アカギ、傀、竜が清澄高校麻雀部に入部したそうです   作:叶芽

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#39 人鬼の世界-OUTRO

 

 退屈だった。

 

 傀だけじゃない。

 アカギも、竜も退屈だった。

 

 多くの者にとっては非日常の世界でも、彼らにとっては同じことの繰り返し。

 金を賭けようが、命を賭けようが、それが日常となってしまえば世界はそこで広がりを失う。

 

 狭い世界の中で全てが完結する。

 それではあまりにも退屈な人生じゃないのか。

 

 裏を知り尽くし、裏を渡り尽くし、それでも世界は広がらない。

 諦めかけたその時、一人の少女が声をかけた。

 これまで誰も、その世界に手を引っ張ってくれるものはいなかった。誰も彼もが己の欲のために、裏へ裏へと引っ張っていく。だがその少女は、その逆の世界に彼らを連れて行こうとした。

 決して歩くことの無かったであろう、表の道に。

 

 気が付いたらそこに居た。

 そこが居場所になっていた。

 

 

 清澄高校麻雀部。

 

 

 

 確かに彼らは、そこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はあの場所を経験している。10年前のインターハイ団体戦。その準決勝。私は牌に触れることすらも怖れるようになって、そして停滞した。でも経験したからこそ、もう一度戦える。挑める。

 その壁を越えるために、私は何もしていなかったわけでも、考えていなかったわけでもない。

 

 

 

「おや…もういいのですか?」

 劉は席を立っている江崎さんに対してそう聞いた。聞かれた彼は

「どうやら、私はまだまだ修行不足のようです。劉さん、どうです?」

 と言って彼はその席を劉に差し出した。

「どうです、と言われても、これでは座るしかありませんねぇ」

 ニコニコと歩み寄り、そして座った。その席に座ることに、恐れも躊躇いも無い様子だった。

 私は空いた席、後堂さんが座っていた席に着いた。

「よろしいのですか?冷え切ってますよ、その席」と江崎さんが話しかけてきた。私はこう返した。

「私の生徒の友人に、そういったことに対して口癖のようにこう返す子がいるんです」

「と言いますと?」

「『そんなオカルト、あり得ません』」

 言われた江崎さんはハッと笑って

「面白いことを言う子ですね。一度お手合わせ願いたいものだ」と言った。

「表に来れば、いつでも打てますよ」

「ふっ。それは難しいですねぇ。私は表では指名手配されていまして、いやはや残念」

 そう。裏の世界は深いが狭い。裏に生きるということは、それだけ表での可能性を消し去ってしまうということ。勿論、可能性を失ったからこそ裏に生きざるを得なくなる者もいるし、寧ろそちらの方が多い。江崎さんも、おそらくそちら側だと思う。

「ところで、レートはどうなさいますか?赤土さん」

 劉が聞いてきた。

「ノーレートでお願いします」私は即答した。

「ホホホッ!『この卓』でノーレートですか!それは前代未聞ですねぇ」

「未聞でも、お願いします。というより、レートがあっても意味は無いと思います」

「ほう?」

「ギャンブルとは、破滅を背にしてようやくギャンブルと言えるものです。仮に私が全財産や命を賭けたとしても、それを遥かに超える額をあなた方は所持しています。あなた方が破滅する可能性が存在しない賭けは、賭けとは言わないと思います」

「少し違いますかねぇ…赤土さん。この卓は喰う者と喰われる者が住みつく所です。破滅するしないは関係ありません。私が言っているのは、今あなたは『お金がいるのかどうか』です。後堂さんが10億という大金を賭けていたのは、それ相応のものを欲したからです。あなたは、どうなのですか?」

「そうですか。でしたら私はいりませんと答えます。私は、小鍛治さんと打ちたいだけなのですから」

「ほほほ。よろしい。でしたら受けましょう。ノーレートで」

「それと、もう一つお願いしていいですか?これは可能ならで構いません」

 とは言ったものの、出来ればこの案も通ってほしいと思っていた。

「何でしょう?」

「ルールを、10年前のインターハイ団体戦のものと同じにしてもらえますか?」

 10年前のインターハイ団体戦でのルール。10万点持ち、前、後半戦なのは今年と同じだが、赤は無く、一発も裏も無いもの。小鍛治さんの火力を下げ、飛び終了の可能性を少しでも減らせる、という要素があるように見えるけど、そうでは無い。そんなのは小鍛治さんには何の意味も無い。

 私はあの時のルールの上で小鍛治さんと打ちたいと思った。だたそれだけ。

「『インターハイ』ですか…」

 そう言うと劉は少し考えた素振りを見せた。それから少し置いて

「良いでしょう」と回答した。

 意外だった。

「ほ…本当に良いんですか?かなり、我儘な提案…だとは思っていましたが」

 と私は確認を取った。

「『鷲巣君』を見て、私も打ちたくなったんですよ。『インターハイ』でね」

「鷲巣巌を、ご存じで?」

「知っているも何も、彼とは同期で、よく打ちましたよ」

「これは初耳ですね。まさか昭和の怪物鷲巣巌と知り合いとは…」

 江崎さんが驚きを交え言った。

「彼との対局で一度も飛んだことが無いのが、私の数少ない自慢の一つですねぇ。ですから、この面子でも足を引っ張るということは無いのでご安心を」

「あなたの実力に納得しましたよ、劉さん。いや…逆にそうでなくては人鬼相手に見物麻雀を続けることなどできませんか」

 正直驚いた。全盛期の鷲巣巌相手に飛んだことが無いというのは、もはや超人の領域。

「と…話を進めていますが、小鍛治さん。よろしいですか?」

 劉は小鍛治さんに確認した。

「は……はい……」

 と彼女は弱々しく返答する。

 声も身体も震えている。

 

 何か、どうしようもない感情が湧き上がってくる。

 

「あの…」

 その彼女を見ていたら、私はいてもたってもいられなかった。

 

 

「あの…小鍛治さん……私と、差し勝負しませんか?」

「え?」

 小鍛治さんはきょとんとした。

「えっと…お金も命も賭けないんですけど…その……罰ゲーム的な…」

 こうでもして、少しでも小鍛治さんの辛さを和らげたかった。

「な…何でしょう」

 

 少し恥ずかしいけど…

 

 

 でも十年前から、ずっと彼女のことは意識していた。

 

 

 

「私が勝ったら……私と……結婚してくれますか?」

 

 

 

「け…結婚!?え?」

 

 

 小鍛治さんの雰囲気が、少し戻って来てくれた気がする。

 周りのことなど知ったことか。とにもかくにも、小鍛治さんを救わないとって思ったら、もうどうしようも無かった。

 

「わ…私達女の子同士だよ?」

 私はその言葉に聞く耳も持たずに続けた。

「小鍛治さんが勝ったら、私は小鍛治さんの言うことなんでもしますから」

「え……その…ちょっと……」

「受けたらいいじゃないですか」

 江崎さんが言った。

「ま……まあ、iPS細胞と言うもので同性の間でも子供が出来るというのは聞きますしね」

 と言いながらも、後堂さんは照れているのか、眼鏡のブリッジを押えて少し俯いている。

「ホホホッ、良いですね。まだまだ二人ともお若い」

 劉が手を叩いて笑っている。

 魔の卓であったはずの場所が、いつの間にかそれとはまったく違うものになっていた。

 

 これから私はこの場所で、小鍛治さんと打つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ルール

 

10万点持ち

 

前・後半戦

 

一発、裏ドラ、赤牌無し

 

ダブル役満、役満の重複無し

 

座順

 

健夜→晴絵→劉→傀

 

健夜  100000

晴絵  100000

劉   100000

傀   100000

 

 

 

東1局 親 健夜 ドラ {⑤}

 

6巡目 南家 晴絵 手牌

 

{三五六七④⑤⑤⑥78899} ツモ {四}

 

「何を切ります?」

 晴絵の後ろでその手を見ている江崎が、同じくその場にいた後堂に対して話しかけた。

「何です?あなたは向こうに行けばいいでしょう。その方が、より人鬼の研究が出来るのでは?」

「いやいや。私もまだまだ挑戦者側です。それに、こちらの方が面白そうですし。で、何を切ります?」

 ベタベタと近付いてくる江崎から、後堂は一歩横にずれて、そして他家の河を確認した。

 

東家 健夜 捨て牌

 

{発7白一32}

 

南家 晴絵 捨て牌

 

{⑨西南①1}

 

西家 劉 捨て牌

 

{⑧北③南白}

 

北家 傀 捨て牌

 

{白西北東中}

 

「{8}…ですかね…」

 と後堂が答えると同じくして、晴絵は打牌を完了していた。

 晴絵の選択は、打{9}。

「さすがにあれでは遅すぎでは…」

「まあ相手が【人鬼】でなければ、私も速攻を意識しますね」

 と言いながら江崎はすたすたと健夜の手を見に行き、そしてニヤニヤとしながら戻ってきた。

「後堂さん…」

「何ですか…近いですよ…」

「当たってますよ」

「え?」

 江崎が言うに健夜の手牌は

 

東家 健夜

 

{2223334448発発発}

 

 となっており、後堂の打{8}では緑一色、四暗刻単騎への直撃となっていた。

「そんなまさか」と言って後堂も確認に行くが、その通りであった。

(第一打の{発}と、5巡目の{3}、6巡目の打{2}は四枚目から切っていたのですか!これでは…簡単に正解不正解を判断することは出来ません…。というか小鍛治プロは何であんな非常識な手を何度も張れるのです?)

 

7巡目

 

東家 健夜

 

打 {8}

 

同巡 晴絵 手牌

 

{三四五六七④⑤⑤⑥7889} ツモ {③} 打 {9}

 

「では、それをチーさせてもらいましょ」

 劉がその打{9}に反応し、打{八}。振らぬ和了らぬの見物麻雀の劉が動いた。

 

8巡目 東家 健夜 

 

打 {白}

 

同巡 南家 晴絵 手牌

 

{三四五六七③④⑤⑤⑥788} ツモ {⑦}

 

(このツモは鳴きが入る前は小鍛治プロのツモ)

 後堂は健夜の手牌を見る。

 

東家 健夜 手牌

 

{⑦222333444発発発}

 

({⑦}単騎…。ツモりあがっている…。それを劉にずらされた)

 

 晴絵は打{7}で聴牌。

(でも…この手はここで終わる)

 彼女は曲げずにそのまま切った。

 

「ツモ。1000・2000です」

 

西家 劉 手牌

 

{七八九九九⑦⑧東東東} チー {横789} ツモ {⑨}

 

健夜  98000(-2000)

晴絵  99000(-1000)

劉   104000(+4000)

傀   99000(-1000)

 

「ほほほ。ノーレートでも、面子さえ揃えば中々の緊張感で打てるものですねえ」

 東1局、先制したのは劉。彼は東2局も、ゴミ手ではあるものの和了を見せる。

 

健夜  97700(-300)

晴絵  98500(-500)

劉   105100(+1100)

傀   98700(-300)

 

(確かにこの緊張感…、外から見ても伝わってくる。しかし…)

 後堂は晴絵の戦い方を見る。

(彼女はやはり遅い…というより、打ち方が古い。それで結果的には躱せてはいますが、和了れなくては意味がありません)

(果たして、偶然なのか…意図して躱しているのか)

 江崎も彼女の戦い方にますます興味を持った。

 

東3局 親 劉 ドラ {5}

 

4巡目 東家 劉 手牌

 

{六七②③⑤⑥33555北北} ツモ {②}

 

東家 劉 捨て牌

 

{⑨中南}

 

(連続で和了れ、今回も和了る分では良さげな手ですが…)

 この局は自分の和了る番では無いと彼は感じていた。しかし

(誰かさんがアガリを逃したなら別ですがね…。赤土さん、あなたはどうですか?)

 劉はその手から{3}を河に置いた。

 

5巡目 北家 晴絵 手牌

 

{二三四八八③④2467発発} ツモ {発}

 

 晴絵は下家の劉の河を見た。

 

東家 劉 捨て牌

 

{⑨中南33}

 

({3}の対子落とし…)

 打{7}で両面嵌張を残すか、{2}、{4}を落としての{5}、{8}、{②}、{⑤}の両面両面の受けを作るか。彼女は殆ど少考せず、打{7}を選択した。

 

6巡目 北家 晴絵 手牌

 

{二三四八八③④246発発発} ツモ {3} 打 {6}

 

 そして次巡、難なく聴牌。ダマ。

 

7巡目 東家 劉 手牌

 

{五六七②②③⑤⑥555北北} ツモ {④}

 

(罠にはかかりませんでしたか…。そしてどうやら今度は私が追い詰められてしまいましたね)

 だか彼はニタリと笑う。

(私も、熱くなってしまったようですね)

 

劉・打 {5}

 

 彼はドラの{5}を選択した。

(ここでの打{②}は赤土さんへのアタリ。かといって{北}や{⑥}も切れない。何故なら)

 

西家 健夜 手牌

 

{①①①①②③⑥⑥⑧⑧⑧北北}

 

(その時点で『敗者』が決定してしまいますからねぇ)

 二連続で和了を防がれた彼女の手は下がりつつあった。

 しかし

(手の高さは関係ない。寧ろそれに惑わされて本質を見失うことの方が危険)

 晴絵は知っていた。小鍛治健夜の麻雀の恐ろしさは、その馬鹿げた運量では無い。

 

同巡 西家 健夜 手牌

 

{①①①①②③⑥⑥⑧⑧⑧北北} ツモ {④}

 

「カン」

 

{②③④⑥⑥⑧⑧⑧北北} 暗カン {■①①■} 嶺上ツモ {②} 打 {北}

 

新ドラ {①}

 

同巡 北家 晴絵 手牌

 

{二三四八八③④234発発発} ツモ {発} 

 

(取られた…)

 本来なら、ここで彼女は暗槓し、嶺上牌の{②}でツモ和了っている。

 

晴絵・打 {発}

 

8巡目 東家 劉 手牌

 

{五六七②②③④⑤⑥55北北} ツモ {④} 

 

(打、{②}が通せたのならツモアガリでしたねぇ…)

 

打 {5}

 

 劉はもうこの局和了る気は無い。完全なベタ降りに移行した。

 

同巡 西家 健夜 手牌

 

{②②③④⑥⑥⑧⑧⑧北} 暗カン {■①①■} ツモ {⑤} 打 {北}

 

同巡 北家 晴絵 手牌

 

{二三四八八③④234発発発} ツモ {⑧} 

 

 そして彼女の手も停止した。

 その局の結果は健夜の一人聴牌となった。

 

健夜  100700(+3000)

晴絵  97500(-1000)

劉   104100(-1000)

傀   97700(-1000)

 

(さて…これでは防戦一方ですねぇ。どうするんです?阿知賀の監督さん)

 江崎の見ている通り、防戦一方の状況。どこかでは必ず攻めなくてはならない。その攻め時を見極めることが果たして晴絵に出来るのか。江崎は期待の眼差しを彼女に向けた。

 

東4局 親 傀 ドラ {⑧}

 

5巡目 西家 晴絵 手牌

 

{二二八⑤⑥⑥⑦⑦⑧579東} ツモ {⑧}

 

(しかし手が落ちているわけではありませんね。ここで私なら…)

 {東}は生牌。ここで確定一盃口ドラ2に受けての打{⑤}か、それとも{東}をここで手放すか。後堂は、自分ならここで自分なら何を切るかを考えた。

(私の場合は)

 後堂は心の中で打{八}を選択した。筒子の伸びに期待して三色の目を捨てる。

 晴絵もそれと同じ選択をした。

(しかし、果たしてあの場所で私はその思考に到れるのか…。集中力を保てるのか…)

 彼は先程の対局を思い出した。異常に次ぐ異常の連続の中で、普段通りの自分の麻雀が打てるのかどうか。彼には自信が無かった。

(ですが赤土さんは打てている。彼女の集中力は凄まじいものがあります…。あれほどのメンタルがあって初めて、あの卓には座れるのかもしれません…)

 

同巡 北家 劉

 

打 {八}

 

北家 劉 捨て牌

 

{81九①八}

 

6巡目 南家 健夜

 

打 {六}

 

南家 健夜 捨て牌

 

{①北1西南六}

 

7巡目 南家 健夜

 

打 {七}

 

({八}が立て続けに切られたから{六}、{七}の手出し?塔子の見切りが早いのは{三}、{四}を持っているから…ですかね)

 今回後堂は健夜の手牌を見には行かなかった。この局は、晴絵と同じように健夜に挑んでる気持ちになって観戦した。

 

同巡 西家 晴絵 手牌

 

{二二⑤⑥⑥⑦⑦⑧⑧579東} ツモ {東}

 

(さて…何を切ります?私なら…)

 

 晴絵の選択は打{⑤}。ここも後堂と同じ。

 

次巡 西家 晴絵 手牌

 

{二二⑥⑥⑦⑦⑧⑧579東東} ツモ {5} 打 {7}

 

({9}単騎…。{9}はまだ場に一枚も出ていない…。小鍛治プロでも掴めば出す…か?)

 

9巡目 南家 健夜 

 

打 {7}

 

南家 健夜 捨て牌

 

{①北1西南六}

{七白7}

 

({7}単騎なら打ち取りでしたか…いや…今のは合わせ打ち?)

 後堂が思考を巡らすうちに状況は次巡に進む。

 

10巡目 南家 健夜

 

打 {8}

 

 手出し。{7}、{8}と二連続の両面塔子落とし。

 

南家 健夜 捨て牌

 

{①北1西南六}

{七白78}

 

西家 晴絵 捨て牌

 

{①西南②八白}

{⑤7南}

 

北家 劉 捨て牌

 

{81九①八⑨}

{西1一}

 

(場に{9}が一枚も切れていないのに…{7}、{8}落とし…。と言うことは小鍛治プロは{4}、{5}を持っていて…下の三色狙い……。いや……小鍛治プロにしては安い…か?これは……)

 後堂に焼付いた役満ラッシュが、彼の思考を鈍らせている。

 

同巡 西家 晴絵 手牌

 

{二二⑥⑥⑦⑦⑧⑧559東東} ツモ {発}

 

(生牌…でも『ここ』じゃない…)

 彼女は{発}をツモ切った。

(そして…次巡に『来る』)

 

 晴絵の予想通り、11巡目…

 

 

 

 【人鬼】が前に出てきた。

 

 

 

「リーチ」

 

 

 

南家 健夜 捨て牌

 

{①北1西南六}

{七白78横④}

 

(小鍛治さんのリーチ。ここが…ここが正念場…)

 

同巡 西家 晴絵 手牌

 

{二二⑥⑥⑦⑦⑧⑧559東東} ツモ {二}

 

「小鍛治プロが…リーチ?」

 これまでリーチなど不要と言える超高火力を喰らい続けていた後堂にとっては予想外の一打。彼は思わず声を出した。

「あれが【人鬼】ですよ」

 江崎が言った。

「攻撃スタイルは形の無いのが極意…。成功した戦術でさえ繰り返さず敵に応じて無限に変化させる。後堂さん。あなたが味わったのは【人鬼】のほんの一部だったんですよ」

「一…部……」

 後堂は恐怖した。自分が戦っていた相手の底知れなさに。

「それに……人間が勝てるんですか…?」と後堂は江崎に聞いた。

「私は、いつか勝つつもりでいますよ…」

 

 そして今、その怪物に晴絵は挑んでいる。

 

(何を…選択するのですか?その手から…)

 後堂はもう答えを出すことが出来なかった。【人鬼】の待ちは、読めない。

 

(【ライン】は…見切っているよ。小鍛治さん)

 

 晴絵は、生牌の{東}を河に置き、聴牌を崩した。

 

(ふむ…【人鬼】との戦い方を心得ているようですね。赤土さん)

 劉は晴絵の力に感心し、そして

 

「ツモ。700・1300です」

 

北家 劉 手牌

 

{二三三四四③④⑤発発発中中} ツモ {五}

 

 ツモ和了った。

 

健夜  99000(-700 -1000)

晴絵  96800(-700)

劉   107800(+2700 +1000)

傀   96400(-1300)

 

「え?」

 後堂はそのあまりにのあっけなさに、数秒思考することが出来なかった。

「まず、状況を整理してみましょうか」と固まった彼に対し江崎が声をかけた。

 

南家 健夜 手牌

 

{三四五五五③④⑤34599}

 

「小鍛治さんは赤土さんの{9}単騎を見抜いて変則三面張に受けた。もうこの段階で赤土さんに和了は有りません」

「そんな…ここまで来て{二}も{9}も切れないなんて…」

「それが【人鬼】の追い込み方です。まぁ{二}を切れば劉さんの頭跳ねで終わって出費は2600でしたが。ですが彼女には劉さんが同巡にツモ和了る流れが見えていたから、降りたのですね。それなら出費は700です。{東}は生牌ですが、それも安牌ということを感じて、ですかね」

 

「違いますよ」

 晴絵は江崎の推理を否定した。

「ほう、ではどのようなお考えで」

「私は…【ライン】を見切っただけです」

「【ライン】?」

 江崎も後堂も知らない言葉。これは晴絵が勝手に作った定義であるため、当然と言えば当然なのだが、彼女はそれ以上説明をしなかった。

 

 『勝者』は勝者となり、『敗者』は敗者となる。それが決定された時、【人鬼】の支配は起動する。

 後堂の対局においては、彼の最初のリーチという行為で全てが決定した。その瞬間に彼は『敗者』となり、人鬼の支配が発動。健夜の絶対勝利が確定した。

 また、今回の対局においては、東1で晴絵が打{8}を切っていたら、東3局で劉が振り込んでいたら、東4局で晴絵が{9}で振っていたら、後の局の全てが決定される。

 【人鬼】の支配は、『敗者』が発生する対局においては絶対勝利が約束されている。絶対和了支配のワシズがここにいようと、深山幽谷の化身、高鴨穏乃がいようと、その対局において【人鬼】に『喰われる』者が一人でもいるのなら、【人鬼】は必ず勝利する。

(逆に言えば、ラインさえ越えなければ『敗者』になることは無い)

 支配が起動するラインは、状況によって様々である。心理、流れ、異能状況、それらを総合してそのラインは決定される。振り込みだけでは無く、リーチや鳴き、時として仕草だけでも、そのラインに引っかかるケースも存在する。

 晴絵も、そして劉もそのラインを己の感性と状況分析、異能分析によって見切っている。

 『流れ』を見抜く、待ちをベタ読みする程度では、人鬼の世界では生きることは出来ない。

 

南1局 親 健夜 ドラ {北}

 

6巡目 南家 晴絵 手牌

 

{二四五五六③④123456} ツモ {②} 打 {1}

 

(遅い…ですか?)

 後堂は直ぐにその考えを訂正した。

(いいえ。{4}、{7}を引けば打{六}で、今度は三色の聴牌に取ります。先に{三}を引いてしまってもフリテンで三面張…三色含み。直撃の望めない面子では…アリです)

 

7巡目 東家 健夜 手牌

 

{234568999北北北南} ツモ {7} 打 {南}

 

(加えて、結果的に躱した形になっていますね)

 

同巡 南家 晴絵 手牌

 

{二四五五六②③④23456} ツモ {2} 打 {二}

 

(三色は消えましたが)

 

次巡 南家 晴絵 手牌

 

{四五五六②③④223456} ツモ {5}

 

(なんと腰の据わった麻雀…。これが阿知賀女子監督…赤土晴絵の強さですか)

 

 しかし晴絵は、後堂にも江崎にも予想外の行動に出る。

 

「リーチ」

 {五}を、曲げた。

 

(馬鹿な!確かに常識的には正解でしょう…しかし、小鍛治健夜のいる卓で…リーチなど…)

 変幻自在の怪物手を常時所持している健夜のいる場所で、自分の手を塞ぐリーチなど、愚策以外の何ものでも無い。後ろの二人はそう思っている。

 だが…

 

「ツモ!1300・2600!」

 

 ラインを見切れば別である。

 

南家 晴絵 手牌

 

{四五六②③④2234556} ツモ {7}

 

健夜  96400(-2600)

晴絵  102000(+5200)

劉   106500(-1300)

傀   95100(-1300)

 

(そういうことも…あるというのですか?)

 これは江崎がまた見たことの無い現象。

(リーチで和了ること自体は私も経験しています。しかしそれは【人鬼】が遊んでいたからです。しかし今のは…間違いなく赤土さんの力で和了っていました…これは…)

 

(赤土さん…変わっていない…)

 彼女は10年前より成長している。しかし、その根幹は変わらずにいるということに、健夜は嬉しく思えた。

(私はその麻雀が…赤土さんのような麻雀が好きだった。まるで、祖父と打っているかのような気持ちになれる…ゆったりとした麻雀。局を潰しに行く現代的な麻雀と違って、赤土さんは、一局一局を、噛みしめるように打っている)

 健夜はあらためて思う。

(赤土さんは、麻雀が好きなんだ)

 

南2局 親 晴絵 ドラ {発}

 

東家 晴絵 配牌

 

{一二三七八九⑦⑧⑨458発発}

 

 まるで天からの褒美とも言えなくもない配牌が彼女に訪れた。

 

(これは…まるで仕上がった【人鬼】のようですね…。ダブリーツモドラ2の満貫。一発と裏の無いルールなのが悔やまれますね)

 そうなると読んだ江崎であったが、またも彼女は予想外の一打を繰り出した。

 打、{4}。聴牌を崩した。

(何?まさか、{8}が【人鬼】のアタリとでも?)

 そう思い彼は、健夜の手を見るが、

 

北家 健夜 手牌

 

{一二四五六七八579③南白}

 

(通る!?いや、それだけでは無い。【人鬼】の牌勢が…落ちている。流れが、移ったのか?)

 

次巡 東家 晴絵 手牌

 

{一二三七八九⑦⑧⑨58発発} ツモ {9} 打 {5}

 

 またも彼女は曲げた。

 

(冷静だ。【人鬼】相手にツモ和了を見せれば、通常なら勝ちを確信し、目に見える流れを妄信してしまいます。しかし、それは本当の流れではありません)

 気を緩めることなく、己の麻雀を維持できている晴絵を見て江崎は、この者は自分よりワンランク上で打っているのだということを確信した。

 

「ツモ!8000オール!」

 

東家 晴絵 手牌

 

{一二三七八九⑦⑧⑨89発発} ツモ {7}

 

健夜  88400(-8000)

晴絵  126000(+24000)

劉   98500(-8000)

傀   87100(-8000)

 

(どうやら…赤土晴絵は【人鬼の世界】に入門していたみたいですねぇ)

 江崎と同じくして劉も確信する。赤土晴絵は【人鬼】の領域で打っている。【人鬼】の支配に対抗できるのは、同じく人鬼の領域に足を踏み入れた者のみである。

 

(赤土さん…)

 健夜は10年前の対局を思い出した。その対局は、晴絵が【人鬼の世界】に入った初めての対局でもあった。

 【人鬼】の支配を受け、彼女は健夜に振り込み続け、大量失点した。しかし彼女は一度だけ、その支配から抜け出せたのである。

 【人鬼の麻雀】とは、晴絵の麻雀の真逆の性質を持つ。彼女の麻雀は【表舞台】の麻雀。【人鬼の麻雀】は【裏舞台】の麻雀。彼女はその局、己の麻雀の【真逆】を打った。しっかりと土台を作り、悟られぬように己の麻雀を装い、そして、【人鬼の麻雀】を持って健夜から直撃を奪った。

 もし仮に、あの時【ライン】が見切れていたのなら、『敗者』となることは無く、失点も最小限。勝っていたのは彼女であった。

 

 そして今、彼女は己の麻雀と【人鬼の麻雀】を自在にコントロールできる。

 

 その彼女は次局も、またもリーチをかけた。

 

南2局1本場 ドラ {⑨}

 

9巡目 東家 晴絵 捨て牌

 

{発一中①6七}

{五⑥横1}

 

同巡 北家 健夜 手牌

 

{二二三四五六③④⑤⑤234} ツモ {②}

 

 

(赤土さんの河は全部手出し…)

 健夜の牌勢は前局同様落ちている。

 とは言っても、{三}、{六}切りなら{二}、{⑤}のシャボ待ち聴牌。{二}切りなら三色含みの三面張聴牌である。

(従来の赤土さんなら…)

 彼女は思考する。

(最後の{1}は{4}との入れ替え、{五}、{七}を見切っての234の三色含みの両面の形。待ちは…{②}、{⑤}…)

 聴牌に進むなら、{二}切りが最も安全でかつ待ちが多く打点も高い。普段の晴絵相手であるなら、ノータイムで{二}切りで正解。

(でも…)

 【人鬼の麻雀】なら別である。

 

東家 晴絵 手牌

 

{一一一三①②③123789}

 

 四枚からの{一}落とし、{①}の早切り、最後の{1}切りも全てフェイク。全て手出しとカラ切りで造った捨て牌。そしてこの【リーチ】こそ、晴絵が作りだした【ライン】。これを健夜が越えてしまったのなら、晴絵の勝利が確定する。

 しかし、

(赤土さん…『二度目』は通じないよ)

 その『形』こそ、10年前に健夜が振り込んだ『形』であった。当時は晴絵がその麻雀をコントロール出来ていなかったから『敗者』にはなることは無かった。

そしてだからこそ彼女は今、晴絵の一撃を躱せる。

 

 健夜は、{六}を曲げた。

 

北家 健夜 手牌

 

{二二三四五②③④⑤⑤234}

 

 しかし、彼女は願った。

 それでも晴絵が自分を越えてくれることを。

 もし彼女が越えてくれるのなら、自分は【人鬼】の呪縛から解放される。そんな気がしていたからだ。

 

 

 

 だが、

 

 

 

 

 直後の10巡目、晴絵のそのツモは{⑤}だった。

 彼女は大きくため息をつき、そして言った。

「まだ…あなたには追いつけないみたいですね」

 それを聞いた健夜は震えだし、目に涙を溜めた。自分は、【人鬼】の宿命からは逃れられない運命なのだと、その時悟った。

 

 

 しかし、晴絵はこう付け加えた。

 

 

「小鍛治さん…。気付いています?」

 

「え?」

 

「この卓には…【もう一人】いるんですよ」

 

「【もう一人】?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――御無礼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう。この卓にはもう一人いる。

 

 

 

 

 

 清澄高校麻雀部一年。

 

 

 

 

 

 傀。

 

 

 

 

 

 

 

 

西家 傀 手牌

 

{①①②②③③④⑥⑦⑧⑨⑨⑨} ロン {⑤}

 

西家 傀 捨て牌

 

{⑦⑥発南白中}

{⑥⑦横⑨}

 

「頭跳ねです」

 

健夜  87400(-1000)

晴絵  92700(-32300 -1000)

劉   98500

傀   121400(+32300 +1000 +1000)

 

「まさか…リーチまでかけていたなんて。本当に『消えて』しまうもんなんだね。役満は思ったより痛いなー」

 晴絵が言った。

「どこまで見えていましたか?」

 傀が聞く。

「いや。『消えている奴がいる』ってのが解っていただけで、それが『誰か』ってのは何故かわからなかったし、実際何も見えなかった。まるで認識の法則が書き換わっているみたいで不思議だったよ。今のも、私が消えれるとしたら、仕掛けるのはここだろうなって思っただけだし、でもそれを信じて、保健付きのリーチをかけた。役満より【ライン】の方が怖いからね」

 と彼女は笑顔を交えて答えた。

「驚きですねぇ傀サン。『表』で身につけたのですか?それは」

 劉が言った。彼も笑っている。

 江崎と後堂に関しては、まったく状況を掴めていなかった。

 

 

 

 【消える者】がいる。

 それを晴絵が意識出来ていたのは、彼女の生徒、高鴨穏乃のおかげである。

 穏乃はインターハイ決勝にて【消える者】と打ったことを晴絵に話した。穏乃はそれを見抜けたのは、インターハイAブロック二回戦の晩、鶴賀、風越との練習試合にて、東横桃子と打ったからだと言った。その際、桃子は、『完全に』消える自分から、初見で直撃を奪った者が一人だけいることを穏乃に話している。その【一人】は、穏乃を通して晴絵に伝えられていた。

 その【一人】が、傀であったということを。

 晴絵は、傀が何故東横桃子から直撃を奪えたのかを彼女なりに推察していた。出した結論は、【同じ領域】に立つこと、であった。消える者を撃つためには、消える者との戦いを経験しているか、同じく消えることが出来るかの二つであると考え、傀も同様に消えることが出来るのではないかと読んだ

 真実は違い、傀は『流れ』によって桃子を撃ったのだが、今回の推察が結果的に、傀は消えることが出来るのだという認識を、晴絵に与えたことになった。

 対局時、傀が消えた際、晴絵の記憶から傀が消去されていたが、『誰かが消えている』ということは覚えたままであり、そして現在に至ったのである。

 

 

 

「では傀サン…『よろしいのですね』?」

 劉は彼に聞いた。彼は

「ええ」と返す。

 他の者にとって、その会話が何を意味するのか、その時は解らなかった。

 

 劉には解っていた。傀が何故『表』で身につけた力を、この場で使ったのかを。

 『表』の力を使ったのは、傀にとってそれが『表の世界』にいた証だったからだ。

 

 

 南3局開始時、傀が口を開いた。

 

 

 

「【人鬼】は、自分です」

 

 

 

 そしてこう付け加えた。

 

 

 

「これからは、私の独壇場です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それ以降、傀君は和了り続けて、私と赤土さんが飛んで対局は終了した。後半戦に入ることも無く。

 卓が開かれてそう時間も経たずに終わったから、朝を迎える前に私達は帰ることが出来た。

 今、私と赤土さんはその帰り道、一緒に歩いている。

 最初、タクシーを捕まえようかと赤土さんが提案したけど、でも赤土さんとの時間が減ってしまうのは、何故か嫌で、それが出来なかった。赤土さんには、ダイエット中だとか適当なことを言って、歩きを選択した。

 結構気まずくて、沈黙が数分続いた。

 

 

 

 

「その…すみません。大見得切った割に、情けない結果になってしまって…」と赤土さんが切り出した。

「そんなことありません。私も、飛んでしまいましたし…」

 それで会話はストップ。また沈黙が始まった。

 

「あの…そう言えば、後堂さんは何のために10億と言う大金を賭けていたんですか?」

 また赤土さんの方から話しかけてくれた。

「あ…えっと、実はあれは金そのものが目的では無くて、来月末辺りに開催予定の洋上麻雀の参加費が高くて、そのための…」

「あ…あぁ、あの…。確か20億必要でしたね。今年は。去年の倍だとか…。インハイ、インカレの個人戦優勝者は無料で参加できる見たいですけど」

「は…はい…。今年は例年とは違って桜輪会が主催するそうで…」

「毎年関西共武会が主催していたんですよね。何か、あったんですかね…」

「たぶん【名簿】が関わっているんだと思いますけど…詳しくは」

「そうですか…」

 洋上麻雀には、傀君が出ることになった。10億を賭けた勝負の時は、私が勝っていたけど、その後の勝負で傀君が勝ったわけだし、あの場所に行くのは彼がふさわしいと思う。

 

―――【人鬼】は、自分です。

 

 彼はそう言った。

 【人鬼】とは世界の理の一つ。光がある世界に影があるように、【人鬼】は必ず存在する。誰かは必ず【人鬼】の宿命を背負い、そして生きていくことになる。私が産まれる前にも【人鬼】はいたし、私が死んだ後も【人鬼】はこの世に生きていると思う。

 彼が、代わってくれた。

 私はそれに甘えて…

 傀君は、まだ高校生なのに…

 

「小鍛治さん」

 俯く私に、赤土さんが話しかけた。

「傀君のことは…きっと大丈夫だと思います」

「え?」

「私はこのインターハイで、多くの可能性を見た気がします。【人鬼】というシステムを壊せる者だって、彼の前に現れるかもしれません」

「そう…でしょうか」

「その日は、案外近いかもしれませんよ」

 赤土さんは笑った。その日が訪れるのが当然であるかのように。でも、その笑顔は、私の胸に風を運んできてくれた気がする。

 

「あと…その……」

「なんでしょうか?」

「罰ゲーム…について……ですけど」

 そう言えば、そうだった。

「えっと…その……引き分けですから……友達から……で、良いですか?」と私は答えた。

「そう…ですか……」

 彼女が少し肩を落としたように見えた。

「でも、あの…結婚が嫌とか、そう言うのではなくて…寧ろしたいというか、もう、私そろそろ大人だし…」

「そろそろ?」

「とにかく…今はもっと赤土さんを知りたい、というか…その……」

「………」

 また、沈黙が始まってしまった。

 

 

 

 

「あの……小鍛治さん?」

 数分して、また、先制は赤土さん。

「手…繋いでいいですか?」

「え?」

「人通りも少なくなってきましたし…その……良ければ……」

 嫌じゃなかった。仮に人が多くても、私は赤土さんと手を繋いでみたかった。

 私は「はい」とだけ言って、彼女と手を繋いだ。

 

 赤土さんの手は震えていた。

 

 私の手も震えていた。

 

 でもそれも次第に落ちついていった。

 心拍は穏やかに、そして身体は温かくなって、いつの間にか、私は赤土さんに寄り添っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、閉会式にも三人は姿を見せなかった。

 個人戦男子、優勝してやったってのに。

 とは言っても、男子は女子と比べて全体のレベルは低いから、肩透かしなものではあった。強かったのは臨海の鉄壁さんくらいで、他は思った程では無かっし。それだけ俺が強くなったってのなら、それはそれで嬉しいが。

 個人戦女子で優勝したのは咲。姉妹揃っての表彰台で、嬉しそうだった。

 

 

 終わってしまったものだからどうしようもないが、出来ることなら、決勝の舞台であいつ等と、もう一回打ちたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

―――――

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あいつ等が部室に来なくなってもう一か月。

 元部長や染谷先輩は何かを悟っている様子で、あいつ等を探したりはしなかった。

 その元部長は受験のため引退。染谷先輩は手伝っている雀荘が忙しくなって来られる日がかなり減った。部長は消去法で俺になり、事実上この部室は、俺一人が独占する形になった。

 元部長のおかげで、一人でも何とか廃部にならずに済んでいるが、ネット麻雀で打つか、牌を並べているかの毎日。退屈で仕方がない。

 勧誘もしてはみたが、半荘どころか東風打っただけで相手が折れてしまう。かなり手を抜いて打っているにも関わらずだ。風越や龍門渕なら、こんなことも無かったのかもしれない。

 

 がらんとした部室に一人いると、まるでこれまでの事が夢だったように思えてくる時がある。本当はあいつ等なんていなくて、大会にだって出ていなくて、合宿だって無くて、何も無くて、全部夢だったんだって。

 だが、そうじゃない。俺は地区大会優勝時に撮った集合写真を見て思う。

 あいつ等は確かにいた。

 あいつ等の麻雀は、俺の中で生きている。

 

 

 

 

 確かにあいつ等はここにいたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清澄高校麻雀部に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第三部】全国大会編

 

 

 

 

 

 おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、京太郎は家を出る前に郵便のポストをチェックしたら、一通の手紙が入っていた。彼宛てだった。

 

 

 

 それは、【洋上麻雀大会】への誘いの手紙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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