蒼い惑星、地下大墳墓に転移する   作:天休観測

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歓談

 オーレオール・オメガは、創造主直々に呼び出された私室の前で深呼吸した。そこは至高なる存在の居所であるというのに、オーレオールとの会談のためだけにメイドはおろか、私室前の警護や八肢刀の暗殺蟲ですら人払いされていた。

 万に一……もちろんそれもあり得ないと思っているものの、非常事態には御身を守る盾がなければならない。口に出せば御方が不快になるということはわかっているので進言など出来ようもないが、しかしそんな無防備はある種の信頼ともいえる。

 『オーレオールであれば自分を害することはない』という信頼だ。御身を害するはずが微塵もないというのに、喜びは気を昂ぶらせる。

 そんな緊張と歓喜で乱れた魂を抑えるためにも、もう一度深呼吸。

 

「失礼いたします」

「はい、どうぞ。入って」

 

 四度のノックの後、返ってきた言葉で扉を開く。

 豪奢な部屋には至る所に観葉植物が配置されており、部屋の主の趣味が窺える。家具を構成している素材も多くは木だ。偉大なる創造主の趣向を凝らした部屋、そこにふわりと漂う香りは御方のものだ。意識を保とうと数瞬動きが止まってしまうが、その間にソファに腰かけていた御方は立ち上がる。わざわざこちらへ向かってきてくださるのだと気づき、その手を煩わせないためにもそれよりも先に敬意をこめて礼を取った。

 

「オーレオール・オメガ、ここに参りました。今回は如何な御用でしょうか」

「ああ。先の集会の件、あれだけではわからないこともあるだろう。何か聞きたいことがあるんじゃないかと思ってね」

 

 至高の御方々がお隠れになった理由――それを聞いて、腑に落ちた部分と、煮えくり返った部分とがある。

 我が愛しい存在である創造主は、何者かによって『殺された』ことによりここに帰還したという。ならば、その帰還を喜んでしまったのは不敬にあたるのではないか。創造主が殺されたということを知らず、軽率にも喜んでしまうなど――そう思うと、創造主を殺した何者か、そして自分自身に対して怒りを覚えずにはいられなかった。

 

「質問、など――不敬ではないでしょうか」

「まぁ、そうだね。普通だったら訊かれたくないこともあるけど……オーレオール。君にはその権利があると俺は思ってる」

「権利、ですか?」

「転移したばかりで何も説明しない俺に、君は忠誠を捧げると言ってくれた。それを受け取った俺は、君にまだ返し足りない部分があるからね」

 

 捧げた忠誠に対して返していただくなど恐れ多い、と言おうとしたがそれは挙げられた手によって制される。

 

「そういうごちゃごちゃとしたやりとりがしたくて、君を呼んだわけじゃない。君からの質問がないというのなら俺は出陣の準備をして明日に備えるだけだ。それでいいのかな?」

「い、いえ! お待ちください!」

 

 オーレオールは必死に頭を回転させる。至高の存在が貴重な時間を割いてまでこの場を用意してくださったというのに、無駄を生むのは確かに不敬で不遜な行為だ。何を尋ねればいいのか巡らせた思考の海の中は訊きたいことが多すぎて、口は空回ったままだ。

 そんな様子を、目の前の創造主は優しく微笑みながら待ってくれていた。

 

「まぁ、一旦落ちつこうか。色々とわかって混乱していることもあるだろうしね、あれはそれだけの内容だというのはアインズさんと話し合っていてわかったよ」

「は――申し訳、ありません」

「ん、良く考えたらこれは話をする姿勢とは言い難いな。オーレオールも座って話そうじゃないか」

「ブルー・プラネット様!」

 

 いいから、と恐れ多くも創造主はソファを下げ、そこに座るようにと蔦の先で示した。本来女中が行うべき行為だが、それも今は部屋の外。やはり断り自分が椅子を引くべきと思うのだが、それも創造主の願いなのだから断ることこそが不敬になる。平静を装うとするものの、どうしても緊張が現れてしまい、席に着くさまは恐る恐るといったものになってしまう。テーブルを挟んで反対に座ったブルー・プラネットの表情は、相変わらず優しいままだ。

 

「さて、こうして座るだけじゃ物足りないな。茶を出すとするか」

「それならば私が――」

「座ってなさいって。何を訊くか決めないと、日が落ちてしまうよ」

 

 そう言ってブルー・プラネットは空間からいくつかの茶器と小箱を取り出し、テーブルの上に並べはじめる。それから備え付けの無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)を持ち出した。

 

「こうして飲み物を作るのも久しぶりでね。製作スキルが使えるかという実験も兼ねてるんだ」

「はぁ……」

「君たちで言う至高の四十一人。俺の仲間たちとも、よく茶会や飲み会を開いてたなぁ。俺はマトモな品を出せる側のメンバーだったから、よく作ったものだ」

 

 懐かしむような声とともに、ポットの中に薄紅色の乾燥した花弁を入れ、水差しからトクトクと水が注がれる。

 少しだけ広がったのは、いつも第八階層に咲き誇っている花の香り――それより少しばかり、甘いものだった。

 

「……よろしいでしょうか、ブルー・プラネット様」

「うん。作業しながらで良ければ、かまわないよ」

 

 その慣れ親しんだ香りと、優しい創造主の返答に後押しされたように、覚悟を決めて言葉を紡ぐ。

 

「……ブルー・プラネット様を殺した敵とは、何者なのでしょうか」

 

 至高の存在を、何よりも愛すべき存在を傷つけた者がいる。その事実は、常に静寂を旨とすると設定された巫女の心に嵐を巻き上げ、黒く、赤く燃え上がる何かを目覚めさせた。

 それが殺気として漏れ出すことのないように必死に努め、緋袴をぎゅっと握りしめる。震える声で尋ねたが――返答はない。

 よもや質問を間違えたかと顔を上げると、そこには真っ白な湯気を立ち昇らせたティーカップが、ソーサーに載った状態で差し出されていた。

 突然のことに混乱してその手の主を見ると、もう片方の手でカップを仰いでいる。

 

「うん、これは良い出来だ。他人に出しても問題はなさそうだね」

「あの……ブルー・プラネット様……?」

「それを飲んだら、答えるよ」

 

 至高の御身手ずから作られた物を口にする……。例えそれが死するほどの猛毒であったとしても、オーレオールは喜んで飲み干すだろう。御方直々に死を与えられるのなら、それは何にも勝る褒美だ。あまりの光栄さに手が震えるも、ぎゅっとそれを抑えてソーサーを受け取り、カップを取って口をつける。

 温かく、甘い。桜の香りが広がった。思わず頬が緩むと、目の前の至高の御方がクツクツと笑った。

 

「やっぱり君は、その表情が一番だよ。怒りだとか憎しみだとか、そういうのに歪められたらもったいない。かわいいんだから」

「かっ――お、お戯れを」

「かわいいかわいい。傲りこそしてはいけないが、誇っていいよ。君は桜のように可憐な存在として生み出されている。俺も、君と桜花聖域が完成した時には四十一人全員に自慢して回ったくらいだ」

「かっ、う、うう……」

 

 火照った頬と、額に手を当てる。眉間にしわが寄ってはいないか。せっかく御創りいただいたこの顔が歪んではいないかと、つい確認してしまう。

 

「さて、敵か。そうだなぁ……正直に言えばね、俺にもそれはわからない」

「は――」

 

 あっけらかんとした様子で言うブルー・プラネットに、オーレオールは呆けた表情を見せてしまう。

 

「いや、これが本当なんだよ。嘘だとかを吐くつもりはなかったんだが――ああ、そうか。殺されたという表現が不味かったのか。例えば、そうだな。オーレオールはちょっと強靭だけど『人間』だろう? 普通の人間は脆く、弱い。それは知ってるね?」

「は、はい」

 

 創造主はソファに深く腰掛けた。ギシ、という音が静かな私室に広がる。

 

「俺は『リアル』では、その人間と同じ程度の存在だった。そして、そうだな。理想を追い求める最中、高い崖から滑落し――死んだ。そんな感じ」

「事故死――ということですか?」

「そういうことになるかな。『事象』が犯人であるとすれば、殺されたというのも間違いでは無いのかもしれないけど」

 

 最大限に含みを持たせてみたが、全部事実である。モモンガから『すべて正直に話すのは勘弁してほしい』と言われているので、彼との折衷案がこれだ。

 

「まあ、それ以上はちょっと言えない。けど、『俺にもモモンガさんにも具体的には答えられないような脅威』に襲われた、と思ってもらって構わない。そして、それはもうここに襲ってくることはない」

 

 そういう風に処理したからね、と茶を煽るブルー・プラネットに、オーレオールは感嘆し、安堵した。

 勘違いだったとはいえ、創造主は死にこそすれ、殺されたわけではないという。しかし、結果他の至高の存在を助けることはできなかった――故に、敗北であると言ったのだ。

 なんと慎ましくも、勇敢な方なのだろう。

 

 それから、オーレオールはブルー・プラネットから尋ねられたいくつもの質問に答えていった。ナザリックでの仕事はどうか、とか、姉妹についてはどう思うか、とか。話題には事欠かず、時にはこちらからも質問する。

 一通り話し、茶器が空になった頃。創造主は息を一つ吐いた。

 

「本当は、死んでも戻ってこられないと思っていたんだけどね」

 

 どこか遠くを見つめながら、ブルー・プラネットは誰にでもなく呟く。

 

「運命のいたずらか、それとも仲間の誰かの魔法なのかはわからないが、ここに戻ってこられたわけだ。あとは君も知っての通り」

 

 カップから漂う白煙の向こう側、創造主の表情から受け取った感情。

 問わなければ。なぜそのような表情をされるのです、と。しかしそれは――

 

「ブルー・プラネット様――」

 

 

 

 ――四度、扉を叩く音によって阻まれた。

 

 

 

「んん、誰だろうな? オーレオール、悪いけど見てきてもらえないかな」

「……かしこまりました」

 

 オーレオールはソファを立って扉を開く。そうして戻ってくると、外にいた人物について報告した。

 

「第七階層守護者デミウルゴス様、及び第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラ様、第八階層守護者ヴィクティム様、第五階層守護者コキュートス様。以上四名、御挨拶のために謁見したく参ったとのことです」

「わかった、入ってもらうように言ってくれ」

 

 カップやらの小道具をしまい、リビングに集った四人の守護者を見る。先の報告会では平伏した状態でしか見られなかったので、立ち姿というのは存外に新鮮だ。

 というか、全員見た目がバラバラすぎて違和感しかない。スーツを纏ったビジネスマン、巨大な甲殻蟲、ボーイッシュな少女、羽の生えた肉塊。そして脇に控えるは巫女。なんだこれ。

 

「ご歓談中失礼いたします。守護者一同、謁見をお許しいただき光栄の極みでございます」

「うん、気にしないで。彼女との――ああ、彼女はオーレオール・オメガ。桜花聖域の守護者で、俺が造った子だ。仲良くしてあげてくれ。彼女との話も一段落したところだったからね」

 

 一礼する巫女、守護者もそれに応えるように軽く挨拶する。

 

「今回は、報告会の前にご挨拶できなかった謝罪をしに参りました。では皆、忠誠の儀を」

「ああ、いや。申し訳ないがそれはいいよ。明日の出撃の準備で皆忙しいだろうし。こうして挨拶しに来てくれただけで十分、君たちの忠誠はわかったつもりだよ」

「ハッ――」

 

 デミウルゴス達は礼のみ行い、言葉に出さない分態度に一層の忠誠を乗せた。

 

「というのもね、単純に会える守護者から優先しただけの話なんだ。先に会えたからどうの、後だからどうのと言うつもりは無い。君たちがアインズさん、引いてはナザリックのために働いてるのは知っていたからね。邪魔になっちゃいけないだろう?」

「滅相もない! ナザリック内で御方を邪魔者扱いする者がいるでしょうか!」

「……デミウルゴス。先の報告会でも聞いたが、本当によく働いてくれているようだね。アインズさんの負担が減るように、助けてあげてくれ」

「ハッ、かしこまりました! 至高の御方からの激励、しかと頂戴させていただきます――」

 

 守護者の諸君は本当に忠誠値が高いようだ。モモンガの言っていた通り、中でもデミウルゴスはそれが強いように思う。

 次に声をかけるのは、隣でらんらんと目を輝かせた少女。

 

「アウラ。第六階層は気に入ってくれているかな?」

「もちろんです! 夜、寝るときにはいつも、あの星空を見ながら寝ていますから!」

「うんうん、よかったよかった。あ、マーレに第六階層を案内してもらった時に話していたんだが、よければ今度、君のペットたちを紹介してほしいんだ。どこか仕事が一段落したら、連絡してよ」

「は、はい! 必ず、近いうちにご連絡いたします!」

 

 へへ、とアウラは元気よく笑う。やはり顔は双子らしくよく似ているのに、性格は真反対と言ってもいいくらいだ。ぶくぶく茶釜もきっと満足することだろう。

 そして次は――

 

「――ヴィクティム。オーレオールを借りている間は申し訳なかったね。挨拶も遅れてしまった」

くりね(お気に)りもえぎきみどりに(なさるようなことは)はくじこく(ありません)たんしんしゃき(。部下の仕事を)みどりひとくわぞめ(代わっただけのこと)あおみどりぼたんうのはなあおむらさきちゃはい。あおぞうげときわだいだいひとくわぞめぞうげそしょくおうどやまぶきやまぶきときわひとくわぞめ」

「いやいや。これからも何度かあるかもしれないからね、よろしく頼むよ」

 

 彼の種族は天使である。友人で、アインズ・ウール・ゴウンの軍師ぷにっと萌えの考案した足止め用爆弾ともいうべき存在だ。

 ゲームの頃と違って、この世界では彼にも意志がある。能力のために殺してしまうのは忍びないが、万に一のこともある。報告会ではモモンガと合わせて謝罪をしたが、ここでももう一度謝罪した。

 最後は、コキュートス。

 

「コキュートスは、残念だったな。明日の戦いを楽しみにしているよ」

「ハッ。ゴ帰還早々見苦シイ姿ヲオ見セシタコト、深クオ詫ビ申シアゲマス」

「気にすることはないさ。――そうだ」

 

 こういう時にこそ飲ミニケーションなどという言葉があるのだろう。飲食不可のモモンガに代わってこういうことをできるのも、ブルー・プラネット独自のやり方と言える。

 

「罰をしっかりと終えたら一緒に酒でも飲もうじゃないか。君もバーにはよく行くんだろう?」

「ナ、シ、シカシソレハ――」

「ああ、もちろん君だけじゃないさ。デミウルゴス、アウラ、ヴィクティム、オーレオール――ここにいる者だけで、秘密にな」

 

 一本指を立て、『しー』と内緒のポーズをとれば、守護者一同の表情は緩む。

 もちろん遠慮したい人はしてもいいからね、と言えば全員がすさまじい勢いで『参加します』と食い気味に言ってくるから彼らの忠誠心はこわい。

 

「さて、そういうことだ。 そろそろ明日の出陣に備えようじゃないか。俺へのあいさつを優先した結果、準備が遅くなった――なんてことになれば、モモンガさんに怒られるのは俺だからね」

 

 さぁ行った行ったと手を振ると、一同は礼をして扉から出て行った。一人一人の礼を含めた動作は個性的で、ああそういえばあの人はそんな動きに設定していたっけと昔を懐かしんでしまう。

 最後に出ようとしたデミウルゴスの後ろ姿を見て、そういえばと疑問を投げかける。

 

「ああ、デミウルゴス」

「はい、なんでしょうか。ブルー・プラネット様」

「……牧場の件だけど、ええと……ウルベルトさんに誇れるような仕事ができているかい?」

 

 あえて、遠回しに聞いてみる。これの答え次第では結果がわかるが――

 

「ええ、勿論ですとも。ですが、至高の御方にお見せできるように、誠心誠意、邁進して参ることを改めて誓いましょう。」

「あ、そう……ありがとう、行っていいよ」

「はい。ブルー・プラネット様の『お望み』を叶えられる日も近いと確信しております。それでは、失礼いたします」

 

 あれは悪魔の笑顔だ――。牧場の正体を何となくつかんでしまったことに頭が痛くなるようだった。というか、多分それはブルー・プラネットの『望み』じゃあない。動物園でも作るつもりなのだろうが、その動物はそこまで好きになれない。

 

 なお、デミウルゴスの叶えようとしている『望み』の真の意味を知ったブルー・プラネットは驚愕に顔を白黒させるのだが、それはしばらく先のことである。

 

 最後に残ったオーレオールにも桜花聖域の仕事に向かうよう伝える。

 

「明日はヴィクティムも出陣するからね、パンドラやニグレドと監視体制を整えておいてくれ」

「かしこまりました……」

「ほら、笑顔笑顔」

「は――は、はい」

 

 にっこりと笑顔を交わして、扉を閉める。

 

「はぁ――」

 

 やっぱり上位者というのは肩が凝る。床に転がりながら思うブルー・プラネットだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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