※※※
「ジャングル」
「うん。第六階層に作りたいの」
「え……っと、俺、昼夜設定踏まえた空の調整と桜花聖域のことでけっこう忙しいんだけど」
「まぁまぁ、時々見に来て色々言ってくれるだけでいいからさ。ほら、やまちゃんが教えてくれるだけじゃ不足があるかもしれないでしょ? 植物関連ならブルプラさんの右に出る人はいないんだから」
「うーん……まぁ、合間合間でよければ。本当に口出すだけだよ?」
「やったぁ、ブルプラお兄ちゃん大好き」
「そのアニメ声ほんと笑うから勘弁して、手元めっちゃ狂う」
「ドヤァ……ところでさ、第六階層で天気の再現ってできないの?」
「無茶言わないでよ。雨降らせる魔法はあるし、天井から時間計算して定期的に降らすことは可能かもしれないけど……それじゃあ雨じゃなくてただのスプリンクラーだし。そもそも見栄えが悪くなるから俺は嫌だよ」
「そっかぁ……じゃあマーレにそういう魔法覚えさせようかな。あとでドルイドのスキルと魔法周りについても聞かせてよ」
「茶釜さんの辞書に遠慮って言葉はないのかな?」
「まぁまぁ、オーレオールの予備衣装の案一緒に考えるからさ」
「……しょうがないなぁ、お兄ちゃん頑張るぞぉ!」
「私、ブルプラさんのノリがいいとこ好きよ」
※※※
〈
言葉とともに、巻藁の刺さった根元の周囲の大地がざわめく。そこから何本もの蔦が蛇の如く這い出て、一瞬で大人ほどの高さの巻藁を覆い尽くした。
蔦と呼ぶにはあまりに太いそれらに巻きしめられた藁棒はメキメキと音を立てている。そのまま数秒の後、『べき』と嫌な音がしたところで、ブルー・プラネットはがっくりと肩を落とした。
「またかぁ……思ったより力加減が難しいな」
ナザリックにブルー・プラネットが帰還した、という重大事項をシモベ達に公式に発表する。そうモモンガから提案されたはいいものの、今はまだ守護者達が方々で仕事をしていて、全員がまとまって揃うには時間がかかるという。もちろん命令さえすればすぐにでも彼らは集まって見せるだろうが、それはブルー・プラネットとしても申し訳ない。伝言を介した話し合いの末、今方々でなされている仕事が一段落したころに執り行おうということで決着した。
そして、モモンガから提案されたもう一つの案――『せっかく闘技場にいるのだから、魔法や特殊技術の確認をしておくといいんじゃないですか』――に賛成して、今まさに実行しているところだった。
最後にユグドラシルで魔法を使ったのは何時のことだったか。そちらではアイコンのクリック一つで発動するという非常に手軽なものだが、現実化したこの世界ではどうだろうか。経験者のモモンガ曰く、『実際に使おうと思えばわかりますよ』だそうだ。
本当かなぁと疑いつつ、とりあえず言われたとおり意識の奥底を探るように思考の波に飛び込む。探り、思い浮かべれば――脳裏に張り付いていたような、その能力を思い出せた。メンバー内ではそう多くない方だった、魔法の種類、効果範囲、消費MP、再詠唱までの時間の、それらすべてが。モモンガが言っていたのはこれのことかと、ブルー・プラネットは納得する。現実では到底使えない『魔法』を、ここでは自分の力として使うことができる。
(――ワクワクするじゃないか)
別に、昔から魔法使いになりたかったとかそういうわけではない。それでも、自分が現実ではありえない力を手に入れたというのはそれだけで興奮する出来事だった。
そうしてとりあえず選んだのが〈
ありがたいことに、先にドルイドとしてこの世界で活躍しているマーレがいる。どう思うか聞いてみれば、
「す、すごいです! 〈植物の絡みつき〉は、お、主に足止めと、拘束に使われる魔法ですけど、あの信仰力で発動すれば拘束したまま生物を絞め殺すことも可能だと、お、思います!」
などと瞳をキラキラ輝かせて宣うものだから、反応に困った。
「とは言っても、魔力関係のやりくりは攻撃系魔法職を取ってるマーレの方が得意だし、このくらい簡単にできるんじゃない?」
「そ、そんなことないです!ぼ、ぼくなんて、ブルー・プラネット様と比べたら……い、いえ!比べるのも、不敬だと思うんですけど!全然たいしたことないですから!」
マーレはあくまで謙遜の姿勢を崩さない。設定通りのオドオドした姿には庇護欲を刺激されるが、自身の実力を過小評価はして欲しくなかった。だからこそ、ブルー・プラネットはマーレが既に果たした大役を褒めることにする。
「いやいや。だって、このナザリック周辺の隠蔽はマーレがやったんだろう? 結構な規模の《大地の大波》を使ったそうじゃないか。ドルイドとしての実力はモモンガさんの折り込み済みだ」
少年が左手薬指に収め、時折大事そうに撫でていた指輪を指す。もう少し自分に自信を持っていいんだよと言えば、マーレは覚悟を決めたように『はい!』と元気良く答えた。子供は素直が一番だ、とブルー・プラネットは頷く。
「まあ、つまるところ効果の大小は調整ができるという解釈でいいかな?」
「は、はい。絞め殺すとまでは行かなくても、意識を失うほどにもできるかと」
相手に負担を与えないという発想はないのだろうか。
――ともかく、マーレ付添いの元、魔法を行使していく中。巻き藁を潰さずに拘束できるようになるまでにそう時間はかからなかった。
なんとか形を留め、今も蔦に締め付けられたままの巻き藁に向け、最後とばかりに腕を振る。
〈
頭上の星々が煌いたかと思うと、その輝きが指先に集中し、球となって的に着弾。
一筋の閃光とともに白い炎を上げて、藁で出来た人形は溶けるように崩れ落ちた。
ユグドラシルの時と、ほぼほぼ同じ仕様の魔法。ブルー・プラネットは数度頷き、隣でほうけた表情をして立っているマーレに向きなおした。
「うん、うん。マーレ、何かおかしなところはあったかな?」
「いえ! も、問題ありません」
「そうか」
ブルー・プラネットとしても、特段の問題はないと判断した。しっかりと意識さえすれば、正しい力の範囲で魔法は使用できる。
他にも色々と試したいことはあるが、ドルイドたる自分は基本的にバフ・デバフ・回復とサポートを担当する中衛だった身だ。そういった実験台に守護者達を使うのは気が引けたので、今回はここで終了とした。その旨をマーレに伝え、ドラゴン・キン達に後片付けを指示させる。
さらに、一段落したらサインを送ると言って貴賓席に待機させていたオーレオールへと手を振って見せる。オーレオールはその場にすっと立ち上がって転移を使い、瞬きの内に近くに現れて上品に拍手した。
「素晴らしいお力でした。至高の御方直々にその一端をお見せ下さったことに、深い感謝を」
「う……うん。まあ第六階層でしたいことは一通り終わったし、モモンガさんにも『指示があるまでナザリック内であれば好きに動いていい』って言われてるから、次は少し上の第二階層に行こうか。マーレ、手伝ってもらってありがとう。突然だったけど、俺はまたナザリックでモモンガさんや、みんなとともに活動できることになった。これからも第六階層を、よろしく頼むよ」
「は、はい!よ、よろしくお願いします、ブルー・プラネット様!」
マーレは、至高の御方が帰ってきてくれたことが兎に角嬉しかった。
特に嬉しかったのは、ブルー・プラネットが自分の創造主であるぶくぶく茶釜と仲が良かったのを知っていたからだ。彼はぶくぶく茶釜と共に、巨大樹の中で、自分にドルイドとしての技術の一部を教えてくれた師のような存在でもある。
そして、自分たち双子に任された第六階層の星空を創り上げた張本人だ。至高の御方に優劣をつけるのは不敬なことだとわかっていても、この人はモモンガと同じように特別な人の一人なのだ。
お隠れになっていた間に何があったのか聞きたかったけど、その必要はなかったと確信する。目の前で披露された魔法は、まだまだ至高の存在として本気を見せていないのに、自分の使う魔法より遥かに尊いものだった。御方はきっと、お隠れになっていた間もどこかで戦っていたのだろう。そしてそれに勝利して、ナザリックにご帰還された。
マーレは、これまでの頑張りのさらに倍頑張ろうと決意した。
尽くすべき至高の御方――自分たちの創造主が全員帰ってくる、その日を信じて。
そんな想いを込めたためか、勢いよく礼をしたことでその場につんのめって転げそうになってしまった。
ブルー・プラネットはそれを緊張によるものと受け取り、肩を受け止めながらきっと双子の姉がこの場にいればツッコミの一つでも入れたのだろうと思う。
しかし、彼女がどこかで仕事をしているのは知っているが、どこに行ったのかまでは聞いていないことに気付く。あとでモモンガに尋ねても良いだろうが、ブルー・プラネットは素直な疑問としてこの場で口に出した。
「そういえば、アウラはどこで仕事をしてるんだい?」
「お、お姉ちゃんが出かけてるのはトブの大森林です。アインズ様からのご命令で、森の中に要塞を作るように指示を貰ってて……」
「ほう、大森林」
「ブルー・プラネット様」
自分の創造主が単語一つに露骨に反応したことを、オーレオールは見逃さなかった。にっこりと浮かべた笑みが少しだけ怖いが、彼女はモモンガから『ブルー・プラネットが勝手に外に出たりしないように抑える』役目を持った監視役でもあった。
監視されている側のブルー・プラネットも、少し自然的単語を耳にしただけで目を輝かせてしまったことに気づきぽりぽりと頬――にあたる部分を掻きながら、申し訳なさそうに遠くそびえる巨大樹を見る。
「わかってる、わかってる。今日はアンフィテアトルム外のジャングルを見るだけにしておくよ」
「寛大なお言葉、心から感謝いたします」
「あ、あの、もしブルー・プラネット様がよろしければ、今から僕にジャングルの案内させていただけませんか?」
マーレがぜひ、と食い気味に提案する。
先に予定してたのは上層の見学だが、言われてみればジャングルを先に回る方が無駄もないとブルー・プラネットは納得した。
「それは良い。せっかくだから頼もうかな。……しかし、ここも広いし全部回るのもなぁ。……よし、アウラのペット達はまた後日彼女に頼むから、それ以外の部分をお願い。良ければ巨大樹にも上がらせてもらっていいかな?」
「も、もちろんです! ブルー・プラネット様にご覧いただけるのなら、こ、光栄です!」
闘技場を出るべく歩き出した三人組。先導するはマーレ、それに次いでブルー・プラネット、オーレオールの順に並んだが、ブルー・プラネットとしてはもう少しフレンドリーに、隣に立って話などしながら歩きたいところだ。
そんな創造主の心内を知ってか知らずか、オーレオールは歩を速めてブルー・プラネットに声をかける。
「先ほど、次に向かわれるとお話されていた第二階層はシャルティア様の守護階層ですよね。彼女に何か御用でしたか?」
「あれ、あそこもそうだっけ?上の方はいじってない分あんまり詳しくなくて……そっか、彼はシャルティアの部下だったし……なら先にシャルティアに会うのが筋か」
きょとんとした表情で、オーレオールは目の前でぼんやり中空を見るブルー・プラネットの横顔を見る。
「違いましたか? 私、てっきり彼女にお会いするつもりなのかと」
「うーん、目的らしい目的はさっきの実験で済んじゃったからね。あとは個人的に気になるところに行くだけさ」
「それで第二階層に、ですか」
「うん。“黒棺”に」
「黒……」
その場所と居住者の姿を思い出し、声にならない悲鳴をあげて、オーレオールの顔色はみるみる内に青くなっていく。
それを露も知らず、前を歩くブルー・プラネットは嬉しそうな声で語り始めた。
「いやぁ、るし★ふぁーさんは流石だよね、よくわかってるよ。ああいう愛玩生物でいっぱいの部屋なら誰だって足を止めちゃうだろうし、罠としてよくできてると思うなぁ。あの中にダイブできる罠は第一階層だったっけ? またやりたいなぁ。元気なんでしょ?『恐怖公』も」
「あ……あ、ああああの、そう、なんと申しましょうか……え、ええ、元気……ですね、おそらく、きっと」
オーレオールは、創造主の表情とは対照的に自分の顔色が悪くなっていくのを感じた。至高の存在にこしらえてもらった巫女服の背部が冷や汗で濡れる。
やっとの思いで絞り出した言い訳じみた言葉に、創造主は小首を傾げ、意図せず追い打ちをかけてきた。
「あれ?桜花聖域の『
至高の御方々の与えてくださった居所に配置された『水晶の画面』、その一つは常に黒い何かが大量に蠢いている様を映し出しているのを思い出した。そして、よりにもよってそれを配置したのが愛する創造主であるために中継先を変更できないことも。
この危機的状況を打破すべく、話題を転換させることに全力を尽くす。それは不敬であるともわかっていたが、オーレオールは息を飲み、覚悟を決めて口を開いた。
「そ、そうです! 本日ももう良い時間ですし、見学された後は巨大樹内でお休みになられるというのは如何でしょう!? この素晴らしい夜空をご覧になりながら一夜を過ごされるのはとても素敵なことだと思うのですが! マーレ様もそう思いませんか!?」
「えっ、ええええ!? 確かに、この夜空は綺麗ですけど……ブルー・プラネット様が、お望みになるのでしたら」
「どうしたの二人とも、大きな声出して……」
「いえ、失礼致しました」
急に早口になったかと思えば、楚々とした態度に戻るのも急だった。
しかし、夜空が続いていたおかげで気づかなかったが、既にずいぶん時間が経っているのは事実のようだ。そろそろ睡眠をとるにもいい頃合いなのは間違いなかった。
「たしかにそれはいい提案だね。部屋で休もうかとも思ってたけど、ここは周りに植物が多いしゆっくり休めそうだ。いいかな、マーレ」
「も、ももちろんです! ……あ、あの、オーレオールさん、ちょっと顔色悪いですけど、大丈夫ですか……?」
「大丈夫です、私は大丈夫です……」
愛する大自然に触れられる機会に、ウキウキと言った様子で森へと向かうブルー・プラネットと、それを追うマーレの後姿を見て、巫女は溜息を吐く。つい先程、星空の下で誓った忠誠とはなんだったのか。
「ああ、至高の御方々、お許しください。愛する人が好み、敬愛する方々によって造られたものでも、その全てを愛することができない愚かな私を……。」
創造主に聞こえないような小声で呟かれた嘆きは、誰の耳にも届くことはなく、
しかし至高の四十一人が耳にすれば、その内二十八人は『わかる』と同意せざるを得ないものであった。