共武会、桜道会、桜輪会。これら三つの勢力に比べ、山城連合の支配地域は狭い。しかしその会長、山城雷蔵は警察、消防委員長のポストも持ち、与党の支持母体である宗教法人を隠然たる力で牛耳っている。つまり公権力への影響力は三大勢力よりも上である。
何故か。その秘密は山城邸の土地そのものに隠されている。
「それでは会場にご案内いたしますのでついてきてください」
案内人に従い、ワシズ達が向かった先は裏庭に設置された茶室だった。案内人が壁に設置されたコンセントに手を添えると、コンセントは下にスライドする仕掛けになっており、元の位置には小さな穴があった。彼は持っていた柄杓の切止をその穴に挿し込んだ。すると襖の向こうからガゴンと大きな音が鳴り、襖が開いた。
「わお」
爽、穏乃はその仕掛けに声を揃えて驚いた。照は声こそは出さなかったがその表情は二人と同じだ。
「どうぞ、何人にも邪魔されない世界へ」
そこには地下へと続く階段が出現していた。ネリーはそれを見て目を細めた。
「どうでもいいことにお金を使うんだね」
「金持ちの道楽か…下らん」
ワシズは小さく鼻を鳴らした。
(吸血麻雀をしていたあんたが言うか…)
園長と仙道は同じことを考え小さく驚きの色を見せると、それを見たD・Dはくすりと笑った。
そして香那は関心を示すことなく、その表情は石のままだ。
「打っていない方々はこちらの部屋でお寛ぎください」
階段を降り切った先の部屋…待機室で、案内人が口を開いた。広大な待機室には、観戦用モニター、テーブル、ソファだけでなく、シャワールームや手洗い場、台所、寝室も完備しており、数週間程度であれば住むことも出来るようになっている。お泊り会であればワクワクも出来ただろうなと、穏乃と爽は思った。
「それでは、山城麻雀のシステムについてご説明します」
五人以上での参加の場合、各関門毎に二人まで打つことが出来ること、一度打ち終わった者の再戦、及び途中での交代は不可であること。各関門突破には『クリア条件』があること。クリア出来なかった時点で敗北であること。それが山城麻雀におけるルールであった。
「全ての関門を突破出来なければあなた方の敗北です。一度始めたら途中での棄権は認めません。それでもよろしいですか?」
案内人はその顔に絶対の自信を込めて言ったが、
「それはこちらの台詞だ」
ワシズの一言により一瞬で覆った。
「掛け金は3000億。100倍返しのこの山城麻雀において、貴様らは30兆をこのワシに支払う。その覚悟があるか」
案内人はそのプレッシャーに後退りし、閉口した。屋敷の前に停めた300億を入れたトラックは、後9台は来るのだ。
「で…ではエレベーターでお待ちしておりますので…準備が出来ましたら…」
そう言って彼はそそくさと待機室を後にした。
「そう言えば関門は幾つあるんだろう…」
穏乃の疑問にはD・Dが答えた。
「5つだよ。元々は5人で攻略するつもりだったからね」
つまり、各関門一人だけで突破するつもりであった。故に、
(ほんとメンバー増えて良かったー…)
というのが仙道の気持であった。遥か年下の小娘、ネリーに対して見栄を張ったがために5人の段階でGOサインを出してしまい、正直な話後悔していたのである。
「それで、緒戦は誰が」
照が聞いた。
「今9人いるから、5つの内一つは一人で行かないといけないのか…」
連れてきた【カムイ】を全てフル稼働させれば一人でも行けるだろうかと爽は一瞬思ったが、絶対の自身の方は無く、我先にと名乗り上げることは出来なかった。
「ワシが行く。一人で十分だ」
「ネリーが行っても良いよ」
「私が行こうか?」
「俺が行く」
「え…」
仙道は一瞬目が皿になり、小さく声を漏らしてしまった。
立候補者は4名。ワシズ、ネリー、D・D、園長。本来ならこの『一人』で突破する関門がネックで有るはずなのだ。この山城麻雀、各関門のクリア条件は向こうが一方的に提示し、しかも相手の戦力は不明、加えて1対3。普通なら不可能と言う文字が真っ先に出てくる。しかしこの4名は、端から『一人』で関門を突破する気でいた者達だ。
「貴様等は下がっておれ。ワシはガキのお守りをするつもりは無い」
ワシズはそう三人に言い放った。
「何?」
「ガキって言った?」
園長とネリーらがワシズとの間に火花を散らし始めた。それを見たD・Dは、
「まぁまぁ、ワシズはきっとコンビ打ちはもうこりごりなんだと思うよ」
と二人を宥めに入った。ワシズはそのD・Dを睨み付ける。アカギと熊倉に敗北したあの忌まわしい過去を思い出させたからだ。
「揉め事は止めて…」
彼らの睨み合いの拮抗を解いたのは香那だった。表面上は覇気の無い声であったが、その内から強大なプレッシャーが発せられたことは、場の全員が感じた。
彼女に言われたら園長は引かざるを得ない。D・Dは元より引く気であったし、ネリーはその流れから自分も引いた。結局、緒戦はワシズが行くことになった。
(おいおい大丈夫なのかよ…)
端から見た仙道にとっては不安しかない。チームとしては歪。ソロ攻略をワシズが請け負ってくれたものだから、後は必然的にタッグ戦。故にこのメンバーの誰かとは組まなくてはならない。
(カナちゃんか照しかいないぞ…組めるの…)
仙道の意識はもう第二関門以降に向けられており、本来なら難関であった『ソロ攻略』のことなど眼中に無かった。
それもそのはず。
「ツモ。32000オール」
クリア条件は『山城側を3人同時にトバす』こと。ワシズにはその程度、障害ですらないのだ。彼は東1局、天和大三元により関門を突破した。
「貴様等、何をしている」
緒戦を文字通り秒殺でクリアし、待機室に戻ってきた彼が見たものは、8人の大人子供らが揃ってジャンケンをしている様であった。対局内容を中継しているテレビには目もくれずに。
「あ、お疲れ様です!」
ワシズの声に反応し振り返ったのは穏乃だった。
「今グッパで4組の振り分けをしてるんですけど…中々決まらなくて…てかこれ決まらないなぁ」
そう言って頭を掻いた彼女に対し、
「言いだしたのはお前だろ」
「これアミダの方が良かったんじゃ」
と園長と照からダメ出しが入る。
「じゃ次で決まらなかったらアミダにしません?」
爽が提案すると残りは同意したが、その次であっさりと決まった。順番の方は爽の提案したアミダで決めることになり、作成は爽が担当した。
振り分けと順番は以下の通り。
第二関門 仙道・爽ペア
第三関門 園長・穏乃ペア
第四関門 照・香那ペア
第五関門 D・D・ネリーペア
「それじゃあちょっと行ってくる」
「頑張って」
エレベーターに歩を進めた爽に対し、香那は小さく手を振った。
「頑張って下さい!」
「落ち着いて」
「負けないでよー」
穏乃と照、ネリーもそれに続いた。
「どうした仙道、行かんのか」
園長はポカンとその場に立ちつくしていた仙道に声をかけた。
「あ、いや、行くが…」
(何だこの緊張感の無さは…いや、この方が寧ろ良いのか?)
D・Dやネリー辺りと組むことが無かった点では安堵したが、こいつはこいつで調子が狂う。読めない。やはり照か香那と組めたらなと彼は思いながら、爽の後に続いてエレベーターに向かった。
「その、なんだ…大丈夫なのか?」
下るエレベーターの中、仙道は爽に声をかけた。
「緊張してないわけじゃないんですけど」
「カナちゃんの友人って言っていたな」
「うん。カナが北海道に家族旅行で来た時に知り合った。お父さん…直樹さんにも会ったよ。優しくて良い人だった」
エレベーターが止まり、扉が開くと先に前に出たのは爽だった。立ち止まり彼女は続ける。
「いつもは『こいつ等』に助けてもらっていたんだけど、あの時私を見つけたのは、あの人だった。まぁ偶然なんだろうけど」
仙道は彼女の背中とそしてその周りに『何か』がいるのを感じた。何かは見えない。しかし確かに『何か』はいる。
「そうか…」
「死ぬつもりは無いですよ。チカ達も心配するだろうし、早めに終わらせて、家に帰るつもりです」
「なら…死なせるわけにはいかねぇな」
彼は大きく踏み出し、彼女の左手に並んだ。先程までの不安は吹き飛び、そして確信できた。自分のパートナーが彼女で良かったと。
「安心しろ。俺様の『豪運』に任せておけ!」
「ゴウウン?」
「圧倒的かつ図太い運だ。夏の大会、インハイにフランケンが出てきただろ?比較対象はワシズや傀、竜でも良い。俺様はあいつ等より上もだ。遥かにな!」
実際の所は不明だが、この際は嘘でも言ってしまった方が良い。
「そっか。なら、もしピンチになったらお願いしますね」
二人は表情を引き締めらせ、対局室までの廊下を進んだ。
「遅い!」
卓の手前側に座っていたスモーカーの黒髪オールバックが、対局室に入ってきた二人に対して怒鳴りたてた。
「落ち着けよ。女の子もいるんだ。優しく行こうぜ」
その彼を宥めたのはその対面に座る、茶髪での短髪の男。
「ゴンとイチロー!?」
仙道はその二人を見て思わず声をあげた。
「何?知り合い?」
と爽が聞くと
「いや、知り合いでは無いが会長の懐刀だ…。特にあの黒髪の方…ゴンは、全ての局で役満手が入る奴だ。序盤から来るとは…」
と仙道は声に緊張を交え答えた。
「なら…早い段階で強い人を潰せるんだね。あ、座る場所の指定はあります?」
彼女は案内人に質問すると、どちらでもと返されたので、黒髪オールバック…ゴンの上家にすっと座った。
「随分と肝が据わってるじゃねえか」
「ハッハッ。楽しみだ」
険しい表情を崩さないゴン、爽やかな笑顔を見せるイチロー。二人は対照的だ。
「馬鹿って思ってもらって結構ですよ。友人からは、聖書の引用文の間違いを指摘されたりするし」
「クリスチャンかい?」
「ミッション系の学校なんです」
飄々とした態度で返す爽であったが、彼女の目には覚悟があった。その姿を見て、仙道はあらためて気を引き締めた。
(俺が臆してどうする!)
一息ついた後、彼は爽の対面にどしりと座り、腕を組んだ。
四人が席に着いたことを確認した後、案内人からルール説明がされた。
・東南戦
・赤無し。ダブル役満、役満の重複有り。
・25000点持ち30000点返し
・ワシズ側(代表者はワシズ)でトビが出た時点で終了
・リーチ無し
・通過条件[10万点以上のトップ]
・条件を満たさずに半荘終了、もしくは山城側でトビが出た時に条件を満たしていない場合は同条件で半荘を繰り返す
(えぐいなー)
(この二人相手だと、持久戦になるか…)
爽、仙道、二人の表情は険しさを増す。25000点持ちとなると10万点の条件とはつまり全員から点棒をかき集めなくてはならない。条件は厳しい。だが、二人は引くことは許されない。辞退も当然、イコール死なのだから。
座順
ゴン→爽→イチロー→仙道
東1局 親 ゴン ドラ {⑥}
南家 爽 配牌
{一一四七八②④⑨2西白中中}
(全局役満手かぁ…。こりゃ短期決戦だな)
爽の考えは仙道とは真逆であった。つまり、初手から彼女は攻める。
(【アッコロ】と【ホヤウ】!!)
(むっ…)
ゴン、そして仙道は爽の方向から強大な何かが現れたのを感じた。巨大なタコのようなもの、羽の生えた蛇のようなもの…彼らにその姿など見えはしないが、確かにいる。そして変化は場の空気だけでは無く、ツモにも。
東家 ゴン 手牌
{四九①②⑧⑨289東南北中}
この形に2巡目は{④}。3巡目は{7}。4巡目は{3}。ゴンは全てツモ切ったが、彼にとってのこの『異常』は6巡目以降も続いた。
「何だこれは…偶然か?」
待機室で観戦していた園長が呟いた。テーブル周りに椅子が4つ設置されており、内3つに園長、D・D、照が座り、ソファには、香那、穏乃、ネリーの三名が座っている。ワシズは寝室で寝ており、第四関門になったら起こせとの事。
「有効牌をツモ切っていることですか?」
園長の呟きに対して反応した穏乃が言った。
「いや、その有効牌をツモっていることだ」
「どういうこと?」
ネリーが聞いた。
「あの黒髪…ゴンは全ての局で役満手が入る男なんだ。今回の場合は国士。つまり高い確率でヤオチュウ牌を引いてくるはずなんだが…」
「たぶん爽の【ホヤウ】だと思う」
そう答えたのは香那。
「私も個人戦で当たった時【鏡】で観たことあるけど、香那の言う通り【カムイ】の一つだと思う。暫くは他の力の干渉から爽を守ってくれている。そのゴンさんが思うように力が発揮できていないとすれば、もしかしたらゴンさんの力は全体効果系の要素も強いのかも」
「役満手をツモるということは、役満に不要な牌を相手に押し付けるとも考えられる…か」
(この子達、役満自体には大して関心が無いんだね)
D・Dはそう思いながら、彼らの会話を聞いていた。
「加えて、もう一つ使っている」
8巡目に入った爽の手を見て照は言った。
南家 爽 手牌
{一一一四五七八八八④中中中} ツモ {一}
「カン」
嶺上から持ってきた牌は{六}、捲られた表示牌は{七}、つまり新ドラは{八}。そして打{④}により聴牌。
(【アッコロ】の怖いところは山も赤く染まること。出来ることならリーチもしたかったけど、出来ないルールなのが辛いな)
そして次巡…
「ツモ」
南家 爽 手牌
{四五六七八八八中中中} 暗槓 {■一一■} ツモ {九}
「4000・8000」
東1局
ゴン 17000(-8000)
爽 41000(+16000)
イチロー 21000(-4000)
仙道 21000(-4000)
仙道は対面の爽を見た。
(あいつ…何かやったのか…)
北家 仙道 手牌
{三九④④⑤⑤⑥⑥23444}
4巡目まではその豪運で手を順調に進めて聴牌していた彼であったが、5巡目以降に引いてくる牌は萬子と{中}であった。7巡目、そして爽が聴牌した8巡目にツモって来た{三}と{九}には嫌な気配を感じ、彼はテンパイを崩した。
(強いな…)
まだ東1局。しかしこの時点でゴンは彼女の力を認めた。己の力に干渉してくる魔の存在、それを複数使役する彼女の力を。腰を据えて打たなくてはならない相手。新庄直樹に続き、それがまたも現れた。
(ゴンのあの目…この女の子はそれ程か…)
そのゴンの様子を見てイチローもまた気を引き締めた。彼には異能を感知する力は無い。だが何よりも仲間のゴンを信じ、そして信じているからこそ、彼もまた彼女の強さを認めた。
だが二人に共通する意思はこうだ。それでも俺達が勝つ。その二人の目が爽に向けられる。
東2局 親 爽 ドラ {西}
(こりゃやっぱりのんびりとは行けないか…。【ホヤウ】がいるうちに畳み掛ける!白いの!)
東2局の配牌前、爽から気配が変わったのを仙道とゴンは感じた。今度は生物的なプレッシャーでは無く、掴むことの出来ない、気体のようなもの。
東家 爽 配牌
{二⑧12224457899南}
「今度は【五色の雲】…白い雲かな」
「解説してくれ、照」
もうこの時点で園長は爽の力について考えることを放棄していた。
「【雲】を掛けた対象には索子が集まる。この【雲】は自分だけじゃなくて相手にも掛けれるから、相手に掛けたら相手に索子が集まる性質があるみたい。今回は自分に掛けたようだけど」
照の推察通り、次巡そしてまた次巡と爽の手には索子が生えてきていた。
東家 爽 手牌
{2224445678999}
河
{南⑧二1}
染めかどうかさえ分からぬ高速聴牌。これなら振り込みも期待できるだろうか。否。彼女はそうは考えない。
(ここは確実にキメに行く!【パコロカムイ】!)
南家 イチロー 手牌
{三四五六六六七①②③④⑤⑥} ツモ {9}
掛けた対象は下家。髪の長い女性のような姿をした何かが彼に忍び寄る。その力故に、爽が聴牌した同巡、和了牌の{9}を掴んだ。これが【寿命の支配者】(パコロカムイ)の力。彼はこの手を降りるだろうか。否。相手の力が何であろうと、彼の麻雀哲学に、ここで降りるという選択肢は無い。
「ロン!18000!」
東家 爽 手牌
{2224445678999} ロン {9}
東2局
ゴン 17000
爽 59000(+18000)
イチロー 3000(-18000)
仙道 21000
インパチを直撃したイチローであったが、そこに動揺の色は無い。クリア条件は10万点。それに達しない段階で飛んだ場合は半荘のリセット。寧ろこの点数は、向こうのツモ和了を封じたことになる。
逆に困惑を見せたのは仙道であった。
(今度は索子?一体何なんだこいつの力は。俺や風間のような豪運タイプじゃない。ゴンの役満、会長の【花】とも違う。これは、『表』の戒能辺りと近いやつか…)
仙道は爽と事前に打ち合わせをしていなかったことを後悔した。勢いで歩を進めてしまったばかりに、最も大事な情報戦を見落としていた。
東2局1本場、ドラは{南}。爽は畳み掛ける。
東家 爽 配牌
{二四八九①③⑦⑦157南西北}
(ここは【フリ】で行く)
巨鳥…【フリカムイ】は手牌のオタ風を呼び込む。今回の場合、{南}、{西}、{北}とオタ風が三種ある配牌であったため、彼女は【フリ】を呼んだ。
(どうやら、今回この俺はサポート役のようだな。参加できないわけでは無いが、10万点がクリア条件である以上、二人が同じ半荘で前に出ることは出来ん)
仙道は爽の筒子の染めを臭わす河を見た。
東家 爽 河
{1九八二四7}
副露
チー {横②①③} ポン {西西横西}
仙道
{二二二⑥⑦666888白白} ツモ {⑦}
(普段の俺ならここで打{⑥}だが…)
彼が手をかけたのは{⑦}。ツモ切り。爽に筒子を渡すことを意識しつつ、手の広さを維持した。
「ポン」
(ありがとおじさんっ)
彼女は心の中で感謝しつつその{⑦}を叩いた。
東家 爽 手牌
{南南北北} チー {横②①③} ポン {⑦横⑦⑦} ポン {西西横西}
爽が聴牌した同巡、上家から和了牌の{北}が切られた。上家ならこのルールではデバサイ。和了らない理由は無かった。
東2局1本場
ゴン 4700(-12300)
爽 59000(+12300)
イチロー 3000
仙道 21000
(ラッキーだ。【パコロ】が帰ってしまった今、もしかしたらこの手は死ぬかもとも思ってたけど、一番良いところから出てくれた)
彼女はその表情に若干の安堵を見せた。
北家 ゴン 手牌
{一一一一二三999東東東南}
一方ゴンの表情は険しいままだ。だが、親満を振り込んでショックを受けたわけじゃ無い。その手から、己の力が帰ってき始めている。
(あと3局か…2局か…)
【ホヤウ】の力がもう長くないことを爽も感じていた。しかしこの状況は彼女にとってベスト。次の局でトリプル以上を仕上げて決着。彼女は【黒】と【青】、二つの【雲】を出現させた。
(来るか…)
残り3局か2局凌げば己の力が戻ってくる。だがそれは凌げればの話だ。相手は力の使い方に関しては素人では無い。修羅場も潜っているのも分かる。ここで勝負に来るのは必然。彼らは今、追い詰められている。
(イチロー…)
ゴンは対面の仲間を睨み付ける。仲間のその瞳には鋭さと真剣さがあり、対局前にはあった余裕の色がもう疾うに消えている。挑戦者と違い、彼らは負けたら死と言うわけでは無い。寧ろ死よりも屈辱的なことが待っている。負けるわけにはいかない。勝つことが、彼らの義務だからだ。
―――人間の線引きはどこから、誰が決める。
廊下には肌の白い少年たちがいた。彼らはあまりにも白く、その白さは廊下全体をも染め上げているようだったと、当時の二人には見えた。
白い廊下を抜けた先もまた白だった。その部屋には白い仮面をつけた大人たちが座っていた。素性を隠すためのものなのだろう。だが、一人だけ仮面を付けずに厳めしく品定めをする男がいた。山城雷蔵である。
年に一度開かれる身寄りのない児童のオークション。田中権左ェ門、鈴木一郎、二人は買われたのだ。色小姓として。
「え?」
爽と仙道はぎょっとした。茶髪の男がおもむろに口紅を取り出し、それを己の口に塗り始めたのだ。男は答える。
「気分転換だ」
(本気か、イチロー…)
これまで岩のようだったゴンの表情が、微かに柔らかさを見せた。
「リーチ」
東2局2本場、7巡目、男のその行為はさらに二人をぎょっとさせる。
「あれ?リーチって」
「無しのルールだっただろ」
男は答える。
「その通りだ。だからこれはただのポーズだ。役にリーチはつかないし、一発は無い。裏ドラも捲らない」
彼の麻雀はデジタル。そして彼が何より大事にしているのは、そのスタイルを崩さないことだ。リーチの動機はいたってシンプル。彼にとってこの手は、リーチをする手だからだ。
南家 イチロー 手牌
{六七八⑥⑦⑧2234778} ツモ {8}
打 {2}
{5}が上家と下家に1枚ずつ落ちている状況から、彼は三色の目も平和の目も捨てた。待ちの数が変わらないなら、聴牌の早さを優先する。それが彼のスタイルだった。
「ツモ。500・1000は700・1200」
東2局2本場
ゴン 4000(-700)
爽 70100(-1200)
イチロー 5600(+2600)
仙道 20300(-700)
東3局にはさらに加速、爽が仕掛ける前に2000オールをツモ和了る。
東3局
ゴン 2000(-2000)
爽 68100(-2000)
イチロー 11600(+6000)
仙道 18300(-2000)
つまりスピード。このスピードが結果的に、髙めの一撃を狙う爽の【カムイ】と【雲】の一手先を行き、攻略する形となったのだ。
(打点は高くない…。通常の麻雀なら大したことは無いけど…でも今は違う)
今の爽にとってはこのスピードこそ天敵と言っても良い。【カムイ】も【雲】も消費型。そして高火力を求められるこのルール。彼女に長期戦が出来ない以上、早い手で流されるのは痛い。
イチローにはゴンや会長、風間達のような特殊な力も豪運も無い。山城の中では、才能の無い人間と言ってもいい。故に、麻雀を覚えたての頃は勝率は高くはなく、上を見上げるだけの日々が続いた。
そんな彼に希望を与えたのは、ネット麻雀と、外の世界だった。デジタルでも勝つ者がいるという事実が、この世界にはあったからだ。ネット麻雀界の【のどっち】だけでは無い。表のトッププロや世界に目を向ければ、魑魅魍魎の魔界において、通常の麻雀で勝つ者もいる。
麻雀に甘美な夢も情熱も要らない。当たり前の打牌を繰り返していれば勝利はついてくる。彼はそう信じたのだ。そしてその意思は今、神の存在に楔を打ち込んだ。
(まいったな…。チャンスが無いまま【ホヤウ】が、帰ってしまった……)
それは同時に、役満の担い手、ゴンの力の解放を意味する。彼はサイドテーブルの灰皿に今吸っていた煙草の火を押し付け、新しい煙草を取り出し、咥え、火をつけた。
「やっと来たのか…ゴン」
「待たせたな」
(後一歩の所で…!ゴンの野郎が来るのか…!)
これまで静かだったのが仙道にとっては違和感であったが、寧ろそれはチャンスと判断し、これまで勢いのあった爽をサポートしてきた。だが今のゴンの『宣言』。ブラフとも思えない。次の局から、自分の知っている『ゴン』が来る。彼は対面の爽を見た。
(どうしたんだ…?お前のあの意味不明な力は、もう打ち止めなのか!?)
爽の方から、『気配』の数が減っている。そう感じた仙道は戦術を変えざるを得なかった。
(やはり俺の最初に想定した通り、この戦い…長期戦になるかもしれんな…)
東3局1本場 親 イチロー ドラ {④}
南家 仙道 手牌
{四五六六六④⑤⑥⑥⑥456} ツモ {④}
爽とは対照的に、仙道の豪運は翳りを見せない。
(普段の俺なら打{⑥}で、嵌{⑤}をツモ和了る。だが…)
下家からの気配。彼は逡巡する。
西家 ゴン 手牌
{22334466788発発}
(ツモ和了ってこの半荘をリセットするべきなのか。そうすれば、作戦会議も出来る。しかし、あいつの力の性質が局ごとに違うということは、戒能のような打ち手と同じように、消費型の可能性もある。となれば、半荘のリセットは悪手…)
彼の選択はドラのツモ切り。爽から和了ることも選択肢に入れ、彼女の残った力に期待しつつの折衷案。
そして同巡、ゴンの河に{7}が置かれた。仙道の心拍が早まった。
西家 ゴン 河
{三②五六④白}
{7}
(索子での役満となると九蓮か緑一色…{7}が溢れたということは緑一色か)
その直後、対面の爽の河には{⑥}が置かれ、彼は小さく歯ぎしりをした。
(ここは…致し方ないかっ)
南家 仙道 手牌
{四五六六六④⑤⑥⑥⑥456} ロン {⑥}
東3局1本場
ゴン 2000
爽 62600(-5500)
イチロー 11600
仙道 23800(+5500)
しかしこの折衷案が、二人を窮地に追い込むことになる。
つまり…
「ツモ。8000・16000!」
東4局 親 仙道
ゴン 手牌
{②③西西白白白発発発中中中} ツモ {①}
東4局
ゴン 34000(+32000)
爽 54600(-8000)
イチロー 3600(-8000)
仙道 7800(-16000)
王手がかかった。
(字一色まで育てていない。育てていたら俺が先に和了ったというのに…)
役満手が入るからと言って、必ずしも高速で和了るとは限らない。高め髙めに手を進めれば、それだけ巡を回すことになる。仙道はその隙を突けないかと考えたが、彼等もプロであり、慢心するどころか相手の慢心を、その魂ごと介錯する。そういう者達であるということを再認識させられた。
(チャンスは…もう無いのか…!)
仙道は微かに俯きかけた。だが対面の子供に、そんな弱みを見せるわけにもいかない。顔を上げ、彼は彼女を見た。
(さすがにこの半荘はもうきついかもしれないな)
彼女にも死が近付いている。
(ここは【カムイ】は温存してあの人に任せつつ、もし可能だったら、早和了で下家を飛ばす、で良しとするか)
しかしその澄み切った瞳に絶望は無かった。それは死を受け入れているというものでは無い。
(こいつ…楽しんでるんじゃないのか?)
その彼女を見て仙道はあらためて思った。
(まったく最近の若いのは、怖いもの知らずだな)
この山城麻雀で、自分のパートナーが彼女で良かったと。
そして、己の内側から何か熱いものが奮い立つのを感じ、自然とその口角が上がっていた。
南1局 親 ゴン ドラ {⑤}
(赤いの!)
南場に移り、爽は戦術の変更から【カムイ】は呼ばず、【雲】の方を使用した。呼び出したのは【赤】。この【赤い雲】は掛けた対象に数牌を集める効果がある。スピードを意識したが故の選択である。
南家 爽 配牌
{三四六七②④⑤⑦⑦3557}
(うん…いい感じ。タンピンドラ1を張って、下家から和了れればチャンスを次の半荘に持ってける。でも問題は…)
東家 ゴン 配牌
{一一二四五七九九九①③⑨18}
西家 イチロー 配牌
{四四①③④⑥⑥156679}
相手も早いということ。先に爽か仙道が和了れれば問題ないが、そうさせてくれない力を持つのがゴンであり、イチローなのだ。彼らは強い。その能力や戦術スタイル以上に、その飢えた意志に牌が呼応している。
あと何年、あと何年こんな場所にいればいいのだと、その心は自由を求めてもがき続けている。
南一局、両者の第一打は{1}であった。手牌という籠から飛び立つように、二人の願望をその鳥が体現しているかのようだった。
二人の手は無駄なく育ち、僅か4巡でイチローは聴牌。
西家 イチロー 手牌
{四四②③④⑥⑥⑦45667} ツモ {⑤}
だがこの時彼には違和感があった。それは河である。
東家 ゴン 河
{18⑨①}
南家 爽 河
{②78⑨}
西家 イチロー 河
{19①}
北家 仙道 河
{九三9}
(まだ4巡。この程度なら河に字牌が無いことなど珍しい事では無い)
その時、一瞬寒気がした。しかし彼はそれを振り払った。
「リーチ!」
スタイルを守るためのリーチ。彼は{⑥}を曲げた。
(直感などには俺は従わない。字牌は、字一色のゴンが集めている。だから河に字牌が無いのだ!)
彼が信じたものは理と、そして仲間であった。
そのリーチの同巡に、結着はついた。
【赤い雲】を掛けた対象には数牌が集まることになるが、この【雲】の力は他の【雲】と同様、相手にも掛けることが可能であり、もし4人の中の3人に掛けたとしたら、『字牌』はいったいどこに行くのだろうか。
答えは王牌か、山の深い所か、もしくは『残りの一人』かである。
無論この戦術にはリスクが大きい。イチローには早さを提供し、ゴンには役満の完成を早め、まさしく敵に塩を送る行為と言える。字牌が王牌や山の深い位置に固まればまず間違いなく彼女達は敗北していたであろう。
だが爽は、この半荘でのクリアは困難であると感じながらも、捨てるという選択は取らなかった。つまり…
「ツモ!24000・48000!」
北家 仙道 手牌
{東東東南南南西西北北発発発} ツモ {北}
仙道の『豪運』に託したのである。
南1局
ゴン -14000(-48000)
爽 30600(-24000)
イチロー -20400(-24000)
仙道 103800(+96000)
爽の【雲】と、仙道の【豪運】のツープラトンは、クリア条件『10万点』の壁を一撃で粉砕した。
◆
エスポワール船内。
銀二と話を終えた森田は寝室に戻り、ベッドに腰をかけ一人頭を悩ませていた。
(頭がパンクしそうだ…)
銀二曰く、この船で行われるイベントは麻雀大会だけでは無い。明日の決勝トーナメントが始まる前座として、【神威家】家長の襲名式が行われるそうだ。
神威家の現家長、神威秀峰は日本で三指に入る家電メーカー【カムイ】の会長である。では何故その【神威】がこの船に関わってくるのか。それは【神威】が、【オーバーワールド】に近い存在の一つだからだ。
異界であり、異能者の巣窟【オーバーワールド】と深く繋がっている『組織』は日本国内では二つ。【山城】と【神威】である。【山城】は『土地』を所持していることで、【神威】は『道具』を所持していることで【オーバーワールド】と協力関係にある。つまり【オーバーワールド】が関わっているこの船のイベントには、【山城】と【神威】も芋づる式に絡んでくることになるのだ。
その中で行われる【神威家】の【襲名式】では、神威秀峰が所持している家長権と『道具』を五人いる息子のいずれかに継承させることになるのだが…
(血を見ることになるぞ)
華麗なる一族による、骨肉の争いが行われようとしていた。