蒼い惑星、地下大墳墓に転移する   作:天休観測

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蒼い惑星、地下大墳墓に帰還する

 歓談の後、ブルー・プラネットはオーレオールを連れて第六階層の通路を歩いていた。

 第六階層の転移門は、円形劇場内に続く薄暗い通路に繋がっている。何度も通い詰め見慣れた風景に一種の郷愁を覚え、かつての入れ込みようを再思してつい笑みが零れた。

 そして連鎖的に、三歩後ろを追随する彼女とともにここを訪れるのが、初めてではないことも思いだす。

 

「前に一度、君をこっそりここに連れてきたことがあったね。憶えてる?」

「ええ、忘れもしません。あの一時は、私にとってとても……とても大切な想い出ですから」

 

 あれはちょうど、夜空に点々と浮かぶ星――永続光の座標配置と出力調整が一段落ついて、全体からすると九割の作業が終わった頃だった。その時には既に桜花聖域の作業は済んでいて、彼女の配置と設定も終わっていた。その役割上桜花聖域を離れられない彼女を気の毒に思い、他のメンバーに見つからないよう、こっそりと連れ出したのだ。

 

「あれからここに来たことは?」

「ありません。……桜花聖域から出ること自体が、今回で二度目なので」

「そっか。じゃあ、完成形を見るのは初めてか。……とは言っても、俺も見るのは久しぶりなんだけど」

 

 話しながら歩くうちに、気づけば通路の終わりが見えてきた。出口から覗く景色は明るい。

 期待と緊張を胸に、深呼吸をする。

 

「目を閉じて、手を出して」

「はい……?」

 

 言われた通りに、恐る恐ると言った様子で目を閉じ、オーレオールは中空へと手を伸ばす。

 

「じゃあ行こうか」

「ぶ、ブルー・プラネット様!?」

 

 伸ばされた手を取られ、巫女は閉じた目を見開いて声を裏返した。その慌てように思わず――そんな筋肉もないはずだが――頬が緩む。ああ、なつかしい。完成した第六階層の空を披露する際、同じようなことをギルドメンバーとやったのだ。

『はい、みんな目を閉じてー。そのまままっすぐ進んでくださーい』

『いった!壁にぶつかった!』

『まっすぐって言ったでしょ!しょうがないな、じゃあ先頭の人の手を引いて先導しますからね。後ろの人は前の人の肩掴んで』

『姉ちゃんの肩どこ?』

『あぁ!?』

 ……そんな在りし日の光景を、思い出す。

 

「こらこら、目は閉じて。あ、もしかして手を繋ぐのが嫌だったかな。それなら──」

「いえ!そのようなことは!」

「そ、そう?」

 

 必死に否定した後、ごくりと唾を飲んで、オーレオールはぎゅっと目を閉じる。ブルー・プラネットも同じくその眼を閉じて、ゆっくりと手を引いた。

 すこしずつ、数えながら歩を進め、全身で光を浴びたのを感じてから──手を離し、目を開く。

 

 

 ──ああ、そうだ。こんな星空だったっけ。

 

 

 そこに広がっていたのは、降るような星々だった。砕いた宝石の破片をぶちまけたような、乱雑だがどこか自然さを感じさせる輝き。散りばめたのは自分で、それが非現実だということも知っているというのに──。

 ヴァイン・デスの植物の身体では、瞳から涙を流すことはできない。だと言うのに、心に何か熱いものが伝うような錯覚を覚えた。

 なぜ、自分はこの景色から離れて、あんなにも辛い道を選んでしまったんだろう。心の拠り所にして、つらい時にはいつも思い出していた星空だ。しかし、いつの間にか忘れ、現実の空のように靄に覆われ見えなくなってしまっていた──あの星空が、今、こうして目の前に広がっている。

 釘付けになった視線を逸らせば、オーレオールは空を見上げ、眼前の光景に瞳を見開き、そこに宝石の輝きをいっぱいに映していた。

 

「……俺が星空に拘ったのはね、みんなにも知って欲しかったからなんだ。本当の夜空っていうのは、濁った灰色なんかじゃなく、本当にきれいなんだって。皆が苦しい世界でも、美しい部分があったんだって。ここが完成して初披露した時は、全員が感嘆の声をあげてくれたんだ。あのるし★ふぁーさんでさえ何も言わなくなるくらいに、みんな驚いてくれた」

 

 見上げた夜空、ひときわ大きな星を見つめる。楽しかったあの頃、クリエイターとしての情熱はあの瞬間が全盛期だった。その原動力は、ギルドのみんなの笑顔だった。

 

「俺が初めて映像資料で見た時の感動を、みんなにも教えたかったんだ。このナザリックに星空を創るのが、最高の仲間たちが俺にしてくれたいろんなことへの恩返しだった」

「よろしいのでしょうか──そんなに尊いものを、こうして目にすることは。御方々を差し置いて私が目にしたのは、許されることなのでしょうか」

「はは……君も大切な仲間なのは同じだよ。君がいてくれたおかげで、俺は随分と救われた」

「そのようなことは……」

「ブルー・プラネット様!」

 

 唐突にかかった声に、意識が空から闘技場へと引き戻される。

 浸っていた余韻を壊されたことに刹那の苛立ちを覚えたが、それは声の主を認識した瞬間に霧散した。

 声のした方、貴賓席につながる階段を、闇妖精の少年が駆け下りてくる。何度か躓きながらも、恐らく彼の全速力でようやく話のできる距離まで近づいてきた。

 

「ぶ、ブルー・プラネット様! よ、ようこそ第六階層へお出でいただキ──ましっ、ます!」

 

 しどろもどろに一息で言い切った彼の肩は上下していた。着用しているスカートの裾がちらちらと視界に入るが、それは製作者たるぶくぶく茶釜さんの趣味だったとブルー・プラネットはぼんやり思い出す。

 

(『かわいい子にかわいい格好をさせる』という意味では間違っていないのかな?)

 

 そういう俗的な方向の話には皆ほど明るくなかったので、そう納得せざるを得なかった。とりあえず、歓迎してくれたことに素直に返事をしておく。

 

「ありがとう、マーレ。久しぶりだね」

「お、お久しぶりです! こ、このたびのご帰還、心からお喜び申し上げます!」

 

 そう言って頭を下げるマーレに、ブルー・プラネットは鷹揚に頷く。子供にまで畏まった対応をされるのには未だ慣れないが、彼らも嫌々やっているわけではない様子なのでできるだけ気にしないことにした。

 とりあえず話をするためにも顔を上げさせる。……が、その視線だけはちらちらと別の方向を向いていた。彼がおどおどとした態度を見せるのも設定の範囲内だったはずだが、どうやらそういうことではないらしい。その視線の先にいた人物に気付いて、ブルー・プラネットは慌てて紹介を挟む。

 

「ああ、彼女はオーレオール・オメガ。俺が造った、桜花聖域の守護者だよ。仲良くしてね」

「よろしくお願いします、マーレ・ベロ・フィオーレ様」

「そ、そうだったんですね。失礼しました、よろしくお願いします……。それで、ええと……ブルー・プラネット様、本日はどんな御用でいらっしゃったんですか?」

 

 軽い挨拶も済んだところで、マーレが不安げに疑問を口にした。おそらく懲罰の類を受けると想像しているのだろう、と直感的にブルー・プラネットは察する。

 

「いやいや、久しぶりに戻ってきたからね。ただこの空を見に来ただけだよ。モモンガさんから何か聞いてないかい?」

「い、いえ。最初にアルベドさんからブルー・プラネット様のご帰還について知らされて、階層全体の調査をしていたんですけど、それが終わった頃にアインズ様からもうすぐ第六階層にブルー・プラネット様がいらっしゃる、って連絡をいただいたので……」

 

(既に情報網が構築されているんだ。流石はモモンガさん、抜かりないな)

 

 マーレの話を聞きながら、内心でブルー・プラネットは感心していた。どんな組織でもこういった情報が伝達されていないのはいろいろと問題がある。恐らく、今までの道すがらに出会ったNPCたちの反応から察すると、何の連絡もなしにここに来ていたらマーレは腰を抜かしていただろう。そういうところを欠かさない辺りが流石、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長らしい。 

 

「あ、アインズ様とお話をしていたんですよね?」

「そうそう。色々話をしてきたところでね。あの人がずるい質問をするものだから、ちょっと気分転換に来たんだ」

「ずるい……ですか? アインズ様が?」

 

 怪訝そうな言葉に、ブルー・プラネットは苦笑して続ける。

 

「ずるいというか、意地悪というか……まぁ、戯れのような質問だよ。俺が元々、ここに来るまでにいた世界に帰れるなら、ここからそこに帰りたいか、っていう」

 

 求められている答えも、答える側の気持ちも決まっているというのに、さびしがり屋のギルド長はそんな質問を口にしたのだ。それをずるいと表現せずになんだというのか。ただ、簡単に決めるのは間違った質問だと思ったので、気分転換に足を動かしたかっただけ。

 だからこそ、当の本人はその質問についてなんの気なしに口にした。『笑っちゃうだろ』とでも言うように。しかし、それだけで目の前のマーレの表情は劇的に変化する。『えっ』という声にもならないような呟きと共に、もともと浅黒かった肌は真っ青になるほど血の気が引いていた。口元はわなわなと震え、何事か言おうとぱくぱくとさせている。

 

「そんな――」

 

 だが、先に悲痛な声がしたのは後方からだった。

 

「いやです──いやです!」

 

 常に平静な大和撫子として造ったオーレオールは、取り乱し、震える自身の身体を押さえつけるように抱きしめて叫ぶ。

 

「御方は──また、この地から離れてしまうのですか!? こうして、再びお逢いできただけでオーレオールは充分幸せでございます! けれど! けれど! ──もう、待ち続ける日々は、いやなのです──どうか、ご慈悲を……どうか、わたしを、わたしたちを、置いていかないでくださいまし──」

 

 そこから続く言葉はうわごとのように、しゃくりあげる音にかき消された。力なく闘技場に膝を突いた巫女の緋袴は、流れる涙に濡れて緋が濃くなっていく。

 連鎖するように、マーレも大声で泣き出した。どうか自分たちの上に、アインズと共に君臨していてほしいと懇願するその姿に、ブルー・プラネットの心の奥底で、ぐらりとなにかが煮立つ。

 今二人にできることと言えば、オーレオールのそばにしゃがみ、マーレを蔦で引き寄せて二つの背中をさすることだけだった。

 

「大丈夫、大丈夫だ。どこへも行かないよ。ごめんね、驚かせるようなことを言っちゃったね」

 

 細腕たちにすがるように掴まれた腕に、ブルー・プラネットが思い出したのはユグドラシルを引退した日だ。あの時の彼女は未だ物言わぬNPCだった。そんな彼女に、ブルー・プラネットは意味もないというのに、寂寥感から別れの言葉を告げていた。

 

(『ナザリックを離れることになったんだ。名残惜しいけど、こうしてここに来られるのもこれで最後だな……。今までありがとう。さようなら』だったっけ――)

 

 もしもあの時の記憶が残っているのなら――否、星空を見に来たことを憶えているなら残っているに違いない。

 こんなにも想ってくれていた彼女に、勘違いとはいえ二度も別れを告げるような真似をしてしまったのだ。一度目の別れがトラウマになっているのなら、彼女がこうまで動揺するのは当たり前だ。

 

(彼女たちは、親に見捨てられた子供のようなものなんだ。それなのに、あまりに酷なことを言ってしまった)

 

 軽率な自分の言動に心底後悔する。もう少し彼女らとの関わりについて、認識を改めるべきだと。

 そして、はたと気づいた──モモンガも、彼女たちと同じ。何かにすがるような表情をしていたではないか。彼の仲間として、友として。かけなければならない言葉があるはずだ。

 

 二人のすすり泣く声が収まったところで、ブルー・プラネットはモモンガに教えられたとおりにアイテムボックスを開く。中空に浮かんだ空間のねじれから取り出したのはスクロールだ。それに封じられていた〈伝言(メッセージ)〉の魔法を解放し、現在繋ぐことのできるチャンネルの一つへと意識の糸を飛ばす。それがうまく繋がってから頭に響いてきたのは、やや沈んだ様子のモモンガの声。

 

『……ブルー・プラネットさん。どうしたんですか? スクロールの実験とか?』

「モモンガさん。保留にしてた質問に答えるよ」

 

 ピン、と空気が張り詰めるのを感じた。マーレもオーレオールも不安げな視線を送ってくる。

 答えは決まっている。覚悟は、たった今決まった。深呼吸をして、簡潔に言い放つ。

 

「俺はナザリックに、命ある限り尽くすと誓う」

『……! いいんですか!?』

「ああ。モモンガさん、俺は思うんだ。どうして死んだはずの俺が、こうしてここに転移してきたのか」

 

 それは神様のいたずらなのかもしれない。もしかしたら中空に弾けて消える、儚い夢なのかもしれないけれど……今は、創り上げた星々と、確かにそこに生きている、二人が見守ってくれている。言うべきことは決まっていた。

 

「恩返しだよ。ナザリックのみんなが俺に与えてくれたこと、今までモモンガさんがしてくれていたこと。それに報いるように、俺の力の全てを使うと誓う。皆の主人として、ギルドマスターの友として。受け入れてくれるかな、モモンガさん」

 

『……もちろんです! 私は、アインズ・ウール・ゴウンは。ブルー・プラネットを、親友として喜んで迎え入れましょう』

 

 二人のシモベは、歓喜に身を震わせた。先程までの失態を責めることなく、それどころかその不安を払拭するためナザリックの支配者にその名をもって約束してくれた、慈悲深く偉大なる御方に平伏し、より一層の忠義を乗せて誓う。

 

「第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ」

「第八階層桜花聖域守護者、オーレオール・オメガ」

「「心よりの忠誠と敬愛を、ブルー・プラネット様に捧げます」」

 

『ブルー・プラネットさん』

「うん」

『おかえりなさい』

「……うん。ただいま」

 

 星々の輝きが、闘技場の三人を祝福するように照らし続ける。

 その輝きは燦然と、先ほどまでよりも増しているようだった。

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