漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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『漆黒に寄り添う癒やしの色』の「お気に入り」カウントがいきなり300件を突破して
いただいちゃって(?)……本当に「いきなり」と言っていいカウント数の伸びの良さで
驚き、戸惑い、でもって大喜びさせていただいておりますっ。
さすがにカウントキリ番の【番外編】投稿はもうないでしょう、と思っていたので、
視点は誰にしよう〜?、と考えたのですが、やっぱり二人のイチャもちょっとは入れたいよね、と
いう事で彼の出番となりました。
感謝の気持ちをパンパンに込めまして、楽しんでいただけたら、と思います。
本当に有り難うございましたっ。
(後日、順番を「指輪」の章の次に移動させていただきます)


【番外編・4】友の隣に咲く花

僕が執務を行う『剣の塔』内に割り当てられた第四騎士団団長室には、今現在、部屋の片隅に置いてある簡素な応接用ソファに腰掛けて複雑な表情を浮かべつつも城下で人気の菓子店の袋を手にしている年若い貴族がいる。普段、誰かがこの部屋を訪ねて来た時は当番の騎士が接待のお茶を用意してくれるけど、僕も部下の騎士達もかの貴族を「客」と認知していない為、誰も動こうとしない。

しかしそれは彼も充分に承知しているんだろう、その対応を別段気にした様子もなく、持参した第四騎士団への差し入れ兼自分のおやつが入っている袋に堂々と手を突っ込んで……出てきたのは少し大きめな一人前サイズの円形タルトだ。丸く縁取っているタルト生地は見事な薄い重層を形勢していて見た目だけでもそのサクサク度を予感させる。そして円の中央には黄金色と表していいリンゴの甘煮が艶やかな照りをまとってふんだんに盛られていた。一時、その表面をジッと見つめていた彼は次に躊躇なくそれを自分の口に入れようとしている。

僕はテーブルを挟んだ向かい側のソファで、袋の中から手づかみでタルトを取り出して口に運ぶ侯爵様ってどうなの?、なんて疑問はとうの昔にどこかへ置いてきちゃったなぁ……と自分の感覚に若干の脱力感を味わいながら間もなく来るだろうお茶の催促に対応すべく立ち上がった。

 

「それで、今度のうちの夜会、参加する気になったの?、キリト」

 

タルトを口に入れ、もぐもぐと頬までも大きく動かしながら「ユゥージィゥ……」と、どうやら僕の名を口にしているらしいこの国の貴族のトップである三大侯爵家のおひとり、ガヤムマイツェン侯爵様がお茶を請うてパタパタと動かしている手にすかさず紅茶を注いだティーカップを渡す。

んぅ……くんっ、と紅茶を口に含んでタルトと一緒に流し込んだと思われる嚥下の音を聞き、僕は抑えきれない呆れ顔を彼に向けた。しかし、そんな僕の表情など剣術学院で剣を交えていた頃から慣れっこになっている彼は気にも止めず、複雑だった表情を更にこじらせてブツブツと何やら呟いている。

 

「んー、別に味が落ちたわけじゃないんだろうけどなぁ……なんか、こう、違う気が……香辛料や甘味料の配合とか……それともリンゴの種類か?」

 

僕からの問いには一向に答える気のないらしい学院生だった頃からの親友と呼べるべき存在の彼はかじったばかりのタルトを見つめ、どうやらその味について考え込んでいるらしい。こうなると周りの言葉など全く耳に入らない事は百も承知している僕はひとまず自分の問いに対する返答を諦め、彼の疑問に付き合うことにする。

 

「どうしたのさ、リンゴタルトの味が気に入らないのかい? 『ファウルップ菓子店』はキリトが贔屓にしてる店だろう?」

 

すると待ってましたとばかりに彼は顔をあげて自分の意見を整理するように話し始めた。

 

「最近食べたリンゴのタルトの方が美味い気がするんだ。でも『ファウルップ』は王都でも人気上位の店だからそんなはずはないかと思って……」

「ふーん……ちなみに最近食べたタルトってどこの店のなの?」

 

するとぴたり、と貝のようにキリトの口が閉じる。そして全身を硬直させ、代わりに、口を滑らせたっ、のオーラを大量に放出した。視線を意味も無くグルグルと四方八方に漂わせてから、ぼんやりと薄く空気を吐き出すように「あー」だの「うーん」だのを何回か繰り返して、小さくぼそりと「店のじゃないんだ」とだけ教えてくれる。

けれど、これ以上は何も話さないぞ、と目で語ると手に持ったままの残りのタルトをパパッと口に放り込み、僕の煎れた紅茶をゴクゴクと飲み干す姿はとてもじゃないけど高位の貴族には見えない。

そんな友に更なる呆れ視線を送りながら僕は彼が少し前まで足繁く中央市場へ出向いていた事を思い出す。

 

(まさか……市場の店の看板娘にでも懸想しているとか?)

 

剣術学院時代でも数少ない女子院生から友情以上の好意を寄せられる事は珍しくなかったが、残念なことに彼が夢中になっていたのは剣に関する事ばかりで、当時の彼女達から送られる視線や言葉の深い意味など気づきもせずにやりすごす彼の笑顔と共に、幾度となくそういった場面に立ち会ってしまった自分の間の悪さを思い出す。

 

(へええっ、あのキリトがね……)

 

僕が自分の恋路の話をしても、さして興味もなさそうに聞いてくれていた友がついにそんな相手を見つけたのか、と思うと嬉しさがこみ上げる反面、彼の身分や周りの反応を考えると懸念も浮かぶ。予想通り相手が市場で働いているような立場だった場合、その女性を侯爵夫人の座に就けるにはキリトだけでなく彼女も並大抵の努力では周囲を認めさせる事は出来ないだろう。

それでも彼が望むなら自分は友として出来る限りの力になってあげたい……そう決意してまずは肝心な部分を確かめなければ、と目の前に座っている真っ黒な瞳を見つめる。

 

「なら、そのタルトを作った人に、僕も会ってみたいなぁ」

 

単純に自分も好物であるタルトに興味を持っただけと言いたい空気を漂わせてみたけど、そこは付き合いの長い仲で、すぐに何かしらの裏の意図に気づいたらしいキリトの眉が不機嫌に歪んだ。でも、そこで引き下がるわけにはいかない。ちゃんと二人の関係性を把握しておかないと今後の対策も立てられないからだ。時に大胆かつ大ざっぱで後先考えない行動に出る友を持つ身としては色々と気になるんだよね、と笑顔をキープしたまま見つめ続けるとようやく僕の発言に憮然とした表情のまま固まっていた彼がほんの僅か、気恥ずかしそうに頬を赤くして「なら……」と切り出してきた。

 

「ユージオんとこの例の夜会に誘うよ」

 

それだけを少々ぶっきらぼうに口にしてから「招待状、用意してくれ」と告げてくる。

キリトの表情にも驚いたけど、それ以上にびっくりしたのは彼がその相手をうちの夜会に連れてくると示した言葉だ。

 

(えっ?、ちょっと待って……その相手って夜会に連れて来られるような身分の女性……貴族令嬢って事?、なのにうちからの招待状が届いていないって一体……)

 

色々と勝手な憶測が頭の中を飛び回っている隙に目の前の友が「だからこっちの頼みも引き受けてくれよな」と、ちゃっかり自分の要望を通していたことに気づいたのは少し後になってからだった。

 

 

 

 

 

どうやら身内に不穏な動きをしている人間がいて、自分の屋敷内にも内通している使用人がいるらしい、と面倒くさそうに話していた友が何がきっかけなのかは不明だが、うちで開く夜会に乗じて問題を解決したい、と父であるルーリッド伯爵に相談していたのは知っていたけど、まさかその話を引き受ける父からの条件が「息子のユージオが全てを取り仕切るなら」だったとは……我が父ながら食えない人物だと再認識しつつ、夜会会場の隅で家令と段取りを確認しながら招待客の到着を待つ。

どうりで先日、わざわざキリトが僕の執務室までタルトを持って来るわけだね、と、普段は『剣の塔』に近寄らない友が、ふらり、と訪れて来た日の表情を思い出す。察するにあれは彼の言う「余興」の件をどうやって僕にうなずかせるか、を考えていたんだろう。

それを僕の要求と引き替えに承諾させるなんて……キリトらしいよな、と吐き出す息ひとつで自分を納得させて会場の入り口を注視していると、ようやく目当ての人物が令嬢を伴って姿を現した。

途端に会場内が低くどよめき、視線が一点に集中される。

 

(あれは……)

 

友の隣にぴたり、と寄り添っている令嬢には見覚えがあった。少し前、王城の夜会でいつもの様に警護対象の彼女から少し離れた位置に控えていた時、ダンスフロアで貴族達の好奇の視線を浴びていた兄妹の一人……ユークリネ公爵家のご令嬢。

兄妹が踊る姿は一対の蝶のように軽やかで、思わず少しの間魅入ってしまった事を思い出す。

けれどダンスが終わった後、近寄っていくオベイロン侯爵から兄妹二人は逃げるようにその場から立ち去っていまい、少し気にはなっていたのだが、そのまま夜会での仕事に忙殺されて深くは考えずに忘れてしまっていた。

かの令嬢がオベイロン侯のお気に入り、という話を知らない貴族はおらず、よって父も招待状を出さなかったのだろう。

まさか同じ三大侯爵家同士がひとりの令嬢を求める事態になるなんて……これは僕の恋路と同じくらい頭の痛い話になるのでは……と、自然と眉間に皺が寄った時だ、二人と言葉を交わしていた父の実に楽しそうな声が耳に届く。

 

(ウソだろう……初対面の令嬢を父が本園に招待してる……)

 

跡継ぎである長兄のお嫁さんでさえ本園を見せたのは婚姻を交わしてしばらくしてからだ。未だ身体の衰えをみせず、現役の伯爵である父はこれまた元気いっぱいの母と一緒に日々つつがなく本邸で暮らしている為、長兄夫婦は隣の別邸で気ままに水入らずを満喫している。次兄も既に結婚しているが外国に住んでおり、唯一独身の僕は本邸に寄りつかず専ら城内に与えられた部屋で寝起きしていた。

夜会会場に入って来るなり興奮気味に薔薇達をその瞳に映していた公爵令嬢様が父からの言葉により一層喜びに満ちた笑顔を輝かせている。

その表情を眩しそうに見ているキリトの真っ黒な双眸はどこまでも優しく、見ているこっちが溶けてしまいそうだ。

父の発言と友の様子でルーリッド伯爵家としての方針を自認した僕はそう遠くない未来に起こるであろうオベイロン侯爵家との摩擦を憂慮したまま彼らのもとへと歩み寄った。

 

 

 

 

 

正直に言うと僕はタルトを作った人に会いたいと言った自分の発言を心から後悔した。

夜会会場の中心で父と別れ、キリトとユークリネ公爵令嬢様と僕の三人で広間の片隅に移動したと言うのに、友の目には僕がまるで映っていないからだ。

支えていなければ倒れそうだから、とでも言うつもりなのか、かのご令嬢の細い腰に手をあてたまま今は更にその耳元へと顔を寄せている。

ユークリネ公爵令嬢様は身体があまり御丈夫でないと聞いていたけれど……確かにクロームオレンジ色のドレスの上からでもわかるほど華奢な体つきに色白の肌は普段あまり外にも出ていないのだろうとは思うが不健康そうな印象はまるでなく、どちらかと言うと男性の目にはひどく魅力的に映っているくらいで、加えて何をキリトから耳打ちされたのか、ぽわん、と頬を淡く染めてから拗ねたように唇を尖らせ、上目遣いに彼を見上げる様は想う相手がいる僕でさえ思わず「可愛らしい方だな」と口元が緩んでしまう。

一方、睨み付けられたキリトは何がそんなに嬉しいのか目を細めて今にもご令嬢を抱きしめるのではないかとこちらがドキドキするくらい腰に回した手で彼女の身体を引き寄せている。けれど、そこでさすがに彼の行き過ぎた行為を公爵令嬢様が窘めた。

 

「キリトゥルムラインさまっ」

 

(あ……名前、呼んでるんだ……)

 

もう、僕のあれこれとした想像も杞憂でしかない。

どうして友のお相手が市場の看板娘かも、などと思ってしまったのだろう……ガヤムマイツェン侯爵家とユークリネ公爵家、羨ましいくらい何の問題もない家柄同士だし、加えて我がルーリッド伯爵家も後ろ盾となる意志を示している。

この二人の仲に対してオベイロン侯がどう出てくるか、が多少気がかりではあるけれど、よく考えれば婚約をしているわけでもないのだから、キリトならばその問題もどうにかするだろう。もちろん僕も協力は惜しまない。

疑問が残ると言えばリンゴのタルトを作った人、というこちらの申し出の答えがユークリネ公爵令嬢様という事だけど……と、二人を観察していると、すぐ傍を通りかかった従者にキリトが飲み物を頼んでいる。程なくして三種類のグラスが乗ったトレイを持った従者が戻ってきた。

小さめのゴブレットを公爵令嬢様に渡してから、僕にはお決まりのブルースピリッツの入ったショットグラスを、そして自分はフルート型のシャンパーニュグラスを手にし、互いに顔を見合わせ微笑んでからそれぞれのグラスの中身を一口、口に含む。

 

「……美味しい」

 

公爵令嬢様の素直すぎる感想に今度はキリトの口元が緩んだ。

それはそうだろう、ご令嬢が飲んだのはこの夜会の為に、とガヤムマイツェン領から取り寄せた特別のリンゴジュースなんだから。今回の夜会に自分もパートナーをエスコートして参加すると決まると、キリトは自ら飲み物の一部を手配をしてくれた。本人は「色々と世話になるから」と気前よく提供してくれたけど、今ならわかる、きっと彼女に自分の領地産のジュースを披露したかったのだ。このリンゴジュースは最初からジュース用として栽培したリンゴを使うとかで、量産も出来なければ日持ちも悪い為、王都にはほとんど出回っていない貴重な代物らしい。

そして公爵令嬢様が興味深げに見つめているキリトのグラスの中身は……これまたキリトが提供してくれたガヤムマイツェン領で作っているシードル(リンゴ酒)だ。他の領地で作っている物より発砲具合のきめが細かくて液体の色も味も濃いので人気が高く、やはり簡単には入手できない。

稀少な物なのだとキリトから説明を受けたらしい公爵令嬢様の瞳がシャンパーニュグラスをジッと見つめ、一口だけでも飲んでみたいと訴えている。その抗いがたい色を苦笑で受け流し、再びキリトは彼女の耳元に唇を近づけた。

 

「だからダメだって。アルコールは体調を崩すかもしれないだろ。今度……」

 

最後の方はよく聞き取れなかったが、元来病弱と言われている公爵令嬢様は体調を理由にされ渋々と小さく頷く。すると我慢したご褒美と言わんばかりにキリトの唇が彼女の耳元からそっと頭部に移動して綺麗なアトランティコブルーに染まった髪に……僕が盾になって夜会の客人方には見えなかったようだけどっ、夜会の様々な音でリップ音は響かなかったようだけどっ……本当に彼は僕の知っているキリトゥルムライン・カズ・ガヤムマイツェン侯爵なのかっ、と我が目を疑いたくなる光景だった。

一瞬、何が起こったのか理解不能に陥ったと思われる公爵令嬢様はパチパチと瞬きを二回繰り返すと、ポンッと跳ねるように小さな顔全体を真っ赤にして、でもその瞳に嫌悪の色など一滴もなく、今度は睨み付ける気力もないのかただただ恥ずかしそうに身を縮込ませている。

 

(これはもう貧乏くじどころのレベルじゃないよね)

 

僕はこれからこの会場で不本意ながら何人もの令嬢方のお相手をし、気分を害さない言い回しで交際の意志がないことを伝え、と同時にキリトの余興を仕切り、明日、登城してすぐに彼女の元へと参じてこの夜会で不安になっているお心を鎮めてさしあげなくては……と言うかご機嫌を直していただく為にあれやこれやと言い訳のような説明をせねばならず……本当に色々と……色々と……もう……と項垂れかけたところに家令が音も無く近寄ってきた。

要件を聞いた僕がキリトをこの場から退場させるため、考えるより先に手にしていたグラスの中身を彼の胸元へと勢いよく浴びせたのは仕方の無いことだったと思う。




お読みいただき、有り難うございました。
すっかりやさぐれてしまったルーリッド伯爵家の三男坊くんです(苦笑)
夜会ではアスナがシードルを口にする事を許さなかったキリトですが
「今度……」ってなんだっ!?……って思いました(苦笑)
今回の【番外編】を読んでから「21.指輪(5)」へ戻ると、ブルースピリッツを
ひっかけた時のユージオの「ごめん」の言い回しが微妙に違って感じます。

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