漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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とある貴族の屋敷に飛んでいってしまった自分のスカーフを回収する為に
彼女がとった行動とは……。


【番外編・2】顔の見えぬ友:2

大事にしていたスカーフをうっかりと風に飛ばされてから二日後、里長の元へ出していた

相棒がそろそろ帰ってくる頃だ。

いつものように早朝の空気を胸一杯に吸い込もうと窓を開けた途端、遠くの黒い点が真っ直ぐ

こちらに向かってくるのが見える。それは段々と鳥の形を成し、あっという間に勢いよく

窓から部屋に侵入して室内を旋回すると静かに私の肩へ着地した。

クック、クック、と帰還の挨拶をしてくれているのか、しきりと頭を上下に振っている。

大きさは王都のどこにでも居るミヤコバトと変わらないが、肩にいる相棒の『ヘカテート』は

コノハバトで、その羽根は名前の通り山林の中で保護色となるよう木の葉色をしていた。

 

「お疲れ様、里のみんなは元気だった?」

 

私が王都に来る時、どんなに追い払おうとしても傍を離れず、その様子を見かねた

主(あるじ)が笑いながら「いいんじゃないか?」と言って同行を許してくれた唯一の

同郷の友だ。

それまで王都という所がどんな環境か知らなかった私は山鳥であるヘカテートがちゃんと

生きていけるのか心配だったが、着いてみれば貴族の庭は森のようだったし、王城は山を

背負っていたのでヘカテートが暮らすのに不自由はなかった。

唯一心配だったエサも困る事態にはなっていないらしい。それどころか屋敷の人達が余った

パンを分けてくれたり、わざわざ水場を作ってくれたりと、私が驚くような事を次々として

くれて王都での生活の不安が嘘のように軽くなった思い出がある。

月に一回の定期便として里と王都を往復してくれているヘカテートに労いの言葉をかけて

から軽く頭を撫でてやり足に着いている小さな筒を外した。中には小さな紙切れがクルクルと

巻かれている。それをトントンと手のひらに落として巻き癖を伸ばせば特徴のある里長の字で

いつもの一言が書かれていた。

 

(相変わらずね……)

 

私が里を下りる時、涙ぐんでくれた里の仲間達の中心で一人だけ、最後まで豪快な笑顔で手を

振り続けてくれた長である養父の顔が浮かんでくる。

その養父からもらったスカーフだ、簡単に諦めるわけにはいかない。

咄嗟に書いた走り書きのようなメモをスカーフを見つけてくれた彼女がどこまで真剣に受け

止めてくれたかはわからないが、今は出来る事をするだけだ。

彼女の手元に残っていてくれますように、彼女が自分からの連絡を待っていてくれますよう

にと願うように両目を閉じ、軽く俯いてから深く息を吐き出して顔を上げる。

 

「ごめん、疲れていると思うけど今日はまた後で力を貸して」

 

肩に乗っている相棒に声をかけ腕に移らせてから窓辺に近寄り、その腕を少し勢いを付けて

高く掲げれば朝日に向けてヘカテートが力強く飛び立った。

 

 

 

 

 

午前中は庭で剣の修練を積む主を屋敷の庭の樹上から眺めつつ周囲に気を配る。

二ヶ月前の挙動不審さとは違う種類の緊張感を主はいつも静かに漂わせていて、なぜかそれが

屋敷内になると僅かに強まっているのだ。

自分の屋敷のはずなのに、気を張っている姿に思わず顔をしかめる。

それに家族なのだから同じ屋根の下に住むのが当たり前だと思っていたら、主の住居は爵位を

継いだ時から主棟に移り、主棟を挟んで左右の別棟にはもともと主が使っていた左棟に

ご両親が、反対側の右棟には妹君である侯爵令嬢が暮らしていた。

しかも前侯爵は現役だった頃から屋敷に滞在していた事がない、と言っていい程外交の任に

熱心だったらしく、息子に爵位を継承させた後は心置きなく赴任地で今度は奥方を伴って

精力的に活動していると言うから驚きを通り越して呆れるばかりだ。

結局、一番近くにいるのはたった一人の妹君だが、既に社交界デビューを済ませている彼女

には自分の生活スタイルがあるらしく主棟にやってくる事はほとんどない。

当然、使用人も主に仕える者と妹君に使える者とは完全に分かれており、普段屋敷内で

働いているわけでもない私は右棟の侍女達などは顔を知っている程度だった。

私がもう少し気の利いたお喋りでも出来れば相談相手になれたかしら……そう思う事がない

わけではないが、主に言わせると無遠慮で素っ気ない物言いが私の持ち味らしいし、口調を

改めてお喋り相手を務める事が出来てもアインクラッド王国の三大侯爵家としての侯爵様の

相談相手は到底務まるとは思えない。

 

(そういうのは教養があって身分も高くて……そうね、王都に住むどこかの貴族でないと

無理かも……でも同じ貴族でも足の引っ張り合いがあるって里長が言ってたし……)

 

そう考えると主が心安らかに笑える場所は遠い記憶の中……まだ領主の跡取り息子である事など

気にもせずに領地の子供達と一緒になってリンゴの木によじ登っていた頃の屈託のない笑顔が

脳裏に蘇る。

それでも剣を握っている時の瞳はあの頃の輝きを思わせるものだったのに、最近では今まで以上に

真剣味を帯びた黒になっていて、楽しさより更なる強さを求めているのは明かだった。

 

(その剣は侯爵家のため?……それとも……)

 

魅入られるように漆黒の瞳を見つめていると、次の予定を主を促すため、家令であるじぃやさんが

タオルを手に主の元にやってくる。

素早くそれに気づいた主は深く息を吐き出すとすぐさま剣を鞘に収めタオルを受け取った。

長めの前髪をはらうように額の汗を拭うとタオルを手にしたまま私の方に手を上げる。

お目付をねぎらう意味でもあり、その任はここまでて終了の意味でもある合図を受け取って、私は

見えるはずがないとわかっている了承の意を頷くことで返してから足下の枝を蹴った。

 

 

 

 

 

三日前に見ず知らずの貴族の屋敷に矢を放った時と同じ場所に到着すると、私は人差し指を

唇に当てて「ヒューッ」と指笛を一吹きする。

すると程なくしてバサバサと羽音が近づいてきて、すぐさま私の肩にヘカテートが着地した。

クルッ、クルー、と私からの指示に期待を込めた瞳で見つめてくる。

私は用意してきた紙片を素早くヘカテートの足の筒に入れると、彼に言い聞かせるように話し

かけた。

 

「いい、これから私が放つ矢を追いかけるの。矢が着地した場所で待っていれば女の人が

出てくると思うから、その人にこの手紙を見せるのよ」

 

どうか、あの侍女さんがちゃんとスカーフを持ってきてくれますように、ヘカテートを見て

乱暴な事をしませんように……祈るような気持ちでヘカテートの目の前に矢の先端を見せ、

この矢が飛んでいった先に降り立つのだと言葉を繰り返す。

それから徐に弓を構える動作に入ると、心得たようにヘカテートは自ら私の肩から離れて

近くの枝に飛び移った。

こちらをジッと見ている視線を確認してから、あの時と同じようにかの屋敷に向けて矢を

放つ。

シュッという音とほぼ同時にパタッパタッパタッとヘカテートが飛び立った。

一旦上空に舞い上がったヘカテートは方向を見定めると矢を追って一気に下降を始める。

道案内としての矢が無事、前回と同様に屋敷のバルコニーへ着地すると、その後を追ってきた

ヘカテートがバルコニーの手すりに静かに降り立った。

今回はヘカテートを案内するだけなのでバルコニーの床を傷つけないよう矢の先端は潰して

おいたから、着地時の音はしてないなはずだ。

果たして彼女は待っていてくれただろうか、気づいてくれるだろうか……考えれば考えるほど、

彼女がバルコニーへやってこない理由がいくつも頭に浮かんでくる。

浮かんだ数がゆうに10を超えた時、バルコニーの扉が開く音がしたのか、ヘカテートがピクリと

動いて首を傾げた。

木々の隙間から様子を覗っていると、そこにはまさに三日前に飛ばしたスカーフを手にした

彼女が、多分ヘカテートを気遣っているのだろう、様子を探り探り近寄ってくる。

彼女はヘカテートを見ながら、そのすぐ近くに転がっている矢を拾い上げ、前回と同様、結わい

つけてある手紙の文字に素早く目を走らせたようだ。

そっとヘカテートに向かって腕を差し出している。

ヘカテートは何回か首を右に左にと傾げていたが、彼女が辛抱強く待ってくれた事と彼女の手に

私のスカーフがある事で信用したのだろう、ぱさり、とバルコニーの手すりから彼女の腕へと飛び

移った。

私が手紙に記したとおり、すぐさまヘカテートの足に着いている筒から紙片を取り出すと大きく

頷いて、空いている手でついさっきまでヘカテートが留まっていた手すりをトントンと指で叩く。

訓練されているヘカテートはその指示に従って彼女の腕から再び手すりへと飛び移った。

彼女は身を屈めてヘカテートの首に私のスカーフを巻き付けてくれている。

スカーフの結び目をきちんと確かめてから彼女が腕を出せば、今度は慣れた様子ですぐに

ヘカテートが場所を移動した。

そうしてやはり私の指示通り、少しぎこちない動きでその腕を高く掲げると、その勢いを

借りてヘカテートが飛び上がり彼女の頭上を一度旋回してから更に高度を上げた。

屋敷を覆う樹木より高く羽ばたく姿に彼女が小さく手を振る。

そこまでを見届けてから私は彼女から視線を外しヘカテートの姿を探した。




お読みいただき、有り難うございました。
「ミヤコバト(都鳩)」だの「コノハバト(木の葉鳩)」だのは架空名称です。
彼女の相棒なので最初はそのまま「ヘカート」という名前にしようかと
思いましたが、そもそもそちらの名前の由来がギリシャ神話の女神「ヘカテー」からと
いう事なので、混ぜて「ヘカテート」にしました。

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