―――衣は、生まれ変わりたかった。
衣の両親は共に国文学者であると同時に、裏の世界に通ずる者でもあった。
父は共生の跡取でもあり、関西共武会の代打ちでもあった。
代打ちとしての成績は三人兄弟の中で最も良く『竜に最も近い男』とまで言われたこともあった。
竜とも個人的にではあるが、一度戦ったことがあり、惜しくも敗れるも、その戦いは通り名に相応しいものだった。
しかし、その戦いを観戦していた彼の妻、衣の母は竜の『哭き』に魅せられてしまい、竜の下へ行ってしまう。
それから彼の運は落ち、代打ちとしても共生のトップとしても、相応しくない侠となってしまった。
共武会は代打ちの彼を解雇し、共生の会長の座からも引きずり降ろした。現在共生の会長は、共武会の幹部の人間が勤めている。
そして不要となった彼は、ヒットマンに追われる毎日を過ごすこととなった。
生活費が底を尽きかけた時、彼はコンビニ強盗をはたらいた。
盗んだ金を持って逃げた。
逃げて逃げて、逃げついた場所は、かつてよく利用していたマンション麻雀だった。
ちょうど卓が欠けていたので、朝まで打つことを条件に、匿ってもらうことになった。
運は落ちていても、経験と技術でカバーできると思っていた彼だったが、そこには『人鬼』がいた。
全てを失った彼は、最後の朝日を見て、銃声と共にその人生を終えた。
竜の下へ行った衣の母は、竜にその人生を尽くすことに決めた。
歳は離れていたが、母性のような感情もあったのかもしれない。過保護な保護者のように竜に付きまとった。
衣の父と同じく共武会の人間であった彼女が、一応は桜道会側の竜に付いたのに殺されなかったのは、竜を共武会側へ引き入れようとする目論見があったためである。
しかし、最終的には桜道会の人間にばれてしまい、交通事故を装った形で、殺されてしまう。
衣へは、両親は事故死という形で告げられた。
しかし、真実は噂という形で広がりを見せた。
衣は学校で友達が出来なくなっていた。かつて友達であった者達も離れてしまった。
一時期は、衣に対して陰で暴力を振るう者さえ現れた。
いじめの殆どは、透華が止めに入ったり、最終的に透華による粛清という形で収拾がついた。
しかし、それでも全てのいじめが無くなったわけではなかった。
それは、衣が自分からいじめを受けにいっていたためである。
友達を無くした衣は、暴力を振るわれることで他者との繋がりを認識していた。
その不気味さから、いつしかいじめは無くなっていった。
透華、透華の集めた友人、執事のハギヨシ以外の者は、誰ひとり衣に、近づかなかった.
透華の父、雨宮が衣を屋敷に閉じ込めていたのは、そういう衣を想ってのことだったのかもしれない。
衣を、これ以上傷付けるわけにはいかない。兄に申し訳が立たない。そういうことだったのかもしれない。
しかし、当たり前の人生を味あわせたくもあった。だからこそ、竜に頼んだのかもしれない。
―――衣は、生まれ変わりたかった。
オーラス一本場。ドラは九萬。親は引き続き加治木。
その局も、もう十三巡を迎え、後半に差し掛かっていた。
西家 衣 手牌
{一一一二三四六七八九九九九} ツモ {四}
この手を見て衣は感じる。これは、父が最期に張った手だ。
彼女は場を見渡した。
南家、風越の池田は二つ暗カンをしている。{4}と{6}。新ドラ表示牌は二枚とも{八}。つまり新ドラは{九}。
恐らく槓をした理由は、衣の海底と、あがったのは一度ではあるが『嶺上開花』を潰す為だろう。
他家の点数を上げる危険性があるが、今の彼女は、あがらせたら終わりなのだから、点数は関係ないのだろう。
東家、鶴賀の加治木の捨て牌はヤオチュウ牌が主に見えていて、一見平凡な捨て牌だった。
門前の綺麗なタンピン系だろうか。
そして北家、清澄のアカギは二巡前にリーチをかけている。
逆転には役満が条件であるが、衣は感じていた。
あれは、役満ではなく、満貫の形だ、この{四}はあたりだ、と。
しかし、ある条件が重なると、それはわからなくなる。そういう手だとも感じていた。
衣には三つの選択肢があった。
{四}を切りアカギに振り込むこと、{九}を暗槓して嶺上開花に賭けること、あるいはそれ以外の牌を切ることである。
三つ目は衣にとって論外だった。ハッキリしたものを、衣は欲していたのだから。
衣が欲していたのは、『勝利』ではなく、『解答』なのだから。
衣は感じていた。あの嶺上牌は、あがり牌の{四}であることを。
今の衣は海底牌と同じ牌の在りかを感じることができ、風越が槓をする前は、海底は{四}だった。
今、ツモも、海底も、嶺上も、自分の『血』の支配下だと、衣は思った。
だが、衣にはまだ、確認していない場所がある。
裏ドラ。
衣の『血』の支配が、そこにまで至るのなら、やはり衣は『このまま』なのである。
しかし、至らなければ、衣は、生まれ変わるのかもしれない。
そう衣は、信じていた。
真実を先に述べるなら、三人はある意味では衣の『血』の支配を超えていた。
南家 池田 手牌
{六六六1112} 暗槓 {■44■} 暗槓{■66■}
池田はこの回であがることはまずない。目的は衣の和了封じと自分の聴牌。
だが、海底を潰す暗槓、そして手牌の暗刻になっている{六}のうち二枚は嶺上牌から引いてきたものである。
{六}は、衣のもう一つのあがり牌である。
東家 加治木 手牌
{一①⑨19東東南西北白発中}
加治木は、最も勝利に近い位置にいた。
もし衣が勝ち行き、{九}を暗カンしたのなら、それで鶴賀の逆転優勝が確定する。
しかし運命は、彼の手牌に全てを託した。
北家 アカギ 手牌
{②②②⑨⑨⑨三三三五五五[五]}
衣の九蓮の要である{五}を全て抑えている。
ただし、満貫の形。裏ドラが乗らなければ、逆転には至らない。
―――衣は、生まれ変わりたかった。
「ロン。リーチ三暗刻赤1……だが……俺の暗刻は…」
―――わかっておる!お前の暗刻は『そこ』にあるのだろう!?
衣はアカギに上回ってほしかった。自分の『呪われた血』の力を。
1枚目 {①}
衣は、清めてもらいたかった。自分の支配を超えた彼になら、それが出来ると信じた。
2枚目 {①}
衣は祈った。
(衣はもう我儘言わない!欲しい人形も我慢する!透華やハギヨシの言うことも聞く!だから…だから・・・)
3枚目 ………
衣の願いは、叶った。
衣の『魔』は、祓われた。
衣は大粒の涙を滝のように流した。生まれたての赤ん坊のように、大声で泣いた。
そして、清澄高校の優勝が決まった。