漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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王城の大広間から逃げ出したアスリューシナの視線の先には……。


04.舞踏会(2)

兄であるコーヴィラウルから「ここで待っていろ」と言われたアスリューシナは正面玄関に通じる

王城のエントランスで壁に飾られている巨大な絵画を見上げていた。そこには歴代の国王の

肖像画が順番に飾られている。彼女がひたすらに見つめていたのは初代アインクラッド国王の

坐像画で、もっと言えば初代国王が腰掛けている王座の斜め後ろに佇む女性……優雅な笑みを

湛えて寄り添っているティターニア王妃の姿だった。国王は体躯も大きく勇ましい顔つきに

笑ったことなどないような険しい表情で描かれている。そしてその王の証を冠している髪は

獅子のごとく輝くような銀髪だった。逆に後ろに控えている王妃は少女のようなほっそりと

した体つきで高貴さを漂わせながらもどこかあどけない微笑みを添えている。綺麗に結い上げた

髪は落ち着いたナッツブラウンでその色合いが彼女の柔らかい印象を更に濃くしていた。

 

「ロイヤルナッツブラウン」

 

小さくアスリューシナが呟く。

アインクラッド王国で唯一染めてはいけない髪の色だ。

王族の血をひく女性にのみ現れると言われている髪の色で、初代の王妃の髪色からその名が付いて

いる。

かなり昔にはこの髪色を持つ王家の女性が何人もいたようだが、今となっては『幻のロイヤル

ナッツブラウン』と呼ばれており現在は直系の王族はもちろん、臣下に下った公爵家にもこの髪を

持つとされる女性の記録はない。だからこそ髪をナッツブラウンに染める事は不敬とされ、庶民は

もちろん貴族でさえ重い罪に問われるとされている。

飽きもせず一心に王妃の豊かなロイヤルナッツブラウンを自分のヘイゼルの瞳に映していると、

階下で小さく「アスリューシナ」と呼ぶ兄の声が聞こえ、アスリューシナは振り返った。馬車の

手配が整ったのだろう、コーヴィラウルが片手で合図を送っている。僅かに頷いてからもう一度

だけ視線をもどし王妃の髪を見つめると、彼女はそっとその場を離れた。

 

 

 

 

(嗚呼……痛かった……)

 

王城から屋敷に戻る為ユークリネ公爵家の紋章が入った二頭立ての箱馬車に乗り、上質なベル

ベットを張った座席にそっと腰をおろしてからアスリューシナは隣に座る兄に気づかれないように

細く息を吐き出した。

王城でのファーストダンス中、日中に痛めた足首がジンジンと熱を持って痛み出したのを思い

返していたからだ。痛みはひどくなる一方で、なんとか一曲は踊りきったものの、とてもでは

ないがそれ以上は無理だった。兄の言動と苦手にしている侯爵が近づいてきたことを理由に

王城を逃げ出したが、あの場にいた人達はもちろん、兄にも気づかれずにすんだようだ。

馬車内で足を休ませることが出来たお陰で、先ほどよりは痛みが治まってきている。

このまま腫れもせず、痛みがひいてくれればいいけれど……と思うが、ずっと隠し通しては

おけないだろう。常にアスリューシナを見守るように世話をしてくれる彼女付き筆頭侍女の

サタラが、今宵の舞踏会への準備の時は運良く兄の支度を手伝っていたので誤魔化せたが、

彼女が見れば少し足を引きずっただけで看破されてしまうに違いない。そして足の状態が

知られてしまえばアスリューシナ付きの侍女達が大騒ぎをする事は目に見えていた。

しかし、それは同時にその原因も告げなくてはならないという事だ。特にサタラは彼女の身内の

ような存在で主従関係の姿勢は頑なに崩さないものの、いつも親身になって気を配ってくれる。

アスリューシナより二十歳ほど年上なので、若い母のような親しみを抱いている彼女が何も

聞かず、小言も言わずに足の手当をしてくれるとは思えなかった。

 

(……どうしよう……)

 

そこまで考えて、ふと、この足の痛みの原因を思い出して、頬が緩む。

今日の昼間、アスリューシナは久々に屋敷から出て町の中央市場へ足を運んだのだ。思え返せば

ほぼ一ヶ月ぶりの市場だった。夜は王城に上がらなくてはならなかったのであまり時間はなかった

が、人々の活気溢れる市場は憂鬱な気分を少しの間忘れさせてくれた。

そこで遭遇したのがちょっとした騒動だったのだ。

 

 

 

 

 

少し遠くからざわめく気配に混じり、小さな悲鳴や驚声、怒号がいくつも重なって聞こえる。

気になってフードを被っている頭を上げ声の方向を見れば、市場を行き交う人達の間を無理矢理に

押しのけて一人の小柄な男がこちらに向かって走って来ていた。

昼間の中央市場は食事をとる人や買い物をする人で道全体に人々があふれている。その中を自分の

進路方向にいる人間は誰彼構わず突き飛ばし走ってくる男を見て、アスリューシナの眉間にしわが

寄った。

小男は誰かに追われているのか、時折後ろを気にしながら、それでも必死に足を動かしている。

ただでさえ小柄な身体なのに更に背中を丸めて走る姿はずんぐりむっくりの卵のようだった。その

球体に近い体型から伸びる手足だけは妙に細長く、アスリューシナは幼い頃に見た絵本の卵の

妖精を思い出す。

 

(確か……壁か、塀の上に座っていると、うっかり下に落ちて割れちゃうのよね)

 

物語の内容までは覚えていなかったが、卵の妖精が落ちて割れるシーンは妙に印象が強く、初めて

その絵本を読んだ後はしばらく朝食のボイルドエッグが食べられなかったくらいだ。

そんな幼い頃の記憶を思い出しつつ迫ってくる小男を見つめていると、ふと、その小男の後方に

黒い出で立ちのこれまた珍妙な若者が走ってくる姿が目に映る。

いや、はっきり若者と断定できたわけではないのだが、その身のこなしと服装から漠然とそう

感じただけで、それをちゃんと確認しようとする意識は既になく、視線はその若者の口元に

釘付けになっていた。

 

(あの人……鶏肉くわえたまま……走ってるわ……)

 

器用なことに先の小男を追っているとおぼしき若者は香ばしい焼き色の上にタレのかかった

骨付きの鶏肉を口にくわえたまま障害物をひらりひらりとかわし、懸命に人混みをかき分けて

いた。時折、小男に突き飛ばされた人に謝意の視線を送っているせいか、目標者との距離は

一向に縮まらない。

せめて前方に向かって「捕まえてくれ」なり、警備隊を呼ぶなりすれば事態は好転するのかも

しれないが、口が塞がれているせいで全く声が出せない状態だった。

 

(真面目に追いつく気があるのかしら?)

 

卵型の小男と鶏肉男を交互に見て、アスリューシナはあきれたように嘆息した。

もう自分のすぐ近くにその小男が走ってくる。状況が飲み込めない人々は女、子供でも構わず

突き飛ばして走ってくる小男を避けるように道を開けていた。このままでは鶏肉男が小男に

追いつくことはないだろう。アスリューシナの隣にいた長身の女性が小男を避けようとして

躓いたのか、よろけてアスリューシナに覆い被さってきた。

その身体を受け止めるかにみせて、うまく身体の位置をすり替え、女性を軸につかまりながら

ロングコートを翻しショートブーツを履いた片足を思いっきり伸ばす。

見事なタイミングでアスリューシナの足に小男が引っかかった。

と同時に足首に激痛が走る。一瞬顔を歪ませたが、引っかけた小男がまさに卵が転がるが

ごとくゴロンゴロンと地面を回転する様に思わず吹き出した。

しかし口元を緩めたのも一瞬で、フードの隙間から髪の毛が一房こぼれ落ちているのに

気づいたアスリューシナはサッと青ざめてすぐさまその場を離れたのである。

 

 

 

 

 

結局、あの後卵型の小男と鶏肉男がどうなったのかはわからずじまいだ。あれだけ派手に

転がればかなりのダメージを受けた事は間違いないので、もしかしたら鶏肉男が追いついて

新たな展開が繰り広げられたのかもしれない。

ちゃんと最後まで見届けたかったわ、と思ったところで馬車は屋敷の門をくぐった。




お読みいただき、有り難うございました。
『卵の妖精』は……アノ海外の童謡がイメージです。
童謡よりも、有名な児童小説の登場(人)物と言った方が一般的でしょぅか?
あと、よい子は口に食べ物をくわえながら走るのは危険なのでマネしないで下さいね。
初代アインクラッド国王さまのモデルはおりません。
ティターニア王妃を出したかっただけですから。
ティターニアの旦那さまなので、適当なキャラクターを充てるわけにもいかず……
オリキャラ(?)となりました。
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