漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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お菓子を食べながらお茶会を楽しんでいる令嬢達。
話題はガヤムマイツェン侯爵さまの小さい頃の様子で……。


【番外編・5】お茶会・3

あの侯爵様が元気いっぱいで笑っている幼少のお姿ねぇ……目を閉じ、思いっきり眉間に皺を寄せて想像力を集結させてみたけど……やっぱり無理だわ、と私が心の中で白旗を揚げていると、隣のアスナの「ふふっ」と楽しそうな忍び声が耳に飛び込んでくる。

驚いた拍子に見開いた目と首を巡らせたのは同時で、私の視界には「花が綻ぶ」とはこんな表情を言うのね、の見本のようなふわりとした笑顔があって、すっかり慣れたと思っていた私でも頬が染まるのを止められない。

でも、ガヤムマイツェン侯爵様の幼い頃のご様子を楽しそうに聞いていたアスナの顔はすぐに曇ってしまう……それはリーファ嬢が「でも、ある時期を境に私や両親とも距離を置くようになったんです」と告げたからだった。

 

「理由は……多分、自分が侯爵家の次期当主だって強く意識する出来事でもあったんだと私は思ってるんですけど……」

 

その言葉に隣のアスナが無言でほんの僅か首を傾げる。

 

「それからはあまり無駄な会話もなくなって……でも剣の稽古は相変わらず熱心にしてましたね。そうこうしているうちに王都に移って暮らすようになって別々の生活が始まったので、ちょっと疎遠になってたんです。でも最近はまた表情が明るくなってきたって家令も言ってましたから、きっと何か良いことがあったんですよ。ご令嬢と一緒に夜会に出るなんてちょっと前の兄では考えられないですし、そうそう、今も領地に戻ってるんですけど、これが意味不明の強行軍で……」

 

それまで、ちょっとずつ、ちょっとずつ、タルトを囓りながら小さな口をもぐもぐと懸命に動かし、リーファ嬢の話に頷いていたシリカ嬢だったけど、やっとタルトひとつを食べ終わったらしく話に参加してきた。

 

「リーファ様……『意味不明』って?」

「だってもうすぐ建国祭なのに、この時期に王都を離れるなんておかしいじゃないですか。なのに、家令を始め兄のとこの使用人達は諸手を挙げて今回の領地帰還を応援してるんです。兄の屋敷の侍女達はみんなそこそこ気合いの入った年齢の既婚者ばかりなので、私の侍女達となかなか話が合わないみたいで、情報が流れて来ないんですよねぇ」

 

さすが三大侯爵家の中でも一番若い独身のガヤムマイツェン侯爵様となると、身近に置く侍女の年齢にも気を遣うわけね、と感心していると、今度はアスナが口を挟んでくる。

 

「リーファ様もご同行を、とはならなかったのですか? 馬の扱いもお上手だと伺ってますが……」

「えっ、よくご存じですねアスリューシナ様……はい、確かに馬は結構得意ですけど、今回は最低限の休憩しか取らずに、とんぼ返りをするって聞いて、それじゃあ一緒に行ってもゆっくり出来ないな、と思って王都に残ることにしたんです」

「そうなのですか」

「それにしても気になるわね、侯爵様の御用事って一体何かしら……そこまで急ぐなんてよっぽどの事でしょ?」

「はい……けど、家令に聞いても『ご主人様のお許しがなければ』で教えてくれないし、兄の侍女達にそれとなく聞いてみても、なんだか嬉しそうな含み笑いをしながら『お嬢様にはまだ申し上げられません』って言うばかりで、挙げ句の果てには『早く社交界の花と呼ばれるような令嬢に』だの『素敵な殿方を射止めてきて下さい』だのと矛先が私に向いてきて……」

 

(ああっ、その居たたまれない空気感、わかるわぁ……)

 

同士を得たような気分に浸っていると、この中で只一人、そんな経験は皆無と言いたげな純朴な瞳のシリカ嬢が他人事のように「大変なんですね……」と呟いた。

 

(はいっ、そこっ、抉ってるからっ……そんな呑気さ振りまいていられるのも今のうちなのよっ)

 

自分よりちょっとばかり若さと可愛らしさを併せ持つ小柄な子爵令嬢にひがみ根性丸出しの視線を向けると、慰めるような物言いでアスナが「リズ……」と私の名を口にする。

心情が視線だけでなく顔全体に無意識ににじみ出ていたみたいで、慌てて表情を元に戻そうと頑張るけど隣からの親友の視線が痛い……。

 

(そうなのよね、意外とこういうプレッシャーのかかっていないご令嬢が社交界デビューの夜会でいきなり貴族男性の恋心をあっちこっちに芽生えさせたりするのよね……そうそう、私の隣にいる公爵令嬢様もあの二年前の夜会で一体何人のご令息たちの胸の内に種をばらまいたことか……)

 

そうして私は懐かしくも記念すべき私達が出会った社交界デビューの夜を思い返した。

 

 

 

 

 

履き慣れないヒールに振り回されてすっかりヨレヨレになった私は、ここが王城の夜会会場でなければすぐにでも脱ぎ捨てたいダンス用シューズを恨めしい気持ちで見つめてから、心の中で、よっこらしょ、と気分を持ち直して膝を伸ばし、腰を伸ばし、ここ数ヶ月で何十回、うううん、何百回と行儀作法の先生から指導された通り、最後に背筋を伸ばして、胸を張り、ちょっとだけ顎をツンッと上向きにして『華麗な淑女の姿勢』を取り戻すと会場の喧噪からこっそり抜け出して一番端のバルコニーへ続く扉を押し開けた。

ここなら会場から一番離れてるし、出入り口も柱の陰で見えにくいから気づく人も少なさそう、とやっと人目を気にせず休憩できる場所を探し当てた安堵感から、バルコニーに足を踏み入れるなり腰をさすり「はーっ、なんだって皆、楽しくもない話であんなに笑えるのかしらねぇ」と本心を溜め息と共に吐き出す。

 

「本当に、同感です」

「うぎゃぁっ」

 

全く油断しきっていた素の私の前方、会場のこんな僻地に、薄暗がりの中でもハッキリ美少女とわかる令嬢が佇んでいて、しかも鈴を転がすような声で私の淑女らしからぬ意見に同意を示してくれるとは、これが叫ばずにいられようかっ。

足の痛さもコルセットのキツさも忘れて固まった私に対し、バルコニーの最奥にいたご令嬢はちょこん、と首を傾げ、次には申し訳なさを目一杯瞳に浮かべて「ごめんなさい、驚かせてしまいましたか?」と尋ねてくる。

でも落ち着いて考えると、この状況、先にこのバルコニーに来ていたのはこちらのご令嬢なわけで、どちらかと言えば後からやって来た私の方が「ごめんなさい」と言って引き返すべきなのだ。そう判断して今更ではあったけどドレスの裾を軽くつまんで「失礼しました」と自分の所行とお耳汚しの本音を謝罪して会場へと方向転換をしようとすると、すかさず「あの……」と躊躇いがちの言葉が届く。

 

「ご気分が優れないのですか?、私はもう十分休憩しましたので、どうぞこちらをお使いください。それとも誰か人を呼びましょうか?、もうすぐ私の兄が来ると思うのですが……」

 

そう言いながらこちらに近づいてくる。

 

(ああ、これこれ、これだわ……『優雅な淑女の歩き方』)

 

他にも『可憐な淑女の微笑み』やら『小悪魔な淑女の上目遣い』なんてのもあったけど……ちなみに『蠱惑的な淑女の流し目』は最上級者用のテクだとかで、私は初級者用の『清らかな淑女の眼差し』……一歩手前、までしか習得できずにいる。

行儀作法の先生よりも淑やかで鮮やかな足取りの彼女が目の前までやってくると私は自分の感想が間違っていた事に気づいた。

 

(……美少女なんてレベルじゃないわね……)

 

人間?、本当に私と同じ女の子?……いっそ王城の園庭に隠れ住んでいる妖精と言われても信じてしまうそうな容姿だ。でもその顔色はただ疲れているだけの私より悪そうで、思わず私も歩み寄る。

 

「私よりあなたの方が具合が悪そうだけど……私は大丈夫よ。慣れない場所と普段身につけないドレスや靴に加えて面白くも無い会話で気疲れしただけだから」

 

そうなのだ、ダンス用のシュースはもちろん、こんな裾の広がったドレスだって普段、屋敷の中では着たことがない。どれもこれもダンスで自分をより美しく見せる為だったり、挨拶のお辞儀でふわり、と揺らしたり、ちらり、と見せたりする為らしいけど、そのレベルに達していない私には枷でしかなく、父の監視がなければバルコニーで休憩なんてせずに今すぐ屋敷に戻りたいくらいなのだ。




お読みいただき、有り難うございました。
アスリューシナとリズベットが初めて出会ったのは十五歳の時の
社交界デビューの夜会でした。
ちなみにアスリューシナは『小悪魔な淑女の上目遣い』まで、特に
訓練することなく素で習得済みです(笑)

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