「お姉ちゃん、まだ悩んでるの?もうお昼すぎちゃうよ」
スイーツ選びに時間がかかっていたから、私は本屋の方に行っていたんだけど、お姉ちゃんはまだ悩んでいた。
「三種類とも買ったら?」と私は言った。
「予算が…。それにもうだいぶ重くなってきたし」
既にお菓子は買い物袋一杯に近いほど入っている。
「私も出すよ。半分持つし」
「いや、私の奢りだから…」
お姉ちゃんは妙に頑固で、割り勘で良いのに。お姉ちゃんらしい所、見せたいのかな。
「じゃあ私、これが良い」
「これ?…これかぁ…うーん…」
「形が一番シンプル。今日はそれが食べたい気分、かなぁ」
本当は結構適当に選んだけど、お姉ちゃんには拘りがあるから、理由を付けた。
「うん…そうかな……うん、そうだね。そうしよっか」
やっと選んでくれた。
「ところで咲は何の本を買ってきたの?」
「この前ニュースにも出てたこれと、ちょっと恐そうだけどこれ」
買ったのは三冊。賞を貰って話題になっているのと、ホラーもの上、下巻。
「ドグラ・マグラかぁ…。結構難しいよ、それ」
「うん。そんな感じっぽいけど、読んでみる」
「読み終わったら、感想聞かせてね」
「うん」
大会以降、週末の殆どはお姉ちゃんの所に行っている。
遊園地に行ったり、映画を観たり、お菓子を買ってお姉ちゃんの部屋で一緒に食べる。お茶する。色々お話をする。お腹が膨れたら眠くなって、一緒に寝る。そんな幸せの時間を過ごす。
ただ、お姉ちゃんがこっちに来るのにはまだ時間が掛かりそう。過去の傷の深さを考えれば…。それに、私達家族の問題は…『それだけじゃない』。
お姉ちゃんと一緒に街に出てると、たまに記者の人に取材を受ける。姉妹揃って女子個人戦一位と二位。それなりに話題になったからだと思う。取材は長野の方でも何回か受けて、苦手でしか無かったかけど、お姉ちゃんと一緒ならそうでは無くて、寧ろ嬉しい。
今日も掴まった。お姉ちゃんとの二人の時間が減ってしまうのは嫌だけど、こればかりは仕方がない。お姉ちゃんは取材慣れしていて、凛としている。今は、お姉ちゃんに頼りっぱなしな感じだけど、いつか私もああなれたらと思っている。
ただ一つ疑問に思ったのは、取材の質問の中に【洋上麻雀大会】の件が無かったこと。私は女子個人戦一位と言うことで参加資格を与えられて、それも一週間後に控えているはずなのに、そのことに関する質問があってもおかしくは無い、と思う。
部屋に戻ると、部屋にはこたつが出されていた。確かに、例年より寒い時期が来るのが早い気がするし、もうそんな時期かと思った。私達は足を入れ、凍えた手も少しの間入れた。温まったら、お菓子の封を開けこたつの上に広げた。お姉ちゃんは紅茶の準備をして、その時に、私はお姉ちゃんに先程の疑問を聞いてみた。
「それは咲、その大会が裏の大会だからだと思うよ」とお姉ちゃんは紅茶を淹れながらあっさりと返した。
「あ…そっか」
良い香りと共に腑に落ちた。
洋上麻雀大会自体のことは、葉書が来た時にお姉ちゃんに聞いていた。個人戦優勝者はその時点で参加資格を与えられるけど、他の人は億って額が必要な、血が混じってそうな大会。
「毎回聞いているけど咲、本当に参加するの?」
と、お姉ちゃんは心配してくれる。参加者が危険にさらされたケースは今まで無いそうだし、お姉ちゃんの時も問題が発生したとかは無かったけど、それでもその額からは危険な臭いしかしない。
それでも私は参加してみたかった。何よりお姉ちゃんが見てきた景色を見たかったのがあるし、もしかしたら、もう一度竜君にも会えるかもしれないって思ったから。
「意思は揺るがないみたいだね。咲」
お姉ちゃんは私の目を見て言った。
「まるで鉄壁君みたいだ」
「鉄壁君?…あぁ臨海の次鋒だった…」
お姉ちゃんの口から出た男子の名、夏の大会で臨海高校の次鋒だった人。鉄壁保君。彼も去年個人戦男子の部で優勝して、洋上麻雀大会にも出たんだっけ。
「うん。彼の意思も固かった。裏の勝負の場、と言うものはそれまでも何度も経験したけど、あの大会は別次元だった。そこに集まる金額の力のせいもあると思うけど、何よりあの空間が特殊だったからね。でもその場でも、彼は自分の麻雀、意思を崩さずに打っていた。そこに、少しだけ勇気のようなものを貰ったよ」
ふーん。初めて聞いた。
「か…勘違いするなよ…。特に、何もないからなっ…」
私の目を見て察したのか、お姉ちゃんは慌ててそう付け加えた。深くは突っ込まないようにした。それに確かにあの人は凄い。夏の大会での決勝(団体戦では、決勝でしか打ってない)や、個人戦。火力の面で京ちゃんに分があったけど、去年のルールだったらどうなってたか分からない。去年の録画も観たけど、あの爆岡さん相手の立ち回り方は見事としか言いようが無かった。
お菓子も食べ終える頃、部屋のチャイムが鳴った。
「ん、時間だったか」
お姉ちゃんが玄関のドアを開けると、そこには弘世さんが居た。
「時間通りに来たつもりだが、もうちょっと遅れた方が良かったか?」と弘世さんは、こたつの上のまだ片付けていないスイーツの殻やらを見て言った。
「いや、大丈夫。直ぐ片付けるから、ちょっと待ってて。というか入っていいよ」
そう言うとお姉ちゃんは急いで片付けに取り掛かった。私も手伝った。
「では上がらせて貰うが、今日は自動卓でやるか?やるならそっちの部屋に行っておくが」
「いや、今日も平台でやる。寒いし。だからこっちの部屋にいて」
こたつのテーブルは裏返すと雀卓になるタイプで、とにかく上の物を片さないといけない。
「了解だ。おい、淡達も入れ」
弘世さんの後ろには大星さん、亦野さん、渋谷さんがいた。
「あ、はい失礼しまーす」
亦野さんが入って、それから渋谷さんも一礼して入ってきた。それから大星さんも入って来たけど、やっぱり今日も不機嫌そう。大星さんとは、もう何度も打っているけど、彼女にはあまり好かれていないみたい。
「咲!今日こそは倒すんだからね!」
ほら。こんな感じ。いつも睨まれている。大星さんはお姉ちゃんのことが好きで、私が睨まれるのは、それはそれで仕方の無い事なんだけど、いつか大星さんとも仲良くなりたいと思っている。
そして今からする対局は、洋上麻雀大会に向けての、私のためのもの。
お姉ちゃん曰く、あの船の上は特殊な空間で、思ったように力が発揮出来ないらしい。お姉ちゃんの場合、鏡が使えなかったり、私の場合だと、嶺上牌が見えなくなる。そういう空間なんだって。
そういうこともあってか、お姉ちゃんは去年、優勝どころか上位入賞も出来なかったって言っていた。ちなみに優勝したのは、現在、裏の高校生代打ち集団【ZOO】を仕切っている『園長』、風間巌さん。
だから、私は今、『嶺上開花』を封じた特訓のようなものをやっている。
卓には私の代わりに亦野さんが入って、彼女に牌を持ってもらう。私が入るとカン材が集まってきてしまったりと、とても『力』無しという感じにはならない。それでも嶺上牌は見えてしまうけど、嶺上開花はしないという縛りをする。
亦野さんは三副露すると和了率が上がる傾向があるけど、逆に言うとそれさえしなければ普通の麻雀に近くなる。
渋谷さんは交代で入って来る。
これはお姉ちゃんが私のために組んでくれたもので、集まったメンバーは弘世さん以外現在チーム虎姫の一軍。このチーム名、夏の大会では【白虎】だったけど、部長の白根さんらが去って以降、元の名だった【虎姫】に戻った。そもそも基本的には男子と女子には力の差があって、白糸台の一軍組に男子が三人もいたこと自体が異常だった。
できれば、私の代わりに卓につくのは完全に力を持たない子が良いのだけど、わざわざそれをお願いできる相手はいなくて、来てくれたのはお姉ちゃんに近しい方達だけだった。だから弘世さん達には、本当に感謝している。
一軍と言えば、夏の大会で大将だった岩倉さんも、それ以降姿を見せていないらしい。
いったい今、どこで何をしているんだろう。
ふと、気になった。