アカギ、傀、竜が清澄高校麻雀部に入部したそうです   作:叶芽

45 / 50
#45 聖母

 

 

 

 

 

質問者 須賀京太郎

 

回答者 赤木しげる

 

 

 

 

―――最も手強い相手って誰だ?

 

「そうだな……。これまで打った中でなら…風越の原村和…。あいつが一番厄介だな」

 

―――原村さん?傀でも、竜でもなくか?

 

「確かにあの二人も強いが…原村だけは次元が違う。あいつは合宿中に、化けた」

 

―――四校合同合宿の時か?

 

「そうだ。傀と打った後辺りから迷いが消えた。もう卓上でブレさせることは簡単じゃないだろうな」

 

―――てっきりお前にとって戦いやすい相手だと思っていたが。

 

「確率を重視する人間の事なら確かにそうだが…」

 

―――だが?

 

「数ゲームを経て最終的に勝つのか、それとも毎ゲーム勝つのか、それは勝負の内容によって変わるが、基本的に俺の打つ麻雀は、『百戦して百勝する麻雀』だ」

 

―――って言っても、結構負けてもいるよな。

 

「そうだな。地区大会では衣に負けていたし、傀や竜となら勝ったり負けたりだな。まぁ戦い方の問題だ。俺は、ツいたか、ツかないか、という麻雀はしないってこと。だから効率を重視するタイプの打ち手に対しては、心を崩していく。だが、ブレることの無い原村が相手の場合、完全に運のゲームになる」

 

―――麻雀は運のゲームだろ。

 

「勝てたら生きて、負けたら死ぬ。前までいた世界では、そんな言い訳は出来なかったからな」

 

―――そういうものか。だが、効率を重視するってことは、決まったルートを通るって事だろ?なら…

 

「俺を超能力者と勘違いしてないか?」

 

―――お前はそう言うことをあっさりしそうだが…。余剰牌の打ち取りとか…

 

「そう見えるように打っているだけだ。真実には程遠い。そんなことが出来るのは、異能者の類……。俺にそんな力は無い」

 

―――信じられねぇ…

 

「そう思っているうちは、お前はまだまだ俺達には勝てないだろうな」

 

―――てことは、俺も確率重視で打てばお前達に勝てるって?

 

「無理だろうな。お前は人間だ」

 

―――は?

 

「確率、効率を重視する相手、というだけなら、普通に原村以外にも居るだろ。原村は、そう言った奴らとは全く違う性質を持っている」

 

―――完璧な牌効率、ってことか?

 

「違う。人間であるか、機械であるか…だ」

 

―――原村さんは人間だろ。

 

「卓の外ではな。だが、卓上においては別だ。あれは人でも、魔物でも、神でもない。心を持たない存在」

 

―――随分と酷い言い方だな。

 

「本人の前では言えないな。まぁ相手が確率信者だろうが、異能を持とうが、強運を持とうが、その使い手の心を崩すことが出来ればどうにかなる。だが、それが出来ない相手との勝負となると、さっきも言ったが、それこそ運のみのゲームになる。原村和は、そういう相手だ」

 

―――だが、合宿中も何回か打っただろ?勝ってたじゃないか。

 

「順位ではな。他家を利用して点棒の数で上をいったに過ぎない。原村和個人に勝った、とは思っていない」

 

―――俺には理解できねぇな。点数で勝てば勝ちだろ?

 

「それを勝ちと思えるなら、それでもいい。だが、あいつの心を喰えない以上、俺は勝ったとは思えない。それだけだ」

 

 

 

 

 彼はその後、アカギに携帯麻雀ゲームをプレイさせた。

 アカギの負ける姿が見たいがために、鬼畜難易度を設定したが、彼はあっさりとクリア。

 京太郎は、やはりアカギの言うことは信用ならない。そう確信した。

 

 

 

「ヒトが生み出した機械と、この世の真理が生み出した機械の差だな」

 

「え?」

 

「一種のイレギュラーさ。神とやらにとってのな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音。

 嫌な音が聴こえる。

 壁や、床から聴こえる音。部屋全体が蠢いているような。気が狂いそうになるほど大きく、ずっと続いている。

 汗が止まらない程部屋は暑く、湿っているように感じる。

 電気が消されているのが咲にとって救いであり、黒の先にあるもの全てを彼女はまだ見ていない。彼女は眼をつむり、耳を塞いでいた。しかしそれも長くは続かなかった。

 音は次第に大きくなり、誰かの叫び声のように聴こえ始めた。部屋全体は大きく揺れ始めた。

(こんなの…聞いていない…。お姉ちゃんは言っていなかった……)

 悲鳴を上げたくなる感情はとっくに殺されていた。声をあげると、その壁や、床に敷き詰められた『何か』に獲り込まれるかもしれない。

 

 

 

(ココハ………ドコ………?)

 

 

 

(フネノ……ナカ………ジャ…………ナイノ……?)

 

 

 

 手を貫いて聴こえてくる音が、彼女の身体の隅々まで浸していく。

 震えは止まらず、吐き気や寒気が襲ってくる。一方で皮膚の表面にはぎっしりと汗が滴り、息が詰まる程の蒸し暑さがある。

 

 これは夢の中なのか。

 ここは船の中では無いのか。

 ここはどこなのか。

 ここにあるものは何。

 聴こえてくる音は何。

 

 

 

 

 

 さっき見えたのは……何。

 

 

 

 

 一瞬だけは見えた。

 

 

 

 アレハ…………コノヨノモノデハナイ…………

 

 

 

 

 自分はキチガイになってしまったのだろうか。

 あの本の人間のようにおかしくなってしまったのだろうか。

 違う。そんなはずはない。

 このままでは、この部屋に取り込まれてしまう。そう彼女が感じた時、彼女は京太郎の方のベッドに移ろうと、勇気を振り絞り身体を起こし、そして目を開いた。

 そして、壁や床に敷き詰められたそれをもう一度見た。眼が慣れてしまい、今度ははっきりと『それ』が視界に映った。

 彼女は、悲鳴をあげた。

 

「わっ!?何だ!?」

 京太郎が飛び起きた。声の方を向くと、目にいっぱいの涙を溜め、怯えるように身体を震わせていた咲がいた。

「咲?どうしたんだ…こんな時間に」

 時計を見ると、深夜二時をまわっていた。

「京…ちゃ……ん……」

 彼女は一音一音、区切るように彼を呼んだ。

「だからどうしたんだって聞いているんだ…」

 ただ事ではないことは彼も感じていた。しかし、その状況を彼は知る術も、感じる術も持たない。

「そっちに……行って……いい……?」

 咲は震えながら、しかしはっきりとそう言った。

「え?」

 その内容が内容であり京太郎は一瞬固まった。

 しかし、その眼に偽りは無かった。

「変な夢でも見たのか?まさかお前その歳になってお化けが怖いなんて……」

 茶化すように言い始めたが、次第に冗談ごとではないと彼も感じ始め、そのトーンを落としていった。

 彼女の震えは、怖い夢を見た後だとか、明日の試合が緊張するだとか、そんな次元のものでは無く現在進行形のものであると京太郎に教えていた。

 そして京太郎は思い出した。

 この船は異能者を乱す船。それが、もう始まっているのではないか。

「これが…そうなのか?」

 彼は聞く。しかし咲は首を振った。

「わから……ない……。お姉ちゃんも……こんなの……言ってなかった……」

「こんなの…って何のことだ?」

「京ちゃんには……見え……ない…?」

「見えない、って何を?」

「この……部屋………全部……」

「……さっぱりだ……。おかしい所でもあるのか?」

 彼は電気のスイッチを入れようとした。

「やめて!」

 彼女は叫んだ。京太郎は手を止めた。

「『何か』が…お前だけに見えて、俺には見えないのか……それも……言葉にするのも怖ろしいほどの……『何か』……」

 かつての彼であったなら、この状況を飲み込むのに時間がかかったであろう。しかし、今の彼になら咲の言葉を信じることが出来た。全国大会決勝…隔離された空間と同じような、狂った世界。それが現実に存在することを。

 

 この時京太郎は、自分が何をすべきなのかを、彼自身不思議に感じたが、その答えを直ぐに出すことが出来た。

 

 彼は、彼女に背を向けて横になった。

 

「京ちゃん?」

 咲は聞く。

 

「俺は何も見ていない。ずっと寝ていた」

 京太郎は振り返ることなく、声だけを咲に送った。そして「ずっと寝ていたんだからな。何も見ていないし、何も知らねー」と彼は続けた。

 

 咲がその言葉の意味を理解すると、彼女はその言葉に甘え、彼のベッドに移った。

「ごめんね」

 京太郎は返さない。

 彼女は京太郎の背中に手を置き、その体温によって、現実に意識を留めることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

 奇妙なことだが、咲は寝ることが出来ていた。現象に対する慣れなのか、それとも京太郎の、人の温度を感じることが出来ていたからなのか。

 しかし目を覚ましても視界が変わることは無かった。以前狂気の世界のまま。ただ、もう彼女は眼を塞いだり、悲鳴を上げたりはしなかった。彼女は、これを乗り越えなくてはならないと思った。

 その先の世界に、きっと竜が居るからだ。

 竜も、この世界を見ているのだろうか。

 

 彼女はベッドから降りた。床もそれで敷き詰められており、その弾力は粘り気のある肉を踏んでいるかのよう。靴越しではあったが、その温度と感触はまさしく生きている何かではあった。

「京ちゃん…。私、先に行くね」と彼女は、支給されていたリストバンドを左手首に巻き、言った。

 京太郎はまだ横になっており、彼女に背を向けている。

「ありがとう。京ちゃん」

 咲は部屋を出ようとドアノブに手を触れようとした時

「一人で大丈夫か?」と後ろから声がした。

 咲は振り返り、返した。

「どの道、一人になるし…私はもう、大丈夫…」

「そうか…」

 もう彼女にしてやれることは何も無いことを彼には解っていた。同時に、彼女が嘘を言っていることも解っていた。異能者と、そうで無い者の境界線を越えることが出来ない以上、どうしようもないことだった。

 咲は部屋を出た。

 

 支給されたリストバンドの液晶には対局室の部屋番号と、開始時間が表示されている。GPS(厳密には別種)も内蔵されており、歩くべき方向に矢印も表示され、道に弱い彼女でも何とか迷うことなく目的地に着くことが出来きる。

 しかし、咲の見ている世界、感じている世界は彼女の足を重くしている。床とは言えない床。壁とは言えない壁。聴こえるはずの無い音と声。息が詰まる程の熱さ。それは容赦なく彼女から平静を奪っていき視界と意識までもを歪ませてくる。

 ただ、初戦の対局室までの距離が短かったのが幸いし、何とか彼女はたどり着くことは出来た。

 彼女は扉を開け、部屋に入ると既に一人の女の子がそこに居た。視界は歪んでいたが、その者が室内であるのに傘を差していたのはわかった。咲は彼女を知っていた。

「ミョンファ…さん?」

 直接的面識は無いものの、彼女は麻雀プレイヤーとしては有名であるし、間接的にではあるが昨晩、咲達を迷子から助けたのは彼女である。

 ただ普段と様子が違っていた。ミョンファは眼鏡をかけていた。

「はい」

 彼女は応じ、咲の方を向いた。

 空調の完備されているはずのこの部屋で、異常な量の汗をかいて明らかに疲弊している咲を見て、ミョンファは彼女の状況を察し、彼女の方に歩み寄った。

「え?」

 咲はミョンファが自分の前に出した眼鏡ケースを見て困惑した。

「予備の眼鏡です。使ってください。度は入っていません」

 言われた通り、彼女は恐る恐るその眼鏡をかけた。

「……これは………?」

 眼鏡を通して見える景色は、狂気のものではなく、現実のものであり、音も消え、物体の感触も戻っていた。

「そういう眼鏡です」とミョンファは答えた。

 

 竜を求めて来た場所ではあったが、ここは彼女が想像している以上に、大きなものが蠢いているのではないか。混乱の中、そう彼女は思った。

 

 

 

 

 

 

 対面が{9}を叩き、打{九}。牌を喰われた沖田には一瞬、その鳴きが光っていたように思えた。

 相手の癖、卓の性質を見抜く才能のあった彼は、その力でインカレ個人戦男子の部において優勝することが出来た。だが出来はしたものの、その内容は退屈極まるものであり、相変わらず全体レベルにおいて男子と女子の差があまりにも大きいことを実感した。

 彼の地元の大学には珍しく麻雀部員は少なく、団体戦に出場出来る程の人数にも至っていなかった。しかし、単に学内の麻雀の人口が少なかったわけでは無い。部の外では麻雀をするものは多い。彼の風貌、声、発せられる気配に、殆どの者は近付きたくなかったのである。

 女子と打つ機会も少なく、これまで打った相手に異能者は数えるほどしかいなかった。また、公式の大会でも男女混合のものは少なく、仮にこのままプロになっても、この退屈は続くのではないのか、沖田はそう思った。

 その退屈さから脱しようと彼は裏にも足を運んだ。裏には人鬼やフランケンを始めとする【例外】がいるからだ。

 最終的に彼は共武会に飼われることになったが、組の者は彼のことを【デビル】と呼んだ。

 

 勝負がしたい。全身の血がはじけるような勝負。彼が望んだ世界。

【洋上麻雀大会】はまさしくその場所と言えるにふさわしかった。

 そして何より、ここには【伝説】が来る。

 哭けば勝つ。組の者は今もその者を最強と呼び、生ける伝説としている存在。

 

 竜。

 

 竜がここに来ることを、共武会の人間から知らされ、未だに真実を知らぬ沖田は高揚した。

 【伝説】を破壊したい。

 それが彼の望んだことだった。

 

 しかし

(何だ?…今のは)

 沖田の目に映った光、それはまさしく【伝説】と言われていた『哭き』そのものではないのか。その魔性を、なぜこの『対面』が持っているのか。沖田には理解できなかった。

(こいつは…確か…)

 インハイ個人戦男子優勝者、須賀京太郎。

 

 

({9}ポンして…打{九})

 沖田の思考に「三色」のワードが過った。状況は河二段を越え、捨て牌から役牌の線は消え、混一の気配もない。とすればトイトイかチャンタ。三色は消えた。そう彼は考えた。

(何を考えている?)

 何かが乱されている。

 

沖田 手牌

 

{二四四五六六⑦⑧⑧⑧222} ツモ {四}

 

 ドラは{⑧}。

 そこにあるのはただのドラ3の四暗刻イーシャンテンの手牌。それだけのはずである。なのに、

(何故高揚している?目の前に居るのは…【伝説】では無いはずだ…)

 戸惑いながら彼は{二}を河に置く。

 

「カン」

 次巡、京太郎は鳴いた。沖田にはまたそれが光って見えた。京太郎は嶺上牌の{6}をツモ切った。新ドラは{四}。沖田の高鳴りは加速した。

(ドラ6…。これが『運』…まるで【伝説】通りじゃ…)

 

沖田 手牌

 

{四四四五六六⑦⑧⑧⑧222} ツモ {六}

 

 打{五}、もしくは打{⑦}で聴牌。四暗刻単騎。そうで無くてもドラ6以上の怪物手。京太郎の手をチャンタ手と読むなら、打{五}が安牌。しかし、ドラ表示に{⑦}が一枚、京太郎の手に一枚以上はあり、四単の目はほぼ存在しない。あがるのなら、打{⑦}の方が圧倒的に多い。

(あがりたい…可能なら…四単で…)

 だが「こう考えていること自体…これはもう【伝説】の魔性なのでは」と沖田は考え

(もしかして俺は……【伝説】と打っているんじゃ…)

 と錯覚するまでに至った。

 

(奴の待ちは)

 そして次の沖田の思考は、伝説にしろ伝説でないにしろ「ここで必ず勝つ」というものだった。伝説でないなら当然勝ち、伝説であれば勝てば至福。であるなら必ず勝たなくてはならない。

({⑦⑦⑧⑨⑨}の形の嵌{⑧}待ち…)

 それが彼の全神経を用いて導き出した解答であった。

(俺からドラの{⑧}が溢れることは無い。{⑦}は通る!)

 

 強打。それが勝負の打牌であることを、京太郎も理解した。

 

そして、彼は口を開く。

 

「ロン」

 

京太郎 手牌

 

{九九九⑦⑦⑧⑨⑨⑨⑨} カン {9横9(横9)9} ロン {⑦}

 

「読みは正しかったですが、ちょっと惜しかったですね」と彼は言った。

 沖田は眼を点にし

「もしかして君、僕の思考が読めていたの?」と訊いた。

「前の局までは、分かりませんでしたが、この局ははっきりとわかりました。竜と打っている人間特有の思考です」

「竜…」

「あなたも、竜と打つためにここに来たんですよね。俺もです。あと、俺の鳴きが光って見えたのなら、それはあなた自身が生み出した幻覚です。牌は光ったりしません。」

 

 洋上麻雀大会初戦、京太郎はその対局の残りの局、沖田が飛ぶまで和了り続けた。

 癖を見抜くことも出来ず、沖田には何が何やら理解が出来なかった。対局を終えた後暫く、まるで魂を抜かれたかのように彼は動かなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 参加費20億。本来なら賞金クラスの大金であり、それだけのものを投資して得られるものとは一体何なのか。藤沢組の代打ちとして参加した浦部には知る由も無かった。

 組長の藤沢の視線が代打ちの浦部の背中に突き刺さる。いつになく空気が重い。数千、高い時は数億の勝負もこなしている彼ではあったが、今回は異常…何より、それだけの額を賭けているにも関わらず、リターンの内容が彼に知らされていないこと、それが彼への重圧になっていた。

 ただ勝て。それだけの指令。平静を保って打つことなど困難である。

 加えて、現在対面にいる天江衣のような存在も、彼の平静を乱す要素になっていた。

 この大会においては、インハイ、インカレ個人戦優勝者の学生も参加しており、また金額さえ支払われていれば一般の人間も参加できるという裏の大会でも異例中の異例の大会。

(天江衣…確かあの鷲巣巌の孫娘…。こん大会に来とるっちゅうことは、20億を払ったということ……。まだこんなことに使える資産でもあったっていうんか……)

 自分にとっては真剣勝負そのものの場に割り込んでくる不純物。彼にとって衣を始めとする、一般の人間は不快以外の何ものでも無い。

(だが…組長はんの言っとった通り、去年や今年の大会の時のような異常さはないみたいやな)

 異能者である者、そうで無い者。浦部は後者であり、それ故に参加できる大会にも制限があった。少なくとも、異能者で囲まれる危険性のある勝負には参加出来ない。しかし今回の大会は異能者殺しの大会の一つであり、こういった場にこそ彼は呼び出される。

 

 洋上麻雀大会は二日間。一日目は半荘9回行い、点数上位(と予想されているが正確な情報は存在しない)16名が二日目のトーナメントに参加できる。奇妙なのが、本来なら試合ごとに公開されるであろう順位が非公開であるという点。故に現在自分がどの位置にいることを知ることも、トーナメントに勝ち進むであろう候補も予想することも出来ず、この上ない選手に対するストレスとなっている。

(しかし何なんやこの大会…。とにかく勝つ…より多く点を取らなアカンとか……これも【オーバーワールド】の意思…ちゅうことなんか……)

 

 オーラス。ドラは{六}。親は衣であり、現在トップの浦部とは22500、親満直撃分の差。現在の衣にとっては通常なら二の矢、三の矢は必要であろう状況。難なく流せれば、このゲームはトップで終了する。

 

西家 浦部 配牌

 

{[五]六②②④④[⑤]⑥12[5]6西}

 

(赤三枚…悪くない…。ここはスピードのみを意識出来れば良いと思っとったが、これなら火力も期待できる。初戦をまずまずの結果で終われる)

 

5巡目

 

{[五]六②②③④④[⑤]⑥4[5]6西} ツモ {七}

 

 西を切り、浦部は聴牌。{②}、{⑤}待ち。早い段階での決着を予感させる流れから、彼は安堵の息を零した。

 

「カン」

 しかし数秒後、状況はひっくり返る。衣の暗槓のみの事では無い。暗槓した{7}が、新ドラによりごっそりドラに化けたことである。

(ドラ4…?ここに来て?)

 浦部は一瞬衣の異能を意識した。

(いや違う。天江衣の麻雀は海底までのイーシャンテン地獄と、高確率の海底ツモ。あるいは今年の地区予選で見せた鷲巣巌を思わせる馬鹿げた豪運…。今回その気配は無い…)

 だが

(だがなんや……。この感覚……覚えがある…)

 彼は対面の幼子を見る。その外見からは何らプレッシャーも発せられていない。ただ目の前の麻雀を楽しんでいる女の子にしか見えない。

 浦部が感じたのは、その背後にある気配である。

 

 

 

「二の矢はいらない。一本目で仕留める」

 

 

 

(え?)

 

 今の声は誰だ。浦部は耳を疑った。今の声は明らかに、対面の天江衣の声では無かった。下家でも上家でも、藤沢ら見物人の声でも無い。

 

(今のは……)

 

 覚えがある。彼はその人物を、その狂気を。

 忘れもしない忌々しい存在であると同時に、恐怖した存在を。

 

 同巡の浦部のツモは{中}。

(本線はタンヤオ。しかし役牌も同様に可能性が高い)

 

東家 衣 捨て牌

 

{1一⑨東①④}

 

({南}と{発}は2枚既に出とるから…残りは{白}と{中}だけ…しかし……)

 

 しかし何故、と彼はこの状況に恐怖し始めた。

 

(いくら何でも、これは切れん…)

 浦部は{②}を切る。

 

(何故…何故わいは『ここでも』{②}を切るんや…)

 

 次巡、衣、打{中}。

 

 同巡、浦部、{白}ツモ、打{中}。

 

 8巡目、衣、{二}チー、打{六}。

 

(『役はタンヤオか?役牌か?』)

 

 南家合わせ打ち。二枚目の{六}が見える。

 

 同巡、浦部、四枚目の{六}をツモる。

 

(『四枚目…ちゅーことは奴は手牌に一枚しかないドラを切ってきたんか』)

 

 浦部、打{六}。

 そして次巡、浦部は{[⑤]}をツモり

 

西家 浦部 手牌

 

{[五]六七②③④④[⑤]⑥4[5]6白} ツモ {[⑤]}

 

(『怖いのは直撃の満貫だけ…』)

 

 浦部、衣の現物、{④}を河に置く。

 

 浦部の震えは止まらない。

 何が起きているのかが全く理解できない。

 

 

 何故自分は今、『あの時』と同じことをしているのか、考えてしまっているのか。

 

 身体だけでなく、思考までもが何かに侵食されている。

 海底に近付くにつれ、その名の如く海の底に引きずられる感覚。

 

 17巡目。衣は南家から{⑦}をポン。

 

東家 衣 手牌

 

???? 暗槓 {■77■} チー{横二三四} ポン {⑦⑦横⑦}

 

(『三色同刻?奴の待ちは単騎待ちっちゅうことも考えられる。安牌だったヤオチウ牌もノキナミホショウヲウシナイ…アンパイゼロ……』)

 

西家 浦部 手牌

 

{四四[五]七②[⑤][⑤]⑥469北発}

 

 しかし同巡、浦部、三色同刻に必要な{七}をツモる。

 これで{七}を切らない限り三色同刻は無い。

 そして

 

 浦部、打……{北}。

 

(『アタレヘンヤロ…コノペーハ……』)

 

 

 

『コノキョクハワイノニゲキリ』

 

 

 

―――そうかな?

 

 

 

 

―――まだ、わからない。

 

 

 

 

「ポン!」

 

 

 

 衣、浦部から切られた{北}をポン。

 

 

 

 

「ペーポン、ペーポン」

 

 

 

 

 衣、裸単騎。

 

 

 

 

 

 海底は、浦部に。

 

 

 

 

 浸食は進む。

 

 

 

 (『ナンヤ………コレハ………………』)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あの裸単騎には魔法がかけてある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレハ……

 

 

 

 

 

 

 ソンナコトハ……

 

 

 

 

 

 ココハ………イツダ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ココハ…………ドコダ………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

――――

――――――

 

 

 

 

 

 

「浦部!おい浦部!」

 

 藤沢は声を荒げ、浦部の身体を揺する。しかし彼の眼は虚ろのままで、同じ言葉を呟き続けているだけだった。

 

 

 

 

 アカギ……シゲル

 

 

 

 アカギ……シゲル

 

 

 

 アカギ…………

 

 

 後に部屋に黒服が入り、彼は運び出された。その後の彼の行方を知る者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出迎え大儀!」

 対局室の外で衣を待っていたのはケイだった。彼は息を切らし、横っ腹を押さえている。その理由は

「間に合った………」

 その原因は先日の迷子事件。

 リストバンドの液晶によるナビはあっても、衣がそれを正確に読み取れるとケイには思えず、彼はとにかく彼女より対局を早く終わらせ、彼女を次の対局室に連れて行くしかないと、そう彼が判断したからである。

 彼の判断は適切ではあるが、彼への対局中、そして対局外の負担は相当であるが、衣にはそんなことを気にもせず、

「どうした?昨日の食事が腹に悪かったのか?」

 とケイに声をかける。

「いえ…それより、どうだったんですか?牌は見えましたか?」

 ケイはこの船の現象のことを聞いた。

「完全に見えなくなったわけでは無いようだ。『隙間』がある。それより…」

「それより?」

「ケイは大丈夫なのか?」

「何をです?」

 ケイは今も自分が息を切らしている原因のことを訊かれたと思ったが

 

「身の周りのことだ」

 

 違うようだ。

 

「周り?」

 

「ということは、ケイには見えないんだな。この世界」

 

 

「世界?」

 

 

 

「この船はどうやら母体らしい」

 

 

 

「母体?」

 

 

 

 

「不思議なことだが、この景色は衣を落ち着かせてくれる。母親の胎内にいる胎児は、このような気持ちなのか」

 

 

 

「天江さん……さっきから何を」

 

 

 

「何かが…生まれようとしている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




異能者の視界は沙耶の唄やサイレントヒル4等のに近い形ですが、それらに一つ別作品の設定が加えられていて、その設定元のクロス対象作品は第四部最終話付近で明示する予定です。
なお、沖田は哭きの竜外伝より、浦部はアカギより参加しています。沖田は原作では学生ではありませんが、今作では学生で参加しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。