漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

26 / 83
キリトゥルムラインにエスコートされ、ルーリッド伯爵と言葉を交わしていたアスリューシナの耳に穏やかな声が飛び込んできて……


20.指輪(4)

声のした方向を見るとルーリッド伯爵の隣へ気配すら感じさせずに現れたアッシュブラウン色の髪の青年がアスリューシナを暖かい微笑みを送っている。

一見した風ではキリトゥルムラインとそう変わらない年齢だろうか、しかしその面立ちは柔和で常に笑みを絶やさず、すぐに誰とでも打ち解けてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。

アスリューシナの躊躇いを見て、ルーリッド伯爵の片手が青年の胸元に近づく。

 

「アスリューシナ嬢、息子のユージオです」

「初めまして、ユークリネ公爵令嬢様。ユージオ・ロワ・ルーリッドです。今宵は僕の我が儘にお付き合い下さり、本当に有り難うございます」

 

キリトゥルムラインが友人と称している青年だとわかり、すぐに礼を取ろうとしたのだが……。

 

「初めまして、ユージオ様…………キリトゥルムラインさま、少し離していただけませんか?」

 

挨拶をしようとしているのに、自分の腰から一向に手を緩める気配のない侯爵へアスリューシナは小さく声を尖らせた。

そんな声が届いても全く気にする様子のないキリトゥルムラインはそのままの体制で平然と公爵令嬢に向かい「こいつには挨拶の言葉だけで十分だから」と言い放つ。

こうなると自分の願いなど聞いてくれないとわかっているアスリューシナはキリトゥルムラインにだけ聞こえるように「もうっ」とだけ言うと、改めてユージオに向き直り、可能なかぎり腰を落として礼を取った。

 

「このような状態で失礼致します、ユージオ様。こちらこそ、素晴らしい薔薇を目にする機会を与えていただき、とても感謝しております」

 

キリトゥルムラインの呆れた所行には慣れっこなのか別段気にした様子も見せず、ユージオはやれやれ、と苦笑を混ぜてアスリューシナに労りの視線を送る。

 

「困ったヤツですね……このキリトが剣より夢中になる存在がどうしても見たくなってしまいお招きしたのですが……」

 

そう言ってから小声で「ここまでとはなぁ」と呆れ半分、からかい半分に零せば、アスリューシナの眉尻は少し恥ずかしそうに落ち、キリトゥルムラインがジロリ、と友人を睨んだ。

友からの視線など気づかなかったように清々しい笑顔に戻ったユージオは更に声を弾ませ進言する。

 

「ああ、キリト、その様子だと余計な事だってわかってるけど、公爵令嬢様の手はしっかりと掴んでおいた方がいいよ。隙あらば、僕なんかより父上の方が彼女を狙っているようだから」

 

ユージオの言葉を耳にした周囲の貴族達の間に一瞬、緊張が走った。

三大侯爵家であるガヤムマイツェン侯爵がエスコートしている令嬢というだけで裏のある好意や確証のない悪意が寄せられる存在となった彼女を擁護するため、現国王の第四騎士団長であるユージオはもちろん、その父であるルーリッド伯爵までもが彼女のバックに付いたということを知らしめたからだ。

 

「そうですよね、父上。大丈夫、母上には内緒にしておいて差し上げます」

 

涼しげに微笑む息子に伯爵も楽しそうに笑い「そうだな。私も候補者に入れていただけますかな?」とアスリューシナに問う。

父子二人のやりとりに思わずクスクスと笑い声をあげてしまったアスリューシナは「残念ですが」と返事を口にした。

 

「私のような世の中を知らない小娘に伯爵様のお相手が務まるとは思えません。ですが、叶うなら次にお会いできた時には伯爵さまのお話をたくさんお聞かせ下さいませんか?」

「ええ、是非薔薇を眺めながらゆっくりと色々な話がしたいですな」

「さあ、父上、デートの約束は取り付けたのですから、そろそろ次の招待客のお相手をお願いしますよ」

 

すかさず二人の会話に入ったユージオがキリトゥルムラインとアスリューシナの後ろへと視線で促すと、そこには彼らの後に到着した招待客が伯爵に挨拶をしようと列をなしていた。

慌ててアスリューシナが頭を下げる。

 

「申し訳ありません。ご挨拶だけのつもりが……」

「いえ、構いません。私にとっても有意義な時間でした」

「では、オレ達は失礼します。それと……」

 

それまでアスリューシナをほぼ抱き寄せていたと言っていいほどに密着していたキリトゥルムラインが、彼女から離れて伯爵へと一歩足を踏み出した。

 

「……今宵の余興に夜会の場を提供していただきガヤムマイツェン侯爵家として感謝を申し上げます」

「まあ、こちらも貴重な花を目に出来ましたのでね。それに、あちら側にもこのルーリッド伯爵邸なら余興の場としてふさわしいと思われたのなら後悔させてやりませんとな」

 

それまでと同じように余裕のある笑みを口元に湛えている伯爵だったが、その瞳の奥は鋭く輝いている。

しかし、その堅さも一瞬で溶けて隣の息子へ父としての言葉を浴びせた。

 

「だが、それはそれ。ユージオ、お前はちゃんと皆様のお相手をするように」

 

そう言うと返事を待たずに後方で待ち続けている招待客の元へと歩いていってしまう。

残された三人は、内二人がくすり、と笑い、残りの一人が大きな溜め息をついた。

 

 

 

 

 

広間の隅に移動した三人は、それでも変わらずに周囲からの視線を集めながら、それを気にすることなく親密な空気を張って自分達だけの場を作った。

キリトゥルムラインが隣のアスリューシナに気遣いの声をかける。

 

「気分は?、アス……リューシナ嬢」

「はい、大丈夫です」

「少しでも調子が悪くなったらすぐに言えよ」

 

まるで精巧なガラス細工の曇りを探すように顔色を検査し、手を取って体温を確かめる友の様子に改めてユージオが目を丸くした。

 

「こんなキリトを見る日がくるとはね……それにさっきの父の喜びよう。初対面の令嬢との会話であそこまで上機嫌になった父も見た事ないよ」

 

アスリューシナに異変がないことを納得したキリトゥルムラインがユージオに向き直って「そうだな」と同意の言葉を発する。

 

「オレも、中央市場で扱っているのが食べ物だけじゃないことをすっかり忘れてた」

 

それから小さく「そうだよな、花も売ってるんだよな。買ったことないからなぁ」とボソボソ言っているのが聞こえてアスリューシナは心配そうな瞳で二人に問うた。

 

「あの……薔薇の事、夢中で話してしまったのですが……いけなかったでしょうか……」

 

その不安を笑い飛ばすように騎士の称号を持つ二人が顔を見合わせて、ぷっ、と吹き出す。

アスリューシナの私室で彼女を見つめる時のような優しい眼差しでキリトゥルムラインは薄いアトランティコブルーの瞳を覗き込んだ。

 

「違うよ、あのルーリッド伯を一瞬にして魅了させた手腕に感心してるだけだ」

「ええ、常々父は青薔薇を我がルーリッド家、他の色の薔薇を領地や領民と捉えている人なので、普通の薔薇の存在があってこその青薔薇という考えの持ち主なんです。だから青以外をしっかりと評価してくれたあなたの気持ちがとても嬉しかったんですよ」

 

それぞれに違う柔らかな微笑みを返され、アスリューシナは安心して細く息を吐き出した。

 

「私は思った事を場もわきまえず口にしてしまっただけですから、魅了だなんて大げさです、キリトゥルムラインさま」

 

困ったように眉を下げてキリトゥルムラインを見つめているアスリューシナと、それを嬉しげに受け止めている友を見てユージオが腕組みをしたままわざと大きく頷く。

 

「キリトが夢中になっている花がこんな貴重種だとは思わなかったよ。お陰で僕までとばっちりだ」

 

さっきまでの自分の父の様子を思い出し、ユージオはキリトゥルムラインへ半眼の視線を送った。

今回の夜会でルーリッド伯爵が一番気に入った令嬢はまず間違いなく目の前のユークリネ公爵令嬢だろう。

しかしながらすでにその手をガヤムマイツェン侯爵が離さないことは承知済みのはず、となればお前も負けないくらいのお相手を、と思っているに違いないと己の推察に気が重くなる。

そんな友の憂鬱さなど気にする様子もないキリトゥルムラインは、ユージオに顔を近づけ口の端を上げた。

 

「何言ってるんんだ。お前のお相手だって貴重種じゃないか」

 

こっそりと告げられた言葉にアスリューシナも僅かに首を傾げ、微笑みで同意を示す。

公爵令嬢の仕草に目を見開いたユージオはすぐさまキリトゥルムラインにつかみかかる勢いで歯をかちんっ、と合わせた。

 

「おいっ、キリト。ユークリネ公爵令嬢様はどこまで知って……」

 

その突然の勢いに思わずのけぞったキリトゥルムラインが誤解を解こうとした瞬間、アスリューシナが慌てて小さくユージオに声を掛ける。

 

「お待ち下さい、ユージオ様。キリトゥルムラインさまは私にはユージオ様のお相手のお名前などは一切おっしゃっておりません。ですが……」

 

キリトゥルムラインとユージオから食い入るような視線を送られているアスリューシナはいたたまれずに俯いて言葉を続けた。

 

「ですが……ユージオ様が第四騎士団に所属されている事と……その、たった一度だけ、キリトゥルムラインさまがユージオ様のお相手の方の事を『思いっ合っているお方がいる』とおっしゃったので……三大侯爵家であるキリトゥルムラインさまが『お方』とお呼びになるのは……王族の方々しかいらっしゃいませんでしょう?……それにお二人の仲をすぐには公にできないお立場の方となると……多分、そうなのかな、と……」

 

現在、アインクラッド王国の国王には王子が一人、その妹である王女が二人いる。

国王は五つの騎士団を所有し、優秀な騎士をその団員として迎えていた。

第一騎士団は国王の警護をし、第二騎士団は王妃を守る。第三騎士団が王子に付き従い、第四、第五はそれぞれ第一王女、第二王女の護衛を務めていた。

アスリューシナは王城の舞踏会で遠目にもわかるほどに髪を鮮やかな金色に染め、凛とした佇まいの第一王女と、その姉姫の影に身を潜ませ、広間の様子を怖々と眺めていた妹姫の姿を思い起こし、目を細める。

公爵令嬢の正しい憶測を聞いてへたり込みそうになる足をどうにか堪え、ユージオは一言「まいったな」とだけ漏らすと、きちんと顔を上げ、背筋を伸ばしてアスリューシナを正面から見つめた。

 

「はい、ユークリネ公爵令嬢様のお考えの通りです。父にはまだ告げられる段階ではないので……僕としてはギリギリまで彼女の護衛を務めていたいのもありますが……」

 

その言葉で伯爵家令息の想い人が自身の護衛対象である第一王女であると確信したアスリューシナは心得た様子で微笑む。

 

「承知しております。ご安心ください、私はユージオさまのお相手が誰なのかは全く存じ上げておりませんから」

「……助かります……それにしても……キリトのたった一言で……」

 

ちろり、と横目で友を睨めば「オレのせいなのかっ」と心底意外そうな顔で返された。

 

「それだけユークリネ公爵令嬢様がキリトの言葉のひとつひとつを大切に聞いてるってこと……ですよね?」

 

お返しにと冷やかすような笑みで、最後だけをアスリューシナに向かって言えば、ぽんっ、と瞬時に頬を染める令嬢がいて、先刻までの見事な洞察力を披露した人物とは思えないほどに恥ずかしさで縮こまる様は思わず抱き寄せてしまいたい衝動に駆られる。

しかし、そう思った瞬間には既に友の腕が公爵令嬢の腰を引き寄せていた。

確か自分よりもひとつだが年上のはず、と公爵令嬢の年齢を思い出していたユージオはその意外にも素直すぎると言っていい反応に友の想い人というだけではない好感を抱く。

そうしていつの間にかアスリューシナとユージオとの間にも親しげな空気が生まれていると、背後からルーリッド伯爵家の家令が静かに近づいてきた。




お読みいただき、有り難うございました。
ユージオのお相手がどなたなのか?、は……まあ、言わずもがな、です。
今後の登場予定がありませんので、名前も出しませんでした。

さて、大変申し訳ありませんが、一旦、二ヶ月程お休みをいただきたいと
思います。
詳しい理由(言い訳?)などは「活動報告」欄でお伝えしますので。
ではキリトゥルムラインの言う「余興」の始まりまで、しばらくお待ち下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。