蒼い惑星、地下大墳墓に転移する   作:天休観測

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 第八階層、桜花聖域。

 

 オーレオール・オメガはその日も、居所たる社にて転移門の管理……即ち、誰が何処の転移門を使用しただのと言った履歴の帳簿付けだとか、その行き先がナザリック外部だった時の接続であるとかを行っていた。

 

 創造主にそうあれと作られている上に、もう一つの役割である至高の存在の象徴の保管のためにこの地を離れられない身ではあるが、それはナザリックのシモベとしては瑣末なことだとオーレオールは納得している。それで至高の御方々の役に立てないのであれば話は別だが、今こうして勤めている役割は階層守護者達に並ぶほど重要なものだと理解しているからだ。それは誇りを持って取り組むべき仕事であり、与えてくれた至高の存在に送る感謝の念は尽きることはない。

 

 だからその日もいつも通り、せっせとナザリックのために働いていた。こうしてきっといつまでも、ナザリックの繁栄の限り……つまりは永遠にこれが続くのだろうと思っていた、その日。

 いつもとは違うことが、一つだけあった。

 

 ざあと桜の枝花を揺らし、一つの風が吹き抜ける。

 

(……泣いている?)

 

 風が届けた薄紅の花弁に乗っていた感情を読み取り、社を出る。近くにあった一本の桜の幹に手を添えれば、そこから感じ取れたのは悲しみ……ではなく、歓喜だった。

 こうして木々の感情を読み取ることができるのもひとえに創造主にこうあれと造られたがゆえだが、千もの本数の桜が植えられたこの地で、目に見えるほどの歓びに花弁を溢しているのは珍しいことだった。

 はて、今日は手入れにも特別なことはしていない。いつも通りだというのに、何をこうも喜ぶようなことが……そう思って、瞬時。

 

「まさか」

 

 聞き間違えるはずもない、あの御方の笑い声だ。それが耳に入ったのと、走り出したのは同時だった。草履が躍り、人間とは思えない速度で声のした方へ、あの絶対の支配者の気配へと迷いなく駆ける。

 二百本ほどの桜を潜り、ようやく見えた姿に心臓が跳ねた。乱れた衣装と息を整え、一歩一歩と踏みしめる。距離を詰めるごとに肌に感じる至高の気配が濃くなり、表情が緩みそうになるのを抑えた。この御方に造られたのは淑女としての自分なのだから。……けれど、それでも湧き上がる歓喜を抑えられない。せり上がった感情に胸が一杯になり、目の前で地に顔を向けたままの御方にどう声をかけるべきか迷ってしまう。

 『如何されましたか』。『お帰りなさいませ』。『お待ちしておりました』。

 どれが正解なのか、むしろ声をかけること自体が不敬だとも思う。伏せたままのその顔を見たいという焦りが自制心を上回り、閉じようとした口からぽろりと言葉が溢れた。

 

「ブルー・プラネット様……?」

 

 何を疑問系にしているのか、目の前の御方が放つ気配、雰囲気は間違いなくその人の物だと言うのに、あまりの嬉しさに目を疑ってしまう。これが夢でないことを祈り、どうか、どうかそのお顔をこちらに見せて欲しいと祈りを捧げれば……その祈りは神に届いたようだ。伏せていた顔をこちらに向け、御方は鋭くも慈愛に満ちた視線を向けてくださる。

 その視線を一人この身に受けることの、なんと光栄なことか!

 

「ブルー・プラネット様、ブルー・プラネット様なのですね……?」

 

 その一挙手一投足に、目の前の尊い存在が今まで待ち侘びていた至高の造物主その人であることを確信し、ついその慈悲に甘えてしまう。お顔の次はお声を聞かせて欲しいと、確信しているのに確かめてしまうのだ。シモベとしてそれがどれほど愚かで不敬な行為か、頭では理解できていても欲望が許してはくれなかった。待ちに待った創造主の帰還に、涙腺が熱くなる。それでも耐えねばと、至高の御方の前で無様な姿を晒すわけにはいかないと耐えていた……のに。

 

「ええと、オーレオール……?」

「はい……嗚呼、ブルー・プラネット様……!」

 

 創造主は、与えてくれた名前を呼んでくださった。余りの光栄さに天にも昇るような歓びを覚え、決壊した堤防に涙を止める術はない。感情そのままに、創造主の胸に飛び込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 今になって思えば、恐れ多いにもほどがある行動だった。御方のお身体に軽率に触れるなど、他のシモベに知られれば、命を持って償うべき不敬だと言われることだろう。

事実、オーレオール自身もそう考えている。だからこそ創造主ブルー・プラネットの慈悲深くも厳しい言葉は重いと、つい先程の出来事を思い起こす。

 

「『大事に思っている』……ですか……。」

「どうかされましたか?」

 

 不意に口をついた言葉に、アインズに着いてきていた一般メイドが反応した。

 大浴場へと向かわれたお二人に付き従ったメイドとオーレオールは、互いにアインズとブルー・プラネットのお背中を流させて欲しいと進言したが、それは菅もなく断られてしまった。お二人からすれば久々のご友人同士の時間、確かに邪魔をするのは無粋だと気付いたのは二人が暖簾を潜ってからのことだった。代わりに、御方々双方の私室前で待機をするよう言い付けられていたので、今は第九階層をとぼとぼと歩いてる途中である。

 周囲に至高の存在がいないことを確認し、ひそひそとブルー・プラネットの言葉を教える。一般メイドとは違うものの女中としての役割を与えられた手前、オーレオールもこそこそ話の類は好みだった。

 とはいえその内容はあくまで至高の存在から語られた言葉であり、神託のようなものだ。言いふらしたりはしないように、と口止めをしておくのは忘れない。

 

「……そんなことが」

 

 メイドは困惑の表情を見せる。

 我々シモベは、その命が御方に奉仕できるならどんな苦痛でも褒美に変わるのだ。むしろ、御方々のために命を捧げられるというのであればその死こそ何よりも甘美なものになるだろう。

 なのに、ブルー・プラネットはその命を大事にしろと言う。我々はアインズ・ウール・ゴウンの所有物であるからこそ、彼ら至高の存在が気にかけてくれているのも重々承知しているつもりだ。

 慈悲深き御方なのですね、と言うメイドに頷いてみせる。そのとおり、創造主はお優しい方なのだ。

 

「口ではなく、その時の行動で示せということなのでしょうね。わざわざアピールするような真似は止せ、と」

「きっとそうですよ。至高の四十一人の皆様のためなら、私、何だってする覚悟です。オーレオール様も、そうでしょう?」

「もちろんです」

 

 もはやナザリック内では当たり前の考えに頷いて、メイドと別れブルー・プラネットの私室へと向かう。

 扉の前で待機しながら、先程のメイドとの会話ではあげなかった、自らの二度目の失態を思い浮かべた。

 

(ブルー・プラネット様は不問にしてくださったけれど、アレは本当にいけなかった)

 

 再会した時よりも激しい、感情の渦に囚われた……自分の事だというのにどこか他人事に、オーレオールは分析する。

 

(そう、あのお言葉。“帰る”、というお言葉を聞いた時)

 

 まるで条件反射のように、甘美なはずの御方の言葉はその続きが一切聞き取れなかった。耳を塞いでいたわけでもない、ただ吹き出した感情に飲まれ、ただただ赦しを、懇願してしまった。どうかこの地に残って欲しいと、どうか去るなど言わないで欲しいと。口からはそんな言葉が出てくるというのに、身体は必死にそれを止めるように動いて、あの瞬間だけ、まるでぐちゃぐちゃの粘体か何かになってしまったような錯覚を得たのを憶えている。

一度目の別れ……ブルー・プラネットが『お隠れ』になったあの日。至高の御方との想い出はどれも、輝く宝石のようなものばかりなのに、その日のやりとりだけは思い出そうとすると身体が拒否して、嗚咽と涙が止まらなくなる。それほどに、辛かったのだ。

 

 どうか、この地に留まって欲しい。永遠に我らの上に君臨していて欲しい。何よりも愛する創造主、ブルー・プラネットに今望むのは、それだけだ。

 

「……しっかりしなさい、私。」

 

 パチンと頬を軽く叩き、気合を入れる。もうあの御方はこの地に帰ってきたのだ。大丈夫だ。あの御方は優しく私達の背を撫でながらそう言ってくれたではないか。そして、アインズ・ウール・ゴウンの名の下に誓ってくれたのだから。

 そんな偉大なる創造主に造られた者として、立派に務めは果たさなければいけない。

 

「……えへへ」

 

 背と頭の撫でてもらった場所に触れれば、創造主のあの逞しい触腕のあの熱を感じて頬が紅く染まる。

 この後アインズとの風呂が終わり、きっと私室で準備をして墳墓内の散策に向かわれることだろう。近侍として、側仕えとしてそれに同行できるのは光栄なことだ。アインズ様の御采配には感謝しなければならない。

 さて、そうすると次はどこに行くのかしら……そうじっと思案にふける。

 楽しそうに語っていた創造主に表情を綻ばせ、しかしその内容を思い出して血の気が引いた。

 

「第二階層……ああ……」

 

 あの場所には行きたくないと、未熟な自分が猛烈な拒否反応を示す。

 それでも、偉大なる創造主に造られた者として。立派に務めは、果たさなければいけない。

 

 

 

 

 

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