アカギ、傀、竜が清澄高校麻雀部に入部したそうです   作:叶芽

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#31 Dragon’s Dream その2

 

 

 

 

 戦後、日本の裏社会には二人のフィクサーがいた。東に鷲巣巌。西に白根獅子丸。

 白根獅子丸には、二人の子供がいた。白根虎之助…通称白虎はそのうちの一人である。

 彼は死ぬ前に、自分の意思を受け継ぐものに会いたかった。虎之助では無い。彼にその器は無い。獅子丸が合いたかったのは、もう一人の方。先に生まれた、露子の方であった。

 露子が幼い頃、獅子丸はこの世の表舞台から消え、死んだとされていた。しかしそれは日本の半分を手中に取るためのものだったのだが、故に露子と離れることになってしまった。

 もっとも、露子自身既に他界している。そのことは獅子丸もわかっていた。わかってはいても、やはり欲していたのだ。『竜』…。竜しか、己を受け継げる者はいない。彼は最期の最期まで、竜を欲した。

 

―――でも、それって本当のことなのかな?

 

―――あなたが、そう思い込んでいるだけかもしれないよ?

 

 獅子丸は最期の瞬間、何者かの声を聴いた。彼は問う。何者かと。

 彼女は己の名を答え、加えてこう言った。

 

「露子さんは、誰のものでも無いよ。あの人の命は、あの人だけのもの」

 

 彼には、彼女が何を言っているのかが分からなかった。

 

「本当に、露子さんはあなたから生まれたと思っているの?」

 

 彼はその言葉を否定した。露子は自分の娘だと、彼は答えた。

 

「【あなたも】…夢を見ていたんだね……」

 

 彼女のその言葉と共に、彼の意識は消えた。

 

 

 

 

 

「もうすぐ副将戦だね、お姉ちゃん」

「うん」

 お姉ちゃんの具合もだいぶ良くなって、ベッドから体を起こしてモニターに目を向けている。

「惜しかったなぁ阿知賀…」

「せやな。最後のラス親で盛り返せそうやったのにな」

 同室してる園城寺さんと、清水谷さん。二人は阿知賀を応援していたみたい。

 そして今、この部屋には私達四人以外にもう一人いる。アミナちゃんって娘。お姉ちゃんのベッドで横になっている。

 アミナちゃんは腎臓の手術でこの病院に来ていた。もうその手術は終わっていたんだけど、個室で一人っきりだったのが辛かったのか、病院の中を歩き回っていたみたい。

 次鋒戦の後半戦の時間、私達はモニターで試合を観戦しながら、一つのベッドの上で、小さい麻雀牌で打っていたんだけど、その音に誘われてか、アミナちゃんはこの部屋に来た。彼女も打てるみたいで、途中から混ざった。素直な麻雀を打つ娘だった。

 今は疲れてか寝ている。可愛い。

「アミナちゃん。副将戦始まっちゃうよ」

 私は彼女の肩をポンポンと叩いた。彼女はぱちりと目を開けて

「ケイの番か?」

 そう言った。

 アミナちゃんが言うに、彼女は臨海高校の副将、ケイという子と一緒に住んでいるみたい。家族ではないみたいだけど。

 ただ、お姉ちゃんのアミナちゃんに向ける目…何か、哀れんでいるような、そんな感じの目を見ると、きっとお姉ちゃんは何か知っているし…きっと重い事情があるのだと、そう思った。

 

 

 

 

 

副将戦 前半戦

 

ケイ (臨海 一年)  112900

竜  (清澄 一年)  74300

白虎 (白糸台 三年) 118500

灼  (阿知賀 二年) 94300

 

席順はタチ親の圭から、竜、白虎、灼の順。

 

東1局 親 ケイ ドラ {4}

 

「ツモ!3000・6000!」

 

北家 灼 手牌

 

{六七八[⑤]⑤⑤⑥⑦⑧⑨345} ツモ {④} 

 

リーチ 裏無し

 

 その始まりは阿知賀、鷺森灼の跳ツモからスタートした。

 

(グリークチャーチ…)

 その和了形を見たケイは、鉄壁から聞かされた話を思い出した。阿知賀の副将、鷺森灼の打ち筋についてだ。

 鉄壁の分析によると、灼は筒子の多面張で和了するケースが多く、その待ちは、ボーリングの特殊なピンの残り方に似ている、と言うものだ。今回は4、6、7、9、10のピンが残るグリークチャーチの形通りの待ち(麻雀に10ピンは存在しないが)。

(オカルトどころの話じゃないな…。だが、鉄壁さんの分析だ。信じていいだろう)

 

東2局  親 竜 ドラ {①}

 

「ツモ!2000・4000!」

 東2局も、彼女は和了る。

 

西家 灼 手牌

 

{二三四②③③③④[⑤]⑥234} ツモ {①} 

 

リーチ 裏無し

 

({①}、{②}、{④}、{⑦}待ち…。今度はワッシャー…さすが鉄壁さんだな。分析通りだ)

 

東2局終了時

 

ケイ(臨海)    104900

竜(清澄)     67300

白虎(白糸台)   113500

灼(阿知賀)    114300

 

 そして続く東3局、またも彼女は先制リーチをかける。

 

東3局 親 白虎 ドラ {③}

 

南家 灼 捨て牌

 

{東二一中南西}

{3横⑥}

 

(逆に言うと、阿知賀には筒子以外は通る…。鉄壁さんの分析の通りなら)

 そうケイは思った。

「…なんて、今頃向こうさんは思ってるかもしれないけど、そう思う打つ手が出てくるここらが見せ時…」

 阿知賀女子監督、赤土晴絵はほくそ笑む。

 

南家 灼 手牌

 

{七七七九①②③[⑤]⑤⑤567}

 

 {④}、{⑥}、{⑦}待ちのビッグフォーもどきを捨てての{八}、{九}待ち。相手の分析の裏をかいた、赤土晴絵の戦術。だが…

 

「ツモ。500・1000」

 

 2巡後、牌を倒したのは臨海のケイだった。

 

西家 ケイ 手牌

 

{八八八九②③④234567} ツモ {九}

 

西家 ケイ 捨て牌

 

{南東九⑧西9}

{中1④}

 

(フリテンの{九}待ち?{1}が手出しで、{④}がツモ切りだから…{1}、{4}、{7}待ちも捨てている…抑えられた?)

 晴絵の戦術は看破されていた。そしてその灼の若干の動揺は、直ぐにケイに察知された。

(やっぱりか。彼女達の後ろにいるのは、あの赤土晴絵だ。『そういうこと』は当然してくる)

 

「ククク…」

 突然、白虎が笑い出した。

「どうしたんですか…白糸台さん」

 灼が訊く。

「今の…{⑥}持っとけば、{④}、{⑥}、{⑦}待ちだったろ?」

「……仮にそうだったとして、それがなんですか?」

 灼は手牌を手前に伏せて、不機嫌そうに返した。

「良いよあんた。そういうの、嫌いじゃない」

 白虎は上機嫌そうに答えた。

 

東4局 親 灼 ドラ {⑧}

 

 東4局が開始されたとたん、白虎は不可解な行動に出た。

「阿知賀さん…好きな数字三つ言ってくれますか?」

 彼女は無視した。

「あらら。怒らせちゃった?じゃあ臨海さん、好きな数字三ついいかい?」

 ケイは若干間を置いたが、答えた。

「3、6、9…意味はありません」

「はいはい。3、6、9ね…」

 そう言うと白虎は、理牌前の手牌の左から、3番目、6番目、9番目の牌を手前に倒し、残りの牌を全て晒した。

 

北家 白虎 手牌

 

{一六七①③236南西■■■}

 

「何をしてるんです?」

 灼が訊いた。

「余興だよ。勝負はまだ始まったばかりだ。…竜さんもちっとも哭く気配も無いしな」

 インハイのルールでは【見せ牌】におけるペナルティは存在しない。そもそも見せ牌自体、晒した側が不利になるものである。

 白虎は伏せた三牌には手を付けずに、手を進めた。それ以外の牌は、ツモ牌を含めて全て晒している。その晒された手牌は、次第に索子に染まっていった。

 

11巡目 北家 白虎 手牌

 

{223346888西■■■} ツモ {4}

 

 この形から、彼は{西}を切って、リーチを宣言した。

(なんか…調子狂う)

 微かに眉を顰めた灼に対して、白虎は言った。

「そちらのお得意の『ハメ手』も、逆にされる側になるとどうなるかな?」

「何?」

 まるで、晴絵を侮辱されたかのような感覚を受けた彼女は、一瞬声を荒げた。

 

東家 灼 手牌

 

{三四五六七八八③③③⑤⑥⑦} ツモ {④}

 

 白虎からリーチがかかった同巡、彼女に分岐点が訪れた。{④}、{⑦}を払い、{二}、{五}、{八}待ちを継続するか、{八}を払い{②}、{⑤}、{⑧}、{④}、{⑦}待ちの多面張…パケットに受けるか。自分の性質を逆手に取った攻めを展開するのか、まっすぐ攻めるのか。

「さぁどうします?また姑息なハメ手で来ますか?」

 彼は煽る。

 

(ハルちゃんは…姑息なんかじゃない…)

 荒ぶる気持ちを抑えていた彼女だったが、その選択は冷静な判断には程遠かった。

 彼女は{八}を河に叩きつける。『ハメ手』と言われた手で、向かうことが出来なかった。

(怖いのは索子と字牌。ハルちゃんの『打ち方』を、あんな人との勝負に持ち込む必要なんて無い!)

 だが

「ドカン」

 白虎は残りの三枚の牌を晒した。

{7}、{六}、{七}。

 

北家 白虎 手牌

 

{2233446888}{7六七} ロン {八}

 

「8000」

「うっ…」

 

 灼の麻雀に、綻びが生じ始めていた。

 

東4局終了時

 

ケイ(臨海)   107900

竜(清澄)    66800

白虎(白糸台)  120500

灼(阿知賀)   104800

 

 

 

【阿知賀女子控室】

 

「ちょっとあの人卑怯じゃないの!?」

 憧が言った。白虎の、見せ牌による攪乱と挑発に対してである。他のメンバーも憧の意見に同意した。しかし、晴絵は否定した。

「いや…【見せ牌】は自分に不利にしかならない。冷静に場を見ていれば、見せ牌が『ハメ手』になることは無いんだよ。…ただ、灼の真面目さを突かれたのが痛かった」

「でも…それじゃあ…」

「この面子で『あの手』はそう長くは使えないから大して気にする必要は無い。それより気を付けないといけないのは清澄と臨海」

「臨海…さっき灼さんの待ちを躱した」

「小細工なしの正面からね。さすが…『二代目 氷のK』と言ったところか」

「『氷のK』って…」

 それは、宥達にとって…聞き覚えのあるワードだった。

「うん。宥達のお母さん、露子さん…『景』さんの、かつての二つ名…。本質は違うけど。でも、今はそれより、灼の強さを信じよう」

 そう言いながら、晴絵は卓を準備を完了させ、穏乃を呼びつけた。

「シズ、出番前に軽く打って、1速上げとくよ」

「はい!」

「それなら2速まで上げとこうか」

 そう言って、憧もその卓に着いた。そして残りの席の一つには宥が座る。ドラを切ったことでドラが来なくなっている玄よりも、自分が穏乃の助けになるとの判断だ。

「いやよくわかんないけど、10速でお願いします!」

 意味不明の意気込みと共に穏乃も席に着いた。

 

「シズ…」

「はい?」

「大将戦の卓。私が知っている打ち手は清澄の赤木しげるだけだ。だから、戦術面においての対策が無いに等しい。監督として情けないことだけど…」

「でも、それは仕方のないことだと思います。白糸台に関しても、臨海に関しても、公式戦のデータがまったく無いですし」

「裏も含めて無かったんだけどね…。まぁそれは置いといて、私が言えることは一つだけ…これは、赤木しげると打つことを踏まえてのものでもあるんだけど」

「それは…」

「シズは、山の中でも、山と一緒になっても自分自身を認識出来るんだよね?」

「は…はい」

「それを忘れないこと。自分を見失わないこと。これだけ。後は、思いっきり打ちな」

「よくわからないですけど…わかりました!」

「どっちだよ」

 穏乃のその天然さにたくましさを感じつつ、晴絵はその頬を緩めた。

 

 

 南1局 親 ケイ ドラ {④}

 

 白虎の不可解な行為は続く。今度は手牌の左端の1牌だけを晒した。

 

西家 白虎 手牌

 

{④■■■■■■■■■■■■}

 

 そして彼は言った。

「竜さん、あんたが哭きもしないで黙りこくってるから、また遊ばせてもらうよ」

 竜は返さない。ただじっと、卓を見つめている。

「竜さん、あんたに宣言だ。10巡目、オレはリーチ、即、ロンだ」

(この人…本当に理解できない…こんなのに負けられない…)

 灼は拳を握りしめた。

 白虎は1巡ごとに手牌を1枚ずつ晒していった。2巡目、3巡目と、次第に彼の手牌が晒されていく。

 

西家 白虎 手牌

 

{④4■■■■■■■■■■■}

 

{④④4■■■■■■■■■■}

 

 4巡目、これまで動かなかった竜が、ついに哭いた。

 ケイの打{七}を、チー。

 

南家 竜 手牌 

 

????????? チー {横七八九}

 

(竜司君が…哭いた…)

 灼には、その哭きが閃光って見えた。あの時と、10年前のあの哭きと同じ…光を放つ哭きだった。

(変わらない…。何もかもが変わらない)

 まるで昔に戻ったかのような、そんな感覚。彼の背中を見ていた、あの時の記憶が蘇る。

 

「は!ようやく哭きましたね竜さん!」

 まるでその時を楽しみにしていたかのように、彼は言った。

 巡は進む。

 

9巡目 北家 灼 手牌

 

{三三三五七11555666} ツモ {1}

 

(筒子が来ない…。でも、竜司君の哭きから牌が縦に重なって…手が高くなった。知っていたけど…これが竜司君の…哭き…)

 灼は白虎の手牌に目をやった。

 

西家 白虎 手牌

 

{八④④223344■■■■}

 

(もうあんなに見えて…。残り四枚は…何?…萬子?…一枚だけの{八}が気になる…。でも、この手…降りられない…)

 灼の選択は打{七}。彼女は嵌{六}の形から、{四}、{五}待ちの形に変えた。高め四暗刻。

 

「ポン」

 

 竜が、その{七}を哭く。そして言った。

 

「白虎、約束の10巡目だ」

 

南家 竜 手牌

 

??????? チー {横七八九} ポン {七横七七}

 

(竜司君が…また哭いた…)

 

 そして10巡目、白虎は手牌をまた1枚晒してから{⑤}を切り、宣言。

「竜さん、リーチしちゃっていいスか?」

 彼は牌を曲げた。

 

西家 白虎 手牌

 

{八④④④223344■■■}

 

 白虎が牌を曲げた同巡、灼のツモは{八}。

 

北家 灼 手牌

 

{三三三五111555666} ツモ {八}

 

({八}…萬子だけど、{七}は既に4枚見えている。{六}{七}{八}…{七}{八}{九}萬の面子は無い…白糸台の隠れている3枚のうち1枚はきっと{八}。残り2枚は何かの両面待ち…)

「阿知賀さん。早く捨てなよ」

 白虎はからかい気味に彼女を急かした。

(それなら…{八}は無い…通る!)

 灼は若干強打気味に{八}を河に置いた。

 それとほぼ同じタイミングで、白虎は待ってましたと言わんばかりに、ドンと卓を叩いた。そして、隠していた3枚を開いた。その3枚は、{九}の暗刻だった。

 

西家 白虎 手牌

 

{八④④④223344}{九九九} ロン {八}

 

「リーチ一発イーペー…」

 

 だが、その宣言の途中、卓にはもう一人、手を動かすものがいた。

 竜である。

 彼は鳴いていた牌を右手でそっと中央に寄せ、そして残りの手牌を倒した。

 

南家 竜 手牌

 

{八⑦⑦⑦777} チー {横七八九} ポン {七横七七} ロン {八}

 

「頭ハネだ…」

 

(竜司君も…{八}単騎…。私の動きを読んで?それとも、白糸台の動きを読んで?違う…そういう意味の和了じゃない…)

 竜の哭きは単に和了るためだけのものでは無い。竜の哭きは『言葉』。何かを語る時、彼は哭く。灼は竜が何を語っているのか、それを考えた。

「やっと来てくれましたね竜さん。でも随分と安いものですね。あの時は、もっと豪快なものだったじゃないですか」

 白虎は、合同合宿前の対局の時のことを持ち出した。

「まだまだ本気じゃないってことですかね?」

 そう言って、彼は南2局でも見せ牌を繰り出した。今度は5枚を晒し、固定。

 

南2局 親 竜 ドラ {南}

 

9巡目 南家 白虎 手牌

 

{②③④東東■■■■■■■■}

 

南家 白虎 捨て牌

 

{①西九発⑦二}

{3中}

 

 そして、彼は二枚目の{中}を河に置いた。

(白糸台の狙いは…竜司君の言いたいことは…)

 灼の思考は卓上から離れていた。

 

「ポン…」

 

 その灼の思考を遮るように、竜はまた、哭いた。

 

東家 竜 手牌

 

????????? ポン {中中横中}

 

(また…また竜司君が哭いた…)

 

 叩く。叩く。

 竜が哭くたびに、その哭きは灼の胸を叩く。火打石で火を起こすように、何度も。あの時のように。

 

 竜は哭いた後、手牌から{南}…ドラを切った。

({南}…竜がドラを捨てた。竜に、読まれている)

 白虎は手牌に{南}を対子で持っていた。形はメンホンチートイの形。

(そろそろ…お遊びはおしまいかな…)

 

 2巡後、白虎は灼が切った{⑥}に対して手牌を倒した。

 

南家 白虎 手牌

 

{②③④東東②③④南南白白⑥} ロン {⑥}

 

 しかし、またも竜の頭ハネに終わる。

 

東家 竜 手牌

 

{⑥112233567} {中中横中} ロン {⑥}

 

「また頭ハネですか竜さん。しかも、中のみ。それって完全に嫌味ですよね」

 

(違う…何もかもが違う…)

 真っ暗な部屋に、ちかちかと小さな光が点滅している。それが今の灼の見えている景色だった。その光は、次第に大きくなっている。

 

「ポン」

 

 次局も、竜は哭く。

 

 南2局1本場 親 竜 ドラ {白}

 

東家 竜 手牌

 

??????? ポン {①①横①} ポン{一一横一}

 

「竜さん。あんたの哭きは正解だぜ。面白いように牌が流れてくる」

 

南家 白虎 手牌

 

{2345666東東東白白白}

 

 白虎はこの局から見せ牌をやめていた。竜が勝負に出てきたことを感じ取ったからだ。

「親父が生きていれば、オレはこの勝負、必ず勝たないといけなかっただろうな。今度こそあんたに勝たなければ、死…。それが親父、白根獅子丸の教えだからな」

 

 

「白虎…」

 

 

 竜が口を開いた。

 

 

「勝負を語るには軽すぎる」

 

 

 そして彼はまた、哭いた。{1}。閃光る。

 

 

東家 竜 手牌

 

???? ポン {①①横①} ポン {一一横一} 暗カン {■11■}

 

新ドラ {1}

 

 

 

「あンた…背中が煤けてるぜ」

 

 

 

 

 嶺上牌を手中に入れ、彼の哭きは続く。{①}。また閃光る。

 

「カン」

 

???? 加カン {①①①横①} ポン {一一横一} 暗カン {■11■}

 

 そして…灼の視界、その暗闇に見えた小さかった光が、今…赫灼たる明光と化し、彼女の眼を灼いた。

 

「ツモ」

 

東家 竜 手牌

 

{2223} 加カン {①①①横①} ポン {一一横一} 暗カン {■11■} ツモ {4}

 

新 ドラ {1} {①} 

 

ケイ(臨海)   95800(-12100)

竜(清澄)    108200(+36300)

白虎(白糸台)  107400(-12100)

灼(阿知賀)   88600(-12100)

 

 

 

 

―――鷺森灼…何を惑っている…

 

 

 

 

(そうだ…)

 これは、灼が望んでいたことだった。

 赤土晴絵の10年越しのリベンジ。そして竜司と打つ。彼女が望んだ舞台が、既に整っている。望んだものが、全てそこにある。迷う要素などどこにもない。己を信じて、メンバーを信じて、そして恩師を信じて打つ。それだけなのだ。

(楽しまなきゃ…損だ)

 心の中で滾るそれに身を委ねる。竜が何を語っているのかなど、そんなことは考える必要なんて無い。ただ打ち、ただ楽しむだけ。素直に。灼の結論は、それに到った。

 

(私は今…『勝負』をしているんだから)

 

南2局2本場 親 竜 ドラ {七}

 

9巡目 西家 灼 手牌

 

{①①①⑥⑦⑨⑨123567} ツモ {①}

 

(私も、哭こうかな)

 

「カン!」

 灼はツモってきた{①}を手牌に入れ、暗カン。新ドラは{白}。

(ドラが乗るとは思っていない。ただ、やってみたかっただけ)

 嶺上牌は{⑦}。彼女は{⑥}を河に置き、曲げた。

「リーチ」

 

西家 灼 手牌

 

{⑦⑦⑨⑨123567} 暗カン {■①①■}

 

({⑦}、{⑨}待ち…【シンシナティ】)

 

 そして同巡

 

「ロン!」

 

「何?」

 放銃したのは白虎。一般的には読みの困難なシャボ待ち故、その振り込み自体には彼は驚かなかった。

 

西家 灼 手牌

 

{⑦⑦⑨⑨123567} 暗カン {■①①■} ロン {⑨}

 

裏ドラ {中} {①}

 

ケイ(臨海)    95800

竜(清澄)     108200

白虎(白糸台)   94800(-12600)

灼(阿知賀)    101200(+12600)

 

(裏4だと!?大星でもあるまいし…)

 彼が一瞬驚きを見せたのは、レギュラー落ちした大星淡が頭に過ったからだ。ダブリ―を含んだものでは無いが、『カン裏』も彼女の印象を強くする要素であった。

(まあ偶然だろうが、そろそろ本当に遊んでる場合じゃ無くなったな)

 彼は対面のケイの眼を見た。

(ここらへんで始めようか…『氷のK』…)

 静かで、そして冷たい彼の瞳は、まっすぐと卓に向けられていた。

 

南3局 親 白虎 ドラ {発}

 

11巡目 南家 灼 手牌

 

{②③[⑤]⑤⑦⑦南南南中中12} ツモ {④} 

 

 彼女は{2}を河に置き、イーシャンテン。混一に向かった。

 しかし同巡、ケイからリーチが入る。

 

西家 ケイ 捨て牌

 

{②二四七北⑤}

{北9⑥5横九}

 

(不要牌の{1}…たぶん危ない)

 

 灼の推測の通り、ケイの待ちは{1}、{4}待ち。

 

西家 ケイ 手牌

 

{二三四六七八⑦⑦23678}

 

 次巡、灼のツモは{中}。{1}を切れば{⑤}、{⑦}待ち。リリー。だが

(切れない…)

 河に置かれたのは{南}。一旦下がる。

 

南家 灼 手牌

 

13巡目

 

{②③④[⑤]⑤⑦⑦南南中中中1} ツモ {⑥} 打 {⑤}

 

14巡目

 

{②③④[⑤]⑥⑦⑦南南中中中1} ツモ {2} 打 {⑦}

 

(なんとか張り直したけど…これ…たぶんきつい)

 

 15巡目、今度は白虎からリーチが入る。曲げられた牌は{[⑤]}。

 

(【リリー】なら打ち取ってた…。正確には…臨海のリーチが無ければ…かな)

 

 そして

 

「一発ツモ…4000オール」

 

 ツモ和了を見せたのは白虎。

 

東家 白虎 手牌

 

{三四五①②③1133445} ツモ {5}

 

裏無し

 

ケイ(臨海)    91800(-4000 -1000)

竜(清澄)     104200(-4000)

白虎(白糸台)   106800(+12000 +1000)

灼(阿知賀)    97200(-4000)

 

「ロン…2000は2300」

 

「ロン。1300。前半戦終了だな」

 

 南3局1本場は白虎がケイに、オーラスはケイが白虎に放銃する形で、前半戦は終了した。

 

前半戦終了

 

ケイ(臨海)    92800

竜(清澄)     104200

白虎(白糸台)   105800

灼(阿知賀)    97200

 

 

 

 

 

「前半戦終了ーッ!!大きな一撃を見せた清澄でしたが、白糸台が紙一重でトップをキープ!王者白糸台!このまま逃げ切れるかー!?」

 実況、解説ルーム。まだ大将戦を残しているにも関わらず、常にクライマックスを意識させるような叫びを繰り出す実況の恒子であったが、解説の健夜と安永は表情を渋らせていた。

「上手く、やっていますね」

「ああ…」

 マイク切って、二人は話し出した。

「臨海のケイ選手のこと?」

 恒子が割り込んだ。健夜が返す。

「うん。さっきの半荘、彼は白糸台をサポートしてた」

 中堅戦時に行われていたような露骨な差し込み、通し等のイカサマが行われていたわけでは無い。他者に悟られないよう、自然を装ったコンビプレー。相当の技量が無くては行えない技術。

「何かあるな」

 安永が言った。

 白糸台と臨海、本来対立関係にある二校。事情を知っている者にとっては、誰もがそう思っている。共同戦線を組むわけがない。

「まさかスパイ大作戦!…みたいな?」

 冗談交じりの恒子の発言であったが

「その線もあるかも…」

「マジ?」

「穏やかじゃねぇな」

 悪い予感しかなかった。

 この大会は、本来、血の流れるような祭りでは無い。流れるとしても裏。表舞台でそのような状況が生まれることなど有る筈がなく、そしてあってはならない。

「打っているのは子供だぞ」

 安永はため息交じりにそう言った。

 

「それにしても」

 健夜が話題を変えた。

「阿知賀の鷺森選手…似てますね」

「監督の赤土晴絵…にか?」

「ええ。10年前、私と打ったあの人と。打ち筋もそうですが、何よりモニター越しでも伝わってくるあの気迫…」

 

―――人鬼を感じます

 

 

 

 

 

 前半戦が終わり、対局室の扉が開く。竜を除く各々が舞台を降り、部屋を出ようと扉の方へ向かう。

「高津…さん?」

 その先でケイを待ち構えていたのは、黒いスーツ姿の男、高津。

 その男は、対局室を出たケイに突然銃を向けた。その場の空気が凍り始め、彼が引き金を引くと共に完全に停止した。

 

 カチリ

 

 大きな音では無かった。空気は止まったまま。だが、何かが破裂することも無く、ただ時間だけが過ぎた。

 

(不発?)

 

 万に一つも無いと言われてる現象。ケイはただじっと銃口を見つめている。

 

「お…おいおいおっさん、何してるんだよ」

 数秒後、その空気を動かしたのは白虎。

「【ここ】は【そっち】の世界じゃないですよ。荒事は止めましょうよ」

 高津は白虎の言葉など聞いていなかったが、その銃を一旦下げた。

 

(何かが…こいつを生かそうとしているのか?柳…お前か?)

 

 高津の脳裏に浮かんだのは、臨海の代表戦にて凶弾に倒れた、部下の柳だった。ケイがここに居るのは、彼がいたからである。

 ケイが何かを隠していることを感じていた高津は、ケイを代表から降ろした。だが、柳は高津を説得しようとした。必死で代表の座を掴もうとしたケイが、十分な能力を持っているケイが、何故降ろされなくてはならないのか。だが、高津はその説得に応じなかった。

 しかしその日、共武会の銃弾が、ケイを襲った。ケイが代表になっているだろうと勘違いしての攻撃であった。柳は、その銃弾からケイを庇って、そして息を引き取った。

 柳は、死ぬその寸前まで高津を説得しようとした。仁なる意思。命を賭した説得。高津はついに折れた。

 

 

 だがケイは、その柳の意思さえも裏切ろうとしている。高津の行為は必然だった。

 

「ケイ」

 高津が口を開いた。

「次、白糸台に振ったら殺す」

 そう続けた。ケイは頷きもせず、返答もしなかった。

 

 その時、阿知賀のメンバーはその光景を見ていた。その時の灼を見ていた。彼女達は、灼のもとに駆け寄ることが出来なかった。赤土晴絵さえも。

 灼はその状況に何一つ動じてていなかった。その瞳はまるで氷のよう。彼女から発せられる『人鬼』の圧力。それに彼女達は近付くことが出来なかった。

 灼自身もそのことを感じ取っており、阿知賀のメンバーのもとには向かわなかった。

 

 それから少しして、対局室に一人残った竜の所に、アカギが姿を見せた。

「ずいぶんと物騒なことに巻き込まれちまったな」

 若干軽い調子で、アカギが言った。

「慣れたことだ」

 彼の方は向かず、俯いたまま彼は返した。

「それで…お前はどうするんだ?あのままだと、ケイってやつもアミナってやつも死んじまうぜ?」

「勝てば生。負ければ死…それだけのこと」

「その通りだ。だが…『この場所』は違うだろ?…竜……」

 そう言い残して、彼は対局室を出た。

 竜は、ただじっと卓を見つめていた。

 

 

 

 

 

 後半戦が開始された。

 席順はタチ親の竜から始まり、ケイ、白虎 灼の順となった。

 

 

竜(清澄)     104200

ケイ(臨海)    92800

白虎(白糸台)   105800

灼(阿知賀)    97200

 

(竜はともかく、こいつは何なんだ?)

 白虎が妙に感じたのは、阿知賀の鷺森灼のことだ。『あの後』のことにも関わらず、彼女動じもせず、怯えもせず、澄み切った目と共にこの卓に着いている。まるで、こういったことに慣れているかのように。

(だが、今はまず【条件】だな…)

 

 ケイがすべき【条件】のうちの一つはクリアした。残りの【条件】は『指定の聴牌への振り込み』。これをクリアすれば、約束の偽造ビザ…アミナの自由が手に入る。ケイにとって、守るべき存在。アミナの。

 

「ロン…2600」

 

 東1局はケイの和了でスタートした。振り込んだのは灼。

 

南家 ケイ 手牌

 

{二二二[五]六七八八⑥⑦⑧68} ロン {7}

 

 5巡の形でリーチも無し、三色に育てもしない速攻。

 

東2局 親 ケイ ドラ {⑨}

 

「ロン。9600」

 

 振り込んだのはまたも灼。

 

東家 ケイ 手牌

 

{一一一1114} ポン {①横①①} チー {横⑧⑦⑨} ロン {4}

 

 

 

東2局終了時

 

竜(清澄)     104200

ケイ(臨海)    105000

白虎(白糸台)   105800

灼(阿知賀)    85000

 

 

(また早和了。勿体なくも思うけど…でもこの子…)

 二連続振り込んだ灼であったが、その二度の早和了から、ケイの必死さを感じ取った。彼は何か、大きなものを背負っていると。

(さっきの件が大きかったようにも見えるけど…違う。団体戦だから…って感じでもない。もっと別の、何か)

 

(なるほどな)

 『振り込ませる権利』が白虎にはある。当然、白虎としては大きな手に振り込ませたい。大物手を作らせまいとする早和了が、今、ケイのしていること。そう白虎は読んだ。

(加えて臨海に勝利をプレゼントして、俺との約束もクリアして…随分と贅沢だな、ケイ…。だが…)

 

 

東2局1本場 親 ケイ ドラ {4}

 

南家 白虎 配牌

 

{六②1123444578発}

 

(こういうこともあるのが麻雀だ。無理な早和了などするから、ツキが偏る)

 

1巡目

 

{六②1123444578発} ツモ {2} 打 {②}

 

2巡目

 

{六11223444578発} ツモ {3} 打 {六}

 

3巡目

 

{112233444578発} ツモ {3} 打 {発}

 

「リーチ…」

 

 その打発で、白虎は牌を曲げた。牌の曲げにワンテンポ置いた。

({6}、{9}…持っているよな?)

 彼は人差し指でハンチング帽の唾を若干持ち上げた。先ほどの牌の置き方と加えて、その仕草が振り込み指示のサインとなっていた。

 彼の予想通り、ケイは{6}を3枚、{9}を1枚所持していた。サインが行われた時、指定の牌を所持していた場合、次の番には必ず切らなくてはならない。それが【条件】。

 灼と竜の打牌が終了し、ケイの番が回ってきた。鳴きも無く、ケイは牌をツモる。

 対局室の外で、高津は対局の様子をチェックしている。もし、ここでケイが振った場合、高津はマスターキーで扉を開け、ケイを撃つ。

 ツモった後、ケイはその手の動きを止めた。静寂と共に緊張感漂う空気が、場を包んだ。

「おいおいケイ、ビビってるのか?あのおっさんに『振り込んだら撃つ』なんて言われたからか?」

 白虎は続ける。

「冷静に考えてもみろよ。こんなリーチ読めるわけも無い。当たったら事故だ。加えてここはインハイだ。ただの高校生の祭りごと。そこにあんな世界を持ち込むことなど出来るわけがない。やったらアイツは即、終わりだ」

「いえ。あの人は確実に撃ちますよ」

 ケイは即答した。

「なぜならボクは裏切り者だから」

 そう言って、彼は立ち上がった。

「あなたと裏で組んでいるボクを許したりはしない」

「おいおい何を言って…」

「あなたの待ちは{6}、{9}…今からそれにボクは振り込まなくてはならない。それがあなたとの約束」

 

「おいアイツ…何をしているんだ?」

 実況・解説ルームの安永達だけじゃない。全国の各テレビ局、各校控室、視聴者、各々がざわつき始めた。

 

「だけどボクは今、ここで殺されるわけにはいかないんです」

 彼は胸のポケットに手を突っ込んだ。

「…【けじめ】は自分でつけます」

 取り出したのは、刃渡り10センチ程度のナイフだった。

 

 

 

 ケイはそれを自分の胴に深く刺し、そして横に流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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