牌

 

{二二三⑥⑧[5]5667788}

 

(急に、手が軽くなった。何かが起きた?)

 

 フランケンの中張牌切りは続く。打{3}。ツモ切り。

 さらに次巡、フランケンのツモは{4}。またも中張牌。

「もう諦めろフランケン。お前の負けだ。もうツキも失った。こういう状態からトップを取った奴を俺は見たことがない」

(それに、これで良かったんだ。フランケンが勝っても、誰も幸せにはならない)

 仮にフランケンが勝って、松坂を破滅させたとしても、そのサポートをしていた鳳龍会が黙っていない。また、逃げ出したとしても、千夏の実の親、門脇は地の果てまで彼らを追うだろう。それに、現在のトップは竹井。竹井がトップを取れば、彼は千夏の書いた遺書など破り捨てるようD・Dに依頼している。遺書が無くなれば、自殺に見せかけた殺人は出来ない。千夏の死など、門脇以外は望んでいないからだ。

(世の中にはな、理不尽な事の方が正しい事もある。勝つことがいつも正しいとは限らないんだ)

「ただ俺は、『まいった』という言葉を聞きたいだけだ…」

 フランケンに対する竹井の勧告宣言。だがフランケンは

「まだ…あきらめんです…」

 断る。彼は勝負を続行する。打{4}。

「おれはちーちゃんと約束したです。『勝って』この街から出ると」

「お…おいフランケン。お前俺の言ったことを聞いていたのか?」

「竹ちゃんにはわからんです…」

 フランケンにとって、竹井は常に正しかった。故に、竹井にはわからなかった。フランケンや千夏のような

 

「バカな人間の気持ちなど竹ちゃんにはわからんです」

 

 フランケンは続ける。

「神様はいるです。ツキとか流れとかおれにはわからんです。だから、最後まで神様を信じるです」

 フランケンは、正しさを跳ね除けた。

「そうかよフランケン…」

(馬鹿野郎が…)

 

8巡目 東家 竹井 手牌

 

{[五]五六①②③③④22348} ツモ {2}

 

(阿知賀にこの{8}を喰わせて、阿知賀は聴牌。嵌{⑦}待ちだ。後は久が差し込めばこの局は流せる)

 

南家 憧 手牌

 

{二二三⑥⑧[5]5667788}

 

 しかし、憧はその竹井の打{8}をスル―。ツモ山に手を伸ばす。

(!?鳴かないのか?読みが外れた?違う…そんなはずは…)

 竹井にはわからなかった。バカな人間の気持ちなどわからなかった。

(『違うことをする』……普段なら…鳴いてたんだろうなー…あの{8}。この面子、聴牌早すぎなんだもん。腰を下ろした麻雀なんて、怖くて出来なかった。でも…あの人なら…)

 憧は、江口のことを考えた。彼女なら、どう打つか。

(あの人ならきっとこう打ちたいはず…。『3900三回刻むより…12000をアガる方が好き』…ってね)

 

南家 憧 ツモ {三} 打{⑧}

 

{二二三三⑥[5]5667788}

 

 それと同時に、フランケンの方から熱気が発せられた。錯覚なのか、幻覚なのか、竹井にも、久にも、憧その気迫が、実質的熱をもっているように感じた。

(雰囲気が…変わった?でも…負けられない!)

 次巡憧は{四}をツモり、打{⑥}。そして

「リーチ!」

 

南家 憧 手牌

 

{二二三三四[5]5667788}

 

(なんだ…結構、こういう麻雀も気持ちいいじゃない)

 その時、妙な達成感のようなものが憧にはあった。江口セーラのしていたであろう麻雀に魅力を感じることが出来た。

 だが

(まずい…)

 竹井と久には焦りがあった。

 

東家 フランケン 手牌

 

{一三三六①③⑨9西北北発中} ツモ {九} 打{六}

{一三三九①③⑨9西北北発中} ツモ {1} 打{③}

{一三三九①⑨19西北北発中} ツモ {白} 打{三}

 

 フランケンは次々に有効牌を引き、前に進む。一方、竹井と久の手が止まる。

(どういうことだ?何でこの流れでフランケンの手が進むんだ?さっき、阿知賀が鳴かなかったからか?そのことさえも…麻雀の神の意志とでもいうのか?)

 竹井の混乱の中、ついにフランケンは…

「テンパったです」

 

東家 フランケン 手牌

 

{一三九①⑨19西北北白発中} ツモ {南}

 

「もう逃げも隠れもせんです」

 彼は{三}を強く叩きつけ、宣言。

 

「国士リーチです」

 

「なん…だと…」

 驚愕。三人に同時に訪れたまったく同じ感情。今…たった一人に、三人が追い詰められている。

(どうしよ…私…リーチしちゃってる……。やばい、やばいよこれー)

 フランケンが手を進めたのは憧がリーチした後ではあったのだが、逃げ道を無くしたリーチという行為に、憧は若干の後悔があった。しかし、直ぐに切り替えた。

(でも…後悔してどうすんの!新子憧!自分の選択の結果なんだから、どんと構えなさいよ!)

 フランケンの国士リーチの同巡、久はアタリ牌の{東}を掴む。

(掴んじゃった…)

 

北家 久 手牌

 

{五六七七④⑤⑥⑥⑦⑧567} ツモ {東}

 

 彼女の手はここで停止した。

 久は小考する。

(久…何をツモった?)

 竹井は久にサインを求める。だが、彼女は応えなかった。彼女は考えていた。フランケンが手を進めることの出来た理由を。阿知賀が竹井の牌を喰わなかった理由を。

 

(まさか…)

 久がサインを返さない。この時、自分の積み上げてきた戦略が、完全に崩れたことを竹井は悟った。

 久はその手牌から{六}を切る。竹井の喰うことの出来ない牌。フランケンの流れをずらすことの出来ない牌。それが解答だった。

 そして久と同様、竹井も東を掴む。

 

東家 竹井 手牌

 

{[五]五六①②③③④22234} ツモ {東}

 

(仮に鳴いていたらこの東は阿知賀に行っていたか…)

 

 これでドラ表示牌を含めて、{東}は三枚。

(だが…)

 最後の一枚をフランケンはツモる。そのことを竹井は感じていた。

(これが…麻雀の神様…か…)

 

 阿知賀の心も、久の心も竹井には読むことが出来なかった。だがこれだけはわかった。麻雀の神様とは、そういった領域に存在しているということを。

 

そして

 

 

「ツモったですー!!!」

 

{一九①⑨19南西北北白発中} ツモ {東}

 

 フランケンは、歓喜と共に国士無双をツモ和了った。

 

 

 

東3局終了時

 

フランケン    99000(26500)

久        73000(-2200)

竹井       114000(4700)

憧        114000(-29000)

 

 この国士の和了りで、彼は区間においてトップにたった。

(直撃じゃなくて良かったー…)

 憧は胸を撫で下ろした。

(和了れちゃったけど、白糸台の親かぶりのおかげで、同着の一着。リー棒出してなかったら一位だったけど、でもこっから!)

 そして東4局、ドラは{⑤}。憧の親番が始まる。しかしその結果は

 

「これ…久しぶりかも」

 『彼女』は十八番のコイントスツモと共に『帰ってきた』

「ツモ!4000・8000!」

 

西家 久 手牌

 

{三三三③③③⑥⑥⑧⑨333} ツモ {⑦} (リーチ一発ツモ 裏ドラ {③})

 

西家 久 捨て牌

 

{91九⑦南北}

{白横⑧}

 

南家 フランケン 手牌

 

{①②③④[⑤][⑤]⑤⑥⑦⑧発発発} (リーチ)

 

 フランケンのリーチを躱した『悪待ち』を決めたのは、清澄、竹井久だった。

「やっと…久ちゃんらしい麻雀が来てくれたです」

「ごめんね。待たせて」

(そしてごめんね…竹ちゃん)

   

 

 

 

 

 

 

 私は『インハイ』を捨てることが出来なかった。東3局でやった阿知賀の打ち回し、あれは千里山の江口セーラの影響を受けてのものと、直ぐにわかった。彼女は、多くの人の意思を受け継いでいた。

 ここはインハイ、それは絶対に変わらないもの。多くの陰謀が渦巻いていようと、目的や実験が存在しようと、ここは…やっぱりインハイだ。

 確かに、竹ちゃんが用意したこの舞台でないと、麻雀の神様を倒すチャンスはもう来ないかもしれない。でも、それは幻想。私は幻想に振り回されていた。私に夢をくれたのは、それじゃない。

 

 

 やっぱり…やっぱりそうなんだよね

 

 

 私をこの場所に戻してくれた、阿知賀の子…ありがとう…。

 まこの言葉で気付けなかったのが悔しい。ごめん…まこ。後で謝らなきゃ。

 でも、それは私がとことん麻雀バカだからかしら。麻雀で打たないと、気付けない。言葉以上に打牌で意思を伝える世界。そこだからこそ、気付けたのかも。

 でも…やっぱりごめん。まこ…。それに、みんな…。

 

 

 

 

東4局終了時

 

フランケン    94000(21500)

久        90000(14800)

竹井       110000(700)

憧        106000(-37000)

 

 

 

 

(まったく…)

 竹井は椅子の背に大きくもたれ掛り、そして大きくため息をついた。

 東4局の久の和了を見て、彼女が今麻雀を楽しんでいることを知った。そして、彼女の想いを感じた。

 

―――バクチは地獄だ。楽しい事など何もない

 

 久の思っている通り、確かにここはインハイであることに代わりは無い。だが、同時にバクチの世界でもあることにも代わりは無いのだ。それを知らない上に無関係な阿知賀にとってならこの対局は純粋なインハイだろう。だが、久にとってはそうでは無いのだ。

 しかし久は、それを踏まえた上で楽しんでいる。

 

(何やってんだろうな…俺…)

 彼は自分がしていることがアホらしく思えてきた。

 金だとか命だとか神への挑戦だとか、それらのことがどうだってよくなってきていた。

(計画がめちゃくちゃになって、やけになってるのかな…俺…)

 彼は自嘲を含めた微かな笑いを見せた。

「竹ちゃん?どうしたですか?急に笑って」

 フランケンが訊く。そして竹井が答える。

「いいだろう。純粋な『インターハイ』……受けてやるよ」

 その言葉を聞き、久は胸の奥が熱くなるのを感じた。その熱は、自然と表情にも表れ、彼女らしい、ニヒルな笑みを浮かべた。

「だが覚悟しろよ。俺とフランケンが暴れたらなら、気ィ抜いていたら10万点持ちだろうが東風分の局数だろうが関係なく飛ぶんだからな」

「望むところよ」

 憧が応えた。

「竹ちゃんの気迫を感じるです。でも、負けないです!」

 フランケンが意気込んだ。

「じゃあ始めましょうか。南1局」

 久が笑う。

 

 そして、南場が始まった。

 

 それは、彼らにとってあまりにも短い『インターハイ』の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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