漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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アスリューナと連れだって中央市場を巡るキリトゥルムラインは
いつもの場所へと彼女を誘(いざな)って……


15.見守る者(2)

自分と手を繋いだままあちらこちらの店を覗いては弾んだ声でお喋りをするアスリュー

シナを見て、キリトゥルムラインの口元が自然と弧を描く。エリカの姿を探し求めて市場を

訪れていた頃には想像もしていなかった展開だ。

そうやって市場を巡りながらいつも自分が一休みする広場の噴水へと到着する。そっと

エスコートしながらその縁に彼女を座らせるとキリトゥルムラインは辺りを見回して何かを

確認してから腰を屈め、アスリューシナに顔を近づけた。

 

「お腹空いただろ?、何か買ってくる。ここで待っていてくれ」

 

一瞬、何を言われたのかわからない表情をしたアスリューシナだったが、すぐにキリトゥルム

ラインが昼食の事を言っているのだと気づき慌ててコクコクと頷く。その様子をどこか

面白そうに眺めてくる視線にいたたまれなくなったが、すぐに「食べたいもの、あるか?」と

問いかけられ、今度はフルフルと首を横に振った。

「すぐに戻る」と言うなり足早に市場へと引き返すキリトゥルムラインの後ろ姿を見送って

からアスリューシナはホッと息を吐き出す。

 

(やっぱりキズメルと一緒に来るのとは、違うわ)

 

既に通い慣れたいつもの市場のはずなのに、隣にいる存在が違うだけでこうも自分が

落ち着かなくなるとは思ってもみなかった。

商品を見ていても視界の端に映る黒いコートか気になって今日見たはずの品物はほとんど

覚えていない。

店主と喋っていても彼がどんな表情で聴いているのか、そればかりが気にしなってしまう。

だいたいいつもはキズメルが供をしてくれるとは言え、無関係を装っているので常に近くに

居てはくれるが一緒に同じ物を見て感想を言い合ったり、あまつさえ笑い合うなど

したことがなかった。

 

(誰かと一緒に市場を回るなんて、小さい頃、お父様に連れてきてもらって以来ね)

 

あの頃は一緒に回ると言うよりは小さなアスリューシナが一生懸命父の後を追いかけ回して

いたと言った方が正しかった。そのくせ店主と話し込んでいる父に飽きて、他の店を見ようと

離れればすぐに父の護衛長に見つかり、抱き上げられ、元の場所に連れ戻されてしまうのだ。

そんな時、父は決まって「あまりチョロチョロしないでおくれ、エリカ」と困ったように

笑って大きな手で自分の頭を撫でてくれた。

 

(そう言えば、あの子を見つけたのも、ちょうどこの噴水の近くだったような……)

 

思いがけず記憶を紐解いて浮かんできた小さな存在と出会った場所を確かめようと広場を

見回した時だった。向こうから左右の手それぞれに何かを乗せた格好で人混みをかき分ける

ようにキリトゥルムラインが戻ってくるのが見える。

アスリューシナが急いで立ち上がるとそれに気づいたキリトゥルムラインが足を速めて

戻ってきた。

軽く息を切らしながら「お待たせ」と言い片方の手をズイッとアスリューシナに差し出せば、

温かな湯気と香ばしい匂いが嗅覚を刺激して、フードの下から見える口元がふわぁ、と喜びを

表す。

使い捨ての簡素な皿の上にはタレのかかった鶏肉が一口大に切られており、その脇に野菜の

酢漬けが添えられていた。更にはその上にホイルを敷いて白パンとフォークが乗っている。

「ほい」と言いつつ更にアスリューシナの前に皿を突き出してくるので、おずおずと両手で

受け取れば、自由になった手で腰にぶら下がっていた二本の瓶を持ち上げて軽く振った。

瓶の中には透明な液体の中にフレッシュなミントがぎっしと詰まっており、振られた勢いで

シュワッと湧き出た炭酸の泡が鮮やかな緑の若葉にまとわりつく。

中身の冷たさを証明するように瓶の外側は細かい水滴を纏っていた。

先程と同じような仕草でアスリューシナの目の前に瓶を掲げれば、彼女が僅かに口を開けた

まま覗き込むように顔を寄せてきて摩訶不思議な物を見るようにフードの中のヘイゼルが

釘付けになっている。

瓶から回り込むようにその表情を見たキリトゥルムラインも興味津々に飽くことなく見つめ

ているのだろう瞳を想像して目が離せなくなっていた。

 

「スパークリングミントウォーター……知らないか?」

 

僅かに緩んだままの口で、コクコクと彼女が頷きながら視線を瓶から外さずに答える。

 

「売っているのは知っていましたけど……実際に泡が出ているのを見たのは初めてです」

「オレ、ここで食事をとる時はいつもこれなんだけど」

 

もう一度押し付けるように瓶を彼女の顔へと近づければ、自分の両手が塞がっている事に気づいた

のか、アスリューシナは手に乗っている皿を急いで片手に持ち替えて「有り難うございます」と

夢うつつのように言ってから嬉しそうに笑って、瓶を受け取った。

さっきまで座っていた噴水の縁にちょこんと座り直し「市場で食事をするの、初めてなんです」と

打ち明けてから、時々瓶を振っては中身をジッと見つめている。

その様子を可笑しそうに眺めてから、キリトゥルムラインは振り返って噴水広場から市場を

挟んで反対側に立っている時計塔に向け瓶を持った手をあげた。

それに気づいたアスリューシナが問いかけるように首を傾ける。その仕草に気づいた

キリトゥルムラインは彼女の隣に腰を降ろして瓶を横に置いてから説明をした。

 

「市場に来た時はここで食事をするって決めてるからな。その時はアイツもあの時計塔に

いるのが約束事みたいになってるんだ」

「アイツ、さん?」

「例のオレのお目付役。まあ今日はオレがア……、エリカの傍を離れたら、オレじゃなくて

エリカを見守るよう言ってあるからさ。それで、いちを戻った合図」

「えっ!?」

 

驚くアスリューシナにキリトゥルムラインが微笑んだ。

 

「今日はオレが無理を言って二人きりにしてもらってるんだ。キズメルは常に見てくれている

とは思うけど、いつもよりは距離をとってるからエリカを見守る目は多い方が安心だし」

「そんな……でしたらキリトさまの護衛は……」

「だから、もともとアイツはオレの護衛の為に付いて来てるわけじゃないんだって。

今日だけはエリカの護衛だけどな」

 

キリトゥルムラインの言葉を聞いてアスリューシナは皿と瓶を脇に手放して急いで立ち

上がった。

突然の行動に驚くキリトゥルムラインを尻目に両手を前で合わせて時計塔に向かってペコリと

頭を下げる。

 

「エッ、エリカ?」

「すみません、ここで貴族の礼を取るとかえって目立ってしまうので……これでアイツさん、

見えたでしょうか?」

「ああ、そりゃ見えてると思うけど……」

「お屋敷に戻られたら、キリトさまからもちゃんとお礼をお伝えしてくださいね」

「……プッ」

「なっ、なんで笑うんですかっ」

「いや、だって……なんか……可笑しくなって……きっと今頃アイツも豆鉄砲を食らったような

顔になってるんだろうなぁ、と思って……普段はあまり表情や言葉を表に出さないヤツだから、

想像したら……」

「もうっ、守ってもらっているならお礼をするのは当たり前です」

「当たり前、か……そんな事を当たり前だって言って、当たり前にやる貴族の令嬢なんて

今まで見たことないぞ……」

「そう……なんですか?」

 

再びキリトゥルムラインの隣に腰を降ろしたアスリューシナは少し俯いて膝の上にのせた

両手を突っ張らせ「ううー」と唸った。フードで見えないが眉間には深い皺が刻まれている

ことだろう。

 

「まあエリカらしくてオレはいいと思うけどな……それより食べよう。折角の肉が冷めるから」

 

場を仕切り直すような言葉に従って「はい」と返事をすると脇にあった皿を持ち直し、

しげしげと料理を眺める。

 

「キリトさま……この鶏肉って……」

「ああ、いつもは骨付きのまま囓るんだけどさ、今日はちゃんと食べやすいように肉の部分

だけを切ってもらってきた」

 

アスリューシナは心の中で「ああ……あの鶏肉ね」と呟きながら、記憶の中の情景を思い出し

つつ鶏肉の一片を口に運ぶ。

 

「あ……柔らかくて美味しい」

「だろ?。最後にこのタレを白パンに付けて食べるのがオススメなんだ」

 

隣で得意げに笑うキリトゥルムラインを見て、思わずアスリューナもフードの下から見える

唇に笑みを浮かべた。




お読みいただき、有り難うございました。
スパークリングミントウォーター……モチロンこの名称では実在しません(と
思います)がノンアルコールモヒートな感じで。
ミント水ならありますけどミントの香りを楽しむ為には一回熱湯を使う必要が
あるので炭酸水では作れず、ライムやレモンの味を加えてOKなら炭酸水で割れば
いいみたいなので作れそうです……って何の話を書いているのでしょう(苦笑)
そして時計塔に向かって御礼のお辞儀をするエリカ(アスナ)……時計塔にいる
アイツさんも驚いたでしょうが、見守っているキズメルの方がよほど混乱した事で
しょう。

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