アカギ、傀、竜が清澄高校麻雀部に入部したそうです   作:叶芽

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#36 オーバーワールド その4 -Ego-

 

 

 

 

 

 

 私はワイヤードに繋がっていると、その意識は次第にワイヤード全体に広がっていって、ワイヤードの全てと一体化しているような気分になる。

 そこでは、私がいったいどこにいるのかが分からなくなる時がある。リアルワールドとワイヤードが一緒になっていたあの時は辛かった。自分はどこにでも存在していて、そしてどこにも存在しない。私はいったい誰なのかさえも分からくなりそうで、怖かった。

 だからこそ、しげるおじさんの存在は大きかった。私の心に生きているしげるおじさんが、私を保つ唯一だった。

 

 高鴨穏乃さんも、たぶん私に近い。高鴨さんの記憶では、彼女は山の中で一人でいることが多かった。そして彼女の意識は次第に自然の中に溶け込んで、深い山の全てと一体化しているような感覚を持つようになった。

 それでも彼女は、自分という存在をはっきりと認識していた。私のように、どこにいるのか分からなくなってしまうということも無く。だがら、高鴨さんはすごい。

 

 でも高鴨さん。

 

 今もそう?

 

 今も自分をはっきり認識できる?

 

 今のあなたの視界は、良好?

 

 

 

 

 

 

「これは……そんな……」

 オーラス一本場。配牌を取り終えた穏乃の目の前には、信じがたい光景。

「何で……牌が……」

 透けている。前半戦の時のように、牌がガラスのように透けている。

 しかし、全てというわけでは無い。透けているのは各々の手牌で、一部は黒牌のままである。

「この状況について説明してやろう」

 口を開いたのはワシズ。

「三透牌…。手牌、ドラ表示牌においてのみ、同種牌4牌の内3牌がガラス牌。それが今の状況だ」

「三透牌…」

「阿知賀…貴様の中途半端な支配が巻き起こした現象だ。アカギの小賢しい小細工に惑わされた貴様は、その力を弱め、ワシの力が入り込む隙を与えてしまった。故に起きた現象だ…。しかし、懐かしくもあるな…アカギ…」

 その状況は、かつてアカギとワシズの間で行われた、金と血液を賭ける麻雀…【鷲巣麻雀】のそれとほぼ同じであった。牌は触れた瞬間、それが黒牌ならそのまま、ガラス牌ならガラス牌へと変化する。

 

 

 ワシズの支配が穏乃の支配を飲み込みつつあるこの事実は、このオーラスを2本場にまわしてはならないことを示していた。

 次局が存在したのなら、その局はワシズが必ずあがる局であるということを場の全員が感じていた。当然、小細工の入り込む余地など無い。

 他の3人にとってこの局が最後。この局で結着をつけなくてはならない。

 

「さて…新たな状況、現状を飲み込めたようだし…そろそろ始めるか」

 南4局1本場…その親、赤木しげるの一言から、局は再開された。

 

南4局1本場 親 アカギ ドラ {⑨} 表示牌 {⑧}(ガラス牌)

 

玲音(白糸台)     100000

ワシズ(臨海)     100400

穏乃(阿知賀)     106300

アカギ(清澄)     93300

 

東家 アカギ 配牌

 

{二七七④⑤1358東東南白発}

{■■七④⑤1358■東■白発} (他家視点)

 

 

 

 

 前局に運を使い切ったとでも言うがの如く、その配牌はボロボロだった。

 ドラも存在しない。唯一の希望が、自風牌の東が対子である程度。

 

(清澄の配牌…悪い)

 そのことが、穏乃の今の状況においての救いだった。

 

北家 穏乃 配牌

 

{二三六六七九14南南西西西}

{二三六六七九■4南南西西西} (他家視点)

 

 一方彼女は好配牌。高速配牌。そして

 

西家 鷲巣 配牌

 

{三①③④⑤⑧⑧2449北白}

{三①③■■⑧⑧2449北白} (他家視点)

 

 ワシズも悪い。その事実が一先ずは彼女を安心させた。

 

 

 1巡目、アカギ第1打{8}。この局、アカギはツモなら満貫。出アガリなら、穏乃から40符3飜以上、ワシズや玲音からなら跳満以上でなくては逆転にならない。

 アカギは厳しい。この面子の中でその条件をクリアすることの困難さは彼が一番理解している。

(なのに…なんで…)

 今の穏乃には理解が出来ない。何故彼がその手牌を…まるでいとおしいモノを見るような目で見ているのか。

(アカギさんだって…チームの想いを背負ってここにいる…はず…。それなら…その状況…楽しめるはずが…)

 

 否。穏乃にも出来るはずだった。劣勢の状況下でも、誰もが目を覆いたくなるような事態が起きても、彼女は楽しめるはずであった。彼女にとっての前回の試合…窮地に追い込まれていた2回戦の時もそうであったように。

 だが今の彼女にはそれが出来ない。乱されている。

 彼女の力が支配や感覚を乱すなら、アカギの麻雀は心を乱す。穏乃の心は、アカギによって狂わされている。

 

西家 鷲巣 手牌

 

{三①③④⑤⑧⑧2449北白} ツモ {②}(ガラス牌) 打 {三}

{①②③④⑤⑧⑧2449北白}

{①②③■■⑧⑧2449北白} (他家視点)

 

 

 彼は前局、リーチすべき手でリーチを自重し、己の流れを止めた。本来なら、例えアガリの目が無くとも、リーチをすべきであったのだ。

 彼は無から有を生み出す。流れが無くともその法則を無視して異常な好配牌、高速配牌を手にしたであろう。だが、自分から流れを断ち切ってしまった場合は別である。

 しかし、ワシズはそのことは重々承知でリーチを自重したのだ。それ程までに、高鴨穏乃の力は脅威であった。

(だがその脅威も今、底が知れたわ)

 落胆など有るわけがない。彼は暗闇の荒野でも、進むべき道を切り開ける者なのだから。

 

 そして穏乃のツモ番。

 

{二三六六七九14南南西西西} ツモ {①}(黒牌) 打 {①}(黒牌)

{二三六六七九14南南西西西}

{二三六六七九■4南南西西西} (他家視点)

 

(なんで…こんな時に限って…)

 1巡目のツモが無駄ツモになることなど珍しいことでは無い。ましてや好配牌なら尚更である。だが今の彼女の精神状態では、それは受け入れがたい事だった。

 しかし

 2巡目に{7}

 3巡目に{8}

 4巡目に{9}と全てガラス牌ではあるが、連続で有効牌をツモる。

 

4巡目 北家 穏乃 手牌

 

{二三六六七九78南南西西西} ツモ {9}(ガラス牌)

 

 

 {南}を直ぐに叩けるのならば、ここで打{九}、そして{南}をポンした後に打{七}で聴牌。

 しかしこの三透牌の性質故に、直撃や鳴きは困難であるのは明らかである。

 穏乃は打{六}を選択。{九}を残し、チャンタの可能性を残した。

 

{二三六七九789南南西西西}

{二三六七九789南南西西西} (他家視点)

 

 だがその巡に、アカギから{南}(黒牌)が河に置かれた。

(裏目?…違う…。私の打{六}を見計らって落としただけ…。裏目なんかじゃない)

 彼女はそう自分に言い聞かせる。

 その彼女の選択は次巡、あっさりと実を結んだ。

 

5巡目 穏乃 手牌

 

{二三六七九789南南西西西} ツモ {八}(ガラス牌)

{二三七八九789南南西西西}

{二三七八九789南南西西西} (他家視点)

 

 リーチは当然かけない。ツモって結着。ツモるだけで良い。

 

 次巡、風牌の{東}をツモった彼女は、他家の状況を確認した。

 

東家 アカギ 手牌

 

{■■■■七④⑤■■東白■発} (他家視点)

 

東家 アカギ 捨て牌

 

{8531南(黒)9}

 

西家 ワシズ 手牌

 

{①②③■■⑥⑦⑧⑧4北北白} (他家視点)

 

西家 ワシズ 捨て牌

 

{三92864}

 

 

 アカギは黒牌が増え、河からは染め手の臭い。

 ワシズは筒子の染めが進んでいる。

 

(近付いてきている。{一}か、{四}をツモるだけの結着。最速の聴牌を手にしたはずなのに、この焦燥感は何?)

 この{東}を切るべきでは無い。切ったら鳴かれる。そう彼女の直感は告げている。しかし、この聴牌を崩してしまうと、上家の臨海との差が縮まってしまう。それが『見えてしまっている』。

 見えてしまっているものが、理が、彼女の嗅覚を狂わせている。

 

 彼女は震える手で、{東}をそっと河に置いた。

 

「ポン」

 

 その声はドクンと彼女の胸を打った。

 全ては直感の通り。アカギからの声。彼は鳴いた後、{④}を河に置いた。

 

東家 アカギ 手牌

 

{■■■■七⑤■白■発} ポン {横東東東} (他家視点)

 

 

 同巡。ワシズはガラス牌の中を手牌に入れ、打{4}。

 

西家 ワシズ 手牌

 

{①②③■■⑥⑦⑧⑧北北白中} (他家視点)

 

 その鷲巣の手が見えている穏乃は、同巡にツモって来た{発}も止めることが出来なかった。

 

「ポン」

 

 またもアカギからの声。彼は鳴き、{⑤}を河に置いた。

 

東家 アカギ 手牌

 

{■■■■七■白} ポン {横東東東} ポン {横発発発} (他家視点)

 

 その同巡、穏乃はガラス牌の{二}をツモってくる。

(こっちじゃない!)

 彼女は嘆く。この{二}。アカギに対して切れる牌では無い。

 もし仮に、アカギの手が

 

{三四五六七七白白} ポン {横東東東} ポン {横発発発}

 

 だった場合、この{二}はアタり。{東}、{発}、混一の問答無用の逆転。阿知賀の敗北がそこで決定する。

 

 見えているもの。

 見えていないもの。

 

 直感が教えてくれるもの。

 理が選んでしまうもの。

 

 様々な要素が、彼女の身体と心に混在し、それぞれは最早原型を留めていない。

 

 ワシズの河を見る。

 

西家 ワシズ 捨て牌

 

{三92864}

{43}

 

 同巡、ワシズは打{3}。ツモ切りであり、手を進めていない。

 その一打が、ワシズの勢いは止まったと、そう錯覚するかのような一打に穏乃は思えてしまっていた。

 彼女の選択は{南}。アカギの現物。今なら回れる。逃げながら手を進める。穏乃の心の奥底で示されたベクトル。

 

北家 穏乃 手牌

 

{二二三七八九789南西西西}

 

 だが直後、アカギは黒牌の何かを手牌に加え、河にガラス牌の{白}を置いた。

 

東家 アカギ 手牌

 

{■■■■七■■} ポン {横東東東} ポン {横発発発} (他家視点)

 

東家 アカギ 捨て牌

 

{8531南}(黒){9}

{④⑤白}

 

(手替わり…手替わりしたってことは…)

 

 ノーテン。アカギは張っていなかった。

 

(分からない…もう…感じない……何も……)

 

 最早穏乃には力が殆ど残っていない。辛うじて、この三透牌の状況を維持しているのみ。今の彼女はガラスのように脆く、そして空であった。

 

 そして同巡、ワシズはガラス牌の{⑨}…ドラを手牌に加え、打{白}。

 

西家 ワシズ 手牌

 

{①②③④⑤⑥⑦⑧⑧⑨北北中}

{①②③■■⑥⑦⑧⑧⑨北北中} (他家視点)

 

西家 ワシズ 捨て牌

 

{三92864}

{43白}

 

 ワシズも手を進める。一歩一歩、確実に近付いてきている。それが見える。

 

 同巡。穏乃のツモは{五}。ガラス牌。

 

北家 穏乃 手牌

 

{二二三七八九789南西西西} ツモ {五}(ガラス牌)

 

 黒に染まっていくアカギとは対照的に、穏乃やワシズの手牌は明らか。真逆。

 

(この{五}も…)

 

 危険牌。アカギが手替わりをしたとはいえ、{二}、{五}…萬子が危険牌なのは変わらないどころか、寧ろその危険度は増している。

 彼女は前巡同様、現物の{南}を河に置く。

 

(いつまで…いつまでこんな……)

 

 彼女は嘆き続ける。その彼女の次巡のツモは、またも{五}…ガラス牌だった。

 

北家 穏乃 手牌 

 

{二二三五七八九789西西西} ツモ {五}

 

 同巡のアカギとワシズの捨て牌は二人とも{1}。ツモ切り、手を進めているわけでは無い。

 だが、アカギは張っているかもしれない。今の穏乃にはそうとしか思えない。萬子が通せるはずも無い。

 穏乃の震えは加速する。その手は自然と索子にかかっていた。

(索子しか…切れる牌が無い…)

 穏乃が河に置いたのは索子の{9}。アカギに対しても、ワシズに対しても現物の{9}。聴牌を崩した。

 

(赤土先生……ごめんなさい…)

 赤土晴絵からのアドバイス、自分を見失わないこと。今の彼女に、それを実行できるわけも無かった。

 

(憧……みんな……助けて………)

 

 

 

 

 あれほど弱々しい穏乃は見たことがなかった。どんな逆境にもめげず、立ち向かい、そして楽しむことの出来る彼女は、もうあそこにはいない。

「シズ…」

 阿知賀女子控室。穏乃の苦しさ、辛さは彼女達にも伝わっていた。

「悔しい…」

 憧は思った。仲間が苦しんでいるのをここで見ているだけ。見えているのに、分かっているのに何も出来ないこの世の節理を呪った。

「憧ちゃん…」

 宥が、そっと憧の手に触れた。

「あるよ…。私達にも出来ること…」

「出来ること…」

「祈ろう…」

 祈る。想いの力を、穏乃に届ける。そう宥は言った。

「でもそんなことしたって…届かないよ…」

 

「届くよ」

 宥は自信を持ってそう言った。

「きっとお母さんも、天国で見ているから…」

 玄も宥と同じように、その言葉には力があった。

「宥姉…玄…」

「だから…手を繋ご…。みんなの想いを、力を…穏乃ちゃんに」

 玄と宥は、憧の両手をそれぞれ掴んだ。

「え?ちょっと…何か恥ずかしいよ…これ」

 憧は照れる。その手を振りほどかれないようにと、宥も玄もしっかりと憧の手を握った。

「するのです!」

 

「まったく、和がここにいたら言われてるよ。そんなオカルトあり得ませんって」

 晴絵がそう言いながらも、玄の手と手を繋いだ。

「ほら、灼も」

 晴絵は灼も呼び、自分のもう片方の手と繋ぐように促した。

「う…うん」

 頬を赤らめながら、彼女も手を繋ぐ。

 

 手を繋いだ全員は瞳を閉じ、祈った。想いが…そして力があの場所に届くようにと。

 

 

 

 そして、その想いが届いたのか、11巡目…、『アカギに』最悪のツモが訪れる。

 

東家 アカギ 手牌

 

{二三四七七⑦⑧} ポン {横東東東} ポン {横発発発} ツモ {⑥}(ガラス牌)

 

 ガラス牌の{⑥}。

 既にアカギは張っていた。しかし、この{⑥}は最悪の安め和了牌。ツモ和了っても1100オール。逆転には至らない。

 ワシズが居るのだ。もう連荘は出来ない状況でのこのツモはあってはならない。和了ってはならない。

 アカギはガラス牌の{七}を河に置いた。

 

東家 アカギ 手牌

 

{■■■■⑥■■} ポン {横東東東} ポン {横発発発} (他家視点)

 

(手替わり!?打{七}?…混一じゃなかったの?)

 穏乃の混乱は必然だった。だが同時に希望も見えてきた。混一では無いということは、まだアカギは和了れる形では無いかもしれない。

 

 同巡のワシズも同様。ガラス牌の{2}ツモ。二連続の無駄ヅモ。

(この感覚…)

 ワシズはこのツモの感覚を経験している。

【オーバーワールド】にて、【松実露子】と打った時である。相手の手を凍らせる、彼女の力…彼はあの時の感覚を思い出した。

(奴の力が…なぜ今…この場に)

 

 松実露子の力が、宥や玄を通して、そして阿知賀全員の想いと共に、今…この場に訪れていた。

(感じる…。皆の…阿知賀の皆の想いを感じる)

 凍りつきかけていた穏乃の胸が、次第に熱を帯びていく。

(温かい…)

 

 流れも手牌も熱を取り戻すかの如く、赤い牌が彼女に流れ込んでいく。

 アカギとワシズのこの1巡の停滞が、穏乃に前に進むチャンスを与えた。

 

北家 穏乃 手牌

 

11巡目 

 

{二二三五五七八九78西西西} ツモ {九} (ガラス牌) 打 {8}

{二二三五五七八九九7西西西}

{二二三五五七八九九7西西西} (他家視点)

 

12巡目

 

{二二三五五七八九九7西西西} ツモ {八} (ガラス牌)

 

 アカギの河を見ると、その巡にアカギは黒牌の{七}を捨てている。

 

東家 アカギ 手牌

 

{■■■⑥■■■} ポン {横東東東} ポン {横発発発} (他家視点)

 

 {七}は何かの黒牌と交換する形で押し出されていた。

 

 ワシズの方は、河に{中}。{①}(ガラス牌)を手中に加え、手を進めている。

 

(迫ってきている…。でも…)

 胸に宿る熱が冷める気配は無い。穏乃は攻める。

 

―――攻め?

 

 七対子に向かうため

 

―――守りを意識してない?

 

 彼女は打…

 

―――だってこれは…私だけの勝負じゃ…

 

 

 {西}を選択した。

 

 

 しかしその{西}…

 

 

 

東家 アカギ 手牌

 

{二三四⑥⑦⑧西} ポン {横東東東} ポン {横発発発} 

{■■■⑥■■■} ポン {横東東東} ポン {横発発発} (他家視点)

 

 アカギのアタリ牌である。

 

 だがそれでもアカギは微動だにしない。和了しての連荘に臨まない。彼には2本場など、端からやる気など無かった。

 この局での結着、故の見逃しという暴挙。狂気の選択。

 

 その博徒の血が選んだ道は、彼に、またも闇を掴ませた。

 アカギはその闇を手牌に加え、ガラス牌の{⑥}を捨てた。

 

 

 そしてアカギの手牌はついに、闇に飲まれた。

 

 ガラス牌という光を全て消し去り、今、完全なる黒がそこにある。

 

 

 

東家 アカギ 手牌

 

{■■■■■■■} ポン {横東東東} ポン {横発発発} (他家視点)

 

 

 その暗黒は、蘇りつつあった穏乃の心を次第に圧していく。

 

「あの…同じ牌で黒牌は一つだけなんですよね…」

 穏乃はワシズに訊いた。

「そうだ。この状況において、黒牌で対子は存在しない」

 

 そのワシズは13巡目。アカギの手が黒に染まった同巡、さらに前に進む。

 

西家 ワシズ 手牌

 

{①①②③④⑤⑥⑦⑧⑧⑨北北} ツモ {⑨}  打 {北}

{①①②③④⑤⑥⑦⑧⑧⑨⑨北}

{①①②③■■⑥⑦⑧⑧⑨⑨北} (他家視点)

 

 アカギの『闇』とは対照的といえるワシズの『光』。その光も、アカギの闇と同様、穏乃の心を圧していく。

 

 その穏乃のツモは{九}。ガラス牌。

 

北家 穏乃 手牌

 

{二二三五五七八八九九7西西} ツモ {九}(ガラス牌)

 

(うっ…)

 七対子イーシャンテンを維持するならこのまま打、{九}。しかし混一の目が再生したアカギの闇を前にして、彼女はこの{九}を切るのを躊躇った。

 かといって{7}や{西}も切れない。

 

{四[五]六⑦⑧⑨7} ポン {横東東東} ポン {横発発発} 

{四[五]六⑦⑧⑨西} ポン {横東東東} ポン {横発発発}

 

 例えばこういったケースも存在する。

 {東}、{西} ドラ2の満貫。逆転の形。

 

 唯一切れるのが、現物の{七}のみ。

 

 彼女は今揺らいでいる。仲間によって支えられている心が、闇と光によって惑いつつある。

 仲間たちが自分と共に居る。それは確かである。だが、選択するのはやはり自分しかいない。

 正しい選択とは何か。

 直感を失った彼女が選ぶものは…もう利しか残っていない。

 唯一の現物、{七}…それしか。

 

 だが…

 

 だがしかし、アカギは張っていない。

 

東家 アカギ 手牌

 

{二三四六⑦⑧西} ポン {横東東東} ポン {横発発発}

 

 アカギは黒牌の{六}をツモり、ガラス牌の{⑥}を切り、聴牌を崩していた。

 目の前の、今見えていること。とりあえず手にしている聴牌。そんな利、既得権益にアカギは拘らない。

 アカギは欲した。聴牌崩しという暴挙を冒してでも彼は、闇を欲したのだ。再生しつつある穏乃の心を再び停滞させるために。

 だからこそ打った。身を削るようなアカギのブラフは、再生間近の穏乃の心を惑わし、そして止めた。

 

 故に

 

14巡目 

 

アカギ 手牌

 

{二三四六⑦⑧西} ポン {横東東東} ポン {横発発発} 

 

ツモ {⑨}(ガラス牌)

 

 このツモは必然である。

 

 彼の直感、博才、博運が導き出した未来。必定のドラツモ。3飜確定必須牌。

 

(え?)

 河に黒牌の{六}が置かれる。穏乃は状況を整理しようと脳をフル回転させた。

(まず…混一じゃない…そして…3飜…5800の一本場、6100は確定?)

 

 彼女が思考を巡らせている間に、ワシズから{一}、黒牌の{一}が切られた。

({一}…もうこれでかなり手が狭まった…)

 

同巡

 

北家 穏乃 手牌

 

{二二三五五八八九九九7西西} ツモ {[五]}(ガラス牌)

 

(赤牌…。これでアカギさんの手に{[五]}が無いことが確定した)

 穏乃は二枚目の{西}を切った。

(仮にこれがアタリ牌でも…アカギさんはアガらない)

 彼女はアカギの…アカギの感性を信頼した。信頼しての打、{西}。

 

―――信頼?

 

―――…一枚通れば三枚通る

 

―――少しでも直撃を恐れたんじゃ

 

―――違う…違う…

 

 

 …その{西}はアカギのアタリ牌。当然彼はスルー。

 だがその直後、15巡目、事態は一変する。

 

「カン」

 

 アカギの手にある爆薬、その導火線に火が灯った。

 

東家 アカギ 手牌

 

{二三四⑦⑧⑨西} ポン {横東東東} 加カン {横発(横発)発発}

 

(カン!?)

 確かにアカギの役は3飜。しかし、槓をすれば別である。

(嶺上開花…前局までなら大丈夫だった…でも今は…)

 穏乃の支配が弱まっている今ならあり得るかもしれない。そう穏乃は思った。

 

アカギ 打 {白}(ガラス牌) 新ドラ {①}。(表示牌{⑨}(黒牌))

 

 嶺上開花も無く、槓ドラも乗らなかった。

 だが、やはり槓をすれば別なのは変わりがない。この加槓で、アカギの手は符点、40点以上が確定し、7700の一本場8000点以上が確定した。

 

 穏乃の手牌の全ての牌が、またも全て危険牌へと変貌した。

 

 

 

 同巡ワシズ。

 ワシズもここでツモりたい。力が拮抗していて、誰の支配の上に成り立っているのか分からない…異能者にとっては異常な卓。凡人にとっては当たり前の卓。

 だがその巡もワシズはツモれない。彼の手にある牌は黒牌の{白}。

(松実露子だけでは無い…。『もう一つ』ある)

 『もう一つの異常』の存在。それが存在していることだけは分かる。しかし、その解答が何処に存在しているのか…『何か』が彼の思考を邪魔している。

 

 

 同巡穏乃。

 無駄ヅモを繰り返すワシズを見て彼女は確信する。仲間の力が、彼の手を止めていると。仲間の力がワシズを止めてくれるというのなら…次局に持ち越せる。2本場における、ワシズの問答無用無慈悲の和了は存在しない。

 だからこそ彼女はここでツモりたい。完全安牌を。

 感性の失った彼女にとって『選択』という道はまさに修羅の道。だからこそ、安牌の消えた今だからこそ、彼女は引かなくてはならない。

 

 来い。

 

 

 来い。

 

 

 来い。

 

 

 来い。

 

 

 彼女は念じる。願う。祈る。

 

 仲間の意思と共に。

 

 その想いは次第に強さを増し、傲慢たるものへと変貌していく。

 まるで神から、何かを奪い取るように、彼女は…彼女達はその牌をツモった。

 

 その牌は…{五}。黒牌の{五}。アカギに対して、絶対に通る牌が、ここに来て彼女の手に渡った。

 黒牌の{⑨}が表示牌にある以上、ドラの対子持ちというのはあり得ない。故に

 

{三四234⑨⑨}

 

 などの形は存在しない。張っているなら、{⑨}は横の牌と繋がりがある。

 なれば必然的に待ちは単騎待ち。この{五}は絶対に通る牌であり、かつ一つ通せば4巡凌げ、流局に持ち込める牌。

 

(助かった…)

 

 長かった。

 この南4局1本場は長かった。

 不安によって感性を失い、直感に身を委ねることの出来ない中、引いてくる牌は危険牌ばかり。

 楽しいものでは無かった。辛かった。苦しかった。息も出来ないような空気の中、何とか仲間たちの力によって支えられていた。そういう南4局1本場。

 

 それも…もう終わる。

 

 

 彼女はそっと{五}を手に取り、ゆっくりと河に手を進める。

 

 

 

 そして、その牌が地に着こうとする…

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間……

 

 

 

 

 

 

 刹那………

 

 

 

 

 

 悪寒。違和感。

 揺るぎ無い絶対安全な大地に立っていたはずが、今はまるで

 

 

 一転。

 

 

 

 薄氷の上に立っているような感覚。

 

 

 

 

 そう

 

 

 

 

 穏乃はこの感覚を知っている。

 

 

 

 準決勝進出を決定したその晩に打った…鶴賀、風越との練習試合。

 穏乃は…『この状況を生み出すことの出来る者』と打っている。

 

 

 

(東横……桃子さん……)

 

 

 鶴賀学園一年、東横桃子…。他者の記憶に介入できる異能者。穏乃は彼女と打っている。

 だからこそ気付いた。

 この土壇場に、この異常を作りだす存在……

 

 

 白糸台高校……岩倉玲音に……

 

 

 

 

 

 

南家 玲音 手牌

 

 

{四四四六①②③④[⑤]⑥中中中}

{四四四六①■■④[⑤]■■中中} (他家視点)

 

 

(見えた!)

 穏乃は彼女の存在に気付く。

 黒牌はあるが、彼女のその感覚は、{五}がアタリ牌だということを告げている。

(この牌は…切っちゃ駄目だ……絶対に…駄目……)

 これは自分自身の感覚では無い。桃子との対局によって得た感覚、桃子によって授けられた感覚。今の穏乃にとって『信頼出来る』感覚。

 

 

 

 

 

(上手く…いくかな)

 『この状況』は玲音が作りだしている。【ノイズ】が強かった前局以前とは違い、この局のノイズは弱い。故に彼女の力が介入する隙が出来た。

 だがこれは記憶…記録改変という彼女の【異能】では無い。玲音は麻雀の試合においてこの力を使うつもりは無い。彼女にとって『この程度』のことは、力を使わずとも『技術』で出来る。技術が生み出した異能的状況が…それが今。

(消えるまでには時間が掛かったけど)

 彼女の使用した【異能】は【神超え殺し】。

 【麻雀の意思】によって決定された未来を知り…そして『それを超えた者』の屠る力である。かつて【麻雀の意思】を倒した彼女ならではのもの。

 

 この局…南4局1本場の結末は、穏乃が{西}を切り、アカギに振り込むと言うもの。それが【麻雀の意思】。だが、穏乃は、穏乃達はその意思を超え、四枚目の{五}をツモった。玲音の【異能】は、その{五}を撃つ。

 通常の麻雀ではまったく意味の無い力。だが玲音はこの【オーバーワールド】にて見たかった。『神を超える者』を。そしてその者を屠る。それが彼女の願望。

 つまりこの【異能】は、岩倉玲音の『実験』なのである。

 

 

 

 

(あなたは神を超える?それとも…意思のままに負ける?)

 

((まったくえげつないわね。どっちにしてもあの娘、負けちゃうじゃない))

 

(ううん。…まだ……まだあの娘は終わっていないかもしれないよ。現に高鴨さん…『気付いた』みたいだしね)

 

 

 

 

北家 穏乃 手牌

 

{二二三[五]五五五八八九九九7西}

 

(この{五}は切れない…切れないとしたら……何を切る?…どうする?)

 

 ここが死線。

 

 彼女には牌を切る以外にもう一つ選択肢が存在する。

 {五}の暗槓。嶺上牌に、その未来に賭けるという道である。

 だが、山の怖さは穏乃が一番よく知っている。安牌を引けない、アカギにドラを乗せてしまうかもしれないというリスク。特にドラに関しては最も許してはならない事態であり、一つでも乗せてしまえば、アカギはツモ和了でも逆転条件クリアの可能性が発生してしまう。

 そして何より穏乃は今、山を感じることが出来ない。

 

 彼女は眼を閉じた。

 

 

 

 

 

―――シズ…

 

 

 

 暗闇から声が聴こえる。憧のものだ。

 

 

―――穏乃ちゃん…………穏乃……しず…

 

 宥……玄………灼……晴絵……

 

 聴こえる。みんなの声が聴こえる。

 

 

 

―――山は怖い……

 

 

―――でも……

 

 

 

―――みんなと一緒なら!

 

 

 

「カン!」

 

 

 

 嶺上開花。

 

 

 

 それが神を超えた、そしてそれすらも超えた玲音をさらに超えた、彼女の…彼女達の選択。

 

 

 

 嶺上牌はガラス牌…{二}。新ドラは{7}。表示牌はガラス牌の{6}となった。

 

 

 彼女は{三}に手をかけ、躊躇いも無く切った。

 安牌、危険牌の概念はもう存在しない。不要牌だから切ったのだ。

 今の彼女の目的は、和了ることのみであった。

 

(みんなの力を感じる。この手を和了に導いてくれる!)

 

 同巡、アカギはガラス牌の{一}をツモ切る。

 

 

 そして玲音、彼女は黒牌の{九}をツモ切った。

 

「カン!」

 

「!?」

 

 穏乃の大明槓。玲音は驚きを露わにした。

(感じているだけじゃない…はっきりと見えているんだ!)

 

 岩倉玲音…彼女の姿がこの場に現出した。

 アカギとワシズの二人が、彼女を認識した。

 

 

 

 

 

 穏乃の嶺上牌はガラス牌の{7}。

 

 

 

北家 穏乃 手牌

 

{二二二八八77西} 暗カン {■[五]五■} 大明カン {九九横九九}

 

 

 

 

 そして穏乃は…阿知賀女子は和了に向かう。

 

 

 

 

 

 

 想いと共に前に走る。

 

 

 

 

 

 

 だからこそ

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ『その牌』は切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げに逃げ回ってようやくたどり着いた、激しさや強さとは無縁の…消費しきった心の打牌であった先程の{五}とはわけが違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱量を帯びた、血と魂が込められた、命の打牌。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「高鴨穏乃…」

 

 

 

 彼は静かにその両手を手牌の両端に沿え

 

 

 

「あんたは………」

 

 

 

 そして

 

 

 

 

「強かった…!!」

 

 

 

 言葉と共に前に突き出した。

 

 

 

 

「ロン…!!{東}、{発}、ドラ1…。50符3飜……9600の1本場は…9900!」

 

 

東家 アカギ 手牌

 

{二三四⑦⑧⑨西} ポン {横東東東} 加カン {横発(横発)発発}

 

ロン {西}

 

 

 

 

 

 

玲音(白糸台)     100000

ワシズ(臨海)     100400

穏乃(阿知賀)     96400(-9900)

アカギ(清澄)     103200(+9900)

 

 

 

 

 

 

 

 【第71回全国高等学校麻雀選手権大会】…『インターハイ』団体戦決勝…その頂点は、清澄高校で完結した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれがまるで放心状態にあったかのように、暫くの間、静かな沈黙が続いた。

 

 

 

「さて…帰るとするか……」

 最初に席を立ったのはワシズ。

 

「意外だな。悔しがると思ってた。あの時のように」

 アカギが声をかけた。

「ふんっ…麻雀とはこういうものだろう…。所詮は娯楽にすぎん」

「随分と丸くなったなったものだな…ワシズ」

「貴様も歳を取ればわかる…」

「ふーん…。で、ところでお前に帰る所があるのか?」

「無ければ自分で創るだけだが……どうやらあるようだな」

 

「爺や!」

 

 開いた扉の先には、龍門渕の天江衣がいた。他のメンバーもいる。衣はここまで、純に肩車をしてもらってここまで来た。純をはじめとする龍門渕のメンバーは息を切らしている。

 

「ククク…爺やって歳でもねぇのにな」

 

「随分と奇妙な関係になりそうだわ。あの孫とは」

 

 自分より1歳年上の孫を見るその彼の表情には穏やかさがあった。

 

「お前、そんな笑い方するんだな」

 意外な表情を見れたアカギは、囃すように言った。

 

「年相応だ。何も可笑しくは無い」

 照れる様子も無く堂々たるその様子は、どこか爽やかさを感じさせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

「さーて…私も帰るかなっと」

 大きく伸びをして、次に席を立ったのは玲音。

「随分と満足げだな」

 アカギが訊く。

「だって…区間じゃ私1位だよ?」

 前後半戦合わせてプラス7600。区間では文句なしの1位通過である。

「ククク…確かにな。あんたも強かったぜ」

 

((しかし意外ね。てっきり【麻雀の意思】通りの展開で、落胆するかと思ってた))

(結果だけはね。でも過程が違うし、仮に意思通りの展開でも、私1位だし…それに…)

 

「アカギ君。あなたはまだまだ強くなるよ」

「……だと良いな…」

 

(ってこと。今アカギ君が【麻雀の意思】を超えた存在でないというのなら、つまりアカギ君の麻雀には先がある。しげるおじさんは、とっくに【麻雀の意思】なんて超えてたんだから)

((なるほどね。楽しみが増える…か))

(そういうこと)

 

 

「それじゃ、またどこかの卓で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、卓にはアカギと穏乃だけが残った。

 

「あの…」

 先に切り出したのは穏乃。

「一つ訊いていいですか?」

「なんだ?」

「私とアカギさん……何が違ったと思います?」

「何が……。全部じゃねえぇか?同じところを探すことの方が難しい」

「あ…えっと……私は、阿知賀のために打ちました。それが…力になってくれたんです。でも…それでも負けた……」

「ふーん…そう言うことね」

「アカギさんも、メンバーのために打っていたと思うんです。勿論、麻雀の結果が意思の差で決定するとは思っていないんですけど、でもさっきの対局に関しては…そう思えてしまって…」

 

「もしあんたが、孤高だったなら…俺達はあんたに敗北していたかもしれないな…」

「え?」

「孤高であるからこそ直感に身を委ねることが出来る。狂気の、悪く言えば無責任な一打が放てるってこと。チーム戦はあんたには向かない。あんた打ちにくそうだったからな…終盤」

「…でも……これはインハイで、一人で打つなんてこと…ないですよ…」

「『赤木しげるとして打ち、赤木しげるとして勝ってこい』って言われたんだ。メンバーから…」

「赤木しげるとして……」

 

 

 

「アカギくーん!!!」

 

「シズー!!!」

 

 

 対局室に、清澄、そして阿知賀のメンバーが入ってきた。

 

 

 

 

「つまり…俺のエゴを通させてくれた仲間がいたってこと…かな…」

 

 アカギはそう言って席を立った。

 

 

 

 

「なるほど………完敗です…」

 

 

 穏乃は瞳を閉じ、そっと呟いた。しかしその表情は、悔しさや後悔のそれではなく、清々しく、そして穏やかなものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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