漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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あの出会いから三日後の夜、落ち着かない様子で私室にいるアスリューシナの元に……


11.密会(1)

キリトゥルムラインがユークリネ公爵邸のアスリューシナの私室を訪れた三日後の夜、約束の

言葉通り、当たり前のように再びガラス扉をノックする音がアスリューシナの耳に届いた。

ガラスの向こうには穏やかな笑みを浮かべているキリトゥルムライン侯爵の姿。それとは

反対にガチャリ、と解錠するアスリューシナ公爵令嬢のヘイゼルの瞳には少しの驚きと

戸惑いが混じっていたが、それはすぐに困ったような微笑みに変わる。

 

「本当に……いらしたんですね」

「来るって言ったよな?……アスナ」

 

もう言い改める気はないと示すかのようにアスリューシナを愛称で呼び、流れるように

左の手のひらを目の前の令嬢へと伸ばす。そこに自然とのせられた彼女の右手の甲に軽く唇を

落とすと、そのまま更に彼女に近づきロイヤルナッツブラウンの一房を手元に招いて、そこにも

自らの鼻をうずめた。

その行為にアスリューシナが固まる。

 

「ふぇっ……ううっ……」

 

キリトゥルムラインの接近に一瞬驚きの声をあげてしまったが、そう言えば前回、触れていいと

告げた事を思い出し、頬を染めながらも羞恥に耐える。当のキリトゥルムラインはチラリと目線を

あげ、その髪の持ち主の表情を認めると微かにニヤリと片頬をあげてから「いいん……だよ

な?」と小さく確認をとった。

泣き出しそうな瞳で頷く彼女にこれ以上は多方面からマズイと判断したキリトゥルムラインは、

名残惜しそうに髪を離すと「足はどうだ?」と勝手に室内を歩きながら問いかける。

 

「はい、キリトゥルムラインさまのお薬が効いて今は全く痛みも腫れもありません」

 

侯爵の半歩後ろを付き従っていたアスリューシナはそう言って立ち止まると、変わらずの

美しい所作に笑顔を添えて「有り難うございました」と頭をさげた。

その謝辞を片手で制してからキリトゥルムラインも安心したように目を細める。

 

「いいって、原因はオレだろ……それより、今夜も部屋に入れてもらえたって事は……扉の

向こうの二人は認めてくれたって事……かな?」

 

かくれんぼ遊びを楽しんでいるような視線で控えの間に通じる扉へと顔を向けると、アスリュー

シナが「サタラ、キズメル」と二人の名を呼んだ。

静かに扉が開いて侍女頭に続き、専任護衛の女性が頭を下げて入室してくる。

いくら仕えている令嬢の私室へと無断で侵入してきた不埒者とは言え相手は侯爵だ、使用人の

身では口を開くどころか顔を上げることすら出来ないと扉の前に佇んでいると、アスリュー

シナがキリトゥルムラインに二人を紹介した。

 

「私付きで侍女頭のサタラと……あの時一緒だった専任護衛のキズメルです」

 

二人が更に深く頭を下げると、キリトゥルムラインは彼女たちの前に立って落ち着いた声で

言い放つ。

 

「アスナの髪の事は誰にも言わない」

 

その言葉に二人が跳ねるように顔を上げた。

 

「それが心配だったんだろ」

 

僅かに微笑むキリトゥルムラインを見て、キズメルは再度無言で深々と頭を下げた。

サタラは一歩前に踏み出しキリトゥルムラインに近づくと不敬ともとれる鋭い眼差しを向ける。

 

「ガヤムマイツェン侯爵様、今のお言葉、信じてよろしいんですね」

「サタラッ、侯爵さまに失礼よ」

 

慌てて取りなそうと動いたアスリューシナの腕をキリトゥルムラインがつかんだ。

 

「構わないよ。それだけアスナのことが大切なんだろ……サタラ、だっけ?……ガヤムマイ

ツェンの家名にかけて、それにオレの騎士の称号にかけて誓う。アスナの髪については一切

他言しない」

 

召使いの身である自分の顔を真剣な表情で見つめてくる瞳に確かなものを感じて、サタラは

ほっと息を吐き出す。

 

「身の程もわきまえず無礼な物言いを致しました。申し訳ございません」

 

そう言ってゆっくりと頭を下げた。一歩下がった位置で二人のやりとりを不安げな表情で

見ていたキズメルも、キリトゥルムラインに腕をとられたまま動けずにいたアスリューシナも

ほっと胸をなで下ろす。

しかし顔を上げたサタラは一転、怒りのこもった笑顔となっていた。

 

「ですがガヤムマイツェン侯爵様、こちらはユークリネ公爵令嬢様の私室にございます。

こんな夜分に殿方が訪れてよい場所ではございません」

「うん、それは、そうだろうな」

 

こちらも一転して言われて当然とばかりのとぼけた口調で頷く。

 

「ご理解いただけて何よりでございます。今後はしかるべく手順を踏んで、日中に正面玄関より

お訪ねくださいますよう……」

「あー、それは無理」

 

遮るように軽く返され、サタラの笑顔が引きつった。

 

「……それはどういった理由でしょうか?」

「だって、そうだろ。オレとアスナは公式では一度も対面していない。それがいきなり訪問

許可を願い出ても公爵は顔を縦には振らないさ。多分だけど、王城での夜会以来そんな

申し出は他の貴族達からいくつも届いているはずだ」

 

そうなの?、とアスリューシナが問うようにサタラを見れば小さく頷いている。

 

「確かに……先日の王城でお嬢様をご覧になった貴族の殿方から是非一度お目通りを、との

書状が何通が届いておりますが……旦那様は相手にしなくて良いと……」

「だろ?」

「ですが三大侯爵家であるガヤムマイツェン侯爵様のお申し出なら旦那様も無下には

なさらないはずです」

「うーん、まあ、そうだとしても、だ。召使い達が控えている応接室で行儀良く言葉を交わす

のは性に合わないし、市場での事も話せない。お互い取り繕って会ってもなぁ……」

「……それは、そうかもしれませんが……」

「アスナが嫌でなければ、オレとしてはこっちの方が楽しいんだけどな」

 

キリトゥルムラインは掴んでいたアスリューシナの腕を引き、自らの横にぴたりと寄せた。

突然腕を引かれたアスリューシナは僅かに体勢を崩してキリトゥルムラインの身体にぶつかる

ように密着すると一瞬で顔全体を赤らめたまま慌てて隣の侯爵を見上げる。

 

「ちょっ……ちょっと待ってください。今のお話って……もう、足の具合は良くなりましたし

侯爵さまがここにいらっしゃる理由は……」

「まあ……夜の散歩のついでに寄るくらい、いいだろ?」

 

不敵な笑みを浮かべるキリトゥルムラインにアスリューシナはぽかんと口を開けた。

 

「お散歩……ですか」

「そう、時々一人で夜中に出かけるんだ。気楽でいい」

「はぁ……」

 

驚きを通り越して呆れたように息を吐き出すと、それはサタラも同じだったようで小さな声で

「このようなお方だったとは……」と何やらぶつぶつ呟いている。

 

「わかりました」

 

渋々承知したと言いたげな表情のサタラは再び強い視線をキリトゥルムラインに送った。

 

「ですがこのご訪問は今現在お嬢様以外は屋敷にいる者の中で私とキズメルしか知らない

ことです。キズメルを前に言うことではありませんが、くれぐれも警備の者達に見つからない

ようにして下さい」

「わかってるって」

「それとっ」

 

サタラの剣幕に一瞬キリトゥルムラインの肩がピョンッと跳ねる。

 

「万が一、侯爵様のお姿が私達以外の者に見つかった場合は、一切かばいだては致しません

ので」

 

そう言ってから公爵家の侍女頭は令嬢の専任護衛の顔を見て、許可を与えるようにしっかりと

頷いた。

 

「えっと……それって……」

 

たらり、と汗を流しそうな笑顔のキリトゥルムラインが頬を引きつらせながらおずおずと

尋ねれば、サタラは毅然とした態度で背筋をピンッとのばし、冷ややかな表情で静かに告げた。

 

「もちろん、不法侵入者として旦那様にご報告し、警備の騎士団に通報。捕縛されたので

あれば当然身柄を引き渡します」

「そ、それは……」

「アスリューシナ様の私室を訪れるのですから、それくらいの覚悟を持っていただかないと。

気軽に散歩の途中などというお心持ちでは承知致しかねます」

「……わかった」

 

アスリューシナを掴んでいた手を離し、両手でサタラの言葉を押し返すように広げると、

キリトゥルムラインは再び「わかりました」と言って神妙な顔つきとなる。

 

「決してバレないよう、細心の注意を払って忍び込む」

 

何か違うのでは?、と首を傾げているアスリューシナをおいてキリトゥルムラインとサタラの

間には共通の何かが生まれたようで、二人は同時に深く頷いた。




お読みいただき、有り難うございました。
キリトゥルムライン、公爵家でお味方ゲットです!
侍女と護衛からの信頼を手に入れ、外堀を埋めにかかってますね。
サタラとは「令嬢への(溺)愛」の共通項で意外といいコンビかも……。

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