漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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近衛騎士団団長のユウキと共にトトの後を追いかけていた
キリトゥルムラインは彼女の言葉に特別な何かを感じて……。


42.建国祭(4)

近衛騎士団団長とガヤムマイツェン侯爵は互いに視線を前方へ向けたまま、一方は暇つぶしの昔語りをする気軽さで、それを聞くもう一方はこれから耳にするだろう未知の真実に、疾走をしているせいではなく高まってしまった鼓動を抑え込みながら話の続きを待つ。

キリトゥルムラインがユウキを見つけ、トトと合流した場所は中央市場のほぼ中心だったが、現在はすでにはずれに近いせいか人の数はかなり減っている状況だった。

しかしはずれのせいでこれから花火を目当てに市場へやって来る人々は皆一様に中心部へ向かって歩を進めている。結果、二人と一匹の周囲はさっきまで様々な方向へ歩き回っている大衆の中だったのに、今はほぼ全員が自分達に向かって流れて来ているのだ。完全にその人波に逆らう状態で移動をしなければならないキリトゥルムラインが再び無意識に煩わしさを表情に出すと、見えていないはずのユウキが彼の気を逸らせる為なのかすぐ隣へと距離を詰め、問いかけを口にしてきた。

 

「キリトはさ、知ってる?、ティターニアが初代スリーピング・ナイツのメンバーだったってこと」

「はぁっ?!」

 

試すように意地の悪い笑みを浮かべているルビー色へと思わず顔を向けてしまったキリトは急いでトトの後ろ姿に視線を戻した後、意識の半分をユウキへと注ぐ。

 

「そんな話……伝承されてもいないし、史実にも残っていない……よな?」

 

実際、この国の創建期から存在しているとされる三大侯爵家のガヤムマイツェン侯爵の館にさえ初代国王の逸話が綴られた本は何冊もあるが、初代王妃に関する書物はほとんど存在しない。国王の偉業に添えられるように、見事なナッツブラウン色の髪を持つ女性であった事と、二人がとても仲睦まじい夫妻だったという事が書かれてあるくらいだ。

ユウキの言葉の真偽を確かめる術はないが、あの王城の肖像画を思い浮かべたキリトゥルムラインは、かの王妃が騎士である姿など想像がつかなくて小首を傾げると、その反応ももっともだと言いたげに「うん、そうだよね」と楽しそうな声が続く。

 

「王城の肖像画は随分おしとやかな雰囲気だもん。でも意外と気が強くて生真面目な人だったんだよ。剣で相手の弱点を突く正確性は抜群だったし……ああ、彼女、細剣を使ってたんだ」

「なっ、なんでそんな事まで……」

「スリーピング・ナイツはね、あの男が初代国王に就任する前から存在してるから、色々とメンバーしか知らない歴史があるってわけ。もともとは国作りをしてる過程で寝込みを襲われたり、夜襲されたりしないようあの男の眠りを護るって意味で『スリーピング・ナイツ』って名付けられたのにさ、段々意味が変わってきちゃったから……」

「なら、あのティターニア王妃も剣を携えて国王を護っていたって言うのか?」

 

あの儚げな微笑と剣とがどうにも結びつかず、疑うように問いかけるとユウキは何かを思い出したように笑ってから「最初はね」と、まるでその場にいたかのような口ぶりで話し始めた。

 

「あの男の背中を守るのはいつだってティターニアだったんだ。そして正面の敵から彼女を守っていたのがあの男で……でも戦場では閃光のごとき速さで細剣を振るっていた彼女も休息の時はあの男と寄り添って互いに穏やかな寝顔を浮かべてたなぁ。あの男もティターニアと一緒だと良く眠れるって平然と言ってのけてたし。そうやって二人の関係が特別な物になってあの男がアインクラッドっていう国の王様になった時、ティターニアは当然の様にその隣に立ったんだ…………ボクはね、ちょっと反対だったんだよ。あの男の目はティターニアだけを見ていなかったから。案の定、あの男は王様になった後も戦場に出る事をやめなかった。国の為だから、国民の為だから、ってティターニアは笑って送り出していたけど……」

「ティターニアは一緒に行かなかったのか?、もう王妃だから?」

「違うよ、ティターニアは行きたくても行かれなかったんだ。それどころか熱でベッドから身を起こすことさえ無理だったからね」

「……?、どういう事だ?」

「キリトも今世にまで語り継がれている昔話は知ってるでしょ。『この国の初代国王はそれはそれは愛妻家で、建国と時を同じくして娶られたティターニア王妃は気高く、美しく、優しく、慈愛に満ちたお方でした。しかし初代が即位した後もこのアインクラッド王国は平定の世とは言いがたく周辺諸国との争いが絶えず続いていましたが、どれほど激しい戦いでも王は倒れることがありませんでした。まさに不死王の名のごとく戦場で深い傷を負っても、戦いに勝利して帰城すれば、その数日後にはまた精悍な姿で別の戦場を駆け抜けていたのです』……言い伝えだから多少の誇張はあるけど、概ね間違ってはいないよ。けどその話には今はもう忘れ去られてしまった続きがあるんだ」

「続き?」

 

ユウキは疾走しながらも、コクリ、と頷くと再び小さな唇を動かし始める。

 

「『しかしそれとは逆に王妃様は王が戦いから凱旋すると決まって数日間は床に伏せってしまいました。仲むつまじい二人でしたから、王の帰還で王妃の気が緩んだせいだと思われていましたが、ある頃から不思議な噂が流れ始めたのです。王の傷を王妃が代わりに受けているらしい、と。真実を知る者は誰もいませんが、その後、アインクラッド王とそれを支えるティターニア王妃によって平穏な世が訪れたことに変わりはないでしょう』……いつの時代にもお喋り好きな側仕えっていたんだね」

 

仕方ないなぁ、と苦笑いのユウキの顔をキリトは唖然とした気持ちで盗み見た。その視線に目聡く気づいたユウキが意味深な笑みを返す。キリトゥルムラインは急いで前を向き、無理矢理にトトの後ろ姿へ視点を固定させるが頭の中は今のユウキの言葉でいっぱいになっていた。

わずかな休息期間で苛烈な戦場へと赴く王……しかし建国期の混沌とした中ならばいくら王の体調が万全でなくても、それを隠して自らが動かなくてはならないだろうし、それを伏せった王妃に結びつけるなどありにも荒唐無稽な気がして、だからこそその後半部分は自然と忘れられたのではないか、と自分なりの推測をまとめていると全てお見通しといわんばかりのタイミングでユウキが独り言のように軽く囁く。

 

「まあ、ナッツブラウンの髪の女性特有の力みたいだけど、個人差は結構あるし。今になってティターニアと同じくらい強い力の持ち主が現れるなんてね」

「……ちか……ら……って」

 

今度こそキリトゥルムラインは隣のユウキに顔を向け、切れ切れに問いかけた。

 

「二年前に王城の夜会で見かけた時、ぴぴってきたんだ」

 

それはアスリューシナの社交界デビューの事を言っているのだろう、相変わらずユウキの顔はこれから大好きな菓子店にでも行くかのようにウキウキとしている。しかし、それとは逆にキリトゥルムラインの顔から一切の表情が消えると同時に周囲の雑多な音も何一つ聞こえなくなり、静寂の中でまだ幼さを感じさせるユウキの声だけが明瞭にまっすぐ耳へと届いた。

 

「髪を染めてたってボクにはわかっちゃうし。でも彼女はティターニアと違ってお屋敷に閉じこもっているみたいだから大丈夫かな、って思ってたのに……」

「……ユウキ……」

「キリトだって本当はわかってるんでしょ?、彼女の…………『癒やしの力』のこと」

 

『癒やしの力』……その言葉が彼の記憶を次々と引っ張り出してくる。

十四年前、アスリューシナを救い出した際に凄惨な傷を負ったキズメルの父……『父が命を落とさずに済んだのはお嬢様のお陰です』

そして目の前を走る片足が不自由なトトの姿……『なんとか治そうと思ったのですが、エギルさんが無理をして治さなくてもこの市場で大事に世話をするから大丈夫だと……』

なによりキリトゥルムライン自身がどこか疑問を抱き続けていた……ユージーン将軍との手合わせで痛めた腕が彼女が軟膏を塗ってくれてすぐに痛みがひいた時、侍女頭のサタラは何と言った?……『お嬢様の手当のお陰ですね』

それら全てが一つの結論へとキリトゥルムラインを導いていく。

見事なナッツブラウンの髪を持つ初代王妃ティターニアは戦場から帰還したアインクラッド王の傷をその身に受けているのだと、そして同じ髪のアスリューシナ……ユウキの言葉が蘇る……ティターニアと同じくらい強い力……『癒やしの力』をアスナが?……自分の頭の中の片隅ではほんの少しだけ、小さな棘のような引っかかりがあった事は事実だ。しかし、それを真正面からアスリューシナに問いかけるのは彼女を取り巻く環境がもう少し彼女に優しくなって、自分の存在がもっと近くに寄り添えるようになってからと先延ばしにしてきた。

何よりキリトゥルムラインの口から問いただすより、アスリューシナが自ら打ち明けてくれる時を待ちたい、と思っていたのだ。

しかしそれを悠長に待ってはいられない事態が引き起こされた。多分、今回の事件は彼女の力も関係しているのだろう……単純にあの侯爵がアスリューシナと婚姻関係を結びたいだけならば、こんな事をする必要はないのだし、かえって逆効果だ。となるとあの侯爵もアスリューシナの力を知っている可能性がないとは言い切れない。

アスリューシナを救い出す為にもどんな形であれ事前に『癒やしの力』の存在を知りえた事は大きいな、と少しの安堵の後にそれを告げてきた年若い騎士団長の存在に言い知れない感情が知らずにぞわりと肌を粟立たせる。

 

「ユウキ……君は、本当にこの世界の住人なのか?」




お読みいただき、有り難うございました。
こちらの世界でも正体不明な存在のユウキ。
なので「ユウキ」の呼び名しか彼女にはありません。
初代アインクラッド王とその王妃の容姿は、もちろんキリトゥルムラインと
アスリューシナとは全く異なります。
同じなのは王妃ティターニアとアスリューシナの髪色だけです……が、
ご本家(原作)様では「ティターニア」はアスナの別名とも言えるわけで、
そちらでは叶えられなかった「スリーピング・ナイツの一員」に、して
あげたかったんですよ、私が(苦笑)

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