漆黒に寄り添う癒やしの色〈恋愛編〉   作:ほしな まつり

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オベイロン侯爵からアスリューシナを取り戻したキリトゥルムラインだったが、
侯爵に負わされた自身のケガを治癒する為、アスリューシナが「癒やしの力」を使ってしまう。
かつて自分が告げた本心が理由のひとつだと気づいたキリトゥルムラインは……。


52.決着(5)

騎士としての尊厳を守ってくれたのだと悟り、キリトゥルムラインは小さく祈るように「アスナ……」と呟いた。そしてこれ以上行き着く先のない感情を巡らせていても無駄と潔くそれを飲み込み、横になったままやるべき事に考えを集中させる。

 

「ユウキ、現状は?、これからオレはどうすればいい?」

 

この家に侵入してアスリューシナの呻き声を敏感に聞き取るなり目的の部屋の扉を蹴破ったキリトゥルムラインは、オベイロン候との決着が着いた後、失神していた事もあってどの程度時間が経過しているのか、周辺がどうなっているのかさえ把握できていない。年下の少女ではあるが、彼女の剣技をその身で受けた経験からそれで信頼に値するか否かは判断できるし、更に『癒やしの力』を知っている彼女ならば最善を示唆してくれるだろう、と素直に指示を求めた。

端的な問いにのんびりしている場合ではない事は認識したのだと、キリトゥルムラインの頭の切り替えに満足したユウキはすぐに返答を口にする。

 

「あの侯爵が言っていた馬車は既に騎士団が取り押さえてるはずだよ。ここの見張りの連中と遊び終わった時、ちょうど第四騎士団の団長さんが自分の騎士団員をかき集めて到着してね。市場から逆走するボク達の目撃者を辿ってやってきたんだって。そこに悪趣味丸出しのゴテゴテした護衛隊と馬車が来たから、そっちは団長さん達に任せてボクはこっちに来たんだ。キリトはアスナと一緒にその馬車を使ってここを出なよ。君達二人が仲良くおねんねしている間に奥の部屋に縛られてたアスナんトコの護衛さんは解放したから、御者は彼女にお願いしてさ」

 

ユウキが話し終わるのを待っていたかのタイミングで室外の廊下からキリトゥルムライン達の元へと駆け寄ってくる足音が響いた。

 

「気がつかれましたか、侯爵様」

「キズメルか」

 

考えた上での行動ではなかったが、胸の上に乗っているアスリューシナを引き寄せるように左手が動く。実際には彼女を動かせる程、力は入らなかったが、まるで取られまいとするかのような仕草に視界に入ってこないキズメルが、ふっ、と軽く困り笑いに近い息を吐いたのがわかった。

 

「お気持ちは拝察しますがそのお身体では無理かと。私が羽織っていたマントを見つけてきましたので、これでアスリューシナ様を包み、馬車までお運びします。侯爵様は……」

 

戸惑いを見せたキズメルの気配にすぐさま対応したのはユウキの声だ。

 

「ボクひとりじゃ無理そうだからこの家の前庭で待機してもらってる騎士団長さんを呼んでくるよ。その間に君はアスナの色と腕や足の傷がバレないように包んでおいて。外に出ちゃえばこの暗闇だから気づかれないと思うけど……とにかく急ごう」

 

言うが早いかユウキの軽い靴音がすぐに小さくなっていく。けれどキリトゥルムラインはその音を聞き終わる前に「キズメル」と弱い声を発した。

 

「すまない……アスナに、力を……『癒やしの力』を使わせてしまった」

 

そっと主を持ち上げ己に寄りかからせながら丁寧な手つきでアスリューシナをマントで包んでいたキズメル手が止まる。けれどそれは瞬きをする間で、公爵令嬢の専任護衛はすぐに手の動きを再開させながらその詫言をハッキリとした口調で否定した。

 

「謝罪の必要はありません……サタラが言っていました。侯爵様がアスリューシナ様が持つ希有な力の存在を知る日は近いでしょう、と。ならば、ご存じのはずでは?、侯爵様…………うちのお嬢様は意外と頑固なのです。華奢なお身体で儚げなご容姿ですが芯は強くて真っ直ぐなのでご自分が力をお使いになると決めたら誰にも止められません。それがこの国の三大侯爵様でも、です」

 

生真面目なキズメルらしく言い方はあくまでも丁寧で真剣なのだが、内容はまるでアスリューシナの姉のごとく困った妹を評した言葉だった。それがキリトゥルムラインを気遣っての事であり、同時に彼女の本心である事も間違いなく、アスリューシナらしさを思い出したキリトゥルムラインは僅かに微笑む。そうしてキズメルが自分の主をマントで頭からすっぽりと覆い終わった時、ユウキがユージオを連れて戻って来た。

 

「キリトっ」

 

心配そうに覗き込んでくる第四騎士団団長に向け、キリトゥルムラインは安心させるように小さく頷く。

 

「大丈夫だ……それより、申請は通せたか?」

「ああ、今、近衛騎士団の団長は公務で動いている」

「有り難う、助かったよ」

「それよりユークリネ公爵令嬢様が気を失っていると聞いたけど……」

 

そこでようやくキズメルの腕の中にいるマントに包まれた人物に気づいたらしいユージオが視線を止めた。今のアスリューシナの状態にあまり興味を持って欲しくないキリトゥルムラインは鉛のように重い手を持ち上げてユージオの腕を掴む。

 

「ユージオ、彼女を一刻も早く屋敷に戻したい」

「それはキリトも一緒に、ってことだよね」

 

血の気の失われた顔色に加え腕一本動かすのもやっとの状態のまま、この場で事情を聞き出すわけにもいかないだろう、と判断したユージオはキリトゥルムラインに掴まれている手を逆に握った。

 

「ほら、立てるかい?、キリト……」

 

ユージオがキリトゥルムラインの両手を引き上げ、背後に回ったユウキがその背中を押し上げる。ようやくキリトゥルムラインが立ち上がるとそれを見守っていキズメルがアスリューシナを横抱きにしたまま、自分も腰を上げた。出来ることならその役目を代わりたい、と視線で訴えてみるがキズメルはあえて気づかないふりをし、ユージオに肩を借りてもふらつきながら歩くキリトゥルムラインの後ろにつく。

タタンッと先頭に躍り出たユウキが既にキリトゥルムラインによって破壊された扉をくぐり、くるり、と廊下でステップを踏みながら振り返った。

 

「じゃ、ここの後始末は第四騎士団の団長さんとやっとくから、キリト、ボクとの約束、忘れないでよね」

 

念を押すような少し強い口調にキリトゥルムラインは正真正銘、血の巡りの悪い真っ最中の頭を働かせ必死で記憶の引き出しを引っかき回す。

 

「あー……、あっ、もちろん。オレとの手合わせだろ。ちゃんと覚えてる」

「……もうひとつの方は?」

「へ?…………えぇっと……ああっ、今度アスナをユウキに紹介するって話だよな。オレの一存では無理だけど、わかってる。善処するよ」

「えーっ、善処じゃダメだよ。絶対紹介してくれなきゃ。じゃなきゃ、ボク、勝手に公爵家に乗り込むからねっ」

 

ユウキの発言を聞いて目を白黒させたのはキリトゥルムラインだけではなかった。三大侯爵家当主の一人が深夜、勝手知ったるとばかりに得意気な顔で国内随一の美姫と内心でこっそり確信している主家の令嬢の私室を訪れているという事実だけでも頭が痛いというのに、これ以上好き勝手に突撃訪問してくる客人を増やすわけにはいかない、とキズメルが腕に抱いている人物の重さなど感じさせない動きでキリトゥルムラインの横に並び立ち頭を垂れる。

 

「僭越ですが……公爵家の一介の使用人である私の口約束など信用してはいただけないかもしれませんが、我が主、ユークリネ公爵令嬢様は今回の事件でご尽力いただいた方に礼を欠くようなお心の持ち主ではございません。体調を整えるのにお時間をいただきますが、必ずや公爵家にお招きすると我が剣にかけてお約束いたします」

「やったー、有り難う、護衛さん。うん、こっちの護衛さんの方がよっぽどキリトより頼りになるなぁ」

 

満面の笑みを浮かべているユウキとは対照的に思いっきりしかめっ面になったキリトはぽそり、と隣のキズメルに囁く。

 

「その時は絶対オレも同席する」

 

キリトゥルムラインに肩を貸しているユージオだけが全てのやりとりを聞いて、ひとり眉尻を落とし、困ったように、けれど嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

何の特徴もない一軒家の前に目を疑うほど豪華に全面を飾り立てられた馬車が一台停まっている。その外装を初めて見たキリトゥルムラインとキズメルは一瞬、歩みを止め、自分の感性とは全く相容れない華美な装飾の馬車に乗車する者とその馬車の御者を務める者として諦めに近い溜め息を吐いた。

外で待機していた第四騎士団の団員達はフルメンバーではないものの、人数の少なさを感じさせない働きでユウキの遊び相手を務めた男達とオベイロン候の護衛隊員達を拘束している。キリトゥルムラインと共に家から出てきたユージオが駆け寄ってきた部下の一人に短く指示を出せば、数人がキズメルと入れ替わるように屋内に入っていった。その際、キズメルが抱えている物体にはちらり、とも目線や興味を向けない姿勢はさすが、と言うべきだろう。

騎士団員達の統制の取れた動きに安堵したキリトゥルムラインはそのままユージオの助けを借りて馬車に乗り込みアスリューシナを待つ。正直、身体を起こして座っているのも辛く、気を緩めればズルズルと背面を扇状にこすって横に倒れてしまいそうになるがキズメルが御者を務めるとなれば馬車の中でアスリューシナを支える者が必要だし…………と言うのは表向きの言い訳で、その実、単純に、純粋に、本能でアスリューシナに触れたかっただけだ。

ユークリネ公爵家でアスリューシナが自分の名を騙る者に連れ出されたと知った時、監禁されていた部屋に押し入り彼女の姿を見た時も、オベイロン侯が彼女の唇に触れようとした時だってどうしようもない強い焦燥感が全身を駆け巡った。

彼女のそばにいたい、彼女にそばにいて欲しい、それが許される為なら何だってする。腕の一本くらい本当にあの時はどうでもよかったのだ。それでまた彼女が自分の隣で笑ってくれるのなら……けれど冷静になった今ならわかる、自分を救出するためにキリトゥルムラインが腕を失ったとあれば、アスリューシナは今後心からの笑顔を彼に見せることはないだろうと。

ユークリネ公爵をはじめとするアスリューシナの家族を含め、彼女を慕う屋敷の者達への謝罪はいくらでもするつもりだが、彼女が目覚めた時は「ごめん」ではなく「ありがとう」と告げるのだと心に決め、キリトゥルムラインは大きく息を吸い込んだ。




お読みいただき、有り難うございました。
ご本家(原作)様では交じることのないキャラ達が混在してますね(苦笑)
ユウキは自分で提案しておきながら「うっわ、あんな恥ずかしい馬車に
乗るの?」とか言っていそうです。
装飾がこれでもかっ、てほど盛ってあって、きっと紋章も見分けがつかない
くらいデコってるんでしょうねぇ……神経の図太い人でないと御者は無理かな。

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