緋弾のアリア ~契約の不死者~   作:赤須

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長らくお待たせしました。
お気に入り数も40を突破で作者も感激、ありがとうございます!

今回の話はかなりシリアスです。
そしてメインヒロインが段々影薄に……何故だろう?

それでは愉しみに悦ってください(笑)


Ⅳ弾 『ウヴェルテュール・グラーヴェ』

 

 

 

 ―――イ・ウーにおける無法者を束ねるのは、教授(プロフェシオン)……ただ1人。

 超人育成機関であるこの組織は各々の能力を教え合い、身に着けてゆけば誰しもが超人の領域に辿り着けるという勉学と研鑽の場所だ。それ故に教授とは、その天賦の才を受け継ぐ者たちの結集にして〝完成された完了形〟。

 要は世界中から選ばれし才ある者たちの全ての能力を〝個人〟として持っているというのなら。

 ある意味でそれは、世界最強に値する〝怪物〟だ。

 俺から見ても彼に対し、怪物と思えてしまう目の前の教授は悠然とした態度で教卓に両肘を突き立て、組まれた両手で顎を支えていた。その容姿は端正な顔付きで、オールバックに模られた黒髪が特徴的な長身体躯の青年。見た目こそは美形に値する男性のような、穏やかなイメージを感じるが、この男を見てくれで判断してはならない。

 

 

 

「スズオ君、君に1つ頼みがある」

 

「……」

 

 

 

 教授からの唐突な言葉に、俺は頑なに表情を歪に変えた。ここイ・ウーは教授からの〝頼み〟さえなければ自由な無法地帯だ。何をやっても許されるし、何もしなくても良い。無論、やり過ぎると目を付けられてしまうが、俺はそんな事をした覚えがないし、誰かの恨みを買った覚えも無し。

 故に、教授自らが〝頼み〟を俺に乞うなど、何かの不吉な兆候か、天変地異が起きるのではないかと思ってしまうぐらい珍しく、不思議で仕方なかった。

 

「君を呼んだのは他でもない。ルーマニアを居住区とする、ある屋敷に監禁された1人の少女の逃走を手引きしてほしいんだ」

 

「監禁された少女だと?」

 

「うん、何でも嘗ては世界中に名を轟かせた一族の1人娘らしくてね。その娘は両親が亡くなってすぐにルーマニアの屋敷の者が血縁者と名乗って引き取り、平穏な日常を過ごすはずが、彼女の今を推理すると、ずっと檻の中で過ごしているようだ。僕としてはそれを見過ごせなくてね……無論、報酬は弾もう」

 

 それを聞いて、俺は更に眉を潜めた。何でも屋敷にいる少女は、ある高名な人物によって捕えられており、どういう趣味をしてんのか知らんが、そこで醜悪な仕打ちを受けているらしいとの事。俗に言う、虐待というヤツだが……

 

(……何か、裏がありそうだな)

 

 その子を助けるため、この依頼を受けても別に構わない。元武偵だったが故に、そういう役回りは仕事場で何度も経験してきた事があるからな。この手の者も、極稀にだが存在していたし、当然としてソイツ等には徹底的に武力を以てして、お縄を頂戴してもらった訳だ。

 しかし、気になる点が2つある。

 

「その情報源はどこでだ?」

 

 まず1つがそれだ。教授がいくら稀代の天才、世界最高の頭脳を持つ無法者の統治者といえども、どこから仕入れてきたかも分からぬ情報を聞いて、やってくれ、と言われて、はいそうですかと受け入れる訳にはいかない。

 まぁ、それでも受けざるを得ないのが、ここのルールなのだが……

 教授は表情を崩さず、まるで教師としての余裕に満ち溢れたかのような、ただ凄然とした態度で応え始める。

 

「先日、ヒルダ君が休学したらしくてね。その時に彼女は言っていたのだよ、『そろそろ、お父さまの飼い犬に躾をしないといけないから』と」

 

 一部だけヒルダの声を変声術で呟いた教授は、パイプを口に咥えてマッチを取り出す。

 だが、それだけで何故教授はあの少女と繋がっているのか、と疑問に付くが、それを教授は推理()していたらしく……

 

「ヒルダ君のお父さまといえば、彼の吸血鬼……『無限罪』のブラド君だ。生物上、自然界の頂点に立つ吸血鬼の威光は、動物の本能では逆らえない。ただの動物はブラド君の命令には従順なのだよ。故に、吸血鬼からの脅威に抗える生物は限られてくる。彼以上になると、ブラド君の影響は及ばないだろうから、下位の生物となりえる。それに、彼らは〝吸血鬼〟だ。動物以上吸血鬼未満の生物で、吸血鬼に対抗できる生物となれば―――」

 

「……人間、か。じゃあ何で少女に繋がる」

 

「吸血鬼は元来、人間にとって理想的な容姿と、人間が惚れやすくなるフェロモンを発する事があるそうだ。ブラド君は男性……吸血鬼だけに生き血として誘いやすい対象は女性でね。そうなると捕えられている飼い犬と呼ぶ人物は、女性の可能性が大きい。加えて、生き血として彼らが喜びそうなのは若い血、即ち―――少女の血なのだよ」

 

「……」

 

 ブラドの飼い犬というだけで少女が捕えられていると断言する―――卓越な推理力を発揮する教授は、マッチに火を点けた後、それをパイプに灯させて煙を漂わせた。

 若い血……それに教授が言う吸血鬼のフェロモンというのが確実なら、その屋敷にいるという人物は女性、それも彼が言うには俺と同い年の少女らしい。合点が一致している。

 確かにブラドやヒルダが好みそうな血は若い血だろうし、先日の物品購入申請の時もヒルダは若い東洋系の女性の血を求めていた。

 ヒルダの場合、彼の吸血鬼伝説として有名な『血の伯爵夫人』の異名を持つエリザベート・バートリーのように、若い女の血で美貌を保つという行為に影響されており、ヒルダも同じ手段をしているとか。

 

「今、イ・ウーのメンバーのほとんどが君の祖国、日本に足を運んでいるらしくてね。夾竹桃君やブラド君、パトラ君にココ君、そしてカナ君が出張らっている」

 

「ああ、それでブラドがいない内に、屋敷にいる少女を逃がせ……そういう事か?」

 

「そうだね。吸血鬼に抵抗できるジャンヌ君は今、世界中にいる超能力者の原石を攫うため、旅をしてもらっているし、化け物退治を得意とするワトソン君は僕の祖国にある世界一有名な秘密結社……有名な時点で秘密結社とはどうかと思うのだが、その組織に出向いているところだ」

 

「自分の祖国の秘密結社ディスるなよ……」

 

 だけどまぁ……厳しいな、一言で言えば。教授の言うそれはチャンスのように聞こえるが、実質危険だ。ブラドの目が逸れた事は、屋敷はがら空きを意味する。だがヒルダはどうするつもりだろうか。アイツは休学してルーマニアの屋敷に戻るとか言っていたし、ジャンヌにワトソンといった吸血鬼に対して有効的な技を持つ2人が不在というのを敢えて先読みして呟いたところ、最早頼れる者は限られていると思っていた方が良さそうだ。

 いや、1つあったな。

 だがその考えを教授は推理していた。

 

「君の察しの通り、今……ローマの〝バチカン〟が動いている。ヒルダ君がボストーク号から出たのと同時にね」

 

「ローマ、バチカンか……嫌な感じしかしないな。主に吸血鬼絡みでだが……」

 

 ご存知、バチカンの特務機関でお馴染みのエ゛ェェイ゛ィメン゛で有名なあの神父、あれのモデルがウチの舩坂弘(爺さん)だ。あの不死身っぷりと銃剣、そしてイエス・キリストの如く三日後に死から蘇生したという伝説。モデルにされて当然としか言いようがないが……

 

「僕の推理通りなら、バチカンからはメーヤ君が派遣されるはずだ。彼女に施された魔術はどの相手にも有効だからね。僕も彼女とは戦いたくはないものだよ。何せ、僕の『条理予知(コグニス)』に対し、彼女は〝実に〟推理しやすい存在だからね」

 

 ―――『条理予知』

 万物の流れをも掌握出来るほどの卓越な推理力、その極限に至った結果が彼の『条理予知』であり、その力は未来予知に匹敵する。無論、それは俺たちの考えを読んだり、相手の動きを読み取ったりも可能だ。

 いや、読み取るというよりも、コイツの場合は推理する方が正しいのだろう。

 ……正直に言って、考えを読んだり、見たりするのはよくある話だし、対処出来るから別に良いんだが、ただ推理される(考えられる)と最早対処のしようがない。

 例え話で言うのならば、予知系の敵は最初こそは初見や慣れによるやりにくいイメージがあるものの、無心や別の考え、予測に上回る動きをされたりすると突然とそういう系の敵は弱くなったりする。

 

 

 

 ―――だが、教授のソレは全く以てして意味など持たない。

 

 

 

 何故なら、彼は〝常に〟予測するからだ。俺たちがどのように動き、どこの未来(ルート)に添って、どのように向かうのも、彼はその全てにおける〝流れ〟を予測してしまうのだ。

 そして推理して、未来を解き明かす。

 しかもその推理においての的中率は、彼は一度も推理で外した事がない……つまり百パーセント。

 要は起き得る未来の可能性を、ヤツは永遠と推理し続け、絶対的な未来を当て続けているのだ。

 それがどこまで恐ろしいのか、相対してみればすぐにでも分かる。

 

 とにかく()りづらいのだ―――

 

 メーヤの能力を考えれば、教授の推理とあの魔術の施しを比べ、相対すれば推理の方がこの上なく相性が悪い。

 だが、これはあくまで俺の考えに過ぎない。魔術師や超偵からの視点で言わせてみれば違うのかもしれんからな。そこはまぁ、専門家に聞くべきなのだろう。

 で、俺が気になる2つめだが……

 

「何で、俺に頼むんだ。別に俺じゃなくとも適任なのがまだいるだろう」

 

 リサは戦闘員ではないから無理だが、ここには相当な猛者がまだいるはずだ。まだ俺の知らない〝歴戦の猛者〟たちが。妖怪や鬼に限らず、姉さんのような超人やジャンヌ、パトラの姐さんのような超能力者(ステルス)の強者が。

 特にブラドやヒルダのような吸血鬼を相手にするのだから尚更そう思う。

 

「それに、ブラドの屋敷に捕まっている少女を手引きしろって事は、要はブラドと〝敵対〟しろと言っているようなモノだろう。……教授は、俺とブラドをぶつけて何が目的だ?」

 

 軍刀を左腰に提げながら、俺は力強く拳を握り絞める。……平和を願って無法地帯に来たと言うのに、何故わざわざ争い事を、それも自分から作ろうとしなければならないのか、と……俺は切実に思う。

 いくらジャンヌとの契約があるとはいえ、俺は争い事がしたくないからここに来たのだ。静かに暮らしたいから、平和に生きたいから、ここに来たんだ。

 だが、教授はそれを見据えるかのように憮然とした様子で、俺を見つめてくる。

 

「スズオ君。君は、僕の後釜になるべく教授の座を狙っているのだろう? ならば相応の働きをしなければイ・ウーのメンバーは君に納得しない。立候補すれば誰でもなれるという訳ではないからね」

 

「……確かにな」

 

 まるで教授は俺を試すかのように強い口調で言ってくる。だがそれは正しい。今の俺のような甘い考えで、この教授の椅子に座ろうなど、言語道断……あってはならないと他の者が思うに違いない。

 

「それに、君以外にもこの席を狙う者たちがイ・ウーには大勢いる。イ・ウーのナンバーツーでもあるパトラ君に、ブラド君、そして君を推奨する研鑽派(ダイオ)がもう1人見定めたという候補もね……君の敵は多いのだよ」

 

 噂では、研鑽派の敵対勢力である主戦派(イグナイティス)……パトラを中心とした集団には、彼女以外にも、意外にも、〝リサ〟もその教授候補に並べられているという話を聞いた事がある。

 何故あんな戦闘とは皆無に近い女の子が、教授の座に付ける素質があるのかが解らないのだが、きっと何か隠しているのだろう。

 

「とにかくだ。期間はブラド君が帰ってくる前に、ヒルダ君とメーヤ君との決着が終える前に任務を熟す事……僕の推理通りなら1週間で彼らは事を成してしまうだろう。報酬も君が暫く平穏に過ごせるぐらいの給与は出るように考えておく。君の働き次第ではイ・ウーの地位を繰り上げる事も図らないでもない。―――どうだい、悪くない話だろう?」

 

「―――っ」

 

 考えるまでもなく破格な条件だ。この依頼を受けて成功すれば、確かな生活が―――少なくとも暫くはゆっくり出来るし、教授になれるという最優先地位の順位を繰り上げる事も待遇してくれるという。

 これ以上にない、俺にとっても好機。

 依頼の内容がかなりの危険があるものの、それでもこれは必ず通らなければならない茨の道なのだ。ブラドはイ・ウーにおけるナンバースリー。パトラより下だが、それでもヤツを出し抜けば研鑽派としても憂いは無いはず。

 だがそれは研鑽派としての俺の考えで、本来の俺の考えは決まって……

 

(……メンドくさいな)

 

 どんなに優遇な相談をされても、俺には今いちピンと来ない。

 教授の言うソレが本当なら、確かにこの条件は嬉しい。だがそんな事に一々俺を使うぐらいなら、もっと別の誰かがやった方が適任で、教授になるという目的の俺よりもそっちの方が、適材適所とでも言うべきか、効率を求めるならば打ってつけだろうに。ましてや今回の依頼は『少女の逃走を手引きする』事だ。ジャンヌやワトソンが無理なら、イ・ウーにおける傭兵兼予報士でもある『颱風(かぜ)の魔女』セーラにでも頼めば良い。彼女なら金かブロッコリーでも見せびらかせば仕事を受け持ってくれるはずなのだから。……それならば俺よりかは断然マシだろう。

 そう考えていた俺だが、この全てを見透かすような教授の目は俺の考えなど『条理予知』ですでに看破していた。

 

「……このイ・ウーに訪れてから1年と経つが、あれから君は外に出る事すら〝メンドくさいな〟と思っているようだからね。しかも君は教授候補に選ばれているというのに、今に至るまでそれらしい実績を残せていない。僕から言わせてもらえば、それはあまりにも怠惰に過ぎる。これは遺憾だよ」

 

「……そうか、それは……すまないな」

 

 ああ、そういう事か。と俺は納得する。

 つまるところのこれは教授からの施し、という訳だな。

 教授候補として働け……教授はそう言っているのだ。幾日か……いや、1年と怠けてた俺だ、そろそろというか今まで来なかったのが可笑しいのだが、ようやくになって教授が、俺に対する疑惑を起こし始め、本腰を入れようとしている。

 それはある意味での猶予なのだろう。この依頼を受けなければ、果たしてどうなるか……想像するまでもない。

 そして俺は1つ、嘆息のため小さく息を吐いた。

 

 嗚呼(ああ)、やはりここも、武偵高と同じか。

 

 俺はもう、戦いたくないのにな。

 

 面倒くさい事を避け、面倒事があればそれをすぐに終わらせるために、戦い続け、楽を求めた結果がこれだ。

 一般高校みたいにただ机に向かってじりじりと書くのではなく、鉛玉を撃ったり、その用語をある程度さえ覚えれば十分みたいな世界だったから、楽だな、と思っていたのだが、ところがどっこい、これがまた一般高校とは違った意味での苦難があった。

 安寧な生活のため、まず必要なのは金だ。そして高い金は難しい任務ほど高くなり、それを熟さなければならない。だから受けて、必死ながらも死地を歩いてきた。

 そして手に入った金がたくさんだったので、最初こそは自分の平穏な日常の安心と、自分の力が人々のために役立ったのだという自己満足な達成感が、何よりも心地よかった。それが誇りに思い、ちょっとずつ、コツコツと金を稼ぎ、溜めた金と単位を得て、暫くはずっと働かずに暮らそう。

 ……そう思っていた。

 

 ―――だが、それ以上蓋を開ければどうだ?

 

 頑張れば頑張るほど、武偵高から次々と積もってくる特務やら俺宛ての依頼がドシッ、と来るではないか。休める理由さえなければ断れないのばかりで、休む暇さえも与えてくれない。

 

 ……面倒くさい。

 

 だからそれらをすぐに終わらせた。爺さんから受け継がれたこの能力をフルに使い、さっさと片付けよう―――そして俺の知らぬ間に、気付けばCだった武偵ランクがSになっていて、何故か二つ名まで付けてきやがった。それが原因でさらに持ち込んでくる任務の数々……もうムリ、疲れた、面倒くさい。

 そして過酷な毎日に、俺は嫌気を差していた。だが今さら一般高に転入しようとしても、武偵高は粗暴な面が強く、社交的でもなく、偏差値の低いだけに、武偵高の生徒を受け入れてくれる学校が少ないのだ。

 仮に一般高で通う事が出来ても、そこから待ち受けているのは勉学、成績、個人の評判……ありとあらゆる面が見られ、将来に対する分岐点が狭くなっていく。

 要は武偵高で育った者は、一般の世界とは不適合過ぎる。相容れない世界なのだ。

 だからもう、俺は……現実から半ば諦めていた。

 社会とは、現実とは、そういうモノだと。

 

『お前はこの世の天国に興味がないか?』

 

 その時に出会ったのが―――ジャンヌだった。

 あの言葉は今もなお印象に残っていて、覚えている。忘れようがない。何せ、いきなり俺の目の前に現れて、この世の天国とか、何言ってんだろう、って普通思うだろ? 宗教かヤクザの勧誘かと思ったぐらいだ。

 加えてアイツ、自分の事をジャンヌ・ダルクの末裔だとか言ってきたんだぞ? 歴史的な最低限の知識があるからか、初代ジャンヌの結末も知っているため、目の前に居たジャンヌはどこか頭が可笑しいんじゃないかと感じたこともある。

 そして、ふざけてるな、と怒ったこともあったな。

 だがそれでもジャンヌは変わらず手を差し伸べてくれた、願いを叶えてくれると。

 

 ―――導いてくれると。

 

 だからその手がどれだけ俺に救いを与えてくれたか……おそらくきっと、ジャンヌ自身も知らないのだろう。言ってもいないしな。

 

「少し、説教臭くなってしまった。すまないね、スズオ君。でもこれは老い先短い老人からのアドバイスだ。年長者の言葉は概ね経験談だから、素直に聞いておくべきだよ」

 

「……教授の老い先短いは正直、疑問しか抱かないんだがな。俺よりも不死身なくせしてよく言う」

 

「それはどうかな、君が思うほど僕はそこまで不死身じゃないよ。現に僕の寿命は『緋弾』の力を以てもそう長くは持たないと推理している」

 

「抜かせ、不死身と呼ばれた爺さんより早く生まれて、不死身と呼ばれた爺さんが亡くなってもなお健在している教授が何をほざくか」

 

 実際にこの男は150年以上も長く生きており、この若さなのだ。容姿は20を越えるか越えないかぐらいの青年で、黒髪のオールバックをした頭に、端正な形をした鼻、そして穏やかなその表情でありながら圧倒的なカリスマ性を放つ雰囲気……ブラドやヒルダといった吸血鬼は、俺たちのような人間よりも遥か上位の生物故に800年以上も生きているのは最早疑う余地もないが、彼は〝人間〟なのだ。

 人間で150年、それもこの容姿は世界が知れば瞬く間に知れ渡るだろう。加えてギネスブックに載るどころか、多くの国々の研究対象に成りかねない。

 まだ人間は、そこまでの可能性は出ていないのだからな。

 

 だがその理由は『緋弾』―――緋々色金と呼ばれる、あらゆる全てを凌駕された超越物質によって、彼は延命を施されている。これは保有者の肉体的な成長を阻害させるという副作用があり、教授が今まで生きてこられたのは『緋弾』の影響によるものとされているそうだ。

 加えてありとあらゆる技術や学業、超能力から魔術に手を付け、それらを全て極めているのだから、この男ほど相手にしたくない、この上ないだろう。『条理予知』も身に着けている以上、相対するだけでも面倒だっていうのにな。

 

 そう思っていた俺は、もはや教授と言葉で駆け引きなど無駄だと理解し、溜息を付きつつ、面倒そうな顔つきで教授に向かって口を開かせる。

 

「是非も無し、か……まぁ、どうせ何れはやらないといけないんだし、面倒臭いがその依頼、受けておこう」

 

 面倒事は全て先に潰しておくのがセオリーだ。後々に残しておくと厄介この上ないからな、こういうのは。それにブラドとは敵対する可能性があるものの、敵対するならば潰せばいいし、同じ不死身の(よしみ)とはいえども、ヒルダと違ってアイツとは別に仲が良いとか、そういうのが無いから問題ないだろう。

 いや、問題があるとすれば……ブラドをどうやって潰すかが問題なんだが……ああ、面倒臭いな。

 

「ああ、君ならそう言ってくれると〝推理〟していたよ。存外、君は面倒臭いと思いながらもやってくれるからね。まぁ、偶には外の世界で羽をゆっくりと伸ばすといいさ」

 

「面倒臭いがな」

 

「はは、期待しているよ、スズオ君。あと僕の前でその〝面倒臭い〟という言葉は控えておいた方がいい。それは人間の持つ無限大の可能性を自ら押し留める良くない言葉だからね、僕の苦手とする言葉だ」

 

「そうか? 俺は好きだがな。それは人間が起こした出来事に対して発生するストレスを、自らの一言である程度はケア出来るという素晴らしい言葉だと、俺は思うんだが」

 

「君も大概だね……」

 

 それはワトソンにも同じような事を言われたな。その理由もよく分からんが、どうやら俺の面倒臭がり屋というのは、ここではかなりの異常らしい。……俺から言わせてもらえればこれが普通だと思うのだがね。

 などと俺の思っている事をすぐさまに推理したのか、教授はまるで生徒の戯れに呆れるかのような、そんな苦笑いをする。

 

「さて、時間も一刻を争う事態だ。候補である君がこれに成功すれば、イ・ウーの全体に関わる士気が影響される。―――世の中、実査に何をしたではなく、何かをしたと皆に信じてもらう事が重要だからね」

 

「自らを主人公に題材した『緋色の研究』の……引用か?」

 

「……さて、ね」

 

 この男の考えている事は些か不明瞭に包まれている。何が目的か、何を想像しているのか、彼の英国最高と謳われた名探偵のその考えは、きっと俺には考えられない、予測線から外れた〝先〟を見据えているのだろう。

 まぁ、分からない事を考えても面倒なだけだ、どうせコイツの寿命は僅かとしか残されていないようだしな。

 問題は……

 

「まぁ、いいだろう……さっさと少女を救う、至極明白で単純な行いだ。ただ期限が1週間だというのなら、すぐにでもルーマニアへ飛ばせてもらう」

 

「ああ、構わない。オルクスの出航準備も前もってココ君に用意させてあるから、君は自分の備えに充てたまえ」

 

「……未来を推理している分、やる事は早いな」

 

 肩から力を抜いて微笑を浮かべる俺は、教授に背を向けて部屋から出る。

 行くとなれば、今からでも向かう。早く……そう、速くだ。

 今、現在地が日本の相模湾周辺に潜む海底の中、ルーマニアからは約八千キロ以上の距離がある……オルクスの速度から考えると、それで向かうのは何日どころか数日は掛かる。

 それどころか、燃料が圧倒的に持たないからどこかで補充しなければならない。

 なら、航空を使うか……だがその場合、パスポートの偽造などしなければ……

 

「……面倒臭い」

 

 そして何よりも、外に出る事が問題だ。

 1年ぶりに外へ出るとは、些か引け目を感じるが……しかもよりにもよって、相模湾から出航しなければならんとはな。

 水中をミサイルのように突き進むことが出来る小型有人潜水艇―――オルクスの片道でさえ千キロ、つまりどこかで8ヵ所ごとに留まらなければならないのだ。

 ここから最初に留まるのは迂回するように進んで日本の九州、次に中国、そこから……ダメだ、それだと期限が持たない。

 

「やはり、航空か。偽造するにしても名前は兎も角、顔がな……」

 

 武偵だった頃に全国を飛び回っていたせいか、どこも顔が知られている。行方不明の俺からすればそれはマズい。たった一情報だけで行動やその居場所まで察知されてしまうからな。今の世は情報社会。特に日本のソレは厳しい上、鋭く突いてくる。

 

「教授は敢えてそうさせたのか……面倒な」

 

 だが、それは〝面倒臭い〟なだけで〝無理〟ではない。

 

 ただ苦労に絶えないだけだ。

 

「あまり使いたくは無かった手段だが、賭けるしかないか」

 

 なら行くと決まれば北海道、札幌航空―――あそこは全く手を付けてこなかったからな。そこから一気にルーマニアへと飛べば良い。

 

 ……飛べばいいんだが……

 

「全く、ずっとボストーク号で引き籠れると思っていたのだが、存外上手くいかないものだな」

 

 普段はちょっと顔出すぐらいしかやらなかったが、今回は違う。

 1年ぶりに此処から、このイ・ウーから外の世界へ出るというのだ。

 

「まぁ、偶にはこういう空気の勘を取り戻すのもまた一興になるか。面倒臭いが……」

 

 肩や首などを鳴らしながらオルクスが配置されてある魚雷の格納庫へと俺は向かう。

 元とはいえ、俺も武偵の端くれだった者。前以ての備えなら常時万端……すぐにでも向かう事が出来ると準じているつもりだ。

 武装を整えて、身に纏った俺は食料や苗刀、軍刀からあらゆる武具をオルクスに積み込み、そして俺も乗る。

 

「……それに、今はジャンヌやワトソンには顔が合わせづらいし、これも丁度いいのかもしれないな」

 

「―――では、私が御供致しましょうか? 舩坂様」

 

 突然と割って入る女の声。そして目線だけを向けば、そこにはメイド服を着用した女子が1人。魚雷発射管と呼ばれる部屋……オルクスを設置されたその横に、彼女は立っていた。

 俺はその子を知っている。

 

「いや、俺はお前が期待するような勇者様とやらじゃねえから。遠慮しておこう、リサ」

 

 オルクスに乗り込む際、食料や銃弾の調達を短時間で用意してもらおうと依頼し、そして用意して見せたイ・ウーのメイド兼会計士であるリサ・アヴェ・デュ・アンクは、俺の皮肉な言葉に対して、微笑みを以て返す。その顔は、少し強張った表情だが……

 

「……そうですか、それは少し残念ですが仕方ありませんね。教授の推理なされた勇者様と貴方とは全く異なりますし」

 

「残念ながら、な。まぁ、お前ほどの女ならその勇者様とやらはすぐにでも現れてくれるはずだろう。料理も良し、家事も良し、器量も良しとくれば誰もお前を放っておけるはずがないからな。そこは俺が保証するぞ」

 

 御供を断った俺が言うのもどうかと思うがな。

 

「……それに、日本には〝石の上にも三年いれば暖まる〟という諺がある。辛くても、きつくても、辛抱して待ち続ければ、いつかは成し遂げられるという意味だ。面倒臭がり屋な俺が言うのも何だが、お前も諺通りに待っていれば願いもいつか叶えてくれるはずだろう」

 

 そう言って、嘗て信じたこの諺に目を伏せながら、俺は彼女に語った。

 待っていれば、待ち続ければ、いつかきっと願いは成就される。やがていつかはと自分自身に願いを説き伏せ続けてきた、この言葉を。

 

「……ステキです(モーイ)。舩坂様からそう言って戴けるだなんて、リサは思いもしませんでした」

 

 くすくす、と今度はちゃんとした微笑みを見せてくれるリサに、俺は安堵する。

 毎日のように見てきたボストーク号で、彼女はいつも何かを待つ、待っているように〝勇者〟を恋い焦がれているのを俺は知っていた。

 彼女は強い戦士に仕え、尊び、敬い、そして交える一族。そして、新たな強き子を世に送り出す一族でもある。

 つまりボストーク号……もといイ・ウーにいる彼女はこの超人育成機関を利用して、強き男子を迎え入れるために待っているのだが、その結果が……今だからな。

 

「……ありがとうございます、舩坂様。おかげでリサにも少しは希望が見えてきました」

 

「そうか、それは良かった。じゃ……行ってくるぞ」

 

「はい、舩坂様、行ってらっしゃいませ。……ご武運を、リサはいつも祈っております」

 

 そう優し気な言葉を発するリサが見送る中で、別れを告げた俺はオルクスのハッチを閉じて魚雷発射管から移動させる。

 

 

 

 

 

 そしてここからが、彼にとっての―――

 

 

 

 

 

 ―――『フランス式前奏曲(ウヴェルテュール)緩やかなテンポ(グラーヴェ)』―――

 

 

 

 

 

 ―――第一部の始まりである。

 

 

 




どうもお久しぶりです、赤須です。
今回の話はどうでしたか? いよいよ理子を救出するためにニート主人公が動きます。
先述通り、ブラドとの敵対は不可避ですな。原作1冊にしか登場できなかった事で有名なドSの吸血鬼ことブラド君を相手にするとなると、さてさてどうなる事やら……



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