アカギ、傀、竜が清澄高校麻雀部に入部したそうです   作:叶芽

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#35 オーバーワールド その3

 

 

 

 

 

 

 

 

「末原先輩、起きてください。…テレビも点けないで…決勝くらい見ましょうよ」

 姫松高校、上重漫はベッドで寝ている末原恭子を揺する。

 末原はBブロック2回戦で姫松高校が敗退して以降、熱を出して寝込んでいた。雨に打たれていたせいだ、と周りから言われた。漫は末原の看病のためにこの部屋に来ていた。

 末原はテレビを背にして横になっている。あの日、玲音に対して強がってはいたが、やはり彼女は後悔していたし、その心は折れていた。

「点けますよ先輩。もう大将戦ですよ」

 漫は返答を待たずにテレビのスイッチを点けた。

 

「おーっと!なんと白糸台高校岩倉玲音選手!臨海高校のワシ…武田選手から役満の直撃ーッ!!武田選手の二連続の役満から前半戦にして早くも勝敗が決したと思われた矢先!これは解らなくなってきたぞーッ!」

 

 テレビから、聞き覚えのある名前が聴こえた。末原はガバッとベッドから身を起こした。

「今…れいん…とか言ったか?漫ちゃん…」

「言いましたよ。白糸台高校大将の岩倉玲音…」

「玲音…」

 あの雨の日。雨に打たれている彼女に話しかけてきた、奇妙な女の子。

「決勝に…来てたんか…あの娘…」

「そりゃあ白糸台ですよ。もしかして先輩、準決勝も見てなかったんですか?清澄も、決勝に来てますよ」

 清澄。2回戦で姫松高校を飛ばして駒を進めた、元無名校。

「でも…やっぱり臨海が圧倒的ですね…。ほら、また役満ツモりましたよ…。異常ですよこの麻雀……」

 テレビの向こうではワシズの3度目の役満。しかし今、末原の関心は別にあった。

「応援…しようかな…あの娘…」

「あの娘…って誰です?」

 

「白糸台の…玲音って娘…。友達やからな」

 

 

 

 

 

 

 前半戦終了。半荘1回で役満が計7度も発生するという超異常事態であったが、その割には各校の差は少ない結果となった。

 

アカギ(清澄)      80700

穏乃(阿知賀)      80000

ワシズ(臨海)      128600

玲音(白糸台)      110700

 

 とは言っても、1位と4位の差は58600。

 だが、ステージに一人残る穏乃の表情はその差を感じさせない穏やかな表情をしていた。しかし見方を変えれば、その表情は冷たい。普段の彼女らしさは無かった。

「シズ…」

 座っている彼女の後ろに居たのは、憧。

「糖分補給」

 彼女は穏乃にスポーツドリンクを渡し、言った。

「ハルエが、このままでイイってさ」

「うん。そんな感じしてた」

 その返事は、憧には淡白に聞こえた。

 

 少しの沈黙。

 

「憧…一人で来たんだ」

 穏乃が訊いた。

「うん…みんなが、気を利かせてくれたみたい」

 穏乃の状態が明らかにおかしい。彼女のその状態を最も案じていたのは、憧だった。憧の穏乃に対する想いは、メンバーは解っていた。

 憧は穏乃を後ろからそっと抱きしめた。

「ッ!?憧!?」

 穏乃は飛びあがるように反応した。

「カメラ、映っちゃってるよ?」

「今は中継止まってるから…大丈夫…」

「そ…そう…」

 

 少しの沈黙。

 

「私…怖いの…」

 憧は穏乃の耳元でそっと囁いた。

「え?」

「確かにさ…さっきの半荘…おかしかった。悪い夢みたいで、でも現実で…怖かった」

「そう…だったね」

「でもさっきのシズは、それ以上に怖かった…」

「そう…かな」

「シズ…。シズは…一人じゃない…。私達がついてる。だがらシズは…シズはおかしくならないで…。いつものシズでいて……」

 ポロポロと、憧の瞳からは涙がしたたり落ちていた。

「憧…」

 穏乃は振り返ろうとしたが、憧は止めた。

「駄目…、今、私の顔…ぐしゃぐしゃだから」

 その涙声の震えは大きくなり、彼女は穏乃の左肩に顔を埋めた。

「憧…」

 穏乃は後ろから回されている彼女の腕にそっと触れた。

「有難う、憧……。私…忘れていた。私は、みんなと打っているんだね。…一人でここに居るわけじゃないんだね…。ありがとう…」

 

 

 

 

 

 

「お前さん…行かんでええのか?」

 染谷は隣で何やらもじもじしている久に対して言った。

「え?…いいよ…。私、行く資格なんて…きっと無いし」

「行って来いよ久。それはオレのせいでもあるんだ…」

 竹井がボソっと言った。

「でも…選んだのは私で…」

「行かないと…また後悔することになるぞ」

 久の言葉に竹井は重ねた。

「部長、行ってきてください!あいつの背中を押してやってください!」

 京太郎が続く。

「わ、私も…その方が良いと思います」

 そして咲。

「頑張ってねっ!」

 フランケンの隣にいる千夏も。

「ということじゃ…行ってきんさい!」

 染谷が久の背中をポンと叩いた。押し出されるように、彼女は立ち上がった。

 

「あ…」

 

 立ち上がってしまった。久は、もう後戻りのできない空気の中に居た。

 だが、彼女はこの空気に感謝した。自分を押し出してくれた、この空気に。

 

(良い…空気ですね…)

 そこの誰にも認識されない青山和であったが、彼女もその空気の居心地の良さを感じた。

 

「わかったわ」

 彼女は決心した。

 

「みんな、何か伝えておくことある?傀君や竜君も」

 

 

 

 

 

 

 

 対局室を出たすぐの廊下、アカギとワシズの二人はそこで横に並んで一服していた。

 アカギは煙草。ワシズは葉巻。

 

「考えてみれば当然のことだが…『俺達』だけの戦いじゃ無かったな。ワシズ…」

 アカギが先に口を開いた。

「ふんっ。ここは【オーバーワールド】だ。この程度のことは起きる」

「【オーバーワールド】ね…。ところで、あの世はどうだった?」

「随分と退屈だったわ。戻る気にはなれん」

「だろうな…」

 

「あー」

 彼等二人の前に居たのは、玲音だった。彼女は二人が吸っているものを指差した。

「未成年」

 からかうように、彼女は彼らを笑った。

「どーせここには警備員もいないんだろ?ならいいじゃねえか」

 そうアカギが言った。

「どっちの貴様だ」

 ワシズが訊き、玲音は答えた。

「私は私だよ。他の誰でも無い」

「ふんっ…ややこしい答え方をする小娘だな」

「今は、あなたより年上だよ。ワシズ君」

「どうやら貴様と話していると気が削がれるようだな。落ち着いて一服も出来んわ」

 そう言って、彼は場所を移す為その場を離れた。

 

「私も、ここを離れよっかな」

 彼女は廊下の向こうからやって来ている久を見ながらそう言って、その場所から消えた。

(竹井先生…この世界でも【赤木しげる】を意識してるんだね)

 

「アカギ君」

 久は手を振り、彼の名を呼んだ。

「部長」

 彼女の手には、いつぞやの栄養ドリンク。久はアカギにそれを投げた。

「みんなからの伝言」

 アカギがそれをキャッチするタイミングに久は被せるように言った。

「赤木しげるとして打って、そして赤木しげるとして勝ってきて!以上!」

 

「ククク…。了解です。俺は俺として打ち、俺として勝ってきますよ」

 

 

 

 

 

 

 【第71回全国高等学校麻雀選手権大会】…『インターハイ』団体戦決勝、大将後半戦。最後の対局が、今始まろうとしている。

 

 白糸台高校一年、岩倉玲音。

 臨海高校一年、鷲巣巌。

 阿知賀女子学院一年、高鴨穏乃。

 清澄高校一年、赤木しげる。

 

 長かったこの戦いの結末は、その四人に託された。

 

 最終戦。その起家に選ばれたのは玲音。座順は、玲音、ワシズ、穏乃、アカギとなった。

 

大将戦 後半戦

 

玲音(白糸台)     110700

ワシズ(臨海)     128600

穏乃(阿知賀)     80000

アカギ(清澄)     80700

 

 

「リーチ」

 東1局、先制のリーチをかけたのはワシズ。しかし、そのリーチは7巡目。河の2段目に差し掛かった所で行われた。

 

東1局 親 玲音 ドラ {6}

 

南家 ワシズ 手牌

 

{①①①②③白白発発発中中中}

 

 役満の形を成してはいるが、ワシズにしては遅い。あまりにも遅い聴牌。しかも、やはりその局も、ガラス牌は霧に覆われ、事実上【黒牌】と化しており、そしてワシズの絶対和了支配も消えている。

 次巡も、そして次巡もワシズは和了牌の{①}、{④}、{白}のいずれも引かない。巡は進んでいく一方となった。

 12巡目、河の2段目が最後を迎えるその巡、ワシズは{⑦}をツモる。当然ツモ切らざるを得ない。

 

(阿知賀め…。許しておけんな…)

 彼は穏乃を睨み付けた。しかしそのガンも、最早穏乃には通じない。

 彼女は臆しない。引かない。仰け反らない。

 真っ直ぐとその牌を見て、そして宣言。

 

「ロン」

 

 ワシズには見えた。

 火が。

 彼女の背後に複数の鬼火のようなものが円形に並び、彼女を照らしている。

 そしてその光は、真っ直ぐとワシズの身体を貫いた。

 

「12000」

 

 

西家 穏乃 手牌

 

{五六七⑤⑥45566777} ロン {⑦}

 

玲音(白糸台)     110700

ワシズ(臨海)     115600(-12000 -1000)

穏乃(阿知賀)     93000(+12000 +1000)

アカギ(清澄)     80700

 

(またか…)

 

 彼がその光景を見るの三度目。一度目は前半戦の南3局。穏乃に満貫を振り込んだ時、二度目はオーラスの彼女の役満ツモの時。

 

(『それ』が…貴様の味方か)

 

 蔵王権現。

 過去、現在、未来の衆生の救済を誓願して出現した存在。ワシズが見たものはそれに近いものであった。

 

(その力が…ワシの力を抑え込んでいるというのか。しかもその支配は、山の深い所ほど強いと見た。なれば必然的に配牌にも影響し、そしてツモにも影響することになる。その力…いったいどこで身につけた)

 

(異能を乱し…感覚を惑わし…己の存在までも不確かなものにする。うん…すごい力…。でも)

 玲音は穏乃の表情を見た。

(さっきまでと、ちょっと違うね)

 何かに取りつかれたような、冷たいものでは無かった。自我の存在する表情。今の彼女には、確かな意思が存在している。

(さっきお友達が来ていたけど…何か言われたかな。ということは、今のあなたは神様でも仏様でも無く、人間…。ちゃんとした人間なら、そしてワシズ君の支配の無いこの状況なら…)

 

東2局 親 ワシズ ドラ {白}

 

「ポン」

 

 玲音は下家、ワシズの第一打、{中}を鳴き、打{4}。

 

「チー」

 

 次巡。今度はアカギの打{三}をチー。{横三一二} 打{⑥}。

 

(早いっ)

 たったの二鳴きで場が沸騰していた。穏乃は感じた。その早さだけが場を沸騰させている要因では無い。彼女から溢れる独特の熱気が、フィールドまでもを熱くしているのだと。

 

(『どっち』だ?あの生意気な方か?)

 

 否。ワシズの推察は外れている。一見攻撃的かつ荒い麻雀の印象を受けるこの仕掛けだが、この打ち方こそ玲音の普段の打ち方。彼女の世界の【赤木しげる】の打ち方である。

 

 巡は進む。

 

北家 玲音 捨て牌

 

{4⑥1③}

 

「ロン」

「え?」

 

 玲音は穏乃の打{①}で牌を倒した。

 

北家 玲音 手牌

 

{九九九①①⑨⑨} ポン {中中横中} チー {横三一二} ロン {①}

 

玲音(白糸台)     113300(+2600)

ワシズ(臨海)     115600

穏乃(阿知賀)     90400(-2600)

アカギ(清澄)     80700

 

(チャンタ…。たったの4巡でその形?)

 

 穏乃は玲音の技量に驚愕したが

 

(たったの4巡…それは違うよ。あなた達が捨てた牌が全部で12牌。自分のツモが2回。その合計、私は14回ツモった気分なんだから…。鳴くっていうのはそういうことだよ)

((そんなオカルトが実現できるのはあんたとアイツだけだよ))

(そうだね。私と【しげるおじさん】だけだね)

 

「ツモ。400・700」

 

西家 玲音 手牌

 

{九九九13南南} チー {横九七八} ポン {北横北北} ツモ {2}

 

ドラ無し

 

玲音(白糸台)     114800(+1500)

ワシズ(臨海)     115200(-400)

穏乃(阿知賀)     89700(-700)

アカギ(清澄)     80300(-400)

 

 東3局、穏乃の親も玲音のチャンタで流された。しかしその局は先程と違って早い巡で決着がついたわけでは無く、11巡目。比較的遅い段階だった。

 

(早和了が目的なら…チャンタよりもっといい道があると思うのに…何で作りにくい、しかも安いチャンタに固執して…)

 そう穏乃は思った。

(答えはね高鴨さん…。あなたがそう思ってくれるからだよ…)

 チャンタという役は待ちの数はタンヤオと比べても圧倒的に少なくなるケースが多く、しかも作るのには時間が掛かりやすく、さらに安い。得の殆ど少ない役である。

 だが、利用できる牌の数は多い。タンヤオは計84、チャンタは計100。しかもその100は、切り出されやすい牌。玲音に麻雀を教えた赤木しげるは、その性質をフルに活用し、相手の心理をコントロールしていた。

(今流れがあるのは高鴨さん…そしてその高鴨さんは…どう『思ってくれる』かな)

 

 

「白糸台…かなり勿体ないことしていますね」

 清澄高校控室。玲音の打ち方に疑問を持った京太郎はその疑問を投げかけた。

「竹ちゃん的にはあれは悪手だよね。自分の流れを殺しちゃってる」

 小手先で捌く者の手は落ち、正しい手順で打つ者の手は高くなる。その哲学を知っている久は竹井に確認した。

「確かにそうだ。だが…そこの傀は違うだろ」

「そうなの傀君」

 そう質問を投げかけられた傀は口を開いた。

「鳴きには、流れを作るための鳴き、というのも存在します。白糸台の鳴きは、そのタイプでしょう」

 

 その通りであり、玲音がチャンタ打ちに用いた鳴きは、その性質も持ち合わせていた。この『流れ』の麻雀は、【lain】の方の麻雀である。二人の共同作業による合作。

 その解答が東4局であり、その局、流れは玲音にあった。

 

東4局 親 アカギ ドラ {④}

 

 この局の『流れ』は玲音の高速聴牌、高速和了、と言うものでは無かった。

 アカギとワシズの手が死んでおり、二人は聴牌が困難な状況。

 手を進めたのは、玲音と穏乃。

 

「リーチ」

 

 玲音のリーチは10巡目。

 

南家 玲音 捨て牌

 

{④7四②五9}

{八九東横中}

 

(また…チャンタくさい捨て牌…。ドラ切りスタートをしてまでの…。下の…{1}、{4}の筋…かな)

 

 

 否。

 

「まったくえげつない待ちだな…」

 解説、安永は彼女の打ち筋に戦慄した。

 

南家 玲音 手牌

 

{四五④⑤⑥45566788}

 

「はい。急所の牌をピンポイントで外して」

 健夜も同様、彼女の麻雀に感嘆した。

 

 玲音の配牌は

 

{四五五八九②④6789東中}

 

 であり、『この形』から『あの切り方』で『あの形』に持って行ったのである。

 

「おーっとここで高鴨選手も追いついた!さあどうなる!?」

 

 玲音のリーチの2巡後、彼女も聴牌した。

 

北家 穏乃 手牌

 

{一三四五六六七八九④④⑤⑥} ツモ {二}

 

南家 玲音 捨て牌

 

{④7四②五9}

{八九東横中九四}

 

 加えられたヒントは{九}と{四}。

 

「これは振ったな…」

「でしょうね」

 玲音達が作りだした『流れ』は、ここで穏乃が彼女に振り込むことで完成する。【傀】の【御無礼】同様、止めようのない流れが彼女に訪れる。

 安永も健夜も、そして観ている殆どの者は穏乃が{六}を切って振り込むのだと思った。

 

 だが

 

 切られたのはドラ。{④}。

 

({④}?ドラ?)

 玲音達の読みと違う事態がそこにあった。

 

「ツモ。700・1300」

 

 次巡手を倒したのは穏乃。

 

北家 穏乃 手牌

 

{一二三四五六六七八九④⑤⑥} ツモ {三}

 

玲音(白糸台)     113100(-700 -1000)

ワシズ(臨海)     114500(-700)

穏乃(阿知賀)     93400(+2700 +1000)

アカギ(清澄)     79000(-1300)

 

(一通ドラ2確定の手を崩して…)

 玲音は確信した。

(この娘…思考以上に自分の『直感』に身を委ねることが出来るのね)

 

南1局 親 玲音 ドラ {九}

 

「ツモ。2000・4000!」

 

西家 穏乃 手牌

 

{五六七七七⑤⑥⑦[5]6777} ツモ {7}

 

玲音(白糸台)     109100(-4000)

ワシズ(臨海)     112500(-2000)

穏乃(阿知賀)     101400(+8000)

アカギ(清澄)     77000(-2000)

 

 玲音達の『流れ』が穏乃に移ったことが、この和了で確定した。

(やっばいなー…)

((どうするの?この『流れ』は止めようがないわよ?))

(はぁー…原村先生みたいにオカルトキャンセラーとかないもんね、私達)

((それこそ『そんなオカルトありえません』よ))

 

 穏乃が現在所持した『流れ』。これは止めようの無い『流れ』である。傀が作りだした【御無礼】の流れを止めることが困難のように、彼女の今の流れを止めることは、不可能に近い。

 

 

 

 

 だがしかし、その場には一人居た。

 

 

 

 

 

 鷲巣巌である。

 

 

 

 

 

―――神?

 

―――仏?

 

―――流れ?

 

 

 

{一九東南}

 

 鷲巣、配牌2トン分、計4牌。

 

 

 鷲巣には無かった。彼の始まりは荒野から始まった。神も、仏も、流れも、全ては後からついてきたもの。

 彼は元々独り。全ては独りで始めた。

 今は…ただ戻っただけなのだ。その時に。

 

 

{一東南九} {南九発中}

 

 配牌4トン分、計8牌。

 

 故にいらない。

 

 神などいらない。仏などいらない。流れなどいらない。

 

 『そんなもの』達より、ワシズは上。格上なのだ。

 

{一東南九} {南九発中} {一東中発}

 

 6トン分、計12牌。

 

 

 全くの『ゼロ』。無の状態から力を生み出し、奇跡を創りあげる存在。

 

 

【ホワイトホール】

 

 

 それが、鷲巣巌なのだ。

 

 

 

 だが……

 

 

 しかし………

 

 

 その手には{白}……

 

 

 そして…

 

 

 

 その手には{西}………

 

 

 

 後一歩、後一牌が足りない。

 最後の最後。天和に到る最後のキー牌が訪れない。

 

 

南2局 親 ワシズ ドラ {一}

 

東家 ワシズ 配牌

 

{一一九九東東南南白発発中中西}

 

 

(やはりか…)

 

 ワシズは知っていた。この自分から発せられる解析不能の光、それを吸い込む存在の事を。

 彼は対面のそれを睨み付けた。

 

【ブラックホール】

 

 赤木しげる。

 

 

 

 その存在が、ワシズ行く手を阻んでいる。

 

 

 ワシズはそう感じていた。

 この{西}は、アカギが喰らっていると。三枚全て。

 

 彼は{西}を河に叩きつけ、重量感を感じさせる声で、宣言した。

 

 

「リーチ」

 

 

 

 しかし同巡、ワシズは…

 

 この現世に訪れて初めて、驚愕という感情を経験する。

 

(なんだと!?)

 

 河に置かれたのは{西}。

 

 

 しかしその牌を置いたものはアカギでは無い。

 

 阿知賀、高鴨穏乃である。

 

 

 

 

「ロン。1000点です」

 

 

南家 穏乃 手牌

 

{二三四④⑤⑥23789西西} ロン {1}

 

玲音(白糸台)     109100

ワシズ(臨海)     110500(-1000 -1000)

穏乃(阿知賀)     103400(+1000 +1000)

アカギ(清澄)     77000

 

 

 

 ワシズの感覚は、完全に乱されていた。

 {西}を三枚所持していたのは穏乃。そして、{白}は三枚アカギが持っていた。

 確信といえるはずの彼の感覚が、感性が…深い山でコンパスが狂ってしまうように…何もかもがずれている。

 支配を乱されるのはオーバーワールドで経験している。だが、彼自身…鷲巣巌の『コア』が乱されたのはこれまで経験したことが無かった。

 

(かつて海の上で海賊共と打った時、五感を狂わす【海賊潮流】を経験したが…。こやつ…『何も無い』この空間にそれに似た空間を創りだすというのか)

 ワシズが【海賊潮流】を経験した時は、彼は自分の三半規管の内、二つを壊すことで対応したが、この空間にそれが通じるとは思えなかった。

(これは物理的空間では無い。肉体を壊した程度では、防ぐことは出来ないだろうな)

 彼が所持している常識を超えた常識を、さらに…かつ遥かに超える現象が目の前にある。アカギや玲音といった狂人では無く。ただの普通の人間が、それを引き起こしている。

 

 

(掴んだ!)

 

 穏乃はここに居たり、ついに確信を得た。

 

 勝つのは阿知賀女子だ、ということを。

 

 

「リーチ!」

 

 後半戦南3局。ここに到り彼女はこの大将戦にて初めて牌を曲げた。

 『流れ』を持っていた白糸台。『力』を持っていた臨海。それらを越えた自分に、自分達に敵はいない。だからこその確信。そして解答である。

 

「ツモ!8000オール!」

 

東家 穏乃 手牌

 

{一二二三三①②③11123} ツモ {一}

 

一発ツモ。ドラ無し。

 

玲音(白糸台)     101100(-8000)

ワシズ(臨海)     102500(-8000)

穏乃(阿知賀)     127400(+24000)

アカギ(清澄)     69000(-8000)

 

 結着を見せつけるかのような親倍満。もし仮にここに傀がいれば【御無礼】の言葉が掛かり、積倉が居たのなら【満潮】の宣告がされていたであろう。

 

(もうすぐ…もうすぐだよ憧…。みんな…!このままこの流れを維持できれば、私達阿知賀の優勝だ!)

 

 南3局1本場も彼女はリーチを宣言する。4巡。かつてのワシズの支配が逆転したかの如く超高速聴牌。

 

南3局1本場 親 穏乃 ドラ {⑤}

 

東家 穏乃 手牌

 

{三四[五]③④④[⑤][⑤]⑤⑤34[5]}

 

 

「あれ…リーチかけなくても良いですよね」

 清澄高校控室。咲が訊いた。

「でもフランケン的にはリーチでしょ?」

 竹井の時と同様、久はフランケンに確認した。

「はいです!あそこでリーチをかけなくては、麻雀の神様に怒られてしまうです!」

 フランケンは目を瞑りしみじみと頷きながら自信たっぷりにそう答えた。

 

「だが…あそこにはワシズと…アカギがいる」

 これまで黙りこくっていた竜が、口を開いた。

「そうね。あの二人は…『例外』だからね」

 久はまるで自分の事のように、嬉しそうにそう言った。

 

 

 そう。

 

 そこにはワシズがいる。

 

 アカギがいる。

 

 

「高鴨穏乃」

 アカギが彼女の名前を呼んだ。

 

「え?」

 

「あんたは一つだけ見誤った」

 

 見誤った。何を。彼女は思考をフル回転させる。しかし結論に到達せず、混乱。彼女の頭はショート寸前だった。

 

「な…なんで…しょうか…」

 穏乃は恐る恐る質問した。

 

「あんたは…ワシズの底力を見誤った」

 

(ワシズ?…臨海の?武田さんなのか、ワシズさんなのかよくわからないけど…でも、この人はさっき『越えた』……だからもう…)

 アカギは彼女の思考にかぶせるように言った。

「アイツは…何度でも『再生』する。蘇ってくる。戻ってくる。それが鷲巣巌だ」

 

「え…?」

 

「ふんっ…貴様に言われるまでもないわ…赤木しげる」

 

 穏乃がワシズの河を見た時には既に、彼の牌は曲げられていた。

「リーチ」

 

 鷲巣 打{8}。

 

(!?なんで!?なんで聴牌出来るの!?どうして!?)

 

 一転。

 状況は一転した。

 

 圧倒的、絶対的流れを所持していたのは彼女だったはず。なのに、今、銃口を突きつけられているのは、彼女。

 天国から地獄。

 日常から非日常。

 白から、黒。

 

 暗転。

 

 前触れもなく明かりをぱっと消されたように、何が何やらわからない。

 彼女の視界は、一瞬にして黒と化した。

 

 そして次第に訪れたのは、寒気と、説明不能の恐怖。

 一瞬にして敗北の淵。

 委ねている。自分以外の誰かに、勝敗を。

 

(だ…大丈夫…ツモるのは……私…)

 

 だが、彼女はツモ山に手を伸ばすのをためらった。

 

(でも、ここで掴んだら…)

 鷲巣が張っている手は役満。そうとしか思えない感覚。これまで彼女に植え付けられた印象。脳裏に焼き付いている。これまでの異常な光景がフラッシュバックして、彼女の脳内を埋め尽くした。

 

「ポン」

 

 それらを断ち切るような、アカギの発声。

 アカギはワシズの打{8}を鳴いた。

 

「ま…ここでワシズに和了られるのも、俺としても簡便だからな」

 

 4巡後

 

「ツモ。1100・2100」

 

 和了ったのはアカギ。後半戦。ここに来ての初めての和了。

 

南家 アカギ 手牌

 

{12356789北北} ポン {8横88} ツモ {4}

 

玲音(白糸台)     100000(-1100)

ワシズ(臨海)     100400(-1100 -1000)

穏乃(阿知賀)     124300(-2100 -1000)

アカギ(清澄)     75300(+4300 +1000 +1000)

 

北家 ワシズ 手牌

 

{一一一①①①1114477}

 

 ワシズの和了牌を喰いとったシンプルな和了。

 本来ならこの程度の仕掛けでワシズの和了は止めることは出来なかったであろう。だが今、阿知賀とワシズの力は拮抗している。故に可能だったルート。アカギが見出した道。細い糸のような、微かな道。それを彼は手繰り寄せた。

 そして呼び起こした。『人間』である穏乃から、恐れを。

 穏乃は恐れた。憧のため、そして仲間のために人間性を取り戻したが故に、『人間』であるが故に。

 

 恐れれば…

 

 時は止まる。

 

 穏乃が時を止めれば、その分進む。

 

 アカギが

 

 ワシズが

 

 玲音が

 

 前へ。

 

 

 

南4局 親 アカギ ドラ {4}

 

玲音(白糸台)     100000

ワシズ(臨海)     100400

穏乃(阿知賀)     124300

アカギ(清澄)     75300

 

 オーラス。穏乃は逃げ切らなくてはならない。少なくとも、玲音やワシズには振れないし、またツモられてもならない。

 アカギは3倍満を穏乃から直撃するか、役満をツモることで結着をつけることが出来る。

 

 だが状況は、穏乃の望まない形で進む。

 牌は縦に、縦に重なっていく。

 

 状況は対子場であった。

 

8巡目 南家 玲音 手牌

 

{①①①③③③999西白白白}

 

 最速で聴牌していたのは彼女であった。西待ちの四暗刻単騎。和了れば問答無用の結着。しかし、この形にツモって来たのは4枚目の{③}だった。

 

((さて…何を切ろうかしら…))

 lainは訊く。

(しげるおじさんなら、西を切る)

(({②}の穴待ちね。でも…玲音は違うんでしょ?))

(うん。私は、『何も切りたくない』)

 

 一緒。

 

 みんな一緒。

 

 彼女のかつての願望を現すかのように、玲音はツモった{③}をまとめた。

 

「カン」

 

 新ドラはまたも{4}。嶺上牌は{①}。

 

「もう一個…カン。なんてね」

 

 彼女はまた鳴く。

 

 また嶺上開花。新ドラは{4}。表示牌{3}が、連続で並んだ。

 

(消えたか…)

 

西家 鷲巣 手牌

 

{22344666888発発}

 

 玲音と同巡、二番目に聴牌していたワシズの和了牌、{3}は全てドラ表示牌に消えた。

 

 玲音は次に{9}を、そして次に{白}をツモり、最後に{西}での結着の未来を見据えていた。

 

 だが彼女の手にあったのは、{北}…。この牌は

 

東家 アカギ 手牌

 

{二二二四四四④④④⑧⑧⑧北}

 

 同じく同巡、三番目に聴牌していたアカギの和了牌。その気配を感じ取った玲音にこの牌は切れなかった。

 

((というか…これ…))

(うん……ここまで『強力』だなんて…)

 

 かつて彼女と対峙した【麻雀の意思】でさえ破ることの出来なかった玲音の『願望』…それさえも封じられていた。

 

 同巡、ワシズのツモは{発}。止められた{3}を河に置き。四暗刻含みの役満に昇格させた。

(この力…『どこまで』存在する…)

 限界点の見えない穏乃の支配を前にワシズは前巡に引き続きまたもリーチを自重した。

 

西家 ワシズ 手牌

 

{2244666888発発発}

 

 そして次巡、アカギは四暗刻単騎の形に、{四}をツモってくる。

 

東家 アカギ 手牌

 

{二二二四四四④④④⑧⑧⑧北} ツモ {四}

 

 この形、長野地区大会のオーラス、龍門渕の天江衣から直撃を奪った形に近く、そして赤木しげるを象徴するかのような形でもある。

 玲音の予想した通り…赤木しげるはこの形から{北}を河に置き、そして曲げた。

 

「リーチ」

 

 リー棒が卓に投げ入れられる。

 

(やはり…しげるおじさんは、そうだよね)

 

 玲音にはその形がわかっていた。懐かしさも感じ、そして嬉しくもあった彼女は、自然とその頬を緩めた。

 

 2巡後。穏乃に分岐点が訪れる。

 

北家 穏乃 手牌

 

{三三三②②⑤2255577} ツモ {三}

 

 四枚目の{三}。四暗刻単騎が最も怖い状況での四枚目。まさに地獄にたれた蜘蛛の糸にも思える{三}。

 だが穏乃の直感は、この牌は先程リーチをかけたアカギの和了牌であると教えている。感じている。

(この牌は…間違いなく清澄のアタリ牌…。でもこの状況…)

 穏乃は追い詰められている。

 敵は清澄だけでは無い。臨海も、白糸台も迫ってきている状況。そして己が和了することが困難であるという予感。彼女は追い詰められている。

 

(負けられない…。みんなのためにも、絶対に…)

 

 彼女は『確実』を選択した。

 

「ロン」

 

 その声は清澄…赤木しげるのもの。

 

東家 アカギ 手牌

 

{二二二四四四四④④④⑧⑧⑧} ロン {三}

 

(やっぱり…。アカギ君も…しげるおじさんと同じ。『その牌』で待っていた)

 玲音は知っていた。そして彼は…彼なら裏ドラを暗刻で乗せるだろうということ。それが、赤木しげるの力…【赤木しげるの四暗刻地獄待ち】なのだから。

 

 裏ドラ表示牌1枚目。

 

 {⑦}。つまりドラは{⑧}。ドラ3が追加し、これで満貫は跳萬に。

 

 しかし

 

 しかし二枚目

 

 {4}。ドラは{5}。

 

 三枚目

 

 {4}。またもドラは{5}。

 

 赤木しげるの裏ドラ暗刻乗せ……成就…成らずの結末に終わった。

 

 穏乃は『確実』を選択した。

 

 

 

「残念だけど、アカギさん…。そこはもうあなたのテリトリーじゃない」

 

 

 

 

 

玲音(白糸台)     100000

ワシズ(臨海)     100400

穏乃(阿知賀)     106300(-18000)

アカギ(清澄)     93300(+18000)

 

 

 

 だが、アカギは不敵に微笑んでいる。

 

 

「確かに…あんたの直感は正確だ。裏ドラが乗らないことを読んでの打{三}。いつ他の二人が和了るかわからないこの状況、それは最も確実な選択だ。だが…」

 

 アカギは続ける。

 

「あんたは引いた。見通す力があったが故に、最も確実な答えに逃げた」

 

「うっ…」

 

 挑発。これは挑発に過ぎない。彼女は何度も自分にそう言い聞かせた。

 しかし…同時に不安が押し寄せてきていた。

 彼女は堪える。自分のことを想ってくれている憧の事を、みんなの事を、応援してくれている者達のことを思い、その不安に耐えようとした。

(私には…みんながいる。清澄が何をしても、白糸台や臨海が何をしてきても、私にはみんながいる…それは…間違いのない確かな事……)

 

「連荘。1本場…」

 

 

 

 だが目の前には

 

 

 

 

 

 

「果たしてその状態で…あんたは逃げ切ることが出来るかな……高鴨穏乃……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪魔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紛う無き悪魔がいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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