アカギ、傀、竜が清澄高校麻雀部に入部したそうです   作:叶芽

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#38 人鬼の世界

 

 

 

 

―――自分は…【むこうぶち】ですから

 

 

 

 合同合宿の時、東横桃子に対して彼はそう言った。

 

 松実露子が亡くなって以降、D・Dの下からも離れ、一匹狼のギャンブラーとして闇に生きてきた。

 その彼が、何故一高校生として、何故一麻雀部員として打つようになったのか。

 

 

 裏では無く、表の世界へ

 

 非日常では無く、日常の世界へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灼達をホテルに帰して、瑞原プロからの誘いを受けて私は銀座のユーティライズビルに向かった。瑞原プロ独特の絵文字ばかりのメールで解読には少し骨を折ったけど、何とか辿り着くことが出来た。

 麻雀バー【Blitz storm】には懐かしのメンバーが揃っていた。瑞原プロ、野依プロ、戒能プロ、そして、小鍛治プロ。戒能プロ以外の3人は、10年前のインターハイ、その準決勝で同卓したメンバー。同窓会のような集まりだった。

 その時の小鍛治プロの服装は印象に残った。黒一色のワンピース。少し大人の雰囲気を醸し出していた。そのことを彼女に言ったら「もう私大人だよ」と返されて、なんだか申し訳なかった。

 かつてを懐かしみがてら、私達はあの時のように卓を囲った。緊張した。少し手も震えていたけど、それでも打てて、なんとか戦えたと思う。その半荘は小鍛治プロが一位の結果。私は二位。

「はるえちゃんまた強くなったね」「成長!」

 瑞原プロや野依プロからの言葉。正直に嬉しかったけど、まだまだ小鍛治プロには追いつけてない感じがしていた。それに、小鍛治さんの麻雀が『あの時』のものとはちょっと違っていた。私はもう一度打ちたかった。でも小鍛治さんは「ごめん。ちょっと、これから用事があって」と言って席を立った。

 気になった。その内容が普通に気になった、というのもあるけど、席を立った瞬間、小鍛治さんの雰囲気がガラっと変わったのも大きかった。一瞬、別人に見えた。その身体全体が、ワンピースの色と同じ黒に染まったような。

 私も席を立った。生徒たちの様子が気になるとか適当なことを言って、小鍛治さんの後を追った。瑞原プロたちには申し訳なく思いつつも、その直感には従わないといけない気がしていた。

 

 ストーカーのように私は小鍛治さんの後をつけた。タクシーを使われたらアウトだったけど、あの人はひたすら歩いていた。時間にして40分程。タクシーを使わずに徒歩だったのが疑問に思ったし、ブツブツと独り言を言っているみたいで、ちょっと怖かった。

 着いた先はマンション。部屋番前には黒服の男性がいて、彼女はその人に話しかけた。

 まさか彼氏?

 そう思って身を乗り出したら、自動ドアが反応してしまって、気付かれてしまった。

「赤土さん!?」と小鍛治さんが振り返った。

「あ…その…すみません…」

 失礼なことをした。私は直ぐに頭を下げて、その場を去ろうとした。が

「そこに【赤土晴絵】がいるのですか?」

 部屋番のスピーカーから声がした。声からして、年配の男性の印象。

「え…あ…」

 小鍛治さんはテンパり気味で上手く返せずにいると

「いるのですね?連れてきなさい」

 先ほどより少し強めのトーンで言葉が返ってきた。

「え…でも…」

 彼女は断ろうとしたのだと思う。しかし

「わ…わかりました……」

 訂正した。相手は、それだけ強い権力を持っているのだろうか。あまり良い予感がしない。

「赤土さん…ごめんなさい…」と小鍛治さんは頭を下げた。

「いえ…こちらこそ…すみません。後なんか、つけて…」

 悪いのは、私の方なのに。

「こちらです」

 黒服の方がエレベーターの方に案内した。

 エレベーターが昇る。行先は最上階。その間も、小鍛治さんは先程のように独り言をブツブツとしていて、触れがたい空気を纏っていた。

「奥の部屋が対局室です」と案内係の黒服が言った。

 対局室。これから小鍛治さんは、誰かと打つ予定だったということをこの時知った。もしかして小鍛治さんは、それに備えてのイメージを作るために、わざわざ時間をかけて歩きでここまで来ていたのかもしれない。

 

 

 木製の観音開きからは禍々しい気配が発せられていた。まるでそれを開いてしまうと、その中の魔が外に漏れ出してしまうかのような。

 小鍛治さんの眼は、先程の対局の時とは違い、黒く燃えている。その眼は、これから始まる勝負の重さを物語っているかのようだった。

 小鍛治さんから発せられる雰囲気は、『あの時』のものに近付いているのだと感じた。

 

 

 そして扉が、今、ゆっくりと開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「劉さん。何故、赤土さんを…」

 健夜が話しかけた相手は、劉と呼ばれる老人。卓には着いておらず、奥に椅子を構え、そこに座っている。

(劉…って…この人…)

 晴絵は彼と面識があるわけでは無いが、名前だけは知っていた。華僑の大物であり、裏社会の住人の中でも、相当の危険人物。

 劉は今回のインターハイで行われた、関西共武会と桜輪会の争いの立会人としても呼ばれていた。

「もう、揃っているじゃないですか」と健夜は続けた。

 卓は既に二人が座っていた。健夜が劉に依頼したのは一人。しかしその卓には依頼した人数より一人多い。

「やあ小鍛治さん、お久しぶりですねー」

 陽気に話しかけてきたのは江崎という男性。健夜が【ここ】で初めて打った時に犠牲になった者の一人であったが、劉の下…海の上の密入国船で三年働き、陸に戻って来ていた。陸に戻って以降、彼はここの住人となり、弱者を狩る者の一人となった。

「江崎さん。打てる人はあなただと思っていましたが、その隣の方は」

 健夜は江崎の上家に座る眼鏡をかけた男性を指した。

「この方は後堂という方で、中々の腕をお持ちでしたので、連れてきました」

 後堂。彼は一月程前まで成金の月島社長の秘書をしていた。

 数千万の金が動く高レートのマンション麻雀で、月島は傀と同卓し、そして傀の力により一欠けし、後堂が入ることになった。

 後堂はその技量で傀に喰らい付くも、月島が足を引っ張り、一方月島は自分が負けていることを後堂のせいにしたことからトラブルが発生し、結果的に後堂はクビとなる。

 しかし、フリーとなった後堂は縛り無く傀と打てるようになり、そしてその対局を江崎が観戦していた。ハイレベルな勝負はハイレベルの卓で。江崎は後堂を劉の卓に誘った。

 だが、傀は断った。「明日学校があるので」と言って、彼は打てる日を指定しその場を去った。江崎は確実に打てる日があり、その指定を傀がしたという貴重さもあってか、それを良しとした。江崎はひたすら腹を抱えて笑った。

 後堂は無職となるはずだったが、以後は劉の下で、江崎と共に働くことになった。

 そして今日を迎えたのである。つまり健夜が劉に依頼する前に、既にメンバーは決まっていたのである。

(しかし小鍛治プロがこの卓の住人だったとは…これは予想外でした…)

 

「それなら、赤土さんを連れてくる理由は無いじゃないですか」と健夜は言った。

「十年前、あなたから跳満の直撃を奪ったのは誰です?」と劉が言った。年相応の、しかし厚みと湿り気のある声だった。

「え…」

「十分な理由ですよねぇ?新米の後堂さんがこの卓に相応しいかまだ分からないじゃないですか」

「まさか…赤土さんをこの卓に!?」

「もし、後堂さんが使えなかったら、ですよ?」

「聞き捨てなりませんね、劉さん…」と、後堂は眼鏡のブリッジを軽く押さえて言った。

「力を証明すれば良いだけですよ、後堂さん」

 江崎はそう言って彼の背中をポンと叩いた。

「劉さんは、打たれないのですか」と健夜が聞いた。

「今回は見物させてもらいますよ。見物麻雀ならぬ、正真正銘の見物ですネ。ほほほ」

「そうですか。…ところで傀君は?」

「丁度今、来られたようですねぇ」

 劉がそう言った直後、扉が開かれ、傀が入ってきた。

 

 

「打てますか」

 

 

(清澄の…傀?彼も…ここの住人?)

 彼の纏いし空気なのか、部屋の緊張感がさらに増したように晴絵は感じた。

 傀が入った後、黒服達が段ボール二つほどが乗った台車を十数台程引いてきた。

 段ボールが開かれ、そこには大量の札束が入っていた。

「小鍛治氏、傀氏共に10億あります」

 黒服達が確認を取ると、大き目のサイドテーブルの位置にそれぞれ10億ずつ配置した。テーブルに乗せれない大半は横に置かれる形になった。

「小鍛治さん…これ……」

 晴絵は恐る恐る聞いた。裏をある程度は知っている彼女であったが、これほどの額が動く勝負は見たことが無い。その勝負に、健夜は関わっている。

「はい。私はここで打つと、持ち帰れない程の額が手に入るので、ここに置いたままにしているんです。使わないですし」

 彼女は淡々と返す。晴絵の嫌な予感は強まっていく。

「レートは千点10万のウマ100万・300万、ビンタが5000万の東風戦でよろしいですね」

 黒服が確認を取った。

「構いません」

 傀、健夜が即答する。

「ホホホホッ、熱い熱い夜になりますな」

 そして劉は笑う。

「劉さんもほんとは打ちたいんじゃないですか?」と江崎が聞いた。

「お気になさらずに、あなたがお先でよろしいですよ」

(先…)

 その言葉に後堂はピクリと反応した。まるで自分が負けた後の対局があるかのような口ぶりであったからだ。

 

 これは超高レートの勝負ではあるが、金額はあくまでメモリであり、目的は金銭そのものでは無い。果たしてこの勝負が、弱者を狩るだけのものとなるのか、強者同士の凌ぎ合いとなるのか、それを見るためにこの魔の卓は開かれた。

 

 座順は健夜、後堂、江崎、傀。赤無し。

 

東1局 親 健夜 ドラ {2}

 

10巡目 南家 後堂 手牌

 

{五六六七八④⑤⑤⑥⑥345} ツモ {③}

 

(先月打った面子とは雰囲気が違う。小鍛治プロの纏っている空気も、テレビで見るものとは違いますね…)

 後堂は{⑤}を曲げリーチを宣言。

(不発でもいい。実力をはかっておかねばなりませんね)

 

同巡 西家 江崎 手牌

 

{四六八②③④⑤⑥44567} ツモ {七} 打 {4}

 

同巡 北家 傀 手牌

 

{三四四⑥⑦⑧5667788} ツモ {5} 打 {8}

 

11巡目 東家 健夜 手牌

 

{三三四②③123東東東南南} ツモ {三} 打 {②}

 

同巡 南家 後堂

 

ツモ {7} 打 {7}

 

(少なくともリーチは成功…ですかね…。一巡遅れていたら死命は逆かも…でした)

 

同巡 西家 江崎 手牌

 

{四六七八②③④⑤⑥4567} ツモ {七} 打 {7}

 

同巡 北家 傀 手牌

 

{三四四⑥⑦⑧5566778} ツモ {⑤} 打 {8}

 

12巡目 東家 健夜 手牌

 

{三三三四③123東東東南南} ツモ {2} 打 {1}

 

同巡 南家 後堂

 

ツモ {3} 打 {3}

 

(どうやらこの手…不発に終わりそうですね)

 

同巡 西家 江崎 手牌

 

{四六七七八②③④⑤⑥456} ツモ {③} 打 {②}

 

同巡 北家 傀 手牌

 

{三四四⑤⑥⑦⑧556677} ツモ {六} 打 {⑧}

 

13巡目 東家 健夜 手牌

 

{三三三四③223東東東南南} ツモ {2} 打 {3}

 

同巡 後堂 

 

ツモ {東}

 

(こんな卓で打ってみたかった)

 学校を出てから社長秘書として20年。家族が代々月島商店に勤めていただけであり、自分で選んだ仕事では無かった。しかし今、彼は自分で人生を選んでいる実感がある。

「フ…。リーチ牌を晒しものにされてこんなに心地いいとは」

 そう呟いて彼は{東}をツモ切った。

 

 その時

 

「後堂さん…」

 と健夜が

 

「何でそんなに気を抜いて打っているんですか?」

「え?」

「カン」

 

東家 健夜 手牌

 

{三三三四③222南南} 大明カン {東東東横東} 嶺上ツモ {2}

 

「カン」

 

{三三三四③南南} 大明カン {東東東横東} 暗カン {■22■} 嶺上ツモ {南}

 

「『様子見』なんて出来る余裕、あると思っているんですか?」

 

打 {③} 新ドラ {2} {2}

 

(ド…ドラ12!?)

 

 同巡、後堂が掴んでいた牌は、{南}。間髪入れず健夜は鳴いた。

 

「ツモ」

 

{三三三四} 大明カン {東東東横東} 暗カン {■22■} 大明カン {南南南横南}

 

ツモ {五} 新ドラ {東}

 

「責任払いはありません。16000オールです」

 

健夜 74000(+48000 +1000)

後堂 8000(-16000 -1000)

江崎 9000(-16000)

傀  9000(-16000)

 

「あったら死んでましたね。後堂さん」

 

(小鍛治さん…)

 違う。先ほど打っていた彼女とは明らかに違う。雰囲気だけでは無い。力が、次元が違う。彼女の言った通り、様子見などの余裕など無い。開幕から殺しに来ている。

 

「全く衰えていませんね。小鍛治さん。いや…衰えるどころか強くなっていらっしゃる」

「江崎さん?」

「ええそのようですねぇ。小鍛治さんが【ここ】を離れて三年ぶりでしたが、決心してくれたということでしょう」

「決心?劉さん、どういうことですか?」

 劉は何故そのようなことを質問するのかと言うがの如く

「何を言っているのです?『戻る』気になったから、今ここで打っているのでしょう?」と返した。

 健夜には彼が何を言っているのかが分からず、また聞く。

「『戻る』ってなんですか?私は、傀君と打つために…勝つためにここに…」

「傀サンに『勝つ』?」

 江崎には健夜の言っていることこそ分からなかった。

「ホホホッ。『勝つ』と、今あなたは傀さんに『勝つ』と言ったんですか?」と劉は笑いを交えて、そして

 

「小鍛治さん。あなたは、傀サンに一度も負けたことが無いじゃないですか」

 

「え………?」

 

 

―――そんな…

 

 

 

 そんなことはありえない。健夜がここに来た理由は、傀に勝ち、これまで自分が救えなかった者達への少しでもの償いのため。そして、前に進むため。今の傀になら、勝てると思ってここに来たはずだった。

 だが、劉や江崎から来る言葉は彼女の思っていることとは全く違う。違うどころか逆。

 小鍛治健夜は、一度たりとも傀に敗北していない。

 彼女にとって信じがたい事実。信じたくない真実。

 

 

―――違う!

 

 

 彼女は否定した。声にして否定した。

 

 私は、私は

 

 

 否定し続ける。

 

(小鍛治さん…?)

 健夜が苦しんでいる。晴絵にもそれは分かる。

 出来ることなら、助けてあげたい。しかしどうやって。彼女には、彼女が苦しんでいる理由すら分からないのに。動けない自分がもどかしかった。

 

 

 

「もしかして、忘れたのですか?それとも、認めたくないのですか?」

 劉の声。否定したい。しかし彼は続ける。

 

「あなたが【人鬼】だということを」

 

 

「違う!」

 

 怒鳴る。

 

 

「いいえ小鍛治さん。あなたは、人鬼です。あなたがここを離れていた間、傀サンが人鬼を演じていただけです」

 そう江崎が付け加える。

(この人が…小鍛治プロが…人鬼?)

 後堂はまったく話についていけていなかった。

「証拠を見せましょうか?」

 

―――やめて

 

「1本場、ここの局で私はダブリー一発ツモ裏4で和了ります」

 

 江崎の言う通り、その局は彼の倍満ツモ。

 

東1局1本場 ドラ {中}

 

西家 江崎 手牌

 

{一二三④④④⑤333345} ツモ {⑥}

 

裏ドラ {3}

 

健夜 65900(-8100)

後堂 3900(-4100)

江崎 25300(+16300)

傀  4900(-4100)

 

―――やめて…

 

 江崎は続ける。

「そして東2局、あなたは傀サンに差し込みます。傀サンも和了ざるを得ません。クビを確保するためにもね」

 

――やめて……

 

否定しつつも、手がそう動いてしまう。何ものかに操られているかのように

 

西家 傀 手牌

 

{①②③⑨⑨⑨白白白発発発中} ロン {中}

 

ドラ 無し

 

 

東2局 親 後堂

 

健夜 41900(-24000)

後堂 3900

江崎 25300

傀  28900(+24000)

 

「三倍満の差し込み…ククク…」

 と言いつつも、江崎も内心その現象には戦慄していた。それは、かつて自分を殺した現象と同じだったからだ。そして、自分はその現象に抗うことがまだ出来ないでいる。

 

 

「そして…東3局。後堂さん。あなたは小鍛治さんに役満を振ります」

「は?」

 後堂には未体験の現象。理解しがたい内容。

「第一打で」

 さらに理解しがたい一言。

 

東3局 親 傀 ドラ {九}

 

西家 後堂 手牌

 

{一九①⑨23589東南北白} ツモ {1} 

 

 傀の河には{白}。健夜の河には{三}、手出し。

 

(第一打で?役満を?私が?)

「役満の重複は有りですから、気をつけないといけませんねぇ」

 思考を遮るように、背後に座っている劉からの付け足しが入った。

(ばかばかしい。そんなオカルトあり得るわけが…)

 と考えながらも、彼は役満の可能性を考慮し始めた。

 

「そう、それであなたの【一人沈み】が確定するんですよ」

(かつての私のようにね)

「どれかは通るんです。そもそも、まだ聴牌してるとは…」

「限らないと?先程の現象を見てまだそのようなことがほざけるのですか?ホホホ」と劉がまた笑う。

(ここは…この【卓】は一体何なのです!?)

 後堂の混乱は加速し続ける。

(落ち着け…。東3局。もう親の無いこの状況で逆転は困難。首を確保するのも骨が折れます。この手はメンホンに育てて、最低でも満貫は欲しい)

「もう一度言いますよ。あなたは確実に役満に振ります」と江崎は念を押した。

 

(確実に振るなど…そんな…いや…ちょい待ち!)

 後堂の脳裏に過ったのは、国士。自分の手がそれに近いのもあるが、健夜の手もそうではないかと推察した。仮に国士なら、それも最悪十三面なら、混一どころか前に向かった場合振り込むことになる。

(それなら…)

 後堂の選択は打{5}。チャンタ、国士を見つつのルート。ヒントが増えれば、上手く立ち回ることも出来るのではないか。そう睨んだ。

 が

 

「ど…どうしたんです?江崎さん。あなたの番です…よ…?」

 江崎はピクリとも動かない。

(ま…まさか……そんな……しかし、小鍛治プロも動いていない……。躱した…躱したはずです!)

 躱した。もうその思考自体がこの現象に侵されているとも知らず、彼は選択の正解を信じた。

 

「どうされました?小鍛治さん。和了らないんですか?」と劉は立ち上がって、健夜の横に立ち、その手を見た。そしてその口端を吊りあげた。

 ドクンと大きな音が、後堂の胸で鳴った。

 

「……ってません」

 ぼそりと健夜は音を出すが

 

「和了っているじゃあないですか。ホホホホホッ!」

「和了ってません!」と健夜は声を荒げるが

 劉はその言葉を無視し、彼女の手をパタパタと倒した。

 

南家 健夜 手牌

 

{5東東東南南南西西西北北北} ロン {5}

 

「人和はありませんが四暗刻単騎はダブル扱いですので、トリプル役満ですねぇ。ホホホッ!」

 

東3局

 

健夜 137900(+96000)

後堂 -92100(-96000)

江崎 25300

傀  28900

 

「ほら。言ったじゃないですか」

 江崎が後堂の肩をポンと叩く。

「触るなッ!」

 彼はそれを払いのけた。

「何が第一打ですか!{5}以外は全部通ったじゃないですか!」

 

「と…思いますよね…でも」

 江崎は続けた。

「もしあなたが、その手から仮に{2}辺りでも切ったとしたら、小鍛治さんは緑一色をあがっていたでしょうね」

「何を言っているんですか?そんな、未来が改変されるとでも!?」

「そう思いたくなるくらい、必ず当たるんですよ。怖ろしいことにね」

 未来は分かれているようで、その実は一本道。小鍛治健夜の起こす現象を確実なものとして証明する術は存在しない。だが、一晩打てば理解せざるを得ない。小鍛治健夜が人鬼そのものであり、魔界の頂点に君臨しているということを。

 

1回戦終了。

 

 

健夜 11億6580万(+1億6580万)

後堂 6億8480万(-3億1520万)

江崎 9億9850万(-150万)

傀  11億5090万(+1億5090万)

 

(ビンタの額が大きいから、点差において出来た差額が比較的小さいですが…しかしこれでは…)

 たった1回の東風戦で見せつけられた圧倒的差。

 

「どうやら、早くも『敗者』が決まってしまったみたいですね」

 江崎のその言葉に後堂は反応した。

「ま…まだ…勝負は終わっていません……」

 と返した彼に対し「続けるのですか?」と江崎は聞いた。

(あの時の私のように…)

「ま……まだ…始まった…ばかりです……」と後堂は返す。

 

 認める認めないという段階に彼はいなかった。彼にあったのはただただ混乱。まだ1回戦ということ、まだ6億あるということが彼の思考を麻痺させている。

 人鬼の世界は、まだ始まったばかりだというのに。

 

 二回戦の起親も健夜。

 そして

 

 

「ろ……ロン……」

 

東家 健夜 手牌

 

{一一一①①①⑨111999} ロン {⑨}

 

 またも一瞬で飛び。三億を失う。

 

(私の時はオーラスまで『待って』くれていましたが、その隙すらありませんね…)

 江崎はかつて【人鬼】と打った時の対局を思い出していた。

 東1から東3までのロン合戦。その間、脇の二人は和了りもせず振り込みもしない異常事態。そしてオーラスで江崎が人鬼に振るという結末。彼はそれで一人沈みを続け、破滅した。

 江崎が振っていた相手は傀では無い。小鍛治健夜であった。

 

 健夜は認めたくなかった。

 あの時、相手を地獄に落としていたのは、自分だったということを。

 傀がそうしているのだと自分に言い聞かせて、思い込んで思い込んで、記憶が書き換わる程に思い込んで。

 しかしそれでも周りは覚えている。卓の住人は勿論、地獄に落とされた者は決して忘れない。

 彼女が、紛う無き【人鬼】であったということを。

 

 彼女がかつて【傀】と呼ばれていたことを。

 

 

 

 彼女は笑っていた。

 鬼の棲む荒野。

 彼女は…彼女こそ人鬼だった。

 落ちていく、消えていく、溺れていく。

 助けを求めるその手を、彼女は踏みつけた。そして蹴落とした。奈落に落ちる者たちを見て、彼女は笑っていた。

 彼女は人鬼が怖かった。

 人鬼である自分が、怖かった。

 そして、3年前に彼女は逃げた。

 

―――

――――

―――――

 

 

 3回戦。またも彼女は起親。そして

 

 

東家 健夜 手牌

 

{222444666888発} ロン {発}

 

 またも後堂は3億を失う。

 

 

 

「も……もう……勝てる気がしません……。元の10億どころか、半分の5億に戻すことも無理だ……。わ…私の負けです……」

 

 残り1億を切り、3回戦終了時にて、とうとう後堂は折れた。

 それを見て江崎はホッと一息ついた。

(良かったですね後堂さん。止まることが出来たのは立派です。あの時の私のように、止まる所を見失って破滅に向かってしまったのなら、それこそあなたは終わってしまうでしょう。あなたに海の上の仕事は出来そうにないですからね)

 江崎は肩を落とす彼の肩に手を置いた。その手が払われることは無く

「ま…これから頑張りましょう。お互いね」と言って、にかっと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「小鍛治……さん」

 私は彼女の背中に声をかけた。その背中は、あまりにも弱々しかった。

 彼女は、ゆっくりと振り返って

「赤土……さん……」とだけ

 

 その声は震えていた。

 

 その眼には一杯の涙を溜めていたけど、その口端は吊りあがっていた。

 

 

 小鍛治さんは壊れかけている。

 いや、もう壊れているのかもしれない。

 でも、私に何が出来るだろうか。彼女が戦っている間、声をかけるチャンスは何度もあった。それでも何も出来なかった。あの人の居る世界が…あまりにも『あの時』に似ていたから。私をを停止させた、『あの時』に。

 

 

 

 違う。

 

 

 

 そうじゃないだろ赤土晴絵。

 

 

 

 私は阿知賀から、あの娘達から何を学んだ?

 

 乗り越えるんじゃなかったのか。

 

 このインターハイ、あの娘達はめいっぱい戦った。

 

 今度は私が戦う時じゃないのか?

 

 

 

 

 小鍛治さんのため?

 

 

 

 

 違う。

 

 

 

 これは、私に架せられた試練。

 

 

 

 

 だからこそ私は

 

 

 

 

 

「小鍛治さん……」

 

 

 

 

 こう言うんだろ?

 

 

 

 

 

「私、プロになります」

 

 

 

 

 小鍛治さんはきょとんとした。

「そ…れは、この前、聞いた……よね?」

 

 そう。それは一昨日、決勝ステージの下見に行った時に言った。でも、それとはちょっと違う。

「『目指す』ではありません。『なる』んです」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

「『今日、ここであなたを倒して』……私はプロになります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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