※※※
「風呂のバリエーションはやっぱ多くしてえところだ。現実じゃ贅沢なんてもんじゃないからな、こういうところでこそ拘らないと」
「確かに。せっかく水の量を気にせず使えるし、見た目だけでも楽しめるようにしたいね」
「だろ? まぁ湯に関しては案があるから大丈夫なんだが、景観がちょっと悩みどころでな。やっぱ伝統的にはでっかい山の絵とか配置したいんだが……まあ、この予定図面を見て欲しい」
「えーと、一、二の……十一、十二個あるこれが浴槽? 確かに多いね。ん? いや、それにしてはちょっと大きい?」
「いや、その十二個は区画分けだ。それぞれの中に浴槽を配置する」
「多っ、広っ! ええ、これ本当にお風呂なんだよね? すごい熱意だなぁ」
「第六階層の空だけでなく方々に駆り出されてる人には負けるぜ」
「ウッ」
「まあ、実際ブルプラさんのそんな熱意を俺も借りたくてよ。ここの幾つかに配置する植物を選んで欲しいんだ。せっかくみんなで入るつもりなんだから、隅々まで拘りたいじゃねえの」
「……そこまで言われたら、手伝わないわけにいかないじゃないか。任せてよ」
「サンキュー! 恩にきるぜ、逆に手伝えそうなことがあればなんでも言ってくれよな」
「ん? 今なんでもするって言ったよね?」
「言ってな……おい、るし★ふぁー、てめぇ何しに出てきた」
「えー、べる公が呼んだんじゃねーかよ! 俺の作ってるゴーレムを風呂に置きたいって言ったのおめーだろ?」
「そういやそんなこと言ったな。すっかり忘れてたわ」
「ひどくね?」
「るし★ふぁーさんのゴーレム……不安だなぁ、急に動き出したりしない?」
「あ、だいじょぶだいじょぶもーまんたい。“今は”動かないようにしておくから」
「「“今は”!?」」
※※※
第六階層のジャングルをじっくりと堪能したブルー・プラネットは、闇妖精二人の居所である巨大樹の一角に居た。マーレに案内された一室、木材百パーセントの部屋の内装に最初に覚えたのは感動だ。冷静になって思い出せば、食い気味に木造住宅の素晴らしさを説明した時の二人の苦笑っぷりには心に来るものがあった。
それはともかく最高じゃないか異世界とベッドに飛び込み、マーレとオーレオールにも各々休むように指示を出して下がらせた。
……それから数時間経って、ブルー・プラネットの身に一つの問題が発生した。
(……眠れない)
と、言うよりも、一向に睡眠欲が沸く気配がない。モモンガがアンデッドであるがゆえに睡眠不要なように、『
そうなると、せっかくマーレ達にもらった休憩時間が無駄になってしまう。残念ながらアイテムボックスに暇つぶしができるアイテムは――ないこともないが、この室内で使えるものに限定すれば無い。
まずは部屋から出るとしよう。墳墓内の散策を続けるなり何なりとすることはいくらでもある。わさわさと葉を揺らしながら扉を開いた。
「お早うございます、ブルー・プラネット様」
「…………お、おはよう」
口から心臓が飛び出そうになったのを必死に抑え、努めて平静を装う。開いた扉の目の前に立っていたのはオーレオールだった。
「え、休んでてって言ったよね俺。まさかずっとそこにいたわけ?」
「八肢刀の暗殺蟲の皆様をお付けにならないのですから、誰かが居なければ万一の際、御身の盾になることができませんので。マーレ様と協議した結果、僭越ながら私がこちらで待機させていただくことになりました」
にっこりと笑顔を見せるオーレオールの表情はさもそれが当然とでもいうようだったが、ブルー・プラネットは内心で距離を取った。ここまでの忠誠を向けられるに値する人物として在ることができるだろうか――そんな不安が心をよぎる。
だが、ブルー・プラネットは同時に顔を顰めた。どうにも彼女たちシモベの中では当たり前になっているようなので、こればかりはしっかりと口にしておく必要があるだろう。
「盾、か」
「至高の方々の御身は何よりも優先されるべきものです。それに比べれば、我々の命など軽いものです」
まるでそうするのが最善であるように言う彼女らシモベ……事実、ブルー・プラネット自身の保身の為であればそれが最善であることはよくわかっている。けれど、偽善と言われるかも知れないが、既に一生命として存在するNPCのその発言は見逃すことができなかった。
「……君たちが俺たちを大切に思ってくれているのはよくわかってるつもりだ。でも、それとは同じくらいに、君たちのことも俺たちは大事に思ってる。そんな風に粗雑な物言いをするのは、俺はあまり好きじゃないな」
ブルー・プラネットは自己犠牲を良しとしない。その言葉で、オーレオールの顔ははたと時が止まったように真顔に変わった。果たしてこれで伝わってくれればいいのだが。
「……失礼しました、ブルー・プラネット様の御気分を害してしまったこと、お許しください」
「これから気を付けてくれれば、それでいい」
二人の間に、夜特有の寒気漂う風が吹き抜けた。ざあざあと枝葉が擦れ合う音だけが響いている。
ここで気の利いたことの一つでも口に出せればよかったのだろうが、目の前で視線を伏せる女性に何を言うのが正解だか、ブルー・プラネットにはわからなかった。
「……と、とりあえず、睡眠はもう十分だから別のことがしたいんだよね。何をしたらいいと思う?」
考えた末に出てきたのはそんな言葉だった。あまりにお粗末な結果だと思うが、答えを求められたオーレオールは数瞬の後に口を開く。
「お風呂、などは如何でしょう? 御就寝のあとに入るお風呂はいいものだと、至高の御方が仰っているのを小耳に挟んだ覚えがあります」
(多分ベルリバーさんだな)
おそらくそんなことを言うのは彼くらいだろうと、風呂の細部にやたらとこだわっていた友人を思い出す。
しかし、オーレオールの言う通り。確かに風呂――第九階層にあるスパリゾートナザリックは、自分も口出しをした区画だ。現実化したこの世界であれば実際に入り、汗を流すことも可能なのだろう。植物の身体で汗を掻くのかはイマイチ実感がないが――
――もしやと思い自身を見てみれば、太い根っこのような手には所々土が張り付いたり、挟まったりしている。少し視線を下せば、脚も同様だ。
先ほど、ジャングルを大はしゃぎで走り回った時についたものだろうか。途中ですっ転んでマーレとオーレオールをひどく心配させたのを思い出して、葉で構築された顔が赤く色づくような錯覚を覚えてそれを振り払う。
「……確かにそれは良い案だ。ありがとうオーレオール」
「御礼など、もったいないお言葉です」
「謙遜することはないさ。……ああそうだ、せっかくだしモモンガさんも誘ってみようか」
色々と話足りない部分はあるし、今も仕事をしてくれているだろう彼の軽い息抜きになるはずだ。
さっそく着替えと入浴用のセットを用意するべく、ブルー・プラネットは私室へと転移した。
◆◆◆
風呂の効能を楽しむためにも、ブルー・プラネットとモモンガはいくつかの耐性を切って脱衣所に立っていた。
男湯の前までついて来たメイドとオーレオールが『お背中をお流しいたします』と進言してきたのをやんわりと断ったエピソードに二人して苦笑しながら。
「モモンガさん、ここに来てからずっと働きづめなんでしょ? いくらアンデッドが疲労無効だからってそれはダメだよ。潰れちゃうって」
「いやいや、最上位者が働かないと部下に示しがつきませんから」
「それ、逆も然りじゃない?」
「……仰る通りでございます」
「ね? やっぱり、たまには休んだ方がいいよ」
「はは……とりあえず、今日はめいっぱいお湯に浸かって癒されますよ」
そして二人が選んだのは、ベルリバーが主になって造ったジャングル風呂。軽くかけ湯をした後肩までゆっくりと浸かり、至高の造物主二人はのんびりと身体を温めていた。
入るまでは思い出話に花を咲かせていたものの、こうして湯に使ってみるとなんとも恍惚として、沈黙が続いてしまう。『はぁ』とか『ああ……』とかいう、感嘆とも取れる喘ぎ声をもらすばかり。
そんな中、誘った側である手前、こうして黙っていることもないだろうとブルー・プラネットの方が徐に口を開く。
「……しかし、部下たちがずっと張り付いてるのはどうもこう、肩が凝るね。肩ないけど。モモンガさんもこうしてたまに休まないと大変でしょ」
「はは、それに関しては間違いないですね。疲労っていうバッドステータスがないから油断してましたけど、こうして休んでみると――あぁ、やっぱりこれからは時々休憩を入れることにします。いいものですね、お風呂って。ベルリバーさんがこだわってたのも納得だ――」
「その分、俺も手伝うから。負担になりすぎて、つぶれたりしないでね。」
「はい……」
隣の骸骨は、骨だというのにどこか気の抜けたような表情をしている。やはり誘ってよかった。友人ベルリバーの『温泉はいいぞ。』という言葉にも、今なら納得がいくというものだ。ことあるごとにそれでゴリ推そうとするから何を言ってるんだこいつ状態だったが。
「……そうだ、ナザリックのみんなに『ブルー・プラネット帰還』ということで公に発表するって話し合ったじゃないですか。もうすぐコキュートスの作戦が一段落するので、その時にでもやりましょう……」
「ああ……そうだよね、それはしないとダメだよね……みんなになんて説明したらいいんだろう。俺、一度ナザリックを離れてるのに」
「そこに文句言うような奴は、うちのナザリックにはいませんよ。ああー」
「モモンガさん、沈んでる沈んでる」
出汁取り用の骨にでもなる気かいと軽口をたたきながら、すっかり緩んでしまったオーバーロードを引っ張り上げてやる。
「ありがとうございます。ああー……じゃあ、何かいい感じの話を作ってみますか? 守護者の中には『至高の方々はどこかで今も戦っている』みたいな考えの者がいるみたいですし」
「ううん……それは名案かもしれないですけど……みんなに嘘、つきたくないなぁ」
「そうですか? みんながそう勘違いしてるわけですから、嘘とも言い難いと思うんですが」
「うん……でも、オーレオールには……娘には、嘘つきたくないなって」
「娘、ですか」
ぽつりとつぶやかれた関係性に、照れ交じりの笑みが見える。
「はは、やっぱり変かな? なんだか愛着がわいちゃってさ。彼女、子供みたいに泣くんだよ。俺のこと恨んでるんじゃないかと思ったけど……そんなことなかった。涙を流して再会を喜んでくれた彼女に嘘をつくのは、不義理だなって」
モモンガは、そんなブルー・プラネットの言葉に静かに耳を傾ける。
これまで感じていた、創造主と僕たちの絆。ブルー・プラネットとセレーシアの間には、それが確実に存在している。
――ほほえましいじゃないか。
デミウルゴス達に創造主の影を重ねていたのがあながち間違いでもないということに、モモンガは内心で喜んだ。
「わかりました。できるだけ真実に近い、優しい嘘を吐きましょう。本当のことを丸丸話すのは、確かにリスクが高いですから」
「――ありがとう、モモンガさん。わがままを聞いてくれて」
「いいんですよ。さて、どんな話にするかはまたあとでじっくり考えるとして……」
ザバァと波紋を立てて骸骨は浴槽を立ち上がる。
「そろそろ別の風呂に行くとしますか!」
「いいね、俺、次はチェレンコフ湯入りたい!」
「いいですともいいですとも! なんせ入り放題ですからね! いっそ全湯制覇しちゃいますか!」
「お、さすがオーバーロード! 強欲強欲!」
それから本当に全湯制覇して、湯あたりで若干動けなくなったのはシモベ達には内緒、二人だけの秘密になった。
◆◆◆
「流石にハシャギすぎましたね」
「反省します」
気づけば時間も結構経っていた。業務の途中で抜け出してきたモモンガは結構焦っている。というかいい年した大人がハシャギすぎたとお互い恥じ入っていた。
急いではいるが、執務室も九階層にある手前わざわざ転移することもないということで、やや早い競歩くらいの速度で歩いている。
すると、向かい側――まさに執務室の方から、白い衣装を身に纏った女性が歩いてくるのが見えた。
「アルベド」
「アインズ様! ……ブルー・プラネット様、よくぞご帰還なされました。心よりお喜び申し上げます」
ナザリックにおける守護者の統括役のサキュバス……だったとブルー・プラネットは思い出す。突然の平伏も、もはや本日何度目かはわからない。慣れた対応で顔をあげさせる。
「ああ、ありがとう。また君たちに会うことができて俺も嬉しいよ」
「光栄の極み――アインズ様、裸の付き合い、というのはもうよろしいのでしょうか?」
「うん? ああ、そうだな。思ったより楽しいひと時が早く過ぎてしまってな、業務を放りだしてすまなかったなアルベドよ」
「放るなど! アインズ様が至高のご友人との交流を優先されるのは当然のことでございます」
アルベドのあまりの熱烈ぶりに若干引きながら、ブルー・プラネットは彼女の表情を見る。
製作者のタブラさんとは積極的なかかわりは少なかったが、実に美しい見た目をしている。こうしてモモンガと相対している様は絵になるなぁと一人頷く――と、
そんなブルー・プラネットの視線に気づいたのか、彼女の金色の瞳がチラリとこちらを向いた。心臓がドクンと跳ねた。それはどこまでも冷たく、鋭い。
恋煩いだとか、そういうものならまだマシで――その瞳からブルー・プラネットに突き刺さった感情は、恐怖だった。
「アルベドよ、これからブルー・プラネットさんにもこのナザリックの管理にかかわってもらう。どの仕事を任せるかも含めて、後でデミウルゴスも交えて話し合いをしたいんだが――」
「かしこまりました」
モモンガの言葉で、その獰猛な瞳は形を潜めた。
なんだったのだ、今のは。
「……? ブルー・プラネットさん、どうした?」
部下の前では支配者ロールを徹底しているモモンガは、立ち止まったままピクリとも動かないブルー・プラネットに声をかける。
「ああ――いや、なんでもないよ、モモンガさん。とりあえず俺はここで失礼しようかな、本当はすぐにでも業務について話し合いたいけど、デミウルゴスもまだ戻ってこられてないんでしょ? アルベドとの二人きりを邪魔しても悪いし、ね」
「あ、ああ、うん? まあ今日転移してきたばかりだし、ブルー・プラネットさんも疲れているだろうからな。あとは部屋でゆっくりと休んでくれ」
「はーい。あ、今日は後でシャルティア達に会いに行く予定だから、何かあればよろしく」
『モモンガ』と呼んだ時、またあの瞳がこちらを睨んだ気がしたが、二人きりを提案したらそれは歓喜のものへと変わったようだ。
何か得体のしれない恐怖。しばらくアルベドからは距離を置いた方がいいかもしれないな……そう思いながら、そそくさとその場を立ち去ることにした。
「さ、アインズ様。ブルー・プラネット様からのせっかくのご提案ですから、二人きりで業務の続きと参りましょう」
「ああ……」
残されたモモンガは、突如挙動不審になったブルー・プラネットに困惑しながらも、アルベドに手を引かれ、執務室へと連れていかれた。