漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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新章スタートです。


17.指輪(1)

ユークリネ公爵家の屋敷全体が寝静まった頃、アスリューシナの私室でいつものようにソファに

並んで腰を降ろし、サタラの用意してくれた紅茶をひとすすりしてからキリトゥルムラインは

プリムローズイエローの封筒を差しだした。

キョトンとまあるくなった瞳が愛らしくてしばし堪能の時間を味わっていると、説明を求める

口調でアスリューシナが「キリトさま?」と目の前の侯爵の呼称を口にする。

共に市場に出かけて以来、アスリューシナはキリトゥルムラインを「キリトさま」と呼ぶように

なっていた。

 

「今度、ルーリッド伯爵家で夜会があるんだ」

「まさか……」

「ああ、その招待状」

 

アスリューシナの事情を解しているはずのキリトゥルムラインが何かを企てている目で

にっこりと笑う。

「夜会」と聞いて公爵令嬢の形の良い眉がみるみるうちに歪んだ。

その表情を見ても侯爵は笑顔をキープしたまま招待状をアスリューシナの手に乗せる。

 

「これはアスナの分」

「キリトさまは……私に、その夜会に出ろ、と……?」

 

小さく紡ぎ出された声は微かに震えていた。

その声を気にした風もなくキリトゥルムラインはさらりと肯定の言葉を口にする。

 

「そう……前に王城でアスナの兄上が言ってただろ、早く相手を探せって」

「だから……夜会の……招待状……ですか…………」

「ああ、オベイロン侯とは……嫌、なんだよな?」

 

確かめるように覗き込んでくる漆黒の瞳に、アスリューシナも真剣な面持ちで頷いた。

 

「この夜会には伯爵の思惑があって貴族の令嬢や子息達の中でも独身の者しか招待されない

んだ……でも、アスナは既に相手が決まっていると思われているだろうから届いていないと

思って……」

「……それでキリトさまがわざわざ?……あ、有り難うございます。感謝しますわ……この

夜会で私を気に入って下さる方がいらっしゃると……いいのですが……」

「あー、そうじゃなくて……」

「せっかくですもの、ここでお相手が見つけられるよう、頑張ります……」

 

震える声を無理矢理に押し込んで、勤めて明るく前向きさを装いキリトゥルムラインの顔を

見つめていたアスナの瞳からふっと力が抜けて、今まで抑え込んでいた何かがあふれ出す。

 

「キリトさまは……私のお相手を探す協力を……して下さるのですね」

 

泣いているのかと見間違うくらい悲しげにアスナが微笑めば、今度はキリトゥルムラインが

眉根を寄せると同時にアスリューシナの頬へ片手を伸ばした。

 

「ごめん、アスナ……いじめすぎた」

 

侯爵の大きな手はアスリューシナの頬を包み込み、長い指は令嬢の耳朶をそっと挟みこむ。

 

「そんな顔を、しないでくれ……」

「……そんな顔って……ご存じなのでしょう?、オベイロン侯爵さまから求婚されている

ことも、両親はそれを喜んでいるのに私が拒んでいることも……だから、こうやって……」

 

頬に添えられたキリトゥルムラインの手の温かさに思わずすり寄ってしまいそうな気持ちを

堪える為に強い眼差しで返せば、侯爵は親指でそっとアスリューシナの目元を拭った。

 

「泣きそうな顔になってる」

「なっ、泣いていません」

「そうだな、泣かなくていいよ……その夜会でアスナをエスコートするのはオレだから」

「はっ?!」

 

突然の申し出に口を開けたまま固まってしまったアスリューシナを見てキリトゥルムラインが

口元を緩ませた。

 

「だから、ゴメン。最初に言うべきだったな。実はルーリッド伯爵家のユージオとは剣術

学院の同期なんだ」

「ユージオさま?……ルーリッド伯爵家の三番目のご子息さまでいらっしゃいますね」

「そう、今は王城の『剣(つるぎ)の塔』に籍を置いて第四騎士団長をしている」

「既に騎士団長なんて、随分とお強い方なのですか?」

「そうだな同期の奴らでオレとまともにやり合えるのはアイツくらいだから剣の腕は確かだ。

しかもオレと違って人当たりがいいから団員達とも上手くやっている」

「まぁ、キリトさまったら」

 

珍しく自分を卑下するような言い方にアスリューシナが、くすり、と笑う。

それを見て「やっと笑った」と小さく呟いたキリトゥルムラインはそっと彼女の頬を撫でた。

同年代の貴族の子息の話を親しげに口にするキリトゥルムラインを見てその関係性を悟った

アスリューシナがふわりと微笑む。

 

「ご友人、なのですね」

「そう……だな、学院ではずっと一緒だった……。で、今回の夜会なんだけど、浮いた噂ひとつ

ない息子の将来が不安になった父親のルーリッド伯爵がお節介にも出会いの場を設けようと

いう主旨で催されるらしいんだが……」

 

そこまでを聞いてアスリューシナの顔が再び強張った。

 

「私をユージオさまのお相手に、という事……でしょうか……」

 

アスリューシナの頭の中は一瞬にしてキリトゥルムラインに連れられユージオに紹介される

場面が浮かんでくる。

 

「そうじゃないって……ああっ、もう」

 

苛ついた声を発したキリトゥルムラインは頬に触れていた手を更に伸ばしてアスリューシナの

髪に差し入れ、後頭部をとらえてぐいっと自分の胸に彼女の顔を押し付けた。「う゛ふっ」と

くぐもった声が聞こえたが抱えこんだ頭を放そうとはしない。

 

「ちょっと黙って。アスナは意外と先走るんだな……ちゃんと最後まで喋らせてくれ。

ユージオに浮いた話がないのは既に想い合っている方がいるからなんだ。だが、今は事情が

あってその関係を公には出来ない。だから今回の夜会もヤツにとっては茶番劇でしかないのさ。

そこでオレが一興を謀って頼み事をしたんだが……見返りに……その……アスナを招待しろって

言われて……」

 

抱えている腕の力を弱めるとすぐさまアスリューシナが顔を上げてキリトゥルムラインを

見上げてきた。

少々息苦しかったのか、ほんのりと頬を染め、小さく口を開けたまま肩を上下させて浅い

呼吸をしている。

 

「ユージオさまが……私を?……」

「いや、指名されたわけじゃないんだけど……どうも、オレの態度から、何か勘づいたらしい

んだよなぁ」

 

目線を少し上向きにして宙を睨み、ブツブツと小声で「アイツ、妙なところで勘が働くから

厄介なんだよ」と口をへの字に曲げながら無意識に癖となっているのかアスリューシナの髪を

撫で梳いた。

ふぅっ、と一息吐くと、キリトゥルムラインは自分の胸元にある小さな顔に優しく微笑む。

 

「だから、アスナは何も心配しなくていいよ。オレがこの屋敷まで迎えに来るし、帰りも

ちゃんと送り届けるから」

「あのっ……でも……ユージオさまにご紹介いただければ、後はキリトさまのお手を煩わ

せずとも……」

 

その言葉にムッとした表情を浮かべたキリトゥルムラインは再びアスリューシナの頭を抱き

寄せて、そのロイヤルナッツブラウンの髪の上に自分の顎を軽くのせた。

 

「なんだよ、それ……本気で相手探しでもする気か?……」

「えっ?、違いますっ……以前にお話したでしょう……髪を染めたままでいると体調が悪く

なってしまうと……なのであまり長い時間、伯爵邸に滞在はできないと思いますから……」

「だったら尚更だろ。具合の悪くなったアスナを一人で馬車に乗せて帰すなんて……いや、

伯爵邸で大丈夫でも馬車の中で体調を崩す可能性だってあるんだから、この屋敷に戻るまで

オレから離れるなよ」

「それでは……夜会にいらした方々に誤解されます」

「いいだろ、オベイロン侯と正式に婚約したわけでもないんだし……」

 

そこまで言うとキリトゥルムラインは独り言のように「王城の夜会の後にアスナへ手紙を

送ってきた奴らへの牽制もしなくちゃ、だしな」と心の内を明かす。

 

「だから……アスナ、オレと一緒に夜会に出席してくれないか?」

 

その言葉にキリトゥルムラインの腕の中のアスリューシナがゆっくりと頷けば、すぐさま

頭上から小声で「ありがとう」という言葉が降ってきて、続いてチュッと軽いリップ音が

ロイヤルナッツブラウンを掠めた。




お読みいただき、有り難うございました。
やっと登場(まだ名前だけ)の伯爵家の三男坊・ユージオさまです。
彼の前でキリトはどんな態度をとっていたのでしょうか?
きっとシノンの時と同様、まるわかりだったんでしょうね(笑)

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