チャンピオンがリーグより姿を消し、一日。マサラタウン。
「ピッカ!」
ピカチュウがベッドから飛び出し、隣で寝ている主人の頭をはたいた。彼の主人はとにかく朝に弱い。
目覚まし時計など一つだけではまるで意味をなさない。酷い日だとポケモンセンターの部屋のありとあらゆる場所に設置した目覚ましが一斉に鳴り響いてるのにも関わらず、昼過ぎまでぐっすりと熟睡し続けた事もある。目覚ましの余りの騒音に、その日偶然にも隣室に泊まっていたグリーンに説教されたのは苦い思い出だった。
今や世間一般では『最年少のカントーチャンピオン!』『かの悪の組織ロケット団を壊滅させた英雄!』『たった一人でカントーを守り抜いた少年!』などと膨大な尊敬と評価をその身に集める主人だが、こうして見るとただの少年でしかない。まあ、そんな事はずっと一緒に旅をしてきた彼には今更であるのだが。
はたいても起きない。なきごえを上げてみても起きない。おうふくビンタでも起きない。かみなりパンチをワンツーの要領で顔面に放っても寝返りを打つだけ。アイアンテールを頭に連続でたたきつけても「…」と唸り声?を上げるだけ。
最近のチャンピオンとして終わりのない事務仕事が祟ったか、今日は特別眠りが深い日らしい。
「ピカピ…」
ピカチュウは手を組んで考える。普段はさすがにかみなりパンチまでには起きるのだが、まさかここまで攻撃しても起きないとは想定外。
まさか主人にどくどくなどを使うわけにはいかないし(効くかどうかは別として)、ほうでんしたりでんきショックや10まんボルトを使ってシーツや辺りの物を焦がしてしまうのも忍びない。かみなりなど使おうものなら辺り一帯の家が停電になってしまい、いらぬ迷惑をかけてしまう。かといって、ボルテッカーは自分が痛い。
仮に他の手持ちポケモンたちをボールから呼び出そうものならピカチュウが全力でやる以上の被害が出てしまうだろう。流石にただの目覚ましで局地的災害が起こってしまうと冗談では済まない。
こういう場合主人が起きてたらどういう指示を出すか推測し……「……あと5分」とあまりにお約束な幻聴が聞こえたので結局実力行使する事にした。
まず主人の寝ているベッドから3mほど離れる。
こうそくいどう+でんこうせっかの超速突進コンボで加速、地を蹴り天井へと飛び移り、そのまま思いきり天井を蹴って超高速で主人へ向けて飛ぶ。
勢いに乗ったまま右腕を思いっきり振りかぶり――――鳩尾めがけて全力でメガトンパンチ。
ドスッと鈍い――高速のメガトンパンチが直撃したにしては少々軽い――音が部屋に響く。
「ガフッ……おはよう」
「ピィカ!」
酷すぎるモーニングコールを挨拶だけで流す異常に頑丈で無口な主人と、主人を起こすためだけに全力で技を放つ相棒。
――――今日は異様過ぎるこの二人と仲間たちの、新たな冒険が始まる日である。
●○●○●○●○●○●
□ヒトカゲ月ひっかく日 大雨(あまごいにより強制)
流行ってるとか聞いたし、日頃のストレスを紛らわせるために日記を書いてみる事にした。
タイトルは…うん、”逃走記”でいいか。
前の冒険中は博士に提出するためのレポートばっかり書いてたから、日記をつけるってのは中々に新鮮な感じだ。
誰にも見られないから思った事感じた事を全部書けるってのは楽でいい。
生まれつき呪いみたいにまともに動かない口のせいで言えない愚痴だって好き勝手に書き放題。どうせだから今まで人に言えなかったこともその内全部書き込んでいこう。
現在、ジョウトに逃げようと画策中。主にリーグ関係者やマスコミ、その他諸々のしがらみから逃げて心の平穏を得るために。
とりあえずリーグから抜け出す事には成功した。今頃ワタルたちはピカチュウがコツコツ掘った穴を調べたりしてるんだろうがバカめ、あんな狭くて舗装されてない穴誰が通るか。穴を抜けるのに何日かかるか分かったもんじゃない。普通にリザードンで飛んで逃げたさ!毛布被ってたから仮にリザードンが目撃されたとしても乗っていたのが誰かまでは分かるまいフハハハハ!
まあ、ピカチュウの掘ってくれた穴はやたらと長い上に道も分かれてるし、ある程度は偽装もしてある。
ピカチュウに俺の靴で足跡付けてもらったり。
途中でディグダやダグトリオの掘った穴と繋げたり。
『足跡を誤魔化そうとしている』と見せる為に枯葉とか被せたり。
この間の大雨は飛んで逃げる俺を発見し辛くするためにカメックスに頼んだ”あまごい”が原因だったり。
これで数日は時間を稼げるハズ。今日だけは実家でのんびりするつもりだ。
俺はただ長期休暇が欲しいだけなんだ、切実に。前の休暇は確か去年、その前は二年前だったか。
でも軽い気持ちでシロガネヤマ登って半年ほど遭難したり、テロに巻き込まれて逃げ回っていたのを果たして休暇と呼べるのかどうか…。あまりに過酷なサバイバルだった所為でついこの間までアレが休暇だったっていうのを忘れてた。それにしても二年前ピカチュウは何で下山しようとしてるのに逆に登山していったんだろうか……?まあ考えても分からないか。
どっちの時も休暇期間オーバーしまくったせいで仕事がヤバい。
正直あんまり思い出したくない。逃げられない様にいつも通り仕事部屋の前は誰かが必ずいて(おそらく見張り)仕事がエンドレスであばばばば。書類を燃やしてやろうかと何度思った事か。
大体何なんだあの人たち、連日連夜子どもを書類の山に埋もれさせて楽しいの?変態なの?ホント労働法とかどうなってるんだチクショウ。
ポケモンリーグってリーグ会長がトップにいる組織のはずなのに、何でポケモンバトル強いだけの子供の俺がデスクワークなんてやらされてるんですかね。
寝不足で成長期が来なくなったらどうしてくれる。ここ最近背は伸びてきてるし大丈夫だとは思う、だけどどう考えても健康に悪い。ていうか眠い。あのままだと絶対過労死してたぜ。
それにうちの職場ニート多すぎィ!!手伝えよ!監視とか別に俺逃げないからさ(現在進行形で逃亡中だけど)!!何でもいいから手伝ってよ!!
一応ワタルだけは苦笑しながらだけどまだマトモに手伝ってくれる良い大人だ……なんて思ってたけど、改めて考えると新しく入ってくる仕事と溜まってた仕事の割合が3:7てどう考えてもおかしい。
アイツ絶対俺がチャンピオンになるまでデスクワーク系の仕事あんまりしてなかったろ。処理しとかないといけない期限が五年前の書類とかザラにあって目が飛び出るかと思ったんだけど!
ちょっと『手伝ってくれてありがとう!』とか感謝してたけどそんな気持ちも吹っ飛んだ。俺の睡眠時間が消えてるのって半分くらいワタルの所為だったよ。苦笑してるの絶対自分がやって無かった仕事だからだよ。流石は仕事しない四天王のトップだったよ。
ギルティ、次会ったらしばき倒す―――カビゴンプレス500回かブラストバーン灼熱地獄(サウナ)のどっちか選ばせてやろう。マサラ式ブートキャンプでも可。
マスコミの方は俺の貴重な休憩時間を何かと潰してくるし。この間なんか三徹してようやく昼休みに仮眠がとれると思ったら「取材します」っておい…。「させてください」ですらないって絶対おかしい。拒否権なしってどういう事なの…。逃げたけど。
ちょっと前には知らない内に変な二つ名をつけられてたし。『最年少チャンピオン(笑)』『ロケット団潰しの英雄()』『カントーの守護者www』とかなんぞそれ。
まず『最年少チャンピオン』――まあそのままの意味なんだろうけど、それは俺より先にワタルを倒していたグリーンにこそふさわしいんじゃないかと思う。
今じゃ世間でもよく知られている話だ。ただちょっとばかりチャンピオンやってた時間が短いってだけで。
それをみんな知った上でそんな二つ名俺に付けてるんだから明らかな皮肉じゃないか。
というか、そもそも二つ名とか凄い恥ずかしいんで要りません。
まあ、これに関してはまだ分からないでもない”マシな”二つ名ではあった。
次のロケット団潰し云々に至ってはただの誤報。
少なくとも俺にはロケット団と関わった覚えはない。
何でもロケット団の頭領が「この組織はレッドと言う少年によって潰された」みたいなことを下っ端たちに宣言したらしいけど…。誰だよ頭領、顔見た事も無いんですけど。知ってて常識みたいな話になってて今更誰かに聞くのは恥ずかしいし、資料見ようとしたら事件の記録全部ワタルが隠すし―――実は俺の邪魔したいだけじゃないのかワタルのヤツ。
ロケット団倒したって言うのそれ絶対別のレッドさんです。同姓同名の別の方です。
流石にテロリストと正面から戦うほど勇気ないから。俺ってば手持ちポケモンがチャンピオンになれる位には強いだけのただの少年Rだから。
どこからそんなふざけた情報流れるのか疑問に思って母さんに電話したところ、新聞に使われてる写真(俺が黒づくめのコスプレイヤーさん達と戦ってる所だったらしい)の提供者が幼馴染のリーフだったそうな。
そういや旅でもパパラッチみたいなこと結構やってたなと思い出に浸るのは一瞬、怒りが爆発するのも一瞬。アイツマジ許さん。
考えりゃ分かるだろ?本物のテロリストがあんなオシャレ(?)な制服着て暴れるわけないじゃん、ショッカーじゃあるまいし。もっと私服で市民に紛れ込んでこうドカンとするのがテロでだな……Rの文字がプリントされてるだけでロケット団扱いされるとかコスプレイヤーさん達が可哀相だろ!!
何にせよ俺は付けられた二つ名の所為で中身を伴わない名ばかりの英雄()って事だ。嗚呼、胃が痛い。
最後の『カントーの守護者』ってのはあれだろ、守護者=リーグっていう状況で、滅茶苦茶溜まってる仕事が俺がいないと片付かずに組織が回らないっていう嫌味。それでいいのかポケモンリーグ。
まあグダグダ長く書いたけど要は今の状況が嫌になった。まだまだ遊んでいたい年頃なのに仕事に忙殺され、時たまとれる休憩時間には身に覚えのない賞賛を受けたり追い掛け回されたりして縮こまる毎日。もうこんなの御免だ。今日一日休んだらとっととジョウトに逃げてしまおう。
冒険が俺を待っている。というか俺が冒険を待っていた。
――――ん、どうやら人が来たみたいだ。続きは後で書く事にする。
マズいマズいマズい!どうやら俺の行動は全部幼馴染二人は筒抜けだったらしい!何でだ、おかしいぞ!?
トキワシティのジムリーダーになって、リーグの手先になったグリーンが突撃しかけてくるし(居留守を使った)。リーフの方はあっちが諦めるまで五時間くらいポケベルから電話鳴り響いてたし(結局出なかった)。何とかやり過ごしたけど、このままだとグリーンがワタルに連絡して俺の希望が早くも終わる!…というか、ここでポケベル置いてこう。何か発信機とか盗聴器とか、本気でつけてそうだ。
実家でさえ安全地帯じゃないなんて、もう俺の癒しはピカチュウだけだよ…いや、大分前からそうだけど。
……よし、このままだと延々と続けそうだし愚痴は終わり!というわけでちょいと予定を早めて早速ジョウトに逃げよう。探さないで下さい的な感じの事を紙に書いておいた。旅支度は終わらせたし、母さんにはまた旅に出るって言っといたから問題なし!
行ってきます!
あ、あと最近ピカチュウの目覚ましが割と容赦なくなってきてつらい。
□ヒトカゲ月なきごえ日 大雨時々落雷 (ピカチュウのかみなり)
マサラとトキワの間―――一番道路の途中で少し道を外れた人目につかない場所でキャンプ中。
ゆっくり辺りを散策しながら進むのも意外と楽しいと感じる。昔を思い出すって言うか、久々に自由を堪能できるのがすごく嬉しい。
本当ならそらをとぶで一気にトキワに向かいたい、でも今お忍び中だから目立つことはしたくない……なんて考えてたんだけど徒歩で来て正解だったと思う。
野生ポケモンに襲われてもピカチュウが無意識下で電撃放って撃退するしね。マサラ式ブートキャンプを乗り越えたピカチュウに不可能はない。
でも人影が見える度に警戒態勢に入らなきゃいけないのに疲れたからとりあえず明日にはジョウトに入ろうと思う。
―――ふと思い出したが隣接しているとはいえカントーからジョウトに入るための道は意外と少ない。行き当たりばったり感がすごいが、取り敢えず日記で整理がてらプランを立てることにしよう。
①安全な道を取って、クチバからアサギまで船で海路を行く。
②野生のポケモンを相手取り、トキワの西側からなみのりを使ってワカバタウンに向かう。
③危険な道だが山登りの様にシロガネヤマを越えて行く。
④そらをとぶで空路を行く。
パッと思いつく限りでこんな所だろうか。
まず③はないな。ただ休暇を取って羽を伸ばしたいだけなのにわざわざ苦行を選択する意味なんてないし。×。
本来なら①を取るなんだろうけど、急に飛び出してきたもんだから船の予約何て取れてるわけがない。というか多分リーグ関係者が乗ってたりして足がつく。よってこれも×。
次点で④。しかし問題として俺はジョウトに行った事が無いから町の位置が分からない。空で迷子とか虚しいだけだし、下手に一日中飛んだりしてリザードンに負担を掛けすぎるわけにもいかない。残念だけどこれも×。
となると無難に②を選ぶところなんだけど……トキワにはグリーンやあいつのファンクラブとかがいるから目撃情報とかリークされる可能性が怖いんだよなあ…。でもそれは他も一緒か。
とりあえず変装として服装をいつもと変えてみたけど、これでどれだけ誤魔化せるか。自転車使ってさっさと通り過ぎればいいだけだし、大丈夫だとは思うけどね。
日記書いてるうちに落雷で焦げ付いた地面の上にポッポやコラッタの丸焼き(死んではいない)が増産されててリアル地獄絵図が完成してたのに正直ビビりまくってる。
まだ動ける状態だったポケモンは皆土下座して命乞いをしているみたいだ。
ピカチュウ、流石にちょっと自重しようか。
□ヒトカゲ月ひのこ日 大雨のち曇り(特に異常なし)
ラプラスの背中なう。ピカチュウが頭に乗っててグラグラ前後左右と揺れるせいで日記が非常に書きづらい。若干酔いそうだ。
今日は焦った、ホント焦った。まさか自転車のペダルが折れて逝くなんて思いもしなかった。
少しでも早くトキワを抜けようとちょっと強めに力を入れて立ち漕ぎしただけでポッキリお亡くなりになられたよ、ガッデム。信じられるか?あの自転車100万したんだぜ?どれだけ必死に金を集めたことか…。
今度ミラクル・サイクルに「耐久性に難あり」ってクレームを入れてやる。返品は…無理だな、バキッと壊れたし。くそう、俺の100万円…。
一応バランス崩して放り出される瞬間に自転車を蹴って、格好つけて三回転半ムーンサルト決めて完璧な着地をしたから怪我はない。ただそれを大道芸か何かと勘違いされたらしく、変な格好の集団に勧誘されて余計に視線を集めてしまったのは大誤算だった。グリーンにはバレてないと思いたい…。
よくよく思い出せば勧誘してきたのは何となく見たことあるような集団だったような気がする。もしかしたら有名なサーカス団だったりしたのかも?チラシか何かで見たのかもしれない。サインとか貰っとけば良かった。
何だかそのあたりから複数の人間に後をつけられてる気配がしたんで、一度トキワの森に入って撒いた。少し木が多めに茂ってる場所を選んで走ったり跳んだりしただけで簡単に撒けたし、そもそも複数って時点で絶対グリーンじゃない。同じ理由でリーフでもない。アイツら本気で逃げないとどこまでも追って来るし―――カントー地方全域で鬼ごっこさせられたことはまだ記憶に新しい。
トキワで俺と関わりある人って言えばグリーン、酔っぱらってやたら道を阻んできたお爺さん、後はサカキさんくらいなものだろう。間違いなくこの中にはいない。
だったらやっぱりサーカスか何かの勧誘してきた人だったのか?…いや
撒いちゃったしもうどっちでも関係ないんだけど。ただ割と本気で道なき道を進んだから森で迷子になってないかだけが心配です。
―――まあそんな事もあって予想外に時間を取られたのには参ったけど、こうやって日記を書いて時間を潰してるとようやく陸地が見えてきた。更に向こう側には町も見える。確か名前はワカバタウンだったか、マサラとどことなく似た雰囲気だ。軽くホームシックになった時なんかはフラっと寄ってみるのもいいかもしれない。
………なみのりでこんなにすぐ着くんならそらをとぶの方が騒ぎを起こさず静かに、且つ早く行けたなー、とか思ったけど考えない様にしよう。バレてないっぽいからいいんだよってことで一つ。
とりあえずこれからどこか宿を探さないといけない。宿泊用施設とかあるといいんだけど…マサラには無かったけどワカバタウンはどうだろう。
そういえばオーキド博士が知り合いがワカバタウンにいるとか言ってた様な…?まあ、なるようになるか。向こうはこっちのこと名前は知ってても顔は知らないだろうし偽名を使えば何とか、万一知ってても状況を説明すれば…口さえ上手く動いてくれれば…何とかなると思いたい。
とにかくカントーに、特にリーグに連絡されるのは何としても阻止しよう。ちょっと書いてて不安になってきたから、コレもなるべく考えない事にする。
―――まあ色々不安はあるけれど。
さようなら、
第一話、読了ありがとうございます!
一応今回から日記形式です。何か違和感や矛盾点など見つけたらバンバン指摘して下さい、何とかできる範囲で直します!
日記形式なのに日記っぽくない?フハハハハ、ごめんなさい。