ユグドラシルでの開墾は、先ず樹木、石や骨等の不要オブジェクトの撤去から始まる。そうしてある程度の敷地を造り、鍬や魔法で耕し……と工程は続くのだが、最初の撤去の工程は魔法や特殊技術で省けないため、それを手間に思うプレイヤーも多かった。『農家』とあだ名のつけられた物好き以外のほとんどは、村やダンジョンに
さて、このザイトルクワエ跡地でもそれは例外ではない。魔樹が占拠して以来長い時を経て、不要物の多いこと多いこと。これをまとめて耕作魔法で巻き込んでしまえば、後々の作物の生育に支障をきたすのは間違いない。より良い畑を望む者として、責任を持って丁寧な不要物の除去を行わねばならない。
とはいえ、敷地の広さから考えれば時間がかかるのも明白。人数も六人のうち二人は別仕事を担当することを考えればそれは膨大だ。ブルー・プラネットからすれば時間の許す限りいくらでも続けていられる作業だが、これが仕事であるということを忘れるわけにはいかない。短縮できる時間は短縮すべきだろう。
「うんうん、良く働いてるな」
いくつもの岩を身体で抱えながら、ブルー・プラネットは作業に励む
二つは八肢刀の暗殺蟲、一つはピニスンのものだ。
残りの十八は奇妙な声を発する、切り取られた根っこに枝の手足が生えたような化け物……
彼らはブルー・プラネットの特殊技術〈下位魔植物栽培〉によって創造された存在だ。様々な植物系モンスターを造る能力は戦闘に利用できるものが少なく、主にこうした畑の管理担当に使うのがブルー・プラネットの定石だった。ありがたいことに数だけは多めに生み出せるので、足りなくなるであろう人手をこの世界でもこれで解消できないか、と試してみたところ想像よりうまく行っているのでほっとした。これでダメだったならば、わざわざモモンガに申請してアンデッドを拝借することになったわけで。
こちらは順調も順調と言ったところか。残る二人、警戒用の結界張りを任せたマーレ、この敷地に撒くミミズやケラを集めてくるよう頼んだエントマ。緊急連絡もないことから、そちらもおそらく順調なのだろうけれど……。
「……ん」
噂をすれば何とやら。気配を辿れば、話題の二人が全速力でこちらへ近づいてきている。
どちらの表情にも特段の焦りはないので、火急の用事というわけでもなさそうだが……。
「やあ二人とも、任せた仕事は済んだかい?」
「は、はい! 僕の方は問題なく……」
「私の方もぉ、御用命いただければ即座にここに集まるよう待機させておりますぅう。ただ、お耳に入れておくべきことがございましてぇ」
「ふむ」
エントマが周囲の探索を行った際、東の地点でオーガが出入りする穴を見つけたらしい。周囲の木は切り倒されていたことからおそらく住処らしいがどうするか、という話だ。
(オーガ……オーガなぁ)
野生のオーガというのはどうも、頭が悪そうな印象があって好きにはなれない。見つけてしまったからには危険性があるかどうか判断しなくてはならないが、果たしてどう転ぶか……。
「エントマが自分と比べた力量差はどう見えた? 嘘偽りなく答えてくれ」
「問題ありません。お申し付けくださればぁ、私一人でも制圧して見せますぅ」
甘ったるい喋り方と、目だけがらんらんと微笑みを湛えている。冗談でも『じゃあよろしく』などと言えば、きっと彼女は口の周りを真っ赤に染めて帰ってくるに違いない。……もちろん返り血で。
しかしながら、その程度の相手ならばわざわざモモンガに連絡を入れることもないだろう。火急ではないとはいえ、近所で大規模開墾をしているのだから挨拶はするべきだ。直接行って交渉するとしよう。
「それじゃあ、エントマにそこに案内してもらおう。マーレは
返事は軽快に揃う。オーガ達とはぜひとも有効な関係を築ければいいものだ。
(そしてあわよくば労働力ゲットだ)
どうか相手が、交渉できる程度には知性ある存在であることを願って。
いつだって、願いというのは儚く切ないものだ。
エントマに連れられ、到着したのは跡地ほどではないにしろ、蹂躙された大地。倒された木々、焦げ付いた土壌にふわりとした怒りが噴き出す。
「ゆるせぬ……」
よくよく見ればそれは何か建造物を構築しようとして、途中で挫折したようにも見える。だからと言ってその後のアフターケアもできないのなら、理不尽な破壊としか言いようがない。これだけ美しい森を盛大に破壊することが知性ある者の行いだとは、ブルー・プラネットには到底思えなかった。
「ブルー・プラネット様をご不快にさせるなんてぇ、いますぐにでも殺しましょうかぁ?」
エントマの唐突な言葉で、表出した怒りが引っ込んだ。
「いや、いや」
自分にも言い聞かせるように、ブルー・プラネットは首を横に振る。
「木々を蔑ろにしたのは許せないことだけど、何か特別な事情があってこの状況になった可能性もある。交渉次第では我々の貴重な協力者になるかもしれないわけだし、あまり逸った行動はやめておくべきだよ。エントマ」
「かしこまりましたぁ。出過ぎた発言をお許しくださぃい」
「構わないともさ」
エントマの口元はにんまりと歪んでいた。仮面蟲の背が身動いだときの動き……フレーバーテキストにはそんなことが書いてあったか。設定だけの動作だったが、こうして実際目にすると中々に愛らしい。
「で、連中はあの亀裂の中かい?」
「はいぃ」
生理的に嫌悪感の残る臭い立ち込める洞窟。あまりの臭気に、さらに内部の生物への知性評価がワンランク下がる。
あまりきれいなところではないし、正直エントマを連れて行きたくはない。彼女の衣装デザインはホワイトブリムの御手製だ。汚してしまうのは忍びないし、おそらくブルー・プラネットが行くと言えば彼女もついてくることだろう。
「ム」
気づけば、きぃきぃと何事か
確かに、ユグドラシルでも先ずは案内役だとか壁用に召喚したモンスターを先行させるのは定石だった。
「じゃあ、よろしく頼んだよ」
というわけで、精一杯片腕……片枝を伸ばしてアピールしている九体の
「ブルー・プラネット様ぁ」
エントマが変わらず甘い声をかけてきたのは、そんな根っこたちの後ろ姿がすっかり洞穴の暗がりに消えた頃だった。
「何だい?」
「リビング・ルーツ達は、オーガと意思疎通できるんでしょうかぁ?」
「……あっ」
その素朴な疑問で、ブルー・プラネットは自身の迂闊さを呪う。空の太陽は橙色になりかけているというのに、吹き抜けた白い風が驚くほど冷たく感じた。
「大丈夫、多分大丈――」
『ナンダ! オマエラ!』
『ガァアアアア!!』
洞穴の奥から響く、困惑の声と悲鳴。
ブルー・プラネットにできることと言えば、顔を覆ってその場にしゃがみこむことだけだった。
洞穴内の喧騒が止み、ブルー・プラネットが立ち直ったのはそれから十分ほどが経ってからだ。
闇の中を、巨大な何かが歩み出てくる。体長二メートルほどのブルー・プラネットよりもでかい影は、合計で六つ。ようやく視認できたその姿は妖巨人――トロールのものだった。その後から、オーガが数頭ぞろぞろとついてきている。その中に、リビング・ルーツの姿はない……ブルー・プラネットは心の中で手を合わせた。
その集団の中でも一際大きい、先頭に立つ者。おそらくこの中でも最も力のある存在だ。それが、咆えつけるように叫んだ。
「何者だ! 東の地を総べる王、グ、に喧嘩を売るとは!」
歪みきった醜い顔をさらに歪め、おう……ぐ?はそこに浮かべた怒りの色を濃くする。
「いや、申し訳ない。俺――私の部下たちが粗相をしてしまった。森の中央の砦を知っているかな? それに関係する者だ、と言っておこう。オウグ?よ」
「グ! だ! 邪魔者どもめ! あの蛇がゴチャゴチャとうるさく言わなければ! お前らを殺しに行くところだった!」
「……あー、なるほど。重ね重ね申し訳ない、グよ」
グ、はどうやら砦に対して良い感情を持っていないらしい。非常に頭の悪い罵声をしこたま吐きかけられたが、まぁ地元に突然そんなもの建てられたら機嫌も悪くなると思う。エントマが今にも連中をバラバラにしようと震えているのをなだめながら、ブルー・プラネットはどうにか言葉での交渉を試みた。
「と言っても、私はその近くに畑を作っていてな。君たちさえよければ、食料を提供する代わりにそこの手伝いなんかをしてくれると良いなと思っている。仲良くしよう」
「畑!」
トロールとオーガ達が一斉に笑う。つられてブルー・プラネットも笑ってみたが、どうやら相手の笑いが嘲笑の類だと気づいたのはひとしきり笑ってからだった。
「軟弱な魔樹の手下どもめ! 草でも育てているのか!? 下らんな!」
「――あ?」
フッと、ここに来て初めて抱いた感情が再燃する。
――今、何と言った?
「俺たちが食うのは肉! 骨! 木の実だの草だのを食うのは臆病者のすることだ! それを大事に育てたりするお前たちも臆病者だ!」
トロールたちが、共鳴するように下卑た声を上げて嗤い出す。
「俺たちが臆病者に従うものか! お前たちをバラバラのズタズタにしたら、次はその畑とやらをぶっ壊しに行ってやろう!」
「――ほう、ほう」
自分でも驚くほどの低い声。まるで地鳴りのようなそれが響くと、トロールたちの嘲笑は即座に止んだ。
キチキチと、後ろに控えたエントマの全身からも威嚇音が聞こえてくる。
「バラバラの、ズタズタか。それは俺を殺すということか?」
「当たり前だ! このグに喧嘩を売って、生き残った者などいないのだからな!」
もはや擁護のしようもない。蹂躙された大地はこの木偶の坊が無駄にした生命だった。森を、自然の価値を貶め、冒涜した目の前の肉塊と協力しようなどと思ったのが無駄だった。
「よし、ならやろうじゃないか。喧嘩をしよう。全員でかかってきたまえ……ああ、エントマ。手出しはしないこと」
「フン! お前など一人でも十分だが……お前達! こいつを殺れ!」
雄叫びを上げ、巨人たちが次々にこちらへ得物を振りかぶる。
腕力に任せた、猛烈な袋叩き。地面が揺れ、乾いた大地から土ぼこりが上がる。横たえた丸太が少しだけ転がった。
「うん、まぁそんなもんだろうね」
「ガ……?」
「ウゥ?」
ブルー・プラネットの身体からは、葉一枚たりとも落ちていない。慌てた一頭が、再び棍棒で蔦の怪物を殴りつけた。一瞬怯んだトロールたちもそれに続く。が、どれだけ叩いても叩いても、まるで大地に棍を振り降ろしているようにびくともしなかった。
次第にその攻勢は衰え、ついに誰一人としてブルー・プラネットを殴るものはいなくなった。
ブルー・プラネットが一歩踏み出せば、トロールたちは一歩後退する。しかしその中でグだけは、高笑いと共に一歩踏み出してきた。
「防御だけは一人前か! だが攻撃しないあたり、やはり臆病者だな! お前達は見ていろ!」
その醜い表情は自信に満ちている。今までの連中の得物と違い、その手に握られていたのは巨大すぎる大剣、グレートソードと呼ばれるものだ。どうやら魔法、それも毒の類が備わっているように見える。
グはそれを横薙ぎに大きく振り払った。ブルー・プラネットの胴は真っ二つに――なるはずもなく、しかし弾かれるでもなく。
ただ、それは身体そのもので受け止められた。
「――ぬう!?」
「植物系のモンスターに斬撃系の武器を使うのは良い判断だ。大概は弱点に設定されてるからね。――それでも、君如きじゃ俺には傷一つつけられないだろうけどな」
グは幾度も幾度も剣で切り付け――実際には切れていないから叩きつけとなんら変わらないが――続ける。それを意に介さず、ブルー・プラネットはただただ笑顔でグを、周囲のトロールたちを眺めた。トロールたちの表情は困惑から、徐々に恐怖へと変わっていく。自分たちのボスでも太刀打ちできていないことで、ようやく力量差を把握したらしい。
「ま、もう何もかも遅いわけだけど」
いい加減うっとおしくなったので、アイテムボックスから引っ張り出した
「があぁあああ!!」
「俺はたいへん怒っている。理由はいくつかあるが、君たちが森に住む者としてあまりに森を理解していなさすぎること――それが第一だ。大丈夫か? まさか王を名乗るものがその程度で死んだりはしないだろ?」
言うが早いか、奇妙にもグの腹部に空いた風穴はぶくぶくと泡立つように発生した肉で徐々に埋まっていた。トロールの種族特性、再生能力だ。
(――実に興味深い。強さの程度が知れたこの世界で、パッシヴの再生能力? 主になったのもあながち間違いではなさそうだな……。アレも生き物である以上栄養豊富だろうし、その身体に種を植え付け成長させたり? もしや永久の肥やしとして利用できるんじゃないのか?)
だが、利用法などは二の次だ。今は唯、奴らに森の尊さを、恐ろしさを教えてやらねばならない。
――しかしまぁ、よくよく考えればそんな時間も惜しい。こんな奴らに構っている暇があれば、畑仕事に精を出したいところだ。
「仕方ない。エントマ、転移門のスクロールを」
「かしこまりましたぁ」
エントマが巻物に封じられた魔法を解放している間に、恐怖に支配された連中を蔦で捕縛していく。ただ一体、グを除いて。
「さてさて、東の地を総べる勇敢な王とやら。弁解はあるかな? 臆病者の俺の大好きな畑を馬鹿にしておきながら、俺に傷一つつけることができない勇敢な王よ」
「お、前、何をした? 魔法か?」
「いやぁ、魔法じゃない。俺は何もしていない。君が弱すぎるだけじゃないかな?」
「――がぁあああ!!」
手放していた剣をとり、再び叩きつけにかかる。それを受けながら観察すれば、腹部の穴は完全に塞がっていた。見事なものだと感心していると、エントマの甘い声が届く。
「ブルー・プラネット様ぁ、準備が整いましたぁあ」
「ありがとうエントマ。転移先は君のおやつ部屋だ、その辺の連中を放り込んでおいてくれ。俺はもう少しこいつと遊ぶことにするよ」
「はぁい」
「ぐぉおおおおおお!!!」
喧しく叫びながら、なおもグは武器を振るう。エントマはその間に、拘束されたトロールたちをおやつ部屋――黒棺直通の転移門へと放り込んでいく。彼らには再生能力を生かして、かの眷属たちの小腹を満たしてもらうとしよう。
そして、この目の前の勇敢で学習しない王にも。
ブルー・プラネットは上機嫌に鎚矛を二度振るい、グの腕を吹き飛ばす。大地に飛び散った骨と肉の欠片がぴくぴくとスライムのように震えていた。
「ぐ、ぅうううう!!」
「ほうほう、やはり再生が早いな。それならこの森でもそれなりに腕が立ったことだろうね」
「何だ! 何なんだお前! 臆病者のくせに、俺の攻撃が効かないなんて――」
「ああ、はいはい。それしか言えないのなら君はもういいや。恐怖公に森の素晴らしさをしっかりと説いてもらいなさい」
中身の詰まっていなさそうな脳天めがけて振り降ろした鎚矛が、騒音を止めた。そうして出来上がった肉団子を転移門まで放り投げ、エントマに二つ目の巻物を開かせる。解放された魔法は『伝言』だ。
『おお、ブルー・プラネット様。ご機嫌麗しく存じます。先ほど何体かトロールたちが送られてきましたが、その件ですかな?』
「うん。唐突で申し訳ないね、恐怖公」
『何を仰いますか。私などには図りかねますが、御身のお考えあってのことでしょう。謝罪など勿体のうございます』
恐怖公の声色には、何やら憂いや気遣いととれるものが乗っていた。本当はただの、子供じみた癇癪のようなものが原因なのだが――正直に言うこともあるまい。
ブルー・プラネットも、大概わがままなのだ。
『それで、この肉は全て戴いてよろしいのですかな?』
「ああいや、再生能力で賄える程度においしくいただいてやってくれ。再生能力がないものについては好きにしてよし。トロールの方は後々利用するかもしれないからね」
『かしこまりました。眷属たちが喜んでおります、次回の訪問の際にはさらに元気な姿をお見せできますぞ』
「それは楽しみだ……あ、一際デカい奴は自然を蔑ろにするような奴だ。しっかりと教育してやってくれるとうれしいな」
『なんと。それはいけませんな、実に不敬な。誠心誠意教鞭をとらせていただきますとも』
「うん、よろしく。それじゃ」
伝言が切れる。
森一帯は、まるで死んだように静まり返っていた。
「さて、戻ろうか。畑仕事で気分転換と行こう。……人手は少し減ったがね」
「申し訳ございません、ブルー・プラネット様ぁ」
「エントマのせいじゃないさ。いずれ連中とはぶつかってただろうし。早く戻ろう」
日は傾きかけている。濃く、飴色に近づいた光が溶け入った森を、行よりも人数の少ない隊列で帰るのだった。