漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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『漆黒に寄り添う癒やしの色』の「お気に入り」カウントが200件を突破しました記念に
大感謝の気持ちを込めまして、懲りずに番外編をアップさせていただきます。
またもや時間軸に合わせて途中挿入になりましたこと、平にお許し下さいっ。
マジホントに、超本当に、激ほんとーっに有り難うございました!!!!!
今回はいつもの様に、密かに公爵令嬢の私室を訪れたキリトゥルムライン候とのやりとりを
アスリューシナ目線でお届けします。


【番外編・3】餌付け

今夜もいつもの合図をいただき、すぐさまバルコニーへの扉を開ければ夜風と共に暗闇の使者といった出で立ちの侯爵さまが私の私室に入ってきます。

いつもの事だけれど、バルコニーに面しているガラス窓や扉の前には分厚いカーテンがかかっているせいで、コンッ、コンッ、コンッとノックの音が響くまで足音ひとつ聞こえません。

だから侯爵さまの来訪日の夜は耳をそばだてつついつもの様に……いえ、正直に言うと、いらっしゃるまで何も手につかない、と言うか、何かをしようとしても上の空になってしまうので素直にバルコニーに一番近いソファに座り、ぼんやりとしながらも心臓だけはドキドキとして、けど耳は合図の音を聞き漏らすまいと意識を集中させ……そんな風に随分とちぐはぐは自分を持てあましながら、その時を待ちわびるだけの時間を過ごします。

侯爵さまは後ろ手に静かに扉を閉めると、ぱさり、とフードをはらい小さく私の愛称を口にしました。

 

「アスナ」

 

声だけのはずなのに耳からは他にも柔らかくて甘い何かが一緒に入ってきて一瞬にして私の身体中を駆け巡り、その感覚を目を瞑り、身を震わせて鎮めてからそっと顔を上げると漆黒の瞳を細めて、いつものように両手を軽く広げている侯爵さまが目の前に立っています。

ご挨拶の言葉を口にするより先に、そっとその腕の中に入り胸元に頬を押し付けるなど、きっとサタラが知ったら顔を真っ赤にして怒るのでしょうが、こんな夜更けにお越し頂いた侯爵さまが風邪でも召したら大変なので私で暖が取れるなら、と毎回こうして温めて差し上げるのが約束事のようになってしまいました。

とは言え、最近は随分と寒さも和らぎ、先程バルコニーへの扉を開けた時の夜風も冷たくはなかったけれど「もう寒くないから」というお言葉が出ない限り両手を広げてくださるならば、ずっとこうして……こうして……

 

「ち……ちょっと……い……痛いです、キリトさま」

「うん、痛くしてるから」

 

いつもならふわり、と包み込むように抱きしめてくれるキリトさまの腕が今日に限っては「力自慢なの!?」と問いたくなる位、満身の力を込めてきて、私はつい声を上げてしまいました。

私の苦しげな言葉を聴いても平然と、むしろ少し楽しげなご様子で腕の力を全く緩めようとしないキリトさまはあろう事か更に上から体重まで乗せて私を仰け反らせようとします。

 

「くぅ……うぅっ……るし…………」

 

既に言葉なのか喉から押し上げられた空気音なのか、よくわからないくぐもった声で苦しさを訴えると、ようやくキリトさまの腕の拘束力が緩みました。と同時に身体を弛緩させた私は崩れ落ちそうになって、けれど懸命に膝に力を入れようとする前にしっかりとキリトさまに抱きかかえられてしまいます。

いまだ消えない息苦しさでじわり、と滲んだ涙もそのままに困惑と非難の視線で見上げると、キリトさまは変わらず目を細めたまま私をじっ、と見つめていました。

 

「鍵、してなかったな」

「はい?」

 

何の事かとキリトさまの腕の中で僅かに首を傾げると、私の反応に納得がいかないのか片方の頬をぴくり、と跳ねかせてから再び静かに唇が動きます。

 

「バルコニーへの扉、オレが来るまではちゃんと鍵をかけろって言っただろ」

 

そこでキリトさまの言いたかった事を理解した私は思わず視線を下げて「ごめん……なさい」と子供のように謝りました。

本来、三大侯爵家であるキリトさまに謝罪をするのなら「申し訳ございませんでした」と述べるべきですが、礼にはかなっていても自分の気持ちを十分に表しているとは思えず、最近では二人だけの時の言葉使い全般が随分と砕けた、と言うか親密になっているように感じます。

ですが、いくら親しく言葉を交わし合っていても、相手はガヤムマイツェン侯爵さまなので鍵を開けるまでまっ暗い外のガラス扉の前で待っていただく、というのは失礼にあたると言うか、申し訳ないと言うか……決して鍵を開ける時間さえもどかしい、なんて思ってはいません、いませんから……。

 

「今度やったら、もっと痛くする」

「ひゃぅっ?!」

 

恐る恐るキリトさまの顔を見ると細めたままの目に加えて口元も綺麗な弧を描いていて……

 

(ああ、これって微笑んでいるわけではなかったのね……よくよく覗き込めば全く笑っていないし……)

 

随分と呼吸は整ってきたけれど、きっとまだ頬は赤いままで……加えて瞳の涙も乾ききってはおらず、でもそんな事を気にする余裕もなくてキリトさまを怒らせてしまったと、どうすればいいのか考えている私の表情はとても情けないものになっているはずです。

キリトさまはふいっ、と私から顔を背けてしまい……片側の表情しか見えないけど眉根は困ったように中央に寄り、上がっていた口角も不機嫌そうに下がっていて、極めつけは目元から頬に差した朱でした……。

 

(やっぱり……怒ってる……)

 

そう直感した時、キリトさまは、はあぁぁぁっっっ、と長い息をゆっくりと吐き出し、再び上から私を真っ直ぐに見つめ、呆れ声を漏らしました。

 

「今すぐにでも目一杯力を込めたくなってきた」

「えええっ……だっ、だめです……そんな事をされたら……あ……圧死……します」

 

肺が潰れるのが先か、背骨が折れるのが先か……と恐怖に震えながら懸命に頭を左右に振ると、不承不承でもわかってもらえたのか、キリトさまはニコリ、と笑顔ではない笑顔で微笑みます。

 

「だったら、鍵、かけとけよ」

「……」

 

返事を渋っていると頭上からひと声、不満げな口調で「アスナ」と呼ばれました。

勇気を出して顔を上げ、進言を口にします。

 

「ですが、侯爵さまをあまり外でお待たせするわけには……」

「鍵を解錠する時間なんてほんの僅かだろ。オレの為に開けておくと言うなら、そんな事望んでもいないし嬉しくもない…………他のヤツが入って来たらどうするんだよ」

 

言うのを随分と躊躇われたのか、最後の言葉をぽそり、と呟くように零すと再び顔を背けてしまいました。

以前、このバルコニーまで来られるのは自分くらいだと、ご自分でおっしゃったはずなのに……ああ、でも最近は新しいお友達がバルコニーまで飛んで来てくれる事を思い出して無意識に頬が緩みます。

 

「……アスナ?」

「あっ、はい」

 

いけないっ……ついヘカテートの姿を思い浮かべてキリトさまの腕の中だというのに、上の空になっていました。

気づいてみれば横を向いていたはずのキリトさまの顔が真っ直ぐこちらに向いていて、心なしか睨まれているような気がします。

 

「ごっ、ごめんなさい。ちょっと他の事を……」

「ふーん」

 

ああっ、ますます怒らせてしまっている……でも、今度こそよくそのお顔を見ると怒っていると言うよりは……拗ねている?

どちらにしてもご機嫌を損ねてしまったことに変わりはないのでしょう。

 

(こんな時は……こんな時は……そうだっ)

 

「キリトさま、今日はスコーンを焼いたんです。召し上がりますか?」

 

努めて笑顔でっ……自然な笑顔でっ、を心がけて告げるとキリトさまの片方の眉がうにゅっ、と上がり、すぐに両端の眉尻が下がって口元が嬉しそうにむずむずと動き始めました。

 

(うん、あとひと押しっ)

 

「ガヤムマイツェン侯爵さまにお出しするのは気恥ずかしいのですが、キリトさまのご領地産のリンゴで作ったジャムを添えて……あ、そうそうエギルさんのお店でいただいたリンゴの蜂蜜ものせると美味しいですよね」

 

どうやら最後の踏ん張りなのか、キリトさまが目をきつく瞑って葛藤されているようです。

 

「もちろんコック長お手製のクロッティドクリームもありますから」

 

とすんっ、とキリトさまのおデコが私の肩に落ちてきました。

耳元から小さな声が聞こえます。

 

「……食べる……」

 

(よかった……ご機嫌、なんとかなったみたい)

 

艶やかな漆黒の髪に触れたくなってしまうのを我慢してもう一度「キリトさま」と呼びかけました。

 

「でしたらキリトさまの分をサタラに用意してもらいますね」

 

するとキリトさまは顔を上げて意外そうな表情で私を見つめてきます。

 

「アスナは?……一緒に食べないのか?」

「私……は……その……こんな時間に……は……」

 

戸惑いと羞恥で頬に熱が集中するのを感じながらも、どうしてそこはそっとしておいて下さらないのかしら、と少々恨みがましい目で返してしまいました。

 

(そりゃあキリトさまはこんな夜中に甘い物を食べても全く体型には影響がないみたいだけど……もうっ)

 

やはりきちんと口にしないとわかっていただけないのだと自分を宥め決意を固めてキリトさまを見上げます。

 

「夜中にですね、キリトさま」

「うん、夜中に?」

「おやつをいただくと……」

「いただくと?」

「特に甘い物は……」

「甘い物は?」

 

まるで言葉の勉強をしている幼子のように私の後を繰り返すキリトさまのお顔が段々と楽しそうになっていくのを不思議に思いながらも私は続けました。

 

「女性は…………ダメなんですっ」

「何がダメなんだ?」

「ふ……」

「ふ?」

「ふと……」

「ふと?」

「太くなっちゃうんですっ!」

 

思わず勢いづいて声が大きくなってしまった事も恥ずかしくて、すぐに俯いたままぽそぽそと「あっちこっち」と付け足せば盛大に「ぷぷーっ」と吹き出したキリトさまが再び私の腰をきつく抱きしめました。

 

「こんなに細いのにか?」

 

確かに、年に数回ドレスを作る時に採寸に来てくれるマダムやお針子さん達からは溜め息交じりに褒められますが、それだってどこまで信じていいのかわからず、ましてや自分付きの侍女達に聞いたところで褒めてくれるに違いないので、自分の体型に関しては「太ってはいない……わよね?」くらいしか判断ができません。

だいたい外出といえば月に一回程度、中央市場へ赴くくらいで後はいつも屋敷内にいるのだから、ものすごくお腹が減ったという経験もほとんどありませんし、必然的に食事の量も多くは必要とせず……何より広い食卓で一人だけで食べる食事があまり好きではなかったのでお菓子作りは自分で食べたいというより人に食べてもらいたくてしているのだから……。

 

「私は……キリトさまが美味しそうに召し上がって下さるのが嬉しいんです」

 

嘘でも方便でもなく正直な気持ちを伝えると、僅かに抱きしめた腕を緩めたキリトさまが私の耳元に顔を寄せてきました。

 

「でも……オレはアスナと一緒に食べた方がもっと美味(うま)くなると思うんだけどな」

 

普段の自分の食事の様子を思い出してしまい、思わず「でしたら一緒に」と言ってしまいそうになる所をグッ、と堪えます。

 

「お茶は、ご一緒しますよ?」

「ダメ」

「う゛う……」

 

何やら楽しげな口調で強請ってくるキリトさまは腰に回した両手も頬に触れているお顔も一向に離して下さる気配がなく、これでは扉の向こうで控えているサタラをいつまで経っても呼ぶことができません。

 

(何かあったのでは、とサタラが心配して入ってきたら、この状況は……困るわ)

 

これ以上は、と渋々折れることにしました。

 

「なら……一口だけ」

 

(一口なら……大丈夫よね)

 

この時は、その後、お茶の支度を調えてくれたサタラに昼間作ったスコーンを持ってきてもらい、キリトさまがジャムをたっぷりとのせたスコーンをご自身の手で私の口元に運び「一口かじっていいぞ」とおっしゃるなんて想像もしていませんでした……。




お読みいただき、有り難うございました。
これではどちらが餌付けされているのやら……。
もじもじとなかなか口を開けないアスリューシナに
「あーん」する気満々な侯爵さまはここでも楽しまれた
ことでしょう。
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