漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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かつての建国時代の話をユウキから聞いたキリトゥルムラインは
その話しぶりにあり得ない問いを口にしたが……。


43.建国祭(5)

唐突に投げかけられたキリトゥルムラインの素直すぎると言っていい疑問にユウキはそれまでの含みを全て消して無邪気な笑い声を上げた。

 

「あははっ、なに、それ?、ボクのことオバケか何かだと思ったの?」

「うぇ?……いや、その……そういうわけじゃ…………バカだな、何言ってるんだオレは……」

 

ユウキの笑い声に現実が引き寄せられて周囲の物音や人の声がキリトゥルムラインの耳に戻ってくる。

 

「……そうじゃなくて……なんか……まるで…………」

 

続いて勝手に口から転がり落ちそうな言葉を慌てて飲み込み、表情を改めて視線も前方へと直した後、自らを納得させるべくありきたりな言葉を探し出した。

 

「よく……知ってるな、と。そこまで詳しい書物なんて残ってないと思ってたから……」

 

近衛騎士団のメンバーは団長はもちろんその団員達も全員素性は明かされていないのだと、市場に来る前に公爵家で交わした友との会話が自然と浮かんできて余計に困惑は深くなるが今は追求すべき事柄ではないと割り切る。ユウキの口から聞いた通り、近衛騎士団には独自の資料が残っているのだろうと素直に受け入れることにして埒の明かない思考を頭から追い払った。

するとまるで見透かしたようにトトがちらり、と振り返って、お前の最優先事項は何なんだ?、と挑戦的な眼差しで見上げてくる。全てを承知しているような少し達観した様子が面白くなくて、軽く顔をしかめてから、わかってるよ、の意味を込めて頷くと、トトはすぐに「フンッ」と鼻を鳴らして正面に向き直った。

彼らの言葉のないやりとりを見ていたユウキが「ぷっ」と吹き出す。

 

「アスナの周りは随分面白いことになってるんだね」

 

おもしろ要因のひとりとしてカウントされた事もかなり心外だったが、アスリューシナとは面識はないはずなのに既知の友のごとき呼び方に張り詰めている神経が更に波打って、けれど正式な呼び名へと訂正を求めるのは躊躇われるし、要は自分が告げた名をそのまま口にしているだけなのだから、と一旦は納得させてみるが口がへの字に歪むのは止められなかった。しかも故意にユウキにはアスリューシナの素性は明かさずにいたのに、その自分の行為がすっかり無駄になっている事にも気づいて更に気分は下降する。

そんな多種多様な感情が併存して自分の事ながら整理をつけられずにいると、後方からコーン、コーン、コーン、と三つの高音が届き、その正体が花火の開始を告げる時計塔からの合図だと気づいてキリトゥルムラインの脳裏には自然とアスリューシナの顔が浮かんだ。

本来なら花火の始まりを待ち焦がれている彼女が自分の隣にいるはずで……と、ようやく今は彼女を取り戻すことが第一で諸々の事はその後だと雑多な感情はひとまとめにしまい込む事に成功すると前方のトトの足の動きが緩やかになってくる。疲労のせいか、とも思ったが、かの犬は止まることなく疾走から歩行に速度を落としてキリトゥルムラインとユウキがすぐ後ろまでやって来くるとピタリと歩を止めその場に座り込んだ。

かなりの長距離を駆け抜けてきたせいで、ゼーゼーと息は上がっているが背筋を伸ばし、十数メートル先の一軒家をジッと見つめている。トトが睨み付けている家はさして大きくもない平屋建てのごく一般的な民家のようだった。戸口から門まで小さな庭付きだが植物には何の興味も持たない家主なのか、庭木や鉢植えなどは一切なく、かと言って荒れ放題というわけでもない。

通りに面している窓には全てカーテンが降りていて中の様子を窺うことは出来ないが、隙間から漏れる灯りが人の存在を示していた。

 

「トト、あの家にアスナ……エリカがいるのか?」

 

トトが認識している「エリカ」に言い換えてみると、真っ黒な毛並みで覆われた顔が少しだけ上向いて、その先端の真っ黒に濡れている鼻がピクリと動く。

たったそれだけですぐにキリトゥルムラインを見上げたトトは小さく、低く「うぉふっ」と彼女の居場所を伝えた。

 

「ここから先はオレ達に任せてくれ。トトがケガでもしたら今度こそエリカが無理をするに決まってるからな」

 

そんな事態はトトも本意ではないのだろう、珍しくキリトゥルムラインの言葉に従う意を見せて静かに地面に伏せた真っ黒な犬は建物の影と同化してその場に溶け込む……と、ほぼ同時に目当ての家の扉が開いた。

 

「はーっ、やっと薬が効いたか」

「まったくだ。この家に着いた途端、大暴れしやがって。女だと思って油断した……見てくれよこの傷」

 

扉から出てきた二人の男達は自分達の顔や腕をさすりながらそのまま庭へと降りる階段に腰を降ろす。キリトゥルムラインとユウキは室内の状況を探ろうと息を潜めて彼らの会話に耳を澄ませた。

 

「もう一人の方がどこぞの貴族のご令嬢なんだろ?」

「そうだろうな。フードで顔は見えなかったが……うちの侯爵サマと恋仲なのに親に反対されてるんだってよ……だから別の貴族の名前を使って屋敷から連れ出したらしい」

「なるほどね。このまま領地へ向かう準備も進んでるしな……到着すればすぐに婚礼かぁ、当分休めそうにないな」

「まあまあ、特別手当が付くんだ。邪魔な追っ手が来ずに侯爵サマとご令嬢が領地に入ってしまえば多少はゆっくり出来るさ」

「だといいけどなぁ」

 

すると再び扉が薄く開いてもう一人、男が出てくる。

 

「おいっ、立って周囲を見張ってろよ」

 

その言葉に先の二人がのろのろと立ち上がった。

 

「わかってるよ。けどここまであのご令嬢の追っ手が探し当てられると思うか?」

「念には念を入れろ、と侯爵サマがおっしゃってるんだ」

「あー、侯爵サマがね。はいはい。給金分はしっかり働くとしますか」

「そうだな、騎士団に入るより金が稼げるんだから文句は言いっこなしだ」

「薬で眠らせた女はどうした?」

「侯爵サマが目障りだって言うから一番奥の部屋に転がしてきたさ」

「そいつはご苦労様」

「とにかく長距離移動用の馬車が来るまで中の奴らと交代で見張りだ。気を抜くな」

 

後から出てきた男は二人が気持ちを切り替えると「俺は周囲を見てくる」と言って庭に降り、建物の裏へと消えてく。その姿が完全に見えなくなってからキリトゥルムラインはユウキの耳に顔を寄せた。

 

「とりあえずアスナの護衛は無事みたいだけど、加勢は期待できないな」

「だね。それにしてもボク達の方が邪魔者、悪者みたいになってるよ。ひどいなぁ」

 

先程の会話の中で自分ではない侯爵が彼女と恋仲だと聞かされたキリトゥルムラインは婚礼の準備まで話が進んでいる事を思い出し、奥歯を噛みしめ拳を震わせる。すぐ隣で彼の怒気を感じても全く動じないユウキは顎に手を当て、「うーん」と軽く唸ってからゴソゴソと服の内側から短剣を取り出した。

 

「ボク、今はこれしか持ってないんだけど、キリトは?」

 

既に鞘から抜かれた刃は月明かりの届かない場所でもその切れ味を示すがごとく磨き上げられているのは一目瞭然で、それを見たキリトゥルムラインも安心したように「オレもこれだけだ」と携帯していた護身用の短剣を手にする。

 

「なら、お互い剣は現地調達ってことで。あの人達、騎士団に入れるくらいの腕前ならそこそこの剣を持ってるはずだしね」

 

建物の外には三人、先程の会話から中にも交代要員がいる事は判明していて、加えてアスリューシナとキズメルを攫った張本人も加えれば少なくとも五、六人を二人で相手せねばならないという状況だが、どこか楽しげな様子のユウキは事を可能な限り穏便に済ませるつもりはないらしい。

 

「同時に行くか?」

 

今なら扉の前は二人だけだ、と示唆したキリトゥルムラインの言葉に珍しくユウキが一瞬驚いたように目を見開き、すぐに眉根と唇を窄ませる。

 

「えー、イヤだよ。ボクの遊び相手が減っちゃう。外の人達はボクに任せて。キリトはとにかく中でしょ」

 

屈託のない笑顔を向けられ、内心、近衛騎士団団長の遊び相手に選ばれた彼らに同情したキリトゥルムラインはせめても、と「あまり遊び過ぎるなよ」と釘を刺した。自分が指揮を執るはずの騎士団員達からも同様の言葉を常日頃かけられているユウキとしては、久々に思いっきり遊ぶ気満々といった高揚感を隠しもせずに「わかってるよ」と全く説得力のない返事をしてから、ふふっ、と笑う。

 

「確かにあの人達、あんまり悪い人じゃなさそうだけど、知らなかったから悪い事をしてもいいって事にはならないよね」

 

説得を諦めたキリトゥルムラインは簡潔に「じゃ、外は頼んだ」と少し投げやり気味に言うと、それを合図のように飛び出したユウキの後ろから、屋内にいるはずの愛しい人とその側にいるであろう人物に向け燃えるような視線を送ってから続いて扉めがけて走り出した。




お読みいただき、有り難うございました。
トト、ここまでご苦労様。そのまま外で監視体勢に入りましたね。
いえ、近衛騎士団団長が遊ぶ様子を見物体勢かな(微苦笑)
「あーあ、あいつら……可哀想に……」とはキリトゥルムライン、トトの
共通感想になるでしょう。

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