西暦2138年、DMMO–RPGという言葉がある。
一世を風靡したタイトル、ユグドラシル。
それは多く開発されたDMMO–RPGの中でも、珠玉の名作といっても過言ではない。
ただ、不朽の名作などと言われはしても、やはり、時という絶対概念にはかなわない。
それはユグドラシルの中でも、同じだった。
減る人口に廃れるギルド、様々なものが輝きを失ったように映える。
その中でも、悪のギルドとして絶対的なカリスマを誇り、全盛期は42人という少ない人数にもかかわらず、全ギルド中7位という偉業を成し遂げ、総勢1500人のプレイヤーを返り討ちにしたギルドである。
そうだ、悪は不滅ではなかったということなのだろうか、時は無慈悲に流れる。
「ーーふざけるな!」
金と紫で縁取られた、豪奢な漆黒のアカデミックガウンを羽織っている、むき出しの頭皮には皮も肉も付いておらず、後ろから黒い後光を放つ骸骨。
ぽっかりと空いた空虚な眼窩には赤黒い光が灯っているが、今は少しばかり揺れている。
化け物、そう呼ぶにふさわしい骸骨は、不自然に寂寥感をもった怒号とともに両手をテーブルに叩きつけていた。
「ここは皆で作り上げたナザリック地下大墳墓だろ!なんで皆そんなに簡単に棄てることが出来る!」
妙に人間らしさを感じさせる骸骨だ。
それもそうだ。彼は、異形種という種族を選択した1プレイヤーなのだから。
「……いや、違うか。簡単に棄てたんじゃないよな。現実と空想。どちらを取るかという選択肢を突きつけられただけだよな。仕方ないことだし、誰も裏切ってなんかいない。皆も苦渋の選択だったんだよな……」
その言葉にはどれほどの思いがこもっているのだろうか?
骸骨の見た目だ、こんな世界を作った神を恨んでいるのだろうか。
現に、彼の頭では呪いごとが天から降り注ぐように喧しく耳になっているようだ。
そんな中で、ふと顔を上げてギルド武器を見て思い直す。
そのギルド武器は一言で言うなら、神が創った、だ。
美しく、神話の武器を顕現させてような神秘性の結晶。
ただ、それを赤黒い光に焼き付けるように眺める骸骨には、そんな表面的な部分ではなく、その向こう、杖の根幹いや、杖に蓄積された仲間たちとの思い出を映していた。
楽しかったことも悲しかったことも、もうおしまいなんだ、と。
「ねえ、皆さん、一緒に行きませんか?」
何を思ったのだろうか、骸骨は杖にそう語りかけると、杖に恐る恐る手を伸ばし、自身の骨が触れるとビクッと一度手を離す。
その動きは初々しいカップル同士が手持ち無沙汰な距離を埋めるために腫れ物に触るかのように二人手を伸ばし合うようだった。
離した手を一度確認する骸骨は、自分に自信がないのだろう。どうしたものか、と悩み始める。
もしここに骸骨の言う皆さんがいるのなら、満場一致で、いい、と言うのだろうが、骸骨には自分の立場のせいで踏み切れずにいた。
そうして逡巡していると、ふと思い出す一言があった。
それは金ピカに光り輝く鎧を纏い何かと人間種を『雑種』と嘲る、人間種と変化の見られない異形種になった、傲岸不遜な英雄王が言い放った言葉。
「慢心せずして何が王か、か」
何故その言葉が思い至ったのかは骸骨にはわからない。
だけど骸骨は自身に、慢心という自信を持て、と言ってくれているように感じたのだろう、手に力を入れて再度、自分たちの軌跡、ギルド武器を見る。
先程と何ら変わりのない杖。だが、骸骨の眼窩の奥には屈託無く笑うギルドメンバーが映っていた。
骸骨は今度こそ握った。
「行きましょうか?皆さん」
ーーーーーーーーーー
「金田!お前、またミスしてるぞ!」
「す、すみません」
ここはオフィス。
大きくはなく、さりとて小さすぎるということもない。しかし、中堅というにはいささかに首を傾げる、そんな会社に俺、金田哲郎は勤めていた。
俺がこんな小規模の会社にいるのは、ひとえに俺のアニメ好きが祟ったものだ。
勉強をしていればもっと大きな会社に入れただろう、そんな言葉は耳にタコができるほど聞いたし自分でもそう思ってる。
ただ、あの頃は遥か昔のアニメの金ピカの生き様にひどく惚れ込んでいたのだ。
だから親戚にそんなことを言われても、
『間違えるな守銭奴。先を読む、という時点ですでに敗北だ
盤上において未来は読むものではない。俯瞰してみるものだ。正着は常に見えている。』
なんて偉そうなことを意味を碌に考えずに言ってしまっていた。
さすがのこれには誰も俺を助けてはくれなかった。当たり前だ、こんな馬鹿誰が助けてやるか、という話だ。…ただ、親戚の付き添いで来ていた従兄弟の小学生くらいの男の子は、カッケエエ!と言ってくれていた。
まあ子供に期待などしてないし、子供にたかるなんてクズの行為は、死んでもしたくないし、俺の今でも敬愛するAUOに顔向けできない。
そんなこんなで辛く長く険しい道のりを歩いてきた。
そんな俺だが、何も辛いことばかりではなかった。
家に帰り着くのが夜中の1時なんてのがある日々に、辛くないことなんかないのか、あるんだこれが。
それはユグドラシルというタイトルのゲームだった。
俺はそのゲームの自由度の高さを聞いて思った。
ーーこれなら、金ピカいや、AUOいや!…ギル様になれる…!
バカの俺がそこまで思い至った後の行動は速かった。
すぐに登録、キャラクターメイキング、ゲームのプレイと導かれるままに、という表現が似合うくらいに一心不乱にゲームに没頭していった。
その中の日々は楽しかった。ロールのプレイをギル様に寄せ過ぎたせいで、周囲からヘイトを集めることも多々あったが。
そんな中で仲間を見つけられた。俺のロール故に仲間を作ることは難しかったのだが、そのギルドは一人一人の欲望というのか信念というか、見ていて愉悦と断ずる事が出来た。
「そうか、皆のお陰であんなに楽しかったんだな…」
俺は今にしてようやくそう思えた。
憧れになりきれていたから、と思っていたが、それだけであんなには遊べなかっただろう。…ロールのせいで、リアルマネーで酒の大盤振る舞いなんてのもあったし。
自分にとって主に自分のロールのせいで泣きを見ることも多かったが、とても楽しかったいや、愉悦、と断じられる思い出だ。
「あれ?そういえば…」
家まで、まだあと20分ある。
ふと思い出したのはユグドラシルのサービス終了。
最近は仕事が忙しいなんてものじゃないくらい、本格的に過労死するくらいに仕事が多かった。もちろん休暇なんてなかった。
そんな状況のせいでユグドラシルへのログインは断絶していた。
それのせいで長らく情報が入らなかったのだが、なぜか社内の仕事中にパソコンをいじっていると見つけたユグドラシルのサービス終了。
確か今日で終了だった、と手についているデジタルの安い腕時計に目を落とすと、時刻は23時59分56秒。
もう間に合わないだろう、そう思って目を瞑ってため息をつく。
「え?AUOさん?」
視線を上げると凄まじいオーラを放つ骸骨がいた。
ーーーーーーーーーー
「そうだ、楽しかったんだ……」
筆舌しがたいほどの絢爛さを魅せる一室、そこは玉座の間。
その中央には贅の限りを尽くし、神をも下さんとするように天高く高い背もたれがついた玉座があった。
そこには杖を持つ骸骨がいた。
この骸骨は予定を全てを終え、後は終了を待つのみだった。
だが内心は友との思い出のこの場所を失いたくない、という思い出溢れていた。
彼はその目は未だに先ほど読み上げたAUOの旗に固定されていた。
「ん?そういえば…AUOさんは…」
彼はその特殊な【種族】によって人間の容姿でありながら、人間種ではなかったのだが、彼が昔一度だけ、あるものを作ろうとして失敗したものがあった。それと同時にある呪文を教えてくれたことも。
あの当時は骸骨も黒歴史にしたい時期であってその呪文は一言一句間違うことなく覚えていた。
それは確か約束であったような気もした。
「これだよな…」
骸骨が取り出したのは聖杯。
なんというか聖杯、とりたてて特筆するところのない聖杯。
これもまた一興、とどこか浮いた心から聖杯を自分の目の前に置き、呪文を唱える。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーク」
時間がないがゆっくりとはっきりと骸骨は詠唱する。
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ
閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。
繰り返すつどに五度
ただ、満たされる刻を破却する
ーーーーーAnfang
ーーーーーー告げる
ーーーー告げる
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者
汝三大の言霊を纏う七天
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よーーー!」
いつの間にか現れた魔法陣と、それが発する閃光が唱えるほどに強くなる。
いつしかナザリック地下大墳墓は激しく揺れていた。
それでもなぜか骸骨はやめようとはしなかった。このゲーム自体の終わりがもう目前だからだろうか。ただひたすらに骸骨は詠唱をした。
「なっ!」
最後の1小節を読み上げると同時に閃光が爆ぜる。
骸骨はとっさに目を覆い隠すが、よくよく考えれば自分には効かないとそのまま閃光の中で立ち上る煙を眺めていた。
「え?」
光がやむと中の方も次第に見えてくる。
骸骨は驚愕を露にしながら呆然とし、晴れた煙の中に現れた人物に再度驚きを表し、名前を呼ぶ。
「え?AUOさん?」
目端に映る時刻は既に0時00分27秒。
ゲームの終了のはずの時間に、骸骨、モモンガと何故か裸の王様、AUOは再会した。
不定期です。期待しないでください。