ピピピピピピピピピッ!
「……んっ……うぅん……なんだよ、煩いなぁ……」
朝。
けたたましい音を響かせる目覚まし時計を、微睡んでいる状態で、バシンと叩いて黙らせる。カーテンの隙間からは朝日が差し込んで部屋の中を照らしており、外からは小鳥の囀りが聞こえてくる。まだ寝足りない俺は、布団を被り直してもう一眠りしようとするが―
ピンポーン
時計を黙らせたと思ったら次は玄関の呼び鈴が鳴った。朝早くから人の迷惑を考えずにやってくるとは何事だと思いながら無視を決め込むことにする。だいたいこんな時間からやってくる奴は業者の人間くらいだろう。新聞配達員なら呼び鈴を鳴らすことはしない。居留守を使ってお引き取り願おう。
ピンポーンピンポーン
ピンポーンピンポーンピンポーン
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
ピピピピピピピピピピピピピピピンポーン
「うるせえええええええ!」
何回もしつこく鳴らしやがって! しかも最後は連打しやがった! 誰だ、こんなに呼び鈴を鳴らす馬鹿は! ガツンと言わねば気が済まん!
憤慨し床を踏みつけながら、寝間着姿のまま足早に階段を下りて玄関の扉を開け放つ。
すると、そこにいたのは――
「おはよう、晴樹」
「……おはよう。何しに来たんだ、ツバサ……」
一つ年下の幼馴染み、綺羅ツバサだった。今現在、プロのアイドルに最も近いと言われ、その言葉通り全国レベルで人気を誇っているスクールアイドル、A-RISEのリーダーだ。
スクールアイドルって言うのは、学校内の生徒で結成されたアイドルグループのこと。生徒でありながらトップクラスのアイドルグループは、十代を中心に絶大な人気を誇っていて、雑誌やテレビなんかのメディアに取り上げられることも多々ある。するとどうなるか。人気の高まりと共に、有名なグループが在籍している学校も注目を浴びることになるわけで、生徒数が増える増える。
実際にA-RISEが在籍しているUTX学院は、ツバサ達が頭角を現し始めた頃から入学希望者が増え始め、今や全国各地から入学希望者が続出するまでになった。
まぁ、生徒数が増えた理由はそれだけじゃなくて、UTX学院自体が普通の高校らしからぬ最新の設備を備えているからってのも要因の一つだけどな。校舎を初めて見た時は、何の商業施設かと思ったね。
「で? こんな時間からどったの?」
ほぼ毎日のように無料通話アプリで会話してるけど、直接会うのは割と久しぶりだったりする。最後に直接会ったのは、音ノ木坂の――俺の――卒業式だったな。
「抜き打ちチェックよ。晴樹が元気にしているかどうかの、ね」
「俺は一人暮らしのお爺ちゃんか! ピュアピュアな十代だぞ、まだ心配されるような歳じゃないわい!」
「それだけの元気があるなら大丈夫ね。安心安心」
「よしじゃあ帰れ」
正直なところ今の俺は少々ご機嫌斜めなのだ。何でかって?そりゃ二度寝を妨害されたからに決まってる。
「まだ用は済んでないわ。今日は大事な話しがあってきたんだから」
「大事な話し? ……わかった、とりあえず中で聞くよ」
「お邪魔しまーす」
このまま玄関先で会話を続けるのもいかがなものかと思いツバサを家の中に招き入れる。ツバサは勝手知ったるなんとやらでリビングの方へ向かって行く。子供の頃はお互いの家を行き来して三人でよく遊んだからな。家の間取りはよく知っている。
「全然変わってないのね、家の中」
「まあな、相変わらずだよ。それで、大事な話しって何かあったのか?」
「聞いて驚かないでね。……実は、ラブライブが開かれることになったの!」
「ラブライブ?」
リビングのソファーに座ったツバサに本題を切り出すと、待ってました!と言わんばかりの表情でテーブルから身を乗り出して熱く語ってきた。そういえばここに来たときから妙に笑顔だなーとは思っていたけど、ラブライブって何ぞや?……にしてもチョッと引くわ。
「ごめんね、ちょっと近かったかな。……それで話しの続き。まだ企画の段階なんだけど、ラブライブっていうのは、スクールアイドルの甲子園なの。スクールアイドルランキングで上位二十位までのグループが本戦に出場することができて、ナンバーワンを競い合うの」
「へぇ」
それにしても本当に嬉しそうと言うか楽しそうと言うか。よかったな、ツバサ。自分の夢があと少しで叶うことになって。昔からナンバーワンのアイドルになるって言ってたもんな。今の姿を見てると感慨深く思うよ。本当に。……あぁ、何だろう。この温かい気持ちは。まるで娘の成長を見守るような感覚……これが父性か……。
「それでね、晴樹には折り入ってお願いがあるの」
「お願い? 手を貸してくれってことか?」
「そうじゃないの。ただね、晴樹には私達が優勝するところを見届けてほしいの」
「優勝、か。大きくでたな」
「当然よ。そう言い切れるだけの根拠があるわ。技能、経験、努力、覚悟……誰よりも積み重ねてきたものがあるから今があるの。だから私達は優勝する、絶対に」
確かにツバサの言うことも一理ある。俺は昔からツバサと一緒にダンスを踊ってきたし、並々ならぬ努力をしてきた事も知っている。だから、ツバサ達が優勝できないなんてことは一ミリも疑っちゃいないさ。
「でもどうして俺に見届けて欲しいんだ?」
「そんなの決まってる。私だけじゃない……英玲奈とあんじゅだって、晴樹に助けられてきたんだから。気にしてないかもしれないけど、私達がここまで辿り着けたのは晴樹のおかげだってみんな感謝してるの。立役者と言っても過言じゃないわ」
「そ、そうか……?」
「そうよ! だからこそ……だからこそ晴樹には見届けて欲しいの。私達が優勝する瞬間を! 私達が一番輝く最高の瞬間を!」
「わかった! そこまで言われたからには見届けるよ、ツバサ達が一番輝く最高の瞬間を」
「本当? 約束よ!」
「ああ」
お互いの右手の小指を差し出して指切りをする。久しぶりだな、これをやるのも。昔から絶対の約束をするときは必ずこうしてきたっけ。
「ところで、いつまでパジャマ姿でいるつもり?」
ん? ああ、いっけね。ずっと寝間着のままだったわ。忘れてた。
「着替えてくるからちょっと待ってて」
―――――
「お待たせー」
「遅いわよ、晴樹」
着替えを済ませて一階に降りるとツバサが朝食のパンを用意してくれていた。テーブルの上には、こんがりキツネ色に焼けたパンと、インスタントコーヒーが置かれている。いやー、嬉しいね。朝食が用意されてるなんて。一人暮らしだと料理作るのが面倒なんだよなぁ。
パンとコーヒーが冷めないように食べ進めて完食する。
ここ最近、朝を抜いてたから久しぶりの朝食だったな。
「晴樹、少し聞きたいことがあるんだけど」
「何が?」
改まってどうしたんだ? ……いや、だいたいの予想は付く。ツバサが聞きたいのは恐らく―――
「……あなた、まだ戦うの?
「……あぁ」
やっぱり魔法使いの事だったか。このタイミングで聞いてきたのも察しは付く。俺はパンを右手で食べ、左手にマグカップの取っ手に手をかけてコーヒーを飲んでいた。そのとき両手の中指には大型の指輪を嵌めていたからな。
左手にはルビーのように赤い指輪を―――
右手には黒い手型の指輪を―――
ツバサが背もたれ越しに後ろから両腕を回して来た。どうやら俺が指輪に視線を向けていた間に回り込んだらしい。
「……止めちゃえばいいのに」
顔を俺の右の耳元に寄せて囁くように訴えてくる。その声は寂しげで、不安気で、今にも消えてしまいそうな程だった。
ごめんな、ツバサ。でも、俺は――
「そんなこと言っても、俺が止めないことぐらいわかってるだろ?」
「……晴樹のバカ」
背後から抱きしめる力が強くなる。俺はツバサを安心させるように、回された両手に手を重ねた。
夕方。
日が傾いて空が赤色で染まる頃に、俺達は駅前にある喫茶店『ポレポレ』にいた。実はあの後ツバサの提案で遊びに行くことになったんだよな。最初は家でダラダラしていたいと言ったんだけど、ツバサは聞く耳持たずで、いいから行くの!と譲らなかった。おかげで、カラオケ、ゲーセン、ボーリング、ショッピングモールに連行……連れられて行った。ショッピングモールではウィンドショッピングをし、カラオケでは熱唱しまくり、ボーリングではストライクとスペアを連発し、ゲーセンでは音ゲーで高得点を叩きだした。
最初は面倒くさがったけど息抜きにもなった。最近は忙しかったからな、色々と。こんなに遊んだのは、半年振り……いや、もっと前か。
きっとツバサは気を遣ってくれたんだと思う。今日巡った場所は、賑わっている、盛り上がる、といった共通点がある。現にカラオケだと明るい曲しか歌ってなかったしな。
「一日遊び尽したわけだけど、今日は練習あったんじゃないのか?」
「大丈夫よ。元から休みだったし」
「なら良いけど」
天下のスクールアイドルとは言っても、努力もなしに人気を勝ち取れるわけじゃない。日々練習に追われているはずだと思って聞いてみたけどメリハリを付けてやってるみたいだな。
「ところで、この前梨子のお見舞いに来たでしょ?」
「あっ、わかった?」
「ああ。花瓶の花が新しくなってたし、髪形も少し変わってたからな」
昨日、梨子の病室に行ったら一目見てわかったよ。お見舞いに来る人は俺を除くとツバサ、英玲奈、あんじゅ、梨子のクラスの担任、あとは梨子の友達くらいだしな。その中で梨子と一番関わりが深いのは、ツバサだ。でなきゃ眠っている人間の髪形を変えたりしないはず。
「この前は練習が少し早く終わったから三人でお見舞いに行ったの」
「いつもありがとな、気を遣ってくれて」
「別に当たり前のことをしてるだけよ。梨子ちゃんは私にとっても、妹みたいなものだしね」
「……でもさ、髪形を変える必要あったの?」
「あるわよ、いつも同じ髪形だとつまらないじゃない。それに梨子ちゃん髪が長いから、どんな髪形も似合うと思って、右サイドを三つ編みにしてみたの」
確かに梨子は可愛いし、どんな髪形も似合うけどな!
そこからは積もる話しで盛り上がった。授業がどうとか、練習がどうとか、新しいお店がどうとか……どこにでも溢れているような当たり前の会話。
ほどなくして俺達は店を出た。
「今日は付き合わせちゃってごめんね」
「気にしなくて良いよ。俺も久しぶりに楽しかったし」
「……ねぇ」
「……晴樹、無茶しないでね」
「わかってるって」
不安気な声音で呟いてきた。ツバサが何に対して言っているのかなんてわかってる。できるなら戦ってほしくない、できるなら止めてほしい……言外にそう言っているのが伝わってくる。この先、戦い続けたらどうなるかなんてわからない。もしかしたら死ぬかもしれない。ツバサの純粋な想いに、俺はただ曖昧な返事しかできなかった。
「これだけは覚えておいて。晴樹が帰って来るべき場所に私達はいる。辛かったり、悲しかったり、苦しかったりしたら、必ず私達が受け止める。だから一人で抱え込まないで」
「わかったよ。でも俺は大丈夫だから」
「ならいいの。……それじゃ、またね」
そう言ってツバサは踵を返して改札口を抜け、駅のホームに向かって行った。
俺はツバサの姿が見えなくなるまでその場で見送った。
ツバサにはああ言ったけど、魔法使いを止めることなんてできはしない。
例え止めたとしても戦わなければならない。
強大な力の渦に巻き込まれた者は、無関係ではいられない。
どれだけの絶望が降りかかろうとも。
幕が上がれば