アカギ、傀、竜が清澄高校麻雀部に入部したそうです   作:叶芽

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#48 黄金

 

 

 

――― 背中 押してやろうか

 

 

 

 あの言葉の直後なら、この船には来てなかったのだろうか。嫌な感じがして、別の階段を使ったあの時なら。ここは、間違いなく俺を殺す場所だ。雨なんて降っていない。だけど俺の全身は濡れている。逃げてさえいれば、こんな思いを味わうことも無かった。このまま俺は、最後まで負け続けるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 昨晩のパーティ会場であった広間は観戦室となっていた。数十のテーブルが並び、奥の中央には巨大なスクリーン。その画面も9つに分割され、9つの対局を同時に流している。観戦者たちのテーブルやその横、サイドテーブルや台車には札束や宝石等の高価なもの。黒服達はそれらの取り扱いに動いている。ここで行われているやり取りは賭け。無法地帯である船上を良いことに、度を超えた賭けが行われていた。

 現在9回戦目。初日の最終戦を迎えており、賭博場においての決着も見え始めた。勝った者と負けた者、それがはっきりと。テーブルの横に据えられた台車達に40億程積み上げていた銀髪のオールバック…平井銀二は、勝者側の一人であった。

 その男と相席しているのは、頭にコロネを三つほど乗せたような特徴的な髪形をした金髪の少年…ジョルノ・ジョバーナ。彼の横にも相対する銀の王と同じほどの山が聳えていた。またテーブルには、甲羅に鍵の付いた亀が一匹居座っている。ジョルノの所有物らしい。二人はこの9回戦目、もう賭けに参戦する必要は無く、観戦に集中できる形になった。

「9連勝目、いけますかね」

 金髪はイタリア人であるが、その日本語は流暢であった。彼が見ているのは、9つのうちの一つに映る、黒の長髪を後ろで束ねている青年、銀王の部下、森田鉄雄。彼はこの船で8連勝。銀髪は、煙草に火をつけて一服した。

「ここまではくじ運や引きに救われていたに過ぎない。だが、ここから先はあいつ自身の人間が問われる」

「相手に須賀とイーヴリンがいますからね。二人も8連勝」

 画面に一組の男女が映る。一人は京太郎。無敗、かつ獲得点数も上位であり、ここまでに8人飛ばしている。夏の個人戦での彼の活躍は有名であり、意外という程でも無い。

 ショートボブの眼鏡をかけた女性の方はイーヴリン。彼女も無敗だが京太郎とは対照的で、殆どの試合がギリギリのトップ、獲得点数は高い方では無い。こちらは【魔女】ニーマンに近しい人間であり、『こちら』の世界では有名。この成績も意外では無い。

「ニーマンは高みの見物か。別室か、もしくは別空間からか」

「D・Dや鷲巣が情報を流していますし、何よりあの人はこの船で打つことを嫌がっているとは聞いています」

「よく知っているな。ディアボロを潰しただけのことはある」

「ポルナレフさんが、奴について調査をしていたついでに、彼女達の情報も入って来ていたようです」

『おい、ジョルノ。情報を出し過ぎだ』

 ジョルノに語りかけたのは、亀の中のポルナレフであった。銀二には彼の姿は見えない。そもそも霊体であることもあるが、亀の持つスタンドが作りだす固有空間の中にいるからでもある。

『この人には隠しても無駄です。ポルナレフさんが命懸けで得た情報も既に知っている。その情報が、彼経由の可能性だってある。スタンドを持ってはいないが、ディアボロ以上に怖ろしい存在だ』

 銀二はスタンドの会話を聞くことは出来ないが、その視線を亀に向けた。あまりにも場に不自然であるが、隠す必要などやはりない。そして、知っていることを詮索する必要も無い。両者の間で、ギャング【パッショーネ】に関する会話はこれ以上されなかった。

「そして、全敗者か…」

 彼等の眼はモニターの方に戻る。最後に部屋に入ってきたのは金髪の、肌の白い少年。高校生くらいだろうか。表情は険しく、彼の現状を物語っている。

「武田俊…。『影響』は、彼にもあったようですね。D・Dの血を引いていても…いや、引いているからこその苦戦か」

「『あの女』の息子でもある。果たしてこのまま終わると思うか?【オーバーワールド】の力と【スタンド】が別物であるように、D・Dの『血』とあの女の『血』は別種だ」

 

 場決めも終わり、時間がきた。

 

座順

 

森田→イーヴリン→京太郎→俊

 

 桁が違う。森田は二人を観た瞬間、それを肌で感じていた。以前戦った西条…あの『負けてこなかった』者とは。纏っている空気が違う。

 

「ツモ。300・500」

 

東1局

 

森田    24500(-500)

イーヴリン 26100(+1100)

京太郎   24700(-300)

俊     24700(-300)

 

東家 森田 手牌

 

{11234[5]6789白白白}

 

(隙が見えない)

 即リーをかけても良い手だが、彼は様子を見た。イーヴリンのツモ和了はその直後である。鳴きによって喰いとったわけでも無く、不規則な打ち回しも無くのツモ。ただ、森田の聴牌は5巡目と河の一段目の段階であり、つまり彼女の聴牌はそれより早かった事を意味する。

 通常の麻雀では、そんなことは大したことでは無い。そもそもまだ1局目。であるにも関わらず森田が神経をすり減らしているのは、その場の空気である。彼は鉄仮面に視線を向ける。

(冷てぇ…。だが、それはやはり『ランク』が違うからだ…。恐らく…あの人のクラスではこの空気は通常。俺が異常と感じているこの空気を、普段の空気であるかのように。だからこその、冷たい程の落ち着き……そして)

 次に対面の学生。その表情は熱いとも冷たいとも言い難いが、彼女同様落ち着いているのは明らかだった。彼はただ静かに卓を見つめている。

(『あの三人』のことは銀さんから聞いている。その三人と、毎日のように打っていた…か)

 この船では今のところ連勝しており、この9回戦目もトップであるなら、森田は初日全勝ということになる。だが、それはくじ運に恵まれていたからなのだと再認識した。

 

東2局 親 イーヴリン ドラ {③}

 

北家 森田 配牌

 

{一四六九①⑥⑧14南西中北}

 

 まだ東2。そこまで悲観するほどでは無い配牌だが、彼が感じたのは『枯れた』ということ。1局にして、一瞬にしてこれまでの流れを。男子のプロの一人が、似たような事をするのを昔テレビで見たことがあったが、それが今、目の前に。圧倒的な力によって。

 

―――俺が牙…。お前の強運が翼…。

 

 ふと銀二の言葉が過った。お前は強運だ。その偶然が欲しい。しかし森田は思う。自分の力とは、果たしてそんなものだろうか。それがあれば、銀さんに追いつき、そして越えることが出来るのだろうか。

 イーヴリンの河の二段目に{5}。そして次巡には{6}が並ぶ。そこに「ポン」と声がかかった。

 

南家 京太郎

 

ポン {横666} 打 {[⑤]}

 

 次巡。

「ツモ。1300・2600」

 

南家 京太郎 手牌

 

{一二三③777南南南} ポン {横666} ツモ {③}

 

東2局

 

森田    23200(-1300)

イーヴリン 23500(-2600)

京太郎   29900(+5200)

俊     23400(-1300)

 

 嵌{④}の待ちを捨ててのドラの単騎待ち。しかし前巡に赤を切っている。この違和感、銀二に会う前の森田だったらイカサマを疑っていただろう。

(高校生の麻雀大会なんて…気にもしてなかった。だが違った。世の中には、俺の常識を遥かに越えた世界がある)

 銀二との5億の勝負に負けた後、森田は一人で活動していた。その偽札を本物に替えろと書かれていた手紙にはこうも書かれていた。

 

―――インハイはお前の世界を広げる。

 

(最初は何を馬鹿な、と思ったさ…。だが…)

 そうでは無かった。表とか裏とか、深いとか浅いとか、濃いとか薄いとか、そんなのは世界を縮めるワード。森田はあのインハイに思い知らされた。自分はまだ何一つ、世界を知ってはいない。

 故に、今目の前にある違和感。その正体、そこで行われている攻防は森田の想像を遥かに超えている。そのことを、森田自身が解っている。

 

東家 イーヴリン 手牌

 

{二三四七八九①②⑥⑥⑦⑧⑨}

 

 {①}、{②}を落とさず、{5}、{6}を落としての{③}待ち。京太郎の動きはそれを受けてのものであった。彼女はそっと手牌を伏せ、卓に戻す。そこに動揺の色は無い。

 

「ところで、『彼』のことは森田さんには?」

 観戦室、ジョルノは銀二に聞いた。

「いや…教えていない。しかしだからこそ、ここで森田の力を計れる。果たして気付けるか」

 

 森田はその『彼』に視線を向けた。

(こと麻雀に関しては、この二人には到底及ばない。少なくとも、この短い半荘の中で上回るなど…。だが…)

 

東3局 親 京太郎 ドラ {中}

 

西家 森田 配牌

 

{三八①①③⑦⑧1279北中}

 

(突破口はある…!)

 最初のツモは{8}。手が進む。この部分だけなら、完全には枯れていないと思えるが、森田はそうは思わない。

(銀さんはあんな事を言っていたが…この世界で…俺個人の『運』なんて通じやしない)

 第一打は、{三}。絶一門かつチャンタを意識した打牌。しかしその次巡の彼のツモは{四}。裏目る。

(単なる裏目…とは今は考えない方が良い…。今は…ただ待て…)

 だがその次巡のツモは{五}と、字牌でも{1}、{2}辺りでも切り飛ばしておけば早い聴牌に近付けたであろう。でもそれは罠。森田の直感はそう告げている。彼はこの場において、全く別のものを見ていた。

 対面から{①}が切られる。森田は反応した。これだ。

 

西家 森田 

 

ポン {①横①①} 打 {③}

 

 結果としてチャンタ方面に一歩近付きはしたが、森田の目的はそうでは無い。正確に言えば、彼は対面、もしくは下家から鳴けること自体を待っていた。つまり、中張牌だろうがオタ風だろうが鳴けたのなら鳴いていたのだ。

(この場で一番強くて…力のある者は、対面と下家のどちらか…。まずここから崩していかないとならない)

 対面と下家のどちらかから鳴ければ、ツモを喰いとることが出来る。そして…『彼』のツモをどちらかに回すことが出来る。これまで和了も振り込みも無い、彼のツモを。

(あの二人の力が一目でやばいと感じたように…あいつについても一目でわかった…。あの二人の逆……つまり……この場で一番のマイナス)

 相手のツモを取るだけでなく、不調者のツモを相手に被せる。それが森田の目的。

 無論、『この程度』の哲学で敵う相手では無い可能性が高いのは森田自身重々承知している。だが、意思を持って動かない限り、道は開かれない。そのことも森田は解っている。だからこそこれまで、何度も修羅場を潜ってきた。

 

「そうだ森田…それだ」

 銀二の言う森田の『強運』とは、世間一般で言われている『運』などとは別種。

 

 次巡にドラの{中}、そしてさらに次巡には{⑨}。二連続有効牌をツモり聴牌。

 

西家 森田 手牌

 

{⑦⑧⑨12789中中} ポン {①横①①}

 

 京太郎やイーヴリン相手に、本来ならこの程度の動きなどほぼ無意味だ。100回中99回は弾かれるだろう。だが今回は、その100回中の1回であった。偶然、森田の行為が成立する『流れ』という哲学がその場に存在し、偶然、森田の行為を防ぐことの出来ない二人の手牌であったのだ。

 つまり森田の『強運』とは、森田の意思と行為を『後押し』する『運』なのである。

 そして彼の『強運』はここでは留まらない。

 森田は、聴牌した次巡に上家から切られた{3}で牌を倒した。『喰い取り』…そして『悪運の押しつけ』が成功したのだ。であるなら、森田の手はさらに高くなるのが必然。森田自身、それは感じていた。だがそれを彼は捨てた。ここで倒すべきと判断したのだ。

 

北家 イーヴリン 手牌

 

{一九①⑨⑨19東南西北白発}

 

 悪運を押し付けられた彼女は国士に向かい、森田の『後の』{中}の暗槓を打ち取れる準備が既に出来ていた。彼が流れに身を任せ、そのまま進んでいたら、そこで勝負は終了。それを森田は回避した。

 これこそが、森田の『強運』。銀二の求めていたもの。

 

東3局

 

森田    27100(+3900)

イーヴリン 23500

京太郎   29900

俊     19500(-3900)

 

(今回も…解らない……)

 『兎』が正常に機能しないことはこれまでに何度かは経験している。それはどれも対戦相手や、自分自身のコンディションに起因していた。だが、この船…【エスポワール】でのこの状況は、過去のどのケースにも該当しない。全くの別物。

 つまり原因は人では無く、場所。俊はそれを肌で感じていた。空間が彼を圧している。感覚を乱している。

(この半荘も…負けるのか…)

 彼がここにいるのは裏の高校生代打ち集団【ZOO】の仕事としてであるが、聞いていた情報とは全く違う。依頼主の代わりに政財界の素人相手と遊んで、金を稼いでくると言うもので、難易度は低い。新庄、仙道、柏木らとの勝負を越え、俊は力を付けていた。一人での仕事も増え、今回もその一つに過ぎないと思っていた。だが、現実は違った。

 変化を感じたのは日付が変わってから。深夜。視界の状況に変化は無いが、明らかに普段の空気とは違うのを感じた。蒸されているような暑さが全身を覆う。エアコンを入れて部屋を冷やしても、奇妙なことに、その感覚が拭えることは無かった。まるで感覚器官が増え、それが同時に機能しているかのよう。

 次第に現実感が消え、ここは異世界ではないのかとまで思い始めた俊は、その晩一睡も出来ずに朝を迎えた。

 連敗はその体調故もある。しかし何より、これまで彼を支えてきた危険牌察知能力…『兎』が正常に機能しないのが最大の原因だ。であるにも関わらず、危険牌の方は不運にもどんどんと彼に押し寄せられていく。

 加えて、森田とは対照的に彼はくじ運にも見放されていた。インハイの団体戦、個人戦で活躍した者、裏プロ、元裏プロらが彼に牙を向いた。狩られる側に回ったのだ。彼は混乱のまま8つの敗北を重ねた。

 

「ツモ。1000・2000」

 

東4局

 

森田    26100(-1000)

イーヴリン 27500(+4000)

京太郎   28900(-1000)

俊     17500(-2000)

 

 一回目の親番があっさりと流された。

 目の前の戦いがハイレベルであることは彼も感じている。『兎』が機能し、万全の状態でも勝てるかどうかわからない。そんな相手を前にして、今、勝てるわけが無い。このままではまた狩られる。

 俊は思った。

 自分は、何でここにいる。

 話が違う。こんな場所だなんて知らなかった。騙された。依頼主に騙されたから。

 じゃあ、知っていれば来なかったのか。

 逃げていたのか。

 

 自分は、何故【ZOO】に入った。

 

 己にとって【ZOO】とは、何だ。

 

 彼は俯いた。

 

 

 その時…

 

 

「背中が煤けてるよ」

 

 

 言葉が挟まれた。

 

「え?」

 発信源の方を向くと、そこには自分と同い年の、金髪がいた。

(煤けている…?)

 その言葉の意味を聞こうとした瞬間、彼の脳裏に電流が走った。

 

―――俺の背には【ZOO】が乗っかってんだよっ

 

 山城対ZOO。その決勝戦。あの時が。

 

(今の俺に…【ZOO】を背負えるか?リーダーが誰かだとか、そんなのは関係ない。俺は【ZOO】の一員としてここにいる…。経過はどうあれ、俺は今打っているんだ。だったら…)

 

「言い訳なんてしてる場合じゃない」

 彼の瞳に、火が宿った。

 

(俺は何を言ったんだ…)

 一方京太郎は、己が何故ああ言ったのかが解らなかった。下家の男子の体調があまりにも悪そうに見えて、何か言葉をかけようとは思っていた。大丈夫ですか、と言うのが自然な形だっただろう。

(すすけてるって…どういう意味だ?)

 意味などわからない。彼はこの言葉を聞いたことも無いのだ。『竜』がこの言葉を放ったのは、インハイ決勝の副将戦。その時、京太郎は買い出しに行っていて席を丁度外していた。仮に聞いていたとしても、この言葉を理解はしていなかっただろう。

(だけど妙だ…)

 この言葉が、今の彼に対して適切な言葉だったと思える。理由などわからない。ただ何となくであり、その何となくが、最も正しい。今の彼を見て不思議とそう感じた。先程までの影の強い表情を一変させ、勝負師の顔となった、彼を見て。

 

 そして、南場が始まる。場には、ぴりぴりとした空気が、僅かに混じり始めていた。

 

南1局 親 森田 ドラ {⑦}

 

北家 俊 配牌

 

{一三三④⑨44569東西北}

 

(手牌は相変わらず…。だが、さっきまでとは違う…)

 

東家 森田 配牌

 

{四五六①②④⑤⑤⑥⑥⑦1南南}

 

打 {1}

 

(たった『一言』で…こうも変わるのか)

 ここに来て圧倒的好配牌に恵まれた森田であったが、ダブリーの選択は取らなかった。上家の雰囲気が、先程までとは明らかに違う。東場のたった4局でも相当の神経をすり減らした彼であったが、南場はそれ以上なのだろうと覚悟した。

 戦場に加わったその彼の最初のツモは{5}。まず最初に切り出したのは、{西}。

「ポン」

 上家からの声。俊を目覚めさせた者の声だ。

 俊はその鳴きに、稲妻を見た。

(そう……電気だ……)

 その手には{③}。鳴きが無ければ、森田のツモ和了牌。彼は残る{東}と{北}も切り飛ばした。そして閃光る。そしてまた閃光る。

(おいおいおい…)

 森田はツモれぬまま、その3副露を眺めるしか出来なかった。

 

西家 京太郎

 

ポン {西西横西} ポン {東東横東} ポン {北北横北}

 

 

{④②中白}

 

北家 俊 手牌

 

{一三三③④⑨4455669}

 

ツモ {三} 打 {9}

 

「ポン」

 今度は対面。イーヴリンが鳴いた。京太郎とは対照的で、機械的。静かな鳴きだった。その彼女から切られた牌は{三}。俊は手の{三}を三枚倒し、嶺上に手を伸ばす。掴んだのは、{②}。新ドラは{4}。

(『兎』は相変わらずだ…。牌から来る情報はめちゃくちゃだ…。だが…)

 打{⑨}。イーヴリンに『渡す』牌だ。受けた彼女は俊に{6}を渡した。

 

南家 イーヴリン

 

ポン {9横99} ポン {⑨横⑨⑨}

 

 

{8}

 

北家 俊 手牌

 

{②③④4455} カン {三三横三三} ポン {6横66}

 

 そして、ようやく森田に番が回ってきた。

(四喜和に…清老頭?…)

 京太郎の方はともかく、イーヴリン方の情報はまだそこまで明らかになってはいないが、この場の沸騰感、彼には役満を想起させた。

 その彼のツモは先程切った{1}。

(ぐっ…)

 手に嫌な汗が出始めた。このまま続ければ、いつか牌を取りこぼすかもしれない。

(切れる牌じゃない)

 選択は打{②}。聴牌を崩した。

 

南家 イーヴリン 手牌

 

{九九①①①11} ポン {9横99} ポン {⑨横⑨⑨}

 

 その選択は正解だった。それは振り込み回避と言う側面だけでなく。{5}を彼女に掴ませるという点でも正解。上級者ともなれば、ここで、対面の和了牌を握りつぶすことは、下家の役満ツモを発生させてしまう程度のことは解っている。

 

西家 京太郎 手牌

 

{発発南南} ポン {西西横西} ポン {東東横東} ポン {北北横北}

 

 故に彼女は{5}を切って局を終わらせる。

 

 俊も、それを解っていた。

 

「ロン」

 

北家 俊 手牌

 

{②③④4455} カン {三三横三三} ポン {6横66}

 

ロン {5}

 

南1局

 

森田    26100

イーヴリン 22300(-5200)

京太郎   28900

俊     22700(+5200)

 

(牌からの情報じゃない…これは人間だ…。人の持つ鼓動…脈動……電気……)

 

「モニター越しでも解るんですね。特殊なモニターなのだろうか」

 ジョルノが言った。しかし銀二には見えない。

「【スタンド使い】には見えるんだな」

「かなり力は小さいですが、微弱な電気を放っています。サバイバーに近いのかも」

「同質のものだったら大変なことになるな」

「知識はあるんですね。でも、今の動きを観るに、相手の動きを感知することに特化したタイプのように見えます」

「スタンドなのか」

「ヴィジョンが見えないので違う可能性が高いですが、リョウさんのを受け継いでいるのなら、やはりスタンドとは別物ですね。概念が近いだけで」

「なるほど。何はともあれ、目覚めた、ということだな…」

 銀二は近くにいた黒服を呼び、何かを告げた。

 

 その俊を、穴として、突破口として見ていた森田には苦しい展開となった。彼は、また新しい道を見つけなくてはならない。

(まるで…暗闇の荒野だ……)

 先程まで存在していた光はもうどこにもない。彼の周りはただただ漆黒。闇ばかり。

(ここは…諦めるのも一つの選択肢か?)

 ここまで、彼は8連勝。決勝トーナメント進出の条件は不明だが、ここまで勝ってきたのだ。高い確率で駒を進めることが出来るだろう。残りの局を、守備に徹してさえいれば、仮にラスになっても、致命的な点数にはならないだろう。

(だが…それで良いのか?)

 彼も考える。自分が、何故そこに居るのかを。

(俺は…あの人を越すんじゃないのか……?)

 ここは金を賭ける場では無い。命を賭ける場では無い。だが、そうでは無い。あくまで問題は…核心は……生き方なのだ。森田は両手で頬を叩いた。

(可能性がある限りトップを目指す。無論…もしかしたら飛ぶかもしれない。明日の試合に進むことも出来なくなるかもしれない。銀さんに見切りをつけられるかもしれない。だが…)

 端から負ける気で勝負するやつがあるか。覚悟を決めろ。森田鉄雄。彼はそう自分に言い聞かせた。

 

南2局 親 イーヴリン ドラ {6}

 

北家 森田 配牌

 

{二四六八⑨⑨239東西北北}

 

ツモ {北} 打 {9}

 

(しかし奇妙だ。さっきの局のもあるが、この第一打でも安心できない。ヒリつく…)

 

ツモ {七} 打 {西}

 

(それはやはり…この『刃』は……殺意に近いからなんだろうな…)

 それはこの部屋にて、彼らと相対した時から突きつけられていた…『刃』。この『刃』は、かつて森田が戦った殺人鬼の発していたものよりも、遥かに鋭かった。

(銀さんが俺をここにやった理由が、解りかけてきたよ)

 目の前の三人の次元には、やはりまだ届くことは無いのだろう。目の前の三人が何かをやっていたとしても、己にはそれを感じる力など無い。しかし森田は折れない。

(麻雀と言うルールの上で、そして同じ卓に居るんだ。恐れるな)

 上家から{三}が切られる。

 

北家 森田 

 

チー {横三二四} 打 {東}

 

 鳴いて少し手が進んだ。もしかしたらこの{三}は、高次元での攻防のために、鳴かせてくれたものなのかもしれない。しかし森田にはそんなことは知りようも無い。知りようも無いことに、足を獲られるな。

 

東家 イーヴリン 手牌

 

{二三四②②③③④④2388}

 

南家 京太郎

 

{11123456789白白}

 

西家 俊 手牌

 

{23456789発発発中中}

 

北家 森田 手牌

 

{六七八⑨⑨23北北北} チー {横三二四}

 

ツモ {北}

 

(相手の手の形なんぞわからねぇ…。この『刃』…。暗槓すれば刺さるかもしれねぇ…。だが…)

 森田はその{北}を倒す。声はかからない。新ドラは{1}。彼の手を伸ばした先には、嶺上。その『山』は…地の『動物』の生きることを許さない遥か高い『山』……。森田は『偶然』、その『山』に手を伸ばすことが出来た。

 そして掴んだのは、天の『鳥』。

 

「ツモ!」

 

北家 森田 手牌

 

{六七八⑨⑨23} チー {横三二四} 暗カン {■北北■}

 

ツモ {1}

 

「60符3飜は、2000・3900!」

 

南2局

 

森田    34000(+7900)

イーヴリン 18400(-3900)

京太郎   26900(-2000)

俊     20700(-2000)

 

 これまで小場で進んでいたこの半荘であったが、ここに来て、ついに30000のラインを越える者が現れた。

(よし…っ!このまま…)

 だが、「このまま」と行かせないのが強者の世界。甘くは無い。

 

「ロン。8000」

 

南3局

 

森田    26000(-8000)

イーヴリン 26400(+8000)

京太郎   26900

俊     20700

 

 出る杭は打たれる。森田のトップは一瞬で終わった。

 

(なんて人達だ…)

 振り込んだ森田だけでは無い。俊も苦境に立たされていた。

 兎は使えないが、彼から発せられている電気は、相手の手を正確に伝えている。であるにも関わらず、安々とは行かせてくれない。

 半荘は、早くもオーラスを迎えた。

 

(必要なのは…(じつりょく)だ……)

 俊がいる場所。それは強者の最低ライン。少なくとも、対面と上家はその領域に間違いない。牌や人の動きを感知するメカニズムは違えど、自分はようやくこの人たちの領域に踏み込んだに過ぎないのだと、彼は感じていた。

 そして、その(じつりょく)という側面においては、恐らく自分はこの中で最も下である、ということも。

 

南4局 親 俊 ドラ {七}

 

東家 俊 配牌

 

{二三三四四四[五]五六六七九1西}

 

(この配牌を喜べるメンバーじゃない…)

 

南家 森田 配牌

 

{一二三⑥⑥⑥⑧⑧⑧2399}

 

 配牌聴牌の森田も同様のことを考えていた。この面子で、この手が果たして和了れるのかどうか。

 

西家 イーヴリン 配牌

 

{七七八八八⑦⑦⑦779西西}

 

北家 京太郎 配牌

 

{一九①⑨9東東南西北白発中}

 

 俊は気付いている。

(この土壇場で…全員仕上げてる…。やはりこの人たちは凄い…)

 この{1}は切れない。かといって{西}を切っていいものだろうか。イーヴリンの聴牌を許してしまう。それなら、誰もアクションを起こさない{九}辺りを切り飛ばすか?

(違うだろ…。武田俊…)

 彼はユキヒョウ…山口愛から言われた言葉を思い出す。

(危険を感じとって…その上で躱しながら一歩前に踏み込む。でなきゃ…)

 

 一生勝てない。

 

 打 {西}

 

「ポン」

 紅一点の声が卓上に響く。彼女は100人中99人が取るであろう選択をした。

 

西家 イーヴリン

 

ポン {西横西西} 打 {9}

 

「ポン!」

 青い声が卓上に響く。彼は100人中99人が取らないであろう選択をした。

 

ポン {99横9} 打 {⑧}

 

 イーヴリンの手にあるのは、{⑥}。打{7}。

 男の理外の行動は、女の手を止めた。この{⑥}を切れば、男はまた羽ばたくだろう。

 そして京太郎の手には{⑦}。これで彼の手は死ぬ。

(やはり強いのはイーヴリンさんだ。『様子見』で来てる彼女でここまで強いんだ…。【魔女】…ニーマンさんはそれよりも強い。『あいつ等』は、この人たちと打ったことがあるのか?打ってないってんなら、勿体ねぇぞ)

 ここで{⑦}を切れば彼女はポンの後、打{7}。{⑤}、{⑧}待ちに切り替える。そうなれば、次は京太郎が{⑧}を掴む展開。その予感は当たるだろう。彼は(じつりょく)の違いを思い知らされた。

 

 森田の理外の行動によって発生した状況。三人が三人の手を殺す。

 故に、生き残った彼に道が開かれた。始まりであった、彼に。

 

東家 俊 手牌

 

{二三三四四四[五]五六六七九1} ツモ {八}

 

「リーチ」

 

 鳥は、河へと羽ばたいた。

 

「ツモ!」

 

東家 俊 手牌

 

{二三三四四四五五六六七八九} ツモ {九}

 

裏ドラ {四}

 

「16000オール!」

 

森田    10000(-16000)

イーヴリン 10400(-16000)

京太郎   10900(-16000)

俊     68700(+48000)

 

(浅はかだった…)

 森田の理外の行動…直感。それは二人の手を止めはしたが、彼自身はそれを失敗と認定した。この場において、己の浅はかな直感が通じるわけが無い、と。結果、上家の役満を生んでしまった。

(結果最下位…。ラス…。最悪の結末…)

 悔やみ俯く森田。彼は、ここで終わったのだと思っていた。

 だが顔を上げると、彼らの表情は違う。集中を切らしていない。まだ…終わっていない。

 

「一本場」

 

 連荘。

 彼の熱は冷めていない。

 

(これは…まずいな)

 京太郎には経験がある。『止めようのないもの』を、『彼』が掴んだことを。

 

 つまり

 

「ツモ」

 

 結着は一瞬だった。

 

東家 俊 手牌

 

{一一四五六④④④333555}

 

「16100オール…!全員飛びで終了です…」

 

 天和。

 奔流に乗った猛獣を、もう誰も止めることは出来なかった。

 

 

 

―――

―――

―――

 

 

 

 初日の最終戦が終わりを迎えたが、俊はまだ対局室からまだ動いていなかった。勝負の興奮と熱が冷めていないこともあるが、考えることが多かったのもある。『兎』不調、電気、そしてこれからの事。分からないことだらけだ。

(最後の一戦では大勝出来たけど、明日のトーナメントに行ける程、トータルでは優秀な成績とも思えない。どこかで降ろされるんだろうか。それとも部屋で観戦という形になるのだろうか…)

 などと考えていたら、ドアが開き、一人の黒服が入ってきた。

「あ、すみませんっ。もう退きます」

 と彼は慌てて席を立ったが、黒服は予想外のことを言いだした。

「武田様ですね。これから…山城邸…『地下』にご案内いたします」

「え?これから?」

 どういうことか理解が追いつかなかった。船が一旦陸に戻って、それからということなのかと尋ねると、そうではないと黒服は返す。

「霧島神境と同じシステムです」

 ますます何を言っているのか、全く解らなかった。

 

 

 

 

 

 

 新庄さんと出会ったのは、中三の夏。その日は、福永遼一というクレバー(?)で売出し中だった同僚のアシストという形で卓についていた。アシストは私の他にもう一人いて、事実上3対1。その1に、新庄さんはいた。

「自信5割。不安5割。合わせて俺だ」

 こちらの要求通り、一人で来たあの人はそう言った。鏡で観たところ、それは言葉の通りで、温かい印象を受けた。この人が父だったら、と今でも思う。

 5回戦勝負。4回戦までは、あの人が見に回っていたのは解った。だけど福永さんらはそれに気付かない。そして5回戦開始時、起家だったあの人の爆発を止めることは出来なかった。

「俺は起家でラス親だ」

 の言に偽りは無かった。1000オールからスタートした打点は、局を重ねる毎に上がっていき、誰も手の届かない所まで行った。

 終盤、彼の娘の人質やら何やら騒がしいことがあったけど、仙道さんが介入して事態は収拾した。

 新庄さんは私に対し「共武会に腐らせておくには惜しい人材だな」と声をかけた。この世界で『家』をころころと変えることなど出来ない。結局スカウトは断るしかなかったけど、彼等との繋がりが消えることは無かったどころか、広がりを見せた。娘の香那ちゃんや、風間さん、馬券さん、仙道さん。

 鏡の事を教えると、あの人はより良い使い方を教えてくれた。それが今の私の戦術の基本になっている。

 あの人は優しかった。大きかった。あの人がお父さんだったなら…どれだけ良かっただろう。

 

 その人が…死んだ。

 

 山城に殺された。

 

 許せるわけが無い。

 

 その時、玄関のチャイムが鳴った。誰だろう。

 ドアの向こうには、香那ちゃんがいた。

 その横には、有珠山の獅子原さんと……初代【サル】の、高鴨さん。

 

 

 

 

 

 

「そっか残念だなぁ…」

「月曜までには帰ってくるかもとは言ってましたが」

「それまでこの旅館で泊まっとこうかなぁ…」

 水原祐太は松実の宿に来ており、知人の赤土晴絵と卓を囲っていた。両脇には松実姉妹もいる。

「では、私達仕事に戻りますね」

 玄が立ち上がり、宥もそれに続いた。二人は東風一回だけ付き合っていた。

「あの娘達ともゆっくり打ちたいし」

「打つのは結構ですが、手は出さないでくださいよ」

 立ち去る美人姉妹に目を細め見惚れる祐太に対し、晴絵は忠告した。

「あいよ」

「それにしても、宥達相手に、上手く立ち回れましたね」

 東風一回ではあったが、祐太のまくりトップという形で終了していた。

「テレビは見ましたからね。相手をしたらどう打とうか、前から考えていました。上手くハマった、と言ったところかね」

「これも旅打ちの成果ってところですか。対応力の幅が広がったのも」

「北海道のパウチカムイはさすがに堪えたけどね。肉体への直接攻撃は反則だよ」

「ああ、有珠山のですか。そう言えば戒能プロも似たようなことが出来るみたいですよ」

「マジかっ…。あーあ。やっぱプロ辞めるべきじゃかったかなぁ…」

 彼は大きな溜息をついて、天を仰いだ。

「でも、辞めたからこそ、今のあなたがある、ですよね」

「まあね。でも当時の俺は、『表』を知らな過ぎた。舐めていたよ。当時は」

「テレビの映像からだけではわからないことも多いですからね。それに男子の方では、目だった打ち手は少なかったですし」

「目立たないからこそ怖ろしい。そういう打ち手がいることも、『こっち』に来て知りましたよ。Bリーグの『あの人』とかね」

「それが解るようでしたら、もう一回挑戦してみてはどうですか?私も来年度からプロに行くつもりです」

「もう少し『こっち』で修業してみたい気持ちもあるけど、どうかな。考えておきますかね」

 

 

 

 

 

 

「で、断られたと」

「他人の金では打たないそうです」

 『振られた』江藤はホテルに帰って来ていた。

「竹井さん。知っていましたね」

 竹井は今日もロビーの椅子に越し掛け、新聞を広げ、視線を文字から離さない。

「そんなのはどっちでもいいだろ。お前が口説けなかっただけだ。それと妙に諦めが良いな。他人の金が無理なら、あいつ自身に何らかの勝負の話を持ちかけて、稼がせるくらいの事は、お前はしそうなものだが」

 江藤は、彼の横の椅子に座った。

「『神殿』の建造に携わるより、完成した後、奪い取る方が楽しそうだと思いましてね」

「……『横浜』の…『あれ』の再現をまだ夢見てるのか?」

「白築さんの麻雀は確かに魅力的でした。ですが、あなたが思っているようなことはありません。『あれ』は、金になるんですよ」

「いや、お前はそういう奴だと思ってたが。『心酔』ってタマじゃねぇえだろ」

 

 日経平均の下落が、少し大きな記事になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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