蒼い惑星、地下大墳墓に転移する   作:天休観測

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停滞

『森』と『林』の違いをご存知だろうか。

 

 もちろん、木が多い少ないなどという話ではない。それはおそらく漢字の形からくる視覚的なイメージなのだろうが、『もり』と『はやし』という言葉の音自体は漢字伝来よりも前から使われていたのだから、本質的な意味とは異なっている。勿論、木が集い林に成り、さらに木が加わることで森と成る……そんな字の出来方の美しさと無駄のなさに心躍らないわけもないが。

 

 さて、その結論はとある資料……1世紀前に林業を営んでいた男が所有していたものに書かれていた。ブルー・プラネット自身も時折見直すのだが、初見では手鼓を打って納得したのを憶えている。

 『はやし』は人の手の入ったもの、『もり』は人の手の入っていないもの。そういう区分なんだそうだ。

生まれてこのかた直接は見たことがないのに、どこか腑に落ちるその結論はブルー・プラネットの記憶に残っている。

 だから、『グ』を排除したことで、この森が林と同一になってしまうのでは……そんな、実際に口に出せば九割の相手を困惑させるだろう他愛のない方向に思考は脱線していた。そもそもこの地の名前が『森林』だったことに気付くまでの、数十秒間の脱線である。

 

『東の巨人……ですか』

 

 〈伝言〉に返ってきたモモンガの声で、ああその話をしていたんだっけと思い出す。

 

「うん。事後報告になって申し訳ないけど、耳には入れておこうと思って。黒棺に放り込んであるから、アインズさんの良いように使ってよ」

 

 森のお掃除後、ザイトルクワエ跡地に戻ってからの定時連絡。畑の方に視線を向ければ、未だリビング・ルーツ達が作業に精を出している。

 外に出ている間は定期的に連絡を入れることを忘れないように、とモモンガ(母親)から耳が痛くなるほど言われていて、今まさにそれを実行中というわけだ。

 しかし、伝言の向こう側のモモンガの反応はあまり芳しくない。煮え切らないというか、歯切れが悪いというか。

 

(もしや、何か拙かったかな?)

 

「アインズさん、大丈夫? 何か不都合でもあった?」

『あぁいや、違うんですよ。こちらこそ申し訳ないです。実は、東の巨人のことはルプスレギナから報告を貰ってまして。ちょうど今夜、アウラを伴って接触するつもりでした』

 

 どうやら、以前カルネ村近辺で救ったゴブリン――アーグとか名乗っていたか。彼と、その部族を襲っていたのが、その東の巨人の手下達だったんだそうな。

 トブの大森林を治める魔物たち。縄張りごとに分けて数体存在する、そのうちの一体が『グ』。他には西の魔蛇、そして南の大魔獣ことハムスケなどなど……この森には、我々にとっては貴重な研究対象になり得る存在が多い。

 ハムスケのように、うまく支配下に置ければ儲けものだ。だからこそ、アインズ直々に出向いて彼らと交渉するつもりだったらしい。それが、ブルー・プラネットには伝えられていなかった――ということだ。

 

『実際、相手の実力がハムスケと同程度でよかったです。これでブルー・プラネットさんに何かあったら、俺は自分を許せませんでした』

「気にすることないさ。確認しないで先行した、俺にも責任はあるし」

『……ありがとうございます。次回からはしっかりとチェックを重ねますから、ブルー・プラネットさんも何かあれば必ず連絡してくださいね』

「うん、了解」

 

 接続が切れた。

 了解はしたが、ブルー・プラネットはモモンガほど反省の念を持っていない。多分この世界に自分たちを超える存在なんてそうそういないだろうし――

 

(ああでも、シャルティアを洗脳した連中がいるんだっけか)

 

 ちらり、とスクロールが燃え尽きて手持無沙汰な様子のエントマを見る。視線がぶつかったが、それを気にせずブルー・プラネットは彼女を凝視し続けた。エントマは遠慮がちに視線を逸らし、しかし何度もそれを戻そうと試みてはやはり逸らしている。

 彼女のその可愛らしい顔は実のところ作り物なんだそうだ。アラクノイドを種族とする彼女の身体は大部分が蟲で構成されていて、真の顔はまさに蟲らしい、八つの目と鋏角をもっている。

 それを覆うように存在するのが表情の正体、仮面蟲だ。その背には人の顔のような模様があり、それをデータクリスタルを仕込むことによって編集が可能――そういう設定にしたと『源次郎』という彼女の製作者が言っていた。

 

 彼はブルー・プラネットと同じ職場に勤める研究者だった。生物学の中でも自分と異なる動物学、それも昆虫学を担当していた辺りが趣味の覗えるところだ。仕事中のラボにまで完成した外装デザインを見せつけに来たのだから、彼女に対する入れ込みは間違いなくメンバーらしいものだったと言えよう。

 

 つまるところ、彼女も大事な仲間が手ずから作り上げたかわいい娘なのだ。一度死んだ身として、自分がどうなろうと構わないという意識はあるが、彼女らに何かしらの危害を加えるような者がいれば――

 

(――排除するためにも警戒は必然、か)

 

 うんうん、と一人頷く。この世界での最優先事項は、皆がそろった状態でギルドメンバーと再会することだ。源次郎と会えた時にエントマと顔を合わせてやれば、きっとどちらも喜ぶはず。多少の警戒は必要だ。ブルー・プラネットの行動原理は、それで十分だった。 

 

「ぶ、ブルー・プラネット様ぁ。お戯れはお止めになってくださいませぇ」

 

 とうとう我慢しきれなくなって、エントマは顔を抑えて視線を逸らした。仮面の奥からはキチキチと興奮したような、熱を持った機械の駆動に似た音が出ている。

 

「ああ、ごめんごめん。さて、アインズさんからの報告は特になし。とりあえずは撤去作業を続行。予定では朝までには終わるはずだ、そこまでみんなで頑張ろう!」

 

 異種族らしくバラバラの音質の返事。しかし共通して元気よく、応えるための答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、一夜が明けた。

 維持の指輪(リング・オブ・サステナンス)のおかげで、夜通しの作業も苦ではない。不要物の撤去が終わり、同時期にはアインズによって魔蛇を支配下に置く作戦が成功したとの報告を受けた。

 『ちょっと力を見せたら大人しくなりました』とはアインズの談。それ恐怖政治っていうんじゃないの、とは言えなかった。彼の声、やたらとウキウキしていたんだもの。

 

 ……話が逸れたが、農園計画はさっそく第二段階へと移行する。

 石ころひとつない広大な敷地を見つめ、ブルー・プラネットはゆるゆると口の隙間から息を吐いた。

 この固く締まった大地を、畑に変える。ただの魔法の行使だと言ってしまえばそれまでだが、ブルー・プラネットにとってみればその意味はまったく違うのだ。

 

 例えば、ブルー・プラネットにとっての星空は、生まれた光が死ぬまでを映す無限のスクリーンだ。人の心を捉え、魅了するだけの力を持った(まじない)に似た美しさ。それを作り上げた時には自分を称えたものだ。

 そして畑。それは一つの世界の縮図。植えられた植物は一つの生命だ。(世界)に植えられた植物(生命)は、()によって育てられ――雨が降り、日が照らし。風に吹かれ、育て上げられた植物(生命)は、()によって摘み取られ、消費される。

 だからブルー・プラネットは、農家という存在に強い尊敬の念を、憧れを抱いている。自然の中で無から有を生み出せずとも、一を十にすることができるその知識と力は信仰に値するのだから――。

 

(っていうことを昔、皆に言ったら病院を勧められたんだよなぁ。俺は真面目なんだけど……解せぬ。)

 

 真面目だから心配されるのだと、ブルー・プラネットは気づいていない。賛同したのは一部の設定重視派とウルベルトくらいのものだった。

 そんな憧れの職業『農家』に、ゲームでも何でもなく、現実に。実際になれるのだ。これを緊張せずにいられるはずもない。

 身の中の強張りを除くように、もう一度口から細い息を吐く。

 

「だ、大丈夫ですか、ブルー・プラネット様」

 

 隣に立つマーレがおずおずと声をかけてくる。そのオッドアイズの両方に、心配の色を混ぜた心優しい闇妖精の頭を撫で、精一杯微笑んでみせる。

 

「……大丈夫だよ、マーレ。やろう」

「は、はいっ!」

 

 そうして、二人は敷地を睨みつけた。これから発動させる魔法は、一人で行うには範囲が足りない。だからと言って、わざわざ二回に分けると仕上がりにムラができてしまう。二人で協力し、同時タイミングで発動することで魔法が同期し、無駄なく広範囲を耕すことができる。

 ブルー・プラネットの手の中には、木の枝が握られていた。アイテムでも何でもなく、作業中に拾っておいたただの木の棒だ。それを中空に放り投げ、地面についたタイミングが魔法発動の合図。

 

「いくぞ」

「はい」

 

 返事の後、木の枝が放り上げられる。マーレの雰囲気がいつものおどおどしたものから切り替わった。ああ、そういえば本気を出すときは瞳が鋭くなるんだって茶釜さんが言っていたっけ。

 中空で枝が、くるくると回転する。滞空時間など大して長くはない。一回二回三回、四回、五回――。

 八回目の回転が終わる前に、枝の端が地面についた。二人の構えた杖が光を湛え、呪文が同時に放たれる。

 

「「〈大耕作(カルティベイション)〉」」

 

 大地がうねる。〈大地の大波(アース・サージ)〉によく似ているが、それよりも波は穏やかだ。

 浅く、しかししっかりと掘り上げられた大地が音を立てて混ざっていく。

 たった数分。景色が変貌するに要した時間は、たったのそれだけだ。

 数瞬の瞬きが重なるうちに、固く踏みしめられ閉ざされた地面が、ふんわりとやさしく、生命を受け入れる土の絨毯に仕立てられた。

 

 見た目は完璧。ではその実はどうか……。土を一掴みとって、もう片方の手で弄ぶ。

 水分量は申し分ない。栄養も――問題なし。カルネ村ほどに痩せているわけでもなく、多すぎることもなく、適度に肥えている。あとは多少偏りのあるだろう有機物を、エントマに連れてきてもらった協力者たちの手によって調整してもらうだけだ。

 

「よし、完璧だね。手伝ってくれてありがとう、マーレ」

「お、御礼だなんて」

「『恐れ多い』、かな?」

 

 シモベ達に礼を言うと、必ずと言っていいほど帰ってくるセリフがこれだ。もっと気軽に話をしたい身としてはいい加減辟易もしてしまう。

 しかし、ブルー・プラネットも転移してそこそこの時間が経っている。彼らとの付き合い方も学習した。彼らがそんなセリフを吐く暇を与えず、強引に進めてしまえばいいのだ。

 慌てるマーレの手を取り、しゃがみ込んで目を合わせる。双眸は、見た目相応に爛々と輝いている。

 

「良い仕事をした者には、それに相応しい賞賛が贈られるべきだ。活躍した者ならなおさら、ね。いますぐに物理的な褒章が与えられない分、代わりに贈った礼の言葉を受け取ってもらえないと、俺としてはとても困ってしまうんだが……どうかな。がんばったマーレを褒めるのは不都合かい?」

「そ、そんなことないです! ……ありがとう、ございます」

「よかった。素直に受け取ってもらえると、俺も嬉しいよ」

 

 それから、背後に控えていた皆にも顔を向ける。

 

「これで計画は第二段階に移行する。君たち全員の、――犠牲になってしまった者もいるが、全員の素晴らしい仕事ぶりのおかげだ。ありがとう。来たる大農園完成のその日に向け、今後ともぜひ俺に力を貸してほしい」

 

 エントマ達は返事の代わりに、礼を取って答える。先の会話から、主人が何を望んでいるのかを汲みとったように。

 そして、計画の第二段階――実際に畑を作り始める。その準備を始めるべく、ブルー・プラネットはアイテムボックスを漁りながら指示を出す。

 

「早速だが、エントマはあつめた虫たちを畑にバラ撒いてくれ。その後は放置して様子見だ。数や偏りの調整は任せるよ」

「かしこまりましたぁ」

「マーレは周囲の警戒を続けて。それから残りのメンバーには道具を配るから、それを使って畝を作る手伝いをしてもらうよ」

 

 ブルー・プラネットがそう言ってアイテムボックスから引っ張り出したのは、『鍬』だった。

 ユグドラシルでの畑作成、その大部分は魔法で短縮できる。耕ししかり、水やりしかり。それでもブルー・プラネットは手作業に拘った。

 鍬を使って土を耕せばランダムで地中からアイテムがドロップしたこと、植えた物の生長速度が上昇したことなど、様々な理由があったが――やはり、『それが短縮するほどの手間だと感じられなかったから』に尽きる。魔法を使えば数時間で済むところを一日かけて作業するのは、ブルー・プラネットにとって最高の娯楽だった。

 しかし、それを非効率だと笑う者はギルドにはいなかった。そもそもアイテム栽培がいわゆる『エンドコンテンツ』の一つなのだからそんな指摘は無意味だというのもあったが、

 

「はい、一本ずつ配るから持ったら畑の方に向かってね。使い方は配り終えたら説明するからね」

 

 ……一本あれば済む鍬をわざわざコレクションするほど、趣味に傾倒した人間を嗤うようなメンバーは一人もいなかったからだ。むしろ、異形種アバターでプレイする変わり者の集ったギルド『アインズ・ウール・ゴウン』らしいと評した者の方が多い。

 

(まぁ、わざわざ配るようなことがあるなら取っておいて正解だったな。あのクソ運営、課金購入じゃないとはいえ基本農耕用アイテムセットの中身がランダム封入とか流石に頭おかしいよ)

 

 結果全種コンプするために、所持金貨の九割を失った苦い思い出が蘇る。メンバーにも一本ずつ配り済、さらに付与効果にも微妙に違いがあるために捨てるに捨てられず、農具なのにボックスの肥やしと化していたそれを活躍させられる日が来るとは夢にも思わなかった。

 最後に並んでいたリビング・ルーツにこっそり当たりデザインのものを渡し、ブルー・プラネットも持っていた錫杖をお気に入りの鍬に持ち替える。

 そして皆がこちらを見つめる中、ゆらりと畑に立って鍬を肩にかける。ふかふかの土は実に踏み心地が良い。

 これから指導する内容はほぼほぼが資料の受け売りで、実際にそこまで詳細に作業したことはないのだが――まぁ、それも農園計画の実験的部分である。どこまでがユグドラシルと一緒で、どこまでが現実準拠なのか。

 ひとつ息を吐いて、ブルー・プラネットは口を開いた。

 

「まず、君たちに教える作業は土を盛る――こういう作業だ。」

 

 鍬で土を掻き、その隣に盛る。盛ったところを挟んで反対も掻いて、積み重ねるように盛り土の高さを上げていく。

 ピニスンは既に知っているからか、『ああそれのことね』と言いたげな表情をしている。他の面々、特に八肢刀の暗殺者は感嘆の声を上げていた。単純な作業でそこまで驚かれてもちょっと困るのだけれど……。

 

「これを、ちょうどいいところまで細長く盛り伸ばしていく。そうしてできるのが『畝』だ。別にこれをせずに種を撒いてもいいんだが、これから育てる作物の中にはこの畝が適した種類もある。そういう時に知識がないと困るからね。試しにやってみてくれ」

 

 シモベ達は次々と畑に入り、鍬を構える。

 

(大人数でやる農業とは、まるで数世紀前の風景だ。機械があればちょうど百年前のように規模を大きくできるのかな、しかし村にもカルネ村にもそのレベルの技術力には達していないようだからそこから考えなくては――)

 

 またも、ブルー・プラネットの思考は脱線していた。脳内話題がペロロンチーノの技術力持論に辿りついたころにようやくそれに気づき、要らない話題を振り払う。

 そして、目の前で惨劇は起こっていた。

 

「ちょ、ちょっとォ!? 危ないじゃないか! なんで鍬を横に振り回すんだ!」

「い、いや、私はちゃんと……ふんっ!」

「ひええええ!!」

「わああ、待った待った! 作業ストップ!」

 

 一人阿鼻叫喚。ピニスンの周囲――というか、ピニスン以外の全員が全員、まるで武器か何かの如く鍬をぶん回し始めた(・・・・・・・・・)のである。

 あわてて作業を止めて、八肢刀の暗殺蟲一人に何度かやらせてみたところ、結果は失敗。手からすっぽ抜ける、勢いよく振り降ろして土をばらまく等、散々な有様だった。別に彼らがふざけているというわけでもない。『申し訳ございません』と即座に自害しそうになったのを拘束して止めながら、ブルー・プラネットは思い出す。似たようなことを、モモンガから聞いたことがあった。

 

(たしか、メイドにステーキを作らせたんだっけ?)

 

 そのときも、指示されたメイドは肉を焼いて――見事に焦がしたという。何度やり直させても、真っ黒な炭を作り上げる。古典的な『見た目が悪いだけで味は良い』なんてことも無く、炭味の炭ができてしまうと。

 モモンガは料理スキルがなかったことが原因だったと結論付けていたが、もしやこれもそうなのか。言われて見れば確かに、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も、生きる植物の根(リビング・ルーツ)も、当然ファーマーの職業レベルなど持っていない。

 しかし、ピニスンにやらせてみれば普通に畝は作れている。尋ねてみれば、第六階層のトレント達もともに作業はしているが、手入れはしていてもこうした鍬を用いた作業を行っていたところは見たことがないと言う。――言われて見れば、ブルー・プラネットも畑周りにポップアップする雑草の除去を頼んだりしたことはあったが、実際に農作業の手伝いをさせたことは一度もなかった。

 

 これは困った事態だ。やろうと思えば別にブルー・プラネット一人でも畑作りはできるのだが、これは実験でもあるのだ。だから削れる時間は徹底的に削るべきなのだが、そのためには圧倒的に人手が足りない。

 

(……うん、困った困った)

 

 モモンガに頼んで、アンデッドにやらせてみようか。いやしかし、これはブルー・プラネットの領分である。

 先ずは自分でやれるだけのことをやってみて、彼に頼るのは最終手段にすべき――。

 

 そんな効率もクソもない思考が、ぐるぐると脳内を渦巻いていた。時間だのなんだの言っておきながら何を迷うことがあるのかと、普通なら一蹴するところだろう。

 しかし、ブルー・プラネットはこの状況が楽しくて仕方がなかった。

 

「困った、これは困った事態だね。ふふ、ふふふ」

 

 かつては、ゴールの見えない現実を闇雲に奔走していた。一筋の、まだ目に入ってもいない細い光の存在を信じて、全てを懸けた。

 だが、今はどうか。ゴールは目の前に確かに存在している。そこへ至る道が少しばかり遠回りになっただけだ。そこをしっかりと踏み外さないように探っていけば、必ずゴールへ辿りつける。

 一人の研究者として、一人のプレイヤーとして、一人の人間として。結果ではなく経過を追い求める行為が楽しくないわけがない。そのゴールには、最高の結果が待ってくれているのだから。

 

 ひとしきり笑い、シモベ達に要らぬ心配を懸けさせて、ブルー・プラネットは長く、温かい息を一つ吐いた。 

 

(待っていろよ、畑。まだ見ぬ作物達よ。その挑戦状、しかと受け取った。みんなで力を合わせ、必ず貴方たちを最高の景色へと仕上げてみせよう)

 

 自然からの挑戦状を勝手に受け取り、ブルー・プラネットは決意する。最高の仲間たちと共に、最高の農園を築いてみせるとも。

 

 ……しかし、人手不足というのはいかんともしがたい問題だ。ナザリックの中にファーマー持ちのNPCがいないのも難航に拍車をかける。

 カルネ村は――いや、ダメだろう。彼らを雇用するというのはウィンウィンの関係だろうし円滑に進むだろうが、ここは森の奥も奥。人間にとっては負担が大きすぎる。そこらへんから攫ってくるなどもってのほかだ。農作業を罰のように扱うのも、苦行とするのも許せるはずがない。

 

(こんなことになるのならば、オーレオールにファーマーをもたせておけば……いやいや、それはないな、うん)

 

 鍬を持った巫女もそれはそれでアリだけど、と思考の外に放り出す。

 頼みの綱は、一応作業工程の全てをこなして見せたピニスンか。不思議な現象、いわゆる職業適性のない行動がとれないという法則が我々ユグドラシル出身の者にのみ適用されると仮定すれば、鍵は唯一の現地民である彼女が握っている。

 

「ピニスン、ちょっと試したいことがあるんだけど……代わりに作業を手伝ってくれそうな人って誰かアテがないかな?」

「ええ? ううん、そうだなぁ……」

 

 急に話を振られたからか、びくりと肩を跳ねさせるピニスン。しかしすぐさまうんうん唸って考え込んでしまい、見ていて飽きのこないほどに忙しない。

 

「……いや、私が最後にここに居た時は一人ぼっちだったしなぁ。ドライアードもしばらくは周辺で見かけてないし、伝手はないよ。ごめん」

「そうかぁ……。」

 

 それも当然か。ザイトルクワエが発生して周辺が死にかけていて、ピニスンもじきその範囲に収まってしまうところだったわけだし。

 しかし、そんな肩を落としたブルー・プラネットの頭にぴこんと永続光の照明がついたように閃く。

 

「昔、ならどうかな? ザイトルクワエの浸食が進んでいたころより、もっと前。それこそ森に異変が起こる前だ」

「そこまで昔となると……あ」

「心当たり、あった?」

「うん、ある。私が生まれてから、太陽がいっぱい昇った頃。この辺りをほら、アウラ様やマーレ様と同じ種族、ダークエルフが支配してたんだ」

 

 闇妖精(ダークエルフ)。随分なじみ深い種族が出てきたものだ。

 

「でも、今はこの森にはいないよね? アウラの報告書には書かれてなかったよ」

「うん、やっぱりザイトルクワエが暴れ出してからはどこかに移り住んだらしいよ。……どこに行ったのかは、知らないんだけど」

 

 いやしかし、それは有用な情報だ。闇妖精というのは森妖精(エルフ)の亜種、肌が浅黒い人型――異形種ではなく亜人種に属する存在だ。だからこそ、やまいこ女史の妹さんがアインズ・ウール・ゴウンに参加できなかったんだけど……まぁ、それは置いといて。

 基本的には森を好み、森の円環(サイクル)の一つとして存在する、自然を維持する側の者だ。ブルー・プラネットの所持する職業のいくつかは彼らに関わりのあった物もあるし、つまるところ……非常に好感が持てる。少なくとも、トロールやオーガよりはよっぽど。

 

「いい情報だ。ありがとうピニスン」

「え? えへへ、良いんだよ別に」

 

 そのあたりの情報を集めるためにも、一度拠点に戻るべきか。畑の管理のために砦の方から人員を分けてもらわないといけない。

 いや、それよりも先にモモンガに報告だ。作業が滞っていることは説明しておかねばならない。恐怖公にトロールたちを送った際に、予定外のスクロールの消費が起きてしまったから補充も必要――ああ、やることがいっぱいだ。

 

(けれど、不思議だな。楽しくて仕方ない)

 

 適度な忙しさ。かつての、まだ活き活きとしていたころの職場を思い出す。

 そう、自分とはこういう人間だったっけ。

 

「それじゃあ、一旦農園計画は中断だ! みんなにはこの先また手伝ってもらうつもりだから、それまでは各自普段通りの業務に戻るように!」

 

 意気揚々と声を張り上げる。その明るい声に、力なくうなだれていた面々も顔を上げ、歓喜に身を委ねて返事をした。

 また、使っていただけると仰って下さった――次の機会、必ず御方の役に立って見せようと、全員が意気込む。

 その偉大なる背に続いて、転移門をくぐる。

至高にして最高の地、ナザリックへと帰還するために。

 

 

 

 

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