王都を離れていますので、その間、アスリューシナがどのように
過ごしていたか、彼女の親友視点でお届けしたいと思います。
絶好のお茶会日和と言っていいだろう緩やかな日差しが中庭の木陰にセッティングしたテーブルやイスの上へと木の葉の隙間から降り注ぎ、そこに新緑の香りを乗せてそよ風が通り過ぎる。
この陽気ならいつもより長く外でお喋りができるかも、と病弱の友の体調を気にしながら私は先に到着した年下の令嬢二人に丸テーブルを囲んでいるイスを勧めた。
今までにも何度かうちに来てお茶を飲んだり、一緒に買い物に出掛けたりしている小動物のように可愛らしい容姿の子爵令嬢であるシリカ・ヒナ・アヤサリスティマーフェ令嬢はマリーゴールド色のどこもかしこもふんわりとしたデザインのドレスの裾を気にしながら侍女が引いたイスにちょこん、と腰掛けるとそわそわと周囲を見回す。その仕草がまた小動物が周囲を警戒しているようで思わず軽く吹き出すと、今度はぷくっ、と頬を膨らませた。
(頬袋に木の実を詰め込んだリスみたい)
私の反応が気に障ったのか幼さの残る声で「リズベット様っ」と叱られていると、最後の招待客が案内役である初老の執事の後ろからゆっくりとした足取りでこちらに向かってくるのが見える。
その姿は歳の近い令嬢達が集まって気軽にお喋りを楽しむお茶会にふさわしくスッキリとしたデザインだけど侯爵令嬢としての品も漂わせている落ち着いたシンフォニーブルーの生地で幾重にも折り重なっていている色のグラデーションが見事だった。
私がテープルの二人をそのままに、急いで彼女の元へと駆け寄って満面の笑みで「いらっしゃい、アス……リューシナ公爵令嬢様」と迎え入れると、執事が一礼を取って公爵令嬢様のエスコートをホスト役である私に譲り、私達が歩き始めるまで一歩下がった位置で留まる。すると私に軽く微笑んでから当然のように振り返った彼女はいつ聞いても涼やかな声でうちの執事に「ここまで有り難う」と労いの言葉を届けた。
(相変わらず使用人に対しても丁寧よね)
身分から言えば会釈だけでももったいないくらいなのに、こんな対応を普通にするもんだから今まで数えるくらいしかうちの屋敷を訪れた事がないにもかかわらず、使用人達の好感度がダントツの一番人気である私の数少ない貴族令嬢の友人、アスリューシナ・エリカ・ユークリネ公爵令嬢様は次にこれまた目を瞠るほど優雅な仕草で私に対しても綺麗な礼をとってくれた。
「本日はお茶会にお招きいただき、有り難うございます、リズベット・カジュ・キサノシェ子爵令嬢様」
「こちらこそ……ええっと……お越し頂き?……あぁぁ……まあ、どうぞどうぞ、来てくれて嬉しいわ、アス……リューシナ様」
貴族令嬢なら当たり前の淑女としての挨拶を途中で諦めた私に、それまで公爵令嬢様からのお言葉に感動で潤んでいた執事の瞳が懇願に変わってすがりつくように私を見つめている。
(ああ……お茶会が終わったら、いつものように「お嬢様も公爵令嬢様のようなお振る舞いをっ」とか言ってきそう……)
とにかく今は執事から友人を引き離すべく出来るだけ早足で彼女をテーブルまで案内し、後ろの執事には「アンタはもういいから、屋敷の中に戻りなさい」と目で訴えた。お茶会の席から少し離れた場所に何人か従者は控えさせているし、接待を手伝ってくれる侍女もいるので年配者の出る幕ではないのだ。
少し名残惜しそうな視線を残して執事がとぼとぼと中庭から退場するのを確認しつつテーブルまで辿り着くと先客の二人がいきなり立ち上がり、ピンッと伸びた背筋にこれまたピンッと両脇に沿わせた腕をセットにして直立不動になっている。
(こっちもかぁ……初めて彼女がこの屋敷を訪れた時のうちの使用人達もこんな感じだったわよねぇ)
なにしろ私が自分から貴族の令嬢を招くなんて社交界デビュー後、初めてだった上にそのお客様が公爵家の令嬢だという事で屋敷全体が震えるくらい緊張感に満ちていた。ところがそのスプラッタ現象並みの緊張は彼女のほわんほわん、とした笑顔と「お友達のお屋敷にお邪魔するの初めてなので、失礼があったらごめんなさい」と困ったように告げた謙虚な言葉にクリームのごとくトロけたのだ。
私は年下の令嬢達のカチンコチンの様子に動じることなくホストとして互いを引き合わせようと口を開いた。
「えっと……爵位順で言うとややこしいからここは私が勝手に紹介させてもらうわ」
そう言って小動物よろしく緊張のあまりプルプルと震えている小柄な令嬢を紹介する。
「彼女はシリカ・ヒナ・アヤ……アヤサリス……ティ……えっと、なんだっけ?」
(紹介すると言っておいて子爵家の名前がちゃんと出てこない……)
後ろに控えている侍女達から呆れと応援と諦めみたいなオーラがグサグサと背中に刺さって冷や汗が流れそうになった時、隣のアトランティコブルーのロングヘアがさらりと揺れた。
「もしかしてアヤサリスティマーフェ子爵家のご令嬢様?」
「そうですっ」
「そうっ、その子爵家っ」
多分シリカ嬢と私が大きく頷いたのは同時だったと思う。
「さすがね、アス……リューシナ様。ここの子爵家名、現存する貴族の名前で一番長いのに」
「お父上の子爵様が王城で書記官をされてますよね。とても優秀な方だと父から聞いていましたから」
「うわぁ、有り難うございますっ。父も王城の夜会でアスリューシナ侯爵令嬢様をお見かけして、とても素敵な方だったと申していたので、本日お会いできるのを、私、とても楽しみにしていて……」
二つに結んでいるキャメル色の髪が嬉しそうに跳ねた。止めなければそのままどこまでも喋り続けそうなシリカ嬢の勢いを私は手の平と目で堰き止めると次にその隣で明るいパラキートグリーン色のドレスを纏っているご令嬢を紹介する。
「で、こっちがリーファ・スグ・ガヤムマイツェン侯爵令嬢様」
「ふぇぇっ!?」
「どっ、どうしたのっ、アスナ」
友の滅多に見ない慌てっぷりにこっちまで驚いてしまって、ついいつもの呼称が口から零れた。
「うっ……うううんっ、な、何でもないよ、リズ」
(あちゃっ、こっちも呼び名が砕けちゃってる)
私達の互いに疎通のないオロオロ状態をポカーン、と見ているだけだったリーファ嬢が何かに思い当たったのか、身を縮込ませて「えへっ」と笑うとストレートの短い黒髪が頬にかかる。
「自分の噂なら知ってます……貴族の令嬢らしくない事ばかりしてますから。しかも、よりによって三大侯爵家のガヤムマイツェン家の令嬢だなんて本当に頭が痛くて……。家族や執事からも事ある毎に立ち居振る舞いを淑やかに、って言われるので意地になって社交界デビュー後もそれまで通りに振る舞ってるんです」
務めて明るく振る舞っているリーファ嬢の様子にギュッと胸を掴まれたのは私だけではなかった。隣の友はさっ、と姿勢を正すとゆっくりと、そして深く頭を垂れる。
「いきなり失礼な態度をとってしまい申し訳ございません、ガヤムマイツェン侯爵令嬢様……ですがその理由は侯爵令嬢様がおっしゃったようなものではないのです。実は私……前々から侯爵令嬢様にお会いしてみたいと思っていたので……まさか今日それが叶うなんて……」
「そうなのっ、リーファ様。アス、……って、もういいわよね、いつもはアスナって呼んでるくらい仲良しの私の友人のアスリューシナ様には今日のお茶会では私達より若い令嬢達を紹介するって事しか伝えてなかったのよ」
私は必死でこの場の雰囲気を和らげようと言葉を重ねた。だって、爵号はリーファ嬢よりずっと下だけど、私も到底貴族令嬢らしからぬ性格や振る舞いだし、それを「リズらしくて私はいいと思うけどな」と優しい笑顔で肯定してくれたアスナも、そんな彼女を紹介したいと言った時、純粋に喜びの色を表してくれた年下の令嬢達も本当にとても素敵な私の友人達なんだから。
先に落ち着きを取り戻してリーファ嬢に謝罪をしたアスナに侯爵令嬢様は自嘲気味の笑顔を消してゆっくりと頭を傾げた。
「私のこと……ご存じだったんですか?」
その問いに、今度はアスナが表情を一転させて花が咲くように微笑む。
「はい、ガヤムマイツェン侯爵家のご兄妹は染めずともとても綺麗な御髪の色で、それに侯爵令嬢様は女性ながらも闊達なご気性で剣の腕も相当なものとか……私はいつも屋敷に籠もってばかりの生活なのでとても羨ましくて。それにお会いしたばかりですけれど、表情豊かな侯爵令嬢様の笑顔はきっととても素敵に違いありません。だって侯爵令嬢様からはお日様と風の良い匂いがしますもの。お側にいるだけで元気を分けてもらえそうです」
アスナからの言葉に嬉しそうに頬を染めたリーファ嬢が今度こそ正真正銘の笑顔となって、恥ずかしさを堪えるように小さくアスナへの願いを口にした。
「あの……私のことはリーファと……」
そこに便乗するようにシリカが声を弾ませる。
「あっ、なら、私もシリカでっ」
二人を交互に見つめたアスナは優しく笑って一人一人をしっかりと見つめた。
「はい、では……リーファ様と……シリカ様…………では、私の事もアスリューシナと……」
そこで二人は緊張が解けて安心したように安らいだ笑顔を浮かべ、同時に私の友の名を呼んだ。
「「はい、アスリューシナ様」」
お読みいただき、有り難うございました。
リズのお屋敷でお茶会(女子会)です。
ちょっと遠くに配備されている侍従さん達、目の保養になってます(笑)