現実世界にも言えることかもしれないが、麻雀は非情だ。残酷だ。
はなから勝つ者と負ける者が決められているようだ、ということを時たま思う。
運命なんて信じてる乙女ではないほうだが、時たま信じる。
けど、今みたいに負けがこんでいる時は必ずと言っていいほど、思うし、信じる。
今日だけで、役満を何度見ただろう。先鋒戦から数えると十回位だろうか二十回位だろうか。
常識的感覚はとっくに麻痺している。夢のようだ。悪い夢のようだ。覚めるなら、早く覚めてほしい。
東3局4本場に引き続き、東ラスに『また』役満を見た。
酷い現実だ。
酷いというのは天江のツモアガった清老頭『程度』のことじゃない。
15巡、天江が『清澄の現物しか捨てていない』ことだ。
さらに言うなら、その捨て牌から、四暗、緑一もあがることが可能だったことも、酷い現実だ。
あたしの点数を下回るほどではなかったが、追い込まれていた天江は、いつのまにかトップに立っていた。
あたしとの点差は十万程か。
周りはどう見てるんだろう。この状況を。
名門風越団体戦敗退決定、とかアナウンサーとかは言っているんだろうか。
それとも、もはや話題は天江や清澄のことで持ち切りになっていて、あたしのことはどうでもよくなっているんだろうか。
ごめん…みんな。
ごめん…咲。
ごめんなさい…キャプテン。
あたしは少しぼうっとして、場を眺めた。
そこは、戦場だった。
鶴賀は流れを変えようとしてたのかな。端の牌鳴いて、チャンタだったのかな、染め手だっのかな。
清澄はその鶴賀に対しての危険牌をばしばし切ってるな。ブラフだったのかな。
あたしの河を見た。手を見た。
あたしのやってたことと言えば、とりあえず高い手に向かって、やばかったら降りて、高い手張ったら『理由をこじつけて』攻めて、振り込む。そんなところかな。
これが、名門風越の大将か。なんか中途半端っていうか、情けないっていうか…。
あれ…
なんであたし戦ってないんだ。
ここは決勝だぞ。トップ率だとか、ラスはひかないようにだとか、そんな場所じゃないんだぞ。
80人の部員の青春背負ってんだぞ。
おい。
あたしは何をしている。
何を呆けている。
怖いのか、戦うのが。
違うだろ。
戦わずにおめおめ帰って、誰に顔向けできる。コーチにも咲にもキャプテンにも誰ひとり合わせる顔がない。
そっからの毎日が『もっとも怖いんじゃないか』。
去年身にしみてるだろ。知っているだろ。中途半端なあたしが、風越の泥を塗って、いろんな人から後ろ指刺されて、あたしは堕落していった。
本当に怖いのはそれだろ。
バカかあたしは!
そう思っていたら、既にあたしは叫んでいた。
存在感だけでも、嵐の中に身を置きたかった。
南一局 ドラ {⑨}
親 池田 配牌
{六七七九③③⑥⑧888南西中}
―なめるな
七巡目
{六七七八九③③⑥⑦⑧888} ツモ {八}
―池田華菜を
打{8}
八巡目
{六七七八八九③③⑥⑦⑧88} ツモ {九}
―天江…
打 {六}
九巡目
{七七八八九九③③⑥⑦⑧88} ツモ {⑨}
―清澄以外は眼中になしか…
打 ⑥
十巡目
{七七八八九九③③⑦⑧⑨88} ツモ {7}
―点差に胡坐をかいている君に
打 8
十一巡目
{七七八八九九③③⑦⑧⑨78} ツモ {1}
―目に物をみせてあげよう
打 {③}
十二巡目
{七七八八九九③⑦⑧⑨178} ツモ {1}
「リーチせずにはいられないな…」
打 {③}
バカなリーチだと思う。
バカな戦い方だと思う。
親なのだから、連荘を優先してさっさとあがってしまえばいいのだ。
それに、運命があるというのなら、それは天江に味方しているだろう。
天江はまた役満を張っているかもしれない。
せっかくあがれるのなら、あがってしまえばいい。
だが、それではだめなんだ。
それでは風越の大将として失格なんだ。
さらに付け加えるなら、この場にあたしを見せたかった。
あたしはずーずーしいんだ。ウザいんだ。その人間が、目立たなくてどうする。
リーチは、その気迫の、あたしのための証明だ。
次巡ツモッて来たのは字牌
{北}
生牌の{北}
『ツモ切るしかない』
だが、今度は堂々と切ってやる。
あたしには『わかってるんだ』!
「ロ…ロン…」
{西西西発発発白白白中中中北}
わかってるんだ『そんなことは』!
あたしは込み上げてくる涙を殺した。
泣いてたまるものか、まだ、まだ負けてない。
終わってないんだ。
―南一局終了時―
衣 182600
アカギ 124700
加治木 90100
池田 2600
清々しくもあった。
ここまでやられると、もう、あたしのなかの何かが『切れた』。
目標は単純になった。
天江衣を倒す。シンプルな目標だけに。
その考えが、逆にあたしを冷静にした。
天江の河を見ると、やはり天江は清澄の現物を主に捨てている。
清澄を恐れ、逃げている。
方向が分かるなら、そこを撃てないかな。
南二局 親 衣 ドラ {⑧}
十巡目
{一一一⑦⑦33377白白北}
もうひとつ見つけたことは、かつての天江の支配とは違い、こちらもあっさり聴牌できるということ。
誰もが高い手を張れる、そういう嵐にあるのかもしれない。
あたしはキャプテンのように一点読みなんて出来ないけど、うまくいくかな。
次巡、{白}をツモり、聴牌。
さらに次巡、{7}をツモり、あがれば、四暗刻。
あたしは当たり前のように{⑦}を切った。
もうあたしの親はないんだ、ツモ上がりに、たとえ役満でも、衣が親でも、もう効果はさしてない。
あたしは直撃しか考えていなかった。
十三巡目
{一一一⑦333777白白白} ツモ {南}
{南}が場に二枚切れている。
清澄の河と、天江の河だ。
今回は比較的字牌が河にあるから、天江の手に字一色はない。
さらに言うなら、天江は捨て牌で字一色を作る勢いだ。
理由は、清澄の捨て牌に字牌の種類が多いから。
なら、{南}の『残り一枚』は天江から切られるんじゃあないか。
そうあたしは推測した。
「リーチ」
打{⑦}
あたしは無意味なリーチをした。
こっちを向けよ。天江衣。
そういう理屈だ。
「ロン!32000!」
{一一一333777白白白南} ロン {南}
あーあ。ダブル扱いなら一気に差が縮まるのになぁ。
あ、けどそれならあたしはとっくに飛んでるか。
ハハ……ハハハ……アハハハハ……
南三局 親 アカギ
その局、ドラは見るまでも無かった。
また天江だ。
その手牌も見るまでも無かった。
「つ……ツモ……地和……」
ホント……麻雀って非情だな…。
ため息を一つ吐いた。諦めではない。
清澄と鶴賀を見た。眼を見た。死んでない。
なら、あたしだって戦ってやる。
あたしは風越の大将なんだ。
南四局 親 加治木 ドラ {六}
「ロン…11600…。一本場」
東家 加治木 手牌
{東東東六34[5]} チー {横①②③} チー {横⑦⑧⑨} ロン {六}
恐らく『やり方』はあたしのと同じやり方だろう。
天江が清澄の現物しか捨てないという性質を利用した…
そしてきれいな一点読み。
キャプテンを彷彿させるアガリだった。やはり、死んでない。
―南四局終了時―
衣 171000
アカギ 108700
加治木 93700
池田 26600
あたしの出来ること…
ひたすらのテンパイ。
さらに鶴賀のテンパイや衣からの直撃を祈る。
それをひたすら繰り返し、最後に天江から役満を直撃さえすれば、逆転だ。
まだだ。まだ終わらない!
華菜ちゃんをなめるな!