蒼い惑星、地下大墳墓に転移する   作:天休観測

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調査開始

 平原を闊歩する、一組の影。少年少女が一人ずつ、そしてそれを乗せる騎乗動物が一頭。

 

「あの……ブルー・プラネット様」

「うん? どうしたんだい、アウラ」

「……ええと……」

 

 声の一つは少年のような姿をした少女から、もう一つはその下――騎乗している動物の口から漏れていた。

 騎乗動物の使役は、至高の存在によってそうあれと造られたアウラにとっては朝飯前の事――しかし、今、その動物に触れた手はやや震えている。

 恐れ多さからかすっかり声も萎んでしまい、その続きを辛うじて口に出せたのはアウラの後ろに座るマーレだった。

 

「えっと、その……御姿は……」

「ウシです」

「「ウシ」」

 

 発達した割には締まった筋肉の付く四本脚。黒く茶けた毛並みの滑らかな皮。鋭く捻じれ伸びた二本の角。黒真珠の如くつぶらな瞳。

 その姿は、紛うことなくウシ。

 誇らしげにフフンと鼻から熱い息を吹くブルー・プラネットが何故こんな姿をしているのかと言えば、コトは十分ほど前まで遡ることとなる。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「あそこか」

「はい」

 

 遠眼鏡から視界を外し、ブルー・プラネットは一点を見つめたまま口を開く。それに返したのはデミウルゴスだった。

 丘の上に立つ二人が見つめる先に広がるのは、大森林。それもトブとは異なる場所、エイヴァーシャー大森林だった。

 そこに最も近い地点、アベリオン丘陵を拠点としているデミウルゴスの報告によれば、規模はトブの大森林のおおよそ四分の三ほどだという。

 ――それに加え、

 

「ブルー・プラネット様のご命令通り、シモベたちは周囲の偵察に留めてありますが……トブの大森林に生息するモンスターと同種のものの生息、そして“闇妖精(ダークエルフ)”の姿を複数確認したと報告を受けております。モンスターもレベル十相当のものばかりですので、御身自らの調査にも危険はないものと思われます」

 

 そう。農園計画を手伝ってくれる可能性のある存在、闇妖精との接触。

 ピニスンからその種族を聞いて、先ず報告したのはアインズだった。すると彼も闇妖精について情報を得ていたらしく、支配下に置いた『西の魔蛇』から詳しい話を聞くことができた。

 魔樹を嫌い、住処を移した闇妖精たちの向かった先――それが、あの森。

 

「すまないね、デミウルゴス。俺のワガママのために、君らしくない不完全な仕事をさせてしまった」

「謝罪など! こうして御身に忠誠を尽くせることに感謝を捧げこそすれ、そのようなお言葉をいただくわけには参りません」

 

 デミウルゴスに一言命令さえすれば、彼はさほど時間もかからずエイヴァーシャー大森林の探索について計画を練り、その隅から隅までを記した地図でも持ってきてくれることだろう。しかし『周囲の偵察』などという斥候地味た仕事に留めさせているのは、デミウルゴスにこれ以上負担をかけるわけにはいかないという建前と、ブルー・プラネット自身が自ら、森を探索したいからという本音があったからであった。

 最初こそデミウルゴスは首を縦には振ろうとしなかったが、ブルー・プラネット自身や、同行させるマーレ、アウラがワールドアイテムを持ち、さらに八肢刀の暗殺蟲に周囲を囲ませ、何かあればすぐに連絡できるようにとアインズ(お母さん)から課金アイテムの使用を許可されていると説明したことで彼は自分の仕事に専念してくれたのだった。

 

「じゃあ、代わりに感謝を送ろう。忙しいというのに、わざわざここまで見送りに来てくれてありがとう」

「勿体ないお言葉……いえ、しかと頂戴いたします。私の忠誠をもってお返しすること、お許しください」

「構わないともさ。これからもナザリックのために、アインズさんのために。共に働こう」

 

 マーレ達に話した言葉は、ナザリック内に少しずつ広まっているらしく、デミウルゴスのように素直に受け取ってくれる者も増えてきていた。中には未だ慣れない者もいるようだけど――そこは仕方がないだろう。むしろ、彼ら上の者がそうしてくれるのであれば慣れてくれるはずだと思える。

 

 さて、わざわざ農園計画責任者であるブルー・プラネットが自ら闇妖精と接触しようというのは、『シモベたちに交渉をまかせたとして本当に大丈夫なの?』……という拭い切れない不安があるのも一因だ。以前『グ』と接触した際のリビング・ルーツだとか、モモンガから話を聞く限りのナーベラルの様子だとかを思えば、トップが出向いて交渉に出るのが確実に安牌だというのが結論だ。

 

 あわよくば労働の友として仲良くできればいいというのが理想だが、先ずは接触。交流を深め、徐々に交渉を進めていきたい。

 

「そろそろ行こうか。調査一日目、先に話した通り、先ずは闇妖精との接触を第一目的とする。」

 

 背後に付いていたマーレとアウラに声をかければ、元気な返事が返ってくる。丘陵地帯に吹き抜ける風、そして響く子供たちの透き通った声。実にさわやかな気持ちで一歩を踏み出す。

 

「お待ちください、ブルー・プラネット様」

 

 ――その第一歩がつく前に、デミウルゴスから声が上がった。

 振り返って見やるものの、彼の眼鏡の奥の瞳はすっかり閉じられてしまい、見ることができない。湛えた笑顔は実に悪魔的で、それに見据えられたブルー・プラネットは悪いこともしていないのに熱い冷や汗が止まらなかった。

 

「ど、どうしたのかな? デミウルゴス」

 

 そう声をかけるものの、デミウルゴスは表情を崩さない。数度納得するように頷いてから、弧を描いた口元が開かれる。

 

「……お任せください。『ナザリックのために共に働く者』として、御身の期待に応えてみせます」

「へ? お、うん?」

 

 まるで自身を落ち着かせるためというように、デミウルゴスは浅く長い息を吐く。表情に若干の強張りが見えたが、当のブルー・プラネットも表情があれば焦りで白黒させていたことだろう。

 

(異形種でよかった……)

 

 ホッとしたのもつかの間、ついぞ目の前の悪魔の口から言葉が紡がれた。

 

「ブルー・プラネット様。今回交渉の相手とする闇妖精たちは、“ザイトルクワエを忌避してトブの大森林を離れた”のでしたね?」

「え、うん、そうだね」

「であれば、植物系であるブルー・プラネット様の御姿は、彼らには少々刺激が強すぎるやもしれません」

「……あー」

 

 ブルー・プラネットは額に手……状の蔦葉を当てる。なるほど、たしかにデミウルゴスの言う通りなのだ。

 しかし、それを聞いて声を上げるのはアウラだった。

 

「デミウルゴス、それどういう意味? 支配者たるブルー・プラネット様を見て恐れを抱くなんて当たり前のことじゃない。やつらが万一侮辱するようなことでもあれば即座に殺すし。……それともまさか、至高の御方の御姿に文句をつけるつもり?」

 

 鋭くアウラが突き付けた殺気は、しかしひらりと躱された。そのままデミウルゴスの視線はブルー・プラネットへと移る。

 

(『説明してもいいか』ってところかな?)

 

 なんとなくではあるが意味を感じ取り、ブルー・プラネットはアインズを真似て頷いて見せる。彼らシモベ達の考えも、多少なりとも理解ができるようになってきた……と思う。

 それを了承と受け取ったデミウルゴスは指を一本立て、説明を始める。

 

「……ブルー・プラネット様は恐怖による従属をお望みではないんだよ、アウラ。蜥蜴人たちと同じように、より友好的な関係を築くことをお望みなんだ」

「そうなんですか?」

「うん」

 

 虚を突かれたためにたった二文字で答えてしまったが、二人は納得してくれたようである。しかし概要は事前に説明したはずなのだが、デミウルゴスの言葉を聞いてなるほどとうなずいているマーレとアウラにはもう一度概要を説明しておくべきだろうか。

 理解した様子の二人を見、デミウルゴスも優しい表情で頷いていた。

 

「第一印象というのは大事なんだよ、二人とも。一時的に元々の御姿を隠して近づくというのは、相手に隠し事をするという意味では一見不義理だが、相手に対して気遣う優しさがあると見ることもできる。今回ブルー・プラネット様直々に交渉の場に出られるのだから、それを円滑に進めるためにも不安要素は少しでも減らすべきだ。……ということで、恐れながらブルー・プラネット様には『変身(トランスフォーム)』を使用していただくことを進言致します」

「……異議無し。流石デミウルゴスだね」

 

 『変身(トランスフォーム)』は森に住む者が取得する特殊技術(スキル)の一種。アバターを指定時間の間だけ、登録しておいた獣系の魔物の姿に文字通り“変身”するというものだ。もっとも、レベルが上がっていくうちに素殴り、素移動の方が効率的だったが為に、ゲーム時代は変身することで得られるメリットは百レベルのプレイヤーから見れば無いに等しく、使用する者は少なかったが……獣の姿であれば、闇妖精たちに与える印象も変わることだろう。ことこの場においては、これ以上に適した方法はない。

 ブルー・プラネットが口にしたのは、そう思っての心からの賛辞だったのだが。

 

「お褒めに与り恐縮でございます。……しかし、ブルー・プラネット様も既にご理解のことと思いましたが」

 

 何を勘違いしているというのか、デミウルゴスはそんな言葉を口にする。チラと見やる闇妖精の双子は見事にハテナを頭上に浮かべていたが、ブルー・プラネットもそうしたくてしょうがない。

 

「先ほど仰っていた『ナザリックのために共に働く』という言葉は、我々にとって至極当たり前のこと。しかし、至高の御方たるブルー・プラネット様が口にされるのであればその意味は変わってきます。推量させていただくならば、『我々至高の四十一人の横に並ぶことのできるよう、より一層の忠義に励め』――といったところでしょうか。……つまるところ、私をお試しになられたのでしょう?」

「……ははは、は。デミウルゴスはするどいなぁ」

 

 双子や八肢刀の暗殺蟲からおおとどよめきが起きる。悪魔も実に満足げだ。

 だからブルー・プラネットは、誤解を解くなどという野暮な真似をするのは止めて、ただひきつった笑いを解くことに徹していた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

(まぁもちろん、そんなこと思いもしなかったわけで……)

 

 自分の身体が植物でできているというのは至極当たり前で、はたから見れば何を頭の悪いことを言っているんだと思いもするだろう。しかしいざなってみると、その姿こそが自分にとって当たり前となってしまい、『人とは異なっているのだ』という自覚が徐々に薄れて、ついぞ頭からはすっぽ抜けていた。周囲のシモベもごく当たり前に接しているのだからなおさらだろう。異形種アバターの弊害、というやつだろうか。

 

 とはいえ、実際に森に居るであろう生物ならば刺激することもないだろう。そんなわけで、登録していた外装データから見事選抜されたのがこの姿――ウシ。とはいえ、仮にも戦闘に使えるというのに白黒乳牛だとか茶色肉牛にするのもどうかということで、かつて存在していたウシの先祖たる『オーロックス』をベースにしているのだが。

 

「温厚な性格。かつては農作業の友であり交通の手段でもあったほどの牽引力。凛々しい表情。カッコいいでしょ」

「カッコいいです!」

「か、かっこいいです……!」

 

 双子からの称賛を浴びて、ブルー・プラネットは鼻高々だった。――物理的にも。

 しかし、アウラもマーレも心内では『かわいい』という別ベクトルの称賛の嵐が吹き荒れていたのは露も知らない。二人とも、実のところはブルー・プラネットよりも大人な対応だった。

 

「ウシ、その元であるオーロックスも平原や森林に住む動物だから、警戒心は抱かれにくいと思うんだけど……。アウラとマーレのおかげで、かなり向こうからも興味をもたれる対象になってるはずなんだ」

「ええと……も、森にはオオカミとか、そういうのもいましたよね? そういうのにはしなかったんですか?」

「……」

 

 マーレの言葉に、ブルー・プラネットの歩が止まる。

 

「……ウシ、カッコいいでしょ?」

「は、はい!」

「俺にはそれだけで十分なんだ」

「な、なるほど……?」

(くう、かわいい……めっちゃブラッシングしたい……)

 

 マーレはブルー・プラネットの勢いと気迫に気おされ、無理やりに納得してしまう。一方のアウラは、普段とは幾分勝手の違う騎乗動物に、そしてそんな愛らしい見た目となった至高の存在に。口数は減り、にやける頬を抑えるのにいっぱいいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして数分後、森と平原との境界に到着する。少し見上げれば不可視化を使ったシモベが数体空を舞っていた。

 アウラとマーレの二人は名残惜しそうに、牛――ブルー・プラネットの背から降りる。その表情があまりに子供らしいので、ブルー・プラネットもつい甘くなってしまう。

 

「今度、また乗せてあげるからさ」

「ええっ、いいんですか!?」

「いいともさ」

 

 キラキラと目を輝かせる子供を、如何して無碍にできようか。子供に甘いのは、そんな性格から来ているものだった。

 

「ただし、二人ともちゃんと約束は守ること。それができたらいくらでも乗せてあげます」

「も、もちろんです! ね、マーレ!」

「は、はい! ちゃんと守ります!」

「それじゃあ、森に入る前に確認しておこうか。」

 

 ブルー・プラネットは蹄を鳴らす。アウラとマーレがピシッとその場に正立したのを確認して、すうと息を吸った。

 

「『いち』!」

「『勝手に殺そうとしないこと』!」

「『に』!」

「か、『必ず後手に回ること』!」

「『さん』!」

「「『みんな仲良く元気よく』!」」

 

 ふぅ、と三者は息を吐く。これが今回の作戦の注意点、『みっつの約束』である。すこし子ども扱いしすぎたかとも思ったが、文面はそこそこに物騒なので気にしないことにした。

 『はい、おっけー』と微笑んで見せれば、双子も朗らかに笑む。廃退した世界で数が少なかったにも関わらず、それでも明るく在った子供のこういうところが、ブルー・プラネットは好きだった。

 

「先ず『いち』。有効な関係を迎えるためにも、無意味に相手を殺す、ないし傷つけるようなことはしないこと。必ず俺の判断を仰いでから。『に』にもつながってくるけど、交渉が不利になるような行動は慎んでねってことだ」

「はい!」

「その『に』だけど、よくアインズさんが言っているように『不可抗力』を装う意味が強い。相手に仕返しをする言い訳を用意するんだ。相手から喧嘩を吹っかけられても、先に手を出してはいけないよ」

「は、はい! わかりました!」

「それらを守れば『さん』、『みんな仲良く元気よく』できるはずだ。ナザリックにはこんなに素敵な闇妖精(ダークエルフ)がいるんだとわかってもらえるように、慎重に行動しよう!」

 

 二人の元気な返事が聞こえるたびに、まるで小学校の先生だな、とブルー・プラネットはしみじみ思う。

 

(ああでも、小学校はこんな風に楽しくなかったかな)

 

 あの世界での義務教育に楽しみを見出すのは、なかなかに難しかったと思う。どうしても暗い想い出ばかりが思い出されるので、そのうちブルー・プラネットは考えるのをやめ、森へと歩み入るのだった。

 

 

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