漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

61 / 83
アスリューシナの記憶の中にある「禍罪」という言葉は、十四年前の
誘拐事件の際、オベイロン侯の口から出たものだったが……。



47.建国祭(9)

「禍罪(まがつみ)って……どうして……」

 

たどたどしい問いがアスリューシナの唇から零れてきた事に気を良くしたのか、オベイロン侯は口に弧を描いて彼女と視線を合わせた。

 

「だってそうさ、その力は初代王妃のティターニアがこの国を創建する時に王を助けた力なんだから、まさに王となるべき者の為の力だと言っていい。それに相応しい者が使わなければ、無能な有象無象共がその力を求めて醜く争う原因となるのは必須だよ。そうなると元凶である君の存在自体が禍(わざわい)と言えるだろう?」

 

それから自信に満ちた、けれど見る者に嫌悪感を抱かせるには十分な笑顔で侯爵は言い放つ。

 

「だから『癒やしの力』は僕のような王格を備えた者が使わなければいけないのさ」

「オベイロン侯……あなたはこの国の王に……なりたいのですか……」

 

いくら三大侯爵家とはいえそれほど妄念的な野心を潜ませていたとは信じられず、到底現実味のないその思考にアスリューシナは気恐ろしい思いで侯爵の顔を見つめた。しかし重ねて問われた内容に珍しくも侯爵の眉が山なりに持ち上がる。

 

「この国の王だって?、はっ、まさかっ、こんな平和ボケした脳天気な貴族達を治めたところで何の意味もないさ。それにね、初代アインクラッド王の時代は王自ら戦いに赴いていたから、かの力は王のみに使われたらしいけど、僕は例え他国と交戦になったとしても自ら戦場に出たりはしないし、その素晴らしい力をたった一人の為だけに使うなんて馬鹿馬鹿しい話だよ」

 

国を作るため、民を守るために自らも剣をふるう王のどこが愚かだと言うのか、そしてその王を支える為に当時の王妃も躊躇うことなく「癒やしの力」を使ったのだろう、その事は今も語り継がれている国王夫妻の睦まじさを考えれば容易に想像が出来る。それを愚行とみなすような発言にアスリューシナは顔を僅かに歪めた。

 

「なら……」

 

一体、どうしてこの力を手に入れたいと言うのか、その理由がわからず彼女が小さく声を出すと、それを押しつぶすかのようにオベイロン侯は自らの計略を語り始めた。

 

「もちろん、その力の仕組みを研究するのさ。君を僕の領地に招き、妻の座を与え、僕のものになった君はその力を僕の為に差し出すんだ。ああ、大丈夫、前にも言った通り、今の生活より贅沢な部屋を与えるし、ドレスに宝石、食事だって君が欲しい物は全て用意する。ただし、その血、肉、吐く息さえ僕の物だと言う事を忘れないでくれたまえ。僕はいつも君といて、その力を隅々まで調べ尽くすんだ。そして『癒やしの力』の謎を解明し、それを使ってありとあらゆる物をこの手に入れる。ひとつの国の王だなんて、そんな小さい話じゃないんだよ」

 

オベイロン侯の口の両端は興奮が抑えきれずにヒクヒクと震え、三白眼が狂喜に輝いている。

 

「既にね、領地で取れる作物にはいくつか研究の効果がでているんだ」

「こ……うか?」

「ああ、そうだよ、特に今年はリンゴがよく出来ていていた。全く同じ形、同じ色、出来損ないは一つもなかったからね。病気もしない、虫もつかないから不作の年もなく、いつでも同じ量を収穫できる。どうだい?、素晴らしいだろう」

「……そんな……」

「けど本体の樹がダメなのさ。数年経つと途端に枯れてしまう。黒い小斑が出たと思ったら、あっと言う間に枝葉や幹まで黒ずんでやせ細り朽ちてしまうんだ。けれど『癒やしの力』が使えれば木も枯れることはなくなるだろう。植物だけじゃない、動物にも、そうさ、ゆくゆくは人間にだってこの力を分け与えてやれば僕は神の御業とも言うべき偉業を成し遂げられるんだ」

 

得意気に喋り続ける侯爵のおぞましい企てを耳に入れながら、アスリューシナは中央市場で聞いたエギルの言葉を脳裏に思い浮かべていた。

 

『商品を見たらなんだか妙に腑に落ちないというか……』

『並んでいるリンゴが不気味な程同じ大きさで同じ色だったんだ……なんか、こう『作った』と言うより『作られた』という感じがして……』

『その熱心さが変な方向に向いてなきゃいいんだが……』

 

まさにエギルが危惧していた通りの事が現実となっていて、アスリューシナは血の気が失せた顔で今後決して迎え入れてはならない未来を想像する。万が一にも自分が持つ力をオベイロン侯が自由に使えるようになってしまえば、それこそ自分は『禍罪の存在』となってしまうだろう。侯爵には知られていないようだが『癒やしの力』が人以外にも、そう、動物や植物にも効果がある事をアスリューシナはこれまでの経験で知っていた。けれどこれは自然に反した力だ、不公平と言われようがアスリューシナ自身はこの力を世の中に知らしめ、利用して何かを得ようと考えた事はないし、あまつさえ神と同等とも思っていない。

この力は、たまたま出会った元気のない動物や植物達、それに自分の周囲を取り巻くほんの一握りの人達の為に使いたいのだ。

 

(きっと、そんな風に使うだけななら「禍」にはならなと思うから…………)

 

望んだ訳でもなくこの色や力を持って生まれてきた自分が「この力があってよかった、と思えるように生きたい」と望むようになったのは、大事な人から贈られた言葉だった。

 

『アスナは…………オレにとっては癒やしだよ』

 

こんな不自由な身の自分を、ずっと傍にいて欲しいと言ってくれた人、何より自分も傍にいたいと思った人……髪色と酷似している彼女特有の色の瞳が芯を取り戻す。

 

(……私はこんなことで屈したりしない)

 

顔を上げ、気丈にも目の前の侯爵を睨み付ければ「そういう顔もいいねぇ」と楽しそうに喉を鳴らし、右手を伸ばしてアスリューシナの頬を撫でた。

 

「断言してもいい。今度こそ、君を僕から奪うような下劣な人間はここにはやって来ないよ。この場所を探し出すのも不可能だろうけど、今回はちゃんと腕の立つ者達を連れて来ているからね」

 

自分の思惑が拒まれることなどありはしないのだと確信している舌端は止まらない。

 

「その髪、その顔、声、振る舞い……『癒やしの力』だけじゃない、どれをとっても最高級品の君がこの僕に絶対の服従を示すんだ。だってそれが唯一『禍罪』とならない方法なんだから。ああ……今まで待った甲斐があったというものさ!!」

 

陶酔した表情のオベイロン侯は背後に控えている従者の存在すら忘れているのか、きっきっ、と下卑た笑い声を上げ、令嬢の柔らかな頬の弾力を楽しんでいた指の腹をつつーっ、と首筋にまで滑り降ろす。途端に嫌悪に歪んだアスリューシナの顔など見えていないのか、そのまま肩へと流れ落ちているロイヤル・ナッツブラウンの髪まで指先と視線を移動させた。

 

「そうだよ、初めてこの色を目にした『建国祭』のあの日、君と君の兄上はえらくはしゃいでいたっけ」

 

歪んだ笑みはそのままに侯爵の目は希有な色に釘付けとなっている。ナイフで切りつけらた傷よりも痛みを錯覚させる欲望を間近に感じながらアスリューシナは固く静かに心を揺らす事なく時を待った。

 

「君達は供の者もつけずに『建国祭』のパレード会場にいて……ああ、子供の頃から君の兄上とは面識があったのさ。上流階級の子息同士ね。その彼がしっかりと手を握っていたし、コートも上質の物だったから君が彼の妹だというのはすぐに気づいた。君達は互いに花火の話に夢中になっていて周囲が見えていない様子で、実に子供らしい様子だったよ」

 

その言葉は幼い子供を慈しむ気持ちなどまるでこもっておらず、むしろ矮小な者の幼稚さをあざけているようで、ざわりとした不快感を与える。

 

「だから君の兄上も僕の存在には気づいていなかったのだろうね、パレードを見終わった人混みの中で君は見知らぬ誰かとぶつかって、一瞬、フードが少しだけはだけた。彼は慌てて君のフードを元に戻し真面目な顔になってグイグイ、と君を引っ張って行ってしまったから。僕に挨拶もせず……まあ、それはいいさ。その代わりと言っては何だが、僕はあの時、僕の物となるべき色に出会えたんだから。すぐに気づいたよ、少し前から社交界ではロイヤル・ナッツブラウン色の髪を持つ子供がいるという噂が流れていたからね。どうしてそんな幻想じみた流言が出回っていたのか不思議だったが……それが真実だと知った時はこの身が震えたさ」

 

その後、すぐさま自分の従者を介して市井で職にあぶれていたならず者二人を雇い、花火を見に来る可能性に賭けて計画を立てたのだと言う侯爵の話で十四年前の事件の真相がつまびらかになった時、遠くからコーン、コーン、コーン、と花火の開始を知らせる鐘の音が室内にいる三人の耳に届いた。




お読みいただき、有り難うございました。
お待たせいたしました、やっと外にいる二人と時間が同期しました。
そして一話で言ったエギルさんの言葉が繋がりました(長かった)
エギルさん鋭いっ(笑)
さあ、合図の音がそれぞれの耳に届きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。