玉座の間に残った守護者達は、今やそこにはいない主の智慧に感嘆の溜め息を零していた。
シモベであるコキュートスと、作戦の顛末を完全に理解した上での計画。王としての才の全てに、頭が下がる思いをしながら。
そうして、話題はその隣に並び立つ存在……新たな至高の存在に移行する。
ブルー・プラネットは、ナザリック……そしてシモベたちを守るために、文字通り命を懸けて戦ってくださった偉大なる戦士の一人だ。その恩に報いるべく、全てを懸けて尽くすべきだという思いが全員の心内で固まっていく。
そんな中でああ、と思い出したようにつぶやくのはアウラだった。
「あの巫女さん、オーレオール・オメガだっけ? どこかの領域守護者なんだよね」
「ブルー・プラネット様がお造りになった、桜花聖域の領域守護者だね。とはいえ、私も知っているのは情報だけで会うのは初めてだったわけだが……」
「あ、ぼく、昨日お会いしました」
守護者達の視線は発言主へと向く。その先にいたのはマーレ――自身に一斉に集まった視線、特にアウラのものにビクリと肩を震わせる。
「なんであんたが……あー、第六階層にブルー・プラネット様が来てたんだっけ?その時にでも?」
「そ、そうだよ、側仕えとして居たみたい。寝所の番もしてたし……」
「先程わたしの階層をご覧になった時もついてきてたでありんす」
つづいてシャルティアがさもその事実を自慢するかのように、あからさまな表情で虚構の胸を張る。
「第六階層と第一階層に? その間の桜花聖域はもぬけの空だったということかね?」
デミウルゴスがその事実を聞かされていなかったのは主にアインズの連絡不足によるものなのだが、そうとは知らず声を上げた悪魔にシャルティアは慌てて答える。
「え? ああいや、そこなヴィクティムに預けていたと聞いていんすけど」
「
ピンク色をした肉塊はふよふよと浮きながら、頷く代わりに身体全体を傾けて上下させる。
目に見えて考え込んでしまったデミウルゴス。その姿に声をかけられるものはおらず、玉座の間には静寂が残る。ナザリック随一の叡智をもつ存在がそこまで考えるようなことがあるだろうか、と守護者のほとんどはそれを見つめた。
「桜花聖域というのは、このナザリックでも特に重要度の高い区画だろう? 何せナザリック階層間の移動というのは、彼女が管理する転移門が正常に機能していなければ成り立たない。そのために造られた存在が、創造主の帰還という一大事とはいえ、そう簡単に持ち場を離れるのはあり得ないと思ってね。……しかし、事実それが許されているのだから……彼女はお二方に信頼されている、という証拠なのだろうね」
シモベに対して創造主と関わる時間を与えてくださるとは、モモンガやブルー・プラネットはやはり慈悲深い存在だと。そしてその信頼はきっと情愛なのだと、デミウルゴスは確信する。かつて耳にした至高の言葉を思い起こせば、ブルー・プラネットが彼女を側仕えとして近くに置きたがるのは当たり前だとも言えた。
もっとも、本当のところはブルー・プラネットはそこまで深く考えて連れ出しているわけも無いのだが。
なるほどと守護者各々が頷き、至高の存在の慈悲深さに感動している中、プシュゥと気体が噴き出す音が響く。
「フゥム……レベルニシテ100。我々ト同ジ強者……ゼヒ、一度手合セ願イタイモノダ」
すぐに戦闘に話が向く辺り、この同僚は女性の扱いを知らないのかな――と、デミウルゴスは内心で妙な心配を抱く。
「まぁ、それは追々ブルー・プラネット様にお願いするより他ないだろうね。しかしその前に――未だブルー・プラネット様にご挨拶が済んでいない者はいるかな? この後ご挨拶に伺うつもりなんだが、同席したい場合は手を挙げてくれたまえ」
挙がった手はデミウルゴスを含め三つ――うまく挙がりきっていないヴィクティムのものを含め、四つだった。
「ああーーー」
「お疲れさま、モモンガさん」
報告会を終え、二人はモモンガの私室に戻っていた。
ふかふかのソファに骸骨が飛び込めば、その衝撃で机の上に置かれた台本がぶわりと散らばる。
「ああああああ」
「あー大丈夫、俺が拾っとくよ」
「ああ、申し訳ないです……今日はほんと、疲れた……」
「かっこよかったじゃない、モモンガさん。みんなの前だとずっとあんな感じなんだね」
「ええ、まぁ……やっぱり、みんなの理想の上司としてしっかり振る舞わないといけないかな、と思って」
頬のあたりを掻くしぐさをするモモンガに苦笑しながら、そんな
「……俺も、ちゃんとしないとダメかなぁ」
「え?」
「ここに戻ってから、モモンガさんみたいに支配者ロールプレイしてないじゃない、俺。しっかりやってるモモンガさんの横でへらへらしてたら、みんなにも失望されちゃうかもしれないし」
抱いている不安。彼らシモベの忠誠は聳えるほど高く、先の集会によってさらに高くなったはずだが、それが絶対であるとは限らないのだ。特にモモンガと違い、一度この地を離れたブルー・プラネットの目の前にあるそれはいつ崩れてもおかしくない。
彼らの信頼に応えられる支配者像。それを作り上げているモモンガのように、しっかりとした上位者を意識すべき――そう考えたのだ。
そんなブルー・プラネットの言葉に、モモンガは腕を後ろで組んでウーンと唸る。
「そんなことないと思いますけどねぇ。ほら、上司にも固いのと柔らかいのがいたほうがいいじゃないですか」
「例えにしては的確だなぁ」
「アインズ・ウール・ゴウン合資会社はホワイト企業です……と、冗談は置いといて。確かに不安はありますよね」
信頼を得るには時間がかかるが、それが壊れるのは何時だって一瞬なのだ。要因になるものは可能な限り排除すべきだという二人の考えは一致していた。
「さっきの集会での雰囲気でいいんじゃないですか? 組織のナンバーツーとして、俺への呼び方は『アインズさん』にして」
「そのくらいでいいのかな……ごめんねモモンガさん、わがまま言って」
「いいんですよ、仲間なんですから。あ、でもこうして二人で話すときはモモンガって呼んでくださいね」
照れ笑いのような雰囲気を見せるモモンガの言葉で、ブルー・プラネットは少しの罪悪感を憶える。
(モモンガさんだって仲間なんだから、もっとわがままを言っていいと思うんだけど)
口に出そうとしたが、アンデッドがよっこいしょとソファから身体を起こした奇妙な光景によって喉の奥へと引っ込んでしまう。
「それじゃ、集会の反省をしましょうか」
「あ、はーい」
今回の集会の目的は主に二つ。ブルー・プラネットが帰還したことを守護者一同に伝え、この場にいない四十一のメンバーに何が起こったのかを説明することと、コキュートスが作戦に失敗し、『どう思ったのか』を聞くこと。それ以外にも、デミウルゴスの牧場の経過報告、ヴィクティムとの顔合わせ、シャルティアへの罰の取り決めがあったが、それらは少しだけ優先度が低い。
結果としては上々だったと二人は確信している。
帰還に関しての言い訳も、守護者達の反応、そしてその後の『アインズ』による宣言により、皆の忠誠は一層厚くなったと感じた。
「あ、ブルー・プラネットさんはあとでオーレオールのこと見てあげたほうがいいかもしれないですね」
ずっと背後にいたオーレオールの姿は全く見えていなかったので確認できていない。アインズの座る位置からであれば見えていたのだろうが、何か彼女に不都合があったのだろうか。
「いや、ブルー・プラネットさんが殺されたって話をした辺りから顔が凄いことになってたので……」
「あっ……」
迂闊だった。できる限り正直に言いたかったから『死んだ』という事実は隠さなかったのだが、一日連れていたあの子の態度から考えれば怒るのも当たり前の話だ。
どうもどこか抜けてしまうのは人間として当たり前と言えるが、上位者としては致命的だ。頭と胃が痛む錯覚がする。
「彼女、あとで私室に呼んでもいいですか」
「ええ、ええ。仕事はヴィクティムに代わるよう伝えておきます」
父親もなかなか大変ですね、と互いに笑いあう。
「……それにしても、コキュートスがあそこまで言ってくれるとは想定外でした」
「やっぱり? 半分黙り込んでたからあわてたと思ったんだけど……台本にはなかったもんね」
コキュートスは敗北から『ならばどうすればよかったのか』を学び、それを言葉にして報告できた。デミウルゴスの助けもあったとはいうが、それが全てだったわけではない。
そして、感心すべきはその後だ。『蜥蜴人をコキュートス自身の手で殲滅してみせよ』というモモンガの言葉に、彼は震えながらも異を唱えて見せた。
本当は、何もなければブルー・プラネットが異を唱える予定だった。蜥蜴人はトカゲでも、ヒトでもない。その生態系や文化には純粋に興味があったから、それを保存して観察、ないしは管理できないかと練習の段階でモモンガに提案したらアッサリ通ったためだ。が、その前にコキュートス……支配者に絶対の服従を示し続けてきた存在が、この状況で。
その内容は『蜥蜴人に慈悲を与えてほしい』。つまるところ、殲滅の回避である。だが、彼一人ではそうすることでのメリットを示すことができず、中途半端な展開のまま、報告会は終わりを見せ――なんてことはなく。
横から口を出してきたのがデミウルゴスだった。賢将たる彼は、コキュートスの論に不足していた正当性を添えることで、コキュートスへの罰は『蜥蜴人の統治』に落ち着いた。
「コキュートスとデミウルゴスって仲がいいんだね? 副料理長に聞いたけど、バーにも二人でたまに行くって話だし」
「うーん、そうだったみたいですね。知らなかったなぁ……とはいえ、これは大きな発見だと思いませんか」
「うん。『彼らはまだまだ成長できる』」
「……俺、このまま支配者としていていいんですかね? 彼らからの忠誠を受けるにふさわしい存在でいられるのかな……」
モモンガが口にしたのはブルー・プラネットの抱いたものとそっくりな不安だった。たびたびこうして彼が不安を口にするようになったのも『変化』だと、ブルー・プラネットは認識している。ギルド長としてアインズ・ウール・ゴウンにいたころは、彼はそうしたものはあまり吐いていた印象がなかった。
「一緒に成長すればいいじゃない。強くなれるのは彼らだけじゃなく、俺たちも同じだよ。モモンガさん」
「……そうですね。よーし、頑張るぞー」
言いつつ今度はベッドに向かってダイブしたモモンガを横目に、ブルー・プラネットははたと思い出す。
報告会で得た一つの違和感――デミウルゴスの言葉だ。
あの後、始めにモモンガがねぎらいの声をかけたのはデミウルゴスだった。彼をなにかと呼びつけ、ナザリックと往復を繰り返させていることを詫び労えば、悪魔は歓喜の表情を浮かべてそれを受け取った。
「お前から預かった皮は、低位のものであればスクロールの作成に使用し得ると報告が上がっていてな。安定供給はできそうか?」
「問題ございません。数は十分に捕らえておりますので」
「皮? 何か動物を使っているのかい?」
「ああ、ブルー・プラネットには説明していなかったか。デミウルゴスには牧場で動物を飼育してもらっている。名前はなんだったかな?」
どうやら名前は決めていなかったようで、デミウルゴスは少し言葉を濁した。
「聖王国両脚羊。アベリオンシープ、というのはいかがでしょう」
「羊! いいじゃないか、なかなか可愛らしいものを育ててるね」
動物を愛するブルー・プラネットの興奮した様子に、モモンガはデミウルゴスと目を合わせて笑んだ。
「私は山羊のほうがいいと思うが……そうだな、その調子で進めてくれ」
そうしてデミウルゴスとモモンガは仕事の話を進めていった……のだが、今になってブルー・プラネットは思う。
羊は主に体毛と肉を利用する生き物である。もこもことした外見の草食動物で愛らしいと思うが、あれほど楽しそうに笑みを浮かべて語る、デミウルゴスのような悪魔には非常に似合わない。というか、皮を利用したいというのに羊を育てるのは、叡智をもって生み出された彼にしては些か非合理ではないだろうか。創造主のウルベルトが見たら溜め息を吐きそうな光景である。
では逆に彼が賞賛するような光景とは――軽く想像して、やめた。彼の趣味を否定するつもりはないが、あまりいい気分はしない。
おそらく羊というのは愛称のようなものだろう。モモンガは何かを知っている様子だったし、その正体とはなにかを聞いてみる。
「ああ、あれですか。
確信を持った様子で、ベッドに転がったまま答えるモモンガはもはや支配者のそれではない。
「具体的には名前を出さなかった辺りから察すると、キマイラの亜種なんじゃないですかね。ユグドラシルだとけっこう種類ごとに見た目が違ったじゃないですか」
「あーなるほど。言われてみれば二足歩行だ」
それなら納得も行く。ちょっと特殊な種族だし、皮に魔法を込められるのもうなずける話だ。
それでも、悪魔が楽しそうな表情を浮かべるにしては微妙なラインだと思うのだが……。
「さて、明日はいよいよ出陣ですから、我々も準備しましょう。なんやかんやブルー・プラネットさんは初外出でしたよね?」
「そう、そうなんだよ! 蜥蜴人の集落は大森林の中、しかも湿地帯にあるんでしょ? たのしみだなぁ」
うおおと無駄にスクワットを始めたブルー・プラネットの後ろ姿に、モモンガはかつてのギルドにて暴走した彼の姿を重ねる。友の行動を縛るような真似は出来る限りしたくないが、それでも心配なものは心配なのだ。
「シャルティアを洗脳した連中が見張っていないとも限りませんから、暴走してどこか行っちゃうとかは止めてくださいよ。ちゃんとどこに行くか伝えてからですからね」
「モモンガさん……お母さんかな?」
「父親になった上に母親まですることになるとは……うごごご」