漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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社交界デビューの王城の夜会で出会ったアスリューシナとリズベット。
この後、二人の関係は……。


【番外編・5】お茶会・4

初対面なのにジッ、と顔を見つめている私の不躾な視線を不愉快そうにするでもなく、妖精みたいなご令嬢は「有り難うございます」と言ってから微苦笑を浮かべる。

 

「でも、私はいつもこんな感じなの」

 

私の口調に合わせてくれたのか、少し砕けた言い方で「いつも」と告げた時の彼女の顔がとても寂しそうで、悲しそうで、どういう意味なのかを問おうとして、ふと、そんな質問をする前に名前すら名乗っていなかった事実に気づいた。

 

「ジロジロ見てごめんなさい。私はリズベット・カジュ・キサノシェ。父はキサノシェ子爵よ」

 

すると目の前の令嬢が両手を胸の前で握りしめ、薄いアトランティコブルーの瞳を輝かせ始める。

 

「キサノシェ子爵様っ。子爵様のご領地と言えば立派な鉱山がありますよね?」

「あ……あるわ。ってゆーか、ほぼ鉱山しかないから、あとは採掘場を下りて鉱物を加工する職人街しかないってゆーか……」

 

要は平地の少ない領地だから領民は鉱夫と加工職人、その家族達と彼らの暮らしを支える商人達、という少し特殊な土地を治めている。私は気にしてないし、小さい頃から鉱山へ遊びに行くのは楽しみのひとつだったくらいなのに、どうも他の領地とは違う、というだけで偏見の目で見られる事も少なくない。ところが目の前の人外の美少女は偏見とは正反対の色で瞳からキラキラと星を飛ばしている。

 

「キサノシェ領産の刃物、とっても使いやすいです。刃の薄さはもちろんですが、刃の長さと持ち手の柄の部分の重心バランスが絶妙で、それに刃先の角度もすごく計算されてますよねっ…………と……えっと…………って、聞いた事が、ありま……す』

 

最後の方で我に返ったのか、尻つぼみ状態で付け足された言葉……全然信憑性ないから。

 

「とりあえずそのお褒めの言葉が誰のものかはさておき、領地の特産物を気に入って貰えたのはとっても嬉しいわ。でも、その刃物は包丁の事?、それとも剣?、ノコギリや斧じゃないわよね?」

 

刃物と言っても色々あるんだし、うちは全般を手がけてるけど……まあ、どれも高評価をいただいてるから、使ってくれている人には良さがわかるんだ、って思うと少し……かなり誇らしい。ちょっと興奮が治まったご令嬢は恥ずかしいのだろう、目線を下げて「包丁です」とだけ言って口を噤んでしまう。

 

(うーん、このご令嬢と包丁ねぇ……なんか想像できないけど、剣や斧はもっと想像できないし……)

 

そう思って改めてご令嬢を見るとさっきまでは人外の存在かと思ってたのが嘘のように、自分の発言を恥じ入っていて、そんな姿はとっても普通の令嬢っぽくて……ううーん、これは普通よりもかなり純粋と言うか素直すぎな反応よね。

今時、王都で社交界デビューする年齢の令嬢にこんな子いたんだなぁ、と思った時には口から勝手に言葉が飛び出ていた。

 

「ねぇっ、あなた、私と友達にならない?」

 

私の突然の誘いに件のご令嬢は「ふえっ」と驚きに目を見開いて、それから焦ったように言葉を詰まらせた。

 

「えっ?、えっと……あのっ……その……お……お友達?、私と?」

「そう……あなたの気が進まないなら、どうしても、とは言わない……けど」

 

(ちょっと無理かしら……今さっき会ったばかりだし)

 

私はかなり乗り気なんだど、こればっかりは貴族社会に身を置く者として、色々と簡単にいかない事くらいはわかっている。まず基本は当人同士の気持ちだけど、それがあってもこの社会には確固たる身分差があるのだ。私の家の爵位は子爵……目の前のご令嬢が同じ子爵か男爵あたりなら問題ないけど、薄暗いバルコニーでもわかるほど彼女のドレスは最高級品だ。こんなドレスを仕立てる財力があるのはかなり裕福な伯爵家か更に上位の貴族のはず。

 

(上級貴族が下級貴族と友達なんて、あまり良い顔はされないものね……)

 

つい思ったままの願いを口にして彼女を困らせてしまった、と少し反省して「ごめんなさい、忘れて」と明るく笑って言うつもりだっのに、それよりも早く彼女が私の両手を自らの両手の中にむぎゅっ、と包み込む。

 

「ホントにっ?、お友達?…………嬉しいっ」

 

(えっ?……)

 

誘った方の私が唖然とするのも失礼な話だけど、彼女は心の底から喜びに満ちた表情をこちらに向けていて、普段「爵位なんて関係ないのに」が信条の私でも「子爵の娘だけどいいの?」と思ってしまう。

でも、まぁ、ここで出会えたのも何かの縁よね、とすぐさま内の不安を否定すると、今の今まで嬉しさ一杯の彼女がいきなりシュンッと眉尻を下げた。

 

「あ……でも……あの……リズベット子爵令嬢様……私……実は、屋敷から外には……出られないの」

「ええっ?」

 

打ち明けられたあまりにも突拍子もない内容に淑女らしからぬ、要するにいつも通りの、大口を開けて驚いてから「あれ?」と首を傾げる。

 

「今、ここ、お屋敷じゃないわよ」

「うん、今夜は特別。やっぱり社交界デビューはしなくちゃダメだって言われて……でも普段は身体が弱いから……」

「ずっとお屋敷の中にいるの?」

 

小さな頭がすぐに縦に揺れる。

身体が弱い……なるほど、だから最初に会った時も顔色が悪そうに見えたのね。そっか、外に出られないせいでこんなに肌も白いのかぁ……でも今夜は王城まで来てるんだし、夜会が始まってから結構時間が経ってるけど、見たところそう具合が悪くなっているようにも見えない。ちょっとの可能性に希望をのせておずおずと聞いてみる。

 

「うちの屋敷で、少しの時間、お茶しながらお喋りするのもダメ?……何も一緒に劇場で観覧しましょうとか、買い物に行きましょうとかは言わないわ。無理しない程度で……いいんだけど……」

 

探るような視線を送ると、垂れ下がっていた彼女の眉がぷるぷると復活し始める。

 

「お友達のお屋敷でお喋り……うんっ、したいっ。お父様にお願いしてみます。あまり長い時間は無理だけど……」

 

彼女が口にした「お父様」という単語を聞いて「あっ」と気づく。

 

「そうだ……あなたの名前、まだ聞いてなかった……」

 

名前も知らずに友達要請なんて、自分でも随分うっかりだったと思う……思うけど、あの時はどうしても彼女とこれっきりなんてイヤだったのだ。私の言葉で彼女も「あっ」と短く声をあげてから私の手を離し、ふわり、と微笑んで細い指でドレスをつまみゆっくりと腰を落とす。完璧な『流麗な淑女のお辞儀』を披露され、私はうっとりとそれを見つめた。

 

「大変失礼いたしました、リズベット・カジュ・キサノシェ子爵令嬢様。私は……」

 

突然、背後からカチャッ、と扉の開く音がする。

新たに休憩場所を求めてやって来た仲間か、それとも彼女の言っていた兄上だろうか?、と振り返った私の目には長めのブライト・ゴールドの髪を後ろに束ねた端麗な顔立ちの二十台前半と思われる男性貴族が立っていた。頬にかかった後れ毛を指で耳にかけてから、にこり、と微笑む。

細められた目は広間を背にしている逆光でも見間違えようがないほど陰湿な光を宿していて、数歩後ずさりをしてしまった私はちょうど友達となったばかりの彼女の隣に並ぶ形となって男性貴族と相対した。

続いて少し芝居がかったと言っていいくらい張りのある声が男性から発せられる。

 

「こんな所にいたのかい。ずっと、ずっと君を探していたんだよ。ああ、やっと見つけた。僕がどれだけ君を捜し求めていたか……さあ、僕の所においで」

 

大げさに両手を広げ、私なんか眼中に入っていない様子で一心に隣の友を見つめる男性の目は異常なまでに高揚していて、気持ちが悪いと言うより狂喜じみた恐怖を覚えた。多分、私と同様の感情を持ったのだろう、隣り合っている私の腕をすがるように彼女が触れてくる。私は更に彼女の手を上から握って小声で「知り合い?」と問いかけた。

すぐに何度も首を横に振る彼女。それを確認してから改めで視線を目の前の男性に戻して大きく息を吸い込む。

 

「女の子同士のお喋りの場に割り込んでくるなんて、ちょっと不作法だと思いますけど」

 

そこでようやく私の存在に気づいたような表情の男性は訝しげな視線を遠慮なくぶつけてくる。

一転して氷のように冷ややかな目だ。まるで同じ人間とも思っていないような視線を受け、今度は得体の知れない不気味さで寒気が背中を這い上がってくる。一見すれば整った造りの顔で、多分遠巻きにする分には多くの令嬢達が頬を染める容姿だけど、なんて言うか、腹に一物あるなんて生やさしい感じじゃなくて、言葉さえ通じない別世界の価値観を持っているような温度のない存在感。

そんな男性貴族様から、声を掛ける事さえ厭わしいと言いたげに眉をひそめて吐かれた「君は?」の短い問いかけに胸を張って答えるべく、私はいつの間にか震え始めていた足に力を込めた。

 

「友達です」

 

私の返答に触れている彼女の手がキュッとすぼまるのとほぼ同時に嘲るような声が男性から浴びせられる。

 

「へぇっ、友達ね? ユークリネ公爵家の深窓令嬢にお友達がいらしたとは知らなかった」

 

その時、グイッと私の腕が彼女によって引っ張られ、私を庇うように斜め前に踏み出した彼女の凛とした声が響いた。




お読みいただき、有り難うございました。
はぁっ、やっと、とうとう、ついに台詞付きのご登場です。
回想シーンが初台詞って随分ひどい扱いな気もしますが……。

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