※※※
「聖域?」
「はい。第八階層に一区画、ナザリックでも特に異質なスペースを作りたくて」
「異質……っていうと、具体的には」
「そのあたりはブルー・プラネットさんに一任する方向で」
「それ丸投げじゃん! せめて方向性くらいは教えてよ」
「第八階層は荒野、配置するのはセフィロトとヴィクティムですから……あ、思い切り和風なところはどうでしょう。今のところ完成しているNPCのほとんどはファンタジーチックですし。当たり前と言えば当たり前ですけど」
「和風……っていうと。昔の日本っぽい植物でも大量に植えとけばいい?」
「ああ、いいかもしれないですね。それでいて神秘的になれば」
「ぷにっとさんって本当、こういう時はフワッフワした表現使うよね」
「申し訳ない。クリエイト方面には明るくないもので」
「まぁいいけど……そうだ、桜なんてどうかな。こういう落葉樹なんだけど、俺が一番好きな花なの」
「便箋なんかに使われてるのを見たことがありますね、いいじゃないですか」
「これを一面にドカッと植えて俺の特殊技術で一気に咲かせてさ、オブジェクト扱いにして状態維持設定かければずっと咲きっぱなしって寸法ですよ」
「なるほど。また壮観な光景になりそうだ、それにしましょう」
「おっけーい、それじゃあ桜種の植物データをざっと千個くらい集めたいんだけど」
「せ……っ、いくらなんでも多すぎじゃないですかそれ」
「百年前の日本には『千本桜』って言って、そのくらいの規模の花見場がいくつもあったりしたっていう資料も残ってるし。やるなら徹底的にやらないと、他のメンバーに怒られるよ」
「……音改さんに声かけて、マーケット巡回してきますね」
「よろしくね。俺も、何人か誘ってドロップエリア行ってくるよ」
※※※
「ええと、オーレオール……?」
「はい。──嗚呼、ブルー・プラネット様――!」
忘れもしないその名を呼べば、巫女は滂沱の涙を零してブルー・プラネットに抱きついてきた。
あまりに唐突な行動に、ブルー・プラネットは混乱しつつも抱擁を受け入れる。寸胴は彼女のすらりとした腕で回すには大きすぎたようで、まるで大荷物を抱えるかのような体勢だが、彼女はそれを気にも停めていないようだ。
細く、触れれば折れそうなほど繊細に見える彼女を硬くしなやかな蔦でできた腕で抱き返すわけにもいかず、彼女が落ち着くまで背中をポンポンと優しく、兎角優しく意識して叩くに留める。ブルー・プラネットは、女性との接触に慣れている方ではなかった。
「ど、どうしたんだい、オーレオール。何をそんなに泣くことがあるんだ」
「再びこうしてお会いできる日を、私、待っておりました。ブルー・プラネット様。本当に、本当に……」
ぐ、と植物の身体の奥底が締めつけられる。
『オーレオール・オメガ』は、ゲーム内でブルー・プラネット自身が設定し、桜花聖域に配置した『NPC』だ。それはただのデータの塊のはずで、設定したいくつかのパターンの行動をとりこそすれ、こうして自ら考え動き、会話し、涙を流したりはしない。――あと、こんなにやわらかくない。何がとは言わないが。
そんな彼女が動き出し、表情豊かに会話し、『寂しかった』と口にするのだ。どういう理由があったとしても、ゲームを引退した自分は彼女たちを置いて行ったのに間違いないわけだが……こうして口に出されると、心が痛む。
謝罪の意を込めて彼女の頭をなでてやると、涙の止まった巫女は顔を真っ赤に紅潮させてすぐさま離れ、ブルー・プラネットの目の前に跪いた。彼女の腰まである、うなじの辺りで留められたポニーテールがふわりと揺れる。
「も、申し訳ございませんブルー・プラネット様! 至高なる御身に断り無く触れた挙句、胸を御貸しいただくなど」
「え? あ、ああ。そのくらいは構わないよ。久しぶりに会ったわけだし、ね」
久しぶりにあったとはいえ、どんな関係性でも女性からあそこまで熱い抱擁をされたことはないから、それが一般的に良いことなのか悪いことなのかはわからない。が、少なくともブルー・プラネットの中ではそれを罪だとは認識できなかった。
(……彼女と俺は、一体どういう関係に当たるんだろう)
それほどまでに畏まる彼女の姿を見て、ブルー・プラネットは困惑する。もちろん『NPC』と『プレイヤー』なのは間違いないのだが、彼女は既に考える一つの生命体の様子。なら物のように扱うのは失礼な話だし、それはブルー・プラネットも好まない考え方だ。
目の前で取られている礼を見る限りは、主従の関係が正しいのだろうか。戦闘メイドチームの末の妹として創造された彼女は、女中の仕事の一通りがこなせる設定がしてある。彼女が主人としてのブルー・プラネットを求めているのなら、そういった態度を取るべきなのだろう。
ただ、人生で人よりも上位に立つ経験が、ブルー・プラネットには乏しかった。演技をするにも、あの世界に存在した上位者に参考になるような心当たりがなかったので、ここは素直にいつも通りの態度を貫くことにする。
「……ちょっと、状況がつかめなくてね。ここは何処なのか教えてもらえるかい?」
ブルー・プラネットの問いに、オーレオールははたと驚いたような表情をする。……心中を察するに、『この人は何を言っているのだろう』というところか。質問を間違えたかと一抹の不安が起こるも、オーレオールは直ぐに微笑みを浮かべて答えた。
「はい。ここはナザリック地下大墳墓、第八階層の桜花聖域。貴方様に御創りいただいたその地に他なりません」
返答は当たり前のものだ。それはそうだろうな、と頭では理解しているけれど、心のどこかでは目の前の光景を夢幻だと否定してほしいと望んでいるのかもしれない。
それこそ現実逃避にすぎないというのに。
「……一応確認だけど、間違いない?」
「はい。アインズ様より、地下墳墓そのものが異世界に転移したとの連絡を受けてはおりますが、あれから墳墓内に異常は観測されていませんし……間違いなく、ここは御方々の栄光ある地であると言わざるを得ないかと」
未だ半信半疑に問われ、楚々とした表情でオーレオールは答える。
その答えには大仰な単語がいくつも並んでいたが、とにかくここはナザリックで間違いがないようだ。夢でもゲームでもないというのに、世界だけはユグドラシルのものだと。
状況から判断して、ブルー・プラネットは頭の中に一つ落としどころを作ることにした。『ここはそういう世界なのだ』と。
ありえてはいけない話だが、既に常識で説明できないことばかりが目の前で起きている。この状況の原因究明をするにしても情報が足りないのだ。とにかく、自分はあのナザリックの中にいる。ここまでは確定事項として扱うこととしよう。
目が醒めた時には広がる世界に興奮し、どこかに追いやっていた困惑が身体の中に戻ってきた。そのまま喉をせり上がり、口から言葉として吐き出してしまう。
「そうか、うん。そうだね。試すようなことを聞いてすまなかった。まさか、またここに戻ってこられるとは思っていなかったから――動転していたみたいだ」
オーレオールは、その言葉に息を飲んで口元を抑える。切りそろえられた前髪がわずかに揺れた。
「……恐れながら、私もです。創造主であるブルー・プラネット様にお会いし、剰えこうして言葉を交わすことができる日が来るなんて」
そこまで言って、巫女は再び瞳に涙を湛え、言葉に詰まった。
自分の造った存在が、ここまで自分のことを慕ってくれている……。
どうしてそこまで、とは聞けなかった。聞けば彼女はその涙を零してしまうだろうと直感的に察したからだ。必要なのは話題の方向変換だろう。続くだろう言葉を遮って、ブルー・プラネットは別の質問を投げかけた。
「ところで、さっき話に上がった『アインズ様』って誰のことだい? 俺の知らない新規メンバーとか……NPCの誰かがそう名乗ってるのかな」
「いいえ。……モモンガ様です。今は『アインズ・ウール・ゴウン』を名乗るという連絡をいただきましたので、我々もそうお呼びしています」
「モモンガさんが?」
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の長。彼もこの世界にいると聞いて、ブルー・プラネットの不安は少しだけ解けた。オーレオールの口ぶりから推測すれば、『転移』とやらが起きてからのナザリックを管理していたのも彼なのだろう。なら先ずは、ギルドメンバーでも状況判断力に優れていた彼に会うのが最善だ。彼ならきっと納得のいく説明をくれるだろう、そう確信できるのもオフ会等で付き合いの長かったおかげである。
「それじゃあオーレオール。これからモモンガさんに会いたいんだけど、彼に連絡してもらえないかな」
「かしこまりました。きっと、アインズ様もお喜びになられると思います」
巫女が連絡を取るべく桜林の中に消えたのを見届け、辺りを見回す。ざぁざぁと、どこからともなく吹いた優しい風が花弁を舞い散らせていた。
「そういえば、今まで拠点内の移動はどうしていたんだっけか」
わざわざNPCに許可を取るなどという面倒なことはしていなかったはず。改めて右手――にあたる植物の塊の先を見れば、艶やかな深紅の輝きが視界に入った。主な装備のほとんどは引退の際にギルド長に預けたが、これだけはログアウトする最後の瞬間まで持っていたのだ。
「――なつかしいな、モモンガさん。元気かな」
指輪に嵌った石を撫で、そう呟く。
視界で今も散り踊る薄紅色は留まるところを知らない。
かの軍師が望んでいた『神秘的』とは、きっとこういうことだったんだろう。
◆
モモンガが〈伝言〉を受けたのは、コキュートス達が向かう蜥蜴人の集落に関する報告書に目を通していた時だった。
まず驚いたのが伝言の送り主だ。桜花聖域の領域守護者オーレオール・オメガ、彼女の主たる役目はナザリック内の転移門の管理である。こちらの世界に転移してからはギルド武器の守護も任せているが、どちらも重要性の高いものだ。よほどのことでもなければこうしたやりとりは行われない。聞きなれない声に、モモンガの声にも緊張が乗った。
『アインズ様、桜花聖域守護者のオーレオール・オメガです。大至急お伝えしなければならない事態が発生したので、ご連絡させていただきました。少々よろしいでしょうか』
「あ、ああ、構わない。どうした、オーレオールよ」
伝言の送り主がわかり、補佐として側に控えていたアルベドがわずかに反応した。ナザリック内の防衛システムの構築を任される立場として、転移門の管理者から伝えられるだろう不足の事態に即座に対応するためだろう。
視界の端に映る守護者統括の頼もしいそんな様子に頷き、モモンガは続く言葉を受け入れるための覚悟を決めた。
(侵入者か、転移門を不正に使う者が現れたか。それともギルド武器に変化でもあったか……)
しかし、その答えはどんな最悪の答えとも異なる、想定の外の領分だった。
『第八階層、桜花聖域内にてブルー・プラネット様を発見いたしました』
「ほう、そうか。ならば──何? すまないが、もう一度言ってもらえるか?」
『はい。至高の御方の一人、ブルー・プラネット様を私の守護領域内にて発見いたしました』
「はぁ!?」
驚きのあまり書類を取り落してしまう。アルベドがそれを拾い集めてくれたが、今度はそれは気にも止まらなかた。
心のどこかで諦めながらも探し続けていたかつての仲間が、このナザリック内にいる。驚愕、そして歓喜が一気に吹き上がり、そして平坦に沈静された。
すっきりと冷静になったことに苛立ちながらもそれを誤魔化すように、取り戻した落ち着きを声色に乗せる。
「……それは間違いないのか?」
『恐れながら、間違いありません。我が創造主に関しては、ナザリック内では至高の御方々に次いで詳しいと自負しております。間違いなく、ブルー・プラネット様です』
そう、桜花聖域とその守護者である彼女を造ったのはブルー・プラネットだ。製作過程と完成披露に立ち会ったモモンガは、それをよく知っている。
彼女が断定するのであれば間違いはないだろう。続けてオーレオールに確認したが、ブルー・プラネットが転移門を使用したり、指輪の力で転移した形跡はないという。このナザリック同様、唐突に転移したと考えるのが妥当なところか。
(まぁ、理由については深く考えても仕方ない……のかな。ナザリックや俺が転移した理由も、未だに解っていないわけだし)
それよりも、今はかの友人の安全確保が最優先だ。指示を下そうと思うが、先に言葉を紡いだのは伝言の向こうのオーレオールだった。
『ブルー・プラネット様はアインズ様にお会いしたいと仰っておられますが、如何いたしましょうか』
「わかった、半刻後に私の……私室の方に連れてきてくれ。先導はオーレオール、お前に任せる。留守にする桜花聖域はヴィクティムに任せるように」
『……!よろしいのですか!』
「いいとも。むしろ、今、お前以外には任せることのできない重要な任務だ」
『かしこまりました。寛大なお言葉、感謝いたします』
つながりが切れる感覚がして、こめかみの辺りに当てていた指先を降ろす。
本来であれば一拠点を支配するものとして、本物かどうかという確たる証拠もない相手に一対一で会うのは危険で愚かな行為だ。が、そんなことはモモンガの考えからすっぽりと抜けていた。
現在、モモンガの心を何よりも占めている感情は歓喜だ。沈静化されるほど大きくはなくとも、長く強い歓喜がじわりじわりと心に滲み、表面に浮き出ようとしている。この地に転移して数週間、初めて遭遇した友を受け入れない理由はモモンガにはなかった。
ブルー・プラネット。植物系モンスターのアバターで、ドルイドのクラスを修めていた男だ。自然を愛し、現実では限りある自然を求めてユグドラシルを始めたという彼は、アインズ・ウール・ゴウンの大切なメンバーだ。
彼が引退することを相談しに来た日、その顔はゲーム内のアバターだというのに酷く辛そうなものに見えたのはよく憶えていた。
『現実で理想の自然を捜す』という彼の夢を、モモンガは応援した。
モモンガはギルドメンバーのことが大好きだ。ログインすれば『お帰り』と言ってくれたみんなが好きだ。ログアウトする前に『またね』と言ってくれたみんなが好きだ。
装備の取り合わせを一緒になって考えてくれたみんなが好きだし、一緒になってPKKをしたカッコいいみんなが好きで、鉱山を占領しようとしたときの悪い顔だったみんなも大好きだ。
『楽しい』をくれたみんなの存在は、モモンガの中で何よりも大きかった。そんなみんなが他にしたいことがあるというのなら、モモンガに止めることはできない。
『諦めなければ、きっと見つかりますよ。がんばってください、応援してます』
震える声を必死に絞り出して、うそつきな笑顔のエモーションアイコンを浮かべながら、モモンガは頬を涙が伝うのを感じた。一瞬反応の遅れていたブルー・プラネットも、きっと泣いていた。
ユグドラシルのサービスが終わるあの日、彼はここには来なかった。数度やりとりをしたメールによれば、未だダイブマシンのない環境で日雇いの仕事をこなす日々だという。彼の夢は叶っていなかった。
――もしかしたら、彼ならこの世界に留まってくれるかもしれない。
この世界に広がる自然と星空を目にしたモモンガに、そんな彼の夢を利用したどろりと濁った考えが脳裏に浮かぶ。
(俺は、なんてひどいやつなんだろう)
そんな暗さを振り払うように頭を振る。見かねた様子で、待機を続けていたアルベドが声をかけてきた。
「アインズ様、先ほどの〈伝言〉はどういった内容だったのでしょうか。警備体制に不備があったのであれば、直ぐにでも対処いたしますが」
「いや……それは違うぞ、アルベド。むしろいい報告だった。ブルー・プラネットさんが桜花聖域で発見されたそうだ」
「はっ……ブルー・プラネット様が、ですか!?」
アルベドは心底驚いた様子で口元を覆った。この報告に驚かない者はナザリックにはいないだろう、これからが忙しくなりそうだ。
「ああ。突然そこに現れた理由はわからないが、もしかするとナザリック内で他にも異変が起きているかもしれん。確認をしてきてくれないか」
「かしこまりました。……ですが、至高なるアインズ様のお考えを理解できず、質問することをお許しください。各階層の管理者に〈伝言〉を使われたほうが、私が転移を行うよりも早く事が進むと愚行致します。そうなさらないのは、何故でしょうか」
それもそうだ、とアインズは納得する。心が浮ついていた為かつい思いつきで提案したのだが、流石にアルベドの考えの方が合理的と言えた。
どうにか取り繕わなければ――アインズは強引に理由を作り出す。
「……そ、そう、だな。アルベドの考えももっともだ。だが、今まで存在を確認できなかったブルー・プラネットさんがナザリック内に転移してきた、という異常事態が発生しているだろう? もしかしたら他の仲間たちが見つかるかもしれない状況で、守護者不在の階層を別のシモベに任せるのは不安が残る。信頼できるお前にこそ任せられるのだ、アルベド。各階層の指揮を執り、異常が発生していないか。直接確認してきてくれ」
「信頼……ッ、かしこまりました! 必ずやアインズ様のご期待に応えてみせます!」
表情を別人の如く歪めた後、今までで一番速く、かつ静かに執務室を飛び出したアルベドに一抹の不安を憶えながら、ごまかしが成功したことに安堵する。
私室の警備を減らす説明をするために、モモンガも執務室を出て私室のほうへ足早に向かった。
◆
ブルー・プラネットは、困惑していた。
モモンガの私室へと案内され、一対一での会談。お互いに再会を喜び、現状の報告を受けていたのだが──
「──参ったな。オーレオールに色々と聞いていたけど、これが夢じゃないなんて」
「そうですよね、俺も最初は混乱しましたよ」
そう言って優しく笑う──表情筋がないというのにどこかそんな表情の変化が見受けられた──モモンガは、ソファに身体を預けてどっしりと構えていた。
その姿は骸骨の見た目と相まって非常に様になっていた。ゲームや漫画に登場する魔王とはこういうものなんだろうなという妄想と、これまでこのナザリックで彼がどんな生活を送ってきたのかを想像して、少しだけ心苦しくなる。
「そういえば、身体を構成してるものとか、体重が変わったからかな? 最初は歩きづらかったけど、今はもう慣れたよ。それに、ほら」
大人の親指ほどの太さの蔦を一本、右手から伸ばして見せる。ぐるりと宙で円を描くと、それは紅茶の入ったティーカップの取っ手を絡め取って口へと運んだ。
「こんな動作が、まるで当たり前みたいにできるんだ。人間とまるで違う構造なのにね」
「俺も、器官がないのに会話もできますし。完全にこの姿が自分のものになった、ってことなんでしょうね」
「嗅覚も味覚も再現されてるみたいだしね……うん、美味い」
芳しい香りを楽しんで、生い茂る葉の奥にあるらしい口の中へと流し込む。広がった渋みと甘みは、この姿で味わう初めてのものだった。
茶の感想を言う程度には落ち着いた様子のブルー・プラネットに、モモンガは説明を続ける。
「ええと、どこまで話しましたっけ?」
「サービス終了日にナザリックが異世界に飛ばされて、NPCたちが動き出して……洗脳されたシャルティアを救ったってところまでかな」
「……ありがとうございます」
救うために一度殺したことと、そもそも何があったのかは教えてもらったが……それを繰り返すのは酷だとブルー・プラネットは前向きに変換した。モモンガもそれを察したようで、努めて気丈に振る舞う。
「ええと、そうするとあとは蜥蜴人の村へとコキュートスが遠征しているくらいですかね。自分が指示した範囲ではそこまでです」
「流石だね、モモンガさん。この状況によく適応してる」
「いえ、流石なんて。……皆が残してくれたNPCが居なければ、ここまでやれてないですよ。力不足を感じるばかりです」
ははは、とモモンガが浮かべた笑いは乾いていた。その言葉と表情に、ブルー・プラネットは心の奥がぎゅっと締め付けられる。締め付ける縄の材質は罪悪感だ。『皆が残してくれた』、その裏には『皆が置いていった』という責苦が見え隠れする。
自己よりも他を優先することの多いギルド長が漏らした寂寥は、ブルー・プラネットには計り知れない。サービスの最終日まで一人でこの拠点を維持してきた彼は、心の底から再会を喜んでくれたが……もう少し、恨み言の一つがあってもいいのではと思う。
もちろん、志半ばで事故死したと説明したブルー・プラネットにそれをぶつけても仕方がないと割り切っているのかもしれないが。
しかし、そんなことをソファに身体を預けて考え込んでしまったブルー・プラネットの姿に、モモンガが邪推したのは別のことだった。
「……ブルー・プラネットさんは、ここから帰りたいとか、思いますか?」
「え?」
「……方法はまだわかってません。でも、探せば元の現実に戻る方法が見つかるかもしれませんし」
目の前の骸骨は、
かくいうブルー・プラネットは、言葉選びに悩んでいた。戻る方法は確立していない。そもそも死んでしまった自分が戻れるのかどうか、戻ったらどうなるのかも分からない。
現実で数少ない自然を追い続けるのと、このナザリック内外に広がる世界を堪能する。諸所を無視すれば答えは明白で、心の奥底にあるそれもきっと決まっているのだ。だが、そう簡単に二つ返事していいコトでもないと思う。深層へと逃げ込んでしまった答えをうまく言葉にしたくても、それは見つからない。何かで照らせば見つかるような気がする――そう考えた時、ふと思いついたのはとある風景だった。
「……第六階層」
「え?」
「第六階層に行きたいんだ。行かせてくれないかな」
自身が心血を注ぎ創り上げた最高傑作。自分の追い求めた理想の世界。
そう願う言葉の真剣さは、ギルド長が頷くに十分なものだった。
拙作の時系列は、ゲヘナよりちょっと前、コキュートス達がリザードマンの集落に向かっているころを想定しています。