漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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ようやく公爵家に戻ってきたアスリューシナだったが……。


34.接触(4)

……暗い…………何も見えない…………怖い…………

 

「お嬢様っ」

「お嬢様、もう大丈夫ですからっ」

 

……遠くでかすかにサタラや他の侍女達の声が聞こえたような気がする…………

 

「アスリューシナ様っ、わかりますか?、公爵家のお屋敷に戻ってまいりましたっ」

 

……小さい、小さいキズメルの声…………でも、誰もここには来てくれないの…………真っ暗で…………とても怖い所……

 

「とにかく、すぐに湯浴みをっ」

「お可哀想に、お身体がすっかり冷え切っていらして……」

「やだっ……サタラさんっ……お嬢様の腕に……」

「まぁっ、なんですっ、この痣はっっ」

 

……すごく寒い…………すごく痛い…………すごく苦しい……………………誰か、助けて…………

 

「お嬢様、少しお眠りください」

「そうです、私達がお側に付いているので大丈夫ですっ」

「はい、みんなここにおります……」

 

……暗いのは嫌…………ずっと、ずっと…………暗いまま…………何も見えない………………

 

「あなた達はもうお下がりなさい」

「ですが……」

「今夜は私とキズメルがお側に控えるので大丈夫ですよ」

「では、朝になりましたら交代いたしますので」

「そうですね、お願いします」

 

……暗いのは怖い…………でも、もっと怖いのは…………

 

 

『…………あーあ、これじゃあ、世を狂わせる禍罪(まがつみ)にしかならないよ…………』

 

 

「お嬢様、ご安心下さい。今宵は私共がご一緒させていただきます」

「アスリューシナ様……私達の声が、聞こえていないのですね……」

 

……もっと怖いのは……自分が禍(わざわい)の存在だと……気づいてしまうこと……

 

「それでも私達はお嬢様のお側に……」

「はい、もうあの時のような想いはしたくありませんから」

「キズメルも……強くなりましたね」

 

……知らなかったの、私は禍だって……あの子に……言われるまで…………

 

「本当に……なぜ、こんな事に……」

「申し訳ありません、サタラ」

「あなたを責めているのではありませんよ…………あの侯爵様にお嬢様の髪は見られていないのでしょう?」

「着衣の乱れはありませんでした。かの侯爵様も特に気づいたご様子はなく……」

「だったらなぜお嬢様はこのように怯えていらっしゃるの?……」

 

…………禍罪だから…………私は……ひとりぼっちなの?……………………

 

 

 

 

 

コンッ、コンッ、コンッ

 

突如、アスリューシナの私室に侍女頭と専任護衛の静かな会話を遮る音が響いた。タイミングを合わせたように二人は口を噤む、が、両者ともこんな深夜に聞こえるはずのない音と判断して、困惑を互いの顔に見て言葉を交わすことなく一瞬の静寂が部屋に満ちた。

しかし、その時、最初の音よりも明らかに急いた速度で、そして力強く「コンッ!、コンッ!、コンッ!」という叩音が二人の耳に届き、音の出所を探すべく四方へ首を巡らせた時だ、今の今まで糸の切れた人形のように侍女達に全てを任せ、身を清めた後、私室のソファに腰を降ろして虚ろなガラス玉をはめ込んだような目を閉じることなく、その場にただ存在するだけだったアスリューシナがふらり、と立ち上がる。

侍女頭と専任護衛が「お嬢様っ!?」と驚きの声を上げるが、それすら聞こえぬ様子でおぼつかない足取りのまま、しかし一片の迷いもみせずによろけながらもバルコニーへと続くガラス扉の前まで歩を進めると分厚いカーテンを開く手間さえ省いてすぐに布地の合間に両の手を潜り込ませた。まるで酸素を欲するように一刻さえ惜しんでガチャ、ガチャと乱暴な所作で鍵を解除した途端、バンッと勢いよく外側から扉が開かれ、外気に押されてカーテンが大きく揺らめく。

ぶぁさっ、とカーテンが膨らむと同時にアスリューシナの身体は強い力で抱きしめられた。

外部からの侵入者にキズメルが殺気を伴い令嬢の元へと駆け寄ろうとした寸前、隣にいたサタラの手で動きを制される。

そしてアスリューシナの何も映していなかったガラス玉の瞳が徐々にヘイゼル色の芯を取り戻し、耳元に荒い息づかいと緊張気味の声がじわりと入ってきて、時間(とき)が動き始めた。

 

「……はぁっ、はぁっ……無事か?……アスナ」

 

内に閉じ込めるようにして彼女の細い身体と小さな頭を抱え込んだキリトゥルムラインは腕の力を緩め、消え入りそうに生気のないアスリューシナの顔を覗き込む。ようやくアスリューシナの耳に届いた声と漆黒を捉えた瞳だったが、彼女は蒼白のまま何の感情も表さずに「はい」と小さく答えるだけだった。しかしキリトゥルムラインは令嬢の異変に気づきながらも上がった息のまま軽く微笑む。

 

「っはぁ…………ただいま、アスナ…………やっとアスナの所に戻ってこれた」

 

最後の言葉にアスリューシナの瞳が大きく見開かれた。

 

「……戻って?……」

「ああ……アスナと共に居られるよう今回、領地を往復したんだし……『ただいま』って言う相手はアスナしかいないだろ」

「私の……傍に……居てくれる……の?」

「はっ?……オレ、ユージオの夜会の帰り、馬車の中で言ったよな、ガヤムマイツェン領のリンゴの花を見せたいって。あれ、別に遊びに来いって誘ってるわけじゃないんだけど…………もしかして、伝わってなかったのか?」

「ずっと、一緒に……居てくれる?」

 

普段の丁寧な言葉使いをすっかり忘れてしまったのか、口にしていい問いかどうかに怯え、返される言葉に悪い憶測を浮かべ、臆病な幼い子供のような言葉を震える唇の隙間からオドオドと差し出す様にキリトゥルムラインはその原因と思われる人物への怒りを押し留めゆっくりと頷く。

 

「私が……禍(わざわい)……となる存在でも?」

「アスナが禍?、まさか……アスナは……そうだな、傍に居てくれると安らぐし、心地良いし、すごく気持ちが楽になる…………オレにとっては癒やしだよ」

 

キリトゥルムラインからの言葉を正面から受け止めようと真っ直ぐに見つめていたヘイゼルの瞳から涙が一筋流れ落ちた。崩れ落ちそうな身体全体をしっかりと支えられているアスリューシナは、ようやく口元を緩め目を細める。

 

「ありがとう…………お帰りなさい、キリトさま」

 

そう告げるなりキリトゥルムラインの胸元へ、ぽふっ、とその身を預けた。その姿に仰天したキズメルが「アスリューシナ様っ」と今度こそ慌てて駆け寄ると、令嬢の頭を支えつつもキリトゥルムラインの人差し指が静かに自らの唇に当てられる。

 

「しーっ、キズメル、静かに」

「はい?…………」

 

侯爵の穏やかな笑顔が腑に落ちず、そっと主の顔を覗き込んだキズメルは一瞬、驚きに瞠目したが、すぐに安堵と嫉妬で何とも言えない表情に転化した。

 

「お眠りに……」

 

キズメルにしては珍しく間の抜けた声が可笑しかったのか、サタラが小さく笑ってから肩の力を抜くように息を吐く。

 

「……私達ではダメなのですね…………サタラ、悔しいのは分かりますがお嬢様を寝室へ。侯爵様もその緩んだ口元を引き締めて下さい。かなりお疲れの所を無理しておいで頂いたのでしょう、お茶を用意いたしますのでこちらへ。今宵ばかりはお嬢様とご一緒のティータイムは諦めて下さいませ」

「構わない、たまにはアスナが寝ている隣でお茶を飲むのも悪くないだろ」

 

気を失ったように眠っているアスリューシナをいまだ抱きしめて離さない侯爵にキズメルは両手を広げ、受け渡される体勢を整える。

 

「いえ、侯爵様、お嬢様は私が寝室へお運びいたしますので……」

「でもさ」

 

困ったように笑う侯爵が自分の上着の裾へと視線を落とすと、そこにはアスリューシナの白くて細い指がしっかりと生地を掴んでいて、それを見たキズメルは言葉もなく口をただポカン、と開けて長身の身体を真っ直ぐに伸ばしたまま文字通り棒立ちとなった。

たとえアスリューシナが全幅の信頼を寄せている専任護衛でも、自分を頼っている彼女を預けるなどありえないと微笑みに僅かな優越感を忍ばせたキリトゥルムラインは令嬢を横抱きにするとすぐさま室内を移動して一番大きなソファに彼女の身体を横たえ、すぐ隣に自分も腰を降ろす。

すでに着座してしまった侯爵へ慌ててお茶の準備を整えたサタラが侍女頭ならではの手早さで、スッとキリトゥルムラインの前に湯気の立つティーカップを給仕した。

上がっていた息も落ち着いたキリトゥルムラインが出されたカップに手を伸ばし、一口飲んでから小首を傾げる。

 

「うーん、アスナが煎れてくれたお茶の方が美味いような……」

「さようでございますか」

 

特に気にした素振りも見せず淡々と侯爵の言葉を受け流すサタラにキズメルは改めて尊敬の念を抱いた。キリトゥルムラインも別段サタラの煎れたお茶が不味いというわけではないようで、そのまま二口、三口、大人しく喉に流し込むと、軽く下を向き、はーっ、と溜め息とも深呼吸ともつかないような大きな息を吐き出す。

一拍おいて顔を上げたキリトゥルムラインはカップをテーブルに戻した後、底光りのする漆黒を瞳に宿しサラタを睨み付けた。

 

「それで、どうやってアイツがアスリューシナと接触したんだ?」




お読みいただき、有り難うございました。
お帰りなさい、侯爵サマ。本編復帰は三ヶ月ぶりですね。
ですが、それ以上に注目すべきは……公爵家の家令さん
前回、初めて喋ってましたっ(笑)
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