漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

14 / 83
『漆黒に寄り添う癒やしの色』の「お気に入り」カウントが100件を
突破しました記念に感謝の気持ちを込めまして、番外編をアップさせていただきます。
時間軸に合わせて途中挿入になりましたこと、お許し下さい。
ホントに、本当に、ほんとーっに有り難うございました!!!!!
いつもの様に、密かにアスリューナ嬢の私室を訪れたキリトゥルムライン候の
目線でお届けします。


【番外編・1】抱きしめたくて

今夜もいつもの様にユークリネ公爵家を非公式に、非常識な手段で訪れていたオレは既に戸惑う

ことなく腕の中に飛び込んできたロイヤルナッツブラウンをふわり、と抱きしめたままその

ぬくもりと香りを堪能していた。

 

(幼い頃に領地の農家で触らせてもらった子ヤギみたいだな……)

 

まだ母ヤギからの乳しか知らない小さな生命(いのち)は自分の腕の中にすっぽりと収まる大きさ

で、その真っ白い毛並みはいつまでも撫でていたい程気持ちが良かった。少し高めの体温から

発せられる柔らかくて甘い香りと、緊張しているのか僅かに身体を固くしている様はまさに今、

自分の腕の中にいる存在とうり二つだ。

そう思った途端、クスッと笑みがこぼれてしまい、それを耳にしたアスナがそろそろと顔を上げて

くる。

不思議そうな表情で見上げてくる瞳の色は彼女特有で、この広大なアインクラッド王国内でも

唯一無二の色だろう。ここまで至近距離で目にしなければわからないから髪色ほど気遣って

いないようだが、オレ個人としては髪色を知られるより、この瞳の色を他の男に気づかれる事態に

なる方が大問題である。

許されるなら、このままもっと強く抱きしめてずっと腕の中に閉じ込めてしまいたいくらいだ。

けれど、そんな事をしたらあの時の子ヤギのように、すっかり警戒されて二度と触れることは

叶わなくなるだろう。

だから今はこのままで……。

 

「キリトゥルムラインさま?」

 

艶やかな桜色の唇から涼やかな声でオレの名が呼ばれる。

何度も「キリト」でいい、と言っても、儚げな容貌からは想像できないほどに頑固なこの公爵

令嬢はその姿勢を崩そうとはしなかった。

オレが不用意にこぼした笑みの理由(わけ)を知りたいのだろう、請うような視線が更に

嗜虐心を煽る。

 

(子ヤギを思い出していた……なんて言ったら怒られるな……)

 

オレはわざとアスナから視線を外すと、少々楽しげな口ぶりで話を始めた。

 

「今夜、屋敷を出る時に……ほら、前に話したろ、オレのお目付役、そいつに見つかってさ。

もの凄く胡乱げな目で見られたんだけど、まさかオレが公爵家に忍び込んでいるとは思って

ないだろうなぁ、と思ったら可笑しくなって……」

「夜のお散歩……とは信じていただけてないのですか?」

「んー……、毎回、毎回、ただの散歩……とは思ってないだろうな」

 

オレの言葉に急にアスナがオロオロと首を巡らせ始める。

 

「大変……私にはサタラとキズメルがいますけど、キリトゥルムラインさまはお屋敷の

皆さんに内緒でお越し頂いてるんですね。あらぬ誤解を招いているのでは……」

 

(困った仕草や表情がどうしようもなく可愛いと思ってしまうオレを知ったら、やっぱり

あいつからは冷めた視線を浴びせられるだろうな)

 

今度は上手く苦笑を隠して、何気ない風を装い「あらぬ誤解って?」と問い返せば、逆に

アスナが視線を外してオレの胸の上でボソボソと呟く。

 

「それは……ですから……貴族の殿方だけが集まる……夜の……サロンですとか……」

 

その発言に思わず目をしばたたかせた。

 

「……へぇ……少し意外だな。アスナがそんな事を知ってるなんて……」

「あ……兄が……王都に戻ってくると、時々そういったサロンに赴くようで……」

「ああ、兄上か。確かにオレも時々参加するけど、今まで兄上にお目にかかった事はないと

思うが……」

「屋敷に戻っている事があまりないですし、居ても滞在期間が短いので……兄の場合は年に

二、三回程度、貴族社会の情報収集だと言って……」

 

そこでオレは盛大にブッと吹き出す。

 

「キリトゥルムラインさま?」

 

再びアスナが不可解そうに顔をあげてきた。

 

「うっ……うん、情報収集か……確かに、あそこにいると色々と耳に入ってくるもんな」

 

アスナを腕に閉じ込めたままぷるぷると震える自分の肩と唇を落ち着かせる為、少々息が

荒くなり益々彼女の瞳に疑惑の色が混じる。

 

(利益、不利益に関係なく真実だったり、根も葉もない噂だったりと色々な会話が飛び交って

るから、あながち間違いではないけど……)

 

そう、男性貴族のみが集まる夜のサロンとは主催者が自慢の一品を披露する場であったり、

酒や煙草をゆったりと味わいながら政を論ずる場であったりと比較的健全なものから、

賭け事に興じる場合もあれば、果てはその夜限りの花を愛でる場合もありといった風に様々な

催しの総称なのだ。しかし、どれをとっても「貴族社会の情報収集」の場である事に違いは

ない。果たしてアスナの兄上はどのタイプのサロンに顔をだしているのやら……と思って

いると、オレの胸に触れていたはずのアスナの手がギュッとコートの袷を掴んだ。

 

「んっ?」

「キリトゥルムラインさま」

 

ついさっきまでの純朴な瞳が今は少し困ったように、それでいて咎めるような鋭さを秘めて

いる。

 

「ダメ……ですよ……あまりお酒や賭け事に夢中になられては」

「う゛っ」

 

(どうしてオレがサロンで賭け事に興じていることをっ!?)

 

「私などが言う立場でない事は重々承知していますが……サロンではお酒を嗜みながら賭けを

なさるのでしょう?」

 

そんなサロンばかりでないとは露ほども疑っていない様子にホッと胸をなで下ろすと同時に

頬が引きつる。

 

「いや、オレだって侯爵として情報収集は必要だしな」

「でも、お酒は飲み過ぎると身体に良くないと言いますし……」

「それなら大丈夫、オレは専ら酒より賭けだから」

 

オレの言葉に「んぅー……」と唸って、いまひとつ納得しかねる様子のアスナだったが「それ

に……」と言葉を続けると、そっと掴んでいた袷から力を抜いた。

 

「王都には……貴族の方を専門としている……その……高級……娼館が……あると……」

「ほへっ?」

「ですからっ……そういった場所に……キリトゥルムラインさまが通われていらっしゃると……

お屋敷の方々に……誤解されては……と……」

 

袷を掴んでいた手は今はそっとオレの胸に触れているだけだが、その甲は羞恥に震えており、

俯いた顔の両脇に見える耳周りは朱に染まっている。

 

「もももっ、もちろん……キリトゥルムラインさまが……そっ、そっ、そっ、そういった場所に、

いっ、いきゃれても……」

「ぷっ、くくくっ、アスナ……『いきゃれても』って……」

 

思わず吹き出したオレに向かって恥ずかしさで真っ赤になった顔を晒し、咎めるような視線を

送ってくるが瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。

 

(ああっ、もう、どうしてくれようか)

 

アスナの背中に回していた手をトントンと軽く叩いて落ち着かせつつ、笑いの止まらない

オレは腰をかがめて彼女の火照った頬に自分の頬をぴたりと付けた。

 

「大丈夫だよ、そんなとこ行かないから」

「いえっ、行く行かないの話ではなく……例え行っていても私は……べっ……別に……何とも……

ただ、行かれていないのに、行っていると思われるのが……って、いつまで頬をすり寄せて

いるんですかっ」

 

パタパタと暴れるアスナを腕の中から逃すまいと、今までで最高にぎゅぅっ、と抱きしめ、

頬への密着度も高めて彼女の耳元に口を寄せる。

 

「そんな所に行っていないってアスナが納得してくれるまで」

 

それからアスナが半泣きの声で何度も「わかりましたから」と告げてくるが、構わずオレは

抱擁を続けた。

 

(そうか……あの時は暴れる子ヤギに驚いて腕を解いてしまったが、オレはもうあの時の

非力な子供じゃないし、こうやって絶対に離さなければ……)

 

そうやって、いつもよりも長く、いつもより強くアスナの身体を抱きしめているオレは、

当時の自分との違いに納得するだけでそれ以上は思い至らなかったのだ、腕の中の存在が

あの時の子ヤギと違って本気で逃げ出そうともがいているわけではない事に……。




お読みいただき、有り難うございました。
「もっと強く、ぎゅっとしたいけど、やっぱダメだよな」と自らを律していた
くせに、結局しちゃってますね(笑)
それにしてもアスリューナ嬢は高級娼館の存在を誰から教わったのでしょう?
いつか解明できる日がくるかも、です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。