漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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遅まきながら『漆黒に寄り添う癒やしの色』「お気に入り」カウント400件越えに
感謝、感謝の気持ちを込めまして恒例の(書くはずのなかった内容の)【番外編】を
お届けしたいと思います。
毎回、お伝えしておりますが、本当に、本当にっ、有り難うございました!!!!!
基本、キリ番感謝の【番外編】は二人のイチャを念頭に置いて考えるのですが、
今回ばかりは本編がシリアスまっただ中なので、つられてしまいました。
加えて前後編とちょっと長めなのですが、シリアスばかりではありませんので
最後までお付き合いいただければ、と思います。


【番外編・6】ボクと彼女:前編

今日も物陰から久しぶりに中央市場へやって来た彼女の姿をこっそりと見守る。

彼女と初めて出会った頃のボクは産まれたばかりの小さくて非力な存在で、自分がいる場所もどういう状況なのかもわかっていなかった。

「きゅぅ、きゅぅ」と今よりずっと細い声しか出せずにいたボクを一番最初に見つけたのは……残念ながら彼女ではなかったけれど……。

 

 

 

 

 

「おいっ、こんな所にいいモンがいるぜ」

「ああ、コイツは使えそうだな」

 

市場の隅で石ころみたいに小さくなって震えていた夜、すぐ傍では大勢の人間達が楽しそうに通りを歩いていて、その人の多さとそれに伴う騒がしさと昼間みたいな明るさにボクはすっかり怯えて行き場を無くしていた。

そんなボクを片手でひょいっと無造作に持ち上げた男達の笑った顔はなんだか理由もわからずすごく気持ち悪くて、ボクは身をよじって逃げようとしたけど、そんなボクの気持ちなんかお構いなしに男達はその場から少し移動すると、いきなりボクを道に落として足で蹴り始めたんだ。

 

「きゃぅっ、きゃぅっっ」

 

お腹もすごく減ってて声なんて出ないって思ってたのに、蹴られる度に口からはまるで蹴られてヘコんだ分の空気がボクの中から押し出されるみたいに悲鳴となって飛び出てきた。

 

どうしてこんな痛い思いをしなくちゃいけないんだろう……僕が真っ黒だからかなぁ……

 

痛みを誤魔化そうとする本能なのか、ボクはぼんやりと産まれて一番最初に見た景色を思い出していた。

ボクの他にもボクの兄弟達がたくさんいて……でも真っ黒なのはボクだけだったんだ。

けれど男達はボクの色なんて全然気にしていなかったんだと思う。だってボクを蹴り続けながらもボクなんて見ていなくて、常に他の誰かを気にしている様子だったから。

 

「ちっともこっちに気づかねぇな……」

「これだけ周りがうるさいとコイツの声も紛れちまうんだろ」

「もっとデカイ声で鳴かせろよ」

「そうだな、なら……」

 

そう言って男の一人が近くにあった棒を拾い上げ、ボクの後ろ足へと力いっぱい振り下ろした。

 

!!!!!

 

……多分、産まれて初めてっていうくらい大きな声が出たと思う……あまりの痛さに目の前が光ったように真っ白になって自分の声さえ聞き取れなかったんだ。それから、その後すぐにボクの身体に何かが覆いかぶさってきて、それにビックリしたボクがより一層身体を縮こませると、包むように、守るようにボクの上で身体を丸めて「ダメ!」と叫んでくれた大きな声の主は実はとっても小さな人間の女の子だった。

なんとか顔を上げてみると女の子が着ているフード付きケープコートが更にボクと彼女の周りを男達から隠してくれている。

フードを被っている彼女の顔は暗くてよく見えなかったけど両頬の脇から見えるサラサラの髪と大きな瞳の色だけはとても綺麗なナッツブラウンなのがわかって、その瞳からぽたぽたと澄んだ涙がたくさんこぼれ落ちていた。

そして痩せっぽちで真っ黒で薄汚れてるボクを彼女は躊躇いもせず両手で抱きかかえてくれて、頭を撫でてくれて、小さく言ったんだ。

 

「すぐに治してあげるね」

 

ボクを抱いたまま不自然に曲がっている後ろ足に手を当てて、すうっと息を吸い込み目を瞑る……徐々にに痛みが消えていって、あれ?!、って思った時、不意に女の子の「きゃぁっ」という声と一緒にボクの身体は宙に放り投げられていた。

後ろ足が思うように動かないからお腹と顎を地面に思いっきりぶつけたけど、そんなの全然気にならなくて慌てて前足を踏ん張って見上げれば、さっきまでボクを蹴ったり棒で殴ったりしていた男達が彼女を抱え上げている姿が目に飛び込んでくる。

 

「やっとコイツの声でおびき出せたな」

「さあ、お嬢ちゃん、オレ達は犬っころよりアンタに用事があるんだ」

 

男達の言葉なんて聞いていない彼女はボクに向かって両手を精一杯伸ばしながら「まだっ、まだなのっ」って叫んでいたけど、すぐに男の手が彼女の口を塞いでその小さな身体を連れ去ってしまった。

ボクは追いかけようとしたけど後ろ足がちゃんと動かせず立ち上がる事すら出来ない。

だから思いっきり鳴いたんだ「彼女を、あの女の子を誰か助けてっ」って……やがて鳴き続けているボクの声に気づいた市場のみんなが大勢やってきてくれたけど、誰もボクの言う事をわかってくれなかった。それでも市場の人達が身体の汚れを落としてくれたり、足の治療をしてくれたり、ご飯を用意してくれている間だってずっと彼女の事を訴え続けたのに、どうにもならなくて…………彼女がどうなったのかを知ったのはそれから数日後のことだった。

 

 

 

 

 

あの日からボクはずっとこの市場で暮らしている。

ここにいれば彼女にきっとまた会えるだろうと思ったからだ。そうして彼女が男達に連れ去られて何日か経ったある日、市場内をひょこひょこと散歩していたら果物屋のエギルに声をかけられた。この男はボクを見かけると呼び止めて、よくお喋りをしてくれる気の良い奴だ。

 

「おい、トト。もう足は痛まないのか?」

 

だから最初から痛くないって散在言ってるんだけどな……けど、こんな歩き方をしていたら痛いはずだと思うのが普通なんだろう。結局足は完全に元のようには治らないらしいけど、別にそれほど困っていない。市場のみんなは優しくてボクが他の大きな犬に吠えられると抱き上げて守ってくれる。

今はまだここの人達に助けてもらっているけど、ちゃんと自分の縄張りだって持って、いつかあの女の子にあの時助けてもらったからこんなボクでも逞しく生きてるって姿を見せたいんだ。

果物屋の店主にも元気だって事が伝わるよう尻尾を勢いよく振るとエギルはすぐにわかってくれたみたいで「そうか、よかったな」と言ってから「リンゴ、食うか」とボクに聞いてきた。

食べるっ、食べるっ、この前もらったヤツがいい……ほらガヤムなんとかって場所から持って来たやつ、あれは歯ごたえも味もすごく良かった。

舌を出して目を輝かせるとエギルは嬉しそうに「お前は味のわかる犬だな」って言って木箱の中から真っ赤なリンゴを取りだしてくれる。

 

「今年は収穫期が少し遅かったが、味は絶品だし……お客さんに味見用で切るからちょっと待ってろ」

 

そう言って器用にナイフで皮を剥き一口大に切ったリンゴの一つをボクにくれた。

店先でシャリシャリとリンゴを囓っていると女の子が一人でやって来て「エギルさん」と店主の名を口にする。

一瞬、あの女の子かと思って急いで仰ぎ見たけど、その女の子は彼女よりも肌の色が濃くて髪の色もパンジーパープルだったし年齢もちょっと上なのか、落ち着いた感じの子だった。

でもエギルはその子を見た途端、表情を険しくして内緒話をするみたいに顔を近づけた。

 

「おおっ、キズメル。どうした?、一人か?」

「はい」

「エリカちゃんは?」

「アス……エリカ様は……既に奥様のご実家に向け、出立されました」

「……そうか、辺境伯の所に……」

「それで、お前さんの親父さんの具合はどうなんだ?」

「父は、まだ意識が戻りません……でも、一命は取り留めました。顔にあそこまで深い傷を負ったのに…………エリカ様のお陰です。今日はエリカ様のお言葉が気になったので……」

「言葉?」

「はい、熱にうなされながらも、しきりに『黒いワンちゃんを治さないと』とおっしゃって」

「黒い…………ワンちゃん」

 

エギルの視線がリンゴをごくんっ、と飲み込んだボクに落ちてくる。それから腑に落ちたように頷いて「だからここまでの大ケガなのに平然と歩いてんのか、こいつは」と呟くと、しゃがみ込んでボクの頭をグリグリと撫で回した。

 

「多分、それはこいつの事だろう。後ろ足にひどいケガをしてるくせに患部に触っても普通にしてやがるからおかしいと思ってたんだ」

 

それから大きな両手でボクを抱き上げて今度はこっちに顔を寄せてくる。

 

「トト、お前、エリカちゃんに助けてもらったんだな」

 

そうだよっ、て元気良く返事をすると、ちゃんと通じた禿頭のエギルは柔らかい笑顔になって「よかったな」って言ってからボクに問いかけてきた。

 

「お前さんを助けたエリカちゃんは当分この市場には来られないが、ここでオレ達と一緒にあの娘(こ)が戻って来るのを待つか?」

 

ボクは元気良く、もちろんっ、と答えた。




お読みいただき、有り難うございました。
ちっちゃくてもキズメルはかしこまってます(笑)
よろしければ続けて後編にお進み下さい。

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