アカギ、傀、竜が清澄高校麻雀部に入部したそうです   作:叶芽

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#29『インターハイ』 その2 -会話-

 

 

 

 

 

 本来なら、その場所には似つかわしくない空気が流れていたのだろう。現に、先刻までそうであった。戦争、地獄、修羅、そういった言葉の似合う空気。だが、今は違う。どんな言葉が適切だろう。

 その空気を言語化することは出来なかったが、久はその空気を経験している。彼女にとって前回の試合、二回戦の中堅戦。序盤、がらにもなく緊張し、自分の麻雀が出来なかった試合。その有様を姫松の愛宕洋榎に指摘され、彼女はようやく自分の麻雀を取り戻した。それ以降にあった、間違いなくあったその空気。

 それが、今ここにもある。それだけは分かった。

 彼女は『インターハイ』に感謝した。この場所が無ければ、自分の人生はきっと、つまらないものになっていた。

 

 

 

 

中堅戦 後半戦 東4局終了時

 

フランケン(臨海)   94000(21500)

久(清澄)       90000(14800)

竹井(白糸台)     110000(700)

憧(阿知賀)      106000(-37000)

 

 

 

 千夏に関連するゴタゴタが解消されたわけでは無い。フランケンが敗北すれば、竹井の手回しによって死なないまでも、千夏は自由を奪われることに代わりはない。

 だのに、彼らはその場を楽しんでいる。それは狂気を宿したギャンブラーだからか。違う。どこまでも相手を破壊しようという連帯感があったからか。それも違う。

 竹井は懐かしんでいた。この空気は、かつてフランケンと久と共に多くの雀荘で暴れていた、あの時の感覚に近かった。

(思い返せば…あの時は、楽しかったのかもな…。フランケンや久に振り回されて、まったく…俺がいなかったらどうなっていたんだよ、あの頃は…)

 

南1局 親 フランケン

 

「リーチです」

 

東家 フランケン 手牌

 

{二三三四四五七八中中中西西}

 

 フランケンの先制親リー。しかし同巡

「通ればこっちもリーチだ」

 竹井からのリーチが入る。だが、河に置かれた牌は{六}。フランケンのアタリ牌だった。

「ロ…ロンです…。えっと、リーチ一発メンホン…」

 そのあっけの無さと意外さにフランケンは戸惑いつつ、指折りで点数を計算しだした。

「18000だ」

 竹井は荒げる様子も無く、静かに点棒を支払った。彼の振り込みには、久も憧も驚きをみせた。

(竹ちゃんが一発で振り込むなんて)

(意外…。この人そんなに温い打ち手じゃないと思ってたけど…)

(ほんのあいさつ代わりだよ)

 通常なら『この現象』は奇妙と呼ばれるものなのだろうか。しかし彼らには違和感は無かった。とても馴染のある当たり前のことだった。

 

 振り込んだ竹井に動揺は無かった。寧ろ、まっすぐ打てている実感があった。包囲無くしてフランケンと戦う場合、アガリに向かわない喰いずらしは通用しない。あるのは正攻法…まっすぐ打つだけだったからだ。アガれる最高の形を作り、きっちりアガリきって流れを持ってくる。それしかない。

 

東1局1本場 親 フランケン ドラ{5}

 

8巡目 西家 竹井 手牌

 

{五六七八九①②③⑦4467} ツモ {七}

 

(前回まっすぐ打てたからツモは悪くない…だが…)

 

 彼は{⑦}を止め、打{7}。

 次巡、フランケンからリーチが入る。そして同巡竹井が引いてきたのは{⑦}。竹井は{⑦}がフランケンのマチである確信があり、それは事実であった。

 

東家 フランケン 手牌

 

{六七八[⑤]⑥22[5]55678}

 

 竹井は{4}を河に置き、嵌{5}聴牌。

 

(今の竹ちゃんは気合が違うです)

 鋭く、そして冷たい何かに刺されるような感覚。フランケンはそれが心地よかった。今、竹井が全力になってくれている。これほど嬉しいことは彼には無かった。

 

(最初に会ったあの時からだ…)

 竹井も心の底で思っていたことだった。いつかこういう舞台で、フランケンと打ちたかったということを。

 

 次巡、そしてさらに次巡と竹井はツモってきた{九}、{七}をツモ切る。

 

(ちょっと強すぎるんじゃないの?)

 憧なら切ることを躊躇う牌。だが、竹井は応える。

(当り牌以外は何を打っても強くないんだよ)

 彼の打牌は、そう物語っていた。

 言葉は不要だった。

 

 フランケンの待ちは使い切っている。だが、竹井はこの形では無いとも思っている。その形に、{2}をツモってくる。

 

西家 竹井 手牌

 

{五六六七七八①②③⑦⑦46} ツモ {2}

 

(これだ)

 竹井は打{6}…。そしてリーチ。

 次巡、彼は静かに宣言する。

「ツモ…2100・4100」

 

西家 竹井 手牌

 

{五六六七七八①②③⑦⑦24} ツモ {3}

 

一発ツモ 裏ドラ {⑦}

 

(もろひっかけ?この人そんな麻雀するの?)

(たまたまひっかけになっただけだ。ツモ山に少ない{2}{5}{8}の{2}を引いたから勝てると思ってリーチに行っただけだ)

 

 フランケンは彼のツモに感嘆し、そして言った。

「あなたは本当に竹ちゃんです。強い竹ちゃんがおれの前に戻ってきたです」

「お前を負かすためにな」

 奇妙な充実感がそこにはあった。生きている実感と言うものは、こんな形でも手に入るものなのか。勝つことで生き、相手を殺すことでまた生きる。そういった勝負師としての生き方をしていた彼にとって、それは新しい道だった。

 

「ツモ。4000・8000」

 

 南2局も彼はフランケンのリーチ後にツモあがる。

 

南家 竹井 手牌

 

{三四五五六七八八③④345} ツモ {[⑤]}

 

 一発ツモの形であり、高めの倍満。その形に、久は軽く首を傾げる。同巡に彼女がアタリ牌の{②}を切っていたからだ。

(私の{②}は?)

(お前のとこの傀ならこう言うんだろうな。『ツモれる流れでしたので』ってな)

 彼らの会話は、牌で成立していた。

 

「ツモ。6000オール」

 南3局に関しては、フランケンのリーチよりも早かった。これが流れか、とでも言うかのごとく、竹井の連続和了。

 

南3局終了時

 

フランケン(臨海)    95900(23400)

久(清澄)        73900(-1300)

竹井(白糸台)      136300(27000)

憧(阿知賀)       93900(-49100)

 

 

(この人強すぎっ!)

 打ち方を変える前なら、ここまでの脅威は無かったかもしれない。今の彼の流れは、憧に若干の後悔を与える程のものだった。

(もしかして、私の所為?逆を…江口さんの打ち方をして……。さっきまでの方が、もしかして良かった…かなぁ…)

 確信というほどでは無かったが、おぼろげながらそうではないかと憧は思い始めた。

 

(その通りだよ阿知賀…。お前と、久のせいでこうなっちまった。ましな麻雀しねぇと、いつ卓割れ起こるかわからねぇぞ)

 竹井は僅かな笑みをこぼした。

 

 

南3局1本場 親 竹井 ドラ {④}

 

9巡目 北家 久 手牌

 

{二[五]七七③④⑤345567} ツモ {中}

 

(フランケンからのリーチが来ない…。流れは今、竹ちゃんが掴んでいる。この流れ、竹ちゃんはそうそう手放したりは、しないよね)

 彼女は、{中}をツモ切るのを躊躇った。竹井に対して、これはそう簡単には打てない。

 久は打{二}を選択。しかし次巡、彼女のツモは{三}。

 

北家 久 手牌

 

{[五]七七③④⑤345567中} ツモ {三}

 

(裏目…)

 {中}を手放していれば、{一}、{四}待ちの聴牌。彼女は表情を引きつらせた。だが次の瞬間、表情は一転、悪鬼の微笑とでも言うかのごとく、その表情は他者を戦慄させるに十分だった。

 彼女は普段通りこう思考する。

(『意味があると考えましょう』)

 彼女は{中}を切り、そしてリーチを宣言する。

 

「ポン」

 

 その打、{中}を叩いたのは竹井。

(やば…)

 次巡久が引いてきた牌は、{六}…

 

「ロン…1800…」

 

東家 竹井 手牌

 

{四五八八122334} ポン {横中中中} ロン {六} 

 

(防がれた…。さすが竹ちゃんね)

 久は竹井の技術に感嘆するが、一方の竹井は逆だった。

(まずい…今のはおれのミスだ…。久のプレッシャーに押されたのか。今の{中}は鳴くべきじゃなった。アガれたのは結果論だが、間違いない…『流れ』を手放した…)

 

 大物手をさばかれると誰でも嫌な気分になる。だが、さばかれたから手が落ちるわけでは無い。寧ろ嫌な気分になって弱気になり、ミスをしてフォームを崩すから手が落ちるのだ。そして、小手先でさばく者の手は落ち、正しい手順で打つ者はさばかれても手が上がる。竹井は経験上、そのことを知っていた。

 補足を加えると、一人一人が持っている『正しい手順』は、一人一人が違う。フランケンにはフランケンの正しい手順が存在し、竹井には竹井の、久には久の正しい手順が存在する。

 ひねくれ者の悪待ち使い。彼女はこの局『まっすぐ』打てたということであり、竹井の哲学上、次局流れを掴むのは、彼女以外にはいない。

 

「ツモ!4200!8200!」

 

 久の倍満のツモアガリ。

 残りは南4を残すのみ。

(逆転には役満ツモでも駄目。三倍満の直撃か。遠いなー。直撃を竹ちゃんがさせてくれると思わないし…。でも…だからこそ面白い!この舞台なら、この舞台だからこそ出来る、そんな感じがする)

 

南3局2本場終了時点

 

フランケン(臨海)   91700(19200)

久(清澄)       87700(12500)

竹井(白糸台)     130900(21600)

憧(阿知賀)      89700(-53300)

 

 

南4局 親 憧 ドラ {9}

 

 

7巡目 西家 久 手牌

 

{②②②⑧⑧⑧777999北} ツモ {9}

 

 流れは依然久。6巡の段階で四暗刻聴牌。だが、ツモって来た{9}索を見て、彼女は役満を蹴る。

 

(やっぱり、この形かしらねー…)

 

「リーチ!」

 選択は打、{北}。三暗刻ドラ4にランクダウンさせた。

(裏ドラ頼み。悪待ちも良い所ね)

 しかし、次巡の彼女のツモは{②}筒、暗槓。嶺上ツモとはならなかったが(そもそもなったら逆転にならない)新ドラは{9}。ドラ8含みの三倍満の手に化けた。

 

西家 久 手牌

 

{⑧⑧⑧7779999} 暗カン {■②②■}

 

ドラ {9} 新 ドラ {9}

 

 

(これで条件はそろったわ。もし、ドラを乗せてからのリーチだったら、竹ちゃんは絶対に出さない。でも、リーチをした段階で逆転状況がそろっていると推理したなら、あるいは…)

 彼女が槓を待たずにリーチをかけたのは、こう言った理由からである。

 

 このオーラス。竹井にとってベストなのは、自分が和了ることは勿論だが、この段階で久の流れに勝てるとは思っていない。また同時に、フランケンにアガリを許してはならない。フランケンとの個人戦が消えているわけでは無いからだ。

 なお、久が竹井以外から直撃を奪う以外のことはしない。この時点で、久が竹井の順位を上回ることも無い。竹井が久に振り込まない限りは、千夏の死は存在しない。

(もっとも、俺がトップを取らなくてもD・Dが千夏を守ってはくれるだろうがな…。千夏は優性だ。それを劣性の…しかも自分が優性だと思い込んでいる門脇に殺させたりするものか…)

 だが、それらの事象を省いても、竹井は勝ちたかった。なら何をするか…

(ねばるしか…無いか…)

 

 

東家 憧 手牌

 

{二四五八③[⑤]⑤⑨⑨⑨13[5]}

 

 赤牌二つ。しかし手が他家に比べ圧倒的に遅い。

(どうにかして、前に進みたい!)

 そう思っていた矢先、竹井から{④}が切り出される。

 

「っ!チー!!」

 

東家 憧 手牌

 

{二四五八⑤⑨⑨⑨13[5]} チー {横④③[⑤]} 打 {⑤}

 

 

(やっぱり、最後は自分の信じれる麻雀で行きたい!)

 

 

 

 

(阿知賀…前に出てくるのか)

 サポートのために切った{④}では無い。フランケンが索子の染め手のため、索子を抑えていたがために出された一打である。

 さらに次巡、憧は竹井から{三}を鳴く。前に進む。

(このフランケンと久の流れに小手先で対抗するつもりか?)

 

「リーチです!」

 

 フランケンの宣言と共に、河に{⑧}が叩きつけられた。

 

「ロン!5800!」

 

{34[5]⑧⑨⑨⑨} チー {横④③[⑤]} チー {横三四五} ロン {⑧}

 

(なん…だと……?)

 

 その和了は竹井の哲学には無かった。

 勝負には流れがあり、流れには法則がある。どんな人間もその法則には従えない。

 少なくとも彼は、それを嗅ぎ分けてこれまでバクチの世界でしのいできた。

 

 

(この手…流されちゃうかー…)

 逆転の手を流され、久は手牌を手前に倒し、ため息を零した。しかし、その表情に落胆の色など無かった。

(調子が戻って来ても、流れが来ていても、それでも思うようにいかない…こんなことがあるなんて…)

 

―――やっばい!

 

―――楽しい…っ!!

 

 楽しさと共に笑みが込み上げてくる。

 彼女は感謝した。この場所を作ってくれた、そして連れてきてくれた全てのものに。

(いろいろ…待った甲斐があった……。じゃあ、今度はどこで待とうかしら)

 彼女は一呼吸置き、無為に終わった三倍満を卓に返した。

 

 

南4局一本場 親 憧

 

「リーチです!」

「ロン!1800!」

 

{一一一②②45679} チー {横312} ロン {8}

 

 フランケンのリーチはまたも通らず。憧の和了は続いた。

 小手先でさばく者の手は落ち、正しい手順で打つ者の手は上がる。竹井には、憧がフランケンに勝っていることが信じられなかった。

(何故だ…まさか、これが奴の『正しい手順』とでも言うのか)

 

 

 否

 

 

 もしここに風越の原村和がいたら、竹井の疑問にこう答えるであろう。

 

 

―――そんなオカルト、あり得ません

 

 

 憧は、仲間と共に打っている。勿論その中に、原村和も存在する。

 ここは、『インターハイ』なのだから。

 

 

 

 

 

 

「ツモ!3900オールは4100オール!!」

 

 

 

 

東家 憧 手牌

 

{4567888⑥⑦⑧} ポン {中中横中} ツモ {3} ドラ {8}

 

 

南4局2本場終了時

 

フランケン(臨海)   80000(7500)

久(清澄)       82600(7400)

竹井(白糸台)     126800(17500)

憧(阿知賀)      110600(-32400)

 

 

 

 

 

 言葉なんて必要なかった。

 互いが『手』や『流れ』、そして思考を読みあい、ただ牌に没頭する。

 全ての会話は、牌で成立していた。

 彼らはただ、そういう会話が好きだった。

 

 

 

 

―――

――――

―――――

 

 

 

 

「ツモ。役満です」

 

 

 

 

{一一一二三四五六七八九九九} ツモ {[五]}

 

 

 

 

 

 豪快さが売りであったであろう彼は、静かに手牌を倒し、宣言した。

 何かに、感謝するように。

 

 

 

 

 

 

 その時、憧は涙を堪えていた。だが数秒もしないうちに、決壊。声を出し泣いた。

 久もその泣きに触発されてか、静かに涙を流した。この舞台で打てた嬉しさも、負けてしまった悔しさも、そして終わってしまった悲しさもが混ざった、不思議な涙。

 その二人を見てあたふたするフランケン。面倒くさそうに頭を掻く竹井。

 彼らの『インターハイ』は、これで終わった。

 

 

 

「負けちゃったね、竹ちゃん」

 

 涙声を交えて、久が言った。

 

「今日はショートピースもモカも無かった……ハンデ戦だったんだよ…」

 

 竹井は目を逸らし、言った。

 久は笑った。

 

「そんなことないです!竹ちゃんは勝ったじゃないですか!?」

「あ?区間ではお前の勝ちだろ」

「そうじゃないです!こっちです!」

 

 フランケンは点数を指差す。

 

中堅戦終了

 

臨海・フランケン    112900(40400)

清澄・久        74300(-900)

白糸台・竹井      118500(9200)

阿知賀・憧       94300(-48700)

 

 

 

 

「ああ……そりゃあ……団体戦だからな……」

 

 

 

 

 

 竹井は照れくさそうに、小さくそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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